採録記事|未来志向の政策トーク番組
『日本再興ラストチャンス』第11回「DEI」

第11回 DEI (Diversity, Equity & Inclusion)

経済学者・成田悠輔氏と経営者の対話を通じて、日本を、経済を再興させるアクションプランを考える「日本再興ラストチャンス」。今回は、多様性の推進で企業の業績は伸ばせるのかをテーマに議論しました。(この記事は、ビジネス映像メディア「PIVOT」で配信された動画を採録した広報誌『経済同友』2024年6月号の再掲です。PDFはこちらから

  • 成田 悠輔
    イェール大学 助教授/半熟仮想株式会社 代表
  • 星野 朝子
    経済同友会 社会のDEI推進委員会 委員長/日産自動車 執行役副社長 チーフ ブランド&カスタマー オフィサー/日本・アセアン マネジメントコミッティ議長
  • 柳沢 正和
    「Marriage For All Japan-結婚の自由をすべての人に」 理事/ゴールドマン・サックス証券 プライム・サービス部 マネージング・ディレクター
  • 野嶋 紗己子
    PIVOT MC

(所属・役職は出演時)

ダイバーシティは経営戦略として推進

野嶋 今回のテーマは「多様性の推進で企業の業績は伸ばせるのか」。成田さんは多様性の推進は業績と連動するとお考えですか。

成田 未解決の謎ですね。昔、米国の銀行で行われた実験によると、業績の良いチームは男女バランスが取れていて、チーム内の会話の往復頻度が多かったそうです。ただこれは相関に過ぎませんし、小さなチームについての話です。国や企業レベルで多様性が経済指標に好影響を本当に与えているか調べるのは難しいですね。一方、業績に影響があろうがなかろうが、そもそも多様性は望ましいという考え方もあります。多様性とは何か、何のために多様性があるのかを議論することが大事です。

野嶋 トークテーマは二つ用意しています。一つ目は「多様性の受容を阻む障壁は何か」、二つ目は「誰もが働きやすい環境のつくり方」です。まずは一つ目からですが、PIVOTユーザーから「女性の活躍推進や同性婚、パートナーシップ制度などの話は聞くけれども、実感が薄いのはなぜか」との質問が来ています。

星野 当社では2004年から、ダイバーシティ経営を戦略の柱の一つに掲げて推進してきました。日産グローバル全体でLGBTQ含め多様な活動をしていますが、こと日本に関しては女性活躍が第一のテーマでした。戦略的に進めてきたのが、女性マネジャー比率の向上です。従来、昇進については慣習的に男性の方が優位でしたが、トップダウンで舵を切りました。部門を統括する各副社長に対して、なぜ女性マネジャーが必要なのか、どうして比率を上げられないのかというやり取りを繰り返すところから始めました。

野嶋 当時はアサインできる女性の数そのものが少なかったのか、管理職への意欲はあるのに女性がなれない環境があったのか、どちらでしたか。

星野 両方でしたが、戦略なので「人材がいる/いない」「本人がやりたい/やりたくない」ということに関係なく、いないなら外部から見つけてきてでも達成するとしました。ただしそれは20年前の話で、今は当然のように女性が管理職に上がってきています。

成田 その過程で難しかったことや予期していなかった発見などはありましたか。

星野 目標数値が達成できなかった副社長たちは、できない理由を経営会議に持ってきます。しかし「子どもがいるから」「親の介護があるから」などは理由にならないと言い続けました。例えば、エンジニアが対応すべき事案が海外工場で発生し、そのメイン担当者が女性だった場合、従来なら「あの人は子どもがいるから海外出張は難しい」となり、別の後輩男性を派遣していました。これが繰り返されると、世界中の工場を渡り歩いた後輩男性の方にネットワークができ、経験豊富になっていきます。メイン担当の女性は優秀だけれども本社しか経験していない。そうすると、いざ昇進させる時期になっても部長にふさわしいのは後輩男性、となってしまいます。そこで「慮るな、まず本人に聞け」を合言葉にして取り組んだところ、女性の海外赴任者が増え、産休明け直後に望んでブラジルに行くような例も出ました。

成田 今後に向けて残る課題は何でしょうか。

星野 女性の昇格パイプラインの太さがまだ十分ではありません。特に女性エンジニアについては、大学で学ぶ人数そのものが少ないのが実状です。海外では国策として女性エンジニア育成を行っていますが、日本の女性エンジニア数は圧倒的に足りません。

誰もが働きやすい企業文化を意図的につくる

野嶋 柳沢さんはゲイであることをカミングアウトし、仕事をしながらLGBTQの支援を10年以上なさってきました。ここまでは企業において少数者であった女性の話題でしたが、お話を聞いていかがでしょうか。

柳沢 日産のように、まずトップのコミットメントが非常に重要だと思います。また星野さんのようなロールモデルも大事です。私がカミングアウトしたのは、性的指向・性自認に悩む若い人たちが社会人としてどのように働くべきか迷っているという声を聴いたことがきっかけでした。カミングアウトをしても働きやすい社会、自分らしく生きるロールモデルということを、かなり意識しました。

野嶋 企業でのLGBTQの取り組みは、どのような状況でしょうか。

柳沢 私のいるゴールドマン・サックスは結構早い段階から、LGBTQに関する施策を行ってきました。例えば、同性のパートナーシップを認め、健康保険など国の制度が整っていない部分へ補助を出しています。これは競争力を高めるための必然的な選択でもありました。今でこそ当社の知名度は高まりましたが、かつてはメガバンクなどに比べると認知度は低かったと思います。いかに競争力の源泉となる人材を採用するかを考えて、目を向けたのがマイノリティーです。マイノリティーも競争力の宝庫だという強い信念を企業として持ち、早い段階から女性、障がい者、外国人を採用し、その延長でLGBTQの施策を取ってきました。

成田 日本の大企業と比べると、マイノリティーの人たちが働きやすい仕組みはやはり整っているのでしょうか。

柳沢 意図的に企業文化をつくっています。非公式なコミュニケーションの場を作る支援もその一つで、社として活動費用を出したりしています。例えば、ビジネスパーソンにとって人間関係の構築などネットワーキングによって得られた情報は貴重なものだったりします。時には同僚同士で参加する合コンの前後にそうした情報交換がされたりするのですが、私の場合、前の会社でカミングアウトした後はそうした場に誘われなくなってしまい(笑)、「非公式なコツ」をつかみにくくなりました。ゴールドマン・サックスでは、ウーマンズ・ネットワークやLGBTQ+ネットワークなどさまざまなネットワーク活動を会社が公認・支援しています。

成田 日本の企業間の取引成立率を調べた研究によると、男性社長と女性社長の組み合わせより男性社長同士の方が成立率が高いそうです。背後には、飲食などを含む社長同士の付き合いやつながりの濃さがあるのではないかと言われています。同じ現象は社員同士でも生じているかもしれませんね。明示的な法律やルールで対処するのが難しい問題なので、各社の自主的な文化醸成が大事になってきます。

星野 今の話で思い出しましたが、私自身、社内の意思決定ミーティングの場で女性は自分1人という状態を経験し続けてきました。会議後に男性同士は立ち話で情報交換をしている中、私は黙々と帰っていくことが多かったです。本当のDEI(Diversity, Equity & Inclusion)を進めるには、マジョリティー側がマイノリティー側に対してあえて開く、呼び込むことが大事だと思います。

皆がフルパワーで働けるのがインクルージョン

野嶋 「多様性が企業文化や業績にどう貢献するのか」という質問も来ています。

柳沢 因果関係を解明することは難しいと思いますが、三つの観点があると思います。一つ目は競争力と人材獲得の点、二つ目は顧客も多様であるという点、三つ目は多様性推進・人権尊重がグローバルなトレンドである状況下におけるリスクマネジメントという観点です。多様性が企業の業績に貢献するというより、企業の業績を上げるために多様性の観点を織り込むことは必須という考え方ではないでしょうか。制度を作るだけでは前には進みません。文化も意図的につくっていく、変えていく必要があると思います。

成田 世にもまれな単調社会である日本の文化を改造するためには、どんな戦略が考えられるでしょうか。

柳沢 LGBTQの問題にかかわるようになってから、過去に日本社会を変えてきたさまざまな方に話を聞きました。結論としては「日本の世論は、7割が賛成すれば誰も反対しない」ということです。全ての人から賛意を得ようとせず、7割でよい。あからさまに反対している人にエネルギーを割くと、とても消耗します。前職時代、LGBTQへの福利厚生施策で意見が割れたことがあったのですが、反対層ではなく、「よく分からない」と思っている中間層に理解してもらえるよう集中して働き掛けました。結果的に望ましい方に進み、私自身の成功体験ともなりました。

成田 企業レベルを超えて社会レベルでもそれは同じでしょうか。

柳沢 そう思います。2015年、同性パートナーシップを世田谷区と渋谷区が導入しましたが、その時は日本の大半の人は賛同していなかったと思います。ところが今は400近い自治体が導入し、同性婚に賛成の人は7割ほどと、先進国の中でもかなり高いレベルに位置しています。社会のオセロが徐々にひっくり返っていく様を実感しました。

成田 柳沢さんのように自然体で表に出るLGBTQの方の存在は大事だと思うのですが、嫌だったこと、つらかったことはありますか。

柳沢 マイノリティーとして見られていると常に意識していること自体が、ストレスフルだと思います。私はカミングアウトとともに周りから性的少数者と目されるようになり、「マイノリティーってこういう感じだったんだ」と知りました。その後はさまざまな場面で、カミングアウトするかしないかを常に意識するようになりました。普段から意識をしておかないといけないことが増えた、という感覚です。

星野 インクルージョンとはマイノリティーもマジョリティーも関係なく、皆がフルパワーで働けることだと思います。マイノリティーグループが気を遣いながら働いたり、排除されたりする状況にあると、企業全体がフルパワーという状態にはなれません。トップがどういう企業にしたいのか、カルチャーをつくりたいかという戦略がそこに表れますし、企業の業績にも確実に効いてきます。

成田 人類の半分は女性なので本来マイノリティーでも何でもないにもかかわらず、企業の中、特に経営層の中では女性が超マイノリティーになっているケースが多いです。そういう人工的で人為的なマイノリティー問題にはどう取り組めばいいでしょうか。

星野 女性役員を増やしていくしかないと思います。私一人がマイノリティーとして感じてきたことを伝えても、皆に理解してもらうのは難しいでしょう。それを伝えることに注力するよりも、そもそも女性の役員が増えれば変わっていくと思います。

野嶋 「女性が組織の上に立つことのメリット・デメリットは何なのか。男女で能力の差はあるか」という問いにはいかが思われますか。

柳沢 「女性は数学を苦手とすると言われていますが、以下の問題を解いてください」と言って女性に数学の問題を出すと、点数が低くなるという研究結果があります。女性が組織の上に立つポジティブな面を伝えていくことは大事ですが、メリット・デメリットという形で語るのは非常に注意が必要だと思います。

星野 「女性」を「男性」に置き換えても同じ質問が成り立つと思います。私は、男性と女性には違いがあると思っていますが、それは能力の差のことではありません。組織としては、どんな人であれ、最大限に個人が持つ能力を発揮できるようにすることに尽きると思います。

ダイバーシティへの姿勢を示したり気付きを促したりすることも大事

野嶋 「企業のマネジャーがDEIの推進で果たすべき役割は何か」という質問も来ています。

柳沢 マネジャーが積極的にLGBTQへの理解を示すことは大事です。身の回りのものに、LGBTQコミュニティを象徴するレインボーフラッグのシールが貼ってあるだけで、その人への警戒感を下げて話しやすくなります。私が初めてマネジャーになった時、ミーティングを17時開始に設定して上司から怒られたことがありました。メンバーに子どもを持つ親がいるのに、そこに配慮できていないと。それがダイバーシティを意識する機会となりました。マネジャー育成において、そうした観点を気付かせていくのも大事なことです。

星野 役員としてトップダウンでできることはやろうと思っていますが、私自身が気付けていないこともたくさんあります。ボトムアップを起点に変えられることはたくさんありますので、思い切ってマネジャー層に提案し、遠慮なく変えてほしいと思います。一方、上の人が成功体験を押し付けるのはよくありません。いろいろなやり方の人がいて、皆が自社を愛して動ける状態をつくっていくようにするのもマネジャーの役割でしょう。

成田 法律や制度など、国としてやるべきことはあるでしょうか。

柳沢 例えば、性的指向と性自認を理由に解雇してはいけない、職場で差別をしてはいけない、といった法整備は必要だと思います。また結婚ができないと、パートナーは遺産相続や遺族年金などの権利が持てません。マイノリティーへの配慮というより、平等な、当たり前の人間としての権利としての法整備を望んでいます。

星野 子育て一つをとってもまだ多くの課題があります。私の部下で、産休明けすぐに海外赴任を希望してきた人がいます。それは、日本より海外の方がベビーシッター制度が充実しており働きやすいから。日本が子どもを産みづらい国になってしまっていることを、あらためて感じました。

成田 米国ではDEIが行き過ぎ、逆差別や新種の差別を引き起こしていると反発も起こっています。対して日本は、反発が起こるまで十年以上かかりそうですね。

野嶋 私たち一人ひとりができることは何があるでしょうか。

柳沢 DEIには人権と経営の両面があると思います。人権は社会的合意の下で理想に向かって進むものなので、いろいろな議論も出てきます。他方で経営面は、経営にプラスであれば誰も反対しないものです。事業を持続可能にする観点でDEIを進めていけるとよいですし、私自身もこの社会をどのように持続可能にしていくかという視点で発信をしていきたいと思っています。

成田 最後に注意しておきたいのは、多様性とは何かという定義は実はとても難しいということです。各組織が性別や性的指向などの属性について十分に均整の取れた状態になると、どの組織も属性の分布が同じになるという同質性が生まれます。ある多様性と別の多様性の間に葛藤が生まれるわけです。さらに、特定の属性に関する多様性を確保すると、それ以外の属性の不均衡が悪化する場合ももちろんあります。多様性が多様性を殺す場合がある、多様性は人を傷つけ得るという点は気にしておきたいと思います。

星野 これまでは私自身の属性を背景に、分かりやすく女性の応援団長をしてきました。LGBTQについても力になれることをしていきたいと思います。先ほど柳沢さんからあったレインボーフラッグシールの話は一つの気付きでしたので、ぜひ他の役員にも説明し、展開していきたいですね。

成田 インクルージョンの問題もさらに突き詰めていくことができます。そのうちに人とゴリラを区別するのはよくない、木にも人権がある、という方向に進むかもしれません。実際に川に法的な人格を認める判例が出た国もあります。人間の中の多様性だけではなく、人間と動物、植物、自然全体を包み込むようなDEIの考えにたどり着きたいですね。

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「日本再興ラストチャンス」
経済同友会とビジネス映像メディアPIVOTがコラボレーションし、YouTubeで配信する未来志向の政策トーク番組。「失ってしまった」30年を経て、これからどのように日本を、経済を再興すべきか。毎回1テーマを設定し、経済学者・成田悠輔氏と経営者との対話を通じて、解決に向けたアクションプランを提案します。配信一覧はこちらから

動画はYouTube PIVOT公式チャンネルから
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