代表幹事の発言

過去の延長線上から脱する1年に【2019年年頭見解】

公益社団法人 経済同友会
代表幹事 小林 喜光

景気が「いざなぎ景気」を超えて拡大する中で、平成最後となる年を迎えた。2012年12月に始まった今回の景気拡大が今月も続けば、戦後最長の73ヶ月を更新することになる。
しかし、日経平均株価が昨年末に2万円を割り込んで年初来最安値を記録したことに加え、現下の世界情勢を俯瞰すれば、経済の先行きを楽観できる状況ではない。

1.国際的な枠組みが機能不全に陥る危険性

グローバル化、デジタル化(AI化)、ソーシャル化という3つの世界的な大変革のうねりが、経済は勿論のこと、社会のあらゆる局面で「リアルとバーチャル」「付加価値と効用」「個と集団」という3つの関係性に本質的変化をもたらしている。

昨年を振り返っただけでも、国連気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)では先進国と発展途上国の利害が鋭く対立したが、会期を延長することで2020年以降のパリ協定の本格運用に向けた実施指針がようやく採択された。アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議では初めて首脳宣言が合意できずに閉幕することとなった。

デジタル化(AI化)の進展に伴い、データ覇権主義を巡る国家間のせめぎ合いが激化した。米国のグローバル・プラットフォーマーによるデータ独占への警戒が高まる一方で、中国は国家によるデータ管理を強化し、EUでは一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)が施行になり、個人データ保護の規制強化を競争政策として実施している。また、アジア太平洋経済協力会議(APEC)では、域内でのデータ移転に関して、越境プライバシールール(CBPR:Cross Border Privacy Rules)を設けている。

さらに、米国と中国との間での報復関税、知的財産権や通信インフラ技術5Gを巡る対立が発生した。自国優先主義が台頭し、先鋭化していく中で、これまで築いてきた国際的な秩序や枠組み等が断絶し機能不全に陥りかねず、世界は今、新たな冷戦へと向かうリスクさえも真剣に考えざるを得ない状況にある。

2.国民が持つべき健全な危機感

他方、世界情勢をよそに日本はあまりに危機感が欠如している。昨年6月の内閣府「国民生活に関する世論調査」によれば、国民の74.7%が現在の生活に満足している。
表層的には、世の中は極めて穏やかに収まっており、安穏無事でのんびりしている。まさに天下泰平と言えるこの幻想から覚醒し、国民は健全な危機感を持つ必要がある。まずは現場・現物・現実を把握し、これらに真摯に向かい合わなければならない。

経済の大きさを示すGDPについて、日本は世界第3位に留まっているが、中国と2倍以上、米国とは4倍近くまで開いた差は、さらに拡大する傾向にある。豊かさに関しては、OECD加盟諸国の中で1人当たりGDPは17位(2017年)、その源泉になる就業者1人当たり労働生産性は21位(2016年)まで低下している。さらに、2013年に『日本再興戦略-Japan is Back-』で「2020年までに先進国で3位以内を目指す」としたビジネス環境は、世界銀行のDoing Businessで当初の15位から2017年の26位まで下げ続け、2019年は25位(OECD加盟国36ヶ国:2018年11月時点)に留まっている。

行財政の分野では、デジタル化を梃子にした行政改革が遅れている。顕著な一例を挙げれば、マイナンバーはカード交付開始から3年経過するが、交付率は12%に留まり、国民サービスの向上と行政の効率化が図られている状態ではない。
財政健全化に関しては、2020年度の達成を目指していた基礎的財政収支黒字化が5年先送りされたことに加え、10月の消費税率10%化を前提とした来年度予算案が初めて100兆円を突破した。これらは過去の延長線上にある財政破綻への道と言わざるを得ない。

経済同友会は2016年度から計6回にわたり代表幹事ミッションを派遣した。特にイノベーションに関して、スタートアップ・ネイションと言われているイスラエルでは、“0を1にする創造力”、“Chutzpah(フツパー)”に代表される精神やビジネスで成功するための「大胆さ・ずぶとさ」、若くガッツある国の源にある教育を強く感じた。
米国では、これまでにない新しいビジネスモデルや社会をAIによるビッグデータ解析を用いてデザインするコンピュテーショナル・デザイン・シンキングについて「これを実践している日本企業は皆無」、「日本は3周遅れ」との厳しい指摘を受けた。
中国では、2年半前に「法規制の壁は常に立ちはだかっている。しかし、前へ前へと進む勇敢さがなければ生き残れない」と言ってはばからない起業家たちから刺激を受けた。また、2回目となる先月の訪中では、今世紀になって急成長した電気自動車市場、社会に浸透するキャッシュレス経済で“1を100にも10000にもする爆発的展開力”、さらには世界をリードする通信インフラ技術5Gなどをこの目で再確認した。

グローバル化した社会の中で日本が世界に伍していくためには、創造力とスピードなどを含めて自己を変革していかなければならない。まずは徹底した情報公開の下で一人ひとりがデータとエビデンスを理解した上で対話を重ねていくことで、人々の間で健全な危機感を醸成することが必要である。

3.過去の延長線上から脱すべき4つの課題

昨年12月、本会は国家百年の計で目指すべき姿に向けて『Japan 2.0 最適化社会の設計』を取りまとめた。具体的に最適化社会とは、国家価値の最大化の追求と社会の持続可能性の向上とが好循環している社会であり、2045年に目指すべき姿は、適正な競争と公正な分配が行われる社会である。
2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック大会の後に急激な景気後退が懸念される中で、2025年の大阪万国博覧会を成功させるという新たな目標ができた。これらを含め、2021年から始まるJapan 2.0 最適化社会が好スタートを切るために、今年を過去の延長線上から脱する1年としたい。以下では、社会のステークホルダーの理解と参画の下で脱すべき4つの課題について述べる。

(1)若者に日本の未来を語りかけ、短期的思考の政治から脱する

グローバル化を所与として、国家百年の計で日本を変えていくためには、政治の強力なリーダーシップが必要である。しかし、国内のみ、選挙区内のみを見て、次の選挙に当選することが目的化していると思わざるを得ない政治行動も散見される。高齢化に伴うシルバー民主主義を意識した政治が、世代間の不公平の是正を一層困難なものにし、経済社会の活力を殺いできたことは否めない。
この延長線上から脱するには、若者に日本の未来を語りかけることで政治参画を促し、短期的思考の政治を根本から変革していかなければならない。

今年は4月に統一地方選挙、夏に参議院議員選挙が行われる12年に一度の年であり、有権者の意志を政治に反映させる好機である。特に、今回の参院選は昨年の公職選挙法改正による定数増を受けた初めての選挙として注目されている。前回、18歳選挙権の導入後に行われた2016年参院選の投票率は10歳代46.78%、20歳代35.60%となり、全年齢の54.70%を大きく下回った。日本の未来を担う若者の投票率向上に向けて、企業、教育機関や行政等には最大限の配慮と協力をお願いしたい。
さらに、中期的な取り組みとして、就学のための居住地変更、海外留学に関連する不在者投票やインターネット投票など、若者が投票しやすい環境整備に向けて、より具体的な検討を進めるべきである。同時に、主権者教育の重要性を説き、政治リテラシーの向上に引き続き努めていかなければならない。

(2)デジタル化で紙文化・押印文化や割拠主義の行政から脱する

行政改革の本旨は、行政の合理化・効率化・透明性の向上であり、国民の利便性の向上を図ることである。情報通信技術の発達に歩調を合わせ、各種システムの導入に多額の予算を費やしてきたが、その便益を国民が十分に享受しているとは言い難い。社会のデジタルトランスフォーメーションが進展する今こそ、行政も長年にわたる紙文化・押印文化や割拠主義から脱していくべきである。

まずは、その突破口として、デジタルファースト法案を通常国会に提出・早期成立させて、行政サービスのデジタル化を推進していく必要がある。
特に、国民にとって最も身近であるはずのマイナンバーの利活用については、行政目的に利用を限定しているマイナンバー法第9条の規定を変更し、個人番号の民間利活用を可能にするべきである。また、健康保険証とマイナンバーカードのワンカード化、スマートフォンを用いた公的個人認証などを早期に実現する必要がある。
また、国が地方公共団体のITシステムの集約的な開発体制を構築し、クラウド化などを通じた標準化とIT投資の効率化を徹底していくべきである。

(3)再びブロック経済化・新たな冷戦化するリスクから脱する

世界は二度の大戦を経験し、国連、IMF、WTO などの国際的な枠組みを構築することによって、紛争解決を図り、経済発展を遂げてきた。過去を振り返ると、第二次世界大戦へ至る過程で経済のブロック化が進み、大戦後には長期にわたる東西冷戦の時代があったが、今、再びブロック経済化と冷戦化のリスクが顕在化しつつある。ここで再び人類が同じ過ちを犯すことがあってはならない。

長期安定政権の下で展開してきた地球儀を俯瞰する外交が果たすべき役割は極めて大きい。今年も一層積極的な展開に期待するとともに、企業もさらなる連携協力と貢献に努めていくべきである。
6月に開催予定のG20大阪サミットを含め初めてG20の議長国を務める11月末までの間を絶好のチャンスと捉え、日本は自由貿易の旗手としてリーダーシップを発揮しなければならない。
また、世界的なデータ覇権争いの渦中にあって、日本はデータ政策の国際的な枠組みづくりに積極的に関与していくべきである。データ・デモクラシーと言われる時代に相応しいルールとして、民間利用における取り扱いに係わる権利関係については、個人の権利を保護した上で、効用の最大化を図っていく必要がある。

(4)経営者の心の内なる岩盤を打ち破り、低収益性の経営から脱する

足元で企業業績は堅調に推移し、株主資本利益率(ROE)も改善しつつある。しかし、国際的には過当競争、低生産性や低収益性からの脱却が、日本企業の課題であることに変わりはない。さらに、残念ながら、昨年も企業が関係する不祥事は絶えることが無かった。今年こそ、経営者は心の内なる岩盤を打ち破り、旧来の経営から脱していかなければならない。

より高い透明性と説明責任が求められ、技術的にあらゆる情報が捕捉可能な時代が到来することは疑う余地が無い。これまでは問題にならなかった事象、隠し通せたモノ・コトでも、新たな時代には企業価値を大きく棄損する要因になりかねない。経営者は勇気をもって、不都合な真実を覆い隠していた蓋を開けていくべきである。
さらに、グローバルアジェンダの解決に向けて、経営資源の選択と集中を行い、果敢にリスクを取って新事業に挑戦することで、高い生産性と収益性を実現する。経営者こそ、モノからコト、そしてココロへといち早くパラダイムを転換し、ココロの時代の新たな付加価値を創出する経営を牽引していかなければならない。

以 上

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