採録記事|未来志向の政策トーク番組
『日本再興ラストチャンス』第9回「金融」

第9回 金融

経済学者・成田悠輔氏と経営者の対話を通じて、日本を、経済を再興させるアクションプランを考える「日本再興ラストチャンス」。今回は、日本は金融大国になれるのかをテーマに議論しました。(この記事は、ビジネス映像メディア「PIVOT」で配信された動画を採録した広報誌『経済同友』2024年4月号の再掲です。PDFはこちらから

  • 成田 悠輔
    イェール大学 助教授/半熟仮想株式会社 代表
  • 辻 庸介
    経済同友会 スタートアップ推進総合委員会委員長/マネーフォワード代表取締役社長 CEO

  • 中空麻奈
    BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長

  • 野嶋 紗己子
    PIVOT MC

(所属・役職は出演時)

今の株高をどう見ているか

野嶋 今回のテーマは「日本は金融大国になれるのか」です。

成田 金融大国とは何を意味するかですね。経済的リターンの大きさを目指す使い方だけではなく、長い目で見て国の文化やアイデンティティーをどう豊かにしていくか、そのために金融や資本市場をどう使えるかが大事だと私は思っています。

野嶋 今年の2月には、日経平均株価が 34年ぶりに最高値を更新しました。一方で、実体経済とは乖離があるという声も多数聞かれます。ご意見をいただけますか。

中空 私は否定気味に見ていて、世界中で株価が上がり過ぎだと思っています。ファンダメンタルズでは説明がつかないからです。日本に投資したいというお金が入ってきているのは事実ですし、外国から見て日本株の安さは続いています。ただし、どこかでピークアウトを迎えます。その時にどうするかを考える必要があります。

野嶋 今までの株価が低過ぎただけで、正常になったという意見も見られます。

中空 この先に長期的に安定した株価が続けば内実が伴ったと言えますが、今はマーケットの浮き沈みに左右されているように見えます。

 僕は逆で、ポジティブに見ています。インフレになり値上げで企業収益が上がり、賃上げが進むという良いスパイラルが回れば期待値が上がる。株価は未来収益の逆算値なので、未来収益の価値を今後どうつくるかだと思っています。最近は海外投資家がかなり来ます。比較的政治が安定して法治国家として成り立っている日本は、お金の行き場所として安心感があるのでしょう。人的資本経営やNISAのような動きもあり、日本マーケットの魅力が相対的に上がっていると感じます。

野嶋 「金融リテラシーを高める」とは、どう定義付けたらよいでしょう。

成田 難しいですね。米国人は金融リテラシーが高いといわれますが、アグレッシブにリスクを取りにいくことがリテラシーの高さだと見るのは危険です。エンジェル投資で世界に冠たるスタートアップを生み出す反面、住宅ローンやカードローンで破産する人もたくさんいます。自分自身のリスク許容度を判断できるようにすることが第一なのではないでしょうか。投資によるキャピタルゲインの格差は、日本は他の先進国と比べ大きいことが知られています。ごく一部の人たちだけが投資で儲け、結果的に格差拡大に寄与している。一人ひとりが自分に合った投資戦略を持てるようになることが大事です。

投資や金融について日常的に触れることが教育以上に大事

野嶋 「タンス預金など眠っているお金を動かすにはどうすればよいか」「貯蓄から投資へ、を意識するためには何が必要か」といった質問がPIVOTユーザーから来ています。

中空 人の行動を根本から変える原則は、何もしないことに罰を与えるか、したことへの奨励かの二つです。「タンス預金を動かさないなら課税」か「投資したら税金を安くする」か、となります。新NISAがまさにそうですね。ただし、投資で全資産を失ってしまう事態は避けるべきです。リスクを自分で判断できるリテラシーは必要です。

成田 家計は日本円の現預金資産が多いのに、企業は海外投資を莫大にしてきました。この差は何なのでしょう。

中空 普通に暮らしていると、やはり円に「ホームバイアス」がかかります。企業の場合は実需が海外にあったからでしょう。海外の工場で作る方が安いから海外に投資をした、結果的に儲かったという構図でしょうか。

 以前は、海外資産を買う手段が限られていたのが実態です。また、日本がデフレだった。デフレだと預金が最強ですから、合理的だったと思います。

野嶋 日本人の金融リテラシーは高まっていると思われますか。

 当社のユーザーにアンケートを取ったところ、ボーナスの使い道として最も興味があるのは投資でした。NISAの影響はあると感じます。国家予算の大赤字を見て、自分で将来資産を守らないと危ないというのも感じているでしょう。そうしたことが全部ミックスされて、投資に興味が高まっている気がします。その点、米国の感覚はどうですか。

成田 資産のある層もない層もやたらとアグレッシブで、よく言えば前向きで楽観的、悪く言えば無謀で自爆的なのが特徴だと思います。結果として世界を駆動するVC産業ができた反面、庶民はカード・住宅ローン地獄にはまっている。米国は不思議な国だと思います。

野嶋 「資産運用立国になるために必要なことはありますか」という質問も来ています。日本でも2022年から高校での金融教育が義務化されました。米国では統一的なカリキュラムはないけれども 1960年代ごろから金融教育が盛んに行われてきました。英国はシチズンシップという科目の中に金融の学習があります。教育の強化という点ではどうお考えでしょうか。

成田 米国でも正規教育の中できちんと学習しているわけではないと思います。むしろ、周りの大人が日常的に投資や金融のことを話している影響を感じます。大学教員の間でさえ、株式相場やポートフォリオの話が日常的に聞かれます。日本の大学ではまずないですよね。つまり、生活習慣や文化の違いの方が教育制度の違いより影響している気がします。

中空 同感です。日本では投資というと一獲千金感があり、好ましくない印象がつき過ぎている気がします。投資も立派なお金の稼ぎ方の一つだと認知を広めていくことが大事です。

リスク許容度を理解することが金融リテラシーとして重要

野嶋 ビジネスパーソンの金融リテラシーはどこまで必要でしょうか。「新NISAは取りあえずオルカン(オール・カントリー。全世界株式の略称)を始めた。次は何をしたらよいか」という質問も来ています。

 損をしたり得をしたりして学ぶのが一番大事ですね。僕はサラリーマン時代に、「給料分とは別で稼ごう。そうすればいつでも辞められるから」と思って投資を始めました。20代で何千万円も不動産投資をしていたのですが、ものすごく勉強しました。さすがに不動産投資は物件管理対応も大変だし、リスクも高かったので方針転換しましたが。

成田 大家さんをされていたのでしょうか。

 そうなんです。ただ、結局リスク許容度は個人によってかなり違います。資産規模とリスク許容度をグラフ化して、自分はこの辺だと認識する。それに見合う投資や運用を考える。つまりポートフォリオですが、そうして自分が幸せに生きられることが大事ですよね。

中空 そう思います。例えば、3分の1は現金、3分の1は債券投資、残り3分の1は株なりオルタナティブ投資なり、自分で管理できる範囲でやっていくことです。注意するべきことは、上がり続けることはないということ。投資で一番難しいのはどこで売るか。最も良いところで売ることはなかなかできません。8割くらい儲かれば上出来だと思うくらいが良いと思っています。

成田 金融教育と言うと、どういう金融商品があるか、どんなポートフォリオが良いかという話になりがちですが、何より大事なのは、そもそも自分がどういう人間で、どういうライフスタイルを欲しているかを知ることでしょうね。投資をしたときに、どれくらいの割合でどこまでひどいケースを許容できるのか、どの辺までの夢が見たいのか。僕自身は、日々の生活でお金を心配せずに済めば、それ以上はどうでもいいという人間なので、投資は適当にやっています。

野嶋 「平均よりちょっと上のお金が欲しい」と思い、何となく投資している方も一定数いる気がします。そういう人たちが知っておくべきことはありますか。

中空 全ての価格は需給で決まるのが鉄則です。勉強したからすぐに活かせるわけでもありません。想定とは違うことが起きますし、初回から全部うまくやろうと思わず、長い目で見て自分のライフスタイルにどう合わせて利益を確保するかを考えていくことです。

 とにかく勉強しましょう、実践しましょう。時間はかかりますが、スポーツが練習してうまくなっていくのと同じです。もちろん、許容範囲内でやること。どう楽しく続けられるかを考えられるとよいですね。最近は動画もたくさんあって、かなり学べます。

中空 機関投資家は3カ月に一度の評価があるので短期で売り買いしますが、個人投資家に評価はないのでその必要はありません。しっかり考えて選んだ会社であれば、短期的な判断をしない方がよいと思います。

成田 例えば中学生に対して、金融リテラシーを最速で身に付けてもらうカリキュラムを作るとしたら、どんなものが良いと思いますか。

 当社では学生向けに授業をすることもあります。一番反応が良いのは、実際に商売をやってみる、つまり資本を使ってビジネスをやって、利益が出て、株価が上がる。そういう仕組みを実際に体験するものです。

成田 金融や投資に関して、情報の信頼性はどうなのでしょう。医療など他業界で起こっているように「トンデモ情報」が支配する可能性はありませんか。

 「あなただけへの耳より情報」がネット上などで出回ったりしていますが、そんなものがあるわけありません。需給で決まるのが金融なので、基本的には全ての情報はイコールです。

成田 過激でキャッチーでも、実害がなければよいのですが...。

 実害もあり得ます。「この仮想通貨は絶対上がる」という触れ込みもその一例です。それらはポジショントークであることを認識し、いろいろな人の話を聞いて相対化していくことが大事です。僕はいろいろな人の意見を聞くのが好きです。

成田 SNS経由の投資詐欺も広まっていますが、信頼ある人から言われると意外に信じてしまう人も多い。そういう人をどう守るのか、騙されないための金融護衛術リテラシーも必要だと思います。

中空 儲けるとはどういうことか、収益はリスクに見合うということ、元本を失わないという発想を持つこと。そして、利回りが3%を超えるようなものはあり得ないと判断できる力を身に付けておくべきでしょう。

野嶋 騙されないリテラシーと、それを規制する法整備も必要という気がしてきました。

中空 法整備は過剰になりがちです。規制緩和をしつつ、被害者が生まれたときの救済策を考えていく方がよいと考えています。

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日本が金融ハブとなるために必要なこと

野嶋 続いて、「東京がアジアの金融ハブになるためにはどうしたらよいか」を話題にしたいと思います。日本のポテンシャルはどうでしょうか。

中空 選択肢はいくつかあります。例えば国外投資を増やして配当金で豊かになる、海外資金を日本に集めてくる、海外の投資家たちが日本に集まるようにするなどなど、海外の人を呼び込むなら特区が有効でしょうし、資金を集めるには魅力的な債券を増やすことも考えられます。

 ポテンシャルは非常にあると思っています。2,100兆円の個人資産があるのは日本の大きな武器でしょう。税金の高さが整理されれば、アジアの金融ハブになり得ます。以前、IRで巨額を運用するファンドを訪問したのですが、片田舎にあるにもかかわらず世界中の経営者がやって来ていました。成長企業に投資して、リターンで国民が豊かになっていく、そこに情報も人も集まるというのを目の当たりにして、こうして経済の好循環をつくっていくのは大事だと感じました。

成田 「金融ハブ」とはどういう状態なのでしょうか。

 イメージとしては大きな資産運用会社、資金の出し手、それを受け取って成長する企業といったエコシステムが全部そろっている状態です。

中空 当社のような外資系企業はアジアの本拠地をどこに置くかを考えます。これまではシンガポールや香港が選択されてきましたが、日本が負けない選択肢になることだと思います。

野嶋 香港、そしてシンガポールも中国リスクがあると見られていますが、実際の影響はいかがでしょうか。

中空 中国に投下していたお金を日本に回す傾向は、明らかに強まっています。ただし、基本的にクレジットの世界では人口の多さと安定はイコールです。中国は人口の多さという強みがあるので、状況が安定すれば戻る可能性は十分あると思います。一方シンガポールは、お金を持ってこさせるための仕組みやオープンマインドに非常に長けています。英語の強みもありますね。

成田 日本が金融ハブを目指す上での一番大きな課題は何でしょうか。

中空 やはり大きいのは税金と言語で、それが解消できればかなり変わると思っています。

野嶋 円安を進めて海外でものを売る日本に戻ればよいのではないか、という質問も来ています。

成田 経済成長にとって通貨安が悪いとは限らないという研究結果があります。輸出や投資誘致にはプラスですし。ただし、今の日本はさほど「売れるもの」を持っていません。車とニッチな部品などでは日本企業が世界市場を支配していますが、昔のような輸出大国ではない状況です。

 ものづくりの海外展開は、コストの安いところで作りグローバルに高く売るという戦略が基本だったと思います。昨今のソフトウエア産業でも、インドで作って米国で売ることが随分と増えています。今後は同様の変化がグローバル市場を席巻することも起こっていくでしょう。

中空 日本は技術の改良を得意としてきたので、GXにかかわる技術改良・開発には期待しています。今年2月には、脱炭素成長型経済構造移行債(GX経済移行債)の発行も始まりました。世界でリーダーシップを取り、「売り物」もできていくだろうと思っています。

成田 今の日本のインフラや公共サービスを継続しつつ、税金を大きく下げるのは無理だと思います。特区のような措置が必要でしょうが、可能だと思いますか。

中空 永遠に特区を置き続けるのは無理ですが、海外から呼び込むには妥当な手段だと思います。地方創生と絡められたら、なお良いでしょうね。

 税金は額の話ではなく、どう広げていくかが大事だと考えています。成長すれば税金の元が広がるわけですから、パイを大きくするところに力を注ぐべきだと思います。

野嶋 お二人ともありがとうございました。最後に成田さんから本日の総括をお願いします。

成田 今日は投資や金融立国の良い側面を終始話してきました。ただ、金融や投資が盛んになるほど富める者がますます富み格差も広がります。金融立国と同時に、金融投資から取り残される人へのセーフティネットも考える必要があると思いました。

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日本再興ラストチャンス」
経済同友会とビジネスメディアPIVOTがコラボレーションし、YouTubeで配信する未来志向の政策トーク番組。「失ってしまった」30年を経て、これからどのように日本を、経済を再興すべきか。毎回1テーマを設定し、経済学者・成田悠輔氏と経営者との対話を通じて、解決に向けたアクションプランを提案します。配信一覧はこちらから

動画はYouTube PIVOT公式チャンネルから
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