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21世紀をリードする企業経営の実現のために
-会計2000年問題を乗り越えて-

目 次

はじめに:21世紀に向けた日本企業の一段の飛躍のために
 -世界共通の会計ルールと透明度の高い積極経営の展開-

第1章 会計制度変更の位置付け

第2章 経営に大きな影響を与える3つの変更

  1. 連結決算制度
  2. 金融商品の時価評価
  3. 退職給付債務

第3章 新会計制度への効果的対応:基本的理念と戦略

  1. 基本的理念
    1. 市場からの信頼性の向上
    2. 含み依存経営との決別 -ガラス張りの経営・キャッシュフロー重視へー
    3. 変化をチャンスに -横並びからの脱却-
  2. 戦 略
    1. 積極的なディスクロージャーと十分なアカウンタビリティー
    2. 業績対応型の配当政策
    3. グループ経営の高度化
    4. 持ち合い株式の解消
    5. 退職給付債務・企業年金の見直し

第4章 法・税制度に関する要望 -会計の国際化に伴う制度インフラの国際標準化を-

  1. 持株会社制度 -グループ経営・企業再編を効果的に行うために-
  2. 親子会社合算課税制度
    1. 連結経営の実践に不可欠な連結納税制度
    2. 親子会社間の役務提供
  3. LLC(Limited Liability Corporation)制度の導入
  4. 配当金課税に対する公正化 -金融商品会計の影響に対して-
  5. 企業年金
    1. 年金に対する課税
    2. 確定拠出型年金
    3. 年金拠出手段の多様化
  6. 連結配当政策

おわりに: 透明性の高い市場に向けて

<資料・分析編> 補足資料・データ等

はじめに:21世紀に向けた日本企業の一段の飛躍のために

- 世界共通の会計ルールと透明度の高い積極経営の展開 -

企業経営とは、変化への絶えざる対応である。我が国の多くの先人達は、これまでの経済の成長及び産業の発展のために、様々な変化に果敢に対応してきた。そして、今、我々は、これまでにない大きな変化-巨大な世界市場での競争、情報・通信技術等の革新、さらには我が国独自の問題であるバブル経済崩壊の後遺症や世界に類を見ないスピードで進む少子高齢化の進展等-に直面している。これらの課題を乗り越えるために、政治、行政及び経済等の抜本的な構造改革を推し進める一方、我々は、大いなる気概とチャレンジング・スピリットを持って、21世紀における一段の飛躍を目指して、大胆な経営改革を行う必要がある。

今般、こうした「変化」のリストに、企業経営に直結する新たな項目が加わることになった。それは、「経営成果判定のルール」-会計制度-の変更である。これまで市場から疑問視されていた我が国の企業情報の開示制度が大幅に変更され、世界に通用するものへと、一気に変わるのである。この結果、企業の真実の姿がより投資家に示されやすくなり、経営者の実力も今まで以上に明瞭に開示されることになる。その影響は実に大きく、経営者は、市場に対して今まで以上に真摯に対応しなければならない。

会計制度変更の具体的内容と影響、それへの対応策については本文に譲るとして、ここでは、そうした会計制度の変更が必要になった背景を明確にし、我が国の経済と企業にとってその大きな意義を明らかにしておきたい。

会計制度が変更されるに至った背景には、二つの大きな変化がある。ひとつは、我が国の金融市場において、資金調達・運用の柱として直接金融に対する企業のニーズが高まっていることである。借り手と金融機関との相対取引を中心とする世界と、多数の投資家を前提とする直接金融の世界では、自ずとその情報開示のルールが変貌するのは不可避である。

また、もう一つの変化は、直接金融市場が、いまやグローバルにリンクし、その中を情報と資金がダイナミックに動く世界と化していることである。従って、そこで行われる企業情報の開示は、投資家の国籍に関わらず、誰でも合理的な投資判断ができる内容が必要条件となってくる。もはや、いかなる企業も、21世紀のメガコンペティションを勝ち抜くためには、世界共通の会計ルールを無視することはできないのである。

以下、「本提言」では企業経営者の視点から、今回の会計制度の変更が経営に与える影響を分析し、如何に戦略的に取り組むべきかを提言する。今回の変更は、日本企業の透明性を高めることにより、世界に通用するディスクロージャーを確立するものとして大いに期待できる一方で、企業経営に大きな影響を及ぼし、場合によっては痛みも伴う。しかし、我々企業経営者は、ひるむことなく、新しい会計制度を積極的に取り入れ、21世紀での新たなる成功を目指して前進しなければならない。

第1章 会計制度変更の位置付け

市場主義の下では、投資家が、自己責任で投資判断を行うことが原則である。従って、投資判断基準として、情報開示の適切性と適時性が、不可欠である。特に、日本版金融ビッグバンが進展するなかで、世界に通用する公正かつ健全な資本市場を育成するためには、企業からの適時・正確な情報開示が鍵を握る。

しかしながら、目まぐるしく変化する現在の経営環境においては、今までの会計制度による情報開示は必ずしも十分ではなかったと言わざるをえない。例えば、日本の会計制度において、連結、及び時価といった概念が希薄であったため、グループ経営の全体像、金融資産の適切な評価、及び退職給付債務の実態等を明確に把握することは、難しかった。更に、会計制度が共通ではなかったことから、日本企業と海外企業を適切に比較することも容易ではなかったし、これが、海外からの投資意欲を削ぐ一因となっていたことは否めない。

企業会計は、企業の姿を正確に投影する透明度を有し、内外の企業との比較性を容易に確保できるものとなるべきである。今回の会計制度の変更は、現行の企業会計を、現在の複雑化した企業経営に則しかつ、ごく当り前の透明度を有した世界に通用する会計制度へと改善するプロセスと位置付けるべきである。

第2章 経営に大きな影響を与える3つの変更

今回の会計制度の変更のうち、経営へ影響を及ぼす範囲の広さ及び金額的なインパクトを勘案し、連結決算制度、金融商品の時価評価、及び退職給付債務の3項目に焦点をあてることとする。

1 連結決算制度

(1)変更点

画像:変更点

(2) 影 響

連結決算制度における大きな変化は、次の2点である。

  1. 投資家の企業評価・投資判断の基準が単独決算から連結決算へ移行する。
  2. 連結対象範囲が拡大する。

(a)単独決算から連結決算へ
2000年3月期決算からは、投資家と証券アナリストたちの分析・判断基準が原則、連結決算へと大きく変わり、グループとしての経営のパフォーマンスについて経営者に説明を求めてくる。従って、経営者自身も経営の軸を従来以上に連結ベース、すなわちグループ・ベースに置かねばならなくなる。子会社及び関連会社の位置付けの見直しが避けられないのである。

当然のことながら、子会社・関連会社を経営上のクッションとして活用する手法(親会社から子会社への販売による親会社レベルの増収策や、子会社への不動産売却による増益策等)は、有効性を失う。また、グループの中の赤字会社の存続意義を、経営者は従来以上に厳しく自らに問い質さざるをえなくなる。

(b)連結対象範囲の拡大によるグループ経営の変化
連結対象範囲(持分法適用を含む。)の判断基準が従来の持株基準から支配力基準・影響力基準へと変わる結果、連結対象となる子会社・関連会社は一般的に増加することになる。そこで経営者は、既存の内外の子会社・関連会社の処分や逆にそのテコ入れをグループ業績の改善策として位置づけ、早急に実施することが求められている。

2 金融商品の時価評価

新基準導入により、持ち合い株式の評価損益はもちろん、特定金銭信託やファンド・トラストの評価損、デリバティブ取引の時価評価額、更には貸付金の分類別の引当基準等が開示される。本項では、特に広い範囲に影響が及ぶと予想される有価証券について述べる。

(1)変更点

画像:変更点

(2)影響 : 保有株式の合理性を問われる経営者

金融商品の時価会計の導入がもたらす第一の影響は、資産の内容とその収益性が、市場に対して明らかになることにある。これまでも財務諸表の注記事項として一部公表されていたが、今後は原則として公開企業は幅広い範囲で金融商品について、その実態を否応なく公表しなければならなくなる。

有価証券について言えば、保有証券の損益が明確になり、その結果、経営者は、有価証券の保有について、市場に対して、保有の目的やそのメリット・デメリットについて、明確な理由を説明しかつ納得させる責任を担うこととなる。そしてそのためには、その保有の意義を自ら問い質す必要が生まれる。

例えば、代表的な例が持ち合い株式であろう。経営者は、株式の持ち合いを続けても本業の取引で収益の拡大に寄与するかどうか、あるいは他に経営上の明確なメリットがあるのか否か等、その判断が求められることとなる。メリットが無ければ、経営者は、その資金をより有効に活用することを求められる。

また、有価証券やデリバティブ等が時価評価される結果、資産・自己資本の価額、更には一部の場合は期間損益と課税計算が、有価証券等の価格に今まで以上に影響され、変動しやすくなる。この結果、株主資本が、保有株式の価格変動に左右されることとなり、経営者は、この観点からも株式等を保有する意義を十分検討しなければならない。

なお、東証1部上場企業(除く金融、赤字会社を含む)約1,200社の1997年度決算で、保有有価証券の評価益(評価損との差額)は約27兆円あった。仮にその有価証券を全て「その他有価証券」と分類して、その評価益を資本の部に計上したとすると、ROEは2.96%から2.64%へ約0.3%低下すると試算される。

3 退職給付債務

(1)変更点

画像:変更点

(2)影響

企業は2001年3月期より、従業員が将来受け取る退職一時金と各種年金の退職給付債務を財務諸表に反映させなければならなくなった。

(a)年金資産の積み立て不足額

現状、日本企業は一般に、年金債務の額が年金資産の額を上回っている。野村総合研究所の推計によれば、1998年3月末における東証1・2部上場企業(金融セクターを除く)の全体では、年金債務が約80兆円に対して、年金資産約40兆円及び退職一時金のための引当金約13兆円を差引くと、実質的な新規の積み立て不足額は約27兆円となる。

(b)積み立て不足額の影響

この積み立て不足額は、格付けと株価に潜在的にネガティブな影響をもたらす。推計積み立て不足額27兆円は、東証1・2部上場企業の合計自己資本額(135.4兆円)の約2割の規模である。利益への影響を見ても、仮に27兆円を10年間で前倒しに処理するとした場合、毎年2.7兆円の費用負担となり、これは1998年3月期の利益水準の2割強に相当する。つまり、いずれにしろ自己資本や利益が2割減少する強烈なインパクトがある。

更に、財務諸表に反映されない積み立て不足額も財務諸表の注記により開示が行われ、債務の支払能力の低下が明白になると、企業の発行する社債格付にも当然マイナスの影響がでるし、株価にも同様の影響を及ぼすことになろう。

第3章 新会計制度への効果的対応:基本的理念と戦略

1 基本的理念

会計制度の国際化は、我々が目指す経営改革と密接な関係にある。今回の変更を、単に会計の問題と捉えてはならない。日本特有の閉鎖的な経営システムを、世界に通用するシステムへと変革する良い機会と捉えるべきである。会計制度の変更は、企業経営に対して大きな影響を及ぼすが、我々は、これに臆することなく積極的に取り組んで行きたい。その際の重要なポイントは以下の3点と考える。

(1) 市場からの信頼性の向上

日本企業は、自らが21世紀において飛躍するために、グローバル・マーケットからの信頼性を向上しなければならない。日本企業は、不良債権の情報開示に見られたように、負の情報に関しての情報開示の姿勢は消極的であり、市場より懐疑的に見られていた。企業経営者は、高い透明性を有した情報開示、及びそのような情報開示に対する積極的な姿勢を市場に示し、市場からの信頼を勝ち取らなければならない。

また、透明性の高い市場において企業のアカウンタビリティーの重要性が増していく中、公正さを判定する役割の重要性もまた今まで以上に増していく。社外の判定役としての公認会計士、及び社内の判定役としての監査役は、企業の情報開示の審判役として一層の独立性を確保しなければならない。特に、公認会計士は、自らの職責の重さに自覚と責任を持つことは当然のことながら、企業経営者も、常に緊張感をもって公認会計士の監査に臨むように、自らの姿勢を改める必要がある。

(2) 含み依存経営との決別 -ガラス張りの経営・キャッシュフロー重視へー

従来の経営には、いわゆる‘含み’を恣意的に利用する余地があり、不透明な部分が存在していた。しかし、時価会計の導入により、金融商品における含み損益の大部分は、毎期正確に認識され、含み損益が、経営業績の緩衝材としての機能を果たせなくなる。その結果、経営は、含みに依存できないガラス張りの経営へと変化する。この経営の質的変化は、今後の日本企業の経営スタイルに大きな影響を与える。企業経営者は、今後決算期毎に言い訳の出来ない厳しい成績表を突きつけられることになる。企業経営者は、これに耐え得る経営を行わなければならない。そのひとつは、経営の軸足がストックからフローへとシフトすることを意識し、経営戦略の柱として、キャッシュフローを重視することである。期間損益を最大化し、キャッシュフローを潤沢に生み出す事業に経営資源を集中することが不可欠な戦略である。

また、含み益のオンバランス化による資産の膨張や、含み損益の増減による財務状態の変動に対応するため、早急に強い財務体質を構築することも急務となる。そして、これらの経営改革のビジョンに基づき、新会計制度の下、公正性、透明性及び適時性を有した業績及び長期計画の開示を、市場に対して戦略的に行うべきである。

(3) 変化をチャンスに -横並びからの脱却-

経営のインフラである会計制度の変更は、企業活動における公正さと透明性を高める結果、企業経営に大きな影響を及ぼす。そのひとつは、資本効率の企業間格差を劇的に浮き彫りにすることである。特に、資産効率の低い持ち合い株式の処理及び重い負担となる退職給付債務の計上については、企業経営者は、早急な対応を求められている。企業経営者は、これを他社との差別化を図る良い機会と考え、スピーディーかつ柔軟に対応し、競争力の強化に結びつけるべきである。もはや、企業経営者は、横並びの経営をしていては、市場に淘汰されるだけである。今回の経営インフラの変化を、ネガティブに捉えてはならない。むしろ、経営改革を行う絶好のチャンスと捉えて、21世紀に向けた体制を構築すべきである。

2 戦 略

今回の会計制度の変更が、企業会計の透明度の改善に寄与するという効果は十分認識するが、一方では、これによる企業経営へのインパクトが非常に大きいという事実も見過ごせない。当章では、第2章で述べたような重大な影響への対応について考え得る基本戦略を記する。経済同友会としては、各企業が、この基本戦略を基に独自の対応を熟考し、これを実行することを期待したい。

(1) 積極的なディスクロージャーと十分なアカウンタビリティー

戦後最大の不況下において、企業が、金融資産の評価損や年金における積み立て不足額を直ちに吸収するのは容易なことではなく、一時的にせよダメージを受けることは避けられないと予想される。そこで、経営の展望と対策を持ったメッセージを市場に向けて発信することが、重要性を帯びてくる。経営に対する負のインパクトの大きさを考慮すると、必要かつ十分な情報、それに基づく現状分析と対策を、市場に対して分かりやすくディスクローズする態度こそ肝要である。ダメージが大きい企業ほど、より具体的な対応、経営方針を提示し、株主、格付け機関等が抱く不安を払拭する必要がある。自社に有利な情報を強調するのみではなく、不利な情報であっても、積極的に開示していく姿勢が求められる。

(2) 業績対応型の配当政策

これまでの含み益に依存した安定配当政策も見直さなければならない。財務体質を悪化させて安定配当を確保することはもはや正当化されない。グループ業績に応じて配当するべきである。目指すべきは、グループ全体の健全なバランスシートであり、それによる企業価値の増大こそが経営者に求められる。

(3) グループ経営の高度化

(a)戦略本社の機能強化

グループの経営資源の一元管理を通して戦略本社の機能を強化する必要がある。いわゆる経営資源の三要素であるヒト・モノ・カネを集中的に管理し、資源の最適配分を実現しなくてはならない。特にカネについては、各事業のキャッシュ・フローベースでの投資リターンを厳格に管理する必要がある。会計上の利益をあげれば、資金繰りは銀行が面倒を見てくれるといった従来型の経営手法は、もはや通用しない。更には、効率的な本社を目指す上で、経営機構をスリム化し意思決定を迅速化するとともに、経営と執行を分離することにより、経営責任と業務執行責任を明確化することも重要である。

(b)コア・コンピタンスの強化によるグループ子会社の効率化

連結が経営評価の基準となると、グループとしての競争力の強化がこれまで以上に求められる。キャッシュ・フロー・ベースで投資効果を測り事業の効率化を推進していくことにより、子会社事業におけるコア・コンピタンス、更にはグループ全体でのコア・コンピタンスを強化する必要がある。事業の選択と集中も視野に入れ、思い切った子会社の統廃合を行うべきである。

(c)グループ人事システムの再構築 -民間版天下りとの決別-

グループ経営の高度化を目指すからには常に次世代の経営者の育成を念頭に置かなくてはならない。若手の優秀な人材を子会社の経営者とし、会社経営の十分な経験を若いうちから積ませることや、逆に子会社から本社へ人材を登用すること等は、十分検討に値する。その過程で期待に応え、十分な実績を上げた人材を本社の経営陣に加えることもできるであろう。子会社を本社からの自動的な天下り先とするのではなく、若手経営者を育てる場としても位置付けるべきである。

(4) 持ち合い株式の解消

経営者は積極的に資産効率経営の成果を市場に示していかなければならない以上、非効率な株式の持ち合いは、解消していかなければならない。市場は実績数値に基づく効率性と財務体質により企業を評価する。企業が市場において評価されるためには、非効率な資産の保有は見直し、経営の効率性を高めていく必要がある。財務体質を改善し、健全な企業として投資家の期待に応えていくためにも、保有資産の見直しを行うことが求められる。従来の取得原価主義に基づく評価は、経営におけるリスクの緩衝材として機能してきたが、今後リスクの緩衝材としての含み益に依存できない以上、リスクと資産効率に対する姿勢を変えていかなければならない。

また、従来企業は、経営の安定性を求めて株式を保有し合う安定株主の確保という考え方を重視する傾向にあったが、今後は、持続的に企業価値を増大することにより、安定株主を確保する方向に切り替えるべきである。

(5) 退職給付債務・企業年金の見直し

企業経営において、人的資源のマネジメントは欠くことのできない要素であり、企業年金戦略は、雇用コストと従業員モチベーションのバランスの最適化という経営課題に直結する重要な問題である。言うまでもなく、このような問題に解答を出すことなく、単に出血を止めることだけを目的とするような対症療法では、本質的な問題解決とはならない。

自社の年金戦略は、まず企業理念に基づく長期的な経営ビジョンを明確にし、それらに基づいた人事労務政策、財務構造に従った方法論を検討することにより構築するべきである。故に、年金問題に関しては、決してステレオタイプな理想解というものがあるわけではない。更に、無数にある解の中から、自社の企業価値を最大化するための独自の年金戦略を構築することが重要である。

また、積み立て不足額については、2001年3月期の導入まで黙しているのではなく、今から積極的に自社の年金資産及び積み立て額の状況、並びにその対応策を開示し、市場に対して先手を打っていくことが重要な戦略になる。

<年金資産の積み立て不足解消の主な選択肢>

  1. 年金資産の積み立て不足補填について
    有価証券を年金資産に拠出できるシステムは、拠出を多様化する手段として有効である。
  2. 確定拠出型年金制度について
    大きな転換期を迎えた企業年金が抱える問題の解決方法の一つとして、確定拠出型年金制度の導入が挙げられる。導入の利点は下記である。
  1. 年金資産のポータビリティが確保され、雇用市場の流動化にもマッチする。
  2. 各自のニーズに合せたポートフォリオにより自分の年金資産を運用できる。
  3. 毎期の拠出義務を果たすことにより、年金資産の運用リスクがなくなる。
  4. 会計上でも確定拠出型なら、掛金が毎期の費用となるだけで年金債務という考え方自体がなくなる。
  5. アウトソーシングにより、確定給付型よりも管理運営業務のコストダウンが可能になる。

日本で確定拠出型年金導入の気運が高まる要因として、アメリカの401(k)プランの成功がある。同プランは90年代の安定した経済成長下で高い資産運用利回りを達成している。しかし、アメリカの401(k)プランが導入、成長した背景には、ERISA(従業員退職所得保障法: Employee Retirement Income Security Act)の制定により、全ての企業年金制度が包括的に規定されるようになったことが挙げられる。同法により、受給権の保護と支払保証制度が確立され、企業年金が成長するためのインフラが整備されている。イギリスでも同様な内容の1995年年金法が制定されている。日本においても、給付時迄の課税繰延べ措置等税制面での整備とあわせた、年金制度のインフラの整備が当面の最大の課題である。

確定拠出型年金は、このような課題もあるが、その導入メリットを生かすために積極的に検討されるべきであろう。ただし、単に人件費の削減というような感覚で導入することは、企業から個人への運用リスクのシフトに過ぎず、確定しているはずの受給権までも脅かす存在になりかねない。メリットと同時に、不利益変更的な要素も含まれることを認識するべきである。

更に、アメリカにおいては、学校教育や従業員教育において投資に対する自己責任意識あるいは運用マインドというものが十分に醸成、浸透していることも、確定拠出型年金が成長した要因と言える。日本でも、導入にあたっては、従業員への投資教育や投資関連情報の開示は言うまでもなく、学校教育への投資教育の織込みも実施するべきである。

(c)給付制度の見直し
上記の年金資産への有価証券の拠出及び確定拠出型年金制度を行っても、まだ積み立て不足が解消しない場合、給付水準の引下げ、または、給付年齢の引き上げ等を実施しない限り、これを解消することはできないであろう。まさに、これは、雇用コストと従業員モチベーションのバランスの最適化という経営課題に直結する重要な問題であり、経営者としていかなる戦略をもってこれを乗り切るか経営手腕が問われる。

第4章 法・税制度に関する要望 -会計の国際化に伴う制度インフラの国際標準化を-

法・税制度は、企業の活力を阻害するものであってはならない。世界的な大競争の中で、日本企業が、企業活力の向上を実現し、競争力を強化するという観点こそ重要である。特に、企業税制を徴税サイドの論理のみで決めてはならない。グループ経営に力点を置いた連結決算制度の変更に伴い、単独決算主義をとっている現行商法及び税法は、一部について同制度との調整を検討されているが、商法、税法及び会計制度の整合性を確保するためには、上記の観点から、今後も更なる調整が求められる。我々は円滑に新会計制度に変更するにあたり、以下の法制度の整備を要望する。

1.持株会社制度 -グループ経営・企業再編を効果的に行うために-

(1) 法制面について

現在、多くの企業は単体で活動するのではなく、一つの企業グループを形成して活動することにより、経営の効率化・国際的な競争力の向上を図っている。平成11年度の商法改正で新設される株式交換制度・株式移転制度により、会社がこのような企業グループを新たに形成する場合には完全親子会社関係の創設が簡易かつ円滑に行えることとなる。また、株式交換制度は、合併・買収にも利用することが可能である。このように企業の統合方向での戦略的な組織編成に関しては、法制面の整備が行われている。

一方企業には、既に有する多数の事業部を迅速な経営意思決定を可能とするために分社化することで自らは持株会社制へ移行する場合や、コア事業に経営資源を集中させて不採算部門のリストラを行う場合の分離方向での組織再編もある。これら会社分割は従来、営業譲渡や現物出資等の方法により行われてきた。((1)分割する部門の営業を現物出資して会社を設立する方法(商法168条1項5号)、(2)新会社が財産引受の形で分割する部門の営業譲渡を受ける方法(同168条1項6号)、(3)新会社を設立した後分割する部門の営業を現物出資する方法(同280条の2、 1項5号)、(4)新会社が事後設立の形で分割する部門の営業譲渡を受ける方法(同246条))

これらの手続きは、基本的に株主総会の特別決議、検査役の調査等(同245条)が必要であり、迅速性に欠ける面がある。従って、分離方向での法制面として現行の規定の見直しにより手続きの簡素化を図るべきである。また、従来の会社分割手法は、いずれの場合も、受け皿となる新社を必要とするが、これに対して、旧社を直接に数社に分割することを可能とする新たな会社分割制度の検討を要望する。

(2) 税制面

持株会社の創設面においては、商法改正と足並みをそろえる形で、株式交換・株式移転制度の創設に伴う措置が取り上げられている。まず、株式の交換・移転が行われる際に、株式譲渡益の課税の問題が生じるが、平成11年度税制改正にて、一定の要件のもと、課税の繰延ができることとなっている。(租税特別措置法第37条の13の2)

次に、税制上の問題となるのは、持株会社化した後の運用面における課税上の問題である。これについては、後述の「2.親子会社合算課税制度」で要望をまとめている。

2.親子会社合算課税制度

親子会社合算課税制度(いわゆる連結納税制度)は、真の連結経営を実現するために欠かせない制度である。平成11年度税制改正要綱では実務界からの強い要請を受けて、「連結納税制度については、専門的・実務的な観点から、本格的な分析・検討を行う。」(一 恒久的な減税等(備考2)とされているが、早急なる改正を求める。この問題は、持株会社による効率的なグループ経営を展開する際、最大の難点であることから、早急な立法化を目指すべきである。主なポイントは以下のとおり。

(1)連結経営の実践に不可欠な連結納税制度

持株会社を中心に効率的なグループ経営を行う場合には、グループ全体を包括する税制面での手当が不可欠である。連結納税制度が整備されれば、事業部間で行われていたように、分社化した後も損益通算が可能になる。また、企業集団内における資産等の移転に係わる不動産取得税等においても不利益が生じない。

(2)親子会社間の役務提供

グループ経営の中心となる持株会社がその子会社に対して提供する役務については、いわゆる親子会社間の無償の役務提供の問題があることからも、その問題の解消のためにも、親子会社合算課税制度の検討が必要となる。

3.LLC(Limited Liability Corporation)制度の導入

企業分割と、連結納税制度をより有効に活用するために、また、企業競争力を強化するとの観点に立った法・税制度として、米国において活用されているLLC制度の導入を要望する。

画像:LLC(Limited Liability Corporation)制度について

4.配当金課税に対する公正化 - 金融商品会計の影響に対してー

金融商品会計の導入は、企業間の持ち合い株式解消の動きにつながり、株価の低迷が予想される。これに対応するためには、個人株主の育成が急務である。個人株主を株式市場に呼び戻す上での阻害要因の一つに、配当金に対する課税と銀行預金等の利子所得に対する課税との不均衡の問題がある。

利子所得については、一律、20%の税率で源泉分離の方法で課税が行われるのに対し、配当所得は、配当の額によっては総合課税される。即ち、配当金があるがために、確定申告を行うことを余儀なくされるという個人も出てくる訳である。共に金融資産からの所得であるにもかかわらず、預金の利子に比べて配当金は税率と納税コストの点で、著しく不利な扱いを受ける場合があることは問題である。納税者番号制度の導入と申告納税制度への移行を睨みつつ、対応を早急に検討すべきである。

加えて、株式配当金が企業において法人税等の課税後の利益を財源としながら、個人が配当金を受け取るときには20%の源泉所得税を負担しているという二重課税の問題もある。課税の公平性の観点から是正措置を早急に着手すべきである。

5.企業年金

(1)年金に対する課税

平成11年度税制改正において、退職年金積立金等年金資産に対する特別法人税について、2年間臨時的に、課税しないこととされる。この特別法人税は受給期間までの利子税に相当するものとする考え方を基本としているが過去の運用状況からみて、年金資産が負担するには過重であり、結果として企業の負担が増加することになる。そのため、年金資産への課税を廃止し、受給時の年金への課税に一本化するような思い切った改正をするべきである。

(2)確定拠出型年金

巨額の退職給付債務を解消または軽減しながら企業の財政状態を改善して行くためには、年金受給時までの非課税化という税制上のメリットを付加した確定拠出型年金を制度化するべきである。

(3)年金拠出手段の多様化

年金資産への拠出については、現在政府にて検討中である保有有価証券の拠出を認めることを求めたい。併せて、拠出時の当該株式に対する譲渡益課税は、免税措置が講じられるべきである。

6.連結配当政策

現行商法は、単独決算主義をとっているが、連結納税制度及び持株会社制度の導入に伴い、グループ経営成果に基づく配当政策の環境整備の検討を求めたい。

おわりに:透明性の高い市場に向けて

世界の一員として市場主義経済の下で生きていくために、我々は、より開かれた経済システムへの変革に真剣に且つスピードを上げて取り組まなければならない。本提言において、会計制度の国際化は、その第一歩と位置付けてきた。

我々は、これまで日本固有の会計制度で企業財務情報を開示してきたが、世界への発信という観点からは、情報開示が十分であったとは言い切れない。我々は、新しい会計制度の下で、企業の正しい姿を明確に示すとともに、如何に対処しようとしているかを明らかにする必要がある。企業経営改革の成否は、経営者の姿勢にかかっている。多くの経営者にとって、これまでの成功体験を転換することは容易ではないが、閉鎖的な経済システムは明らかに世界に通用しなくなっていることを十分認識すべきである。

会計システムは、企業の真の姿を映すために常に進化する。今回の会計制度の変更は、将来へと続く進化の始まりである。21世紀をリードする企業経営者は、この絶えざる変化に対応し、経営改革を積極的に押し進めていかなければならない。

以上

[本提言は、「企業経営委員会」(委員長:秋元勇巳 三菱マテリアル 取締役社長)が取り纏めた。]

資料・分析編

  • 図表1会計基準の変更の概要
  • 図表2連結決算の発表状況
  • 図表3バランスシートの圧縮への関心 ~金融資産の見直し~
  • 図表4有価証券の評価益計上に伴うROEへの影響の試算
  • 図表5年金債務が格付けに与える影響 ~GMの年金積立状況と格付けの推移~

図表1 会計基準の変更の概要
画像:図表1 会計基準の変更の概要
画像:図表1 会計基準の変更の概要

画像:図表1 会計基準の変更の概要
画像:図表1 会計基準の変更の概要

図表2 連結決算の発表状況
画像:図表2  連結決算の発表状況

解説:連単決算を同時に発表する企業は年々増えているものの、平成10年度で、まだ約2社に1社が同時に発表しているだけである。また、平成12年度から開示が義務づけられる中間連結決算を前倒しで積極的に開示する企業も増えているが、その水準は低い。

図表3 バランスシートの圧縮への関心 ~金融資産の見直し~
画像:図表3 バランスシートの圧縮への関心  ~金融資産の見直し~

解説:売上債権や棚卸し資産等の事業資産だけでなく、最近では持ち合い株式を含む金融資産も資産圧縮の対象として見直されている。

図表4 有価証券の評価益計上に伴うROEへの影響の試算
- 東証一部上場企業(除く金融)の97年度の場合 -
画像:図表4  有価証券の評価益計上に伴うROEへの影響の試算

<試算の方法>

1.対象企業
東京証券取引所一部に上場している企業で、金融関連の企業は除いた1,195社。赤字会社も含む。
2.決算のベース
97年度決算で単独ベース。
3.計算方法
(1)対象企業の有価証券報告書注記の時価情報より、全社の保有有価証券の時価評価額を集計し、それと簿価との差額を評価益とする。
(2)その評価益から税の繰り延べ分(実効税率を50%と仮定)を除き、その残額を自己資本の期末額と合算する。つまり、全ての保有有価証券が、新会計基準における「その他有価証券」と分類されていると仮定しているのである。
(3)ROE計算のための自己資本は、96年度末と97年度末の二期間の平均値を使う。
4.計算過程と結果
画像:計算過程と結果

現在の基準によるROE
 =97年度当期利益3.8兆円/97年度平均自己資本128.5兆円(上記表のA)×100=2.96%
新しい基準によるROE
 =97年度当期利益3.8兆円/97年度平均自己資本143.7兆円(上記表のB)×100=2.64%

図表5 年金債務積み立て不足額の影響
~GMの年金積立状況と格付けの推移~

画像:GMの年金積立状況と格付けの推移

解説:年金の積み立て不足額は、格付けに大きな影響を与える可能性がある。GM(ゼネラルモータース)は、業績の低迷に加えて、多額の年金の積み立て不足があったことから、1992年に格付けが低下した。1995年に子会社株式の拠出等で積み立て不足額を埋め合わせしたこともあって、格付けは回復した。


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