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第14回企業白書

"個"の競争力向上による日本企業の再生
—— 経営者の能力が問われる時代 ——
<提言・アクションプログラム部分・アンケート調査編を除く本編>

(1999年2月18日)

目 次

本篇

第1部:提言・アクションプログラム

第2部:本文

「"個"の競争力向上による日本企業の再生~経営者の能力が問われる時代~」

第1章 グローバルな市場経済の時代へ—マクロ経済から見た企業改革の必要性

  1. 長引く日本経済の停滞
    1. 戦後最悪の経済情勢
    2. 悪化する企業業績とオーバーキャパシティ
  2. 日本経済のグローバリゼーションと企業改革
    1. 日本経済の構造改革
    2. 市場ルールの国際的ハーモナイゼーション
    3. 金融のグローバリゼーションの企業経営への影響
    4. 企業間競争の激化と産業の2極化・企業の2極化

第2章 競争力を高めるための2つの経営改革

  1. 資本効率を重視した戦略的経営への転換
  2. 企業競争力の鍵は"経営者とホワイトカラーの活性化"
    1. 経営戦略とリンクした人事戦略
    2. 経営者・ホワイトカラーの能力・活力を引き出す"Pay for Performance"
    3. グローバル競争に向けた早急な人事制度改革の取組みを

第3章 経営者の評価と報酬

  1. 経営者の使命とリーダーシップ
    1. 経営者の責任と使命
    2. 改革は経営者から
  2. 経営者こそ成果主義を
    1. 収益性を重視した業績評価指標へ
    2. 役職連動から業績連動の報酬へ
    3. 在任中の業績評価を重視
    4. 役員の評価・報酬の決定メカニズムの明確化と透明性向上
  3. プロフェッショナル経営者の育成
    1. 早期選抜による徹底した内部育成と若手の抜擢
    2. 役員の外部登用と経営者の労働市場

第4章個人の能力・活力を引き出し、企業競争力を高めるための新しい人事制度

  1. 競争力向上のための「企業と個人の新たな関係」
    1. 個別契約化による"ビジネス・パートナーシップ"と新たな信頼関係の構築
    2. ホワイトカラーの新しい働き方と魅力ある企業づくり
    3. 新人事制度の基本的概念:「透明性」「個別性」「市場性」「投資性」「自律性」
  2. ホワイトカラーの能力活用:"個"の生産性向上のための5つの方向性
    1. 「雇用形態」の多様化と個別契約化
    2. 「人材調達・配置」の市場化による適時適所適材の実現
    3. 「仕事配分」の契約化
    4. 「評価」の成果主義化と納得性・透明性あるシステム
    5. 「報酬」の成果主義化
  3. ホワイトカラーの能力開発:"個"の競争力強化のための2つの方向性
    1. 「キャリア管理」の多元化・自律化
    2. 「能力開発」の重点化・自律化
  4. 新たな制度のスムーズな運用のために
    1. 経営者は人を活かすための深い理解と哲学を
    2. 人事部門の新たな機能とライン人事への転換
    3. 管理職の実力が成果主義を支える

はじめに:第14回「企業白書」の取りまとめにあたって

日本は長い経済停滞の迷路に入り込んだ。バブルの傷は深く、経済再生への歩みは遅々として進まず、失われた90年代が過ぎようとしている。

企業経営においても収益は大きく落ち込み、資本効率が著しく低下した結果、株式市場は低迷を続けている。また今日の低金利も低い資本効率の反照である。一方、ダイナミックな変化と好況を享受する米国企業の業績は好調であり、またユーロを実現させた創造力豊かな政治のリーダーシップの下で、欧州企業は競争力強化を図るために企業統合などの戦略的経営を大胆に遂行している。

今回の「第14回企業白書」の本題である企業競争力とは何か。顧客満足度を満たす商品・サービスの競争力の秤もあり、また技術・コスト・販売・情報システムや経営者を含めた人的生産性など、いろいろな切り口により競争力が比較される。しかし、それらは全て企業の収益力に集約される。現在、経営者を苦しめている収益力の低さは、経済および社会構造の変化によってもたらされた過剰な設備・雇用・債務について、われわれ経営者がスピードのある、かつ大胆な対処を怠ってきたことによる。

今回の「第14回企業白書」の取りまとめを担当した労働市場委員会は1997年4月より活動を始め、ホワイトカラーの活性化と生産性向上による企業競争力の再生をテーマに検討を進めてきた。日本的経営システムの特色としての終身雇用・年功型昇進・報酬システムは各企業で徐々に変化しつつあり、成果主義への移行と労働力流動化を歓迎する動向にある。しかし、いまここで、経営の先頭に立つわれわれ経営者は、経営の成果としての収益・株価等への責任を自覚して経営改革を断行し、それに伴う報酬変動という市場の洗礼を受けてきたのかと、自ら問わねばならない。

グローバルで自由な市場競争の進展は、経営者に能力と実践を厳しく要求する。経営者とは苛酷なプロの職業である。企業は、他とは異なる技術、商品・サービス、システムを他より早く創り出し提供し続けることによって、生き残り、勝ち残ることが可能となる。経営者のそうした貢献に対して明確なインセンティブを与えるべきであるが、日本の現状は余りに結果に対して平等主義であり過ぎる。

1999年度にようやく施行される税制改革は、やる気を起させ、成果を上げた者を激励する市場型税体系への移行である。企業内においても経営者を含めて、やる気を起させ、成果を上げた者に報いるシステムの導入なくしては人材の活性化は進まない。特に情報化が進んだ経済社会にあっては、このような動きに遅れた企業は、革新的な技術・ソフトの開発を中心とする優れた若々しい企業の出現にその立場を脅かされるであろう。

"先が見えない"かつ"変動幅の大きな"市場環境下では、「いま」こそが真実であり、決定的に重要である。国際会計基準による時価主義、連結決算やディスクロージャーの充実はそれを物語る。人材面においても成果主義化、報酬の短期決済化、労働力流動化こそが企業経営を襲う経済的嵐や地震に耐えうる柔軟な構造に作り変えることになる。

今回の企業白書では、日本で初めて経営者を対象に「経営者の評価と報酬」についてのアンケート調査を行ない、多くの回答を戴いた。前回の「第13回企業白書」での資本効率の向上、コーポレートガバナンスについての提言によって日本の経営者の意識は変化の途上にあるように思える。しかし課題はその実践である。

また、本白書では、日本のホワイトカラーのこれからの企業での働き方についても提言しているが、そこでは自律性が高く、かつ成果に強い責任感を持つ人間像が浮かぶ。俗な言葉で言えば、市場競争でのケンカに強い人間だろう。そのような人材は知的能力と戦略機知に富んだ挑戦好きであり、生活意欲もまた旺盛ではなかろうか。このような人材が活き活きと働くことができるように、働き場としての企業は適所に人材を配置し、適正な評価システムをもって、その「成果」に厳しく報いていく雇用・人事システムを構築することが必要になる。

この50年間における日本の景気回復の過程を見ると、個人消費が先導して蘇った経験をもたない。大きな財政的犠牲を積み上げて政府は景気への対策を行なった。いまこそ、企業は業績の飛躍的再生を目指し、資本効率を高めるために経営の大改革に取り組み、それを実行する経営者・ホワイトカラーは成果主義を求心力とした人材の活性化を図り、企業競争力=企業収益力を創造せねばならない。このような過程を通じて市場が企業の将来を期待し、企業価値=株式価値の上昇につながるであろう。これが日本経済再生の道である。企業経営者・ホワイトカラーの責務は重い。

今回の企業白書の作成にあたっては、労働委員会の下に正副委員長ならびに一部委員からなる「企業白書編集委員会」を設置して、アドバイザーには学習院大学経済学部経営学科教授の今野浩一郎氏にご就任戴いた。この編集委員会が白書取りまとめの中心となり、日本企業の人の生産性を高める施策について、今野先生から的確なご指摘を戴くとともに、経営者として議論を重ねた。また、アンケート調査については今野研究室の方々にご協力戴いた。アンケート調査篇の第1部総論(要約と結論)は今野先生にご執筆願い、各論については日本労働研究機構副主任研究員大木栄一氏(第2部第4章)、東京都立労働研究所研究員上野隆幸氏(第2部第2.3章)にご執筆戴いた。

最後に、白書作成の全過程にわたり極めて貴重なアドバイスを戴いた今野先生、アンケート調査作成においてご助言を戴いたヘイ・コンサルティング・グループ取締役社長田中滋氏、同社シニア・コンサルタント齋藤英子氏およびコンサルタント高橋恭仁子氏、さらに富士ゼロックス総合教育研究所取締役社長鈴木信成氏、ならびに企業実態調査などに精力的に活動して戴いたワーキング・グループのメンバー各位をはじめご協力戴いた多数の方々に御礼申し上げたい。また、アンケート調査に絶大なご協力を戴いた上場企業役員および本会会員各位、事例調査に快く応じて戴いた企業の役員および人事担当者の方々に深甚の謝意を表するものである。この企業白書は、度重なる編集委員会の議論を通じてより深い内容に踏み込むことができたと自負している。貴重な時間を割きご参加戴いた編集委員会の方々に心より感謝申し上げたい。

1999年2月
社団法人 経済同友会
労働市場委員長
渡邉 正太郎

提言・アクションプログラム

新しい雇用・人事に関する基本的考え方

  1. 株式市場をはじめ、市場は日本企業の改革の遅れに警告を発している。経済のグローバル化、構造変化などに対応して、資本効率の向上と競争力の強化に早急に取り組まねばならない。日本企業にとっての企業競争力向上の鍵は、経営者とホワイトカラーの活性化である。そのためには、経営戦略とリンクした人事戦略の構築が急務である。
  2. 経営者とホワイトカラーのモチベーションを高め、能力・活力を引き出すには、成果・業績に報いる"Pay for Performance"の仕組みが不可欠である。企業と個人は、成果主義を基本に、相互選択と個別契約化によるビジネス・パートナーシップに基づく新たな関係、新たな働き方を確立する必要がある。その新たな関係における企業と個人の信頼の基盤は、「透明性」の確保である。
  3. これらに対応して、雇用における企業と政府の役割を明確にしなければならない。一企業による雇用維持には限界があることを認め、社会全体で雇用を守る仕組みを作る必要がある。企業は、競争力を強化し、働く個人にとって魅力ある「場」「機会」を提供する。政府は雇用の円滑な移動や流動化に対応した政策に転換し、雇用維持のための助成金や税制を見直し、職業能力向上支援策の強化、職業紹介・派遣事業の分野拡大や雇用契約期間の弾力化など抜本的な構造改革を行ない、新しい雇用インフラを構築する。

改革は経営者から、経営者こそ成果主義を

  1. 経営者の使命は企業収益の確保と向上であり、経営者は企業業績に対して責任を負わなければならない。経営者の出処進退は企業業績によるべきである。
  2. 経営者は、ROE、キャッシュフロー、EVA、株価などの収益指標をより明確な経営目標として位置づけ、その達成度・成果によって評価を受けるべきである。

    <可及的速やかに>

    1. 役員一人ひとりの役割と責任を明確にし、役職連動ではなく業績連動の報酬とする。CEOなどの経営トップは企業業績を、業務執行責任をもつ役員は担当部門の業績を反映した評価・報酬とする。
    2. 役員の報酬は、報酬月額や基本年俸などの安定的部分を減らし、短期インセンティブである賞与などの業績連動の変動部分を増やすとともに、業績による変動幅を拡大する。また、ストックオプションなどの長期インセンティブを導入する。
    3. 役員の報酬は在任中の業績評価を重視し、短期決済型とするとともに、後払い的報酬である退職金のあり方や退職後の処遇を見直す。
    4. 役員の評価・報酬の決定メカニズムを明確化し、透明性を高める。
    5. 早期選抜と抜擢によりプロフェッショナル経営者を育成するとともに、外部からも積極的に登用する。

    <21世紀初頭には>

    1. 経営の透明性を高めるため、社外役員を含めた報酬委員会、指名委員会の設置など、経営者の評価・報酬・登用に関するルールや決定メカニズムを確立する。
    2. 役員報酬・賞与の総額にとどまらず、特に経営トップ層の報酬の開示を検討する。

ホワイトカラーへの成果主義の導入と新たな信頼関係の確立を

  1. グローバルな市場経済のなかで日本企業が勝ち抜いていくためには、市場競争に強い"個"を作り出さねばならない。したがって、ホワイトカラー個々人の競争力を高め、その能力・活力を引き出すための成果・業績主義の人事制度を導入すべきである。その際、「透明性」「個別性」「市場性」「投資性」「自律性」の5つの基本的概念に留意し、その特徴を制度に組み込んでいく必要がある。

    <可及的速やかに>

    1. 雇用に仕事・能力・成果を軸とする個別契約化の考え方を導入する。そのために、多様な雇用形態や働き方の仕組みを作るとともに、仕事や職務毎の目標・役割期待や処遇を明確化する。 (「個別性」)
    2. 社内公募制などによる社内転職の仕組みを作るとともに、人物本位の通年採用や中途採用などにより、企業内の流動化と外部労働市場の活用を図り、適時適所適材を実現する。 (「市場性」)
    3. 仕事、発揮・顕在能力、業績を重視した新たな評価基準を作る。同時に、評価項目・基準の公開、多面的評価、評価結果のフィードバック、苦情処理システムなど、納得性・客観性・透明性の高い評価の仕組みを確立する。(「透明性」)
    4. 報酬における個人業績反映度合を高め、個人の価値と価格の一致を図る。また、成果反映型、賃金化など、退職金や福利厚生のあり方を見直す。(「市場性」)
    5. 複線型人事制度、自己申告制度など、自己責任・自己選択によるキャリア形成の仕組みを作る。 (「個別性」「自律性」)
    6. 平均的レベルアップのための社内教育ではなく、競争力向上に資する戦略的な能力開発を行なう。個人のエンプロイヤビリティ向上のための能力開発は自己責任で行ない、企業は「場」や「機会」の提供という環境面で支援をする。 (「投資性」「自律性」)

    <21世紀初頭には>

    1. 一律的な定年制を廃止し、中高年齢層が能力に応じて働きやすい環境を整備する。
    2. 退職金、福利厚生を含めたトータルな成果主義報酬体系を確立する。
  2. 新たな制度のスムーズな運用のためには、経営者のリーダーシップとともに、人事部改革が必要である。これからの人事部には、経営・事業戦略と一体となった人事戦略機能の強化とともに、企業と個人の間の仲裁機能、個人のキャリア形成のサポートが求められる。管理職は評価者として、人事制度への十分な理解の上、適切な運用をするという重要な責任をもつ。

以上

第1章 グローバルな市場経済の時代へ——マクロ経済から見た企業改革の必要性

1.長引く日本経済の停滞

(1) 戦後最悪の経済情勢

日本経済は、97年度実績マイナス0.7%、98年度実績政府見通しマイナス2.2%と、戦後はじめて2年連続のマイナス成長となることが確実となった。失業率も昨年4月以降4%を超える水準で推移し、11月には4.4%と過去最悪を記録し、今迄にない厳しい状況にある。

個人消費、住宅投資、設備投資など民間需要の激しい落ち込みによるマイナス成長のなかで、景気回復への足がかりを未だに掴むことができない。

(2) 悪化する企業業績とオーバーキャパシティ

日本経済は、バブル崩壊の後遺症である猛烈な金融・資産デフレに見舞われた。多くの企業は、資産と資本の劣化の問題に直面しており、設備や土地という実物資産が収益を生んでいない状況や、資本の減少が進んでいる状況は改善を見ないままである。加えて、一律的な長期雇用や年功制度といったいわゆる日本的経営が雇用の硬直性をもたらし、企業の生産性の悪化を増幅している。

上場企業の99年3月期決算の経常利益は、金融を除く全産業ベースで前年度実績比21.2%の大幅な落ち込みとなり、中間期の最終利益も前年同期比79.5%減少している。98年3月期決算で上場企業が計上した特別損失は5兆円、同年9月中間期でも既に3兆円の特別損失が計上されている。

企業にとって過剰設備、過剰負債、過剰雇用といったオーバーキャパシティがかつてない負担となって重くのしかかり、大幅な業績悪化を招いている。企業は、まさに疲弊しきっている。

2.日本経済のグローバリゼーションと企業改革

(1) 日本経済の構造改革

今、わが国は民間主導型経済をめざして、規制撤廃や税制改革などの構造改革の最中にある。それは、日本経済が真に活力を取り戻すための改革でもある。成熟経済下においては、かつてのような高成長を望むことは困難であるが、この先、日本経済を一定の成長軌道にのせるためには改革を完遂することが何としても必要である。戦後最悪の不況に直面して、ややもすると改革に後ろ向きの動きも見られるが、90年代を「失われた10年」としないためにも、真に市場原理が貫徹した経済・社会システムを構築することが極めて重要である。

こうした改革の過程では、「痛み」が伴う。特に、産業構造の転換期には摩擦的失業の増加は避けられないが、雇用問題は社会全体で措置していかねばならない。政府は、従来型の不況対策や雇用維持政策ではなく、雇用の円滑な移動や流動化に対応する雇用インフラの改革を目指した政策へと転換することが必要である。雇用維持のための助成金や税制を見直し、キャリア形成や職業能力向上のための再教育など、職場や職業を移動する個人を直接支援する政策に転換するとともに、職業紹介・派遣事業の分野拡大や雇用契約期間の弾力化など、労働市場に関わる本格的な規制撤廃を通じて、抜本的な雇用の構造改革に取り組むべきである。

日本経済の大きな転換期を迎え、これまでのような一律の雇用維持を前提とした企業経営には限界がみえてきている。政府の政策転換と同時に、企業は、雇用を含めた抜本的な経営改革を断行していかなければならない。

(2) 市場ルールの国際的ハーモナイゼーション

市場経済のグローバリゼーションは新たな段階を迎え、税制、会計基準、情報開示ルールなど、諸制度の国際的なハーモナイゼーションが進みつつある。法人実効税率の引き下げ、個人所得課税の最高税率の引き下げといった企業や個人の活力を高める改革が実現しつつある一方、企業会計が連結や時価中心の制度に変更されることで、企業財務の健全性が一層問われることになる。

こうした公正かつ透明性の高い共通ルールの整備は、市場参加者が自己責任に基づいて経済活動を行なうグローバルな経済システムの構築を促す。企業はこれらの変化をチャンスと捉えて積極的に対応していくべきである。

(3)金融のグローバリゼーションの企業経営への影響

新しいグローバリゼーションのもう一つの流れが、金融・資本市場のグローバル化である。日本版金融ビッグバンにより、金融・資本市場のグローバリゼーションが本格化するなかで、金融機関は経営改革を進め、収益性、効率性を高めていかなければならない。また、一方で、金融システムの安定化・健全化プログラムは、公的資金の注入により、金融機関のリストラを促進させ、経営の効率化・健全化への要請はますます高まってきている。

こうした2つの流れのなかで、金融機関は従来の担保主義から企業の収益・キャッシュフローに応じた融資への転換といった、銀行経営そのものの見直しも不可避となっている。

変化が求められているのは金融機関だけではなく、企業もまた表裏一体のものであることを認識しなければならない。こうした金融・資本市場で資金の調達を行なうためには、業績(収益)に応じた調達コストを支払わなければならないため、資本をより効率的に活用し、高い付加価値を生み出す経営への転換が不可欠となる。

さらに、金融・資本市場が、金融ビッグバンにより間接金融から直接金融へとウエイトを移すなかでは、投資家に向けたディスクロージャーを徹底させるなど、経営の透明性を高めていかねばならない。

(4) 企業間競争の激化と産業の2極化・企業の2極化

こうしたグローバリゼーションの新たな進展により、市場における企業間競争はますます激化する。市場開放、規制撤廃などの構造改革は、全ての産業分野において競争原理の徹底を促すが、その結果、生産性が高く効率の良い産業と、規制に護られた非効率な産業の2極化が進むことになる。さらに、同じ産業のなかでも、効率性向上と高付加価値の創造ができる企業とそれができない企業、積極的な企業改革により高収益体質を作り上げた企業と改革が遅れた低収益企業の2極化が一層明確になる。

企業は、積極的な経営のリストラクチャリングにより、自由競争を勝ち抜く活力を取り戻さない限り、成長も存続も望めない。企業改革をリードする欧米企業でさえ、生き残りをかけてさらなる取り組みを進めている。大胆かつスピーディに改革を達成した企業だけが将来にわたって市場で存続し、プレゼンスを高めていくことができる。多くの日本企業が改革を成し得たときに、日本経済の活性化が目に見えて進むことになる。

第2章 競争力を高めるための2つの経営改革

1.資本効率を重視した戦略的経営への転換

金融・資本市場を含む市場経済のグローバル化、欧米を中心とする国際的アライアンスやM&Aの展開、新興工業国の追い上げ、情報化の進展、個人の価値観の多様化など、経営環境は急速かつ激しく変化している。先行き不透明な環境変化のなかで、市場のボラティリティー(volatility:乱高下)が高まりつつある。

企業がこうした環境変化に対応し、収益や競争力を向上させていくためには、資本効率を重視する戦略的経営へ転換しなければならない。日米企業のROEを比較すると、97年現在で、日本4.1%、米国16.7%と大きな開きがある。しかも20年前と比べるとその格差は2.5倍に広がっている(注)。このことは、日本において資本が有効に活用されていないことを示している。

資本の効率的活用のためには、第1に、マーケット・インの発想に立ち、市場ニーズを的確に把握、先取りして、魅力ある商品やサービスを創造・提供していく必要がある。また第2に、コア・コンピタンスを明確にし、アドバンテージの高い事業部門に経営資源を集中させることが重要である。その過程では、非収益・不採算部門の売却をも含んだ大幅な見直しを決断することも必要である。資産リストラに積極的に取り組むことで、企業の抱えるオーバーキャパシティーを解消して、コア事業や高収益部門への新しい投資を可能としなければならない。

また、それと並行して、持株会社、分社化、アウトソーシング、M&A、戦略的提携などの組織改革を積極的に行なうことが重要である。昨今、グローバル競争の激化に伴い、欧米おいて合併や戦略的提携が大規模に行なわれている。日本企業も生き残りをかけて大胆な経営戦略を展開する時期が到来している。

企業が、こうした戦略的リストラクチャリングを進めていくと、必然的に過剰雇用の問題が問われてくる。これまでの一律的・硬直的な雇用制度では企業の労働コストの増加を招くだけである。企業は、総額人件費管理の考え方に基づき、弾力的な人事制度を構築し、人材の有効活用を推進することが必要である。

(注)ベースは製造業全規模(日本:全法人、米国:総資産25万ドル以上)
データソースの関係上、日本は年度、米国は暦年
(資料)日本:大蔵省「法人企業統計年報」米国:商務省「Quarterly Financial Report」

2. 企業競争力の鍵は"経営者とホワイトカラーの活性化"

*ホワイトカラーの定義:ホワイトカラーには様々な捉え方あるが、本報告書では管理的、専門的、技術的な業務を行なう従業員、また管理部門に所属する従業員などを中心とした、成果で評価されるべき知識集約業務に携わる人材と定義する。

(1)経営戦略とリンクした人事戦略

高付加価値創造のためには人材の活性化が必要であり、人の生産性向上につながる人事戦略が競争力の強化に直結する。そうなると経営改革のなかで人事はもはや聖域ではない。一律的な終身雇用や年功序列、平等主義的なフリンジベネフィットなどを温存したままでは、雇用の硬直性を招くばかりでなく、従業員のモラルハザードを引き起こす可能性も高い。

今後の人事戦略において、まず最も重視されなければならないのは、経営戦略とのリンケージを一層強めることである(アンケート調査篇:P.78図表3-8を参照)。従来ともすれば、人事制度の枠内での整合性を求めるあまり、人事戦略と経営戦略のリンケージが弱くなる傾向が見られたが、経営目標を実現するための戦略と一体となった採用、配置、評価、報酬、教育などに関する体系づくりを急がねばならない。

(2) 経営者・ホワイトカラーの能力・活力を引き出す"Pay for Performance"

ますます、トップ・マネジメントである経営者の能力・戦略・生産性が国内外のマーケットから問われる時代になっている。経営者の役割は、競争力向上により企業を成長、発展させることであり、それには経営者の能力が大きくものをいう。取締役会の改革、執行役員制度の導入など、コーポレート・ガバナンス機構の改革が徐々に進みつつあるが、これらはトップ・マネジメントの意思決定のスピードや透明性などが企業の成長、存続を大きく左右すること、その責任の大きさを意識した動きである。

また、企業競争力の源泉は、企業発展のベースとなる収益を生み出す優秀な人材の厚みである。高付加価値の商品・サービス・技術の創出を裏付けるのは創造性、独創性であり、その鍵を握るのが個々人の生産性である。とりわけ日本企業の課題は、米国に比べ低いといわれるホワイトカラーの生産性を如何に高めるかにある。特に管理・企画や営業・販売部門の管理職、研究・開発部門の専門職・専任職の生産性向上が重要な課題となっている(アンケート調査篇:P.75図表3-5を参照)。

経営者、ホワイトカラーの能力・活力を引き出し、生産性を高めるには、努力が報われ、成果に対するインセンティブを高める仕組みが不可欠であり、"Pay for Performance"、すなわち成果・業績主義のシステムの構築が極めて重要となる。こうしたシステムは、個人のモチベーションを高め、また企業に付加価値をもたらす優秀な人材を確保するためにも有効である。また、成果・業績に報いる処遇こそが、真の公平を実現する。

このような年功型から成果・業績型への人事制度の移行については、長期的な仕事への取り組みや人材育成に対する影響を懸念する向きもあるが、それを上回って、「報酬格差が動機づけの面で効果がある」との考えが経営者や従業員の間に広まりつつある(アンケート調査篇:P.49図表3を参照)。

(3) グローバル競争に向けた早急な人事制度改革の取り組みを

90年代に入って高いパフォーマンスを発揮した米国経済の主役は民間企業である。それは、収益追求による積極的かつ大胆な経営のリストラクチャリングの成果といえる。

21世紀に一層の激しさを増すグローバル競争を想定して、いち早く経営改革に着手している日本企業もある。「国際競争に伍していける企業の構築」(武田薬品工業)、「G2000中期経営計画:3G(Global/Group-Wide/Growth)経営戦略」(コマツ)、「NEW AP-2000(連邦経営、グローバリゼーション、体質強化、世代交代)」(東レ)などがその例であるが、こうした企業では共通して経営計画のなかで人事制度改革を大きな柱として位置づけるとともに、トップダウンで改革を進めている(事例調査篇を参照)。

人事制度改革はその対象が「人」であることから、制度定着には相応の時間がかかる。したがって、最初から完全を求めて改革を遅らせるのではなく、早急な改革への着手が必要である。他に先んじて、真に人を活かす人事制度を確立した企業が、強い競争力を実現して、21世紀をリードする。

第3章 経営者の評価と報酬

1.経営者の使命とリーダーシップ

(1) 経営者の責任と使命

経営者の使命が企業成長のための収益の確保と向上にあることは明らかである。しかし、日本企業の3分の2は赤字企業である(97年分では、利益計上法人は全体の35.2%、欠損法人は64.8%である)。何期にもわたって赤字が続く企業は、その存在自体を問われる。経営者は任期中の企業業績に対する責任を明確にし、赤字が続く場合は、その責任を出処進退の形で示す覚悟が必要である。

厳しい経営環境のなかで高い業績を上げるために、経営目標を掲げ、それを達成するための優れた戦略を明示、推進することが経営者の手腕である。経営者は強い使命感を持つとともに、経営の質・レベルを高めるための改革を断行しなければならない。

また、短期的な業績のみならず、将来の業績を高めることも経営者の使命である。例えばGEでは、経営者の評価において在任中の業績とともに、将来の業績につながる「価値」としての資質を重視している。それは、将来に向けてビジョンを創造し従業員に具体的な説明ができること、変化を有利に利用し組織改革などを通じて人材に活力を与え最大の効果を引き出すことを指している。長期にわたる企業の発展を考えれば、次代に引き継ぐための将来への貢献も経営者の使命といえる。

(2) 改革は経営者から

経営者がリーダーシップを発揮して企業改革を進めるには、まず改革は役員から始めるべきである。企業に対する評価は経営者に対する評価でもある。これに対して、現在の多くの日本企業にあっては、経営者一人ひとりに対する評価がどのように行なわれているのかは必ずしも明らかではなく、責任体制の面でも集団的で曖昧な面が多いと言わざるを得ない。また、報酬についても不透明な部分が多く、従業員の延長的な色彩が強いとともに、年功的要素も大きい。こうしたなかで、現在、役員の主たるインセンティブは「昇進」にあるのが実態である。

今後、企業がグローバルな競争を勝ち抜くためには、役員の活性化が不可欠であり、そのためには役員の業績を厳しく評価する成果主義制度を導入すべきである。

前にも述べたように、人事制度改革は「人」を対象にすることから、それまでの企業慣行、文化、歴史、役員・従業員の意識、既得権など多くの問題が絡むことから、その実現は決して容易ではない。だからこそ、経営トップが企業業績に強い責任を持ち、自らの改革を決断することで企業全体の改革をリードしていかねばならない。改革は経営者から始めるべきである。

2.経営者こそ成果主義を

(1) 収益性を重視した業績評価指標へ

日本企業で現在、経営者の業績評価において重視されているのは、財務指標では売上高、経常利益、営業利益、マーケットシェアなど量的拡大を示す指標やコスト削減であり、非財務指標では顧客満足度、組織および事業改革、品質などである。ただ、これらはいずれも企業業績を測る指標でもあり、これらが個々の経営者の業績評価にどの程度反映されているかは必ずしも明らかではない。

これに対して、今後のあるべき評価基準として重要度が高まると考えられているのが、収益性に関わる指標である。具体的には、ROE(株主資本利益率)、キャッシュフロー、ROA(総資産利益率)、EVA(経済的付加価値)などのウエイトが高くなるとともに、株価が重視される度合いも高まると考えられている(表1、2を参照)。また、非財務指標では、顧客満足度のさらなる追求や、組織・事業改革とそのスピード性に加えて、企業倫理という社会的な評価基準が重視されている(アンケート調査篇:P.95図表4-6およびP.97図表4-7を参照)。

表2 今後重視すべき業績評価指標

表3 担当部門の業績評価について

こうした日本企業の経営者に対する業績評価基準の変化の方向は、現在の米国企業が採用している指標に近づいていくことを示している(アンケート調査篇:P.52図表5を参照)。ただ、最近の米国企業では、ROEなどの収益指標と非財務指標である顧客満足度や組織の活性化などが上手く連鎖して収益に結びつくと考え、90年代以降、財務指標と非財指標のバランスを重視するBSC(Balance Scorecard)という手法を取り入れていることに留意する必要がある。

担当部門の業績評価を重視する——
役員は業績によって評価されるべきであるが、会社全体の業績、各事業の業績の反映程度は役員の担当業務により異なる。担当部門をもつ役員については、企業全体の経営戦略からみたその事業の位置づけ、組織形態なども考慮しつつ、担当事業の業績をより反映させていくべきである(表3を参照)。

そのためには、各役員の役割・責任を明確にしていくための経営と執行の分離も有力な選択肢である。経営者に求められる資質や専門性は、企業全体の経営戦略を立てる役員と経営を執行する役員とでは明らかに異なり、この点を明確にすることが適切な評価をするためには不可欠である。

表4 業績評価の期間について

単年度評価——
商法上、役員の任期は2年を越えてはならないと定められている。多くの企業では役員の任期を2年としているが、業績評価は1年単位で行なわれているケースが多い(表4を参照)。役員の業績評価期間は、業種、業態、業務執行体制など各企業の状況に応じたものであってしかるべきだが、より緊張感を保ち、スピーディーに職務を執行するためには、任期を1年とすることも一つの方法である。

表5 CEO(最高経営責任者)の総年収日米英比較・図1 報酬額の自己評価

(2) 役職連動から業績連動の報酬へ

企業の業績や業態により異なるが、総じて日本企業の役員報酬は、米欧企業の役員報酬に比較して低い(表5を参照)。特に米国企業ではCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、COO(最高業務責任者)など経営と執行が明確に分離されているので一概に比較はできないが、日本企業の役員の年収水準は最高位の従業員の賃金の延長上に止まっている。

現在の報酬額に対しては適正額であると評価している経営者が多いが、低額と感じている経営者もいる(図1を参照)。経営者の業績向上へのモチベーションを高めるためにも、経営責任を全うした役員に対しては、責任の大きさと成果に見合った報酬とすべきである。

図2 役員年収の構成・表6 安定報酬(報酬月額、基本年棒)の決定要素(MA 単位%)

その一方、経営者の評価・報酬は、業績との連動を大胆に強めるべきである。

現在、日本企業の経営者の年収構成は、8割が報酬月額や基本年俸などの安定的部分で占められており、役員賞与などの変動的部分は2割弱にすぎない。これは70年代の米国の経営者の年功型報酬にかなり近い構成となっている。しかし、多くの米国企業では80年代後半から経営者の報酬体系について、基本給の割合を小さくし、年次ボーナス・長期インセンティブの割合を大きくする業績連動・インセンティブ型へと移行しており、それが企業の収益力改善に大きな影響を与えたといわれている(図2を参照)。

また、安定的報酬部分である基本年俸(報酬月額)の決定要素は、大部分が役職位によるものとなっており、業績や能力を反映する部分は相対的に小さい(表6を参照)。さらに、年収の変動幅も上下15%程度の変動にとどまっており、業績に連動しているとは言いがたい(アンケート調査篇:P.103図表4-15を参照)。

今後、経営者の報酬は、役職位に基づく序列志向ではなく役割・責任志向とするとともに、その構成も業績に連動する短期インセンティブである賞与の全体の報酬に占める割合を大きくし、変動給化させていくべきである。また、併せてストックオプションなど長期インセンティブを役員報酬の一環として位置づけることは、優れた役員の確保、過度の短期収益志向を排除する点からも有効であり、これらが一体となった業績連動型のメリハリある報酬制度とすべきである。

アンケート調査第二部(III)問15

(3) 在任中の業績評価を重視

役員の報酬は、在任期間中の企業業績に対して支払われるべきものであり、後払い的な色彩の強い長期的決済方法は役員の業務の性格にはそぐわない。今後、報酬決定の基本は、短期決済型を中心に据え、毎期の業績に応じて1年毎に適正額を支払うべきである(アンケート調査篇:P.115図表4-28を参照)。

そうなると、後払い的報酬である退職慰労金や退職後の処遇の見直しが必要になる。報酬のあり方は企業理念に基づくものであり、一概に退職慰労金が否定されるものではないが、少なくとも何に対して支払うのかが解るような透明性の高い制度が必要である。また、相談役、顧問などの役職もその役割と責任を明確にすべきである。

(4) 役員の評価・報酬の決定メカニズムの明確化と透明性向上

役員の評価・報酬・登用など、日本企業の役員制度の実態はほとんど明らかにされていない。今後、資本市場の健全化の流れや株主の影響力が増大することを考えれば、コーポレート・ガバナンスのためにも、役員制度の明確化と透明性の向上を図ることが求められる。

そのために、社外役員の導入・活用に踏み切った企業も一部にはあるが、全般的には、「役員報酬委員会」、「役員指名委員会」の設置や「役員報酬の公開」などの役員制度の透明性向上についての意識はまだ醸成されていない(図3を参照)。

役員の評価・報酬の決定メカニズム

しかし、役員の企業業績への責任をより明確にするとともに、コーポレート・ガバナンスの機能を強化していくためには、役員制度の明確化と透明性の向上は避けられない課題である。例えば、役員報酬・賞与についても、現在は総額のみが株主総会の承認事項となっているが、今後は 特に経営トップ層の報酬の公開やその方法を検討する必要がある。米国では、SEC(証券取引委員会)が92年10月、役員報酬の開示に関する規制の改正を行ない、CEOおよび上級オフィサー(執行役員)のうち報酬額の高い4名、計5名の報酬を開示することとなった(もっとも、これは過大な報酬への批判に対応したものだが)。日本でも民間企業の経営者と学者による任意団体である日本コーポレート・ガバナンス・フォーラムが98年5月に取りまとめた『コーポレート・ガバナンス原則』では、取締役会と執行役員会の分離とともに、社外取締役が過半数を占める取締役指名・経営者報酬・企業統治のための各種委員会の設置、社外取締役のみによる代表取締役の報酬の決定などを今後実現すべき原則として掲げている。

3.プロフェッショナル経営者の育成

(1) 早期選抜による徹底した内部育成と若手の抜擢

グローバルな競争を勝ち抜くためには、プロフェッショナルとしての「経営力」をもつ役員の育成が必要である。人材育成は日本企業の長所といわれてきたが、果たして日本企業は優秀な経営者を輩出してきたであろうか。今後の経営者の育成については、多くの経営者が「内部昇格を中心に、早期選抜により、集中的に育成する」と考えている(アンケート調査篇:P.128図表4-43を参照)。具体的な事例としては、30代から40代を対象に選抜し、将来の幹部候補生であることを周囲に示した上で育成を行なう「ビジネスリーダー選抜育成制度」(コマツ)、「東レ経営スクール」(東レ)、20代で資質を見極める「選択型人材育成制度」(資生堂)などによって、幹部育成に力を注ぐ企業が出始めている。また、40代での役員への登用が可能な昇格制度を採用している企業もある(キヤノン)。(事例調査篇を参照)

企業は、早期に能力を見極めて選抜し、厳しい競争と経営の実践を通じて、グローバルに通用する経営のプロを数多く育成・輩出していくべきである。役員としての能力が認められた優秀な人材については、年齢・経験にとらわれることなく抜擢し、相応しいポジションを与え、早い段階で経営の経験を積ませることで、優れた経営者を育成するべきである。

(2) 役員の外部登用と経営者の労働市場

将来の経営者を企業内部で育成する一方で、内部に相応しい人材がいなければ外部登用は当然の選択肢であり、事実、そう考える経営者も増えている(アンケート調査篇:P.128図表4-43を参照)。人材の適時適所適材は経営者も例外とされるべきではなく、国籍・年齢などの差別なく実力ある経営者を登用することが必要である。

経営実績が市場から厳しく評価されるようになれば、経営者についても流動性が高まり、労働市場が形成されていく可能性も高い。また、執行役員制度の導入など、経営と執行の分離により、各役員の役割と責任が明確になり、その専門性が問われることで、流動化はさらに進み、市場による切磋琢磨、評価の中からプロフェッショナルな経営者が生まれる。

第4章 個人の能力・活力を引き出し、企業競争力を高めるための新しい人事制

1.競争力向上のための「企業と個人の新たな関係」

(1)個別契約化による"ビジネス・パートナーシップ"と新たな信頼関係の構築

グローバルな市場主義経済の進展により、競争ルールや企業のあり方が変化していくなかでは、企業と個人の関係も変化していくことになる。

経営者は目指すべき企業像として、「競争力のある会社」を第一にあげ、それを軸に「社員との相互信頼」を築き、「社員の能力を育成・開花」させ、「成長する会社」を作ろうとしている。これに対して従業員側は、競争力ある成長する企業を求めつつも、それと同等あるいはそれ以上に「良い給与」「生活への手厚い保護」を希望し、「仕事の面白さ」を求めている。管理者層は、経営者と同様に「競争力のある会社」「会社の成長性」を重視しつつ、「相互信頼を基盤」とした上で「良い給与と仕事の面白さ」を求めている(アンケート調査篇:P.48図表2を参照)。

こうした意識を踏まえて今後の企業と個人の新たな関係を考えると、企業が提供する魅力ある仕事や事業を軸にして、企業と個人が(企業内外の)市場を通じた相互選択によって結ばれることが望ましい。

そうした関係において、企業がホワイトカラーに求めるのは、収益を生み出すために、創造性・独創性を発揮し、自ら考え行動する「自律型社員」になることである。その上で、ホワイトカラー個々人の能力を引き出すために、それぞれの能力に応じて、「企業は個人に何を期待し、個人は何の仕事を引き受けるのか」という契約的な関係を明確にし(これを「個別契約化」と呼ぶことにする)、成果に応じた報酬を支払うことになる。こうしたことにより、企業と個人は対等なビジネス・パートナーとしての創造的な協力関係を築いていくことになる。

このような相互選択・個別契約化によるパートナーシップ、成果・業績主義の人事制度を有効に機能させていくためには、それを支える企業と個人の新たな信頼の基盤を形成していくことが重要である。従来は終身雇用という暗黙の了解による雇用慣行が有効に機能し、企業と個人の信頼の基盤を形成してきた。これに対して、ビジネス・パートナーとしてお互いを選択し、契約を結ぶ際の新たな信頼の基盤となるのは、透明性の確保である。まず、企業がビジネス・パートナーである個人に対して、経営情報を公開し、個人はその情報を基に判断し、企業を選び、仕事を選び、キヤリア形成をしていく。そして、個人が上げた成果や業績に対する評価の透明性が、インセンティブを高める。

(2) ホワイトカラーの新しい働き方と魅力ある企業づくり

価値観の多様化や先行き不透明な社会情勢を反映して、個人の働く意識も大きく変化している。個人は各自のライフスタイルに合わせた働き方を選択し、自らの能力・価値を評価してくれる企業を求めるようになる。それは決して、生涯一企業であるとは限らない。

個人にとって成果・業績主義の浸透は厳しさは伴なうが、持てる能力をフルに発揮できるチャンスでもある。個人は企業への過度の依存から脱却し、働く企業名を勲章とするのではなく、自己実現の場、魅力ある仕事、能力を最大限に発揮できる場を企業に求めるべきである。そして、たとえ企業内における労働のミスマッチにより能力が発揮できなくても、外部労働市場を通じて新たな機会をみつけることができる。そのためには、個人が常にエンプロイアビリティの向上に努めることが不可欠であり、より一層の自己研鑚が必要となることは言うまでもない。

企業にとっても、労働の流動化、成果主義への移行に伴い、これまでの個人の企業に対する帰属意識やロイヤリティが薄れていくことから、全社員を対象とした囲い込み的な雇用・人事制度は通用しなくなる。様々な個性や能力をもつ優秀な人材を束ね、活用し、企業業績の向上に結び付けるためには、企業が必要とする人材にとって魅力ある企業となることが不可欠となる。

(3)新人事制度の基本的概念:「透明性」「個別性」「市場性」「投資性」「自律性」

"個"の競争力を高める人事制度の構築は、「透明性」「個別性」「市場性」「投資性」「自律性」という基本的概念に留意し、その特徴を制度に組み込んでいく必要がある。

「透明性」——
経営者の人事制度はもとより、従業員の人事制度も透明性の高い仕組みとする必要がある。特に従業員にいたずらに不安を与えず、成果主義を有効に機能させるためには、可能な限り人事関連情報をディスクローズする必要がある。「透明性」の確保こそがビジネス・パートナーシップを実現するための信頼関係を築く新たな基盤である。

「個別性」——
多様な人材を活用し、適正に評価していくためには、人事の集団管理から個別管理への転換が必要である。特にホワイトカラーにおいては、一人ひとりの能力(独創性・創造性など)の発揮が期待されている。多様な雇用形態の活用、専門性に焦点を当てた職種別採用や複線型人事などは、個別管理の重要性を示す動きである。また、こうした仕組みによる適性の見極めが適時適所適材を可能とする。

「市場性」——
「市場性」は成果・業績主義人事制度の基本である。「市場性」を高めるということは、個別契約化を通して人材の調達・配置における適時適所適材が実現し、成果や業績に基づいて評価や報酬を決めることである。これによって個人の価値と価格を一致させ、成果や業績へのインセンティブを高めることができる。

また、「市場性」を高めることにより。企業の内と外との結びつきを強め、外部の優秀な人材も含めた幅広い人材活用が可能となる。

「投資性」——
企業の長期的な成長のためには、将来のビジネスリーダーの育成や企業に付加価値をもたらす人材育成・能力開発が重要であり、「投資性」の視点が必要である。成果主義の導入に合わせて、選択的・重点的な人材育成・能力開発への転換が必要である。

「自律性」——
企業と個人が市場を通じた相互選択と個別契約化によるビジネス・パートナーシップを結ぶ新たな関係においては、個人も自律型社員として働き、自己責任においてキヤリアを形成することになる。企業も、個人の選択性と自律性を尊重する仕組みを作る必要がある。

2.ホワイトカラーの能力活用:"個"の生産性向上のための5つの方向性

  1. 「雇用形態」の多様化と個別契約化
  2. 「人材調達・配置」の市場化による適時適所適材の実現
  3. 「仕事配分」の契約化
  4. 「評価」の成果主義化と納得性・透明性あるシステム
  5. 「報酬」の成果主義化

(1) 「雇用形態」の多様化と個別契約化

専門性や創造性が重視されるホワイトカラーの能力を引き出し、有効に活用するためには、年齢や勤務時間などを軸としたこれまでの一律的かつ画一的な雇用・人事管理から、仕事・能力・成果を軸とする個別的な雇用・人事管理への転換が必要である。特に今後、目標管理制度、業績評価制度、年俸制などの成果主義システムを有効に機能させるためには、それぞれの職務内容や仕事の目標などの役割期待を明確にするとともに、職種、働き方など多様な雇用形態からの選択を可能とするなど、個別契約化の考え方を導入することが重要となる。

こうした個別契約化と雇用形態の多様化により、年齢に関係なく、仕事内容と成果に基づく処遇がされるようになれば、現在の一律的な定年制の持つ「保証された定年」という意味は徐々に薄れることから、定年制は廃止される方向に向かうことになる。それは結果的に、中高年齢層にとっても、それまでに蓄積した経験を生かしつつ、個々人のペースで就業可能な職場が実現することになる。

(2)「人材調達・配置」の市場化による適時適所適材の実現

企業は、人材の適時適所適材を実現するために、企業内外の多様な労働市場を積極的に活用した人材の調達・配置に取り組む必要がある。

人材調達については、企業は真に優秀な人材を獲得する視点から、人物本位の通年採用を軸とした雇用戦略をとるべきである。依然として、新卒一括採用を人事戦略の中心とする企業が多いが、今後は、ホワイトカラーの専門性や即戦力を重視した中途採用の一層の活用が課題である。また、オープンエントリー制や部門別・職種別採用をこれからの重要な人事政策と考えている経営者も多い(アンケート調査篇:P.82図表3-10を参照)。

人員配置政策としては、従業員ができるだけ希望の職場、職務につけるようにする必要があり、自己申告制度、キャリア・カウンセリング、社内公募制などの積極活用により、社内で適材を発掘し適所につけるべきである。さらに、企業による一方的な配置やキャリア形成ではなく、個人が自らの将来設計に基づくキャリア形成に取り組み、その意思により移動できるシステムの構築が必要となる。成果主義を有効に機能させ、従業員のモチベーションを高めるには、こうした補完的なシステムをあわせて整備することが重要である。

このように、まず企業の内部労働市場を十分に機能させ、流動化を促し、社内の人材を有効活用することが必要である。社内での自由な移動は企業外部との垣根を低くし、外部労働市場を活用し易くなることにもつながる。また、企業は、自社の職務別・職種別賃金などを積極的に公開することにより、外部労働市場の育成・拡充に寄与する必要もある。それが個人の市場価値を測る目安となる。

(3) 「仕事配分」の契約化

部門と個人の交渉により人材配置を決める社内公募制度や、上司と部下の交渉を通して仕事の配分を決める目標管理制度の導入が進みつつあるように、個別契約化の動きは既に企業内に芽生えており、ビジネスパートナーとしての企業と個人の新たな関係が生まれている。

そうした企業と個人の新たな関係の下では、個人に対してはミッションと行動規範を明確に示し、仕事のやり方などの権限は可能な限り委譲することで、自己責任のもとで業績向上に努めるという仕事のスタイルが望ましい。そのためには、職務の内容・責任を十分に理解した管理者による確かな目で、適正な仕事配分、評価、報酬の決定が行なわれるように、人事権をラインに委譲することが必要である。

(4) 「評価」の成果主義化と納得性・透明性あるシステム

成果主義化:パフォーマンス(業績)重視へ——
従来の人事制度では、職務遂行能力により従業員をランキングする職能資格制度に基づき、潜在能力や職位(役割)に必要な平均的な能力を基準に評価をしてきたが、それは結果として年功的にならざるをえなかった。一方で、米国で一般的とされてきた職務給制度も職務範囲の硬直性などの問題が指摘され、行き詰まりをみせている。これらは、いずれも成果や業績より能力や職務に着目した評価制度であり、その点の限界が見えてきたといえる。

これからの成果・業績主義における評価基準として重視しなければならないのは、「パフォーマンス(業績)」であり、それを測定するための「アカウンタビリティ(成果責任)」や「発揮・顕在能力(コンピテンシー)」である。

◇仕事に基づくパフォーマンス(業績)の評価
個人に対する業績評価の代表的な方法は目標管理制度であり、その導入はかなり進んでいる(富士ゼロックス総合研究所『企業から見た日本型人事・人材開発の現状』96年調査では約7割の企業が導入済であり、検討中・準備中の企業を入れると約9割に達する)。そして、個人の業績評価は目標管理制度に基づき、仕事、課題の難易度・重要度と達成度の積によって測っている企業が多い。

また、業績評価の1つとして、リクルートでは「New Value Creationポイント」と呼ぶ革新性、創造性の高い仕事をした人材を評価する制度を採用し、昇格審議の参考材料としている(事例調査篇:P.220を参照)。また、研究職・技術職を中心に顕著な業績を上げた人を評価し、特別報奨金を出す企業もある。

◇アカウンタビリティ(成果責任)の明確化と発揮・顕在能力(コンピテンシー)
本来ホワイトカラーに期待されている課題は、仕事を如何にこなすかではなく、与えられたミッションとそれに伴なうアカウンタビリティ(成果責任)を達成することである。したがって、成果・業績がアカウンタビリティに基づいて測られる。そのため、アカウンタビリティを明確にすることが重要である。

業績はホワイトカラーが仕事を通して発揮した能力からもみることができる。米国では、個人がどのようにして成果を上げるのかという観点から、具体的な手法への取り組みがなされているが、その一つが「コンピテンシー」である。コンピテンシーとは安定的に高い業績を上げる人がもつ行動特性のことであり、それは汎用的にどこの企業でも大差はないという考え方と、個人の属する企業や組織の価値観が大きく影響しており、したがって企業毎に異なるという考え方があり、未だ考え方は確立されていない。しかし、いずれにも共通するのは、コンピテンシーとは「個人が、優れた業績を上げるために、行動レベルで発揮されている能力」であるということである。今後は潜在能力ではなく、発揮・顕在能力をより重視すべきである。

表1 今後重視すべき業績評価指標

透明性の向上:より納得性を高める——
成果主義システムを有効に機能させるためには、企業と個人の信頼関係が重要である。従業員が疑心暗鬼になり、いたずらにモチベーションを低下させることのないよう、可能な限り制度の透明性を高める必要がある。そのためには、評価項目や評価基準を公開するとともに、評価の公平性を担保するためにラインの上司による評価だけではなく、同僚・部下からの評価や、所属部門以外の上司からの評価、さらには顧客からの評価などの多面的な評価をすることが考えられる(アンケート調査篇:P.82図表3-10を参照)。

また、評価結果を本人にフィードバックすることが重要である。これは、各人が実力・価値を自覚し、新たな目標に向けて努力し、その後のキャリア形成につなげるための"気づき"の仕掛けである。

さらに、評価結果に対する不満に適切に対応することが重要であり、第三者による処理システムなどを整備する必要がある。例えばコマツでは評価結果についての苦情に対して調査委員会を設置し、事業所人事担当部門長や本社人事部長が助言や解決策の提示などを行なうプロセスが整備されている。また松下電器産業では、評価に納得がいかない場合には、電子メールで直接人事部に相談できるような仕組みがある。

(5)「報酬」の成果主義化

業績重視、決済期間の短期化——
成果・業績主義のねらいとするところは、個人の価値と価格の一致である。報酬は、安定的部分と変動的部分から構成されるが、変動部分である業績給の割合を広げて、モチベーションを高めるべきである。現在、管理職を中心に、業績評価による報酬のウエイトを高めることが一般的になっており、その代表的な例が年俸制である(アンケート調査では、約5割の経営者が年俸制を重要な人事政策として捉えている。アンケート調査篇:P.82図表3-10を参照)。

業績給には短期業績給と長期業績給、集団業績給と個人業績給が考えられる。日本企業で一般的な業績給である賞与は、会社全体の業績を反映した短期の集団業績給であるが、今後はカンパニー制、分社化などの動きに合わせ、職場や部門を単位とする業績給のウエイトを高めていくべきである。また、よりインセンティブを高めるためには個人業績の反映度合を高めるべきであり、例えば特別な業績を上げた人への報償金制度を導入することも一つの方法として考えられる。

そして、業績連動部分の比率はその責任が大きい役職ほど高めるべきである。最近の動きでは、事業責任者層に対する株価連動報酬の導入もみられる。また、今後は優れた従業員のモチベーション高揚と確保のために、ストックオプションなどの長期インセンティブの付与についても積極的に検討する必要がある。

こうした成果主義の浸透は、報酬決済の短期化(Pay Now)を進めることにつながる。年俸制もそうした短期決済型報酬の一つであるが、企業によっては、さらに短い半期年俸制を採用しているところもある。特に管理職などのマネジメント層には、評価・報酬決済の短期化によって成果責任を明確にする必要がある。

退職金・福利厚生をあり方を見直す——
以上のように報酬決定が、定年まで働くことを前提とした年功的な超長期のシステムから、その時々の成果に応じた短期決済化の方向に変わっていくことになれば、後払い的報酬である退職金のあり方は自ずと見直されることになる。激しい環境の変化を考えれば、後払い的報酬は企業にとっても個人にとってもリスクが大きい。また、退職金制度が労働の流動化を阻害するものであってはならない。今後ますます個人が生涯一企業に属するとは限らず、労働移動も多くなることから、後払い的報酬のあり方の大幅な見直しは必須である。

企業は雇用・人事政策としての退職金の位置づけ、あり方を再考し、場合によっては退職金制度を止めることも選択肢の一つとして考えられる。また、長期勤続者に有利な退職金制度から、年俸に一定の係数をかけたポイントを積み立てる「ポイント制退職金」などの成果に対応したシステムや、退職金の賃金化としての「前払い方式退職金(全額給与支払い方式)」に移行することも考えられる。加えて、企業年金のあり方もポータビリティを考慮したものにするなど、雇用を縛る制度は止めるべきである。同時に、長期勤続を優遇する退職金税制も、見直すべき時にきている。

福利厚生(法定外福利厚生)は社員にとってのインセンティブの一つであるが、そのあり方も、企業と個人の関係の変化に応じて見直していく必要がある。

ビジネス・パートナーとしての関係を前提にすれば、仕事の成果に関係なく支給される生活保証的な福利厚生はそぐわない。従来の福利厚生制度は、雇用の流動化を阻害しないものとする観点からも見直す必要がある。

以上のようなことから、今後の福利厚生の考え方は「一律・生活支援型」から「個人選択・自立型」へ移行していくものと考えられる。

既に福利厚生を成果型に変えたり、賃金化する動きも出てきている。成果型の例としては、業績貢献度に合わせてポイントを与え、そのポイント数に基づいて個人のニーズにあったメニューを選択するというパソナのカフェテリアプランがある。また、リクルートでは、現在の福利厚生の原資を賞与と月例給与に還元し、社宅、寮、家賃補助、社内預金、扶養家族手当、保養施設などの制度を廃止する考えを打ち出している。

3.ホワイトカラーの能力開発:"個"の競争力強化のための2つの方向性

  1. 「キャリア管理」の多元化・自律化
  2. 「能力開発」の重点化・自律化

(1) 「キャリア管理」の多元化・自律化

今後、企業と個人は多くの情報を共有した対等な関係となっていくことから、ホワイトカラーは、「企業に属する」という意識ではなく、「能力や技術を企業に売る」という意識を持つ必要がある。そして、一人ひとりのキャリアは会社から決めて与えられるのではなく、個人が自らの将来設計のなかで自己責任において決めていくことが重要となる。

同時にホワイトカラーは、それぞれの分野においてプロフェショナルとなることが求められており、個々人がもつ能力を最大限に発揮させるためには、キャリアの多元化を組み込んだ複線型人事制度が必要となる。

日本企業の多くが新卒採用を基本としている現状では、20歳代の従業員には本人の希望を踏まえた上で、その能力・適性を見極めるためのローテーションは今後とも行なわれるであろう。しかし、一定の期間を過ぎた従業員に対しては自律性を求めるべきであり、そうした仕組みを検討していく必要がある。リクルートの例はその先進的な取り組みである。「キャリア選択の自由度向上」を方針として掲げている同社では、特定分野に高い能力・スキルを持った人材と業務委託契約を結ぶ「リクルートフェロー制度」や「IO(イオ)制度」を実施している。また、同社には、社員の独立や転職をバックアップする「OPT(オプト)制度」や「フレックス選択定年制」といった新しいキャリア支援制度もある(事例調査篇:P.223-224を参照)。

(2) 「能力開発」の重点化・自律化

競争力向上のための重要な施策として、企業は引き続き能力開発に取り組む必要がある。中長期的に生産性を高めるための能力開発の強化は、成果主義システムとの連動により相乗効果が期待できる。そのためには、人事制度の成果主義化や、企業と個人の関係の変化に則した能力開発への転換が必要である。

そうした観点からすると、今後、企業は2つの側面から従業員の能力開発を考える必要がある。一つは、企業の競争力向上のために必須となる能力の開発を戦略的(効率的)に行なうことであり、もう一つは、個人のエンプロイアビリティ向上への支援と環境整備である。

戦略的かつ徹底した職務能力開発——
ホワイトカラーに高い専門性が求められる時代に、これまでのような平均的なレベルアップのための社内教育では、企業の生産性や競争力の向上に結びつかない。経営者も「従業員の能力を育て開花させる会社」を目指しているが、そのための「多額の投資」については見直しの必要性を感じている(アンケート調査篇:P.56図表2-1を参照)。これから必要とされるのは、企業の競争力向上につながる戦略的な能力開発である。そのためには、新人には短期集中による徹底した職務能力の開発、幹部候補生・管理者は選抜による能力開発、さらに、企業が求める専門能力・技術習得のための集中投資など、目的と対象を絞った重点化が必要である。

エンプロイアビリティ向上のための支援と環境整備——
企業が、必要とする人材の育成や、業務の達成に必要な能力・スキルの開発に重点的に投資をする一方で、個人は自己責任でキャリアを形成し、自己啓発によりエンプロイアビリティを高めていかねばならない。経営者も「従業員に対する企業の教育・育成責任」を重視しつつも、これからは「能力開発の自己責任化」が必要と考えている(アンケート調査篇:P.78図表3-8を参照)。

企業はビジネスパートナーである個人に対して、自己実現の場や自己啓発プログラムの多様なメニューを提示するといった環境面でのサポートに徹するべきである。企業の最も重要な役割は「場」と「機会」の提供であり、選択は個人に委ねることが望ましい。

4.新たな制度のスムーズな運用のために

(1) 経営者は人を活かすための深い理解と哲学を

各企業に適した成果主義システムを生み出し、それを定着させていくためには、経営トップのリーダーシップが不可欠である。どのような人事制度を構築するかは、経営者から従業員に対する重要なメッセージでもある。経営者は人を活用する立場にある者として、確たる経営哲学と人への深い理解をもたねばならない。人事部、管理職との意思疎通を図り、また集団的労使関係にも配慮しつつ、経営者は人事制度改革を断行すべきである。

目標管理制度、多面評価制度、年俸制度など、既に成果主義システム構築のための部品は揃っている。あとは、経営トップの決断である。個性ある優秀な人材が集い、生き生きと活躍できる企業を目指して、それぞれの企業に相応しい成果主義の人事制度を築くことが、競争力を支える基盤となる。

(2) 人事部門の新たな機能とライン人事への転換

人事部門はこれまで、膨大な従業員データを保有し、全従業員を対象とする一律的人事・労務管理を行なってきた。このため、保守的かつ管理的、閉鎖的な色合いを強めるなかで、創造的付加価値、収益の向上という企業の目的から距離を置いた存在となってしまったきらいがある。

しかし、企業業績の長期的悪化の下で、総額人件費の問題を含め、人的生産性の向上やそのための人材活用が大きな経営課題となっており、それを実現するための人事機能はますます重要になっている。そうしたなかで、これからの人事機能に必要とされるのは戦略性であり、今後、人事部は経営・事業戦略と一体となった人事戦略策定機能を強化する必要がある。

こうした観点からの人事部改革は既に始まっており、多くの企業では人事部の縮小を図り、研修などを外部に委託する一方、戦略的部門としての機能に特化しようとしている。そのドラスティックな例として三菱商事の「ヒューマンリンク株式会社」設立が挙げられる。全額出資によりヒューマンリンク(株)を設立し、人事部所属社員の約7割を新会社に移し、人事のサービス機能を移管した(事例調査篇:P.201、203を参照)。

また、人事管理権限をライン部門に委譲し、より現場の意思を反映できる現場主導型の人事管理が求められる。今後、分社化やカンパニー制などの組織改変の動きも加速するなかで、各事業部門が事業内容に応じて最も相応しい人材配置ができるような人事制度を確立することによって、業績反映の成果主義をうまく根付かせることがますます必要になる。

もう一つの今後重要となる人事部門の機能は、成果主義や個別契約化の導入に伴う企業と個人の関係をスムーズなものとするための仲裁機能や、カウンセリングによる個人のキヤリア形成へのサポートである。

(3) 管理職の実力が成果主義を支える

成果主義型の人事制度が定着するかどうかは、人事部とともに、制度の運用に大きな責任を持つ管理職が鍵となる。

人事制度は「人」を最大限活用して、企業業績の向上を図るための制度であるが、「人」を対象とする難しさから、その運用次第で結果に大きな差異が生じる。特に、従来の年功型報酬制度から成果・業績主義の報酬制度への転換について、従業員の多くはその方向性を是認してはいるものの、その効果については経営者に比べて懐疑的に見ている。特に一般社員の多くは「成果主義を導入しても結果的には年功になる」といった冷めた見方をしている(アンケート調査篇:P.49図表3を参照)。

こうした一般社員の成果主義に対する懐疑的な見方を払拭するためにも、管理職には人事制度への十分な理解と適切な運用が求められる。また、業績評価者として部下を納得させる説明能力も重要となる。そのためには、評価者教育などを通じてそのノウハウを学ぶとともに、目標の設定、業務執行のプロセス、評価結果の伝達のそれぞれの段階での面接を有効に活用し、被評価者との十分なコミュニケーションに心がけなければならない。評価者である管理職は、企業と個人の信頼関係の軸となる"公正な評価"を実現するために、自らが評価されることで、部下を評価することに強くなる必要がある。

以上


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