採録記事|未来志向の政策トーク番組
『日本再興ラストチャンス』第14回「医療・健康・ウェルビーイング」
第14回「医療・健康・ウェルビーイング」
経済学者・中室 牧子氏と経営者・有識者の対話を通じて、日本を、経済を再興させるアクションプランを考える「日本再興ラストチャンス」。今回は、「健康・医療」という人生百年時代から切っても切り離せないテーマについて議論しました。(この記事は、ビジネス映像メディア「PIVOT」で配信された動画を採録しています。)
- 中室 牧子
経済学者/慶応義塾大学 教授 - 武藤 真祐
経済同友会 規制改革委員会 委員長/医療法人社団鉄祐会 理事長 - 水野 篤
聖路加国際病院 循環器内科 医師 - 野嶋 紗己子
PIVOT MC
(所属・役職は出演時)
医療に求められることが複合的になっている
野嶋 健康と医療というテーマはとても大きいのですが、多くの人が関心を持っています。どのような点が議論のポイントになりそうでしょうか。
中室 私はもともと、医療にまつわる「お金」に関心がありました。医療費を削減し、教育にもっと資源を回すべきだと考えていたこともあります。しかしある時⾧期入院を経験して、少し考えが変わりました。病気の人を不安にさせたり、切り捨てたりする社会にすべきではありません。一定の予算の中で、健康や医療、教育といったものをどううまく運営していくかを考えていけたらと思っています。
野嶋 本日は、最前線で活躍されているお二方にお話を伺います。まずは聖路加国際病院循環器内科医の水野篤さんです。循環器内科医でありながらMBA を取得し、行動経済学も学ばれたと伺っています。まず、循環器内科医というのはどういった領域でしょうか。
水野 カテーテル治療など、心筋梗塞の治療というのがわかりやすいイメージかもしれません。もちろん普通の外来診療もありまして、高血圧などの症状も循環器内科医で診ています。
野嶋 MBA や行動経済学を学ばれたのは、どういう背景からでしょうか。
水野 MBA を学んだのは、ビジネスパーソンの感覚と医師の感覚とは結構ずれていると感じており、ビジネス側の感度を自分としても持ったためです。行動経済学まで進んだことは一言では説明しづらいのですが、診療をしている中で、患者への説明に違和感を覚えることが出てきたのです。たとえば手術で亡くなるリスクをどう説明するかという壁にぶつかる医者は結構いると思います。私自身もそういう時期があったのですが、ダニエル・カーネマンという行動経済学者の書籍(「ファースト&スロー」)を読み、非常に多くの気づきを得ました。それで大阪大学で勉強を始め、海外でも学びたいと思ってペンシルバニア大学まで行ったのです。
野嶋 後程もう少し詳しく伺っていきたいと思います。もうおひとり、今回の登壇者を紹介します。経済同友会で規制改革委員会の委員⾧を務めている武藤真祐さんです。東大の医学部を卒業した後に臨床医となり、宮内庁の侍医を務められた時期もあります。その後マッキンゼーでコンサルタントとして働き、今また医療業界に戻ってきたというご経歴をお持ちです。武藤さんも医療以外の業界に一度行かれていますが、どういうお考えで行かれたのでしょうか。
武藤 私も専門としては循環器内科医です。10 年くらい臨床医をしていたのですが、その頃、医療業界がだいぶ厳しく見られるようになってきました。ちょうど患者の取り違い事件も起こっていた時期です。現場では一生懸命がんばっているのですが、世の中とのずれがあるとしたら何なのか。根本的な課題を掘り下げ、解決するための技術を学びたいと思って、マッキンゼーに入れていただきました。
中室 お二人の話を聞くと、医療が病院の中に閉じている時代は終わったのだろうと感じます。患者からの期待、社会からの期待、金銭面の課題など、医療に求められることは非常に複合的になってきています。
医療の需給が合わなくなり、問題が顕在化
野嶋 本日は2つのテーマをご用意しています。まずは1 つ目「誰もが満足のいく医療を受けるためには」について議論していきたいと思います。大前提としては、今年、すべての団塊世代が75 歳以上の後期高齢者になるという現実がもう目の前にございます。その数およそ800 万人。人口の全体としてはおよそ2180 万人が後期高齢者です。国民の5 人に1 人が75 歳以上とも言い換えられるのですが、すでに課題は出てきています。このテーマに関して視聴者から頂いている質問を見ていきたいと思います。たとえば「病気の親を自宅で介護しています。担当医の不在時に備えて、看護師や介護士による多少の医療行為を可能にすることは難しいのでしょうか」という問いが来ていますが、中室さん、どのあたりを論じていけばよいのでしょうか。
中室 私は国の規制改革会議の委員もやっていまして、これは確かによく聞かれる問いです。背景としては、たとえば家に苦しむ患者がいて、看護師が来てくれたとします。今すぐ注射をしてほしいけれども、それは医療行為なので医者が来るまで1 時間待たなければなりません。目の前に薬や機材があり、七転八倒して患者が苦しんでいるのに、なぜ目の前の看護師さんにはできないのですかという切実な状況から来る問いだと思います。
水野 なかなか知られていないかもしれませんが、2015 年ごろに法改正がなされ、一定の医療行為は、医師の指導の下ですでにできるようになっています。いわゆる特定行為というものですが、それができてもなお、さらなる医療行為を可能にしてほしいと言っているのでしょうか。
中室 規制改革会議で議論しているのは、医療行為が何かをより明確に示してほしいということです。判断が難しい状態にはしないでほしいという要望が背景にあると思っています。もちろん看護師に手術を求めるわけではないのですが、点滴を打ったり痛み止めを投与したりするあたりの線引きについての話だと思っています。
水野 特定行為でかなり変わったと思っていたのですが、まずそこで定められたリストの周知も必要ですし、さらに需給の調整が必要だろうというのもわかりました。
武藤 たとえば、アメリカでは「ナースプラクティショナー」という制度があり、適切なトレーニングを受けた看護師が一定の診療を行うことができます。同様に日本でも追加のトレーニングを受けた看護師が診療を担当できるのではないか、いや、やはりこれは医師の領域ではないか、という議論はあり、そのせめぎ合いは続いています。
デジタル化が進む一方で、各種ルール整備も求められる
野嶋 こういう議論をしていると、医療分野でのデジタル活用の度合いも気になってきます。よりよいやり方で大きく改善していける業界なのではないかと思ったのですが、どうなのでしょうか。
中室 たとえば介護領域でいうと、確かに人は流入しているものの、それでも不足するという状況だと思います。団塊の世代と言われた層が、あと10 年で80 代の中盤になります。この6割が介護サービスを使うとしたときに、60 万人介護士が不足すると言われているのです。
野嶋 その中でデジタルシフトやAI 活用といったところについて、ぜひ2人のお考えをお願いします。
水野 紙の書類は多いですね。同意書などは紙で運用しているところが多いでしょう。デジタル化については、個人情報の扱いなども懸念されています。ただし、少しずつ変化はしています。たとえばアプリで血液検査の結果を確認できますし、電子カルテやAI 診断の導入など、具体的なプロジェクトも動いています。結果だけ独り歩きするときの診断責任のような議論も出ていますが、時代の流れとしては確実にデジタル化が進んでいます。今後考えないといけないのは、倫理的な点や、各種データの所有権や扱い方のルール、関連する法整備等でしょう。逆にこうした要因が医療現場のデジタルシフトの課題として関わってきます。
中室 病気になる確率がわかると、それが差別につながるという考え方もあります。つまり、データがあれば予防や治療の効率はあがりますが、個人の権利侵害リスクと裏腹だということですね。
野嶋 課題先進国としてはもう少しスピード感が必要にも思われます。武藤さんはいかがでしょうか。
武藤 私はIT・AI 推進派ですが、遺伝子情報による差別の懸念など、課題があるのも事実です。ただ、医療資源の不足や患者中心の医療実現に向けて、IT やAI で改善できることはあります。1 つ目はオンライン診療。コロナ禍を経て、対面しなくても診療を受けられる環境はだいぶ整ってきました。地方在住者や多忙な人の医療アクセスが改善されています。2 つ目は認識変化。自分で自分のヘルスケアやウェルビーイングを管理するという概念が広がってきています。スマートウォッチなどを使い、自分の歩数や酸素飽和濃度を測り、生活習慣の改善につなげる人も増えてきています。そうした個人データを医師と共有し、医師の判断支援に活用していくことも進んできています。
野嶋 医療業務のタスクシフトという点にも課題を感じるのですが、どうなのでしょうか。
中室 たとえば医者が来るのを待てないから看護師が注射をし、ミスが起きたとします。それは裁判に発展する事態で、そうした懸念が先立つゆえに利用者目線に立った改革はなかなか進みませんでした。しかしここまで医療人材が不足すると、そんなことは言っていられなくなります。そこでようやく利用者目線での改革が進みはじめています。その一環として、タスクシェアやタスクシフトが議論され、ナースプラクティショナーのような制度導入の可能性についても前向きな議論が進んできたという感触です。
医療の質や満足度をはかっていく難しさ
野嶋 「よい病院の選び方がわからない。医療機関もランク付けをしてもよいのではないか」という質問が来ています。医療の質とも関係しますが、お2 人のご意見はいかがでしょうか。
水野 利用者目線に立つとあってもよいでしょうが、一般的には2つのことが言われています。1つ目は、誰が何のためにそのランクをつけているかが大事だということです。満足度の高さと医療の質の高さは、必ずしもイコールではありません。2 つ目は世界的に使われているベンチマークである、医療の質評価指標という枠組みでも評価できると思います。昨年から診療報酬加算にも一部入ってきていると思います。パフォーマンスに対して加算していくという考え方です。医療の質評価指標の例は、たとえば心筋梗塞の患者に対して何分以内に治療にかかったかの数値がありますが、全国的に比較できるようになってきました。
武藤 水野さんの指摘のように、手術の成功率のような指標は、ある程度評価できるようになってきています。ただし一般の方にとっては見方がわからないというのが1 点目の課題でしょうか。また、よい体験をした人はわざわざ点をつけないけれど、嫌な体験をした人は悪くつける傾向があると言われます。一度悪い評判がつくとなかなか消せないこともあり、訴訟を起こしている医師もいます。つまり信頼できる評価なのかどうかという課題も、2 点目として挙げられます。
中室 1つ参考にご紹介します。教育経済学の研究に、アメリカ空軍士官学校の「良い先生」を分析したものがあります。ある先生は、テストの点数を上げるのが上手で、生徒の満足度も高い。もう一人の先生は答えを明確にせず、思考力を鍛える指導をしますが、生徒からの評判は悪かった。しかし10 年後、評判の悪かった先生の生徒のほうが、はるかに良い大学に進学していました。この話は、健康管理にも通じると思います。耳の痛い助言をくれる人が大事で、短期的な評価だけでは、本当に大切なことは見えてこない可能性もあります。
武藤 もう1つ加えると、「クリーム・スキミング」という現象も考える必要があります。治療が簡単な患者だけを診ていれば、成績はよくなります。他では診てもらえないような患者が運ばれる病院は、時には結果がおもわしくないことも起こり得ます。こういう差を認識しつつ、一般に出ている評価を参考にするのはあってしかるべき行動だと思っています。
水野 日本医療機能評価機構という団体があり、病院はそこで評価されています。さらなる第三者機構による外部認証を取得している医療機関もあります。そうした評価基準をふまえて総合的に考えていただくのがよいでしょう。医師も、一昔前は独善的な人がいたかもしれませんが、今は基本的に患者の話を聞こうという姿勢が大半になっているはずです。
現役世代の負担を押さえつつ、本当に必要な医療が得られる社会を目指す
野嶋 世代間の不公平の話も少し伺いたいと思います。20 代の会社員の方から、「現役世代の医療負担は本当に大きいと感じます。高齢者世代と比較して不公平感がぬぐえません」という声がありますが、まず中室さんから、いかがでしょうか。
中室 「ローバリューケア」に関する議論が最近ありますが、それはぜひ検討すべきだと思っています。湿布や風邪薬など、本当に税金で負担する必要があるのかと思われる項目の見直しのことです。健康保険は病気になった人を皆で助ける共助の仕組みなので、必要なところに絞るべきでしょう。もう1つ私が疑問を持っているのは、乳幼児医療費の無償化です。上限年齢は自治体により違うのですが、最大で22 歳というところもあります。社会保障は本来、自分の力では何ともできない困難な人を助けていこうという思想でつくられています。年齢や世代というよりも、本当に支援が必要な人に手を差し伸べられる仕組みを今一度考えるべきではないでしょうか。
武藤 先ほどの湿布のケースのように街中で買えるものは自費に切り替える、病院の食事代も完全に自費にする、一定の医療費に対しては税金を別で投入するといった議論は実際に行われています。
野嶋 年齢での区切りをやめる観点での議論はどうなのでしょうか。
武藤 私の知る限りはないですね。例に挙がった22 歳までの無償化と言うのは、お金がある自治体による独自施策なので、国の議論はまた異なります。ただし、何歳以上でも財力に応じて負担額を増やすという議論はありますので、そうした中で世代間の負担差を減らしていく可能性はあると思います。
水野 個人的には、不公平感は拭えないだろうと思います。基本的には一般の公共財をどう分け与えるかの話になるので、もらえている人は、苦情は言いません。そしてもらっていない人が苦情を言います。これを前提として、社会でどう認めていくかが考えるべき1点目だと思います。もう1つ、中室さんの指摘は重要な話だと思っています。健康の社会的決定要因という点では、年齢だけではなく、ジェンダー、職業、地域、教育歴といったものが挙げられます。そのバランスを考えて配分するのが、本来の平等のように感じます。もちろん一定の苦情は発生します。それを受け入れるところに、政治家や現場それぞれの覚悟が必要だと思っています。
野嶋 人手不足、物価上昇、親の介護といったうえに社会保険料や医療費もあがっていくので、若年世代は不満ばかりがうずまいてしまいます。この是正に向けて本当に真剣に動いているのかを問いたくなるのですが。
中室 まずはローバリューケアの削減など、できる改革はきちんとやっていく。そして応能負担を前提にコンセンサスをつくっていく。その時に、所得や資産を把握したうえで応能負担ができるようにする。あるいは、本当に必要な人に必要なだけ支援がいくようにする。この道筋をつくっていくことに尽きると思っています。その観点からすると、コロナのときの「全国民に10 万円」というような焦点の合わない施策は大きな問題で、一刻も早く解決してほしいと思います。マイナンバーカードの整備によって、データを活用できる流れはあるはずです。国民の資産と所得をしっかり把握し、応能負担の原則を実現してほしい。そして共助の原則を皆が納得できる形で再構成してほしいと思います。
水野 1 点だけ加えさせてください、外部環境として、新しい薬、良い薬が高騰していることは皆さんに知ってほしいと思っています。認知症の薬や、若年がんに効く薬などが出てきていますが、これは高額です。お金と優先順位を考えていかなければいけなくなる点ですので、補足させていただきました。
野嶋 武藤さん、テーマ1のまとめとしてはいかがでしょうか。
武藤 払える人がきちんと負担するのは当然で、そのためにはデータ整備も必要です。一方で、高額な薬の登場や高齢化が進み、医療費や社会保障費が急増するのは避けられません。その負担をどう分配するかを考えると、中室さんの観点は1つ考えられます。加えて、自分の健康を管理する仕組みも重要です。健康に気をつけている人と、自堕落な生活をしている人が同じ負担でいいのか、という議論もあります。もちろん、誰でも事故や病気になる可能性はあるので、経済同友会では「共助資本主義」という考え方も提唱していますが、共助の仕組みは不可欠です。がんになったら人生が終わるような社会では、誰も幸せになりません。共助を前提に、能力に応じた負担や健康管理をしている人へのインセンティブといった仕組みを整えることが必要ではないでしょうか。
予防・医療・介護を一気通貫で捉える必要がある
野嶋 続いて2つ目のテーマ、「100 年時代の人生を充実させる方法」を考えていきたいと思います。視聴者から「定年後の人生に不安しかありません。老後資金が何千万も必要だと言われるなかで、現役世代はどう老後と向き合って生きていけばよいのでしょうか」という質問が来ています。向き合い方という点はいかがでしょうか。
武藤 老後の不安を感じる方は多いと思いますが、この方が30 代だとすると、定年後はまだ30年先の話です。その頃には、今のような「定年」という概念はほとんどなくなっているでしょう。すでに定年を廃止する企業も増えており、社会全体として「働けるうちは働く」仕組みが整いつつあります。今は副業が解禁され、会社員でも多様な働き方が可能になっています。60歳以降の生活に不安を抱くよりも、「どこまで自分のやりたいことを収入につなげながら働けるか」を考えることが重要ではないでしょうか。「老後はお金を使うだけの時期」という固定観念も変わっていくと思っています。
野嶋 予防医療にお金をかける余裕もないのが現実です。おそらく、多くの働く人が同じように感じているのではないでしょうか。
水野 予防医療は今、ブームになっています。ただ、「予防すれば健康は絶対大丈夫」という風潮には違和感を覚えます。病気は一定の確率で発生するので、予防だけでは限界があります。将来への不安については30 代だけでなく、50 代、60 代になっても続くでしょう。情報が多いため、最悪のケースを考えてしまうのは仕方がない。だからこそ「最悪に備え、最善を望む」という考え方が大切です。結局、そこを理解した上で希望を持って生きるしかないのだろうというのが私の考えです。ちなみにより⾧いライフコース(生まれる前からの健康管理)を通じた管理に関しては、私が参加している日本学術会議の分科会でも扱っていて、そこまで考えた予防という観点は意義があるとは思っています。
野嶋 そうすると自助努力の話に聞こえるのですが、予防医療というのは国が費用を投じるべき領域なのでしょうか。
水野 今、経済産業省でヘルスケアサービス領域の話が盛り上がっているのは事実です。デジタル治療に関わる「Software as a Medical Device:SaMD」とは違い、「Non-Software as aMedical Device:Non-SaMD」という方ですね。それは保険診療になるのかというのは難しい話です。消費者が払うのか、保険組合が払うのか、企業が払うのか今はこの3 パターンではないでしょうか。ただ一定の割合は国が出していると思います。実際には多くの方が、アプリでポイ活をやっていますよね。随分動いてきていると感じます。
野嶋 予防医療とインセンティブについて、武藤さんはどのようにお考えですか。
武藤 忙しいと「予防医療なんてやる余裕がない」と思うかもしれません。でも、実際にはひと駅分歩く、お酒を飲みすぎない、塩分を控える など、簡単にできることはたくさんあります。ただし多くは挫折してしまいますので、アプリの活用など「みんながやっているから自分も続けよう」と思える環境づくりは重要だと言われています。誰かに助けてもらうのを前提にする前に、自分でできることや 仲間と協力できることを考えていく。これは「共助」の考え方にもつながりますし、自分で賢く選択していく必要があります。
中室 今のお話を聞いて改めて思ったのは、予防・医療・介護を 一気通貫で捉えることの重要性です。例えば、予防を徹底すれば医療費を抑えられるかもしれないし、認知症の薬で症状を軽減できれば、介護コストを下げられる可能性があります。現状ではこれらが バラバラに扱われています。予防医療は健康な人を対象とするため保険適用外。医療は保険適用されますが、認知症治療で介護負担が減っても、医療側に直接的なインセンティブはつきません。しかし我々の人生は一気通貫していますので、何かをやった結果、後の介護費や医療費が減るなら、最初のところにインセンティブをつけてしかるべきだと思います。
ルールの変更に向けては実証事業の取り組みも
野嶋 「高齢者の採用によって医療現場の人手不足を解消することはできるのか」という質問も来ていますが、いかがでしょうか。
武藤 おっしゃる通り、高齢者が医療や介護の現場に関わることで、人手不足の解消につながる可能性は十分あります。実際、私の患者さんでも、90 歳の方の世話を70 歳のヘルパーが担当しているケースは珍しくありません。ロボットやAI の導入が進んでも「やはり最後は人の手が必要」という声もあります。ただ、医療や介護の仕事には専門知識が必要な場合があり、体力的な負担もあります。経験のない高齢者が本当にできるのか、やりたいのかという問題もあります。仕組みを整え、より多くの人が関われるようにすることが重要でしょうね。
野嶋 単純に賃金が高ければ働き手が増える気がします。人手が必要な領域ですが、賃金の面ではいかがでしょうか。
武藤 上がっていませんね。理由はいくつかありますが、端的に言えば、医療も介護も基本的に 医療保険・介護保険の枠内で運営されており、経済の需給バランスが働きにくいわけです。給与水準が固定されているなかで、最近では人件費や電気代、生活必需品の値上げもあり、給与面はより厳しくなっています。もっと賃金を上げるべきですが、財源をどうするのかという話に行きつき「誰が負担するのか」「若い世代の負担は?」といった堂々巡りの議論に戻ってしまいます。容易ではない話なのですが、論点としてはとても重要です。
中室 本当に難しい問題です。私自身は、医療や介護の現場こそデジタル化を進め、ロボットやIT の活用をもっと増やすべきだと考えています。実際に介護現場を見に行くと、手作業の多さに驚きます。内線電話の代わりにインカムを導入する、センサーを使って寝返りを検知してケアの優先順位をつけるといった取り組みはいろいろと考えられます。今後人手がさらに減っていくのは避けられない事態です。「医療だけに人を集めればよい」と言うのも現実的ではありませんので、テクノロジーの力を積極的に取り入れることに臆病であってはいけないと感じます。
野嶋 臨床現場ではどのくらい活用の機運があるのでしょうか。
水野 皆、認識はあると思います。看護師の復職に業界団体として力も入れていますし、DX への期待もしています。ただなかなかブレイクスルーするような点がないといということでしょう。
野嶋 たとえば薬局に行ったときに、FAX を使っていたり、都度手作業で調剤をしたりするのを見かけます。こういうところからブレイクスルーできないかと感じてしまうのですが、これは素人の考えに過ぎないのでしょうか。
水野 実際のところは、薬のディスペンサーと言われる機材は高額で、導入するよりもすでにいる人手のほうが早いし安いという状況です。電子カルテ導入の際にも、最初はそれを手伝う人が必要だったというのがあり、初期に必要となる手間やコストは悩ましいところです。
武藤 薬局の話は、規制も大きく関わっています。現在のルールでは、調剤は各薬局でとなっており、中央でまとめてやって配送はできません。品質管理を薬剤師のもとでやる必要があるというのが、現行ルールの基本的な考え方だからです。ただしそこには議論が巻き起こり、ちょうどいま、大阪で実証事業をしているところです。
中室 まさに規制改革会議で激論がありました。人が扱う方が安全だ、いや機械がやる方が正確だ、というところからの議論で、実証することになったのです。こういう手続きを踏まないと今のルールを変えることはできません。これが民主主義であり、物事を変えていくときにはコストがかかるという面でもあります。
野嶋 このスピード感というのは海外に比べて遅いのではないですか。
中室 だいぶ遅いと思います。
武藤 経済同友会としても提言していきたい領域です。DX 技術やビジネスという話でもなく、レガシーが残っていて、いろいろな人の思惑もあって進まない。そこをがんばって進めるというところに尽きていきます。
質の高い医療を受けられる仕組みを持続可能にしていく
野嶋 こういう議論が起きていること、実証実験が行われていることをきちんとメディアも発信し、意見が交わされていく循環が大事だと改めて思いました。かなり踏み込んだ話もできたと思いますが、お一人ずつ最後にコメントをお願いします。
中室 今日の話を聞いて改めて思ったのは、 私たちが今、質の高い医療にアクセスできているのは本当に幸運だということです。たとえばアメリカに住んでいた時にインフルエンザにかかり、朝11 時に病院に行ったら、帰宅は夜7 時でした。保険も自分で加入する必要があり、年間で相当な額になります。それに比べると、日本では 質の高い医療を比較的安い費用で、皆で支え合いながら受けられるわけです。この仕組みをどう持続可能にするかが、これからの大きな課題です。将来の世代も安心して医療を受けられる社会を維持するために、今こそ考えなければならないと思いました。
水野 現在進んでいる議論の話も聞けて、日本も捨てたものではないと思いました。やはりどんどん議論して次にどうしていくかということが大事です。循環器内科であれば循環器病対策基本法や、健康増進法というのもありますが、それらを一気通貫したものを議論していけるとよいと思いましたので、ぜひ引き続き勉強させていただけたらと思っています。
武藤 誰もが病気にも事故にもなりますので、それだけ医療は身近なものだというのを再認識しました。中室さんがおっしゃったように、日本の医療制度は海外と比較するとよくできていると思います。ある方が、日本の医療制度というのはタンカーのようなもので、急に方向を変えろと言っても変えられないというたとえをしていましたが、その良さと課題とがあるということだと思います。メディアやアカデミアの方、そして私たちのように現場で臨床している人たちがいろいろな角度で議論を続けることが重要だと改めて思いました。
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「日本再興ラストチャンス」
経済同友会とビジネス映像メディアPIVOTがコラボレーションし、YouTubeで配信する未来志向の政策トーク番組。「失ってしまった」30年を経て、これからどのように日本を、経済を再興すべきか。毎回1テーマを設定し、経済学者と経営者・有識者との対話を通じて、解決に向けたアクションプランを提案します。配信一覧はこちらから
動画はYouTube PIVOT公式チャンネルから