櫻田謙悟代表幹事 退任挨拶【2023年度通常総会】
代表幹事 櫻田謙悟
代表幹事の任期の4年間を終えて、今、率直な思いを一言で表しますと「世界は変わった!」ということです。代表幹事を拝命した際、世界はVUCA(Volatility・不安定、Uncertainty・不確実、Complexity・複雑、Ambiguity・曖昧)の時代に突入したと申し上げました。しかし、当時「まさか」、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、ウクライナ戦争などが起こるとは思いもしませんでした。
例えば、19年末に発生した新型コロナについて、私は、翌年3月の定例記者会見で、「新型コロナはリーマンショックに比べればリスクは小さい。原因ははっきりしており、現代の科学でコントロールできるであろうから、深刻な事態にはならないと考えている」と申し上げました。しかし、現実は遥かに私の予想を超え、まさに百年に一度のリスクと言えるものでした。
また、22年2月のロシアのウクライナ侵攻では、軍事力の差から、残念ながら短期的に終結してしまうのではないか、と考えを述べました。
1年先どころか、数ヶ月先すら読めないという点において、まさに世界は時代の転換点に立たされている、と痛感しました。では、このような先の読めない、時代の転換点において、私たちはどう生き抜いていくべきでしょうか。
私は同じく、時代の転換点に設立された経済同友会の設立趣意書に立ち戻り、次の点において、思いを一層強くしました。
1つは、「日本はいま焦土にひとしい荒廃の中から立ち上ろうとしている。(中略)日本国民は旧き衣を脱ぎ捨て、現在の経済的、道徳的、思想的頽廃、混乱の暴風を乗切って全く新たなる天地を開拓しなければならないのである」という表現で示された覚悟です。77年前の設立時の危機感や志は、今、まさに我々に求められている、ということです。
もう1つは、「あくまで経済職能人もしくは経営技術者としての立場を採る。従って政治的立場は無色である。われわれは何れの政党からも自由であるが、しかし職能人として政策には関与する」という宣言です。私たち、経済同友会は、経営の専門家として、様々な課題について政策本意で提言活動を行うにとどまらず、「現役性」、「言行一致」にこだわり、会員自らが所属する企業・経営を通じて、提言の実現に邁進し、社会に価値を提供する。これを通じて、我々、経済同友会が提唱する「生活者共創社会」を構成する生活者の一員となる、ということです。
これらは経済同友会の矜持でもあり、今後とも我々の存在意義として、堅持していくべきものであると考えています。
また、別の切り口で重要なのは、覚悟を持って変えていかなければならないことです。時代に即して、あるいは先取りして、変革すべきことについて、2点、紹介いたします。
1点目は、焦土と化した終戦後の日本には「欧米に追い付け追い越せ」という、国家を起点にして、企業、個人のパーパスが上手くシンクロナイズできる目標があったので、終戦の翌年から僅か22年間でGDP世界第2位まで成長を遂げることができたと思います。しかし、現在は個人の価値観が多様化し、社会も複雑化しているため、個人を起点にして、企業、国家のパーパスが重なり合うような目標が必要です。私はその目標とは、極めてシンプルで「日本の生活者の幸福度(ハピネス)・満足感が世界一高い国を目指す」ことだと考えています。
2点目は、「失った30年」の間の、経済成長、その原動力となるイノベーションの結果としての日本の成長力・成長率、さらには財政や民主主義の根幹である選挙・投票、社会保障、経済安保など、様々な社会課題は、政府や経済界だけで解決できないことは明らかです。これらの解決には多様なステークホルダーによる議論・行動が不可欠です。
こうしたことを踏まえて、大きな改革に取り組みました。
1つは、経営者だけで議論・提言することの限界を超えることや、政府審議会等を主軸とした政策決定プロセスを複線化することを目指して、マルチステークホルダーによる討論の場である「未来選択会議」を2020年9月に立ち上げました。お陰様で毎回300人近い方々に参加いただくとともに、先月開催の第8回オープンフォーラムでは、与野党の国会議員に登壇いただくまでに発展し、複数の各地経済同友会との間で連携していこうという話や、企業版の未来選択会議を立ち上げようというアイディアも出てきました。今後は、どんどんスケールして、社会課題解決のための会議体・運動体として進化・発展していくことを期待しています。
もう1つは、政府に対して、国のかたち・国家ビジョンの提示を求めましたが、未だ粒々の政策議論と個別政策のパーツ磨きに留まっているため、経済同友会として国家像をまとめることにしました。具体的には、昨年10月に提言『「生活者共創社会」で実現する多様な価値の持続的創造 ―生活者(SEIKATSUSHA)による選択と行動―』を発表し、経済力に加えて、社会のあらゆるステークホルダーの「Happiness・満足感」という多面的な価値、つまり、一物一価から一物多価へ、さらに、質的な成長を追求するクオリティ国家を目指すことを打ち出しました。そして、先月にはこの提言をもとに、書籍『失った30年を越えて、挑戦の時―生活者(SEIKATSUSHA)社会―』を上梓しました。お蔭様で問合せや意見交換したい旨のご要望をいただいており、今後とも生活者共創社会の実現に向けて、皆さまのご協力を是非、お願いしたいと思います。
繰り返しになりますが、経済同友会に集う志のある経営者の真骨頂は、進むべき方向を明快に示し、言行一致で取り組み、結果にこだわることであると確信しています。代表幹事のバトンを託す新浪さんが、持ち前のパッションとバイタリティで、経済同友会を一層発展させていくことを祈念して、私の退任挨拶とさせていただきます。皆さま、4年間にわたり、本当にありがとうございました。