採録記事|未来志向の政策トーク番組
『日本再興ラストチャンス』第10回「エネルギー」

第10回 エネルギー

経済学者・成田悠輔氏と経営者の対話を通じて、日本を、経済を再興させるアクションプランを考える「日本再興ラストチャンス」。今回は、エネルギーをテーマに議論しました。(この記事は、ビジネス映像メディア「PIVOT」で配信された動画を採録した広報誌『経済同友』2024年5月号の再掲です。PDFはこちらから

  • 成田 悠輔
    イェール大学 助教授/半熟仮想株式会社 代表
  • 兵頭 誠之
    経済同友会 エネルギー委員会 委員長/住友商事 取締役 会長

  • 寿楽 浩太
    東京電機大学 工学部人間科学系列 教授

  • 野嶋 紗己子
    PIVOT MC

(所属・役職は出演時)

社会経済への影響と将来に対する責務の両面から考える

野嶋 政府は昨年発表した「GX実現に向けた基本方針」で原発の再稼働や長期利用などの方向性を示しましたが、成田さんはどう見ていらっしゃいますか。

成田 原子力発電が有りか無しか、という議論になりがちですが、有り無しの間にあるグラデーションを具体的・定量的に考えないと意味がないと思っています。原子力には当然計り知れない危険がつきまといますし、原子力発電だけで全てを賄う未来は今のところ考えにくい。一方、エネルギー資源が乏しい日本にとって、原子力は数少ない自前のエネルギーです。

野嶋 PIVOTユーザーに対するアンケートで原発再稼働についての可否を伺いました。拮抗しながらも、賛成44.8%、反対 37.9%、どちらでもない 17.2%という結果です。こうした傾向をどう見られているか、ゲストのお二方に伺いたいと思います。

兵頭 少し前までは社会は原発にかなりネガティブだった印象ですが、ウクライナ侵攻の発生以降、エネルギー問題への関心が高くなったと感じています。

寿楽 同感です。世界のエネルギー問題は自身の生活とつながっているという意識を持つ方が増えた気がします。

野嶋 政府の方針についてはどうご覧になっていますか。

兵頭 産業界の立場からすると、世界でいかに競争に勝ち豊かになるかを考える一方、将来世代に対する責務として、数十年先の日本を見据えた設計も欠かせません。日本は島国なのでヨーロッパと異なり、他のどの国ともエネルギーシステムがつながっていません。国としてエネルギー確保に向けた選択肢を持つことは大事だと思います。ただ、社会でそのことを真剣に考える機会はまだ少ないと感じています。

野嶋 日本の電力消費量が現在1兆 kWhで、2050年には1.35兆〜 1.5兆 kWhに伸びるというデータがあります。

成田 人口が減るのに電力消費量は増えるのはなぜでしょうか。

兵頭 例えば、車の多くがEVになると、電力消費量は拡大します。また、AIの活用が増えれば、情報処理に膨大なエネルギーを使います。ただ、社会システムをどう設計するかで将来の電力需要は変わっていきます。

寿楽 どれも「茨の道」だというのがつらいところです。電気料金の高騰が続けば、皆が行動変容して省エネが進むかもしれません。ただし本当に困窮する人も出てきてしまうでしょう。内燃機関の車が普及し続ければEVに使う電力は抑えられますが、CO2排出は続きます。自動車税を高くすれば自動車保有者が減るかもしれませんが、今度は経済活動に影響してきます。結局、一番バランスが取れるところを見つけていくしかないわけです。

重要なKPIが複雑に絡み合うのがエネルギー問題の難しさ

野嶋 PIVOTユーザーの20~30代ビジネスパーソンから質問が来ています。原発によるリスクはゼロではないものの、原発由来の電力を使用する地域としない地域では電気代の差が生まれていることを考えると、新しい局面を迎えているのではないでしょうか。

寿楽 経済面だけで考えると、原子力を利用することは合理的です。ただし原子力は他に比べて事故が起きたときの影響範囲が大きいです。そうした可能性もリスクとして受け入れるか、排除するかが大きな分かれ目です。

成田 東日本大震災後に規制が変わり、原発の耐震設備や防潮堤には投資がされていますよね。それでも不十分でしょうか。

寿楽 設備投資によって事故が発生する確率は下がりますが、「万が一」が重なって最悪の事故になったときに最大どの程度の影響が出るという度合いは変わりません。それを受け入れるかどうかは考え方の大きな差になります。

野嶋 どのエネルギー源にもメリットとデメリットがあることを冷静に見ていかないといけませんね。経済同友会は「活・原子力」という提言を昨年公表されましたが、これについてお聞かせください。

兵頭 再生可能エネルギー(以下再エネ)への注力が進み、住友商事も世界各地で投資を行っています。一方、風力発電は風が吹かないと、太陽光発電は昼間でなければ発電できません。安定的な電力量を確保するためには、いくつかのエネルギー源を組み合わせたシステムを構築する必要があります。ただ、日本がどのようなエネルギーシステムを持つべきか、正解は定義できていません。それを私たちの手で、知恵で、決意でつくっていく必要があると議論してまとめたのが、世界最高水準の安全性を担保しながら原子力を活用すべきとした「活・原子力」です。エネルギーに対する懸念が高まった2年前、日本は年間 33兆円を使って海外から化石燃料を買いました。それだけの負担を続けながら経済活動を続けるのは大変です。むろん、提言に反対のご意見もあると思いますが、広く深く熟議しながら、皆で正解づくりを目指していこうというのが提言の根底にある考え方です。

成田 例えば 10年後の望ましい電力ミックスの目標設定はあるのでしょうか。

兵頭 国の第6次エネルギー基本計画では、安全な稼働計画が具体化している前提で、2030年度の原子力発電シェアを 20 〜 22%としています。まずはそれを目指そうというのが「活・原子力」のスタンスです。日本のGDPを家計に見立てると、化石燃料の購入にお金を使うほど可処分金額が減ることになります。結果的に賃上げ問題などにも影響してくることになります。

寿楽 メリットとリスクを含めたシナリオが何通りか示されるとよいでしょう。一般的にエネルギーインフラは「経路依存性」という、過去の決定に制限を受けてしまう特性が強く働きます。例えば送電網を1年で作り替えるのは不可能に近く、既存の送電網を活用していく前提で通常考えます。せっかく原子力発電設備があるから動かそうというのも同じ理屈です。だからこそ「気付いたらそうなっていた」ではなく、「あのときはこういう理由で決めた」と、後の世代が意思決定をたどり直せるような進め方をしていかねばならないと思っています。

成田 問題があまりに複雑ですよね。電力ミックスを変えるとエネルギー自給率やCO2排出量、事故シナリオ、電気料金など、重要なKPIに何が起きるか体感できるゲームのようなものがあるといいのでは。

兵頭 重要な視点だと思います。極端なシナリオとして、全てが再エネの場合と全てが原子力発電の場合、いずれもシステムの刷新でコストが膨大過ぎる結果になるでしょう。現実的には、極端な二つのシナリオの間のどこかに答えがあるわけで、それを皆で議論すること自体がとても大事です。

エネルギー問題は雇用や賃金上昇にも影響する

野嶋 原発を停止している国もあるのに、なぜ日本ではできないのか。原発を前提としないエネルギー戦略に知恵を結集すべきではないかという質問も来ています。

寿楽 ヨーロッパは地続きで送電網が各国でつながっているため、使用電力のエネルギー源を特定するのが難しい状態です。脱原発を完了したドイツと積極的に推進するフランスの送電網も実はつながっており、日本と直接には比較できません。東日本大震災後、原発を全部止めても日本社会は動いていましたから、使わないと決めれば、やれなくはないのかもしれません。ただし、多額のお金を使って化石燃料を輸入し、CO2もたくさん排出することになります。産業競争力や生活スタイルも含めて、どんな時間軸でどう変えていくかが問われてきます。

野嶋 廃棄物処理の出口戦略についてはどうでしょうか。

兵頭 出口戦略は大変重要ですね。自国で処理するためには六ヶ所村の処理設備を1日も早く稼働させて、責任を持って処理する計画が欠かせないでしょう。

成田 ただ、最終的な出口は 10万年後ですよね。

寿楽 そもそも原子力は、数十年後には化石燃料がなくなるだろうという予測の下で開発されたという背景があります。ところが今も化石燃料は使われています。もし本当になくなっていたら、現在の議論もまったく異なったものだったでしょう。つまり、今の課題が将来もそのままとは限らず、将来の人たちはまったく違う考え方をするかもしれないのです。先ほどの「経路依存性」を意識して、小回りが利く観点で原子力の問題を考えるべきだと思います。

兵頭 廃棄物処理が必要となるものと影響の期間が短いものは中身がまったく違うので、分けて議論すべきです。例えば福島の廃炉現場でALPS処理水が放出されています。これに含まれるトリチウムは水素の同位体で、半減期が 12.3年と比較的期間が短い放射性物質です。

野嶋 日本のエネルギー施策の強みはありますか。

兵頭 日本は資源国ではありませんし、ヨーロッパのような連携したエネルギーシステムもありません。風力や太陽光があるように見えるかもしれませんが、常に貿易風が吹いている国や年中ほぼ晴れの地域と比べたら、再エネもコスト高です。この現実に基づいて解決を見いだすしかありません。エネルギーコスト高を逆手にとって過去 30年間産業界が取り組んできたのは、世界に製造拠点を広げたことでした。ただし、全ての産業が国外に出ていくと、私たちの職がなくなってしまいます。社会のあり方を考え、エネルギーと産業のバランスを見据えた道を行くという点では力がある国だと思います。

野嶋 今の日本の電源構成は 70%から 80%ほどが火力発電、再生可能エネルギーの内、最も割合が高いのが太陽光発電、次に水力発電。原子力発電は 10%未満です。

寿楽 震災前とはずいぶん構成が変わりました。ただ、かつて日本の風力発電メーカーは世界でも有数だったのに、日本は風力発電に向いていないと皆で思い込んでしまった結果、国内企業が撤退して、海外企業に頼らざるを得なくなりました。こうした風潮はできれば避けたいところです。決めた道をいい意味で疑って、見直しをし続けていく姿勢を皆で忘れないことが重要です。

成田 原子力発電所の新設についてはいかがですか。

兵頭 今回の提言では新設についても触れています。競争力の維持、雇用や賃金の上昇、そして電力消費予測といった点をまとめて考えたときに、新設が選択肢に挙がってきます。ただし再エネとの組み合わせが前提ですし、新設場所についてしっかり議論する必要があります。

no10_b.JPG成田 人口が減っていることは日本の強みにならないでしょうか。人口(密度)が減る局面でどうエネルギー総需要も減らしていくかという問題です。

兵頭 人口減を前提としたエネルギーシステムを構築していくのは「茨の道」の選択肢の一つだと思います。国力を考えたときに人口減を受容できるかはよく考える必要がありますが。

寿楽 人口が減っても電力需要が減らない可能性もあります。例えば、世帯人数が減っても単身世帯が増えれば、冷蔵庫やエアコンの台数や稼働時間は減りません。その複雑さは考えておく必要があるでしょう。

成田 人口減で限界集落が消滅すると、原発専用エリアとして使える土地が増える可能性もありますね。

寿楽 善し悪しの議論は別として、もともと原子力発電技術は未開発の土地がたくさんある米国や旧ソビエト連邦のような大陸国で開発されてきたのも事実です。事故が起これば最悪その土地は諦める、という発想があったことは否めません。ある種の割り切りを是とするなら、日本でもそうした発想はあり得ますが、国土を汚す可能性を認めないと考えるなら、選択しないことになります。

野嶋 使える土地が増えるなら、むしろ再エネを拡大するべきではないでしょうか。再エネの分野で日本企業がイニシアチブを取れる可能性はあるかという質問も来ています。

寿楽 日本はきめ細かいところをすり合わせるエンジニアリングを得意とするので、スマートグリッドのような分野は向いているかもしれません。再エネをうまく活用しようとすると、きめ細かく電力の出し入れを制御する技術が必要ですので、強みを発揮できる気がします。

兵頭 日本全国に湧く温泉は熱源です。地熱発電については日本が国際的なイニシアチブを取ってきました。環太平洋を中心とした地域への働き掛けなどを含め、今後もやる価値があると思っています。

野嶋 地熱発電が占める割合はごくわずかですが。

寿楽 地熱発電は温泉に悪影響を及ぼすと盛んに言われ、進んでこなかった面もあります。技術によって共生できるという意見もありますので、思い込みを外せば可能性も出てくるのではないでしょうか。

エネルギーについて皆で議論して決めていくのが大事

成田 利用者側がすべきことは何でしょうか。電力の利用を社会全体で効率化していく、そのために生活を変えていくことも大きな課題と思えます。

寿楽 課題先進国といわれる日本だからこそ、技術を試して改良していく取り組みは考えられるでしょう。いかに利便性を下げずに電気使用量を減らせるか。暮らし方も含めたフィールドテストのチャンスとも言えます。

兵頭 東京都には太陽光パネルと蓄電池とEVの組み合わせを助成するエネファーム補助金制度があります。この組み合わせによって家庭の熱効率は8割以上に高まります。こうした観点で、経済活動単位当たりのエネルギー消費量の削減を地道に積み重ねることも大切です。

成田 太陽光パネルと蓄電池が付いたオフグリッド住宅の購入にもずっしり補助金が付きますが、普通の人はそれをまったく知らないという問題もありますね。

兵頭 今後は家の造り方も生活のスタイルも変えていかなくてはいけないでしょう。エネルギー総消費量を減らしながら、エネルギー源をいかに組み合わせていくか、皆で議論して決めていくのが大きなテーマだと思います。

野嶋 再稼働にせよ脱原発にせよ、社会的な合意を取るのはすごく難しく、かつ大事なことだとあらためて思いました。一体これをどう進めればよいのでしょうか。

寿楽 いずれも「茨の道」だと認識することからでしょうか。電気代が高騰したからエネルギー問題への関心が高まった、というのが実際だと思います。電気料金が大幅に下がれば、エネルギーについて考える機会はどうしても減るでしょう。ぜひ、このタイミングで選択する道をきちんと考えていけたらと思っています。

成田 正解がいかに分からないか、その分からなさ加減をきちんと理解することが大切ですね。複雑さを図示した謎の霞が関風曼荼羅でもつくり、エネルギー問題がどれだけ複雑系なのかを広く世の中に知らせていくのも大事なのではないかと思いました。

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「日本再興ラストチャンス」
経済同友会とビジネス映像メディアPIVOTがコラボレーションし、YouTubeで配信する未来志向の政策トーク番組。「失ってしまった」30年を経て、これからどのように日本を、経済を再興すべきか。毎回1テーマを設定し、経済学者・成田悠輔氏と経営者との対話を通じて、解決に向けたアクションプランを提案します。配信一覧はこちらから

動画はYouTube PIVOT公式チャンネルから
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