代表幹事の発言
令和・共助資本主義モデル
~人材流動化と企業の新陳代謝による新しい経済社会の創出~
(2025年 年頭見解)
公益社団法人 経済同友会
代表幹事 新浪 剛史
代表幹事 新浪 剛史
- 人材の流動性向上と企業の新陳代謝の加速
経済が既にデフレからインフレへと転換した中で、2025年は賃上げにおける天王山である。国民の「手取り」、そして「生涯所得」の向上を新しい経済社会への転換により、必ずやり切る年にしなければならない。
経済同友会は、日本が目指すべき経済社会のあり方として、成長と共助の両立により国民のWell-beingを高める「共助資本主義」を提言した。その大前提には多様な個を活かしたイノベーションによる成長が必要であり、これを実現するのは、人材の流動性向上と企業の新陳代謝の活性化、つまり、資本主義のダイナミズムの回復である。
人材の流動性は既に若年世代では高まっており、また前政権では労働市場改革が緒に就いた。人材不足が続く中で、人材獲得競争の勝敗は企業のイノベーション創出、さらにはその存続を決する。この機を捉え、幅広い世代の人材流動性を高め、多様な人材の活躍を促進する「人材大移動時代」へと転換し、これを通じた企業の新陳代謝を一気に加速すべきである。
一方で、日本は9人に1人の子供が貧困に喘いでいる状況にある。こうした中で、バブル以前の資本主義ではなく、それがもたらす歪みである社会課題を、企業とソーシャルセクターである NPOやインパクトスタートアップが連携し解決する新たな資本主義を目指すべきである。企業が成長と社会からの信頼向上を追求しながら、Well-beingを達成する共助資本主義こそ、令和モデルの資本主義であるとわれわれは考える。
2025年は、この共助資本主義を基盤に、日本経済にアニマルスピリッツを呼び覚まし、あらゆる個人と企業の飽くなき挑戦に満ちた経済社会を創出する一年としたい。 - 資本主義のダイナミズムの回復と国際秩序の変化への対応
日本には、人口減少・高齢化、人材不足に加え、社会保障における現役世代への負担増加、低いエネルギー自給率などの課題が山積する。国民の「手取り」、「生涯所得」を持続的に向上させるには、これらに係る抜本的な制度改革等が必要である。以下の経済政策を待ったなしで進め、地方創生を含む日本全体の成長を実現すべきである。
(雇用・労働)
生活水準の向上を国民が広く実感できるようにするには、雇用の7割を支える中小企業で恒常的に賃金が上がる仕組みを確立する必要がある。具体的には、中小企業等の価格転嫁、取引適正化への支援を継続し、転嫁率を引き上げていくべきである。また、最低賃金について3年を目処に全国加重平均 1500 円達成を目指すとし、さらに、エッセンシャル分野では、より高水準の最低賃金の設定を可能にすべきである。
一方、中小企業の活性化は我が国の生産性、そして国際競争力の向上につながる。中小企業政策において、低生産性・低収益企業への過度な延命策の補助金などは廃止し、生産性が高く、より高い賃金を支払える競争力を有した企業が逞しく成長していくことにより、わが国の潜在成長力を高めることが必要である。
労働移動を活発にしていく上で重要となるのが個人のセーフティネット強化である。雇用保険の教育訓練給付や公共職業訓練におけるアップスキリングに係る支援の拡充、雇用形態の多様化に伴うニーズに対応した雇用保険のあり方を検討すべきである。
人材不足への対応としては、女性、高齢者、障がい者のさらなる労働参画に加え、外国人材の活躍も促進していく必要がある。短期的な労働力確保のためではなく、日本の持続的成長を支える技能・スキルを有する人材としての中長期的活躍を見据え、まずは、外国人材の受入れ、および地域社会での共生に関する基本的考えを整理した基本法制定を検討すべきである。
(環境・エネルギー)
経済社会のデジタル化に伴う電力需要の増大と2050年カーボンニュートラル達成に対応するには、エネルギー政策の転換が不可欠である。エネルギー自給率を引上げ、エネルギーコストの競争力を高めることは、成長分野への新規投資拡大とそれによる生産性の向上、持続的成長を支える。
低廉・安定的なエネルギー供給、脱炭素電源の確保にむけて、原子力規制委員会で安全性が確認された原発の再稼働、及びリプレース、新増設を推進すべきである。
一方、2050年にカーボンニュートラルを達成するには、グリーン価値創出を促すグローバルな市場形成が必要である。有志国等と連携し、自由で、公平・公正な経済秩序の重視と共存共栄のアプローチにより、グリーン市場のルールメイキングを推進すべきである。
また、革新的な省エネ技術の開発と社会実装に、海外への輸出も念頭におき、この分野をリードしてきた日本の強みを活かし官民で取組むことも必要である。
(社会保障、財政)
2025年には団塊の世代がすべて75歳以上となり、今後も当面、社会保障費の増加が続くと考えられる。こうした中で国民の「手取り」を増やすには、社会保障費の負担構造を見直し、社会保険料を抑えつつ必要な保障を行う制度への改革が必要である。
2025年の年金制度改正には、いわゆる「年収の壁」の抜本的解決として、第3号被保険者制度の段階的廃止とその時期を予め明示し、第2号被保険者への速やかな移行を促す改革を盛り込むべきである。また、現役世代の社会保険料を軽減すべく、医療における後期高齢者支援金の仕組みなどの負担構造を見直す必要がある。
財政においては、インフレ経済への転換を受け、限りある財政で最大限の効果を得る政策が求められる。EBPM推進基本法(仮称)を制定し、EBPMの活用徹底を進め、高い効果が期待できる政策に財政を戦略的に支出すべきである。また、国家予算について、デフレからインフレとなり税の弾性値が上がることが見込まれる。これも踏まえて予算策定をより正確に行うべきである。
(規制改革、スタートアップ政策)
人口減少下でも持続的に成長していくには、先進技術を活用した生産性向上や、国民のWell-beingを高める新たな市場の創出を規制改革やスタートアップ政策を通じて促進する必要がある。
規制改革では、ライドシェアによる公共交通の供給確保、利用者の利便性向上にむけて、適切な運用と公正な競争を促進する新法を制定すべきである。また、医療分野における混合診療が可能な領域の拡大や、農地の大規模化による生産性向上を可能にする規制改革の推進も求める。
スタートアップ政策では、グローバルな課題解決に資するディープテック分野(ライフサイエンス、量子、宇宙、原子力、脱炭素化関連など)を中心にスタートアップを創出すべく、ベンチャーキャピタルのグローバル水準への引上げ、地方を含む大学発スタートアップ増加に向けたエコシステム拡大に取組む必要がある。
一方世界では、米国でドナルド・トランプ氏を大統領とする新政権が発足し、米国第一主義のもと、保護主義的政策が強まる可能性が高い。日米同盟を基軸としながらも、貿易や安全保障、エネルギー等に係る政策を米国にのみ頼る外交政策を再考することが不可欠である。
日米同盟が両国にとって国益にかなう外交基盤であることを強調し続けることは必要であるが、経済安全保障に係る領域は、米国一辺倒とならぬよう、韓国、豪州、フィリピン、インド等の有志国との連携を強化していくべきである。一方、経済安全保障に関わらない領域では、中国とのコミュニケーションを闊達に進めるべきであり、今年開催される大阪・関西万博を通じた交流をその試金石としたい。
また、多角的自由貿易を推進してきた日本として、アジアから自由貿易の再構築を進める必要がある。法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持する考えのもと、多くの国が参画する枠組みの構築にむけて、ハイスタンダードなCPTPPを堅持しながら、域内の経済連携と互恵関係を広めるRCEPへのグローバルサウスの巻き込みを検討すべきである。今年は日本でTICAD9が開催されることから、アフリカ開発への官民連携支援のさらなる深化を通じて、グローバルサウスと日本との関係強化を図ることも必要である。 - 民主導経済を創る企業の経営改革
イノベーションによる成長は、競争と新陳代謝を基本とする民主導経済により実現する。労働力不足が続く中で経済がインフレに転換したことにより、物価を上回る賃上げの継続が人材獲得競争において必要になっている。また、大企業、中堅企業は、中小企業における賃上げの原資確保のために、労務費の適切な転嫁に対し公正な対応を徹底する必要がある。
こうした賃上げを継続するためには、生産性向上やイノベーションによる価値創造のための投資を拡大し、企業の収益性を高めなければならない。具体的には、AIツールの導入等のDX、それを活用するためのアップスキリング等への投資が必要である。さらに、大企業とスタートアップのM&Aによる企業価値向上や、上場・未上場のスタートアップ間のM&Aによる事業成長の加速を図るべきである。なお、M&Aの活性化には、のれんの償却に関する会計基準をグローバルスタンダードとイコールフッティングさせる環境整備も必要である。 DEI(Diversity, Equity and Inclusion)はイノベーション創出の源泉である。我々経営者は、多様な人材が活躍する施策を企業経営で実践し、それを社会の変革に繋げていかなければならない。
他方、夫婦が婚姻時に一方の姓を選択する夫婦同姓の規定は、個人の尊重、両性の実質的平等、多様な家族形態の受容といったDEIが目指す社会の姿とは異なる状況をもたらしている。こうした中で拡大されてきた旧姓の通称使用について、その実用における限界やコスト負担などを示し、選択的夫婦別姓制度導入への社会的理解が深まるようにしていく。 - 経済同友会としての取組み
本会としては、成長と共助が両立したWell-beingを実現する経済社会へと転換する制度や政策(令和・共助資本主義モデル)の全体像を会員間の闊達な議論を通じて描き、示していきたい。さらに、政策評価を行うシンクタンク機能の本格的な整備について検討し、実装することを目指す。
また、共助資本主義の実現を本会の継続的活動に位置づけ、組織的に持続することにより、事業成長と社会的インパクト創出の両立を目指す。連携する新公益連盟、インパクトスタートアップ協会とともに、子どもの貧困や若者の孤立に対する支援、能登地域の復興にむけた支援等に取組み、こうした具体的活動の発信を通じて、共助資本主義が社会において広く認知されることを目指す。
一方、国際事業では、各国のオピニオンリーダーや政府要人との対話、グローバルなネットワークの構築を目的に、米国(2月)、インド(3月)、中国(11月)に代表幹事ミッションを派遣する予定である。
以上