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大企業とベンチャーの経営者が"日本の未来"を議論する「ラウンドテーブル2019~未来を探る円卓会議~」分科会記事を掲載しました

2019年9月 9日

プログラム

経済同友会は9月9日、東京都内にて「ラウンドテーブル2019~未来を探る円卓会議~」を開催しました。

金丸 恭文 日本の明日を考える研究会委員長の開会宣言、櫻田 謙悟 代表幹事の挨拶にはじまり、本会会員・起業家の双方から約150名、総勢300名が参加し、産業や政策等の幅広い視点から、12の分科会にて、「医療」「金融」「地方創生」「物流」など様々な分野の未来について議論を展開。

クロージングセッションでは、小泉 進次郎 衆議院議員と、金丸 恭文 日本の明日を考える研究会委員長、髙島 宏平 負担増世代が考える社会保障改革委員会委員長が、政治・経済・社会の未来を語る鼎談を行いました。

閉会後は、金丸 恭文 日本の明日を考える研究会委員長、間下 直晃 日本の明日を考える研究会副委員長、橋本 圭一郎 副代表幹事・専務理事(広報戦略検討委員会委員長)が記者会見を行い、経営者同士が自らの産業の未来を語り合うことが出来たと総括しました。

オープニングセッション

開会宣言

金丸 恭文(経済同友会副代表幹事、日本の明日を考える研究会委員長)

代表幹事挨拶

櫻田 謙悟(経済同友会代表幹事)

分科会

12分科会の内容を一部ご紹介いたします。

※所属・役職は開催当時

産業の未来2 分科会2-A「小売・流通の未来」

《パネリスト》 ※写真は左から
北川 拓也(楽天 常務執行役員 CDO(チーフデータオフィサー)グローバルデータ統括部 ディレクター)
小泉 文明(メルカリ 取締役社長兼COO)
玉塚 元一(デジタルハーツホールディングス 代表取締役社長CEO)

《モデレーター》
吉松 徹郎(アイスタイル 代表取締役社長兼CEO)

画像:分科会2-A「小売・流通の未来」 パネリストとモデレーター

それぞれの経歴と現在の仕事

吉松:小売・流通の未来というかたちで、このパネルディスカッションを進めさせていただきます。まず最初に、今日は本当に忙しい中、また、台風で会場に来るのもすごく大変な中、お集まりいただいて本当にありがとうございます。今回初めて、経済同友会側の企業とベンチャー企業が集まって議論する機会をつくっています。きっかけは、経済同友会の50歳以下の会員が、まだ100人に行くか行かないかくらいなので、もっとベンチャーと交えていこうということから、今回の企画が進んでいます。
その中で「小売・流通の未来」ということで、ずっと小売の世界をリードしてきたファーストリテイリング、ローソンの代表を務めた玉塚さんと、20年前テクノロジーが入ってきて、流通の業界を変え始めた楽天の北川さん、その上に、ここ数年、また業界を書き換えようとしているメルカリの小泉さんというメンバーでやってみたいと思います。まず北川さんのほうから、現在どういうことをやっているのか、自己紹介を含めてお願いします。

画像:北川 拓也氏

北川:楽天の北川と申します。よろしくお願いいたします。普段は僕は、AIとデータの責任者というかたちで、弊社にある70以上のサービスの中で大きなところをカバーし、AIをどういうふうに各事業で使っていくのか、ということをやっております。当然、楽天市場は最も大きな事業の一つですので、昔からやらせていただいています。吉松さんから、どんなふうなことを考えているのか、という話がありました。せっかくだし、このあと話す機会もないかもしれないので、ちょっとAIの話をしようかなと思っています。
普段、僕が考えているのは、AIが明らかに時代の節目にきているということです。今までの5年間、10年間は、明らかに、AIというのは選択肢を増やすための存在でした。つまり、レコメンデーションやサーチというかたちで、より多くの選択肢をお客さんに見せていこうと。そういうことを可能にするのがAIである、という時代でした。それが、ちょうど去年ぐらいが節目になって、がらっと変わりまして、今度は逆に、選択をお客さんのためにしてあげると。選択肢を減らす方向にAIを使っていくというふうに流れが変わってきています。その最たる例が、TikTok(ティックトック)や抖音(ドウイン)というアプリですね。使っていただければわかるのですが、もはや、何を見たいかなんて聞いてくれません。見せられるがまま、もうずっと見ていかなければいけないという流れになっています。これが小売の世界にもやってくるんじゃないかと思っていまして、お客さまのために意思決定をしてあげるというAIが、これから増えてくるというところに注目し、面白いなと思っているところです。

吉松:さっそくわからない言葉がバンバン出てきました(笑)。「TikTok」や「ドウイン」って言いましたけど、具体的にどういうものなんですか。

北川:TikTok自体はショートビデオです。短い動画で、僕がこうやって踊っている動画をのせるみたいな、15秒ぐらいの動画です。中国ではこれがまさに発展していまして、そこで買い物ができたり、ブッキングができたりと進化している、そんなアプリです。

吉松:動画とコマーシャルがつながるという一つのモデルとして、今パパッと出てきたので、ぜひTikTokを見ていただければと思います。

画像:小泉 文明氏

小泉:中国で一番伸びてますね。

北川:今、インスタグラムとフェイスブックを完全に抜いて、ナンバーワンになったぐらいなので、中国だけではないと思いますね。

吉松:自己紹介がてら、そういう話をどんどんしていきましょう(笑)。小泉さんお願いします。

北川:メルカリの小泉です。よろしくお願いします。メルカリは今、1,350万人ぐらいのマンスリーのアクティブユーザーがいまして、月間の流通が400億の真ん中ぐらいですね。ですので、楽天、アマゾン、ヤフーさんに続いて4番目ぐらいの大きさ。事業を立ち上げて6年ぐらいのサービスです。僕らは在庫を持つモデルではないんですね。なので、小売とか商売というよりは、マッチングさせているプラットフォームと言ったほうが正しいかなと思っています。人と人が、商品を通じてコミュニケーションし、マッチングされ、そのうちの10%を僕らがいただくというビジネスモデルになっています。小売より少し軽い。月間の滞在時間は、楽天さんが1時間強ぐらいなんですね。アマゾンさんもだいたい同じぐらいですが、メルカリは5時間半ぐらい利用されていて、やはり非常にコミュニケーションを楽しんでいるのが特徴です。メルカリは、コミュニケーションサービスとコマースの中間みたいなポジションで、ユーザーに支持されているんじゃないかと思っています。

吉松:ありがとうございます。メルカリの話はまたこのあと、ゆっくり聞かせてもらいましょう。では玉塚さん、お願いします。

画像:玉塚 元一氏

玉塚:私は学校を卒業して最初は旭硝子という会社に12年くらいいたんですが、そのあとに、山口県でユニクロという商売をしている柳井さんという強烈な方にお会いしまして、本当に衝撃を受けました。実は皆さん、特に吉松さんのように、私も自分で起業したいという思いもあったので、柳井さんのところで勉強させてもらうため飛び込みました。1998年、まだユニクロが年商700億ぐらいだった頃ですが、そのあとユニクロが急成長していきました。最後の頃は、柳井さんが会長で、私が社長というポジションをやらせていただきました。ユニクロの柳井さんには本当にいろんなことを教えていただき、今でも私の商売の師だと思っています。
そのあと、リヴァンプという会社を、今、ファミリーマートの社長をやっている澤田さんと一緒に、50:50でつくりました。日本には可能性のある企業がたくさんあるけど、まだ経営者の流動化が進んでいない。そういう可能性ある会社に経営チームで入って、その会社をリヴァンプする、元気にする、というコンセプトでつくりました。最初はファンドも持たずに、お金も持たずに、単純に生身の体で"突入モデル"ということでやっていたんです。実はこの会社、僕と澤田さんがいなくなってからすごくいい会社になりまして、今は200人ぐらいのチームで、日本の会社を元気にしています。
僕はそのあと、"一人リヴァンプ"をすることになります。ローソンの新浪さんという人に、「手伝ってくれ!」って言われて、「はい!リヴァンプでやらせていただきます!」と。しかし、「リヴァンプとしてではなく、玉塚くん個人に来てほしい」と言われ、仲間に相談した結果、一人リヴァンプでローソンに突入することにしました。カリスマ新浪さんからバトンを受けて、7年間ローソンの様々な改革をし、三菱商事にバトンを渡しました。
今はデジタルハーツホールディングスという会社で、非常にニッチな、ソフトウエアの検証事業をやっています。ここにいらっしゃる皆さまもお客さまで、大変お世話になっております。そういう会社を今、リヴァンプしているところです。
私の今日の立ち位置ですが、たまたまユニクロ、ローソンという、トラディショナルサイドの、リアル店舗を持った小売業の代表を務めさせていただいた経験から、どんなふうなことが起こっているのかをお話しします。ユニクロは、専門店の領域の中ではものすごく強い。強い理由というのは、小売業的に言うと、マーチャンダイジングという品揃えが、カジュアルウエアというところにものすごくフォーカスしたことと、出店と販売促進の部分に様々な秘訣があります。
またローソンですが、コンビニエンスストアは日本では6万店、11兆円産業になりました。やはり、リアルの店舗というのはどんどんどんどん減っているんですね。40年前に140万軒くらいあった店舗が、今は70万軒を切っていますから、リアルの店舗は淘汰されているといえます。その一方で、コンビニというのはある意味、街の中でエッセンシャルな存在になりつつあります。それがまた、メルカリさんや楽天さんとコラボレーションしていく。なので、僕は今日は、どちらかというとトラディショナルな角度で貢献できればと思っています。よろしくお願いします。

メルカリが起こした市場の変化

画像:吉松 徹郎氏

吉松:今ちょうど、玉塚さんからお話しいただきましたが、ここにいる皆さんは、色んなカンファレンスで顔を合わす機会はありますが、大企業とベンチャーがこうやって話す機会、しかも経営者だけというのは、あまりありませんでした。
まず、ベンチャー、大企業って言葉、難しいですよね。楽天はどちらかというと、ディスラプト(破壊による変革)する側で、ずっと世の中を変えてきたのが、逆に今、メルカリにディスラプトされているみたいなかたちになってきています。それぞれの視点で語っていただければと思います。
今日はそれぞれの立場の人が揃っていますので、それぞれの視点で自由に話していただければと思います。切り口としては最初に、メルカリが今、市場に起こしている変化はどういうことなのか。さきほどユーザの滞在時間の話がありましたが、そこも含めて小泉さんからお話しいただければと思います。

小泉:私たちは当然、二次流通のマーケットプレイスではあるんですけども、一次流通に対する変化もかなり起こしているなというふうに実感しています。若い人たちを見ると、特に女性中心なんですが、服を買うときにもう、メルカリでいくらで売れるかを意識して一次流通での買い物をしている。実は一番売れているのはユニクロなんですが、なんでかというと、値段が落ちないからです。ほかのファストファッションに比べて耐久性が強い、あとはサイズの安心感、いろんなものを通してユニクロが一番売れています。
もう一つ、最近はハイブランドがすごく売れているんですね。ヨウジヤマモトもめちゃめちゃ売れています。これはなぜかというと、たとえ15万円ぐらいのコートでも、メルカリがあるから、そのあと7万、8万で売れるだろうということです。外車もしくはSUVが車の業界で売れているのは、やっぱり二次流通があるからなんですね。これと同じです。二次流通マーケットは、今までは車と不動産でしかなかったのですが、メルカリが登場したことで、ほぼすべてのもので二次流通のマーケットプレイスができている。これによって一次流通の消費の仕方にも変化が起きているのです。
この前、ストライプインターナショナルの石川さんが、自分たちの商品の値付けが正しかったのかとか、在庫量が正しかったのかといったことが、メルカリを見ればだいたいわかると言ってたんですね。そういうかたちで、非常に一次と二次がシームレスになってきているんじゃないかというふうに思っています。
あとメルカリを使っている人に聞くと、やっぱり承認欲求ですよね。いくらで売れたかということもあるのですが、売れた体験が楽しいみたいで、売りと買いというのを、効率性ではなく、楽しさをベースにやっているというのも、消費者の大きな変化なんじゃないかと思っています。

費者の意識の変化

吉松:二次流通が出たときに、消費(一次流通)が弱くなるみたいな議論も少しあったと思うのですが、それは実際どうなのですか。

小泉:この前、慶応義塾大学の先生が調べてくれて、リサーチとったら、買わなくなった人もいるんですが、新しく買うという人のほうが実は高かったんです。これはやっぱり、クローゼットが空かないと新しいものは買わないということであるとか、もしくはさきほども言ったように二次流通で売れればいいからねと、一次流通で買うハードルが下がっているということで、実際にデータを見ると、新しく買う人が多いんですよね。あとは、メルカリで売るとお金が入ってくるので、それがまた新しく買う原資になると。こういうことを含めると、二次流通があるから売れなくなったわけではなくて、消費の変化が起きているのです。
また、勝ち負けがさらにつきやすくなったと思っています。さきほどのファッションで言うと、ミドルレンジのブランドが結構しんどい感じになってきて、ハイブランドやユニクロみたいなものが売れている。車と同じような構図ですね。外車と軽自動車が売れていて真ん中が売れないみたいな。こういう構造が、小さい金額のものでさえ結構起き始めたなと思ってます。

北川:小泉さんにちょっと聞いてみたかったんですけど、マクロ視点で、消費者のサイドで見たときに、ウォレットサイズって、もう決まってるわけじゃないですか。300万円の収入があったら、いくら分を買い物に使って、というところで。それがメルカリができたことで、何かが増えたのか、それともそれは変わらずにやっぱり食い合ってるのか、どんな感じなんですか。

小泉:増えてる感覚はあるんですよね。もしくは増やそうとするユーザーは結構多くいて、やっぱり今のユーザーを見ていると、ものを持っていることにあまり意味を感じていないですよね。利用することに意味がある。要は、データを見ると、今の日本の家では7割ぐらいのものが非稼働だといわれているんです。皆さんの家の中でも7割、下手したらここにいらっしゃる方だと8割ぐらい非稼働だと思うんです。例えば僕がキャンプ用品をいつまでも持ってる必要はないじゃないですか。本当は使いたいときに使えばいい。これが、今までは持たなきゃいけなかったのが、メルカリとかいろんなサービスで、利用するときだけ使えばいいということになった。また違う消費の仕方が出てきていると思います。

玉塚:リヴァンプでもローソンでも、優秀なヤツはどんどんメルカリに行くんですよね(笑)。なんでだろうと思って、自分も使ったりしました。やってみてわかるのは、どれくらいの価格であれば消費者は買うのかといったことがわかったり、最終的にメルカリでキャッシュ化するということで、ものを大切に使うことができるということです。これは小売全体に言えることだと思いますが、間違いなくいろんなところで淘汰が起こっていますよね。小泉さんのところの二次流通で収集した、価値があるものは何なのかといったデータは、一次流通ではものすごく知りたいし、逆に言うと、二次流通で価値がつかないようなものを一次流通でつくり続けても、それは淘汰されると思うんですよ。そういう意味でのいろんな選択みたいなものが起きていくプロセスの中で、二次流通が生まれてきているのは、いろんな意味でものすごくインパクトがあると思います。
あとは、プラットフォームとして、仕組みとしてものすごく優れている。先日、感動したのは、日本郵便さんとか携帯のドコモさんとかで、ものすごい数のシニアの方々が必死になってそれを勉強しているんですね。メルカリさんもやってますよね。

小泉:やってますね。

玉塚:今までは、日本は高齢社会だから、シニア層とデジタルの領域、メルカリの領域みたいなものは二分化して、二層化のような単純な思考で考えがちだったんだけど、必ずしもそうではなくて、シニアの方々もものすごくメルカリみたいなものに反応して、使い出していく。そうなると日本の市場が、単なる高齢だとかいう線引きじゃなくて、大きく変革して変わりつつあるということじゃないかと思います。

小泉:そうですね。かなり今、シニアは伸びていまして、結構、メディアの終活の分野でのせていただいたりしています。シニアの方はやっぱりものをたくさん持っていて、これを現金化する。そのお金で旅行に行くなど体験のほうに使うために現金化するという思いが強くて、「モノからコトへ」みたいなところが、実はシニアでもかなり起きているんじゃないかなと感じています。

さまざまなデータの活用

小泉:あと、ぜんぜん別な話ですが、データの話をさせていただくと、僕らはメルペイというモバイルペイメントをスタートしたのですが、このパートナーの方々とは、いずれはデータの共有をしようかなと思っています。個人情報をケアしたうえでではあるんですけど、二次流通のデータを一次流通の方々にお返しすることによって、相互にビジネスができないかというのは考えています。

吉松:同じデータという意味では、楽天さんも、楽天市場のデータも持っていながら、楽天カード、楽天ペイなどの楽天市場以外の決済データも持っています。それはどういうふうに活かしていこうと思っているんですか?

北川:すでに楽天データマーケティングというJVで、電通さんと一緒にいろいろやらせていただいているんですが、基本的な方向性としては、メーカーさん、ブランドさんが、今後何をつくっていけばいいのかとか、どういうふうにブランディングしていけばいいのかといったところを、お手伝いできると思います。アリババがすでにそういう活動をやっていますけど、一緒に商品をつくるということも、今後あるんじゃないかと思います。
逆に、二次流通のデータを、メーカーさんとかブランドさんが持ったところで、そこから利益を上げるビジネスモデルには、どういうふうにしていくんでしょうか?

小泉:利益を上げるというか、たぶん商品開発の参考とか、在庫量だと思いますね。例えば、メルカリがなぜ面白いかというと、楽天さんとかアマゾンさんでは、その時の新品しか売ってないのが、メルカリだと、2年前、3年前、4年前みたいな、結構古い商品も出ているんです。新品よりも、3年前のあのモノグラムのほうがかっこよかったよね、みたいな方はいっぱいいます。あとは今年のトレンドの色じゃないものがすごく売れていたりする。
実は、消費者の本当にほしいものの情報は二次流通のほうに出ている可能性があります。一次流通は、ある意味、サプライヤーサイドのエゴを押し付けているだけであって、二次流通のほうが本当は正しかったりするわけです。こういうデータを出していくことによって、一次流通の商品企画などがだいぶ変わってきているんじゃないかという気がしています。

北川:まさに普段吉松さんのおっしゃるところで、今はメーカーさん、ブランドさんがメーカーブランドの壁を超えてお客様のデータを見られない状況もあるので、どの軸でお客様がものを求めているのかとか、比較しているのかっていうのは若干見えづらいんですよね。カタログといわれる、これは結構メンテナンスが大変なんですけど、メーカー、ブランドを超えた商品情報をきちっと整備したうえで、そのブランドを比較するということをやれるところがほとんどない。大きなECカンパニーぐらいしかこれを実現できない状況ではないかと思うのですが、そういったデータが出てくると、おっしゃるように、こんな軸でお客さんは買っていたんだと思うことはよくありますね。

淘汰が進む小売業

吉松:今のお話の中では、お二方ともダイレクトにユーザーに届ける話をされていました。おっしゃるように、消費者側の傾向とか活動が変わっているというのはあると思いますが、小売という"大きく入れて小分けして売る"小売"業"があると思います。コンビニはその中でリアルな店舗基盤をベースに発展してきたと思うのですが、今のようなユーザーの変化がある中で、小売業という業態はどうなっていくんですか。

玉塚:強烈に淘汰されていくのでしょうね。やはり、アメリカや中国に行くと、5年ぐらい先をいっている感じが僕はします。マンハッタンの街をジョギングしていても、あそこにあったGAPがなくなったとか、目まぐるしく変わっていく。ショッピングモールに行っても、本当にガラガラで穴空きだらけじゃないですか。日本はまだそのレベルではないですが。
すごく難しいのが、さっきの話のように、今まで一次流通はお客さまに対してプッシュしてきました。雑誌もそうだしテレビもそうだし、「これはどう?これはどう?」ってやってきて、プロモーションもやってきた。ところが今度は二次データが出てきて、二次流通の中で、お客さまが本当にほしいものってどうなの?みたいなものがわかってきたと。また、AIが賢くなって、今まで以上に絞り込みができて、本当にリアルなニーズのあるものが明確になってきた。そうすると、消費者の方々ってマスメディアからの情報ではなかなか動かなくなる。特に女性などは、インスタとかSNSの中で、「あの人が」「この人が」というふうに購買行動が決まってくるんですね。すると、日常品のように差別化が難しい領域の、比較的大きな店舗の運営はやはり難しいですよね。
だから、僕はコンビニの時逆に、できたてのおにぎりだとか、できたてのお弁当だとか、その手触りだとか、それからその地域に近いところでのネイバーフードストアだとか、ものすごく特徴的なことをやりました。あるいはユニクロの場合は、そこをガチャッと割り切って、カジュアルウエア、それもベーシックで余計なデザインなし。全部、部品としての高性能の服にひたすら絞り込み、200品番ぐらいにしました。今はだいぶ女性物も増えて、500品番ぐらいになっているかもしれませんが、それでもマーチャンダイジングで絞り込んで、わかりやすいシンプルプライスとか、相当の特徴がないと難しいですよね。
今、日本全体で70万店くらいのリアルな店舗がありますが、ドラッグストアにしても、調剤薬局にしても、スーパーマーケットにしても、そんなにいらないですよね。メルカリさんや楽天さんで起きている現象等のさまざまなデータから、どういう業態にどのように集約されるのか、これからの5年、10年ぐらいで一気に変わってくると思います。もうそのきざしが、アメリカや中国に行けば肌で感じます。

吉松:玉塚さん、リアルなお店がなくなったときに、そのリアルのスペースに、今度は何が入ってくるのでしょうか?

玉塚:僕は完全にはなくならないと思いますよ。ここで間違えてはいけないのは、僕らはこういう話をするときに、すぐに渋谷や銀座を思い浮かべたりしますが、日本ってやっぱり広くて、地方に行くと本当に高齢化が進んでいます。例えばローソンを閉店しようとしても、老人の方から「頼むからローソンを閉めないでくれ」という手紙が来たりします。やっぱりある程度リアルな店のアクセスは必要です。特に、食べものはどこまでeコマースになるのか、僕は結構、難しいかもしれないと思っています。アマゾンさんもホールフーズを買ったり、いろんなフードの領域をやってたり、ウーバーイーツがあったり、いろいろありますけど、ある程度はリアルなお店も必要なんですよね。ただ、相当の存在感がないと。
やはり、一番の問題は家賃ですよね。僕もつくづく思います。いつかは地主になりたいなと(笑)。50坪の面積を借りて、月に100万円払って、蕎麦屋でも洋服屋さんでもなんでもいいんだけど、そこでどれだけ特徴を出して、粗利を稼いで、人件費が上昇する中で、きちんと収益が上がるリアルな店をやっていくためには、当然、相当な特徴がないときついですよね。小泉さん、やりたい?リアルなお店。

小泉:いやですね(笑)。例えば今、デパートの経営を任されたら、頭抱えますね。

吉松:それこそ銀座のデパートにある大きなファストファッションの店舗が出たらそのあとどうするんだろうと思いますよね。

小泉:逆に言うと、僕らは個人間のマッチングしかやってないので、そもそも在庫を持ってないわけです。例えばメルカリでも野菜が結構売れてるんですよ。なぜ売れてるかというと、これまではイオンさんとかイトーヨーカドーさんのように、いわゆる資本主義的なアプローチで品質を保証するような経済的な活動だったと思うのですが、メルカリは今、取引をすると相互に評価をしてしまうんですね。互助的なマーケットプレイスができていて、例えば僕の評価が数百ついたりすると、そういう数百ついた人から野菜を買うのは怖くないんです。この人は善人だというエビデンスが残っているからですね。そうすると、これまで資本主義的なものがサポートしていたのが、それを無視して、ダイレクトに安心感のあるマーケットプレイスができるということになる。そういうことで言うと、小売業というか、流通の仕組みがダイレクトに変わってくるというのは、メルカリを見ていると、かなり起きてくるんじゃないかという気はしていますね。

オフラインデータの価値

吉松:今、データの話がありましたけど、小売業のほうからすると、"自分たちの店で売れているものには価値があるんだ"という思いはあるんですが、実際に価値化(自社活用は除く)されて他社が高く購入している例とかあまり見たことがありません。そのオフラインのデータというのは、誰にとってどういう価値があるんでしょうか。本当にそれはこれから価値化されていくんでしょうか。あるいはオフラインのデータだけでは価値がつかないから、オンラインのデータと連携しなければいけないのか。そこらへんはどのように考えられますか。

北川:一つ、僕がどうなのかなあと思って考えていたのが、小売のアンバンドリングです。今のネットのサーチモデルの問題は、アンバンドリングで考えることがよくあるんですが、小売というものを、集客と、商品選定と、流通と、というふうに分けたときに、オフラインのことを考えると、やっぱりアンバンドリングはしやすくなるんじゃないかというのが、僕のコンセプトですね。基本的に集客というものが、今までリアルに売っていた場合は、どうしても半径何km以内というかたちで限られていたと思うんですね。それが、ネットに乗り出すことによって、明らかな集客力を持つことができると。その最たる例が、ジオデータを使ったデータマーキングだとかです。また、オフラインで買われるものなどのデータがわかることによって、在庫マネジメントだとか、商品企画だとか、棚割りの考え方、もしくはデジタルスペース、デジタルサイネージみたいなものを最適化できるようになるというような世界観がくるんじゃないかと思います。
だから、僕の視点としては、ネットとデータがつながったら、オフラインの体験というものがどういうふうにアンバンドリングできて、できない部分の体験をいかに、どういうふうに残していくのか、ということを考えています。

玉塚:オフラインの商売をしていく以上はオフラインのデータがやっぱり絶対必要なんですね。例えばおにぎりがどれぐらい売れていて、気温がどれぐらい上がるとこっちの商品が売れ出すとか、西ではこれが売れて東ではこれが売れるとか。また、最近、年齢や職業、家族構成などの属性別にこういう商品が売れ出したといって、微妙に品揃えを変えていく。これをマーチャンダイジングと言いますが、それをやりながらお客さまの価値を取り込むということは必要なんです。
でも、結局、データ、データ、データ。理想的にはオフラインのデータにオンラインのデータ、特にメルカリさんのデータとかを掛け算する。ここですごく大事なのは、全部並べる小売業は淘汰されるということです。ごめんなさい。GMS(総合スーパー)のような商売をされている方がいたら、ほんとに申し訳ないです。でも、キーワードが「絞り込み」だとすると、これはやはり人なんですね。人がやはり意志を持ってやる。例えばメルカリさんや楽天さんのデータから見られるダイナミックな動きと、オフラインのデータを掛け算したときに、ここの領域にこういった品揃えのものを、こういう空間で、こういうブランディングをすれば、勝てるかもしれないっていう仮説は、やはり人間にしかできない。商売人にしかできません。だから、商売人やリーダーに求められているのは、データや非データ、いろんなものを掛け算した中で、こういうふうな商売で絞り込んで、特徴のあるものが勝てるという仮説をたて、それを検証するための実行力だと思います。

吉松:AIでなんとかならないんですか。

北川:頑張ります。

楽天、メルカリにニューリテールはあるか?

北川:逆に吉松さんはオフラインで、その辺の利用価値などはどう思われます?

吉松:さっきのGAPの話じゃないですが、原宿の駅前のGAPが今年の12月(※2020年1月オープン)に、全館アットコスメストアになるんですね。実際の事業計画や数字を見ていて、普通のアパレルは賃貸コストをもう払えないなというのはつくづく感じます。

玉塚:それはすごく勇気ある意思決定だと思います。僕はその話を聞いたときに、あ、時代が変わったんだと。あのGAPですよ。あのフラッグシップが、あそこがアットコスメストアに!全フロアですもんね。

吉松:全フロア。一棟借りです。

玉塚:月3,000万ぐらいですか。

吉松:それじゃ済まないです(笑)。

北川:GAPができなくて、アットコスメストアができた理由は?

吉松:やっぱりそれはオンラインとオフラインあわせて、ブランド側の価値をどうつくれるかを考えているからだと思います。先ほど北川さんがお話しされたようにオフラインのデータとオンラインのデータと掛け算するってやつですね。楽天さんやアマゾンさんは、ECでの活動結果のデータをリアルタイムにフィードバックしています。ところがリアルの店舗は、実際に販売データをフィードバックしてるかというと、マーケティングや販促活動などにすぐアクションできるデータとしてフィードバックできていません。実際に店頭で商品を見た人が、ECでどれくらい購入しているのかとか、オンラインにオフラインを合わせたデータをフィードバックする仕組みができたらいいだろうなという仮説のもとに進めています。

玉塚:そのときにね、吉松さん。それは個店でもちゃんと利益を出そうとしているのか。よくショールームをつくるとか、フラッグシップとか、ブランディングの象徴だみたいなこととか、オフラインとオンラインの融合とか、あるけれども、小売業としては、これがいくつも出ていくと、あっという間に収入が得られなくなる。フラッグシップって、意外にインパクトが大きいんですね。その辺はどういうふうな算段なんですか。

吉松:個店として黒字化させます。黒字の店であることは、店舗で働く人にとって大事なモチベーションですから。絶対に黒字化させます。逆にそういったニューリテール(新小売)という意味では、楽天さんやメルカリさんは出ないんですか。今、アリババなどはニューリテールという言葉に出ていますが。

小泉:うちは全体にやらないでしょうね。闘い方が違い過ぎて検討もつきません。

北川:弊社は今、モバイルなどもありますので・・・(オンラインに加えて)オフラインというものもありうるのかなというのは考えています。

意思決定のあり方

吉松:オフラインはやらないということですが、今回、サッカーチーム(※メルカリが鹿島アントラーズに資本参加)というオフラインをやりますね。せっかくなので、市場を変革しようとする会社の中の体制や、意志決定のプロセスがどうなっているのかという話をちょっとだけできたらなあと。メルカリさんは、ここ数年で、圧倒的に市場を書き変えてきて、しかも今回はサッカーチームを買ったり。既存の会社の人たち、ここにいる経済同友会の経営者たちも、何が起きていて、どうしてスピード感が出ているのかというのは気になっていると思うのですが。

小泉:ビジネスは、普通の会社は1年単位で回しますね。でも、僕らは3カ月単位です。だいたい3カ月単位での意思決定をワンサイクルとしていて、その中で情報の流動性というか、流通をどう高めるかことを意識しながら、基本的には現場で起きていることは全部僕らに、意識せずともフィードバックされるように、チャットツールを使ってなっています。中長期の話は3カ月の中で何回かやる感じなので、高速に将来のことを検討しているというのは結構大きいかとは思います。

吉松:楽天さんはどうですか。強力なリーダーシップで引っ張っているのか、同じような感じなのか。

北川:ご想像通りのリーダーシップではあるんですけど、弊社は100事業以上あり、国も何カ国にもわたっていますので、グループ全体を一気に押し進めるような方向性というものは、やはり三木谷のほうでリードすることが多いです。ただ、僕らのポイントとしては、いかに三木谷が意思決定しやすいように新しいタネを準備するのか、というのがだいぶあります。特に僕はAIほか諸々のものに責任を負っていますので、この辺の景色というのは、経営者からは見えづらいところがあるんですね。なので、僕のほうでかなり練って、世界の超一流といわれる人たちをしっかりと集めて、そういう情報を日々、経営陣に入れることによって、いざというときに大きな意思決定ができるように準備をしている感じです。

吉松:今日はベンチャーのメンバーが多いので、大企業側がどういう意思決定をしているのか、僕たちはぜんぜんわからないのですが。

玉塚:僕はたまたま大企業の経験もありますし、ベンチャーチックなところもあります。今はラクスルやヤマハ発動機の社外取締役もやっていて、このアナロジーはすごく面白い。どっちが良い悪いは別として、新しい会社というのは、やっていることもどんどん急成長していますし、変化も激しいから、スピードを上げていかないといけない。どんどん意思決定してPDCAを回していかないと追いつかないですよね。とにかくスピード。あと、メルカリさんなどもそうだと思いますけど、いろんな会社からバッググラウンドの違う人材がたくさん来るから、組織が動物園状態になっちゃう。

小泉:そうですね。

玉塚:社歴が短い分、即戦力でやらなきゃいけないので、必然的にチームメンバーが多様化するんですね。その辺の要素があって、多面的な情報が入ってきて、結局スピードが上がっているし、どんどん意思決定していく。やっぱり、経営チームが多面的であるということは、むちゃくちゃ大事だと思います。同じようなタイプの人間だけだと、同じような人付き合いで、同じようなソースからしか情報が入ってこないので、ほんとに動物園みたいな感じで情報が入ってくるというのは大事だと思います。

ラグビー型とアメフト型

玉塚:一つだけ、ごめんなさい。ラグビーワールドカップの前だし、僕がラグビーをやっていたので......。やっぱり今求められる経営ってラグビー型だと思うんです。アメリカンフットボールとラグビー、「同じでしょ」とおっしゃる方もいるんですけど、ぜんぜん違うんです。アメリカンフットボールはヘッドコーチという人がラインぎわにいて、ワンプレー、ワンプレー止まって、このヘッドコーチがマイクを持って全部指示して一糸乱れずやる。野球もわりとそういうところがありますね。一方ラグビーは、ヘッドコーチはいるのですが、一度ゲームが始まったら、現場にいるキャプテンが全部臨機応変に意思決定しなきゃいけない。スピードとか、現場の状況を踏まえた意思決定のサイクルとかっていうのは、やっぱりラグビー型じゃないと、これからは難しいんじゃないかと思います。

北川:そういう意味では僕らは、誰がどの意思決定が得意かということをだいぶ意識しています。トップの三木谷が何の意思決定が得意なのかは長くいるとわかってきます。だから、そういった意思決定は委ねる一方、細かい執行に関する意思決定は、できるだけ現場で済ませようとします。だから、無駄な情報を入れず、無駄な意思決定もなくして、三木谷に持っていったとしても、「やっておいてよ」ときっと任されるだろうなということは、現場で済ませる。とにかく忙しい人なので、無駄な時間は省いて、インパクトの大きな意思決定ができるように、ということを意識して、僕らは仕事をしています。

玉塚:それは大切ですよね。特に偉大な創業経営者と一緒に仕事をしていくときにはね(笑)。僕はユニクロにいた当時、その辺のワザも何もなかったんで、俺が社長だと、肩肘はって、よく柳井さんと対立してました。今思えばそんなのまったく必要ないのに。柳井さんの場合は、すごく小さいことも気になる方だった。例えばチラシの"390円"の、"9"のフォントサイズとかね。そこも全部理解しながら、「どうぞ、チラシ確認お願いします」と言いながら、そうじゃないところを巻き取って、例えばシステムなど、いくらでもやることがあるわけだから、その辺をしっかりやっていく。小泉さんもだんだんカリスマ化しているから、チームの皆さんにその辺をわかりやすく、お伝えしていったらいいと思います。

小泉:サッカー見ててください。アントラーズ見ててくださいってことですね(笑)。

吉松:そうか。僕はアメフトやってたんで、ラグビー勉強させてもらいます(笑)。

玉塚:すみません(笑)。

小売・流通の未来を変えるために

吉松:もう時間なので、質問に入る前に、多様性が必要だという話もありましたが、これから小売・流通の未来を変えていくために必要な人材、こういう人に入ってほしいんだというのがあればお聞きしたい。何かあれば。

玉塚:難しいところなのが、小売業ってやはり今は人手不足ですからね。コンビニの24時間問題などもありますが、これって本当にクリティカルな問題で、店を維持できない状態になっています。ただそれがすごい大きな力となって、例えばものすごい勢いで無人店舗ができていったり、機械化が進んでいったりと、生産性を上げるための取り組みが進んでいくでしょう。けれども、結論から言うと、もっと新陳代謝を激しくしていく必要がある。結構、経済同友会的ですが、体質などいろいろなことのセーフティネットとかも集約して、ある種の淘汰も起きながら、生産性を上げていくことをしないと、楽天さんやメルカリさんのようなペイは払えないですね。そういった問題もあります。多様な、優れたリーダーシップがほしいけど、そういう人たちが本当に来れるのか。来れるような場をつくるためにも、大きな局面ですから、そういったこともいろんなかたちでやっていかないといけないと思います。

吉松:北川さん、何かありますか。

北川:"締まった感"がありますね(笑)。

吉松:ということで、最後に皆さんに一言もらうことにして、ちょうど時間になりました。会場の皆さんから、質問のある方、どうぞ、お願いします。

質問者1:コミュニケーションや承認欲求のような話が出てきたと思います。人って、人からものを買うようになっているのか、ものを買っているのか、結構、境目が曖昧になってきていると思うのですが、その辺りの感覚としてどういうかたちなのかうかがいたいと思います。

小泉:メルカリを経営していると、圧倒的に人から買っている、というかストーリーを買っている感じです。なので、その商品の裏側にある、人だったり、プロダクトのできる背景にあるストーリーみたいなものを買って納得している。納得するポイントが、今までとは違うのではないか。今までだと、プライスとか機能だったと思うんですが、今の人たちはあまりそこは気にしていない気はしています。どちらかというと、ストーリーが自分のライフスタイルに合っているかとか、価値観に合っているかとか、そっち側で反応していると思います。

玉塚:僕は圧倒的に動画だと思います。5Gとかが進展すれば、社内のコミュニケーションも、15秒動画とか、30秒動画とか、動画のほうがささるし、実際に動画でのプレゼンテーションがうまい人が、1日何十億も売るような事例が中国などで出てきています。お店を運営している人は、「店には感動があるんです」とか、「このリアルな体験がいいんです」とか、この動画体験に勝つリアルをつくらないといけない。だから、動画とか画像とかがキーになってきて、それを頻繁にかつ高いレベルでできたりすることがすごく重要になってくると思います。

北川:僕が最近気づいたのは、WeChatで、最近、グループチャットでサポートするっていうのが中国でははやっていて、それは100人までと決めているんです。カンパニーがサポートするんですが、少ない人数でサポートしてものを売るというのが出てきている。

吉松:ほかにありますか?

質問者2:動画の会社をやっています。よく動画とコマースみたいな相談を受けるんですけど、中国はその中で、ライブコマースがめちゃくちゃ盛り上がっていると感じるのですが、日本はいまいち、メルカリさんも含めて、あまりきてる感じはしないという印象を持っています。で、小泉さん、さきほどストーリーを買うというような話があったのですが、日本において、動画ってどうやったら貢献できると思いますか?教えてください。

小泉:ただの動画だと、ユーザーからすると、時間を搾取されているだけかなという気がしています。メルカリのライブコマースはずっとライブで流せたのですが、5分とか、3分とか、制限してしまったほうが人間のクリエイティビティが上がるので、ライブじゃなくていいから、動画にして短尺にして、それをAIを使って、グルグル回すように、メディアっぽくしなきゃダメだったのかなって、これは個人の仮説ではありますが反省してます。ただ、それは僕らにとっては優先順位が下なので今は一旦閉じましたが、いずれくるかなって気はしています。あと、単純に、うちで動画で売ってた子が1カ月に1,000万以上売ったりしていたので、売ってる子は売ってた。なので、ちょっと早過ぎたというか、やり方を変えてやれば何かある気がしています。

質問者2:来月、提案に行きます(笑)。

吉松:ほかにもあますか?せっかくなので、経済同友会側からも質問があるといいと思います。

質問者3:小売とか、製造の領域というのは、グローバルの戦いがあると思います。それぞれ、皆さん、グローバルから少し引いているところだとか、これからガンガンいくとか、または、ユニクロというのはもうすぐ50%海外になるように、その辺、海外に対してこれから、どうしていくのか。皆さんそれぞれモードが違うので、一言ずつお願いします。

吉松:グローバルについてはぜひ聞きたかったんです。どこで振ろうかと思いながら時間がきちゃった。いい振りがきたのでぜひ。

北川:弊社としては、絶対にグローバルで勝つという覚悟を持って経営をやっております。さきほどの"もの"か"人"か、という話は非常に面白いと思っていまして、われわれは圧倒的にブランドで押していこうと思っています。FCバルセロナにしろ(NBAの)ウォリアーズにしろ、弊社はメンバーシップというブランディングになろうという戦いをしていますね。もしかしたら新手の財閥に近いのかもしれないですけども。基本的にビジネスモデルとしては、いわゆるキャッシュバックといわれるかたちで、どんなサービスを使っても、われわれのプラットフォームにいれば、お得になるよと、いうところのプロモーションバリューをベースにしながら、いかにメンバーシップのブランドを取りにいくか、というのをやっていきます。それで、グローバルでうまくいくやり方を、日本でなんとか見つけていく。いくつか弊社もやっていますので、見つけたうえでやっていくという展開を今、考えています。

吉松:最近、アメリカでカード事業を始めたり、アジアで金融を始めたりしているのも、メンバーシップのサービスとしての判断ですか。

北川:おっしゃる通りです。某社さんも含めて、eコマースだけで戦おうというプレイヤーはほとんどいなくなっているので、まさにスクラムですね。スクラムを組んで、グループ全体で戦いにいくということをしないといけないのは目に見えて明らかなので、そこでメンバーシップという切り口でいくときに、ほかのメンバーシップ企業と違うかたちで、どうやって戦っていけるのかというのを考えています。もう一つ、タレントとしては当然、インドでチームを100人単位でつくって、しっかりAIグループをつくって、というかたちでやっています。

小泉:僕らは今、アメリカでやっているのですが、今、アメリカの流通は、日本より0(まる)1個小さいぐらいです。年率70%伸びていて、競合他社もだいぶなくなっていて、残りあと1社ぐらいまでになっています。アメリカのユーザーの動きは基本的に日本のユーザーに近くて、基本的に20〜30代の女性がアパレルの売買をしています。たぶん世界中でものが余っているとか、スマートフォンの普及が上がっているとか、だいたい同じような構造が起きていて、ヨーロッパに行っても同じような流れがあるだろうなと思っています。基本的には日本のやり方です。ユーザーはぜんぜん違うので、現地にローカルしたかたちで届けていくんですが、裏側のテクノロジー、AIなどは全部同じものを使いながら、表現だけはアメリカにしています。例えばアメリカのメルカリのUIは青です。もっといろいろな人種の人が使っていて気にならない感じになっているのですが、その辺は変えながら、基本的には同じことをやっていきます。今、日本でさえ40カ国ぐらいのメンバーが来ていて、エンジニアは30%以上外人なので、ひたすら英語化みたいにやっていて、中からグローバリゼーションをしていこうというのを考えていますね。

玉塚:小売業の世界でもグローバル化は絶対やっていかないといけないですね。ただ、僕の仮説で言うと、生活密着度が高ければ高いほど、グローバル展開ってすごく難しいと思っていまして、スーパーやコンビニもそうですが、逆もしかりで、ウォルマートやテスコがいくら入ってきてもなかなか成功できないですよね。ローソンのときなども海外展開を一生懸命やったし、今も、これからもやっていきますけども、たぶん、マーチャンダイジングの7割とか8割をローカリゼーションしないと、勝てないですよね。僕がいたユニクロは、生活の密着度は高いんです。それでも海外でなぜうまくいったかというと、歯をくいしばって韓国、中国で、ちゃんと収益が出るような構造を作れた。欧米はずっと苦労してたんですが、積み重ねの中で、人材もどんどん整ってきて、欧米でも収益の出るような仕組みが今、できつつあると思います。ユニクロの場合のマーチャンダイジングは、当然、サイズや色はローカリゼーションしないといけないですが、基本的なデニムとか、オックスフォードシャツとかは、7割ぐらいは通用するんですよね。たぶん、グローバルはやらなきゃいけないんですが、するときに、どれくらいのローカリゼーションが必要なのか。小泉さんのところなども、僕はよくわからないけれども、たぶんライフスタイルはすごく違うと思うんですね。その細かい調整を、どういうチームフォーメーションで、どういうかたちでやるのかというようなことを考えないとうまくいかないと思います。

小泉:うちは日本とまったく同じものを持っていって、ある程度やって、これ以上はうまくいかないなと思った時点で全部変えましたね。

北川:小泉さんに聞きたかったのですが。ウォルマートがとっている戦略って、各国で、ひたすら買収とパートナーシップを繰り返しているんですね。インドだったらフリップカートの買収、中国だったらJDとの協業でやっていて、日本の企業は、僕らだけじゃなくて、日本の企業全体として、パートナーシップをもっと考えるべきなのか。キャッシュリッチな会社が多いですから。それとも、メルカリさんがやっているみたいに、グローバルプラットフォームをつくっていくべきなのか。その辺のご意見は?

小泉:最初は自分たちでやります。それでこなれてきて、わかってきてはじめてM&Aとか。逆に言うと、わかってくるからM&Aで買うときの勘所がわかるみたいなことです。自分たちが汗をかかなくて、M&Aは成功しないと僕は結構思っています。楽天さんのM&Aの成功事例は、社内で絶対1回やってるんですよね。で、自分たちで感覚がわかってM&Aをやっているんです。僕らはやってみてだいぶわかってきたので、このあとM&Aしようと思えば、その勘所はわかるだろうと思います。
何が買いたいか?(笑)。USはそんなこんなで残り1社ぐらいで、2社なので、逆に、うまくサバイバーしてきているという気がしています。でも、マネジメントチーム含めてもう全部向こうのメンバーなので、日本人はほぼゼロですね。どんどんどんどんローカル化を進めている感じです。

北川:うちも結果、そうなりました。

吉松:日本人は一人もいない感じですか?

北川:一人もではないですが。初めはだいぶ送ったのですが、結果少なくなりました。

吉松:ほかに何かありますか。

質問者4:最初に北川さんから、AIがものを選択する時代になったというお話がありましたが、メーカーにとっては衝撃的な話です。そういう時代において、ものづくりのクリエイティブの基点というのは、どういったところになるのか。ぜひ聞かせていただきたい。

北川:非常に難しい質問です。ありきたりのお答えをすると、お客さまが何を求めているのかを深く理解するということが大事なのですが、今はそれでもまったく足りていないと思うのが、お客さまのセグメントごとに理解することです。ここがまったくできていないというのが正直な印象です。というのも、やっぱり収入や家族構成が、どういう状況にある人が、どういうふうにシャンプーだとかの商品を使うのか、ぜんぜん違うわけじゃないですか。けれども総務省の出しているほとんどのデータは、マーケットの側から見たもの、インダストリー側から見たもので、GDPの8%が外食に使われているとか、そういうものしか出てこないのです。ですから、今後は消費者の世帯側から見たデータが基点になるというのが、潮流だろうなとは思います。

小泉:僕は、去年、結構びっくりしたデータがあります。これは吉松さんと関係するんですけど、去年か一昨年、メルカリの中でコスメの消費額がアパレルを抜いたんです。アパレルを抜くって結構衝撃的で、なんでだろうと思いました。それで、消費者が言っていたのは、基本的にソーシャルメディアを使う場合に、コスメで自分なりに表現したほうが、自分を表現でき、そして盛れるからなんです。服は、盛るうえではコスパが悪いんです。今年のトレンドというと皆同じかっこうをしている。そういう意味では、メルカリでも、服は一度着たら売りまくっている人がたくさんいます。消費者ニーズが本当に多様化している中で、コスメみたいに盛れるかどうか、自分なりにどうなのかというところで言うと、メーカー側、つくり手側の基点で、1個のもので全部押し止めようみたいなことは、難しくなってくるんじゃないかという気はしています。逆に言うと、商品をどう多様化させるか。効率性とは真逆にいくので、そこは難しいと思いながら、メルカリというプラットフォームが、多様性を表現しまくっているのを見ていると、ものづくりが難しくなっているのを感じます。答えはないのですが、そういうことを、見ていて思っています。

吉松:せっかく化粧品の話が出たので。化粧品というと、皆さん化粧水などスキンケアをイメージすると思うのですが。20年間やっていて、最初の10年間は、ベストコスメはスキンケア中心だったのが、でも、この10年間で完全にメイク関連の商品がベストコスメになりました。これはメーカーさんもびっくりしています。明らかにインスタとかの影響かなと。価格が安くて、短期間で変えられるのはメイクです。そういう商品ボリュームも、明らかにデータとして変わってきていると思います。

玉塚:そんな単純じゃないよと関係者の方には怒られるかもしれませんが、でもやっぱり最終的には商品力もすごく重要だと思いませんか。いろんな開発をして、投資をして、良い商品をつくっていく。最終的には商品。その売られ方、さばかれ方は、ダイナミックに変わりつつある。でもメーカーが単純にオンラインストアやったからって話でもないじゃないですか。小泉さんのところとか、楽天さんのデータはすごく貴重なので、その辺とコラボレーションして商品開発に生かすことが大事だと思います。当然すでにやられてますけど。

吉松:最後、30秒だけ皆さんからもらって、大企業からベンチャーに期待すること、逆に、ベンチャー側から大企業に期待することというのを、一言だけ言って終わりたいと思います。

玉塚:僕は、大企業とかベンチャーとか、言ってる場合じゃないと思います。

吉松:それを言ったら終わっちゃう(笑)。

玉塚:だからこういう会はすごくいいと思うんです。あまり、Aチーム、Bチームみたいな話ではなくて、大企業は大企業でいろんな意味でのリソースだとか、データとか特許とか、ベンチャーから見たら喉から手が出るほどほしいようなものをたくさん持っています。また、ベンチャーにはスピード感などがあるので、線なく、いろんなかたちで取り組むということが重要だと私は思います。

小泉:僕は、テクノロジーの観点で言うと、これからリアルの世界がガラッと変わると思うんですね。なぜ僕が鹿島アントラーズを買収したのかというと、いろんな理由があるのですが、その中の一つに、地域の課題をテクノロジーで解決できる時代がやっときたなと思っているんです。その中でサッカーチームがあるとなると、地域の合意を得やすいというか、例えばスマートシティは普通にやったら難しいのですが、鹿島アントラーズがあるだけで、スマートシティ化は一気にしやすくなるんですね。だから、鹿島地域はこれからテクノロジーで変えて行きましょうと市長さんとも話しています。

北川:まだまだ楽天は、いちベンチャーとして頑張っていきます(笑)。
僕が最近やっぱり危惧しているのは、何よりも日本の人口減少です。2100年に向けて、全世界の人口が110億人で高止まりし、それ以降はGDPは右肩下がりに、世界的になっていきます。そういう中において、やっぱり量だけじゃなくて質で戦っていくビジネスというものを、これから展開しないといけない。その中で、僕らがやろうとしているテクノロジーによるイノベーションみたいなことは、本当にキモになってきます。そうでないと、やっぱりパイを奪い合うことになるので戦争が起こるなと、本気で危惧しています。それをここにいる皆さんで、なんとか解決していけたら、世界を救えるのではないか思っていますので、ぜひ、頑張っていきたいと思います。

吉松:ということで、小売と流通の未来ということで、この時間、ここにたくさん集まっていただき、どうもありがとうございました。では、登壇者の皆さんに拍手をお願いいたします。(拍手)どうもありがとうございました。

画像:分科会2-A「小売・流通の未来」 セッション風景

以上
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産業の未来2 分科会2-B「物流の未来(シェアリングエコノミー)」

《パネリスト》 ※写真は左から
松本 恭攝(ラクスル 代表取締役社長CEO)
山内 雅喜(ヤマトホールディングス 取締役会長)

《モデレーター》
須田 将啓(エニグモ 代表取締役 最高経営責任者)

画像:分科会2-B「物流の未来(シェアリングエコノミー)」 パネリストとモデレーター

業界を水平に切るプラットフォームを作る

須田:この分科会は物流とシェアリングビジネスがテーマになるのですが、物流といっても本当に幅広いので、このあたりの話ができれば、というところを決めて、進めていきたいと思います。最初に自己紹介ですが、僕はエニグモという会社で代表取締役を務めている須田といいます。当社は「BUYMA」というサービスを展開しています。これは、世界中に住んでいる日本人をネットワーク化し、誰でもリスクなくバイヤーになれるというビジネスモデルです。例えばL.A.に住んでいる人が、現地で見つけたバッグを「これ、日本だったら3万円で売ってそうだな」と自分で値段をつけて出品する。注文を受けてから買って送るので、リスクなくバイヤーとして稼げる、といったことをやっています。
今までであれば、結婚して海外に住んでいる日本人は働けなかったり、経済活動にのっていなかった。ですが、日本人の空いている能力やセンスをシェアリングして、今は150カ国で12万人の日本人が参加する、新しいマーケットになった。そういうサービスを行っています。今回のテーマである物流とは直接的な関係はないのですが、世界中から日本にモノを送っているという点と、こうした遊休資産をシェアリングしているという点で、モデレーターに選んでもらったのだと思います。では、パネリストのお二方からも自己紹介をお願いします。

画像:松本 恭攝氏

松本:こんにちは。ラクスルの松本と申します。もともと印刷事業でスタートした会社でして、日本中の印刷会社の空いた時間をネットワーク化して活用し、印刷を受注してインターネットで販売する「ラクスル」という事業を展開しています。これを10年やっており、売上約170億円くらいの事業になっています。また、2015年にスタートした「ハコベル」という物流事業では、BtoBのシェアリングエコノミーのプラットフォームを運営しています。これは「ラクスル」と同じような発想で、日本中の運送会社をネットワーク化し、空いている時間でモノを運ぶ事業です。そのキャパシティを荷主、もしくは大手運送会社に提供しています。20世紀に確立された多くの業界は、大企業を中心に垂直統合したモデルを成しています。自社で沢山の印刷機、トラックを持って、セールスがそのキャパシティを販売する。販売しすぎた部分は下請けを使う事によってカバーしていく。印刷、物流だけでなく、こうした垂直統合、ピラミッド型のモデルが、20世紀にいろんな産業でできました。我々がやりたいことは、下請けの一番下にいる小さな印刷会社、運送会社をインターネットでネットワーク化して、仮想的にひとつの巨大な印刷工場、巨大な運送会社を作り、中間に入っている印刷会社や運送会社をスキップして、直接エンドユーザーに届けること。つまり、これまで垂直統合されていた産業を水平に切るようなプラットフォームを作ることです。小さな印刷会社、運送会社をエンパワーメントするプラットフォームを作って、日本の産業の在り方を変えていきたいというコンセプトを基に、BtoBにおけるシェアリングプラットフォームを運営しています。本日、「ハコベル」を中心に物流の未来がどうなっていくかをお話しさせていただければと思っています。どうぞよろしくお願いします。

9年後には28万人のドライバーが不足する物流危機に

須田:次に山内さん。そもそも物流ってどのくらいの市場があって、この辺を話せればというところもご紹介いただければと思います。

画像:山内 雅喜氏

山内:ヤマトホールディングスの山内と申します。日本の物流の中で、皆さんのご自宅、あるいは会社などへ直接モノを輸送する、ラストワンマイルと呼ばれている部分を宅急便というサービスを通して行っています。そのヤマト運輸のグループ親会社が、ヤマトホールディングスです。我々は労働集約型の会社で、社員が22万人います。全国に約8万人いるセールスドライバーが、日々、皆さんのところへお邪魔しているという形です。ところがご案内の通り、2年ほど前から物流の危機が叫ばれています。これは何かというと、日本の労働人口が社会構造的に今後は減っていくことに起因します。物流に関していえば、9年後には28万人のドライバーが不足するという統計が出ています。構造上、今の労働人口だけだとそうなってしまう。すると、誰が運ぶんだ、ということになります。物流とは社会経済活動そのものであり、皆さんの消費活動なり、製造業の活動を支える社会のインフラのようなものですから、これが機能しなくなると大変なことになる。だから物流の危機が騒がれています。特に分かりやすいところでは、eコマースがどんどん伸び、ご自宅に直接モノを取り寄せる機会が増えてきました。「デジタル化社会だ」と便利になったけれども、最後は現物が来ないと成り立たない。その部分で私どもが追い付かなくなり、物流業界全体でも追い付かなくなり、人手不足に陥っている。この先を見た時に、どうやって社会インフラとして責任を果たしていくのか。こういったことを踏まえると、自社だけでやるのは無理だ、よりオープン化していかないといけない、という発想が出てくる。そういった中で、今日のテーマであるシェアリングエコノミーというのがチャンスになるかなと思っています。さきほど須田さんがおっしゃったとおり、物流って非常に広いんですよね。発注から調達があって、製造されて小売店などに納品され、皆さんがお買い求めになって消費する。あるいは、ロジスティクス倉庫から直接eコマースで皆さんに届く。色々な形がありますが、全て含めて物流というと範囲が非常に広くなります。製造後に納品するまでのラストワンマイルという話を申し上げましたが、その中でも大きく分けると、皆さんの生活により近いラストワンマイル、すなわち宅急便の領域と、コンビニエンスストアや小売店、スーパーマーケットに納める地域内物流という領域があるんですね。前者はBtoC、後者はBtoBの領域です。さらにそれを形づくるために、工場から配送センターまで運ぶ、都市間を結ぶ長距離輸送があります。長距離輸送は、大型トラックが夜中に高速道路走っている、ああいう物流形態です。このように物流といっても非常に範囲が広い。今日は都市間の長距離輸送よりも地域内物流、それとセットになっているラストワンマイル物流を中心に、より消費活動に近いところでの物流について、シェアリングがどういう形で進むとよりよい社会になるかを示せるとよいかと思います。

eコマースで消費行動が変わり、物流も変わる

画像:須田 将啓氏

須田:この分科会では、大企業・ベンチャー企業、そして物流という業界において、今起こっていることや今後起こることをシェアし、自分の業界だったらどうなるだろうという気づきがあるといいなと思います。SDGs(持続可能な開発目標)の流れもありますが、シェアリングについて僕の興味は、そもそもモノを買うのか・買わないのか、人の消費行動が変わってくるということです。先ほど人が足りなくなるという話がありましたが、今後の物流業界は、労働人口が減ることによってドライバーとして働く人が不足するのか、テクノロジーが進展することで人手が減るのか、あるいは物流量が増えるからなのか。まずは今後の物流業界の方向性からディスカッションを始めたいと思います。

松本:まず物流量ですが、モノは増えます。なぜかと言うと、eコマースが増えるから。リテールにおけるショッピングって、これまではラストワンマイルを消費者が担ってきたんですよね。これがAmazonで買えば買うほど、楽天で買えば買うほど、ラストワンマイルを物流会社が担うようになっていきます。つまり、これまでマーケットに存在しなかった物流業がマーケットに顕在化してくるようになる。今の日本の小売物販におけるeコマースの割合は8%です。中国は既に20%弱くらいまできています。日本が8%で止まるかというと、まず止まらない。次の10年で、おそらくこの2倍近くまで割合は増えていくでしょう。そうすると、eコマースのラストワンマイルといわれる部分だけでも、今の2倍のキャパシティが必要になってくる。人々がeコマースでモノを買う行動をやめない限りは、このラストワンマイル領域において必要となるキャパシティは増えていきます。それをどうやってカバーしていくのか。先ほど山内さんのおっしゃられていた都市間の輸送(長距離輸送)、都市内の輸送(地域内物流)、ラストワンマイル。この3つにおいて、それぞれの未来はちょっと違うかなと思っています。これは完全に私見なんですけれど。
まず都市間。東京-大阪、東京-福岡、こういうところはかなりの確率で自動運転になるのではないかなと思っています。隊列走行及び自動運転。テクノロジーの中でも、ハード側のテクノロジーが進化することによって、人手不足問題の解決が図られる。ソリューションとして、そちら側にいくのではないかなと思います。一方、都市内と、ラストワンマイルの物流。この2つはeコマースの伸張に従って増えていくだろうと思っています。都市内の輸送については、私が冒頭で申し上げたような、下請け構造が非常に深い。これを事業者間でシェアリングをする事によって、つまり多重下請けを無くして小さな運送会社を直接繋ぐことで解決を模索しています。ちなみに今、日本に運送会社は6万3,000社あるのですが、そのうち3万5,000社が車両台数5台~10台で、国土交通省が認める一番小さなセグメントに所属している。つまり運送会社って中小事業者ばっかりなんですね。この中小事業者の効率化を図ることによって都市内の輸送における非効率を解決していく。これが今、我々が「ハコベル」でやっている事です。ラストワンマイルの部分は、これはまさにヤマト運輸であり、Amazonであり、各事業者がすごく頑張られているところだと思います。そのあたりの未来はぜひ、山内さんにどうなっていくのかお聞きしたいなと思っています。

小口化・多頻度により輸送件数は増え続ける

山内:私も、輸送の件数はこれからも増えると考えています。ただ、実は、輸送総量全体でみると、日本はそんなに増えていません。トン(t)、キログラム(kg)という総量では減ってきています。ところが小口化、多頻度化しているんですね。例えば今、松本さんがおっしゃったように、従来は店舗に一括で納品したら、個人消費者がそこに買いに来られていた。これまではロットで納めていればよかったものが、eコマースになると個人宅へお届けすることになりますから、当然のことながら小口化、多頻度化し、個数、件数としては増える。これはeコマースが進むことによって今後ますます増えます。それから、eコマースはAmazonや楽天のようなBtoCだけが進んでいますが、これからはBtoBでもeコマースが進むと思います。デジタルでモノをやり取りして、情報で決済を行うとすると、問屋さんの一部の機能、営業などの部分は残るかもしれませんが、輸送など物理的な機能はダイレクトにできる形になる。したがって、製造から最終ユーザーとなる企業へのBtoBの輸送も小口化、多頻度化して件数が増えてくると思うんです。そういった意味で、物流としての輸送件数は増える。だから、世の中全体として輸送のキャパシティは広げておかなければならない流れがあるとみています。そういった中で、ラストワンマイルはどうなるのか。今、皆さんのところへは私どもがお届けしていますが、例えば宅配ロッカーを使ったり、コンビニエンスストアに引き取りに来ていただくなど、自分の好きな時に好きな場所で受け取れる選択肢を広げています。それをデジタルで繋ぎ皆さんに負荷なくやっていただける形でキャパシティを増やしていく。あるいは、同じ物流業者の中でもっとオープン化し、シェアリングの協力をしながら効率を高め、キャパシティを上げていく。やはり地域内物流のところでも非常に無駄があるのです。トラックには、ナンバープレートが緑のものと白いものとがあります。軽自動車でも黒と黄色がある。運送行為をしてお金をもらうには国土交通省の認可が必要で、運送事業者として届け出をすると営業用トラックとなり、緑ナンバーあるいは黒ナンバーになります。今、事業として使われているトラックは日本全体で750万台あるのですが、その内営業用トラックは150万台。600万台は自家用トラックとして使われています。自家用トラックというのは運送を商いにしないんですね。例えば、パンメーカーが自社で作った製品を小売店に供給するのは、自分の製品を自分でお届けしているだけで、そこで運送料をもらっていませんから、自家用なんです。だから白ナンバーを付けています。そういう自家用トラックが地域の中にはたくさん在る。営業用ナンバーと自家用ナンバーが社会構造の中に存在しているのです。

松本:当社は「ハコベル」が物流業であるとともに、印刷の「ラクスル」の方はまさにBtoBのeコマースをやっています。印刷会社は運ぶモノが重いので、基本的には全部自社、自分のトラックでお客様にお届けする形をとっていました。印刷業は今、商業印刷・事務用印刷といわれるところで大体3兆円の市場があるのですが、私が事業を始めた2010年時、そのうちネット印刷市場は大体300億円くらい、eコマースは1%くらいでした。今、市場が920億円にまで拡大し、eコマースが3%強くらいまで来ている。このeコマースの部分が全て、白ナンバーの自家用トラックで運んでいたところから、緑ナンバーの営業用トラックに移っています。BtoBのeコマースの普及率は、日本全体で既に6.2%です。これがさらに伸びていくと、BtoCや、メルカリのようなCtoCだけじゃなく、物流で一番多いBtoBが小口化する。そのラストワンマイルを担う緑ナンバートラックが増えていくといった社会構造の変化が、eコマースによって起き始めているのだと、今、お話を聞いていて思いました。

山内:もう少し説明させていただきますと、人口が減っていくので9年後にはトラックのドライバーが28万人不足するというデータがあります。ところが、当社のような運送事業者、先ほど申し上げた緑ナンバーの事業者が、輸送に関してトラックをどれくらい有効活用できているかというと、実はトラックの積載量の40%しか使えていません。6割はまだ空きがある。これはなぜかというと、一つには満杯にはならない、ということがあります。運送事業者はA社、B社と複数契約してもその会社ごとに荷を運ぶため、トラックが満杯にならなくても届けなくてはならない。だから常に積載量に空きがあり、積載効率が低い。それから、一社だけでやっているため、ルート配送すると帰りは空いちゃうんですね。カラで帰ってくる。この時、降ろしたら積んで、降ろしたら積んでとやれば、常に空きが無い形で動ける。しかし、今はこの2つの要因で積載量の40%しか使えていません。これは、運送事業者が個々の会社としか契約を結んでないためです。隣をみると、他の運送事業者も同じようにトラックの積載量には空きがある。それが一体になれば、今まで10台必要だったものが8台、6台になったりするのですが、今はできていません。アナログの世界では、どうやってその情報を共有するのか、とても調整ができなかったからです。今、松本さんがやられている「ハコベル」のような、運送事業者間の空き状況がお互いに分かると、「じゃあここで積んで降ろして、空いたらこういうルートで行ってまた積んでくればいいな」ということが可能になる。自分のお客さんでなくても、他のお客さんの情報が共有できると、積載効率が上がる。積載効率が上がるということは、ドライバー不足に対して補充、補填ができるということです。そういったシェアリングの話が、我々にとっては希望になります。

大企業とベンチャーが「一緒に成長」「ピースの受け渡し」

須田:ヤマト運輸さんはその創業によって物流にイノベーションを起こした会社で、「ハコベル」を運営するラクスルの松本さんがやられていることは今の物流に対するイノベーションだと思っています。そこって私からするとライバルになるというか、「潰してしまえ!」みたいなところがあるのかな、とちょっと思ったんですけれども(笑)、現在、良い形で組まれていると伺いました。どうすれば大企業とベンチャーが上手く組めるのか、どの辺に危機感があったのか、お互いどういう狙いがあったのかをお話しいただけますか。

山内:私どもは自前主義でずっとやってきたんですよ。ヤマト運輸は宅急便という新しいビジネスを作ったという自負もあって、「俺たちが良いもの作るんだ」とずっと思ってきました。だから車両にしろ、輸送システムにしろ、情報システムの開発も、全部自前でやることで一番良いものができるんだと進めてきた。しかしやはり世の中の要請、変化が非常に速い中で、ふと、松本さんのとこを見ると、もっともっと固定観念の無いオープン化できる仕組みを持っていらっしゃったんですね。自前でやっていると限界もあるし、企業リスクも負うわけですが、オープン化をすることによってよりスピードアップされ、かつリスク分散も可能になる。したがって経営のスタイルを変えたのです。先進的な考え方、取り組みをされているところと一緒にやることで我々も成長できる、そういった発想です。

須田:社内では「やっぱり自前でいこうよ」とか、そういう議論はなかったのですか。

山内:確かに10年くらい前までは非常にその考えが強くて、むしろそれで成功していた。それは労働力が豊富にあったりだとか、まだ企業の経営環境、競争状態が国内だけでグローバルではなかったり、色々な要素があったからだと思います。しかし、これから戦っていくことを考え、スピード感をもって新しいモデルを展開していくとなると、やはり提携したほうがよいと判断しました。

須田:松本さんは印刷でも物流でも、プラットフォームを作っていくのが上手ですが、大手のネガティブな反応だとか、それらを超えてこれだけ広がっているのはどの辺りがポイントだと思いますか。

松本:まず今、山内さんがおっしゃられたように、ヤマト運輸さん側がとてもオープンに接していただいたということです。プラットフォームって基本的に需要と供給のマッチングじゃないですか。そのマッチングをするためのマッチングアルゴリズムを磨けばプラットフォームはより良いものになる、というのは全くの嘘。私の感覚からすると、一番重要なのはマッチングをする時にサプライヤー、つまり「ハコベル」なら運送会社でありトラックのドライバーさんであり、「ラクスル」なら印刷会社、このサプライサイドをいかにエンパワーメントしていくか、高い品質を提供できる体制を作れるか、そして提供する品質を他と比べてより高いものにできるか、なんです。この起点は常にオペレーションのクオリティが高くないとできない。結局、利用するお客さんからするとプラットフォームだろうがダイレクトサービスだろうが関係ないんです。「安くて良いものを探しているだけ」なので。この安くて良いものを作る仕組みがプラットフォームなのですが、プラットフォームそのもののクオリティを上げるには、サプライサイドをいかに強くしていくか、サービスが良くコストの低いものにしていくかで、ここに入りこまないとプラットフォームは大きくならない。この部分においてヤマト運輸さんは、圧倒的にサプライにおけるセールスドライバーさんの品質が高い。一方で、その高さ故の構造的な難しさにも直面されていました。お話しをした時に、空いたピース、持っていないピースを互いにもらいやすい関係性であり、かつ、業界をどうしていこうというビジョンが非常に強く合う相手だと感じました。それで是非ご一緒させていただければ、ということになりました。

物流需要増への打ち手の一つが民間資産の活用

須田:テクノロジーの話もありましたが、物流業界全体でみると現在のBtoBとBtoCの中で生じている遊休資産をシェアリングすることで効率化されていき、不足部分が埋まっていくという話を伺えました。その流れでいくと、例えばAmazon、海外だとUberやUber Eatsなど、個人がどんどん物流に入ってきていますが、日本はどういう状況でしょうか。

山内:分かりやすくイメージすると、自家用車を持っている個人が、「今日は午前中空いているな」という時にeコマースの会社の荷物を5個預かり、トランクに載せてお届けする。それで小遣い的に稼ぐ。そういったことを皆がやることによって、よりキャパシティが広がるということです。ただ、これはかなりハードルが高い。もちろん、可能性を全く否定するものではありませんけれども。まず法的な部分を最初にお話ししなければならないと思います。今、日本においてモノを輸送して対価をもらうには営業認可が必要で、さきほど申し上げた営業用ナンバーを取る必要があります。法的な縛りがあるのです。したがって今、例えばAmazonの荷物を個人で輸送している方というのも、全くのフリーの個人ではなく個人事業者です。所有する軽トラック1台を営業用として届け、営業用ナンバー、つまり黒ナンバーを取ってやっている。どこかの企業に属しているのではなく、自分がダイレクトに、個人事業者としてお届けビジネスをされているのです。これは今後広がっていくだろうと思います。ただ、個人でやるとなかなかサービスの効率化は図れないし、品質の担保もできない。そういったものをデジタル化したシステムの中で効率的にやっていく、この領域は増えています。今はまだ、全く一般の個人が普通にお届けビジネスをするというのは、日本ではできない。先々に向けては、そういったところの緩和を広げていけるような形にしていかないといけないでしょう。今、個人の話をしましたが、これは白ナンバーでも同じです。スーパーマーケットやメーカーが自社の白ナンバーの自家用トラックで配達していて、空きがあるからちょっと隙間で他社の運送をやろうとしてもできない。営業用の事業者としての認可が必要だからです。これは事故を起こした時の補償だとか、色々なトラブルがあるためです。交通事故だけでなく、荷物事故の補償を誰がするのか。利用者保護の観点から、営業用の運送は認可制というのが現状です。

松本:需要の増加に対して供給が足りていない中で、その供給を捻り出すための民間資本の活用がまさにシェアリングエコノミーです。私個人としては、最終的に必要になってくることだと思います。ただ、完全な規制改革という形ではなく、段階的なものとして、現実解を探り何らかの解を見つけていく努力は、経済団体にも必要ではないでしょうか。そうでないと、今後増えていく物流ニーズに対して、供給サイドが追い付かなくなり、モノが運べなくなるという課題が出てきます。ヤマト運輸さんを筆頭に、どうやって物流業界がモノを運ぶ責任を果たしていくか、供給を高めていくか。これは今、たいへんな努力をされていらっしゃるところです。一方で、需要が明確に増えていくことへの打ち手の一つが民間資産の活用だと思います。ただ、ステップとしては、それは少し後なのではないかなと思っています。まずはトラックの稼働率が4割しかない状況。これは山内さんがおっしゃられていたように、結局のところ企業間で物流情報がシェアされていない、情報が断絶されているがためにどうしても非効率にならざるを得ない状況に起因するので、この情報の断絶を無くす。どこにどういう荷物があって、どの運送会社が今どれだけ配送のキャパシティがあるのかを一つの土俵に乗せて、情報の見える化を図る。断絶されていた情報を繋ぐことによって今ある資産を活用し、もっとキャパシティを作っていく事はできます。これがまず一つ。そのために必要になるのが、各運送会社、もしくは荷主がデジタルをもっと活用し、情報を繋ぎ合わせること。そして、それができた後に、足りない部分においては一部で民間資本を活用する検討も入れていく。そのステップにおいて、現実的に必要な供給を提供していく取り組みができればいいのではないかなと思います。

規制緩和はセーフティネットの確立とセットで

山内:今、松本さんがおっしゃったように、ステップが非常に大事だと思います。今やらなければならないのは、我々物流事業者6万3,000社のパワーが40%しか活かされていないという現状への取り組みなんですね。これをもっと全体として高めていく必要がある。
そのためにはプラットフォーム、情報の共有化を図り実現できる形にしていくことです。ただ、それをやろうとするとシステム投資だとかいろんなコストもかかってくる。誰がそのコストを負担するんだ、となります。まあ大手企業はいいでしょう。じゃあ中小企業はどうやってそれを負担するのか。過去には常にこれが問題になって、踏み込めなかった。もうちょっと言うと、小規模の事業者はそもそも乗ってこられなかった。ところがこれだけデジタル技術が発展し、「ハコベル」のようにアプリの中でできる様になると、システムコストは非常に下がってくる。デジタル化によって営業事業者としての効率を上げる、シェアリングすることによってキャパシティを広げる、この2つが実現できるのではないかと感じています。次のステップで民間の自家用トラックの活用ができればと思います。ただしここには法的な整備が必要になります。今の法律を変えていくことへの働きかけもしていかなければなりません。いわゆるプロの運送業者ではない方が参入するようになれば、利用者の安心を担保することが必要なると思うんですね。例えば、運んでもらったモノが事故で壊れたとする。今は運送事業者が請負としてやっていますから、その補償は完全に運送事業者が持ちます。しかし、次の新しいステップになった時、それは誰が補償してくれるのでしょうか。あるいは、運送事業者は必ず保険をかけていて、万が一交通事故を起こして被害者を出してしまった時には、必ずその補償をする形になっています。そういった意味での社会的な安心をきちんと担保できるでしょうか。法的な規制を緩めると同時に、必要最低限のセーフティネットをどう確立するかを踏まえながら進んでいかないといけない。そうしてシェアリングがより広がる形にしていければよいのではないかと思います。

須田:物流という産業が、今まさに変わっているのだということが分かりました。松本さんの話にありましたが、個々で動いているトラックや積み荷といったものがデジタル化によって一元管理されることで、空いているところ、最適な配送のルートなどが可視化され、それによって効率化されて、無駄な部分がフル活用できるようになってくる。そのような情報の一元管理というステップがまずあって、その後で既存のプレイヤーの効率化というステップがあり、さらにその後に法改正、規制改革によって今まで参加できなかったプレイヤーが入り、マーケットが一気に広がっていく。個人がモノを運ぶ時にトラブルがあったらどうするかということや、新しいプレイヤーが入ってくることによって生じる問題を更に解決していくことで、産業がガラッと変わっていくのかなと感じました。当社はCtoCのファッション、アパレル事業なので、物流やBtoBの事業に比べれば法や規制の部分は少ないと思うのですが、個人ユーザーに世界中にある服をサイトに出してもらい、「BUYMA」上で世界中のアパレルを管理し買えるようになったというのが、私がやってきたことなのかなと思っています。産業を変えること、その変え方といったところが、お二人のお話を伺っていて面白いと思いました。そうなると次は法規制の部分というのが出てくると思います。米国のUber、日本でもUber Eeatsなどは、最後のワンマイルは個人が担っています。先ほど山内さんがおっしゃったように、個人のドライバーが集荷所に行って5個くらいピックアップし、それを届けてお金を稼ぐといったAmazon Flexという事例も出てきています。日本がそういうステップに行くまでに、今のどういう法律がボトルネックになりうるか、あるいはそうなる可能性があるでしょうか。法規制の観点からお話しいただければと思います。

利用者保護の仕組みができれば、法規制は不要に

松本:例えばイギリスでは、もうほとんどの配送はAmazon Flex、つまり運送事業者ではなく、個人がアプリを開いて倉庫へ取りに行って荷物を届けるようになっています。米国でもかなり広がっています。一方、日本でもAmazon Flex自体はスタートしたんですが、白ナンバーではなく黒ナンバー、つまり事業許認可を受けた運送会社がAmazonから業務委託を受けるという仕組みです。これまでと違うのは、大手の運送会社がAmazonの大部分を支えていたところから、デリバリープロバイダと呼ばれる小さな事業者に一部を委託している点です。今、Amazon Flexという直接委託の形で、Amazonが運送の内製化を始めるような動きになっています。Amazonが日本で本格的にAmazon Flexを始められるかは、政治的な部分も多々関係してくるかなと思っています。いわゆるお金をもらって荷物を運ぶというのは、国土交通省の許認可事業になっていて、その規制自体を変えないとなかなか難しい。それは民泊における旅館業法や、ライドシェアの旅客運送と全く同じような課題を、貨物も抱えているということです。ただ、タクシーなど旅客に比べると状況は随分違っています。タクシーの場合は供給が多くて需要が少ないという状況ですが、貨物の場合は特にラストワンマイルの需要が多くて供給が少ない状況なので、本来的には動きやすいのかなと思います。この辺りはなかなか難しい問題だと思うのですが、山内さん、いかがですか。

山内:やはり消費者・利用者の保護という観点から許認可制が残っているのだと私は理解しています。軽自動車の場合は、1台持っていれば営業用ナンバーが取れます。ところが、もっと大量の荷物を運べる大型トラックを使うとなると、5台以上保有していないと認可が取れません。今、日本において営業事業者として運送事業を行おうとすると、最低5台のトラックと駐車場所、作業スペース、それら施設をちゃんと持っていることが条件なんです。これは参入障壁という形にもなりますが、品質でありトラブルに対する補償、これをしっかりできる企業であることを前提にするためにやっているのです。今話題になっているのは、どちらかというと1台の軽自動車でやるもので、ラストワンマイルに近いですから、そこのところはこれからも広げることはできるだろうと思います。トラック5台の認可というのも、これから共有化してシェアリングの話になってくると、もっと違う形になるでしょう。分かりやすくいうと、そういったものが無くても、例えば、安全の確認を仕組みとして持っていることが担保され、自動ブレーキのような安全支援装置がちゃんと入っていればよい、となるかもしれない。なぜ5台必要なのか、なぜきちんと資本投資が行えるところしか事業をできないように制限を設けたかというと、それは利用者を守るためです。利用者を守る交通安全や、労働環境の整備などをきちんとクリアできれば、その法的な規制は必要なくなる方向へ向かうでしょう。業界としてこれを進めるのは、世の中に対して供給力を増やしていくために必要なのではないか思います。

須田:「5台」と聞くと、5人集めて、小さくバーチャルな組織を作って突破してしまえるのでは、と思っちゃいました。民間のほうで勝手に組んで、勝手に事業者登録して......と、だんだん曖昧になり、規制緩和されていくことも考えられますか。

山内:例えば、使ってみたらすごくサービスが悪かっただとか、事故があっても補償してくれないだとか、トラブルがたくさん出てくるようになると、そのビジネスは信用を失ってしまいます。そうすると市場が広がらなくなってしまう。だから健全な形で、皆さんが安心して利用できる形を作りながら進めていくことがやはり必要です。民泊も同じだと思うんです。活用は絶対いい事だと思うのですけど、最低限必要とすることはきちんとクリアして管理することも併せて、そういう意味での規制は必要じゃないかと思います。

シェアサービスにおける異常値の許容が必要

須田:そこは表裏一体だと思いました。日本の企業はクオリティをしっかりされているので、「これは絶対ダメ」みたいなことがたくさんあると思うんですね。そうした部分と、CtoC、シェアリングって、結構相反する部分もあるなと思っていまして。米国はその辺が大胆で、多少のクオリティの差は後々のユーザー評価でどうにかして、トラブルがあってもある程度は許容してしまう。エラーも1~2%くらいだったら許容してしまおう、という印象があります。日本だとそこのクオリティを非常に高く求めるので、その中にCtoCとかシェアリングを入れることでの、クオリティの制御不能性に対するネガティブな考えがある気がしています。これはどう突破するのでしょうか。

松本:起きてしまった1件の事故を許容するかしないかの問題はあると思います。テスラの自動運転中に人が亡くなる事故がありました。米国ではそれでも続けるけど、日本でこれが起きると多分、色々な規制がかかって終わってしまう。異常値的な事故は、恐らくプラットフォームでは起きやすいと思います。だから一定程度で抑え、許容せざるを得ない。最初から全ての品質を高い水準で保ちながらシェアリングでやっていくのは、結構難しい。許容に関してはある程度必要だと思います。ただし、プラットフォーム自体のサービスクオリティ、サービスの平均が、今よりも体感で良くなる、これはマストだと思うんですよ。実はUberって、乗っても車内が臭い車両ってあんまりなくて。臭い車両は全部チェックアウトされていて、さらに配車されるまでの時間が短くなっているなど、サービス全般の平均は日本のタクシーよりいいと思うんですね。この平均値としてのサービスのクオリティをプラットフォーム自体が押し上げていく、こういう設計をしていく必要があり、それをしないとまず広まらないと思います。一方で、それを作るにあたって発生してしまう異常値的な事故、平均から外れて発生してしまう事故は、大手が管理するよりも大きなものが起きやすい構造にあると思うので、一定程度は許容しないといけないのかなと思います。

須田:大手からすると、その辺の許容度っていうのはどうなんですか?

山内:日本はそこに対して非常に過敏なところがあるのではないかな。このままで本当に将来も維持できるのか、良くなるのかと考えたときに、過敏が故に止めてしまう可能性がある。ただ、そうは言っても、国民の意識を変えましょうといって急に変わるものではない。だとすれば、やはり実績で見せていくという事だと思うんですね。実際に「ほら、こうやったらこんなに良くなるじゃないですか。Uberだってこれだけ便利だし、使い勝手がいいですよね」というのがどんどん積み重なってくれば、世の中の皆さんも意識が変わってくるんだろうと思います。これは大手の身勝手と言われるかもしれませんが、例えばクロネコヤマトが新しいサービスを始めて事故を起こしたとすると、非常にマイナスの反発が出るでしょう。自社内で挑戦するリスクというのが企業としてはあるんですね。でも進めたい。そうすると、いろんなパートナーと連携しながら、しかもそれを国がきちんと進められる体制、特区のような形の中で、多少のリスクがあってもやるんだという事を皆が後押しできるような形でやっていくのがいいのかなと思います。そうすればオープンに色々な所でテストを重ねていける、どんどん実績を積める。そうした取り組みはやっていかないといけないと思います。

須田:やはりそのマインドの部分が、日本からイノベーションが生まれにくかったり、大手がイノベーションに挑戦しづらかったりする根底にあるのかなと思います。ヤマト運輸さんが新しいことに取り組んでいるのがすごくいいなと思いました。まだまだ聞きたいことはあるんですけど、そろそろ会場からのQ&Aセッションに移りたいと思います。

「空飛ぶトラック」で物流はスピード化、効率化へ

質問者1:ヤマトホールディングスさんは、ベル・ヘリコプターと一緒にドローンを開発されていると聞いています。30kg程度のものを運べる小型ドローンが開発され、実験段階に来たというようなニュースを拝見しました。もう少し先の話になるかと思いますが、これがもたらす未来というか、どういう事を考えていらっしゃるのか、お話しいただければと思います。

山内:何をドローンと呼ぶかは色々あるのですが、今、一般的に言われているのは非常に小さい重量のものをドローンと呼びます。我々は空飛ぶトラックという言い方をしているんですが、荷物を一個一個運ぶのではなく、トラックが空を飛ぶという発想で考えています。先日、米国でテスト飛行したものはベル社と組んで開発しています。ベル社というのはヘリコプターの会社です。垂直水平飛行を一貫して行え、しかも重量に耐えられる、そういった技術を持つ会社と組んでやっています。日本のこの過密な状態において、荷物を一個一個ドローンで運ぶというのは、都市部のような密度の高い場所ではあまり現実的ではないのかなと思います。過疎地や離島などでは非常に有効だと思うので、そこで使うというのはあるでしょう。ただ、実際、物流事業として大きく貢献できる形にしていこうとすると、やはり一定量が運べる必要があります。今は30kgをテストしていますが、我々が目指しているものは400kgくらいの輸送ができるドローンで、ヘリコプターと合体して飛んでいき、離脱してトラックが自走していける形。こういった一貫した輸送システムができれば、大きく変えられるかと思います。昔『サンダーバード』というアニメで、サンダーバード2号という輸送機がありましたよね。サンダーバード2号は目的地まで飛んでいって、機体の真ん中が開き、そこから色々出てくる輸送用の乗り物です。その搭載する部分がデリバリートラックのような形になっている。そうすると、今はいろんな土地に拠点を構えてやっていることが一貫してでき、常に最適化した形に組み立てられるということが考えられるでしょう。したがって個別ではなくて、ある程度量のまとまった、重量としては300~400kg運べるようなものを目標として進んでいます。これができれば物流のスピード、効率化が図れるだろうと思っています。ただ、いきなり全部できるということは無くて、やはり有効でより価値の高い、先ほど言った山間部のような場所からのドローン活用というのはあるのかなと考えています。我々としては常に研究をしていきたい分野です。

質問者2:つい先日、鉄道と踏切内で立ち往生したトラックの衝突事故がありました。やはり大型車両で事故になった場合は被害が甚大であることを考えると、運行管理等を徹底するべきかと思います。先ほどおっしゃられたサービスクオリティのところはユーザーが評価するのでいいと思うのですが、大型車両に関しては、大手企業がきちんと責任を持って管理する社会の方がいいのではないかなと、お話を聞いていて思いました。営業許認可にはトラック5台以上を保有するという条件があるとの話題がありましたが、それだけの資本が必要という部分は残して、大型車両に関しては大手に寄せていくほうがいいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

山内:私どもの事業は公共の道路を使わせていただいていて、人命に関わるところで仕事をしているので、安全は絶対です。今、おっしゃられたように、これから需要が増えるにつれて、走るトラックの台数も、どうしても増えざるをえない。今、安全テクノロジーには自動停止から自動運転までの段階がありますが、大型車両にどこまで入れるべきか。今やっと運行記録を自動的に記録するデジタコ等の装着が義務付けられ、どういう走行、どれだけ危険な運転をしたかは記録をとれるようになりました。こういったセーフティの部分は、社会に対する責任として定めていく事が必要だろうと私は思います。そうなると、一定の設備投資に耐えられる投資力を持っていないといけないということになる。今6万3,000社ある運送事業者の中で、場合によってはいくつかの事業者が統合されることも覚悟したうえで、進めていく必要があると思います。

企業みなが情報共有できるプラットフォームが必要に

質問者3:今日はeコマースの話題と小さい荷物の話が多くありました。当社は製造業なのですが、物流がほとんどeコマースに取られて、我々が作っているような巨大なモノ、2m以上あるモノ受け入れてもらえないといったことが起きていて、非常に運搬に困っているところです。こういう状況においても日本の製造業が生き残っていかなければいけない中で、物流に余裕が出てくるのかが配です。

松本:実は、当社がメインでやっているのが企業間の物流で、まさに貴社のようなところがお客様になるかと思います。この領域においてもキーワードは同じで、情報の断絶というところがすごく大きいのかなと思っています。一つの荷主が取引する運送会社の数って、非常に少ないんです。その取引先の運送会社が下請けを探して、また下請けを、と、かなり属人的な関係性の中で荷物や、空きのトラックを探していて、結果的に今すぐ欲しいと言った時に見つからないという状況です。ですがマクロでみると、やはり稼働率はまだ4~5割という水準値で、見つからない一方で空いている。この非常にいびつな構造をなくす為に、運送会社が、そして荷主企業がデジタルで荷物管理をやっていく。それによって、より多くの運送会社と繋がる事ができ、空いている会社を簡単に見つけることができるようになっていくと思います。キャパシティ、ドライバーの数を増やすために、労働環境と給料を良くして、そのための物流コストを荷主企業に飲んでいただく。これ、すごく重要なことです。ただ、その一歩手前に、各企業の情報がデジタルで繋がることによってキャパシティをかなり増やす事はできると思っていて、我々は今、そういうところにトライしています。米国でも中国でも、物流のシェアリングサービスのスタートアップは非常にたくさんあって、こういう問題は既に解決されつつあります。日本でも同じように解決をすることが可能なのではないかと思っています。

山内:追加させていただくと、松本さんがおっしゃったように、デジタルの活用と情報の一元化で輸送の部分の効率を上げることはできると思います。ただ、輸送部分の効率だけ上げても、上がるのはキャパシティ全体の一部だと思うんですね。なぜかというと、例えば物流業者が納品に行った時に、手待ち時間だとか、検品の間の待機時間が発生します。手待ち時間、待機時間というのが現実にあり、稼働10時間のうちの3時間くらいはそれに取られてしまっている。これも同じく情報を繋ぐことによって効率化できるのではないか。今日はどんな荷が何時ごろ着くという情報が事前に、リアルタイムで互いに共有できると、メーカー側も、納品を受ける荷主側も、それに基づいて作業体制を変えたり、検品データを事前にもらって簡素化し、時間を短くすることができます。物流事業者だけではなくて、物流に関係する企業みなが情報を共有する、より広いプラットフォームが必要になってくるのではないかと考えています。

須田:今日のセッションの感想です。物流という重厚長大で、非常に巨大な産業でイノベーションが始まっている。既存業界でのイノベーションの起こし方、変わっていくプロセス、テクノロジーによって広がる物流の未来など、他の業界であっても通用するケーススタディだったのではないでしょうか。パネリストのお二人とも、本日は深い話をありがとうございました。

画像:分科会2-B「物流の未来(シェアリングエコノミー)」 セッション風景

以上
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産業の未来2 分科会2-C「食・農業の未来」

《パネリスト》 ※写真は左から
小林 晋也(ファームノートホールディングス 代表取締役)
橋本 舜(ベースフード 代表取締役社長)
茂木 修(キッコーマン 取締役常務執行役員 国際事業本部長)

《モデレーター》
髙島 宏平(オイシックス・ラ・大地 代表取締役社長)

画像:分科会2-C「食・農業の未来」 パネリストとモデレーター

来場者の関心事

髙島:皆さん、こんにちは。まずこの食と農のセッションにお越しいただいてありがとうございます。昨日の夜、急遽午前中がなくなり、午後からスタートということになり、人が集まるかなと思いながら来ました。元々昼のランチセッションの後の最初のセッションだったので、皆、眠い感じの緩やかなセッションのはずでしたが、突然今日のファーストセッションということになりました。今日、食の未来についてお三方に語っていただくのですが、話す前に皆が食の未来について何を聞きたいか、ちょっと聞いてからお話を聞きたいと思います。

来場者1:遺伝子操作の食用をどのように考えているのか。

髙島:他にどうでしょう。

来場者2:健康にどう食が対応していくか。

髙島:重要なテーマですね。他にどうでしょう。

来場者3:国内消費だけでなく、輸出をどう考えていくかをお聞きしたいです。

髙島:語れそうな人いっぱいいますね。

来場者4:農業分野の環境対応とかサスティナブルの分野について伺いたいと思います。

来場者5:食と医薬との接点をどのようにお考えかというあたりをお聞きしたいです。

髙島:ありがとうございます。予想外にいろんな難しい質問が出ちゃいましたので、どうしましょうか。びっくりですね、さすがですね。質問がいろいろ出ましたので、それと関係なく進めていきたいと思います(会場笑)。あとで触れたいと思います。ヘルスケアとか輸出とか、遺伝子の話はどうかわかりませんが、出てくると思います。では、自己紹介を兼ねてお話しいただきたいのですが、単に事業紹介だけだと、今を語るだけなので、今日は未来を語る会なので、10年後にどうなっていたら自分が経営者として嬉しいと思えるかを語りながら、今の自分を紹介するということで、小林さん、お願いします。

「経済動物」の数が半分以下になってほしい

画像:小林 晋也氏

小林:皆さん、はじめまして。ファームノートホールディングスの小林と申します。10年後ですか...。

髙島:今、起業してどのくらいでしたっけ?

小林:この事業は7年目です。

髙島:もともと起業家としてはもっと長いですよね?

小林:15年になります。10年後こうなっていたら嬉しいというのは、僕らは今、経済動物に関わる事業をやっているのですが、経済動物の数が半分以下になってくれたら良いなと思います。

髙島:経済動物とは。

小林:まず、牛、豚、鶏です。羊とかヤギとかも経済動物と呼ばれる場合があります。私共は、「世界の農業の頭脳を創る」をビジョンに掲げていまして、人の意志決定のレベルを上げることで、農業がよりサスティナブルになっていったらいいね、というビジョンを持っています。それ以前に僕の個人的なビジョンがあります。「生きる」を、つなぐ。というビジョンで、「技術革新を通じて地球の豊かさに貢献しよう」なんてカッコイイこと書いてあるんですが、僕、コンピュータが子どもの頃から大好きで、人・動物・自然も大好き。それで、コンピュータ×人・動物・自然だな、自然に関わるのは農業かなということで、牛に特化した事業をやっています。具体的にいうと、牛のセンサーを作っています。牛に取り付けると、牛の病気や発情期を教えてくれるというセンサーです。今、われわれの顧客、日本のだいたい3,800生産者、牛の数でいうと10%くらい、36万頭くらいが、うちのシステムで管理されている状態になっています。

なぜ半分にしたいかというと、牛は全然サスティナブルじゃなくて、牛肉1kg作るのに11kgの穀物がいるんです。世界の穀物の4割近くを牛、豚、鶏が食っているという状況です。全てにおいての資源が、肉を作るというということに関しては、かなり偏って使われている。糞尿処理の問題や、牛の場合はゲップしてメタンガスが出ます。要は世界の農地をかなり畜産のために使っている状況です。日本だと、生まれるちょっと前と生まれたちょっと後だけで、10%の牛が死んでいる。10頭に1頭は死んでいるんです。それは牛の管理が悪いからなんですが、そういうのも含めると、相当効率の悪い業界です。動物自体が望んでもいないのに生まれてきて、望んでもいないのに殺される。それをずっと繰り返している。であれば、命の数を相対的に減らしていくほうがいいのかなと僕は考えています。

髙島:理念と小林さんのビジネスを両立していくのですか?

小林:最終的には、ぼくみたいなビジネスはなくなればいいんじゃないかと思っています。

髙島:おーそういうタイプですね。

小林:次の世代につながっていけば、僕はいいかな、という考え方です。

髙島:ありがとうございます。実際、僕も農家さんを回ることが多いですが、農業IoTが増えている中で、小林さんたちは本当に現場の中に入っていて、仔牛が生まれる率が劇的に上がるので、農家さんの収益がすごく良くなっています。小林さんは北海道の人ですが、北海道に限らず、「ここにもファームノート入ってるの」みたいな感じで、かなり入っていますよね。

小林:そうですね。特に北海道と南九州が固まって入っています。

キッコーマンの味に触れ、そこから新しい美味しさを発見してほしい

画像:茂木 修氏

髙島:ありがとうございます。では茂木さんお願いします。

茂木:キッコーマンの茂木でございます。キッコーマンということで、会社のことをご存知の方が多いと思うのですが、小林さんや橋本さんの会社との一番の違いは、本当に昔からやってる古い会社ということです。

髙島:何年やってるんですか?

茂木:創業してから大体400年。実はそれから今までの間にいろんな出来事があるのですが、最初のエポックメイキングな出来事は、102年前に起こりました。8軒あった個人醸造の会社が一緒になってやろうよということで、合同するんです。それでキッコーマンの前身になる野田醤油株式会社ができるんです。

髙島:オイシックス・ラ・大地みたいなものですか?

茂木:そういうことです。

髙島:競合同士がくっついていくんですね。

茂木:それで資本も増強され、経営の近代化にもつながり、さらにはその先の海外進出にもつながっていく。そういう意味では古い会社ですが、新しいこともいろいろやっています。新しいといえるかどうかわからないんですが、海外の事業展開は相当やっています。戦後に関していえば、1957年にサンフランシスコにセールスマーケティングの会社を立ち上げて、商売を始めます。それまでは海外に輸出するといっても結局、日系人を含むアジア系の人をターゲットにした商売でした。1957年の時にそうじゃなくて、当時アメリカのマジョリティ、今もそうですけど、非アジア系のアメリカ人を狙っていこうとターゲットをガラッと変えたんです。そのディシジョンメイキングが、実は今のキッコーマンの海外の売上が伸びているところの根底になっている感じです。地元の味になる、地元の人が普通に食べている料理に使ってもらえる調味料になる。そういうことをずっと目指してきました。醤油という古臭い商品を扱っていますけれども、現在売上の6割、営業利益だと7割を海外であげています。

髙島:そもそも400年の歴史があると、未来を見る時の視野の長さは、10年後なのか、50年後、100年後なのか、茂木さんのお立場だとどれぐらいの距離で見てて、どうお考えですか?

茂木:醤油のビジネスだけをとっても、たぶんあと50年ぐらいは伸ばすことはできると思うんです。そのための種をどんどん蒔いていかなきゃいけないということで、今、全く利益が上がらないんですが、ベンチャー的に新しい市場に入り込んで、そこの市場にしかできないようなことをやっています。そういうトライアンドエラーの蓄積みたいなものが、たぶん、新規市場の開拓に将来的にも活きていくと思います。

髙島:どうなったら「支配したぞ」となるのですか?

茂木:マーケットシェアとかそういう考え方もあるのですが、醤油といっても世界中にいろんな商品があるので、私どもの考える土俵の中でしっかりとビジネスを立ち上げていく。抽象的な言い方になっちゃうかもしれないですが、最終的には、どの家庭にもキッコーマンが何らかの形で置いてあって、それを使って頂いているという世界にできればいいなと思っています。

髙島:それは醤油じゃなくてもいいですか?それともやっぱり醤油をベースに?

茂木:醤油の味をできれば広めたいと思います。ただその入り口の部分は他の商品でもいいと思っています。他の商品をきっかけにして、キッコーマンの味とか醤油の味に触れてもらって、そこから新しい美味しさを発見していただけるようなことができればいいなと思っています。

「ベースフードって日本の東京で生まれたものだよね」と言われたい

髙島:ありがとうございます。お待たせいたしました、橋本さん。一番若い、歴史の短い...。

画像:橋本 舜氏

橋本:創業3年半の会社です。ベースフードという会社をやっています。会社のミッションは、「主食をイノベーションして健康をあたりまえに」です。主食というのは炭水化物のみで、健康的には避けられていると思うのですが、美味しい、簡単とか食文化に根ざしているということで、かなりの回数を皆さん食べていると思います。パンとか麺は粉からできていますので、そこに大豆粉を入れればタンパク質が強化されたり、海藻を混ぜればミネラルが強化されたりします。元々のパン屋さんのパンの味とかラーメン屋さんの麺の味と変わらないまま、栄養バランスが良いパンや麺があるとしたら、例えば日本でラーメンばかり食べている人も健康になれるとか、アメリカでピザやハンバーガーばかり食べている人も健康になれるということで、健康が「意識の高い人」に限定されたものではなくて、よりアクセシブルになる、健康が簡単になるということを目指しています。なので、10年後にはインドに行ったら、栄養バランスの良いナンをインド人が食べていて、アメリカに行ったら栄養バランスの良いピザを食べていて、「これベースフードって日本の東京で生まれたものだよね」と日本人がいわれると嬉しいですね。

髙島:なるほど。僕ちょっと怯えてるのですが、野菜とか食べなくていいってことですよね?

橋本:いや...。

髙島:具とかなくても...。

橋本:一番誤解されるのですが、全くそうじゃなくて。というのは、アメリカのシリコンバレーでソイレントという完全栄養ドリンクが、ITベンチャーから生まれた食品としてあるのですが、創業の経緯がそれへのアンチテーゼだからです。それはプロテイン&マルチミネラルビタミンとかでんぷんとかを混ぜ合わせたドリンクで、「食事なんていらない、ドリンクだけでいい」というのから始まったのです。僕自身は、それは嫌です。食の楽しさは残したい。けど、栄養知識のない人でも栄養が一通り取れるという点は評価したい。今までの食文化の豊かさを残したまま、栄養の知識がなくても、栄養がバランスよく取れるということを考えた結果、主食になったのです。主食が栄養バランスの良いものになったとしても、例えばベースフードの場合、月90回の食事のうち、多い人でも最大月20食、大体10食か20食の間です。パスタを食べる時もそこに一緒に食材を混ぜたりしますので、そういう世界は来ないと僕は思っているのですけど...説明があやふやですね。

髙島:いやいや、野菜と仲良くしてくれるってことですよね?

橋本:もちろんそう思っています。

髙島:この前たまたまサンプリングをやっていて、お客さんという方に聞いたんです。あなたの何割がベースフードでできていますかと。7割ぐらいって言ってて、大変驚きました。

橋本:そういう人もいます。ただそれは絶対マジョリティにはならないはずです。

壁をどう乗り越えたか
----「醤油プラス市場に適した商品作り」で海外展開

画像:髙島 宏平氏

髙島:わかりました。茂木さんに戻って、もう少し具体的なことを聞きたいのですが、過去から現在を眺めた時に、先ほどおっしゃっていただいた大きな転機があったと思うのですが、それをもう少し具体的に、どんな壁があって、それをどう乗り越えていったのか、これから未来を作っていく僕らに教えていただきたい。

茂木:先ほど申し上げたように、エポックメイキングな出来事が私どもの会社の中でいくつかあるのですが、1つは8軒が合同したという102年前。もう1つがアメリカ進出した1957年。ただ、実はこれ全然儲からなかったんです。日本から運んで関税もかかるし、重たい液体を運んで行って安く売っても儲からない。それで1972年に工場をつくります。73年からアメリカ産のキッコーマン醤油が出るのですけれども、これは...。

髙島:57年から72年までの15年間は、ただ輸出して、ただうまくいかない、そういう15年間だったのですか?

茂木:マーケティングというか、販売としては上手くいっていたのですが、ただ利益のところがなかなか出ない状態で。それがアメリカに工場を作ることで、やはり利益も出るようになる。正回転の転がりみたいなのが生まれていて、どんどんどんどん良い方向に転がって利益が生まれる。そういう体質になっていった。醤油というのは、皆さんご存知かもしれませんが、非常に設備を使う装置産業なんです。ですから初期の投資って非常に大きいので、それをいきなり作ってしまうというのは選択肢としてありえない。ある程度マーケットができてから、そこに工場を作るというふうにならざるを得ないんです。そういう感じで利益が出るようになったんです。

髙島:では、売上を上げるのはそんなに大変じゃなかったというか、現地化するぞと決めたら、味の現地化をして、わっと広がった感じですか?

茂木:私どもも頑固なところがありまして、醤油に関しては全く味を変えていないんです。ただ、それだけでは入り口というか、トライアルをしてもらうハードルが結構高いので、醤油プラス何か市場に入っていくのに適した入り口になるような商品を作っていきました。アメリカの場合はTERIYAKIソース。これは非常に上手くいきました。私どもの商品が流行ることで、英英辞典にも「TERIYAKI」という言葉が登録されています。中国でいえば甘い醤油、フランスではスクレという砂糖醤油みたいな、ご飯にかけるための醤油を作っていました。そういうのが入り口になって醤油の味に親しんでもらい、そこから他の商品もトライアルしていただく、というようなことをずっとやっています。

髙島:じゃあこれから新興国に行くとしたら、アジアとかアフリカに合わせた新しいレシピを作ってみて、という感じなんですか?

茂木:そうですね。実際にやっています。例えばインドネシアとかで同じようなことをやっています。

髙島:マーケット作って醤油を入れて、その後工場を作って利益を出す。そういう勝ちパターンみたいなのが...。

茂木:一応あることはあるんですけれども、やはり国やマーケットによって消費者の方の需要度も違いますし、当然どのくらいの経済力を持っているかにもよりますので、その辺は見極めながら。

髙島:なるほど。キッコーマンさんのJFCでしたっけ?卸ですよね。あれはどういう位置づけになりますか?

茂木:JFCは、私どもが醤油を展開する上で、最初のきっかけを作る、非常に良いツールだったと思います。

髙島:JFCの紹介もしてください。

茂木:JFCは世界23カ国64拠点を持っている日本食・東洋食品を卸売してる会社です。キッコーマンの商品だけではなく、日本では競合することもあるミツカンさんとかハウス食品さんとか、他のメーカーさんの商品も担いで海外で販売している会社です。日本食の卸売の会社では、世界で一番大きな会社です。

髙島:卸のJFCがあったから広がったのか、キッコーマンが広がったからJFCというビジネスのチャンスが出たのか。鶏と卵でいうとどういう感じなんですか?

茂木:両方とも相関性があると思うんです。JFCはキッコーマン醤油を担いでいるので、「キッコーマンが欲しい」というお客さんのところに、他の商品も含め売ることができたというのが、一つの勝ちパターンです。キッコーマンも、JFCのルートを活用してアジア系のレストランに商品を販売しました。いろんなレストランに卓上ビンが置いてあって、そのビンに「KIKKOMAN」とブランドが書いてあるのが相当な宣伝になったんです。それによって、一般の消費者の方にKIKKOMANブランドが浸透し、スーパーで買っていただけるようになったという両方の面があったと思います。

グローバル展開をどう考え進めているか
----創業2年でアメリカに進出

髙島:アメリカに行くと、JFCのトラックがあちこち走っています。メーカーさんと卸を同じ会社で展開されていて、迫力がすごいなと思っています。では、この流れでグローバルの展開の話があったので、橋本さんに聞きたいのですが、橋本さんはまだ創業2年くらいでアメリカを始めたんでしたっけ?

橋本:準備は始めています。今年の、まさに今月の頭に販売開始したというところです。

髙島:その狙いは?全株主に止められたんじゃないかと思うんですけれども。

橋本:そうですね。ただ、グローバルブレインさんが、最初のリード投資家なんですが、彼らはシリコンバレーの動向を見て、日本とシリコンバレーの一番の差分がフードテックの数だというところから弊社に投資してるので、実は最初からグローバル展開はポジティブだったんです。
われわれとしても、IT以外でベンチャー企業を立ち上げると、在庫とかもあるのでスケールスピードは限られるけれども、逆に「グローバルはいける」というのが最初の発想としてもありました。「なんでアメリカなのか」というと、アメリカに関しては市場が大きいだけじゃなくて、弊社みたいなビジネスに関するトレンドが来ていると思っています。例えば先ほどの完全栄養ドリンクみたいなのもシリコンバレー発で、Googleベンチャーズが投資したりしています。われわれのビジネスモデルはウェブサイトで売っていて、直接お届けするダイレクトコンシューマーというミレニアル世代が創業したネットで売るものですが、こうしたブランドがアメリカでは凄く流行っています。フードテックのベンチャー企業でも、ビヨンドミートという植物性肉の会社が5月に上場して一時期1兆円の株価がつきました。

髙島:売上200億ちょっとくらいですよね。

橋本:そうですね。弊社は完全食市場とダイレクトコンシューマー市場とフードテック市場を日本では頑張って広げ始めながらやっている苦しさがありますが、そうした市場はアメリカではすでにあります。ただ、われわれのような商品はないので、今、行くべきだと思っているところです。

髙島:これはある意味、「日本の食品業界だらしないぞ」ということを暗に言っているわけですよね(笑)

橋本:いやいやいや......。

髙島:実際そうだと思うんですが。向こうはエコシステムがあるわけですよね。スタートアップもいっぱいいるし、食に特化したファンドもいっぱいある。エグジット先としても大企業がどんどん買ってくれるけれども日本はそのエコシステムがない。

橋本:それはおっしゃる通りで、実は弊社の買収の提案とか投資したいという提案は外資の食品大手メーカーの方がきます。

髙島:もうすでに来ますか。

橋本:そうですね。例えばキッチンタウンとか行けば...。

髙島:キッチンタウンとは何かというと、WeWorkの食品版です。コワーキングスペースなんですが、パン焼き器とか巨大特殊冷凍庫とかクッキーマシンとか最新の機材があって、そこをシェアリングしていろんな食ベンチャーが使っている。それがサンフランシスコにあるんですよね。

橋本:そうです。そういう施設に行くと、大手食品会社の経営陣もいらっしゃいますし、ベンチャーの代表もいるので、そこでマッチングがあったりします。そういった意味だと日本の食品会社の人よりも海外の食品会社の人の方がベンチャーに投資とか、最初を手伝う代わりに僕らのノウハウを盗むみたいなところには積極的かなと思います。

髙島:なるほど。その辺に関してキッコーマンさんに言いたいことはありますか。

橋本:実はキッコーマンさんにはすごくお世話になっていて。というか、やっぱり日系の食品会社がアメリカに行って頼る会社はやっぱりJFCさんなんです。伊藤園さんも、シリコンバレーで「おーいお茶」を流行らせました。ああいう先人の方々に、頼ることが多いと思います。

髙島:なるほど。本当はモデレーターは喋っちゃいけないんですが、ちらっと喋ります。僕もアメリカのエコシステムは羨ましいなと思っています。でも日本は本来、食品業界は世界ナンバーワンであるべきだと思うので、先月、日本でフードテックに特化したファンドを作ったんです。日本でもエグジットとかそういうエコシステムを作っていこうということです。アメリカでもIPO(新規上場)によるエグジットって1~2割ですよね。ほとんど大企業によるM&Aなので、ぜひここにいる皆さんにお願いしたいんです。バンバン買って頂きたい。今日も様々な出会いがあると思うので、フードに限らず片っ端から買って頂いて、そういうどんどん新陳代謝のあるエコシステムを、日本でも作って行ければと思っています。よろしくお願いします。

時代に上手く合わせて進化していくことが大切

髙島:じゃあ、小林さん。小林さんの場合どうでしょう。テクノロジーのローカル性とかグローバルに通じるものとか、ちょっと私たちわからないんですけど、グローバル展開をどのように考えていますか?

小林:今ちょうどニュージーランドとオーストラリアで、うちのセンサーを試験しています。反応はすごく良いですよ。UXの良いアプリケーションがあまり存在してないというのもあって、非常に反応が良くて。ここの実証試験の結果が良ければ販売を開始しよう、来年ぐらいから売れればと思っています。ローカル性が非常に高いですけれども...。

髙島:牛が?

小林:そうです。地域ごとに飼い方が違うのですが、ある一定以上の規模になると、どうしてもオペレーションの平準化みたいなところで、やり方が似てくるので、われわれのセンサーが入るというのが見えてきている感じです。

髙島:じゃあ、事業規模がある程度超えると、グローバルに行けそうだと。

今、抱えている課題は
----アメリカでは酪農はステイタスだが...

髙島:次に「未来に向けて一番のハードルは何で、それをどう乗り越えようとしているか」を聞こうと思ってたのですが、すでにその話題になっています。非常に問題意識がわかるんですが、本当にうまいことやらないと、単に破壊しても駄目だし、力も借りないといけないし、だけど改革もしなきゃいけないという中で、具体的に今の状況からどのように進むイメージですか?

小林:まず、とても大切なのは、日本の食生産を守ることが大切なのか、地域から人がいなくならないようにすることが大事かによって、戦略は変わってくると思っています。生産の方は、販売力が強ければ如何様にもなると思っているんですが、「地域に人が」というのは、僕は帯広の人間なので、どんどん人がいなくなっている現状を見ています。すると、基幹産業は農業なんですよね。そこで人に居着いてもらおうと思うと、やっぱり儲からないといけない。アメリカでは酪農がステイタスです。お金持ちの人が引退前にやる、みたいな。

髙島:フランスのワインの農家さんもかなりのステイタスですよね。

小林:そうです。そんなニュアンスです。

髙島:弁護士さんと同じステイタスがありますよね。

小林:はい。なので、僕としてはそういうふうになればいいなと思っています。僕らはコンピュータ大好きなので、まずコンピュータを前提にしようと考えたら、フルオートメーションファーミングなんです。全部自動。あとは牛を愛でていれば利益が出るみたいな(笑い)。可愛いね、可愛いねと。それでオッケー。

髙島:なるほど。いいですね。チャレンジングで。

今、抱えている課題は
----社会を変えるためのポイントを見つける必要がある

髙島:橋本さん、今抱えている大きな敵とか課題とか、その乗り越え方をお話ください。

橋本:僕の場合は、原材料側というよりは最終プロダクト側なので、社会や顧客が変わらなきゃいけないというところがあると思っています。やはり、醤油を最初、照り焼きソースで売ったみたいなポイントを見つけるのがすごく大事だと思っていて、われわれもラーメン屋さんに入れたりしていますが、カフェラテから飲んでもらってブラックコーヒー飲むみたいな。そういう社会を変えるためのポイントを見つける必要があると思っています。

髙島:それを日本とアメリカ同時にやる?どちらかというとアメリカから先にやるイメージですか?

橋本:並行してやっていますが、日本はやっぱりアメリカからの逆輸入という形で広がるケースも結構あると思っています。海外展開すると反対されるケースって、日本が伸びなくなるということだと思うんですが、そこはそうじゃないと思っていて、海外で伸ばすというニュースを作れば、日本のPRにもなるということは意識してはいます。今まで食習慣が変わったケースが結構あると思うんです。インスタントラーメンを食べるようになったとか、醤油を使うようになったとか、そういうのをいっぱい研究して、どういう形で栄養バランスの主食を食べてもらえるのかを見つけるのが、一番大変。まあマーケティングですね。

髙島:今、具体的に考えていることはありますか?アメリカでこんなマーケティングを仕掛けようという。

橋本:アメリカは順番かなと思っています。まずは、日本から来ていることの合理性。「エコノミックアニマルの日本人は忙しいです。でも美食家で健康志向です。だからエコノミックアニマルでも美味しくて健康的な物を食べるために、パンと麺を再発明しました」というファウンディングストーリーをベンチャーとしてのせていきながら、現地だったらラーメン屋に行列ができるので、2カ月に一回ごとに有名ラーメン屋に期間限定で入れていく。そんな形で最初の立ち上げをしようと思っています。弊社はパンも持っているので、立ち上がってきたら、今度はハンバーガー屋さんに入れたり、冷凍ピザでやっていく。よりアメリカナイズしていくイメージの順番を考えています。

髙島:なるほど。ちょっとビヨンドミートとかインポッシブルバーガーに近い。有名レストランに入ってやるという。

橋本:そうですね。あそこと比較されるようになったら勝ちだと思っていて、「ビヨンド、インポッシブル、ジャストっていうのがあるよね。ベースフードっていうのも最近あるよね」と。インポッシブルバーガーのミートの部分はインポッシブルで、バンズの部分はベースフードみたいな。そこに乗っかれるといいなと思っています。

髙島:ということを考えていますが、日本食を広げた先輩からアドバイスがあれば。

茂木:個人的には、先週取り寄せて、パスタというかヌードルですよね、自分で3種類のソースを作って食べてみて、美味しいなと思いました。会社のコンセプトもすごく分かりやすいし、商品のコンセプトもすごくよく分かるし、ファウンディングストーリーみたいなのもあって。しかも味がニュートラルで美味しいので、アメリカの市場に入っていけるチャンスがあると思うんですが、ただやっぱりスピード感ですよね。ベンチャーの方にスピード感の話をしても釈迦に説法ですけれども。マネをされやすいものだと思うので、どこまでマネをさせないハードルを作っていくか。あとはスピード感でどんどん攻めていくか。その辺が重要になってくるのかなと思います。

橋本:ぜひ一緒にやらせてください。でも本当にたぶん、先ほどのエコシステムの話でスタートアップが早いのは、サービスプロダクトを作るのが早いだけであって、スケールは実はそんなに速くないと思っています。月商1億、10億でやろうと思うと、大手さんもJFCに入ったりするとパンっていくじゃないですか。ベースラーメンとかそうだと思うんですけれど。そこをぜひご支援いただければ。よろしくお願いします。

髙島:どこか日本でマネされていませんでしたっけ?

橋本:日本国内は日清食品さんにパスタのほうはマネされてます。

髙島:完全にマネされたんですか?

橋本:はい、そう思います。

髙島:そういうのは、どう感じるのですか?

橋本:マネされたことを悪いと言っているわけじゃないんですが、商品だけでなくキャッチコピー等も含めて似ているので、それって良いことなのだろうかと正直思います。ただちょっと嬉しかったんですね。もちろんそうじゃない感情もありますけど。でも自分が作った麺を大手さんがマネしてくるっていうのは、社会的にインパクトがあったなと思うし、日清さんがやるまでは、「主食が栄養バランス良くなるなんて、そもそも起きないでしょ」という議論だったんですが、それが「起きそうだけれど、どこが勝つの」という議論に変わったので、大きな節目だったと思っています。ただ僕としては、日本というのは、大手の会社さんが率いているところに期待はしていたのですが、ベンチャーの商品を完全に一緒のものを作って、ちょっと潰しにくるような動きだったんで、ちょっとこれは海外と比べるとエコシステムではないなと思いました。

髙島:そうですね。エコシステムではないですね。そうやって自分に言い聞かせていないとやってらんないということですよね(会場笑い)。よくわかりますよ。僕もそうでした。

「食」と「医」について
----煽るような宣伝を押さえて信用を保つ必要がある

髙島:冒頭の質問に関連することを聞きたいのですが、ヘルスケアとか医薬とか出てきましたので、そこと食との領域というのは、僕らも非常に境界線は無くなっていくだろうなと思いながら仕事をやっていますし、小林さんの場合、もしかしたら「地球の健康」みたいになってくるかもしれないですが、食品領域と違う領域について、未来がどういうふうになっていきそうか、3人の方からコメント頂いてから会場の質疑にいきたいと思います。

茂木:おっしゃる通りで、食と医療というのは垣根は相当低いんじゃないかと思っています。医食同源という話も昔からあるわけですが、日本食がこれだけ注目を受けるようになったのも、健康的な食事だからということが認知されているからだと思いますし、例えば私どものやってきている醸造・発酵から生まれてくる酵素というのは、かなり医薬に近い部分がございまして、1961年に盛進製薬という薬品の会社を作って、そこでエンザイム大量に生産して胃腸薬のメーカーさんに卸したりしたこともあるんです。そういう形で研究をしていくと、非常に食品と医療は近い部分にあると思いますし、今後も食品の分野から新たな商品が出てくるかなという感じがします。

髙島:例えば薬事法がなきゃいいのにとか、そういう規制について思われたことあります?

茂木:そういう意味では、トクホが出てきて、今、ある程度、効能が謳えるようになってきていますが、逆にその辺の規制を無視して、かなり煽るような宣伝をするところも多いので、そこをうまく押さえていかないと、公正性が担保できないと思いますし、信用もされなくなってきちゃうかなと思います。

髙島:確かに食の領域からヘルスケアにいこうとすると、規制を無視しているところと一緒くたに見られやすいというリスクが結構ありますね。その辺はむしろ、しっかりしていない人たちと、しっかりしている人たちを明確にしていったほうがいいんじゃないかということですね。

橋本:今の話だと本当に僕ら渦中にいると思っています。健康食品と食品の間のポジショニングというのを取ったんだと思います。そういう意味だと、健康食品と見られるとサプリメントとか、今のような話になることも結構あったりして、例えば「ベースフードだけ毎日食べるのですか」という話になったりする。一方で医薬と食、健康と食と考えた時、健康食品は全員が食べているわけじゃないけれど、食品は全員が食べていると思うので、健康食品というよりは、食文化とか食のフォーマットですよね。食のフォーマットがしっかり美味しいというところが大事で、ビヨンドミートはそこをうまくやったのかなと思っています。どう見ても不健康そうなハンバーガーです、しかも食べたら10人中10人が分かりません。でもそれはプラントベースで作っています、という商品です。なので、僕らも健康なものを、過去の食のフォーマットと、今の食のフォーマットと、美味しさというのを組み合わせて、体の健康だけじゃなくて心の健康も、みたいなところをやっていければと思います。

髙島:そういう意味では、こういう会のもう一つの意味というのは、食品ベンチャーと製薬大手の方々との出会いがあったりすることですね。正直、食と医は、医食同源といわれるのに、業界間のコミュニケーションないですよね。こういう場をコミュニケーションの起点にしていったら非常に良いかなと思います。では最後、他業界との連携、どうでしょう。他のテーマでもいいですよ。

「農」と遺伝子について
---テクノロジーが加速し、食が根本的に変わる可能性も

小林:牛に限らず農業の基本的遺伝、育種改良だと思うんですが、今、クリスパーみたいな遺伝子書き換えの技術とか簡単に使えるようになってきてるじゃないですか。植物は育種改良をするのに結構時間かかりますが、鶏とか豚とか牛は、育種改良するスピードがすごく早いんです。データがめちゃくちゃ取れるので。例えば今、ニュージーランドだと「a2ミルク」というのが流行っています。お腹がグルグルしない牛乳、お腹を壊さない牛乳で、ある特定の遺伝子があると、お腹がぐるぐるしない牛乳が出る牛がいるんです。育種改良の結果わかったことですが、それは流通にも影響を及ぼすようなテクノロジーにもなります。あと、世界中見たら、角のない牛、牛はそもそも角があるんですが、人間が怪我しちゃうので角のない牛を作ろうとか、病気をしない牛を作ろうとか、そういうのがすごいスピードで進んでいる。育種改良のスピードがどんどん上がっていくと、食というのは根本的に変わってしまう可能性があると思います。

髙島:従来からやっていたけど、最近のテクノロジーで凄くスピードアップして。

小林:おっしゃる通りです。そこがデータの解析と相性がめちゃくちゃ良いのでサンプル数が取れれば取れるほどスピードが上がる。そこが今後のカギかなと思っています。

質疑応答
----第三セクター、ゲノム、コスト、環境保全についての質疑

髙島:なるほど。では残り10分くらいですか。もう1回聞きたいということも含めて、皆さんから質問をどうぞ。

質問者1:小林さんにお聞きしたいのですが、自分で畜産を始めたいということで、組合との問題があったようですが、端的にいって第三セクターという考え方をお持ちなのかどうか。いわゆる自分たちで立ち上げるのが大変だけれども、行政を巻き込んで、一緒になって立ち上げてスタートアップして、その後、自分たちで分業して幅を広げる、というお考えになっているか伺いたい。

髙島:ありがとうございます。先に質問を受け付けたいと思います。今、小林さん宛の質問ですけれど、他ありますか?

質問者2:先ほど遺伝子であるとか、ゲノム編集の話が出たと思うんですが、実際に皆さんはそういった先端技術を、どういった形で活用されているのか、具体的な話を聞ければと思いますし、例えばゲノム編集をせずに、エピゲノムといわれる環境自体を変えることで、新しい効果を得るみたいな領域も、今、広がっていると思います。その辺りの皆さんのお考えをお聞かせいただけると幸いです。

質問者3:お二人にコストのことについてお伺いしたいんですが、例えばイスラエルでは、もうそういうものをすごい多く作って、それで単価が決まる。先ほど大手食品会社がマネした、そしたら価格競争というかプライシングがありますが、その辺りの考え方を伺いたい。

質問者4:ちょっと違う観点ですが、農業と環境保全みたいなものって本当は関わっている気がするのですが、 そういうところに、どのような考えを持たれてるか。

髙島:小林さんが多めですが、小林さんがいろいろ答えながら、お二人にも答えたいものを答えてもらう方式でお願いします。じゃあ小林さんから。

小林:環境保全は、まさしくおっしゃるとおりだと思います。例えば今、世界の水の7割が食品で2割が工業用水で、1割が人間の生活用水になっていますが、7割の水を突っ込むと、世界で今、水を使った農業は15%なんです。それだけで食料の4割か5割ぐらいを作っているという状態です。農業に対して水が全然足りないという状況になっています。あとは、牛は環境負荷が半端ないんです。そもそも地球の面積に対して牛が多すぎるので、糞尿処理のスピードが全然追いつかなくて、それが結局地下水に浸透したり、かなり大きな問題が起きているというのが僕の体感です。なので「牛を増やしていこう」という富裕層が増えているので、牛や豚、鶏をどんどん増やしていこうという流れなんですが、それは穀物を大量に使うことになり、水を大量に使うことになり、さらにアウトプットされている糞尿も処理しきれないという、変な循環が無理やり作られている、というのが現状だと思います。今、国際的にもそこが問題だねと言われていて、SDGs(持続可能な開発目標)なんかそうだと思うんですが、人間の知性はそこに目が向いているので、いつか解決するんじゃないかと楽観的に思っています。

髙島:ほか、第三セクターの話やゲノム、それからコスト出ましたけど。

茂木:まさにサスティナブルじゃなきゃいけないという話だと思います。食を取り巻く課題はサスティナビリティというのが今後の大きな課題となると思います。一例ですが、シンガポールが、サーティ・バイ・サーティというストラテジーを立ち上げまして、3月に発表したのですが、2030年までにシンガポールの食品自給率を30%までにあげる、今は10%ですが、それをやるために何をやるかというと、野菜工場を作ります。植物タンパクを使った肉代替品みたいなものを研究します。それに発酵技術を取り入れて効果を上げていきます、ということを考えているようなんですね。シンガポールは単純に自給率を上げるだけではなく、多分そこにそういうフードテックをたくさん呼んで、一大クラスターを作ろうとしているんじゃないでしょうか。実際にシンガポール発じゃないフードテックも入ってきている。食品はこれから先、かなり戦略的な産業になってくるのではないでしょうか。

橋本:確かに僕はシンガポールの投資家から、シンガポールにヘッドクォーター移さないかみたいな話しがありましたね。

茂木:その辺のところはちょっと注視していく必要があるかなと思います。

髙島:ありがとうございます。橋本さん、何か答えたいものがあれば。

橋本:多くの人が変わらなきゃいけないと思っています。「牛の環境負荷が高いから、私は牛を食べない」という人は、世の中の数パーセントだと思うんです。だからその部分が、私も最終商品を売っているポジショニングにいるので、役割かなと思っていて、「地球のため」というのもありますが、「楽しい」というのもあると思うので、プラントベーストのものを食べるのが楽しいとか、そういう雰囲気づくりで貢献したいなとも思います。

髙島:なるほど。あとゲノムとコストについて。

小林:第3セクターはすぐ答えられるんですけれど。立ち上げに苦労しているのは、時間軸が合わないだけなんです。要は向こうの意思決定のプロセスと、こっちの意思決定のプロセスが違いすぎて、向こうがうちを邪魔しようとしてるってことじゃないんです。それは向こうの考え方が、ゆっくり時間が流れていく考え方なので、だから自前でやったほうが今は早いかなと考えています。これって地域の人口の問題になってくるので、協力していただける市区町村の方がいらっしゃれば、ぜひ一緒にやりたいと思う気持ちあります。

髙島:ほか、先端技術とかゲノムやコストについてお願いします。

橋本:コストについては、実は大企業の方の商品も高いですよ。というのは、栄養バランスに主食というマーケット自体が、大企業の方にとっても、われわれにとってもまだ小さいので、そういう意味ではスケールメリットが働かないという点では同じです。なので、新規ビジネスにおいて、どちらのほうがマーケットをいっぱい取れるか、というところでスケールが変わってくると思います。あと、ここは触れるか悩んだのですが、小売店に置くと、そこのマージンが一番大きい。僕らと大手さんの加工賃の差って10円だったりするんです。ただ最終のところで200円とか取られていると思います。そういう意味だと、弊社は直販もやってるので、そこも使いながらスタートアップ的にやってくのがいいかなと思っています。

髙島:ありがとうございます。さっきゲノムのところ、遺伝子の質問がありましたが、僕が感じるのは、日本は安全と安心が完全に別物になったということです。安全だけど安心できないとか、安全じゃないけど安心みたいな。そういうのはかなりあるんですよね。それはたぶん、放射能とかのあたりから安心と安全が乖離したのは顕著なんですね。僕はテクノロジーマーケットに接してて思うのは、安心を獲得するのは難しくて、安心を獲得せずに不安に思いながら食べるのが一番健康に悪いということです。日本のマーケットの場合は、そこの安心を獲得するために、僕らは何をしていくのかを考えながらテクノロジーを入れていくのが重要だなと常々思って取り組んでいます。

じゃあ、最後にひと言ずつ。未来に向けての宣言をして終わりましょう。

小林:本日はありがとうございました。楽しく農業やりたいですね。牛、大好きなので。ありがとうございました。

橋本:新しいいろいろな連携の形を模索して、新しい社会システムみたいなものを、日本からグローバルに出していければなと思っています。今日はありがとうございました。

茂木:最近、皆さん「頭で考えて食べる」ような、そういう感じになってきていると思うのですが、それを突き詰めていくと、だんだん餌みたいなものになっていっちゃう気がするんです。やっぱり人間の食べる食ですから、おいしさとか食べた時の幸せとか、そういうのを感じるような商品にこだわって、これからも商売できたらいいかなと思っています。今日はありがとうございました。

髙島:会場の皆様のご協力と、三人の素敵なパネラーで、いいセッションになったと思います。本日はありがとうございました。

画像:分科会2-C「食・農業の未来」 セッション風景

以上
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産業の未来2 分科会2-D「金融の未来①(フィンテック)」

《パネリスト》 ※写真は左から
小澤 隆生(ヤフー 取締役専務執行役員 コマースカンパニー長 コマースカンパニーショッピング統括本部長)
東 和浩(りそなホールディングス 取締役兼代表執行役社長)
舛田 淳(LINE 取締役CSMO)

《モデレーター》
辻 庸介(マネーフォワード 代表取締役社長CEO)

画像:分科会2-D「金融の未来①(フィンテック)」 パネリストとモデレーター

未来の金融に向けた各社の取り組み

辻:本日はよろしくお願いします。大変、緊張しております、りそなホールディングスの東さんに来ていただく、パネルディスカッションに登壇させていただくことがあろうかと。人生とは、分からないものですね。さて今日は「フィンテック・金融の未来」と、非常に大きなテーマを掲げています。資産運用関連は別のセッションがありますので、ここでは主に、決済やデータ活用など、リアル×ITに関連した話を中心に伺っていきたいと思います。始めに、簡単に自己紹介もかねて、各社の取り組みをご紹介いただければと思っております。では、小澤さんからお願いできますでしょうか。

画像:小澤 隆生氏

小澤:皆さん、こんにちは。よろしくお願い申し上げます。金融のセッションに登壇するというのは、非常に緊張しますね。私はヤフーで、eコマース(電子商取引・EC)を中心にやってきて、昨年から、金融も担当になりました。ヤフーは決済分野においては、PayPayというものを進めています。また昨年ジャパンネット銀行を連結子会社化しております。そして、ヤフーカードという形で、クレジットカードの運用もしております。
今、成長しているPayPayを軸に、今日のテーマである「未来の金融」をつくり上げられれば良いと思っているのですが、結論から申し上げると、明確な形をお伝えできる面はまだ少ないかもしれません。今日は、「東社長から仕入れてこい」との会社からの指示もございますので(笑)、しっかりと、皆さんと議論できればと思います。よろしくお願いいたします。

辻:よろしくお願いします。では、東さん、お願いいたします。

画像:東 和浩氏

東:りそなホールディングスの東と申します。よろしくお願いいたします。今日は、本当に、このセッションに出て失敗だったなというふうに思いますけれども(笑)。アウェイ感が満載で、何を言って良いのか困っています。銀行としては、昔からフィンテックと言わずとも、コンピュータを使った仕組みにはいろいろ挑戦してきました。銀行は主に、リアルチャネル、つまり店舗をベースにして業務が行われてきたのですが、ずいぶん時代も変わってきたと感じています。
2014年頃に「フィンテック」という言葉が使われていたかどうか、よく覚えていないのですが、その頃から次の仕組みについて考え始めていました。中心となったのは、現行のシステムが重すぎる点や、店舗での人手を介した仕組みをどう変えていくか、というあたりです。ITを使ったサービスと、一般の店舗を使ったサービスをどうやって融合させるか。元々小売りから始まった言葉ですが、「オムニチャネル戦略」を打ち出して、取り組んでいるところです。まだ完全な融合にたどり着けたわけではなく、新しい金融の道を開いていくためにどうすれば良いかについては、日々悩みながら進めているところです。銀行自身が自己変革していく必要性も感じながら、フィンテックを進める企業さんとコラボしながら、あるいは競争しながらやっているのが現状です。

辻:はい、ありがとうございます。次に舛田さん、お願いいたします。

画像:舛田 淳氏

舛田:皆さん、こんにちは。LINEの舛田でございます。LINEはメッセンジャーからスタートしましたが、何年か前から、それをベースにプラットフォーム化しましょう、という方向に進んでいます。最近では、Life on LINEということで、24時間365日、LINE上で生活に関わるすべてのことをサポートしていくことをミッションに掲げております。中でも生活の中で変えなくてはいけないのは、お金だろう、お金を変えれば、様々なものがいろいろと変わる、社会構造も変えられるだろう、という考えで、今、お金に関する取り組みに注力しています。新聞等でご覧いただいていることもあると思いますが、お金、つまりフィンテック領域が、次の柱として戦略的事業となってきています。広告事業や、その他諸々の収益を投資しております。素敵に赤字でございます(笑)。ただ、株主の皆さまからも、結構ご理解をいただいていて。やはり、次の柱は間違いなくフィンテックだろうとの認識がありますので、そこに関しては、さらに強力に進めようということでやっています。小澤さんのお話と同じ点もありますが、決済事業、LINE Payを入り口として、たとえば証券であるとか、スマート投資であるとか、家計簿、最近ですと仮想通貨......「全張り」でやらせていただいております。全張りで進めているのは、どれが成功するか分からないということもあるのですが、それぞれの領域が何十年も変わっていない構造だという点もあります。変わっていない構造にはチャンスがあるだろうということで、すべてチャレンジをしているというところです。キャッシュレス、キャッシュレスと、最近ずっと叫ばれていますが、その理由はやはり、物理的なお金ですね。我々からすると、現金を介すると体験が切れてデータとして追えなくなってしまいますので、そこをまず、どうにかしなければいけない。最近、OMO(Online Merges with Offline)とか言われていますが。OMOのように、オンラインとオフラインを統合していくためにも、物理的なものが間に挟まっていると、その瞬間に体験が切れてしまうので、データをこう使おうか、個人化しようか、といったことも全部含めて、できなくなってしまうんですね。物理的なお金を介するところに、いろいろなものが乱立する傾向もありますので、どうやって、お金の流れをスムーズにして、統合的な体験をしていくのか、というのが、実は本筋のテーマでございます。今はそこに注力しているところです。本日はよろしくお願いいたします。

1年で急速に進んだキャッシュレス

画像:辻 庸介氏

辻:ありがとうございます。よろしくお願いいたします。ここから、フリーディスカッション形式で進めたいと思います。最初に、決済を取り上げましょうか。ユーザーさんが決済をしますと、そこから、リアルの店舗で、今まで取れなかったデータが取れるようになり、さらに広がりがつくられるのは皆さんご存知だと思います。そこから、アセットマネジメントであったり、レンディングであったり、いろいろなサービスに広がっていく、その広がりについて、「今、この辺までは見えているな」とか、「このあたりが今突っかかっているな」とか、とてもセンシティブなテーマなので、言えないこともたくさんあると思いますが、言えるところをぜひ、お聞かせいただけますでしょうか。舛田さん、いかがですか。スコアリングといった世界もあると思うのですが。

舛田:突っかかっているかどうかですか?全方位で突っかかっていますけどね(笑)。ただLINE Pay自体、2014年からスタートして今に至るわけですが、やはりこの1年、特にこの半年のスコープで見ていくと、キャッシュレスというのは、間違いなく進んできています。コード決済、スマホ決済というものも、間違いなく進んできていて。おそらく、皆さんが思っているよりリテンションは高いです。
例えば、ポイント経由で入ってきたユーザーがいます。そのユーザーが、ポイントが大好きだったとしても、ポイントが少なくなってきたら止めるかといったら、実は、そんなに止めないんです。実際、ポイントは確かにフックにはなりますが、結局、それを1回体験してしまうと、慣れるので。「教育」が終わったことになるのです。それで、継続してお使いいただく方は増えています。で、それぞれの会社を見ていただくと、プロモーションの仕方は微妙に修正され続けてきているんですね。ここは、継続ユーザーに関しての取り組みではなく、新規をどう取っていくかに、ウエイトが置かれていると思います。継続率が高くなってきているからですね、ようやくですが。だから新規を増やせば、キャッシュレスの人たちが増えることになります。これは、加盟店が増えてきたことの影響は大きいです。コンビニとか、スーパーとか、ドラッグストアとか、いわゆる日常的なものですね。立ち寄り先が使えるようになってきたので、継続される率も増えました。さらにユーザーを増やすとしたら、やはり、加盟店がまだ増えなくてはいけない。増えるためには、加盟店の皆さんにとってのボトルネックを、もっと解消しなければいけないでしょう。ユーザーにとってのボトルネックも解消しなければいけない。10月の消費税のところで、どんな動きが進むかが、ボトルネックを解消する手段になってくると思います。

辻:おそらくネット決済はお得意な方だと思います。他にアセットマネジメントやレンディングは、データを元にして、スマホでひょいっと借りられたら便利になるのではないかというイメージがあります。同じ金融ビジネスでも、ITが得意なところと、そうでないところで方針が結構分かれるのではないかというのが、僕の仮説です。レンディングはつい最近、始められたと思うのですが、そのあたり言える範囲でいかがでしょうか。

舛田:レンディングに関しては、可能性があるという感触は得ました。今、スコアリングをベースに、レンディングを考えられるようにしています。既存のいわゆる金融機関の与信情報と、LINEのスコアを掛け合わせて、最終的なスコアを決めているのです。これによって、通常、なかなか貸し出しが難しいという評価をされている方だったとしても、LINEのスコアを掛け合わせることで、少し柔軟性が出たケースが起こっています。ここは、データの勝負なので。どんどん回していって、精度を上げていけるのではないかという感触はあります。

オフラインとオンラインのデータがつながることで広がる可能性

辻:なるほど。ありがとうございます。小澤さんは、いかがですか。LINEさんが、コミュニケーションだとすると、ヤフーさんは、eコマースから来ている流れだと思います。eコマースからPayPayにいって、そしてこの先という時に、今、どういう取り組みをお考えですか?

小澤:オフライン・オンラインに関係なく、売り場を持っているところが、金融業も始めるのは非常にオーソドックスな流れです。他社でも丸井さんやセブンさんなど、売り場を持っているところが金融に展開してますよね。実際、お金を売り場で実際に使うという前提に立っていますから。目の前にお金を使う見込み客がいる状態ですので、分割払いにしませんか、3回払いにしませんかと、直接良いオファーが出せます。金利収入も得られます。今、日本のeコマース化率は、5%とか6%と言われている状態です。これは、間違いなく20%くらいまでいきますから。誰が何をいくらで買うというタイミングが、少なくともeコマースの領域では見えるようになります。そこでPayPayを使うなら、その状況もまた、見えるようになってきます。後払いも分割払いも対応しますからね。
なぜ、我々が競争しながらやっているかというと、お金を使うポイントを押さえにいっているからなんです。イオンさんでも、セブン&アイさんでも、金融の売上利益は非常に大きくなっています。決済だけに特化して、オンラインとオフライン、両方刺しにいく。そうすることで、データを一気に蓄積していって。オフラインのデータとオンラインを合わせて、さらにデータを充実させて金融業につなげていくことができる。お金を使うタイミング、借りるタイミング、資産運用するというタイミング、とありますが、今後必ず視野に入ってくるのは、お金が振り込まれるタイミングでしょうね。これから法改正、規制緩和が進むかもしれないと言われていますが、ひょっとしたら給与の振り込みは、銀行口座だけでなく、LINE PayやPayPayに直接振り込んでいいよ、となるかもしれない。そうなってくると、入り口から一気通貫になりますね。たとえば40万円振り込まれていたら、これをどういうふうに運用しますか、と。その時に「金融の未来」というのは、今と違った姿になってくる気がしています。
そこで我々は、まず、売り場をもっと大きくしようとしています。オフラインも含めた決済をできるだけ大きくした上で、上と下をどうしようかな、という状態ですね。「下」というのは、お金を貸すあたりで、「上」はたぶん、資産運用ということになると思います。

データ活用で期待される与信への効果

辻:ソフトバンクさん、ヤフーさんだと、AIにとても強い日本で有数の会社だと思います。その上から下のデータをつなげることによって、莫大なデータが出てくるでしょうね。例えば広告だと、マッチングの精度がAIによって圧倒的に上がることが期待されますが、金融のデータでAIを使うことによる可能性については、どうご覧になっていますか。

小澤:基本的には、与信です。ここが進めば一番良いですね。たぶん、舛田さんがおっしゃっていたことと一緒だと思います。今まで取れなかった形での与信が取れるようになるので、例えばクレジットカードの場合、通常のクレジットカード会社とは別のデータも活用しながら、枠を広げたり縮めたりして、実験をしています。最終的には、貸し倒れ率などに跳ね返ってくるので、相当、ビビッドに調整が見えます。法人にも、当然、活用できるとは思いますが、正直、そこまで、法人の方はまだ見ていないですね。

辻:なるほど。ありがとうございます。東さんにお伺いします。当社ではクラウド会計というのをやっていて、先週も全国にいらっしゃるお客様を回ってきました。こういうサービスは、ITリテラシーが高い方は使いこなしていただいていますが、まだまだそれは一部だと思っています。御行の店舗に来られる方々は、まだITサービスには手を伸ばさない方も多いと思うのですが、そういう方々を変えていくという点はいかがでしょう。店舗というリアルをお持ちの一方で、ウォレットをやられたり、ペイをやられたり。デジタライゼーションは大きな1つのチャレンジだと思うのですが、どのような課題感を持ち、どうやって進めていこうとお考えなのか、教えていただけますか。

東:まず、我々のアプローチは真逆なんでしょうね。言い方が正しいかどうか分からないのですが、お二人は生活産業からお金にたどり着いたという流れだと思って聞いていました。一方我々は、お金が先にあって、生活の方に広げていこうというアプローチだと思っています。我々はお金の流れはだいたいつかんでいるものの、何にどのくらい使っているかという点は、データとしてきちんと保有できていない面もあります。例えば、どうやってPOSデータにアクセスしようかという点も含め、今後決済運用を使って把握していきたいというところは、大変考えているところです。銀行は、皆、同じような取り組みを始めていると思います。

辻:中小企業に対してリアルの接点をお持ちなのは、銀行さんとか、会計事務所さんですよね。その領域でできることは、まだまだあるのではないかと思いますが、法人に関してはいかがですか。

東:かなり多いと思いますね。我々だけかもしれませんが、法人向けの与信と言いますか、貸し出しの仕組みというのは、つい最近まで、あまりデータ化できていませんでした。紙の稟議書があって、耳に青鉛筆を挟むくらいのイメージで、まさに審査していたわけです。これまでは、どちらかというとデータの山を持ちながら迷っていた感じですが、今後どんどんデジタルデータにしていくことで、解決できる部分が非常に多いと思っています。
実は、多くの銀行はかつての苦い経験が結構残っています。20年ほど前に、AIではなくて、アルゴリズムでいろいろなレンディングの仕組みをつくったのですが、結構失敗したんですね。その思い出が残っている人にとっては、躊躇する部分が結構あるのですが、失敗したのでやらないという話ではなくて。新しい仕組みの中で、決済データを使って、どう分析して、貸し出しができるかということは、我々としてもチャレンジしています。ただ、AIというのは結構ブラックボックス化しやすいので、どういうロジックでやるかは、まだまだ研究しなくてはいけないと思っています。

辻:リアルのオペレーションの大きさは改めて感じさせられるところですが、一方で御行のフィンテックはどういう部門がリードされているのでしょうか。やはり今までのストラクチャーと、チャレンジしてみてダメだったらやり直す、というようなやり方は、文化が違う面もありそうに見えます。組織の意思決定スピードに求められるものも違いますし。日本全国の大きな会社さんが試行錯誤されているところでもあると思うのですけれども。

東:その点では、実はまったく別組織にしました。通常のリアルな店舗を支援しているIT部門は、メインフレームコンピュータを軸につくられていてものすごく高コストだし、時間もかかるわけです。そこと完全に切り離して、アジャイル型の開発を進められる部門を別につくりました。決済と、それからオムニチャネル関連ですね。決済というのは昔からやっている領域なのですが。今の新しいフィンテック型の組織が、将来、勝つようにどう育成していくか、というのが課題ですね。

「ペイ」サービスの乱立をどう捉えたら良いか

辻:ありがとうございます。分けられているのですね。
今日来られている方々がたぶん聞きたいのは、「何とかペイ」が乱立している中で、どれを導入したら良いのか、これからどう考えていけば良いのか、という点ではないかと思うのですが。色々な「ペイ」サービスが乱立する中で、どうしたら良いですか?小澤さん(笑)。

小澤:いや、全部なくなるかもしれませんよ(笑)。現時点では、全部足しても、Suicaに負けているような状態ですし。やはり使いづらい点があるのは、我々もよく認識をしております。事業会社サイドがキャッシュレスを主導してやっていますが、ユーザーは置いてきぼり、お店は置いてきぼりというのは、よく言われていて。使い勝手の側面には課題があります。でも皆さん、たった半年でこんな状況ですからね。

辻:すごいですよね。たった半年で1,000万人。

小澤:これで3年、5年やったら、キャッシュレス社会が進んだり、当然そこにビジネスチャンスも生まれてくるはずです。我々の体力が持つかどうかは別ですけど(笑)。でも、ここに数百億円、数千億円と、全事業者が突っ込んでいきます、と。中国では、少し前にこういうことが起きて、結果的に世の中が変わってきました。中国はお手本がないままやっているので、すごい。我々は「こうやって社会が変わるんだ」というのを目の当たりにした上で、失敗しそうなことは外し、成功しそうなことに絞ってやっているので、まだこれで済んでいるという状態です。
そういう意味で、我々にとって二次元コードの決済というのは、まったくゴールではないのです。現金ではないデジタルの世界が、比率として必ず今の何十倍にもなるという前提に立って、金融ないし、その他のサービスを設計できるかどうか、ということだと思います。そういう世界に基づいて、自分たちの事業が設計できるかどうか、ということは、皆やっておいたほうが良いのではないですかね。

辻:ヤフーさんの中で、5年後、10年後こうなるといった絵を議論されてから、今こうしよう、という感じでやられているのですか?

小澤:もちろん!これは、議論していなくてやっていたら、あり得ない話でしょ(笑)。

辻:すいません(笑)。

小澤:我々の場合、俗に言われる、Alipayだったり、WeChatPayだったり、インドだったらPaytmというところと関係がありますから。私も、広州に何回も行ってきました。中国と日本では前提条件が違うんだなと思いつつも。全体感でいうと、今、現金を当たり前のように使っているけれども、皆さんも中国に行って、Alipayなり、WeChatPayを使った時、3日も経てば、現金を出すのが恥ずかしくなると思います。「何、現金を使っちゃってんだ!」という雰囲気を味わうというのを身に沁みて分かった上で。大前提を1回切り替えて、1年くらいプランニングをしてやりました。

社会がパラダイムシフトするときにビジネスチャンスがある

辻:なるほど。舛田さんはいかがですか。LINEさんもあらゆるサービスを張られていて、もはや、やっていない金融サービスはないという感じだと思うのですが。

舛田:これは、まさに、小澤さんがおっしゃられているとおりで。そういう世界が来ないと思っていたらできないんですよ。これは必ず来る、と信じて。信じてというか、来るんですよ。来ないわけがないんですよね。

辻:時間軸の問題?

舛田:時間軸だけの問題です。日本だけ、現金比率がこれだけ高いですが、維持できるかと言ったら、維持できないですよ、それは。時間軸だけの話ですけどね。そこで時間軸を早めるのかどうなのか。早めた時に、どういうビジネスチャンスが生まれるのか、というのが、当然、見ているところです。誰かにやってもらうのか、自分たちでやるのか、皆で一緒にやるのか、という点も考えますね。皆で一緒にやるのが、一番良いのですけれど。LINE Payでいうと、当時はそんなに強力に進めているところがなかったですね。実は、待っていた節はあったのです、誰かやってくれないかな、と。でも、どうも来なそうなので、じゃあ始めよう、と。で、小澤さんのところも含めて、皆ワーッとなって。皆でやると、数字がよく伸びる。政府も含めて、「その気になってくれた」というのが、やはり大きいですね。その気になってくると、メディアの方もその気になるんですよね。そうすると、加盟店の皆さんも、消費者の皆さんも、その気になってくださるので。皆がその気になってくださったが故に、今、大きな絵を進められています。
我々は、ある種、インターネットの産業にいて、新しいことにチャレンジするというのが、ミッションになっている会社なのです。だからこそやらなくてはいけない立場だと思っている。まさに、社会がパラダイムシフトをする時のズレですよね。ズレをビジネスチャンスとして捉えて、アクセルを踏めるか踏めないかが、勝負だと思っています。そうでなく、このズレが、全部整ってからやろうとすると、今までの既存プレイヤーが出てきて、すべての枠組みを、既存の延長線上で組み立てをしてしまって。たぶん、それではビジネスにならない。だから早々と、出血大サービス中ですけど(笑)。出血を伴いながら、進もうというのが、我々の考え方です。

辻:なるほど。今日、いらっしゃっている方々も、未来は、そうなるのだろうと思われている方は多いと思います。一方で、それだけの投資ができるって、なかなかない。LINEさんだと、Payから始まって、証券とか、レンディングとか、家計簿、仮想通貨もこの前許可が降りていますよね。一経営者としては、よくあんなにチームが立ち上がって、できているなと見えて、感動すら覚えるのですが。

舛田:クレイジーですよね(笑)。

辻:いや、僕の口からは言いづらいですけど(笑)。

舛田:いや、クレイジーだと思います。社内でも「経営陣は何を考えているんだ」と言われることはあります。実のところ、チームが潤沢に組めているかどうかというと、必死です。当然、ある一定のリソースは割いていますけど。相当背伸びをして、無理をして。当然、人も採用しています。去年で言うと、フィンテック用にグループ全部で、1,000名くらい新たに採用しました。金融機関出身の皆さんを含めて。なんせ、私たちは素人ですからね。無邪気にチャレンジはするのですが、無邪気すぎると、えらいことになります。違うところは、いろんな方にアドバイスをいただきながら、学習しましたので。だいぶエキスパートの皆さんに入っていただいて、進めてきています。正直、今は他のリソースを削ってでもこちらに、という決定をしているところです。

事業者にとっての使い勝手が重要になる

辻:なるほど。ありがとうございます。東さん、デジタルのお二方からのこういった話ですが、一方で、圧倒的な大規模の「リアル」をお持ちの経営者として教えていただけますか。世の中や時間軸で見ると、難しいところと、進むところが結構分かれる気がしますが、どういうふうにご覧になっていらっしゃいますか。
ユーザーの生活が変わっていくスピード、テクノロジーを使うスピードなどは、りそなさんの店舗に来られている方々を考えると、一気にパッと変わる感じもしないのですが。

東:まさに、そこがポイントですね。実は、思ったほど変わっていないな、と。私なんかが見ていると、そういうふうに感じるんですよね。お二人はどちらかというと個人を見て、どんどん新しい仕組みを世の中にチャレンジされていますが、我々がどこを見ているかというと、中小企業が中心です。その事業者さんの使い勝手をどうやって改善するか、という方に目を向けています。要は、レジ横に3つも4つもペイメントの端末が並んでいると、どれを使ったら良いのだろうか、となりますよね。結構複雑なオペレーションをやってしまっているわけですよ。特に販売店ですね。そこをどう助けるか、というような発想です。我々自身では、ペイメントサービスの新しいものは、そんなにつくっていません。一応、銀行Payという、地銀さんと一緒の仕組みをつくっていますけれども、それくらいで。独自のものをつくろうというふうには考えていないです。
それよりも、今、申し上げたような中小のリテイラーが、いかにオペレーションしやすくするかを考えています。ですから、PayPayもそうだし、LINE Payもそうですけど、それらがどれでも使えて、従業員の教育も簡単になるような端末をきちんと提供して、事業者さんの役に立つ仕組みづくり、プラットフォームづくりを中心に考えていますね。

辻:なるほど。それは、主に、企業経営者向けのプラットフォームというイメージですか?

東:そうですね。企業経営者というか、企業向けですね。

辻:そこをやっていらっしゃるプレイヤーは、今、実は、日本ではあまりいませんよね。

東:こういう見方でペイメントサービスを見ているところは、あまりないかもしれないです。

辻:そうですよね。飲食店だと業界特化のところはあるかもしれないですけれど。なるほど。ありがとうございます。なかなか......。困りましたね......。いや、進んでいる方向は、間違いなく、皆、見ているところは一緒でしょう。でも時間軸は、人によって違っていて。それを、世の中でガガッと進めていくみたいな、そんな感じを受けましたが。ただ全体の向かう方向が、かえって分からなくなってきたんですけれども、小澤さん、助けていただいて良いですか。

「お得さ」を軸に好循環を起こす

小澤:例えば、eコマースの進みというのは、だいたい20年くらい経っています。最終的に進んだのは、個人の方が、利便性をベースにECで買いたいという面ですね。法人の方は、お店もあるし。eコマースはやらなくてはいけないけれども、お店はどうなってしまうのかな、という方が多かったと思います。
僕らは、インターネットの未来を信じて、eコマースにたくさん投資してきました、「そういう世界が来る」と言いながら。それでユーザーが、ガーッと成長していった。基本的には、個人の方をずっと見続けてやってきたんです。我々ができることは、まさにPayPayだったり、LINE Payのように、ユーザーの方が使いたいことを押すしかないのです。僕らはそれしかできない。出血大サービスという言葉もありましたけれども。
で、法人の方は、「これをやると1人でも多くのお客様が来るかもしれないですよ」という形でアプローチしています。お客様を呼べる決済サービスという位置づけですね。お客様が使う理由は、「お得さ」です。その「お得さ」に関しては、一旦こちらが負担をしますよ、とする。中国の事例を見ていると、2回、3回と使うと、そもそもの行為としての便利さに気づきます。ポケットから小銭をジャラジャラいわせながらとか、640円のものを買うときに1,140円出すわずらわしさ、みたいなところに個人が気づき出します。
この比率がぐっと上がってくると、中国と同じですね。中国で今何が起こっているかというと、そもそもお釣りを用意しない。お店に現金を用意しておく必要がない。そうすると、泥棒が減る。お店の人もひと手間減るというように、好循環が生まれてきている。おそらく、インターネット企業側は、最初に個人の背中を押すところの役割です。過大な投資をし、お店に一人でも多くのお客様をお渡しする、と。そこで、りそなさんが、法人に対して使いやすくなるツールを提供いただくとするなら、我々にとっては良いことしかございません。我々ができることは、やはり個人。銀行さんだったり、別の方々に、法人側の背中を押ししていただくと、世の中がぐっと回ることになるのではないかと、聞いていて思いました。

辻:なるほど。ありがとうございます。そういう意味では、今の金融の法律ですよね。法律も変わってこないといけないなと思っていまして。たとえば、貸金業法。僕の課題意識は、1,500兆円とか、1,600兆円と言われている個人のアセットを、どうやって成長資金に向けていくのか。だから、語弊があるかもしれませんがアセットマネジメントが進みにくいかもしれないと先ほど申し上げた点、この日本では、喫緊の課題であり、解決しないといけない問題だと思っています。要は、個人のお金が、よりアセットマネジメントとか、レンディングとか、世の中に流れるところに規制緩和が必要だと思っています。そこには新しいITサービスやIT適性があると思うのですけれど。そういう課題意識や、こうあったら良いというご意見をお持ちでしたら、お三方にお聞きしたいです。どなたかございますか?舛田さん、いかがですか。

お金を管理することへの興味喚起が必要

舛田:法律に関していうと、それこそ、給料の問題が一つの大元だと思います。そこがデジタルで扱えるようになると、いろいろなものが溶解していくというか、もっともっと流れは良くなっていくと思います。今、例えば、給料が銀行に振り込まれた後のお金の振り分け方って、基本的には支払い以外に、あまりしないですよね。運用に回しましょうという意識は、やはりあまり無いので。体験として全部、切れてしまっているが故でしょうね。あとは、お金を管理することに、そんなに皆、興味が無い。例えば、家計簿サービスとか、いろいろやるじゃないですか、続かないじゃないですか(笑)。やはり、全員がやった方が良いですよね、あれね。

辻:全国民がやった方が良いと思います(笑)。

舛田:家計だけなくて、個人も含めて、やった方が良いんですよ。

辻:間違い無いです。

舛田:間違いないですよね。一生懸命、努力はしているのですけれど。使っているのは結局、一定の層なんですよね、ある一定の層が、いろんなサービスを使って、やめて、使って、やめていたり。もしくは、被って使っていたりとか。だからもっと層を広げたいとは思うのですけど、広がりきらないのはきっと、お金を管理することに、そんなに興味が無いというか、癖が無いというか。

辻:楽しくないですからね。

舛田:とかがあるので。興味が無いのに資産運用にいけるかというのは、一個の観点だと思います。あとは、今、FOLIOさんとスマート投資というのを始めていて、これも、資産運用ですよね。今、内部で議論しているのは、資産運用に興味が無い人に「資産運用」と言って本当に響くのだろうか、という点です。ここでは、証券ではなくて、もっとハードルが低いことをやろうとしているのに、「少額の資産運用」といっても、響かないのではないかと。

辻:その時点で、伝わっていないということですね。

舛田:同じことでも、リフレーミングのように、違う角度で定義をしてあげないと、結局は、資産運用の最初のハードルを越えないのではないのかと思っています。例えば「積み立て」のように違う目標があって、小さい目的をクリアしていくくらいの方が良いのではないかという考え方もあると思うのです。もう資産運用されている方々は、放っておいてもやってくれる。でも違うやり方もつくらないと、全体の資産運用比率は上がっていかないでしょうね。
例えば、我々は今、野村ホールディングスさんと一緒にLINE証券をやり始めています。野村HDさんが期待しているのは、今、資産運用をしていない人、あるいはライトにしか資産運用していない人に対して、サービスを提供する部分です。ここは、窓口に来てくれることを考えている時点で、もうできないんです。やはり、スマホから簡単に、それこそ、いつものLINE上から簡単に、なんなら24時間365日使えるように、ということが必要です。買うものも、もっと分かりやすくしてあげたり。それらを、どんどんやることによって、増えていくと思いますね。さらにレイヤーを分けて考えると、最適な商品はまだまだできていない。そこをやっていくことで、もう少し利用比率が上がっていくのではないかなと思います。ただ冒頭にも出ていたように、時間はかかると思います。

金融リテラシーを社会全体で上げていく

辻:そうですよね。LINEさんのような、コミュニケーションとエンタメ要素を持っている会社が、新たな角度で、金融サービスをつくられるというのは、やはり面白いですよね。ワクワクします。お二方はどうですか。

東:どんどんフィンテックからは外れていきますけど......。日本は今、個人金融資産が1,800何十兆円あり、その内の52%が現預金です。グローバルに見ると、かなり、歪な構造です。これは法律の問題より、そもそも教育の問題だと思うのです。やはり、お金について考えることを良しとしない風土があって。そこについては、相当、教育を変えていかないといけないと思います。あまり言ってはいけないかもしれないし、捉え方も一律ではないですが、2,000万円問題というのが、結構極端に捉えられてしまうとかね。ああいうのを冷静に受け止める教育をしていかなくてはいけないと思います。

辻:ありがとうございます。教育は、本当に。時間はかかりますけど、絶対に必要な一つですよね。小澤さん、いかがですか。

小澤:今の東さんのお話は、大変共感しますね。我々は、私個人的にも、ヤフーという会社としても、金融というものに対して、かなり距離感があったのです。PayPayを立ち上げたり、ジャパンネット銀行を連結化したことによって気づいたこととしては、投資においては、個人の方を徹底的に守らなければならないということ。損をさせてはいけないという発想に、かなり、いろんなものが、紐付いているのではないかと思っています。
やはり今後は、損もするし得もするというリスクを踏まえた上で、サービスを使ったり資産運用をすることへの理解を広げていかなければと思っています。

今後の展望は自前か提携か

辻:なるほど。ありがとうございます。僕も、そこは、本当にそう思います。ここで会場から質問を取りたいと思います。ご質問がある方、いらっしゃいますでしょうか。

質問者1:皆さまがおっしゃったことをまとめる意味で、質問をさせていただきます。大きくいうと、りそなというリアルのサイドと、ヤフーとLINEというデジタルサイド。この両サイドの話だと思うのですが。それぞれの立場で、相手の陣営に比べて自分の会社の方が優れている部分と、劣っている部分。加えて、パワーコンピタンスというか、自分たちの競争力の源泉がどこにあるのかという点を教えていただきたいのが一点目です。それから二点目に、これから業界の中では、たぶん、色々な戦いがあると思いますが、その時、自前でやっていくのか、それとも、提携を結ぶのか。提携をするとしたら、提携する相手に自分が与えられることと、与えてほしいこと、補強したいことは何か。この二点について、差し支えのない範囲で伺いたいのですが。

辻:ありがとうございます。どなたから答えていただけますでしょうか。舛田さん、お願いします。

舛田:なかなか厳しいというか、網羅的なご質問ですね。我々がある種ストロングポイントとして持っている部分は、やはり、IDだと思っています。先ほども言いましたけれども、体験を切らせないことが大事だと我々は思っていますので。今、国内だと8,100万人くらいですかね。8,100万人が、ほぼデイリーで使ってくださっているサービスがある。これのIDにすべてを紐づけていくことで、次に大事なデータが取れるようになります。IDは、他のものとも連結させられますので、連結させているサイドのデータも、取れるようになってくることになります。
あとは、タッチポイントが大事になると思うのですが、このタッチポイントに関しては、強いところと弱いところがあります。強いところでいうと、オンラインのタッチポイントは、国内でも最大級に持っている。ただ、オフラインのタッチポイントですね、ここが、まさに課題です。今、一生懸命、加盟店の皆さんの営業をさせていただいていることもそうですし、パートナー開拓も、今後、さらにやっていかなければいけないでしょう。加盟店もそうですし、その間にいるPOSとかも含まれるかもしれません。様々なものに関して、まだまだ、タッチできていないところがありますので、それが今後、パートナーシップを含めて、強化するところであろうと思います。
あと、我々も銀行を立ち上げる予定ですが、やはり、通常の金融機関、特に銀行さんとは持っている資金量がまったく違います。我々としてはおそらく、今後、改善ないしは、違うアプローチをしていくところだなと思っています。

辻:ありがとうございます。東さん、いかがですか?

東:優位性という観点で申し上げると、リアルのところが一番重要だと我々は思っています。決済のところは、すぐにデジタル化できるところですが、やはりお金の問題って、結構複雑なのです。例えば、相続ですね。事業承継の時にどうするかという点は、税制を気にする面があるのと同時に、結構「思い」の部分も大きいのです。そこに寄り添っていくには、かなり複雑な相談をしなくてはいけない。それを単純に、画面に出てくる文字情報で解決するのは結構難しいことで、やはり、リアルが必要な部分になると思っています。
一方、弱みは何かというと、やはり銀行は、デジタル面でまだまだ遅れている部分もあるでしょうね。かつ、今のスピードに合わせていくために、スピードが非常に必要になってきています。この点は、ぜひ、コラボしながら補強していきたいと、私は常々思っています。

辻:ありがとうございます。小澤さんお願いします。

小澤:はい。この手の対立軸論争がある際に、必ず枕詞で言うのですが、全員味方です。特にヤフーは、皆さま方から広告を頂戴しながらやっているところもございまして(笑)。皆さま方の商売繁盛が、我々の商売繁盛になるというところがございます。
実際、そうだと思っています。自分たちでできることは非常に少ない。たまたま、売り場がある。それから、決済に力を入れている。お金を使うポイントは非常にデジタル化しやすいところなので、今後も一生懸命やっていくと思いますが、それ以外のところは、今、東さんがおっしゃったこととも重なります。生態系が大きいので、eコマースの領域と、それから決済、モバイルペイメントの領域、この二点は、何とか自力で頑張りたいなと思っております。それ以外のことはパートナーシップが非常に重要で。それは、オンライン、オフライン、両方のパートナーシップではないかなと考えております。

コストと収益性についての考え方

辻:ありがとうございます。もう一つ、最後の質問を伺いましょうか。

質問者2:聞いていて、東さんのところは、いわゆる規制コストを非常にたくさん持っている業態で、他のお二人は、違う領域から入った分だけ、そこまでコストはかかっていないというように伺っていました。今後、GDPR(General Data Protection Regulation)のような規制がだんだん強くなっていくとしたら、データコストは、だいぶ変わってくるだろうと見ていますが、そのあたりはどのように考えていますでしょうか。一方、いわゆる、ネットの社会は、限界コストゼロと言われる方に、どうしても近づいていく、その中で収益性をどういう形で担保するとお考えになっているか。その二点をお願いいたします。

辻:これは、舛田さんと小澤さんに対してのご質問ということでよろしいですか。小澤さんからお願いします。

小澤:おっしゃるとおり、GDPRとデータコストは、最近の報道の論調でも、国のプラットフォーム規制の話からしても、かなり大変なことになると理解しています。だからかなり慎重に捉えていますね。数年前に、「データが次の石油だ」という宣言を元に、データドリブンで会社を進めていくことを考えましたが、やはり、慎重にやらんといかんぞ、と。これは、個人の許可の取り方もそうですし、データを使ったビジネスといった時に、単純なデータ販売は、とてもじゃないけどできないです、と。また、漏洩しようものなら、その保証どころか、会社が吹き飛ぶというようなインパクトがあります。データを、そもそも持たないほうが良いのではないかという議論も、遅かれ早かれ出てくると思っています。
だから、膨大な決済を通じた購入履歴を全部蓄積して、それを元に様々なビジネスをやるという発想は、今の論調でいくと、とんでもないことをするな、という感じでしょうか。セキュリティ重視。それから、ユーザーパーミッションありき、という形になっていかざるを得ないので、そこに関しては、相当慎重に、コストと、セキュリティとをにらんでいます。正直、ヨーロッパを見ていると、今のコスト構造の先に対して、そんなに明るい気持ちにはなっていないので、ご指摘の部分は十分あろうと思っています。

質問者2:もう一つ、収益性のところを伺えたら。

小澤:最終的には、インターネットの良さのところですね。我々もLINEさんも、決済手数料を無料とし、それ以外のところで収益を取るぞ、とやっていて。ただ「決済履歴でしっかりデータをつくって、広告に使うんですよ」みたいなことを言うと、全体の整合性が難しくなってくるということもあって、そのあたりはまだまだ社内で議論しています。正直に言うと、簡単に考えていたところもございます。
一方で、分割払いのときの金利であったり、リボ払いの金利だったり、レンディングの金利というものは、データとあまり関係なく設定できる部分です。ですので、単純に金融という位置づけで稼ぐ幅はそれなりにあると思っています。もちろん競争の中で下がっていく可能性はありますが、新しいビジネスということではございません。ただ、既存のビジネスの範囲の中で新しいユーザーを新しい形で獲得し、今あるスプレッドをそのまま利用させていただくことは、十分あり得るのではないかと思っているところです。ヤフーとしては当面、データを当たり前に、問題の無い範囲で活用させていただきながら、当たり前のビジネスをやることで、しっかり利益をつくっていくことを考えています。

辻:ありがとうございます。舛田さん、いかがですか。

舛田:今、小澤さんがおっしゃられたこととほとんど同じなのですが。我々は、日本以外でもビジネスをやっている会社ですので、GDPRなどの動向はずっと注視してきています。国ごとに法律もありますので。どう整合性をつけるのか、どの距離感で何をやるかは、非常に中で議論していますし、その都度その都度、アップデートしています。当然、関連するコストは上がってきています。ただ我々、米国上場企業でもありますので、高くなることをある程度折り込んで進めてきています。その流れでいくと、情報銀行みたいな方向にいくのかという質問をよくされますね、「情報がいっぱい集まってくるでしょ」「LINEはやりますか?」と。将来的にはどうなるかは分かりませんが、今、私の考えとしてはやらない、やるつもりはない、と思っています。
あと収益性に関するご質問に対しては、小澤さんと同じです。この間、個人のレンディングを始めましたけれども、こういったところというのは、非常に、事業としても利益は取りやすいのではないか、その他の金融事業というものも、取りやすいのではないかということで進めています。また、決済というレイヤーを取ることによってつながるのが広告事業ですね。特に、セールスプロモーションの予算の部分。今、我々はLINE公式アカウントというアカウントで展開しています。LINEのアカウントを、店舗や中小企業、個人商店の皆さんに、かなり取っていただいていています。注意して見ていただくと、どこに行っても「LINEアカウントを始めました」みたいなのがあると思うのですが、ああいったところをタッチポイントにして、セールスプロモーションの予算というのを、OtoO(Online to Offline)という概念の元でやっていくことを考えています。

辻:ありがとうございます。まだまだお聞きしたいこともあるのですけど、お時間がきてしまいましたので、ここで終了とさせていただきます。お忙しい中、ご登壇いただいたお三方に、最後に大きな拍手をお願いします。ありがとうございました。

画像:分科会2-D「金融の未来①(フィンテック)」 セッション風景

以上
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産業の未来3 分科会3-A「医療の未来」

《パネリスト》 ※写真は左から
岩﨑 真人(武田薬品工業 取締役 ジャパンファーマビジネスユニット プレジデント)
豊田 剛一郎(メドレー 代表取締役医師)

《モデレーター》
山岸 広太郎(慶應イノベーション・イニシアティブ 代表取締役社長)

画像:分科会3-A「医療の未来」 パネリストとモデレーター

特異なキャリアで活躍する二人

山岸:このパネルディスカッションのモデレーターをさせていただきます、慶應イノベーション・イニシアティブの山岸と申します。今回のラウンドテーブルのテーマが、大企業とスタートアップ企業ということで、今日のセッションにふさわしいお二人に来ていただいています。
岩﨑さんは、武田薬品工業でずっとグローバル化を担当されています。医療の一つのトレンドは、間違いなくこのグローバル化だと思うのですが、その中心でやってこられて、今は日本の責任者をされていて、社内取締役としても唯一の日本人ということで、グローバル化した武田の中で本当に活躍されている方です。医療のもう一つのトレンドは、間違いなくデジタル化だと思います。デジタルヘルスのスタートアップ企業はいろいろありますが、一番注目されている一社であるメドレーの代表取締役医師をされているのが豊田さんです。東京大学医学部を出て、そのあと、マッキンゼー・アンド・カンパニー、そして起業と、最近はそういう人も若干見られるとはいえ、非常に変わったキャリアです。"今風の人"ということで、面白いセッションになるのではないかと思っています。
放っておいても二人で盛り上がっていただけると思うので、私が素人として理解できない話になったらツッコミを入れたいと思います。
どれくらいにチューニングしたらいいのかを知るために、会場の方々のバックグラウンドを教えていただきたいと思います。大企業の方、手を挙げていただけますか。半分ぐらいですね。では、スタートアップ企業の方は?やはり半分ぐらいですね。あと、医療・ヘルスケア関係の方......、結構いらっしゃいますね。それでは、半分ぐらいの方はこのテーマについてお詳しいということを前提に、大企業とスタートアップ企業との違いなどは私の方で吸収しながら、やっていきたいと思います。

変化する薬の概念

山岸:ちょっとアイスブレイク的に、パーソナルなお話を伺えればと思います。岩﨑さん、先ほどご紹介させていただいたように、武田薬品工業は本当に日本の会社なのだろうかと思うほどですね。ホームページ上の開示情報を見ても外資系企業のようになっていますが、いまここに至る道の中で、こういうことが大変だったとか、逆に面白いとか、2、3分でお願いできますか。

画像:岩﨑 真人氏

岩﨑:製薬産業というのは、グローバル化はマストだと思っています。例えば選択肢が三つあったとして、20年前に私どもが今の選択をするか、それとも日本に特化するのか、それとも、どこかの外資の大きな資本の中で製薬企業の一部として日本で活動するのか。私は、武田がグローバル化することは、マストの選択だろうと思っています。企業によっては違う選択をするところもあると思います。どれが良いかはわかりませんが、少なくとも今、日本でビジネスをやっていこうと思ったら、グローバル化はマスト、というのが私の考えですね。

山岸:直近だと売上が3兆3,000億、日本の売上の比率も18%ということで、シャイアーの買収などもあったと思うのですが、これから先、日本の製薬会社は皆、こういう方向を目指していくことになるのでしょうか。

岩﨑:売上の比率については、私はあまり意識はしていません。この国からきちんとイノベーションが生まれるということが大切で、そのイノベーションが何かという議論は、これからいろんなところで起きてくるのだと思います。ただ、少なくとも薬という概念はだいぶ変わってきています。今までは、いわゆるケミスト、合成をする人たちが、自分たちのつくった化合物がどこに効くかをスクリーニングして、それで出てきた化合物を薬と言っていたのですが、これからは、いろんなところと連携をしながら、患者さんにとって医療上、大切で、「患者さんの健康に資するもの」が薬、という概念になってくると思っています。それも含めてイノベーションが生まれる会社だけが残っていくのだろうと思っています。

医療の外から医療を救う

山岸:イノベーションというところで、豊田さんに聞きたいと思います。そもそも、なぜお医者さんからマッキンゼーに行こうと思ったのか、また、マッキンゼーから起業するということも含めて、最近、増えている"そういう人"の走りだと思うのですが、なんでそういうことに至ったのですか?

画像:豊田 剛一郎氏

豊田:自己紹介を簡単にしますと、もともと医学部時代から脳外科医になりたいと思っていて、実際に静岡の病院と東京の病院で働き、アメリカの医師免許も頑張って勉強して取って、アメリカの病院でも働いて、脳神経外科医としてずっと臨床でやっていくんだと、それなりに強い思いを持ってやっていたつもりでした。
それが、初期研修医の後、脳外科で後期研修医というのを何年かやっている時も、医者になって現場に出た時にも、この制度はもうもたないな、というのを強く肌で感じたんですね。学生時代はそういうことにぜんぜん触れずに育ってきて、医者ってかっこいいな、外科医ってかっこいいなと憧れていた。それはそれで重要なのですが、いざ現場で働き出すと、この日本の医療のシステムが20年後、30年後どうなっているんだろうと考えた時に、どう考えても、誰に聞いても、明るい未来が待ってないという状況だったのです。

山岸:何が大変なのですか。

豊田:そんなにシンプルな問題ではないのですが、例えば今、日本の医療制度で病院が儲けようとすると、もちろん患者さんからお金を取って、3割負担の場合は、健康保険組合など支払い側からのお金で7割取るのですが、その金額は決まっているので、病院が収益をあげなければならない、となると必死で患者さんを増やそうとするんですね。外来を増やす、入院を増やす、ということをしないと儲からない。

山岸:一患者あたりの売上が決まってしまっているから。

豊田:そうです。数を増やしにいくということになる。今、現場が疲弊してる、疲弊してるといって、なんとか現場の働き方改革をしなきゃいけないという考え方と、病院として収益を上げて存続をしなきゃいけないという考え方が相反しているんですね。研修医の時はここまで言語化できていませんでしたが、今、思うとそうなんです。
頑張って働かないと病院として経営が成り立たないというのは研修医でもわかるのですが、頑張ってやるほど、家に帰れないとか、寝られないとかで、現場でバーンアウトする先生が出てくるような状況になっています。その時に、現場の労力を少なくしながら、医療というものが持続可能になるシステムを、どうやったらつくり上げられるのかを、考えている人が周りに一人もいなかった。医者の現場は忙し過ぎるし、やっぱり目の前の患者さんを救うことに集中するので、20年後、30年後を、マクロで、日本全体で、医療ってどうなるんだろうと、現場から考えている先生は正直ほとんどいなくて、これは20年後、30年後に不幸になるのは自分たちだな、と思いました。自分たちが不幸になるということは患者さんが不幸になるということなので、なんか変だな、というモヤモヤがずっとありました。
ある時いろんな方々と会う機会があって、当時の上司が、「医療の外に出て、医療を救う人になりなさい。医療を救う医者がいてもいいはずだ」と言ってくれて、じゃあ現場を出よう、と思いました。それで、何をしていいか分からなかった時に、「とりあえずマッキンゼー」といろんな人に言われたので受けたら、運良く受かることができて。でも、コンサルタントではなくプレイヤーにならないと何も変えられないなと思って、今、医療の現場に接するような場所で、医療の外から、医療にずっと携わり続ける、という立場を取っています。

患者中心の医療はビッグデータから生まれる

画像:山岸 広太郎氏

山岸:その、既存の医療制度に限界があるというところで、岩﨑さんと豊田さんが控え室で盛り上がっていました。岩﨑さんから見た医療の課題、逆にここを伸ばしていければ、というところがあればお願いします。

岩﨑:経済同友会でよく出てくるテーマですが、社会保障給付費がどんどん増えていて、1961年に国民皆保険制度ができてから、医療費もどんどん増えているわけですよね。これが続くわけはないというのが、普通に考えればわかることだと思います。まだまだ、効率化できるところはあります。ただ一方で、先ほども話したイノベーションがこの国から生まれなくなったら、この国の成長産業の一つであるヘルスケア産業は、本当に将来、暗くなってしまいます。イノベーションと国民皆保険制度の両立をどうやってするか。そのためのキーワードになってくるのは、新しいテクノロジー、デジタルではないかと思っています。

山岸:トータルでのコストを下げながら、患者さんのQOL(生活の質)も上げながら、一方で事業者もイノベーション果実を収益として取れるようにしていくことが大事だ、ということで、こういうことをしたほうが良いといった話を先ほどもされていましたね。この後はもう、適当に二人で話していただければ。質問も適当にしますので(笑)。

豊田:裏で二人でワーッといろいろ話していて、山岸さんがぽかんとする瞬間が多かったので、何かあったら止めていただきたいのですが(笑)。先ほどの話とつなげると、例えば開業医の先生は、一人の患者さんを診ると4,000円から5,000円の売上になるんですね。1日30〜40人、多いところだと80人くらい診る。これで計算すれば、これぐらいの患者さんが来るとこれぐらいの収入になる、みたいなことがわかる。で、なるべく患者さんを増やした方が儲かるわけなんですよね。一方で、一患者あたりの単価というのを今は国が決めている状況なので、稼げば稼ぐほど、その単価を落としにかかるということを、国がやるわけです。ここの診療科、すごく稼いでるね、ということになると、その診療科は今の8割でも大丈夫だよね、じゃあ8割にしましょう、みたいなことが起こるわけで、基本的にジリ貧ゲームが起こっているんです。頑張れば頑張るほど公定価格を下げられるという状況になって、またもっと頑張らなければいけない、人手はない。
例えば高血圧の治療だとすると、今は月に2回まで病院に来てもお金が出ます。なので、結構多くの病院が月2回患者さんが来るようにしています。医療機関としては当然の考え方です。ただ、患者さんによっては、忙しいので来る回数をなるべく少なくしてください、と言ってくることもある。実際に、可能であれば3カ月に1回の診療にしている医療機関も他方でたくさんあります。なので、同じ治療でも、月2回受診している人もいれば、3カ月に1回の受診で済む人もいるんです。かかるコストというのは、圧倒的に3カ月に1回の人の方が少ないですよね。でも、医療機関としてはたくさん来てくれた方が儲かるから、なるべく患者数を増やしたいというのは自然な流れです。
年間4回の受診で患者さんをきちんとコントロールできている先生の方が、年24回来させて治療する先生よりクオリティーとしては絶対良いはずです。なので、そういう先生の方が儲かる仕組みにしてあげたら、皆、受診の回数を減らして、何とか少ない回数で患者さんをコントロールしてあげようという話に持っていくはずなんです。なぜできないかというと、医療制度が出来高払いで、受診したら払うよ、という話になっているからです。それが変わらないのは、結局、どんな患者さんがどんな薬を飲むと、血液データがどんなふうに変わっているのか、というデータがまったく取れていないからなんですね。
医療でAIという話がよくあると思いますが、医療のビッグデータというのは、日本では画像以外存在していない状況で、診療に関するデータは日本においてはゼロです。そういう状況が何とかなれば良いと思い、オンライン診療と、電子カルテの標準化というものに取り組んでいます。なぜそれに取り組んでいるかというと、オンライン診療というのは、患者さんを中心に置く医療文化をつくり上げます。患者さんが便利になる。病院に行きたくないと言いながら病院に行っている人、もしくはイヤで病院に行ってない人、ちゃんと治療していない人、いっぱいいるそういう人たちが、そうならないように、患者さんができるだけ受診しやすい環境、スマートフォンで病院に行って薬が届く、という医療体系も存在させてあげることによって、患者さんが中心になるでしょう。それが起こると医療機関が患者さんにデータを返し始めるんですね。あなたのデータはこうなってるから、オンラインでも大丈夫だよ、みたいなことが始まっています。
今、当社の電子カルテプラットフォームだと、医療データを標準化して、患者さんにも返すし、ビッグデータとしても構築できるようなデータ体系を整えるというような活動をしています。そういったものができていくと、医療のビッグデータができ、患者中心の医療になっていって、ゆくゆくは、患者さんが本当に良くなっているというところにきちんとお金がつく、という社会保障制度がつくれるのではないかと思って取り組んでいます。

始まった成果払いへの動き

山岸:患者からすると、行く回数が少なくて、飲む薬も少なくて、その方がハッピー。病院にとっても、頑張らなくても結果を保障した方がお金をもらえるっていうのも良いと思いますけど、製薬会社的には、薬をいっぱい飲んでもらった方が良いような気もするのですが。

岩﨑:そういう時代はもう終わっています。患者さんのデータというのは非常に大切です。ドクターの考えで薬を選んでいた時代は、製薬会社でつくったものをドクターに紹介して、ドクターからのフィードバックで新しい薬をつくるという発想でした。けれども今は、患者さんの声を薬の開発や研究にどれだけ反映させていくか、それから出てきた薬や化合物に、どれだけの付加価値を付けるかという点に、患者さんの視点がものすごく入ってきています。先ほど支払いの件がありましたけど、私どもの会社だけではなくて、他の企業もそうですけども、アウトカム・ベイスト・リインバースメント、効いた薬にだけ保険を適用するという考えが広がってきています。

山岸:成果払いのような......。

岩﨑:そうですね。そういう動きがもう出てきています。ですから、いろんな部分で話し合っていること、将来考えていることは、おそらく同じ方向性かと思います。

山岸:製薬会社も、とにかく飲ませればいいという時代から、患者さんにどうやって結果が出るように飲んでもらうかというのを、ビジネスの枠組みとしてやっていかなければならない時代になると。

岩﨑:もうなっていると思います。データという観点でいくと、日本には非常に恵まれたプラットフォームがあります。母子手帳があって、小学校に上がると定期健診があって、その後は医療保険のデータもありますし、その先に介護保険のデータもあるわけですね。今はつながっていませんが、日本にはほとんどの国民のデータが全部つながるベースがある国ということです。

山岸:一意に特定できています。

岩﨑:そうですよね。これは大きなアドバンテージだと思います。それを生かすために、何を変えていくのかを考える必要があります。

求められる国のリード

山岸:変えていくには何が必要なんですか。

豊田:それはまさに今やっていることで、公的な取り組みと民間の取り組みと、両方いると思っています。公的には、例えばですけど、今、電子カルテがバラバラだと申し上げたのですが、一応、標準的な用法、1日3回、朝・昼・夕、薬を飲みましょうという「1日3回、朝・昼・夕」と書いてある処方箋の薬の袋など、皆さんも1回ぐらいもらったことがあると思います。この言い方が、メーカーによって違うのです。「1日3回、毎食後」だったり。こういうのがあると、処方箋のデータを国で集めてビッグデータにしましょう、CSVで吐き出してください、皆でガッチャンコ、エクセルでしましょう、という時に、それぞれが全然違うデータの持ち方をしている。

山岸:同じ意味でも書き方が違う。

豊田:一応、用法というものの言い方の標準を厚生労働省が定めているのですが、使うか使わないかは自由ですよという、そっと置いてあるような標準化なんです。となると、各メーカーは今さら変える方が大変なので変えない、ということがあります。最低限、国はやりすぎると、こんなところまでというようなところまで標準化してしまうけれど、ミニマムでいいと思うので、ちゃんと公的にやること。あとは、患者さんにデータを返すと患者さんにこんなに良いことが起こるんですよ、とか、ちゃんと病院同士でデータ連携できた方が現場の負担がこれだけ減りますよね、というサービスを出してしまうことだと思います。サービスドリブンで現場とか患者さんの意識を変えていくこと。この両方がうまく回らないと、どちらかだけだと絶対に広がらないと思うので、両方が回るというのを本当に連動しながら、協調しながらやっていくということなのかなと思っています。

岩﨑:特に電子カルテのところは結構急務で、大きい病院はほとんど電子カルテが入っていますが、クリニックベースでは、その半分以下程度しか導入が進んでいません。

豊田:35%か、37%か、それぐらいですね。

岩﨑:これを一気にやろうとしたら、国主導でやらないとダメだと思います。国がインセンティブを付けるか、あるいはディスインセンティブのかたちをとる。何年間か過ぎたら、後はディスインセンティブですよ、というアプローチが必要なのではないかと思いますね。

豊田:アメリカは、もともとあまり広がってなかったのが、オバマ時代にオバマケアと合わせて、インセンティブつけて、今、9割ぐらいまで電子カルテの普及率が高まっています。やれと言われるか、やったほうが良いと自分たちが思ったら、医療機関はやるんですよね。なので、そこはもう少し上手に、誘導というとなんですが、国民皆保険をやっている以上は、もっと国が誘導して良いのではないかと思います。

山岸:製薬会社としても、データが整うことのメリットがあると思うのですが、製薬会社から何か病院に対してインセンティブをつけるとか、応援するということは難しいのですか。

岩﨑:病院に直接というのは難しいと思いますね。データをつなげるという観点では難しいと思います。今、医薬品の臨床開発では、病院と契約をして、薬剤の治験データを入手しているので、行動そのものは変わらないんですよね。
これからさらに期待していきたいのは、例えば、がんの薬をこれから開発しようと思った時に、どんなデータを取っておけば新しい薬の開発に資するのか、というのは、プラットフォームだけがつながってもどうにもなりません。ですので、日本の得意とする疾患領域については、戦略的にプラットフォームの上でデータを取っていくというコンセンサスを取って、それをオープンにし、どの製薬会社でも使えるようになると、薬の成功確率がさらに上がります。薬の成功確率が上がるということは、コストもさらに下がるということになると思います。双方に非常にメリットがあるのではないかと思います。

山岸:先日伺った時に、そもそも創薬を産業としてできる国は世界でも6カ国ぐらいしかなくて、日本はそれをビジネスにできるのではないかとおっしゃっていましたが、そういう時もやはりデータが重要になってくるのですか。

岩﨑:そう思います。世界には200カ国ぐらいありますが、自分の国で創薬をしている国は十数カ国しかないんですよね。だからまだまだ狙えるところ。日本みたいに天然資源がない国は、知識集約型の製薬が一つの戦略的な成長領域だと本当に思っています。

アウトカム・ベイスト・メディスンの時代

豊田:フランスの認知症の薬の話、ご存じの方、いますか?あまりいないですか。岩﨑さんだからお話しできるのですが、薬に関しても、データがちゃんと取れるって、諸刃の剣というか、会社としては結構怖いこともあるのかなと。フランスでは、本当に効く良い薬は国が10割負担して、まあまあ良いよねというのが6割か7割。意味が無いということになると0割で、患者さんが自費で勝手に買うならいいよ、というような薬になるのですが、去年の8月だったかな、認知症の薬が0のところに分類されたんですね。今、日本で使われている薬ですよ。それは何かというと、認知症の患者さんにこれらの薬を出した結果、良くなったという明確なデータが無いし、かつ認知症の薬で逆に状態が悪くなるとかいうことがあるんですよ。なので、中途半端に出すと、かえって患者さんや患者さんの家族にマイナスの影響を及ぼすこともあるんです。だから本当はもっと丁寧にやらないといけないのに、とりあえず認知症だからこの薬を出しておこうというように日本では普通に使われている薬が、保険から一切はずれるという結構衝撃的なことがフランスで起こりました。これも、どんな薬をどんな患者さんに出して、その結果、どんなふうになったのか、というデータがあるからこそ。湿布薬なども、「湿布薬が治療に有効」という明確なエビデンスはないのではないかと思います。

山岸:気持ちいいけど。

豊田:スーッとする。あれはハッカ、メンソールの作用なので。薬を出してどんな作用があるかというのは、今、岩﨑さんがおっしゃったような、次につながる、より効率的なより良い薬を出せるかもしれないという、良いことにもなる一方で、今の既存の薬の多くが、もしかしたらそういうことになり得るかもしれないというところで、多くの人たちが、製薬会社の方々も、データがあったほうが良いと思いつつも、自ら踏み込めるかというと、難しいところはあるのかなと。

岩﨑:私はまったくそんなことは思っていません。中枢系の薬はほとんどそうです。例えば、動物の実験をやって薬の開発をするのですが、残念ながら、ウサギは「最近うつだ」と、言わないんですね。サルも「最近記憶力が落ちてきた」とは言わないんです。なので、正しく評価をしないと薬の開発はできないんですね。
私どもは今、デジタルのテクノロジーを使いながら、患者さんのデータを継続的に記録し、分析する取り組みを、ボストンにある会社と共同研究しています。そういうところにもデータはものすごく有用で、テレメディスンだとかを使いながら、患者さんの生のデータを活用して、それをどう次の開発に使っていくかということが、大切なのだろうと思います。

豊田:創薬という観点から、たぶんセンサリングの話だと思うのですが。患者さんがどういう状況なのかというのは、今までは血液検査や医者の問診、診察ぐらいしかなかったのが、例えば、スマートフォンを持っているおじいちゃんが認知症かどうかというのは、アプリの滞在時間とか、入力の仕方の速さとか、そういう変化を見たらたぶん取れたりするんです。パーキンソン病の人の場合はスマホの揺れとか、実際そういうことで研究しているところもあると思います。
それで、今後、アウトカム・ベイスト・メディスンになっていくことは、世界中のトレンドとして間違いないと思うんです。スピードはあれど、効いてる治療に対して払うというのは出てくると思います。この「効いてる」ということの定義が曖昧な部分がものすごくある。血圧とか糖尿病のように数値が下がれば良いというものから、岩﨑さんがおっしゃったような中枢系の薬もそうですけど、何をもって「効いてる」とするのかが、まだまだ曖昧なところがあります。医療というものがどうなると良いのかという、効果測定をする領域はまだまだブルーオーシャンだったりする。そういうところとセットで、新しい医療システムというか保障制度のようなものができていくのかなと思います。

山岸:IoTとかウエアラブルデバイスを使っているようなベンチャーも、バイオセンシングというところは一つ、分野として注目されていると思います。

豊田:すっごい面白いと思います。

遠隔診療の可能性

山岸:グーグルの親会社のアルファベットからスピンアウトしたVerilyという会社も、パーキンソン病についてやられていて非常に面白いと思いました。

岩﨑:パーキンソン病の患者さんの場合、薬が効いている時間が短くなることがあります。これが患者さんや家族にとって、ものすごい恐怖なわけです。で、どういう状況で薬が効かなくなるのかを、デバイスを用いて、動作や心拍数など、いろんなデータを入手し、それを使って予知できるようになるために、ライフサイエンスのVerily社と国内で提携しました。今、患者さんのモニタリングを始めたところです。パーキンソン病の領域は恐らく、遠隔診療が一番生きてくるところの一つではないかと思います。

豊田:精神系、神経系、小児の発達障害などはテレメディスン、海外ではエビデンスもたくさん出ていて良いですね。

山岸:私の父もパーキンソンで順天堂にかかっているのですが、実家が横浜の奥の方なので、御茶の水まで行くのが本当に大変です。今はもうタブレットベースの診察というのが始まっていて、とてもQOLが上がるなと思っていますし、逆に、パーキンソンレベルでこういうことができるのなら、私は尿酸値が高くて定期的に通院していますが、こんなことでは行かなくていいなと思います。こういうのはなぜなくならないのですかね。

豊田:尿酸値の薬のために月一などで通う。しかし、オンライン診療で自費でやれば、ジェネリックでも良いのが出ているので、古い薬であろうがちゃんと飲めば効くわけです。でも、飲み続けるのが面倒で放置してしまう。生活習慣病は、50代の男性は半分が放置しているという厚生労働省のデータが出ています。飲んでいる人により頑張らせるとか、より良い薬を届けるよりも、放置している人に、古い薬でもいいからちゃんと治療してもらったほうが良い。なので、社員食堂のある会社では、そこで配ったら良いと思っているくらいです。
今、通うのが大変だというお話をされましたが、1回初診で行けば、安定している患者さんだったら、自費の場合は後は全部オンラインでいけるわけです。年間、サブスクリプションモデルなどにすれば、年間2、3万円程度で痛風の治療などはできるはずです。

山岸:私としては今すぐそうしてほしいです。

豊田:病院を紹介します(笑)。

山岸:2カ月に1回は病院に行かないと今はダメだと言われました。

豊田:それは保険診療なんです。

山岸:自費にすればいいのですか。

豊田:今後そういう診療も増えていく可能性があります。

岩﨑:私は近い将来、遠隔診療の適応がさらに広がると考えています。医療費抑制のために、効率化しなければいけないところがいっぱいあって、もし遠隔診療の方が安いのだったら、患者さんからすれば自分の支払いは少ないし、病院に行かなくていいし、合わせて遠隔診療が問題なくなれば、たぶん遠隔の服薬指導も問題なくなるし、薬局に行く必要もなくなって、そうなると薬が宅配便か何かで送られてくるようになる。そうなると、誰も困らなくなるんですね。もちろん、疾患によりますが。

山岸:生活習慣病とかはその方が良いですよね。

豊田:年1回健康診断を受ける、とかいうのは前提条件ですけど。

山岸:岩﨑さんはなると思うとおっしゃっているけど、言いにくいかもしれませんが、逆になんで今、そうならないんですか。

岩﨑:それは、規制などまだありますよね。例えば、遠隔診療と言いながら、近くに住んでいないとダメだとか。

山岸:それは安全性の問題ですか。それとも、いわゆる既得権益を守るみたいな話ですか。

岩﨑:それについては現在、様々な議論が行われています。

医療は面白い成長産業

豊田:もう一つあるのが、社会保険には実際になっていても、保険では使いづらい。で、逆に保険じゃなくてもいいかなと思っています。日本の医療が今、一つの思考停止に陥っていると思うのが、社会保障制度という50兆円ぐらいの医療費の中で何とかやりくりしようという発想から、誰も抜け出そうとしないんですね。
先ほどの、オンラインで痛風を自費で治療するみたいな話は、例えばまだやってないですが、医療機関に月々3,000円くらい払っていただければ、あらゆる疾患がオンラインで診療できる医療機関とつなげられる、というようなサービスを立ち上げたとしたら、それはある種の保険だと思うんですね。民間保険だと思っています。何が言いたいかというと、いわゆる公的な社会保障制度、皆さんの給料から天引きされて、何十兆となって、健保組合がヒイヒイ言って、もうこんなの払えないと言っている、その土俵は土俵でセーフティネットとして絶対に必要なので守る。事故や、先天性の病気、本当に難治性の病気などの人のためにとっておいて、そうではない、もう少し資本主義を入れてもきちんと回るところは、今の社会保障制度一本足打法ではなくする。
今は、社会保障以外の医療となると、やれ美容だとか、自由診療イコールちょっといかがわしいとか、アウトローのようなイメージが強いのですが、それがたぶん良くないと思っています。社会保障制度の中でない医療、というものも絶対に考えられるはずで、そこにあまり出ようとしないのが、今の医療の閉塞感。こんなに毎年伸びていて、産業として見たら面白くて仕方がないはずなのに、皆そこで暗い話題になる。もっと、受ける側もハッピーになって、病院もハッピーになって、産業としても伸びる、というところに、発想がジャンプしないというのは感じています。
国の社会保障制度は良いものなので、それはそれで残しながら、2本目の柱みたいなものをつくるという考え方。それは民間でしかできないので、民間でどんどん進められたら面白いかなと思っています。

スタートアップ企業への期待

山岸:お二人で話されている時に、製薬会社もビジネスモデルを変えていかなくてはいけないというような話がありました。例えば自動車業界だと、トヨタさん自身がサービスプロバイダーになるかもしれない、でも、そうすると既存の運送業界とか、今までお客さんだったところとある意味競合するかもしれないのですが、製薬会社自体が医療を直接やるとか、そういうところまでいくということはないのですか。

岩﨑:製薬会社が医療を直接やるというのは、私どもは想定していないですね。ただ、薬という概念は、明らかに変わってきていると思います。

山岸:豊田さんの話だとサービスに近い感じですね。

岩﨑:サービスに近いですし、今の日本の法律上は、薬か医療機器しかないんです。例えば薬のテクノロジーが進んで、細胞治療がもっと普通に使われるようになると、その取った細胞をきちんと処理して、戻すまでのサプライチェーンをどうするのかといった問題が結構大きいんですね。ここはデリバリーをやられている会社の方々と連携をしないといけません。われわれはあまり得意なところではないです。それを含めてのサービスということになってくるのではないかと思います。

山岸:そういう今無いような産業は、スタートアップ企業に期待するのですか。それともほかのプレイヤーが出てくると?

岩﨑:スタートアップ企業にものすごく期待しています。私どもは既成概念の中で仕事をするという感覚が非常に強いです。また、既成の概念を壊す力という観点ではあまり強くないと思います。それよりも、スタートアップをやられている方々のテクノロジーと、知識の速さ、それを実装実験する速さというのは、規制改革には大変有効だと思います。よく、得意なところと不得意なところでのスタートアップ企業との連携について議論がありますが、既成の概念に対するアプローチという意味では、私はスタートアップ企業にとても期待していると言わせていただきたいです。

大企業への期待

山岸:豊田さんから見ると、大企業への期待とは、どのようなことでしょうか。

豊田:産業によって違うと思いますが、医療でいうと、例えば自費診療の話で、当社では禁煙プログラムをやっていて、初回からオンラインで禁煙できるんです。企業の健保組合さんなどにやっています。社員は基本的に禁煙した方が生産性が上がるし、病気のリスクも下がるし、健康的に良いことずくめなんですね。

山岸:医療費も下がるし。

豊田:ただ、保険ではなかなか難しいので、自費でやり始めて、結構大手の健保組合さんなどと契約してやってみたら、実際に治療をやってくれる医療機関が、1カ月ぐらいで禁煙治療薬の日本のナンバーワンになったらしいんです。そういうブルーオーシャンがまだまだいっぱいあって、先ほども言ったように、1,000万人単位で高血圧を未治療の患者さんがいるわけです。そこに治療を届ける新たなソリューションをスタートアップ企業が持っていく。ただ、スタートアップ企業は薬はつくれないので、薬は大企業のものを使うことになる。大企業も自分たちの売上を伸ばすために、スタートアップ企業のプラットフォームなり、チャネルなり、仕組みというものを使ってやる、というのがあります。ほかの産業だと、組んでも大企業があまり利益にならないから、正直、大企業も乗り気にならないとか。スタートアップ企業にとっては利益が大きいけど、大企業にとっては微々たるもの過ぎて、あまり会社の中で取り組みが進まないというように、大企業とベンチャーが組もうとすると、ぶつかる壁あるあるだと思うのですが、医療には、新しい仕組みで開拓できるところがまだまだいっぱいあるので、そのあたりは面白いのかなと思っています。

山岸:そのあたりはB to B to Eというか、健康経営のような文脈で、大企業の中の人たちに、会社として推奨してもらって。会社としても医療費が下がるし。

豊田:ぜひよろしくお願いしますと、経済同友会にいらっしゃるような方々には言いたいです。やはり国民の健康意識は変えないといけないと思っています。言い方はどうかと思いますが、健康意識の高い人は、ある程度学歴もあったり、良い教育を受けている。これがかなり相関するのは、どんな統計でも出ています。となると、今大企業とか、一流企業と言われている方々が、平気で毎月病院に行って1時間待って、薬局に行って、という生産性の低い医療体系を受け入れてしまっていることが問題だと思っています。病院に行かなくても薬が届いて、年間1回健康診断をやっている、というのがあるのに、なぜこんなに非生産的な医療体系を受け続けるんだろうというのがあるので、そこは企業から変えていく。それは日本全体のうねりにつながっていくだろうと思っています。

製薬業界もオープンイノベーションへ

山岸:ありがとうございます。岩﨑さん、グローバルで見ると、製薬業界では、バイオベンチャーが台頭していると思います。また、日本でもバイオベンチャーが盛り上がって来ていると思いますが、アメリカなど海外の事例も見られてきていて、日本からバイオ系スタートアップや、創薬系のスタートアップが出てくるには、どういうところが課題なのか。また、こうならなくてはいけない、というようなイメージはありますか。

岩﨑:課題があるというよりは、チャンスがいっぱいあると私は理解しています。

山岸:これから盛り上がるチャンスがいっぱいあると。

岩﨑:例えば、ここ10年、大手の製薬企業から出している薬の比率と、その10年前で出している比率を見ると、二世代前は、製薬企業から出ている薬のほうが多いんです。60%ぐらいありました。

山岸:化合物を製薬企業が発見して。

岩﨑:ところが過去10年を見ると、製薬企業から出ている薬というのは4割を切っていると思いますね。で、ほとんどはアカデミアやスタートアップの会社がつくったものを買収して、開発を製薬企業がやっているようなかたちだと思います。そういう意味では、まだまだたくさんのチャンスがあると思うんですね。
あと、自分たちの反省点も大いにあります。なんでも自前主義でやってきましたが、自前主義では限界があると考えました。それで、約1年前に湘南に湘南ヘルスイノベーションパークをつくったんですけど、当初予定していた以上に活性化しており、今、約60社入っています。IT関係の会社など、ぜんぜん違う業種の方々が入って一緒に議論ができます。カフェに行くと、まさにシリコンバレー。カフェで活発に議論をしながら新しいものを生んできている。これは大きい動きだと思います。私どもは、200社ぐらい入って、一緒に新しいイノベーションを生めたらいいと思っています。

豊田:武田さんのほかの製薬会社さんも入っていると聞きました。それが素晴らしい。今までだったら考えられないですよね。

山岸:それは製薬業界が、今までベンチャーが台頭してくる中で、オープンイノベーションというものに対してかなり寛容というか、納得感があるということですか。

岩﨑:そうですね。やはり自前で持つ能力は限られており、ダイバーシティ&インクルージョンの考えで、違った考え方、違った人種の方、違ったカルチャーの方が入ってきてディスカッションしないと薬が生み出せなくなっているというのが、われわれが反省から得た学びです。

山岸:わかりました。ありがとうございます。残り15分、会場からの質問をお受けすることも可能です。なかったら私が適当に聞きますが。

質問者1:お話にあったように、カルテのデータを電子化した方が良い、保険制度をこう変えた方が良い、というような大きな動きを、もっと、こう変えていったら良いのにと思っている方は多いと思います。本当に具体的に変えていくためには、たぶんベンチャーだけでは難しいし、大企業とベンチャーが一緒になってできることにはどういうことがあるのか、お考えをお伺いできればと思います。

山岸:では、お二人からそれぞれいただけますでしょうか。

豊田:まさにおっしゃる通りで、医療にはいろんな難しさがあって、ベンチャーだけでも変えられない。民間の団体、製薬企業や、昔から医療に携わっている大企業もあれば、医師会、薬剤師会などの職能団体もあり、いろんな業界団体がたくさんあります。ベンチャーとなると、新対旧みたいな構図がすごく取り沙汰され、ディスラプターみたいな感じになると、旧の部分がちょっと構えてしまいます。
もう一つ、医療は非営利だということがあります。医療法人は非営利でなくてはならず、営利目的で医療を提供してはいけません。なので、医療機関は稼ぐことを目的にやってはいけないのが大原則です。だから、医療界は株式会社というものにすごくアレルギーを持っています。自分たちは営利に関係なく頑張っていて、会社は営利を貪っている、どちらかというと敵のような感覚を医療現場は持っています。ちょっと大袈裟かもしれませんが、そういう感覚は少なからずあります。
そういう中で、ここ3年くらい、法制度に関わるサービスをやってきましたが、ベンチャーも、大企業も、いろんな関係団体も、もっとちゃんと集まって話ができる団体が無いんですね。そこで、医療に関するIT関係の団体を立ちあげようかと動いています。そういうところに昔からの人たちや、行政、政治家の方々も関われるような場が、いくつかのトピックであればいいなと思います。本当にいろいろなところでバラバラの議論をして、1個が立つと、1個が反対するようなことばかり起こっているので、もう少しそこを取りまとめる団体というのがつくれるはずだと思って動いています。

山岸:それは、既得権益の人とそうでない人の中で、改革賛成派の人たちだけを集めるのですか。

豊田:そういうことではありません。意外と、ちゃんと話すと、そんなに利害が対立しないことも多いのです。

山岸:最終的には皆で良くしようとしているから。

豊田:持続可能な、患者さんにとっても医療従事者にとっても良い医療の仕組みをつくりたいというのは、皆一緒なのに、ちょっとしたワードや、ちょっとした表面的な理解で、なんとなく味方じゃなさそうと......

山岸:コミュニケーションが大事だから、そういう場をつくっていくということですね。

豊田:どうしても対立する部分はあると思うのですが、そうでない部分が圧倒的に多いので、対立しないところから変えていく方がよっぽど速いし、患者さんのためになるので、そういうふうにわかり合える場を、性善説に基づいているところがありつつ、つくりたいなと思っています。

山岸:岩﨑さん、今の豊田さんの回答への感想も含めて。

岩﨑:私は良いタイミングが来たかなと見ています。厚生労働省が医療ID制度というのを2020年度の後半までには何らかのかたちでつくっていくと。また、経済産業省も、それを非常に後押しするような活動をしていますね。
第四次産業革命の東京オフィスができました。第四次産業革命の世界各国の活動で、実は日本だけが世界経済フォーラムと経済産業省がジョイントベンチャーでつくっている組織なんです。その中で議論していることの一つが、データをどう扱うかというポリシーの部分、もう一つが、ヘルスケアです。私どもの会社もそこに入って活動しているのですが、良いタイミングで動いてくるのではないかと見ています。
あとは、これはある意味、私の個人的な考えですが、教育が大切だと思います。デジタルや、データを共有することのメリットを国民に正しくもっと教育していくこと。今はどちらかというと、リスクだけがマスコミで取り上げられている状態です。本当は、共有データを使えることによってものすごく大きなバリューが生まれて、おじいさんもおばあさんももっと良い生活ができるはずです。なかなかそこまで教育ができていないというのが課題の一つだと思います。たまたま今年1月に、安倍晋三首相が、「データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(信頼ある自由なデータ流通)」を提唱して、大阪のG20でも、それをサポートするようなイニシアティブが動いてきているので、私は良い流れなんじゃないかと思います。そういうことについても、経済同友会などの活動を通じて、声を上げていくというのが一つのやり方ではないかと思います。もちろん並行して、豊田さんがおっしゃるような活動をするのも非常に大切な力になるのではないかと思います。

山岸:相互理解に加えて、そういう官、もしくは大企業レベルでの取り組み、広い意味での教育ということですね。その教育は、誰かやるのでしょうか。政府?

岩﨑:やはり公的機関がやらないと。企業が利益を誘導しているように見えてしまうと、社会からはなかなか信頼が得られないと思います。ただ大原則として、今、起きているいろいろな問題、例えばデータの間違えや漏れなどを、きちんと正すことが前提です。

山岸:ありがとうございます。ほかに質問は?

質問者2:健康経営の責任者をやっています。私どもは社員を病気にさせない「未病の取り組み」というのが非常に大事だと思って取り組んでいます。
そうしたときに課題になるのが、一つはやはりデータの開示です。ストレスチェックなど、いろいろな健康データがあるのですが、これをオープンに開示してはいけないという規律があって、一人ひとりの健康のところまで見られていないというのが一つです。もう一つは、お医者さまが病気になる前の治療というのをあまりされたがらないこと。こうした課題を解決するために、ベンチャーの皆さんが仕組みをしっかりとつくって、それを受託してやってもらうことはすごく大事だと思うのですが、そういう企業がまだ少なくて、自分たちでやろうとすると相当な苦労です。そういったベンチャーの取り組みが、今増えているという実感はあるのですが、今後増えていくためには、どういう課題があって、どう解決していかなければいけないのか、というところをお聞きしたいと思います。

山岸:豊田さんへの質問ですね。

豊田:今いただいたお話で答えるとすると、理想論でもありますが、今、データの共有というと、いかに病院と共有するか、健保組合と共有するか、みたいな話になっていますが、患者さんに1回返して、患者さんと共有する。なぜなら、自分のデータをこういうかたちで共有した方が、自分にとってメリットが大きいことが分かる状況をつくれば良いと思っています。もちろん、センシティブな情報もありますが、一方で、山岸さんが自分で尿酸値が高いとこの場で言ったように、共有しても良いという医療情報もあります。医療情報イコール隠さくてはいけない、みたいになっているけれども、そんなこともないと思っています。主体者である患者さんに戻して、それを活用するという何かしらの成功フローなりというのを簡単に。
禁煙が面白いのは、自分が喫煙者かどうかを会社で言えるんですね。例えばそういうところから始めるというようなことはあってもいいと思っています。
もう一つ、予防のところで医療機関がモチベーションがわかないというのは、その通りで、なぜならお金が入らないからです。予防に対する保障は基本的に無く、ワクチンも全部自費です。自治体が出すことはありますが、インフルエンザも、予防のための接種は自費なんですね。インフルエンザにかかったときの治療には保険がおります。受験前の子どもなどにはタミフルなどを事前に飲ませておいたほうが良いんです。また、女性アスリートや女医さんはピルを飲んで生理をずらしたり、多くの方がやっていますが、なんとなくピルってまだ、世の中では抵抗があるような扱いを受けています。女性の体のことを考えたら、副作用が無いなら絶対飲んだほうが良いはずなのに、なかなかそういう文化やチャネルがないという不幸が起きています。
何が言いたいかというと、予防は普通の医療体系だと、医療機関にはインセンティブがつかない構造になってしまっているので、先ほど言ったようなサブスクリプションモデルみたいにすれば、医療機関にとってもある程度ウィンになる。予防の患者さんて基本的に診るのが楽なので、それほどシビアな相談がくるわけではないので、薄く広く、いわゆる保障制度とはちょっと違うかたちでの、自負診療の中でのサブスクリプションモデルなどにしてやると回るだろうという感覚はあります。そういったところに興味を持つ医療機関もありますし、興味ある企業さんがあればうまくマッチングして、仕組みをわれわれのようなところが提供できれば回るだろうと思っています。

岩﨑:データの扱いですが、私は昨年度、経済同友会の医療・介護システム改革委員会で副委員長をさせていただきました。これからどんどんグローバル化が進んでいきますよね。私どもは、ノンジャパニーズがオフィスに普通にいる会社なんですね。そうすると個人のデータに対するセンシティビティというのはだいぶ違うということがわかってきました。

山岸:日本人よりも高いということですか。

岩﨑:そうですね。ですから、自分のデータを外の人間に共有することについては、これからグローバル化がもっともっと進んできた時に、われわれはもっとセンシティブにならないと、大きな問題を起こしてしまうのではないかと、ちょっと気になっているところです。

山岸:利活用も大事だけれども、注意して取り扱うことも同時に大事になっていると。

豊田:個に返さずに勝手にこちらでやるのは許されなくなると思います。患者さんに返しながら、ちゃんとそこで同意を得て、こういう第三者利用もしますよ、といったことがあると思います。

山岸:ありがとうございます。はい、最後の質問かもしれません。

質問者3:先ほど政府の方で進めていただきたいという話もいくつかあったと思うのですが、バイオの中では、医療などのデータを、どういったところに優先順位を持って集めていくかということを、例えば、今だとゲノム情報に加えて腸内細菌、代謝物といったものだけではなくて、疾患にかかわる原因解明という意味では、全パスウェー(遺伝子やタンパク質の相互作用の経路図)をどうやって盛り込んでいくかなど、いろいろ考えています。皆さんの中で、こういうデータから始めたらいいというようなことがあれば、ぜひご教授いただければ幸いです。
国の各機関が集めているデータはたくさんあります。ただ、集めているけれども、それをベンチャーさんに届けたり、大企業さんに還元したり、といった整備ができていないと。統合はするけれども、どうやって使っていただくべきか、もしくは足りていない情報がどこにあるのか、というところを第一線のお二人にお聞きできればと思います。

豊田:元も子もないような答えになってしまうのですが、毎年やっている健康診断のデータすら共有できない中で、難しいことをいきなりやると、絶対にうまくいかないと思っています。なので、どういうデータがあるとどういうところに良いのかというのは、製薬の専門ではないのでわかりませんが、少なくとも今やるべきことは、健診のデータなど、共有できていて当たり前なものが共有できる仕組みをつくることだと思います。
先ほども申し上げたように、今、医療ビッグデータで、やれAIでなんとかだとか、創薬をとか、新しい何かを、とすぐなるのですが、それは飛行機が飛んでいないのに、月にロケットを飛ばそうと言っているような状態だと思います。医療って、「こういうことやりたいよね」という壮大なものは描けるのですが、それをステップにして一歩ずつ昇るというのが、あまり得意でない産業のような気がします。まずは、少なくともこれぐらいできた方が良い、というところを。電子お薬手帳のようなものが一切広がっていないと、薬を飲んでいる患者さんが救急車で運ばれたときに、その人が何の薬を飲んでいるかもわからないようなこの状況を変えるとか。

山岸:ある意味、WHATよりHOWがぜんぜんできていないから、HOWをちゃんとしたほうが。

豊田:あとは、理想はあるんですけど、そのためのステップもあるので。元も子も無いのですが、今おっしゃっていたようなことよりやることが山ほどあり過ぎて、もっと前段階のところがないと、腸内細菌や新しいバイオインフォマティクスの話も結局何も進まないまま10年経ってる、というようなことが起こりうる気がしています。そういう話が10年、20年で繰り返されているというのは、業界の方々はずっと言っているので、まずはできるところから一歩ずつ、当たり前のことができているようにしていくことが必要なのかなと思います。すみません、ちゃんと答えていないのですが。

岩﨑:創薬という観点では、ゲノム情報というのは非常に魅力的です。ただ、データをどのように活用するかは、また別の問題だと思います。それから、今、東北でやられているようなメディカル・メガバンクも、すごく魅力的ですが、これからなんですね。だからやっぱりデータが取れる基盤を一刻も早くつくっていただくことが、私は良いのではと思います。そういう意味では似たような回答になってしまうかもしれませんが。

山岸:多数のご質問の挙手もいただいていたのですが、終了時間なので、ここで終了したいと思います。今日は非常に、私自身も勉強になる、面白いディスカッションに参加させていただいてありがとうございました。登壇者のお二人に、ぜひ盛大な拍手をお願いいたします。ありがとうございました。

画像:分科会3-A「医療の未来」 セッション風景

以上
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産業の未来3 分科会3-B「オフィスの未来」

《パネリスト》 ※写真は左から
河野 貴輝(ティーケーピー 代表取締役社長)
伊達 美和子(森トラスト 代表取締役社長)

《モデレーター》
井上 高志(LIFULL 代表取締役社長)

画像:分科会3-B「オフィスの未来」 パネリストとモデレーター

それぞれの事業紹介----貸会議室と不動産開発

井上:まず、お二人に簡単に自己紹介をしていただきたいと思います。

画像:河野 貴輝氏

河野:ティーケーピーの河野でございます。本日は会場もティーケーピーの会場でございます。同友会では幹事、そして今回の委員会の副委員長をさせていただいています。ティーケーピーは14年前に私が立ち上げた会社で、取り壊しの決まっているビルや使われてない結婚式場を、時間貸しの貸会議室という形で展開してきました。この会場も元ホテルパシフィック東京の宴会場でしたが、震災があった2011年3月の翌月4月に、この宴会場フロアをすべてお借りして、ホテル宴会場事業に参入しました。TKPの貸会議室に、ホテル厨房から料理をケータリングしたり、ホテル同様のサービスをしていくことで、単なるスペースを貸すだけではなく、いろんなサービスを付加して展開をしてきました。最近では品川配膳という老舗大手の配膳会社を傘下に納め、ホテルの宴会場等に配膳スタッフを4,000人近く送っています。また今年、レンタルオフィスで世界ナンバーワンであるリージャスの「日本リージャス」と「台湾リージャス」を買収しました。時間貸しと月貸し、レンタルオフィス、シェアオフィス、コワーキングスペースなどの会員制オフィス一気に展開しています。

井上:ありがとうございます。ちなみにリージャスはいくらで買収したんですか?

河野:430億円です。売上より高い買収だったので、非常に大きな挑戦でした。

画像:伊達 美和子氏

伊達:森トラストの伊達と申します。不動産事業をしている会社でして、オフィス開発、ホテル開発をしています。オフィスについては基本的に都心4区を中心に展開しています。ホテルについては、東京、そして地方にも展開しようということで過去からやっていまして、日本の観光立国に向かって頑張っていきたいというところです。最近は来年開業のオフィスもあるので、そこに力を入れています。その次に開発するものが赤坂にあり、そちらに関しましては、建て替え前にティーケーピーさんがかなりの床を使ってレンタルされていました。そこはIT企業がたくさんいらしたオフィスで、それぞれ成長され、聖地といわれているようです。

井上:いわゆる勝ちビルですね?

伊達:建て替え前は勝ちビルにしていただいて、それが今、更地になり2023、4年に向かって建てていきます。そういったご縁というか、勝ちビルになりたいと思いながら、5年後10年後のオフィスを一生懸命考えているところです。

井上:10年20年30年単位で、ご覧になっていると思います。ちなみにその赤坂は地上何メートルくらいなのでしょうか?

伊達:来年開業の神谷町の「東京ワールドゲート」は180mでとめましたが、赤坂は210mくらいにする予定です。高さ競争をするということはあまりないのですが、多少難しいのは、我々の考えとしては、プレートはできる限り大きいほうが企業さんにとってコミュニケーションに使えるんじゃないかということです。その立場では、おデブなものをつくりたいんです。

画像:井上 高志氏

井上:その辺ちょっと明らかに立ち位置が違うお二人なので、この後どんな対話になるのか、ぜひ楽しみにしてください。僕のほうは簡単に自己紹介しますと、LIFULLの井上と申します。住宅産業はよくわかるのですが、オフィス産業は素人です。ですから今日はお二人に聞いてみたいと思います。今日の切り口は、最初は市場のデータです。日本の不動産市場におけるオフィス市場は、今、どうなっているのか。大きなビルもこれから結構供給されるという話がありました。一方で働き方も変わってきているのでオフィスはどういう使い方に変わっていくのか、市場を俯瞰してみたいと思います。2つめは、働き方とか20年以上に及ぶデフレを経てきた日本では、どういう変化があったのか、3点目としては、未来のオフィスはどうなっていくのかを、お二人から語っていきたいと思います。

バブル崩壊後、オフィスビルの大量供給は3回起きている

井上:最初に市場です。日本の不動産市場は、資産価値は2,400兆円と国交省から出ています。GDPの4倍以上です。そのうち公的な不動産が約600兆円で、企業が所有しているのが500兆円くらい。これがどう変化していくのかというのが、結構大きな話だと思います。市場のデータを見ると、一点目としては大規模オフィスの大量供給です。赤坂プロジェクトも含めて、今も八重洲、日本橋など色々なところに大きなビルが建てられています。オリンピックを迎えるこの2、3年は、本当にたくさんの大きなオフィスが供給されるそうです。その後少し下がって、2023年からまた大量供給の時代を迎えるといわれています。そうなると心配なのは、そういう大規模オフィスに元気な企業が移っていき、老朽化したビルがどんどん巷に溢れてしまうのではということです。一方で働き方が変わり、フレキシブルオフィスという考え方が増えていて、将来、全オフィスに占めるシェアが5%ぐらいまで伸びていくのではないか、年間10%以上増えていくのではないかともいわれています。そんな観点から市場を俯瞰して、河野さん伊達さんから解説をいただきたいと思います。それぞれベンチャー、フリーランスの目線からでもいいですし、大企業での活用という目線でもいいです。では、伊達さんからお願いします。

伊達:不動産価値が2,400兆あるということで、なかなか大きい数字です。私バブルは経験してないのですが、バブルの時期は東京都だけでアメリカが買えましたよね。と思うと、まだまだ可愛いものだなとも思います。例えばバブル時、都内ではマンションも最高で坪3,000万まで上がりましたが、今のところまだ2,000万台が出たかな、というくらいだと思うので、そういう意味では、もっと上を見たいな、という思いが不動産事業者にはあるのではないでしょうか。一方でバブルの頃の不動産会社の業績と今を比較すると、現在は、バブルの頃の倍にはなっているんです。これもまた面白くて、失われた30年の間に何が起こったのか。面白いことに日本のディベロッパーは景気に左右されず、新しいものを作るんです。それはバブル崩壊後の10年後くらいは止まったと思うのですが、実はその後、大量供給の時代は3回訪れます。今回の2020年の前後の大量供給の前に起きたのは、2012年。その前はリーマンショックの手前の2006、7年。その前は2003年で、毎回理由があるんです。それは、「マーケットが」「ニーズが」というよりも、土地が大量に出たとか、規制緩和が起きたというのが影響しています。そんな中で2020年に向かってこれだけ増える理由は、震災後、全ての投資が止まってしまっている時に、やはり投資を起こさなくてはいけないという力学が働き、その中で規制緩和が起きた、ということなんです。規制緩和が起きると、建て替えをして容積を増やすことができるので、建て替えをすることのメリットが出てくることになります。よって皆が動き始め、さらにはオリンピックが決まったので、オリンピックまでに作りたいというモチベーションが働いて、2020年に向かってこぞって皆が建て始めた、というのが今の状況です。結果的にはこの約20年間の中で、最高に近いくらい同じようなレンジでの大量供給がされることになります。我々もその中の一つに入っているわけですが、当然2016、7年の頃には、供給過多になるかもしれず、困ったなと思っていました。特に私たちのビルは、できるのが2020年で、全体から見れば、出遅れていたんです。18、19年の新築で需要がすべてなくなってしまうと困ると思っていたのですが、蓋を開けたら、20年案件も、新規供給は埋まってきてるという状況です。ところで、皆さん、空室率がどのくらいか、ご存知でしょうか?

オフィスビルはほぼ全部埋まっている

井上:稼働率、すごい高いですよね。

伊達:高いですね。今、空室率は2%、切っている状態です。

井上:ほぼ全部埋まっている状態ですね。

伊達:今ちょっとした空間を借りようと思うと、「すみません、ありません」と、お断りする時代になってきています。そのくらい今は不動産ビジネスというのは強い状況にあると思っています。

井上:ちなみに僕も社会人になった時、ちょうどバブルが崩壊した年でしたが、あの頃の不動産の開発競争と今の開発競争と違うような感じがするんです。昔はあまり市場予測もしないまま、じゃぶじゃぶお金を借りてきて、とにかくマンション建てて、それが急に総量規制で蛇口がキュッと閉まってしまったので...。

伊達:やはり不動産価値が上がっていくという土地神話で考えていたので、金利が高くても借りてでも建てた方が良いという発想があったのではないでしょうか。

井上:今はもっとちゃんとマーケティングして。

伊達:今のほうが収益還元法で、どういう収益があるから不動産の価値があるか、ということ見るようになってきたんです。ただロンドンやニューヨークと比べると面白い。いわゆる開発をする人と、投資をする人と、借りる人と、三方いるわけです。要は、開発者は投資をしていないので、お金を貸す投資家なりから、お金を調達しなければいけない。ところが、調達する時の条件が、テナントが決まってなくてはいけない、テナントは、先行きがわからないしできなければきめられない、という三すくみ状態が起きるんです。特に、ロンドンはリーマンショック後保守的だったので、次の開発がなかなか進まない。それに対して日本のディベロッパーの場合は、自分で借りてくることになるので、自分自身が投資家であり開発者であり、すべてのリスクをとります。だからテナントさんが決まってから建てるのは遅いということで、まず建てる。それが他の国との違いかもしれません。

貸会議室も高稼働

井上:先ほど、稼働率は非常に高くて98%になっている、2%しか空いてないと伺いましたが、これは面積的には1万平米以上とか足切りをしたデータでしょうか?

伊達:そうではなくて、都心何区と絞られているかもしれません。

井上:河野さん、そのへんはいかかですか?

河野:我々ティーケーピーは元々不況ビジネスで初めました。ティーケーピーの貸会議室を使えば、自社のオフィスは全部執務スペースにできますよ、共有部分である会議室やホールは、わざわざホテルの高い宴会場を使わなくていいですよ、というのが元々の売りだったわけです。一方、景気が良くなってくると、空室がないという状況になります。そうなるとオフィスを借りられない。でも会社の規模が大きくなると、執務スペースは増やさなくてはいけない。では会議室のスペースはどうかといえば、10人か20人くらいの会議室は持っても、「いつも使うわけではない30人以上の会議室」を自社で持つのはもったいないのではないかとなってきます。企業のお客様にはできるだけ執務スペースを広げてもらおう、100名以上の会議室が使われるのは月に1回2回でしょうから、それはティーケーピーの会議室を使ってもらおうというのがコンセプトです。

井上:会議室のシェアリングエコノミーですよね。

河野:この数年に100万坪新しいビルができたわけですから、100万坪の引っ越しが行われますよね。古いビルはそれだけ空くわけです。そこを丸ごと取りに行っているのがティーケーピーです。最近の事例をお話すると、4、5年ぐらい前まで予備校だったところが、どんどん少子高齢化で縮小していく。その校舎をティーケーピーの会議室に変え、それをオフィス向けにシェアリングしていく。また、昨夏は、大塚家具に出資しました。

井上:あれ、すごく意外だったんですけれども、狙いが何だったんですか?

河野:インターネットが普及してきて、大規模な店舗の売り場はショールーム化して縮小していくという仮説があります。

井上:スペースを買いにいっていると。

河野:大塚家具の売り場スペースを小さくして、販売はネットワークを使ってやればよく、残ったスペースはティーケーピーが会議室にすれば、全く問題ないのでは、という提案だったんです。

井上:なるほど。全国のティーケーピーの会議室に大塚家具のインテリア入れるのかな。でも普通に買えばいいだけだよな、と思っていました。

河野:実際、仙台の大塚家具の店舗も全部ティーケーピーに変わりましたし、新宿の店舗も最上階はティーケーピーになっています。

井上:ちなみに大量供給されていくと、どのくらいなんですかね?100坪未満のオフィスとか300坪未満くらいのオフィスというのは、逆に空きが目立ってないんですか?まぁまぁ稼働しているんですか?

河野:基本的には空いていないです。埋まっています。我々としては空室率の低いオフィスだけでなく、百貨店などの商業施設、要するにオフィスと違うところでも人が集まる場を作れないかということを模索しています。現に、札幌の丸井今井の南館が撤退したところをティーケーピーに変えています。その分またオフィススペースに空きが出る、という考え方をしてるんです。

井上:これは都心だけの状況ですか?日本全国そうですか?

伊達:大阪も結構タイトになってきています。そういう意味では地方都市も、都市といわれるところは、稼働率は高いんじゃないですか。

井上:労働人口が増えているんですか?

伊達:それは難しい質問ですが、失業率が下がっていることを含めて考えれば、そういう企業に勤めている人というのは増えています。かつ投資は2、3年くらい前から始まったわけで、そうすると、色々なプロジェクトチームが出来てきます。すると人を雇用しなければならない。場所が足りない、空間が欲しいとなります。あとやはり地方から東京の支店をもっと出したい、というニーズは結構聞こえてきます。

「賃貸オフィス」から「フレキシブルオフィス」へ

井上:わかりました。ありがとうございます。この市場の見方でお二人の違いが色濃く出るかなと思ったのですが、まだちょっと序盤戦なので、ソフトな感じでスタートしています。二つ目のテーマに移りたいと思います。市場は何となくわかったと思います。大量に供給されるのですが、東京だけでなく、政令指定都市も含めて稼働率は非常に高い。作れば作っただけどんどん埋まっていくというのが今の状況です。そのような中で過去10年から20年ぐらいのスパンで見た時、オフィスのあり方というのはどんな変化をしてきたのでしょうか。働き方が変化していることも含めて、お話をそれぞれいただきたいと思います。今度は河野さんからお願いします。

河野:元々オフィスというのは、賃貸オフィスという形でした。僕が会社を作った時も賃貸オフィスでしたし、皆さんもそうだと思いますが、この10年間でかなり変わってきています。特に最近は、働き方がかなり変わってきてシェアオフィスとかコワーキングスペース、いわゆるフレキシブルオフィスという形で、大企業だけに所属するというところから、ちょっと変わってきています。

井上:フレキシブルオフィスというのは、最近出てきているコワーキングオフィス「We Work」のようなモデルと、リージャスのような昔からあるサービスオフィスを総称して「フレキシブルオフィス」というんですよね?それがどんどん増えてきていると。確かに昔は、そういうものは、あまりなかったですよね。

河野:そうです。「大企業に所属する」というのが、日本の典型的な例でしたが、アメリカ同様日本でも1円株式会社ができるようになったり、プロのフリーランサーが出始めたりする時代になってきて、働き方が変わってきています。とくにアメリカを見ていると大企業に所属していても、毎日朝から晩まで出社する時代ではなくなってきたのかなという気がしています。

井上:ちょっと会場のみなさんにお聞きします。コワーキングスペースとかフレキシブルオフィスといわれるようなところを、たまにでもいいから活用している会社さんどのくらいいますか?

(会場挙手)

井上:ありがとうございます。1割、2割くらいあがりましたかね。では、在宅勤務やテレワークを認めている会社さんはどのくらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

井上:これは多いですね。半分以上ですね。確実に働き方とか、ワークプレイスマネージメントが変化してきている感じですが、それはリージャスとかティーケーピーさんの利用も増えているということから肌感で感じるわけですか?

支店出店前のトライアルとしてレンタルオフィスを活用

河野:そうです。我々の貸会議室は、本来、時間貸しですが、そのスペースですら、企業の研修部門や管理部門で長期で使われたり、プロジェクト単位での長期利用という要望がすごく多くなってきました。企業の中での使い方も、「本社でやらなくてもいい仕事は外に行ってやろう」という動きになってきています。コワーキングスペースやレンタルオフィスである「スペーシズ」や「リージャス」の利用を見ていると、支店を作るのに、普通のオフィス賃貸契約じゃなく、レンタルオフィスを借りて、どんどん大きくしていくという大企業や外資系企業が多いんです。

井上:使い方としては、まずトライアルにやってみて、うまくいくんだったら本格的に支店を出すという考え方ですね。

河野:最初は一人だったのが、どんどん増えていって、20人30人40人50人・・・という規模に広がっていくんです。そういう意味ではフレキシブルです。これが賃貸契約だとすると、最初からある程度のスペースを借りないといけません。でもリージャスだったら一人で借りてもいい。ホテルみたいなフロントもあり、受付でお客さん応対もしてくれるし、電話の取次ぎもしてくれます。

井上:企業はそうはいっても、広い会議室とかセミナールーム持っているところもいっぱいあるじゃないですか。僕らも楽天の三木谷さんと同じように月1回は全社総会800人とか1,000人とか入るスペースを常に用意していたんです。使っていない時、「これ誰か使ってくれないかな」と。そんなビジネスもやられているんですか?この曜日使って下さい、この時間使って下さいと。

河野:あります。とはいっても、その会社が良い場所にあるとは限りません。立地が大事なので、むしろそこは執務スペースで使ってくださいといいます。みんなで集まる場合は、もっと利便性の良い場所や、ターミナルステーションに、ティーケーピーの会場があるので、ここを使ってくださいという提案にもっていきます。

コミュニケーションのためにオフィスを集約したいニーズあり

井上:ありがとうございます。では伊達さんのほうから、過去10年20年くらいでどんな変化があったか、働き方を含めてお話しください。

伊達:まず、テナントリーシングしていると、過去の10年20年というのはスペック勝負でした。天井高がどのくらいあるとか、自由に何でもレイアウトできますよ、というものが多かった。そして求められたのは、エネルギーシステム、バックアップシステムです。海外から外資系企業が日本に進出してくる時に、やはりBCPが重要で、それをできる環境にしたいということでした。さらにリーディングルームを考えると、全体が見渡せなくてはいけないという文化があったので、ディベロッパーはこぞって大規模なプレートの広いものを作ることになってきました。今もその流れは踏襲されています。プラス東日本大震災があったので、元々皆さんが力を入れている耐震がさらに強化されていったというのが、2014、5年ぐらいまでの流れだと思います。
そして2020年に向かってですが、ある程度のスペックのものがすべて揃っているんだし、大量に供給されて、企業の移転の理由が本当にあるのか疑問でした。「わざわざ企業が移転するメリットは何か」を考えて提案したのが、出来る限りフレキシブルな状態でクリエイティブな環境にあるような空間を提供しよう、空間の自由度を与えようということでした。かつプレートが広いということを考えると、やはり大企業さんを相手にするわけですが、そのリーシングしている過程で見えてきたのが、企業さんも分散しているオフィスを集約したい、同じビルでも何フロアにも分かれていたものを集約したい、というニーズです。社内の中でコミュニケーションをさせたいわけです。各部門に分かれ、縦割りになってしまっている今の業務のあり方が問題であって、それを変えてコラボレーションしながら新しいものを生み出してほしいということです。働き方を変えてほしいという気持ちが現れるようで、そこの受け皿を作り提案したのが、東京ワールドゲートのケースです。竣工前ですが、ほとんど埋まった状態です。さらにはフロアごとにつなげることもできる階段を、比較的簡易にできるような設計にしているんですけれど、といっても、一個作るのに1億以上かかるんですが、それらが2007、8年に供給したオフィスの時にはニーズがあまりなく数が出ませんでしたが、今回は各企業さんが何個も階段の穴を開けていく。エレベーターの移動だけになった時の社員同士のコミュニケーションのあり方と、内階段があるか否かによって全く違うというデータも出ているようで、そういうものを、お金をかけてでも取り入れて、社内の環境を変えていこうという動きが出ているのが今ではないかと思っています。

オフィスへの投資は「よい人材確保」のための将来の投資

井上:非常に興味深いのですが、天井を高くしたりエコにしたり内階段作ったり、ということについて、経営者の皆さんは、それはROI的にどのくらい効果あるか知りたいと思うんです。それによって社員同士のエンゲージメントやコミュニケーションが上がったとか、生産性やクリエイティビティが上がったとか、データはあるんですか?

伊達:まず、各社さんがどのくらい予算をお持ちで、その予算の範囲でどこがとれるか、というのがあると思います。その中の比較優位の中で出来る限り自分たちのコンセプトに合うものにしたいというのが、順番としてあるのではないかと思います。次に、入居するからにはコストをかけて内装も作るでしょうし、家具のあり方も変わっていくと思うので、その中で出来る限り社員が喜ぶ環境を作ろうという流れは、非常に出てきています。今は人の採用が難しい時代になっています。やはり各企業さんが自分たちの会社のビジョンとして何をしているか、イノベーティブなことはどうか、そのためにわざわざこれだけの実質的な空間を用意していて、そこで社員はどんな活動をしているか、といったことをプロモーションしなければ、新規にいい人を採用できない時代になっています。そう考えると、いわゆる経営指標の数字というよりは、将来のための投資を皆さん始めているととらえています。

井上:いっときオフィスにバーを作るとか、ビリヤード台とか卓球台を置くとか流行ったじゃないですか。最近逆に聞かなくなっていて、そういう会社を訪問しても誰も飲んでいないんです。

伊達:卓球台は執務テーブルでいいんじゃないですか(笑)

画期的なオフィス活用法①--本社はコンパクトホテル、受付にキオスクと書店

井上:では、その辺の変化とか、こういうのやったらいいよとか、オフィスのコストを下げることもそうですが、使い方のアイデアを教えてください。

河野:ティーケーピーの本社は元シャープの東京本社ビルですが、そこにファーストキャビンを作ったんです。コンパクトホテルを作って、社員が休憩したり寝たりすることもできるし、大浴場もあるのでお風呂も入れます。ホテルのロビーラウンジで朝食を出しますが、社員は朝9時まで朝食を無料で食べられます。昼もランチビュッフェをしているので、13時まではテイクアウト、13時以降はラウンジでも半額で食べられるとしました。社員にも使える宿泊所やお風呂、ロビーラウンジ、朝食・昼食サービスを、稼ぎながら運営している。福利厚生でありながら福利厚生でないのがポイントです。また、本社の受付自体をキオスクのようにし、お菓子や新聞まで売っています。また隣には八重洲ブックセンターの出張所を作ってもらっています。来館のお客様の総合受付でもあり、キオスクでもある作りです。

井上:受付に来た方々に、そこでガムを買ったり飲み物を買ったりしてもらって、プロフィットセンターにする...。

河野:会議室に来る方々が買うのですが、ついでに社員は割引で買える仕組みです。本は、八重洲ブックセンターにウィークリーのベスト5のビジネス書など毎週入れ替えてもらっています。普通、本屋さんというのは人件費で負けるのですが、我々の場合は人件費を自分でもっていますから、売れた分だけ返す受注発注の仕組みにしています。そうすると受付が一人で何でもできるし、しかも福利厚生にも繋がる。プロフィットセンターになる。一石三鳥になっています。

井上:参考になりますね。弊社のオフィスはちょっと変わっていて、築50年のビル丸ごと一棟借りていて、十数億かけてフルリノベーションしたんです。3,000坪ぐらいですが、一階は一般の方々、社員と近隣の方ご近所の方々が寄れるカフェレストランになっていて、人が混ざるんです。そのうち自然にコミュニケーションが発生して、「どこから来ているんですか」「僕はアフリカ大使館に勤務しています」「JICAです」みたいになるんです。

画期的なオフィス活用法②--

井上:ビリヤード台とかバーもいいのですが、食べる所があると勝手にコミュニケーションが生まれるんで、投資価値がいいと思います。

伊達:ビリヤードや卓球は、SE職の方が、「体動かさないと」という流れの中で出てきたと思うんです。もう少し一般的なサラリーマンの業務の時に、ほしいクリエーションやコミュニケーションのあり方とかとは、ちょっと違うかなと思います。

井上:確かに会社によって違いますね。

伊達:だから、卓球台を日本に入れたけど、ほとんど使われてないというのはよく聞きますね。

井上:うちはデジタルファブリケーションスペースもあって、これも一般の方に開放しています。3Dプリンターとかレーザーカッターとか木工用加工デジタル機器などがあり、ガレージみたいなところに卓球台を置いていたら、近所の小学生が「こんにちはー今日は何時から使えるんですか」と入ってくるんです。そんなほのぼのした空間が半蔵門にあるんです。

伊達:先週の金曜日、神谷町でのイベントで卓球大会をやったんです。音楽とか光を流しながら企業対抗戦でやって、盛り上がったようです。卓球は誰でもできる楽しさがありますね。

オフィスの未来の姿とは?①
--「プロのフリーランサー」が増え、目的にあったシェアオフィスが登場?

井上:ありがとうございます。最後の質問ですが、未来の姿、これからどんな変化をしていくのがいいのか、供給者、サービス提供者側というお二人の立ち位置から、今日ここにご参加している経営者の皆さんに、アドバイス的なお話を是非いただきたいと思います。ハードとしてのオフィスの観点、ソフトとしてのオフィスの観点、それからそこで働く人たちのコミュニケーション、エンゲージメント、幸福度。どこからの観点でも構いませんので、お二人の気になっているところをお話しいただけますか。

河野:僕は3カ月くらい前にシアトルのAmazon本社を見てきました。余談ですが、出社する時に10人に1人以上、犬を連れて出社するんです。自動改札のところに犬がどんどん出てくるからビックリしました。ほとんど放し飼いにしているみたいで、なんと犬の面接もあるんですって。ちゃんとコミュニケーション取れる犬じゃないとダメだそうです。僕がいいたいのはそこではなくて、Amazonはいろんな福利厚生をしていますが、結局3、4年経つと皆辞めてしまうというのです。それで社員の10%はプロのフリーランサーに変えたそうです。いわゆるギグエコノミーの世界ですが、今後3年間でこの比率を3割4割増やしていくそうです。新しい社員は採用しないで、プロジェクト単位でとっていくということのようです。

井上:それは業務委託的な契約になるんですか?その人たちに払う報酬は...。

河野:たぶん、社員よりも高いと思います。ただ、プロジェクトが終われば契約も終わりですし、ずっと抱え続けないことになります。

井上:プロスポーツチーム的な感じですね。

河野:その話は衝撃的でした。日本はそこまでになるとは思いませんが、それに近い動きを、外資を中心にやるんだろうなと思います。リージャスにも繋がっていくのですが、日本の場合、どうしても「大企業に帰属するのが当たり前」というふうに育てられてきましたが、プロのフリーランサーが増えてきて、外に出た人たちのほうが、2倍3倍4倍稼げていることが現実的に見えてくると、大企業に「ずっと所属する人」と「所属しない人」が完全に別れてくると思っています。

井上:そうすると、そのプロの契約社員は、福利厚生は使えないんですか?それとも、そもそもAmazonという会社の中から福利厚生を削っていっちゃう方向ですか?

河野:福利厚生は使えますが、おそらく削っていく方向だと思います。正社員の人数が減っていくわけですから、費用というものが相対的に下がります。

井上:それを見てどう感じられましたか?自分もそっちに振ろうと思ったのか、やっぱり日本型経営の、日本人の働き方の観念とは違うとか...。

河野:そこまでは行かないと思うんですが、そういう動きが日本でも出てくるのかなと思っています。それがテレワークだったり、毎日オフィスに通わずサテライトオフィスで仕事ができる営業マンが出てきたり、デザイナーとかクリエイティブ系の仕事は在宅でもいい。そうなると、作業場に特化したレンタルオフィスが必要になります。単なるリージャスじゃなくて、目的にあったシェアオフィスとかコワーキングスペースを提供したいと思っています。

オフィスの未来の姿とは?②
--ミニマムな空間かプラスアルファの空間か?

井上:そんなふうにちょっと働き方を変えていく。伊達さんの観点からいかがでしょうか。

伊達:ちなみにワンコはGoogleオフィスさんもそうで、イギリスでしたけど、犬の名前を覚えていないと怒られる。だから全部写真も貼ってありました。というくらい犬を愛していて。でも猫はNGって聞きましたね(会場笑い)。私は犬派なので構わないのですが。
今の河野さんの話を聞きながら、日本が長期雇用という制度を持っている点が、アメリカとの違いかなと思います。私もコワーキングスペース等々が数年前から、ニューヨークで流行っているのを見て、これは何だと思い、そこに人が相当集まっていることに驚きを感じました。だけどちょっと合点が違うなと思いつつも、日本企業は、やはり新しいことを生み出せない、次の投資を生み出せないことに苦しんでいます。一方、シリコンバレーが新しいものを生み、そういったフリーランスの人たちがニューヨークという都心にすら集まり始めている。その状況を見ながら、各企業は変わろうという動きが出てくるだろうと、とらえました。具体的に考えられるのは、一つは、コワーキングスペースのようなところを一部借りて、通常と違うプロジェクトの雰囲気にして回すという選択肢です。本体の文化的なものすらを変えたいというニーズも出てくるでしょう。
もう一つは、2025年、デジタルトランスフォーメーションが起きてしまうことを考えると、デジタル投資、IT投資もして自分たちのシステムも変えていかないとついていけない、それに伴い業務やオフィスを変えていくということです。システムを変えようと思ったら、今までのシステムも、業務の縦割りと同じように縦割りで、全部繋がっていなかったことに皆が気づいているはずです。それを全部変えなければならなくて、そこに投資してビジネスプロセスを変えるなら文化も変えていこうとなり、その時に、同じ場所にいながらできると思うか、移転して全部変えてしまうか、どちらにするかということです。例えばそれでペーパーレスにしてしまうところまで進んでいけばいいと思っていて、そういった受け皿を我々が作っていかなければいけないと思っています。
一方で、ペーパーレスになれば空間も減っていきます。フリーアドレスになるかどうかは別として、例えば置き電話はいらないですよね。そうなってくると、必要なオフィススペースは小さくなってくると思います。だから余るのかという話もあれば、ミニマムな空間でよいと捉えるのか。それとも、プラスアルファで社員同士がコミュニケーションできる空間を、ポイントポイントに置こうというのか。そんな動きに変わってきているのかなと思っています。一方、コワーキングスペース運営の役割はあると思います。我々も新規のオフィスの中にもコワーキングスペースを誘致して入れますが、企業さんの立場から見ると、何年も長い契約で床を抑えたいけれども、やはり一部は「拡張性があると助かる」というニーズもあります。それで、1棟丸々の中で、マルチテナントで大規模なオフィスが入るけれども、コワーキングスペースの空間も、一部持つことによって、1つのエコシステムができるのかなと捉えています。

テクノロジーの進化について①--テレワークのほうが生産性は高い?

井上:それは賢いですね。それでは、ここから会場の皆さんとディスカッションしていきたいと思います。ここまでは市場とこれまでの変化、これからの未来ということについてお話をいただきました。何でも結構ですのでご質問ある方、挙手願います。では、考えていただいている間に僕から質問があります。今日のお二人の話を聞いていると、これまで、70年代80年代ぐらいまでは、オフィスとか働き方はものすごく画一的な感じでした。それが、オフィスが多様化し、都心でなく地方でもできるようになったとか、在宅勤務ができるようになりました。でもこんなデータがあります。「クリエイティビティや生産性を上げるためには、週2日までは在宅勤務はいい。でもこれが1日でも駄目で3日以上でも駄目だ」と。「逆に孤独感が増えていって生産性と想像力が欠如していく」というのがあります。あとは、「8m、15mとか距離が遠くなればなるほど人と人とのコミュニケーション、リアルコミュニケーションは、その倍数だけ削れていく」と。例えば8m離れると、それだけで二分の一になる。15m、16mまで離れると、八分の一になっていく。こんなことが起こっています。何を言いたいかというと、テクノロジーの進化で、多様な働き方とオフィススペースというのを、経営者の皆さん、チョイスできる選択肢がすごく増えてきていると思うんです。テクノロジーがすごい。ここから先、もっとテクノロジーが進化すると思います。その観点でお二人から、テクノロジーの進化で注目しているものがあればお話しください。

伊達:それこそここに登壇している我々3人の事前打合せもWeb会議でやりましたが、やはり直接会わなくても随分とコミュニケーションを取りやすい時代になったと感じます。それでもまだタイムラグがある中で、5Gになってくると変わってくるだろうと思っています。テレワークについても、我々も少しずつ導入していますが、やはり週2日にしています。普通の企業が導入する時に一番の懸念というのは、「ちゃんと働いているだろうか」ということと、セキュリティの2つだと思うんですが、むしろ実験してみると、テレワークにしたほうが、明確に何をしているかわかります。ルールとして「今日は何をする」というタスクを全部出していくので、「今日、確実にこれをやりあげよう」と思うようで、非常に明確で、実は生産性が高いのはテレワークかもしれないと、経営者的感覚としては思っています。
とはいえ、やはり業務の種類によると思うんですが、どうしても建築をやっていたら図面を渡さなくてはとか、直接話さないと伝わりきれないものもあったり、その辺はバランスになってくるだろうと思います。私の仮説としては、集約をしていきたい。しかしながらテレワーク等々で、働けるような人も増やしていく。集中力を考えると、自分のデスクではないところで仕事をしたいという人向けには、カフェやコワーキングスペースがいくつかあって、好きなところで働いてもらう。IT技術があれば、どこにいるかわかるからです。そんなふうに変わっていくだろうなとは思っています。

テクノロジーの進化について②
--技術だけに頼ると副作用が出る危険も

河野:我々の会社もそうですけど、定例の全体集会などは札幌から九州まで全国、生中継でTVで繋げています。スマホだけで繋げることもできるのですが、一人でスマホを見るのは寂しい。お客様であるコンビニエンスストアも、支店長会議で利用してもらっていますが、本社と札幌、北海道、九州などの各エリアのティーケーピー会場に、それぞれのエリアの店長を集めてテレビでつなぎ、双方向で会議をする。本当は集まらなくても、テクノロジーだけに頼っていくことはできるのでしょうが、それだけに頼ると副作用が出るのだろうなと思います。会場に人が集まってコミュニケーションも取れるし、本社の意向もダイレクトに伝わるというような、リアルとバーチャルの融合的なスペースの使い方、もしくは作り方を、我々もしていこうと思っています。

井上:僕は個人的には、海外出張で経営会議に遠くからログインしてやるのですが、あれ、ダメですね。1対1とか1対2だと、Skypeとかのツールで十分事足りるのですけれど、1対10人、20人になると、誰がどんな表情でどんなトーンで話しているのか、聞き取りづらいし、画像もよくない。どちらかというとAR(拡張現実)やMR(複合現実)みたいなミックスドリアリティで、自分の視界が振り返ったら全部見えるようにするか、もしくは今、日本の大学で研究されていて、壁紙の値段と同じくらいのディスプレイの研究開発をしている会社があります。平米単価1,500円から2,000円で、天井も床も含めて、壁全部ディスプレイにできる技術です。そうすると、壁全体に本社の映像がバーンと映る。集中してクリエイティビティな仕事をしたい時には、「ハワイのオアフ島のワイキキ」っていうボタンを押せばザザーンとなる。というようなものが、劇的に安いコストでできるようになると、働き方もまた、さらに一歩進む気がします。
あと面白いのがシナモンというVRの会社です。テレビ会議システムで、社長や専務監査役等が、2頭身のアバターになる技術を提供しています。すると、いつも厳しくてきついこといっている人も、2頭身の可愛いキャラになり、にこやかな会議になる。そんなふうに、いろいろ工夫の余地がありそうです。では、会場から何でも結構です。ご質問があったらお願いします。

質問者1:質問というか意見です。最近、僕の友人が二人独立して会社を作ったんです。一人は公認会計士、もう一人はITです。二人ともコワーキングスペースのあるオフィスを狙って借りたんです。なぜかというと、公認会計士の友人の場合は、オフィスが狭く、全社員が入らないので、入力作業を行うようなスタッフはコワーキングスペースで仕事をして、数人の管理系の社員だけが本社にいます。ITの友人も同じで、SEのような人は、本社にはいない。お客さんが来て打ち合わせするスペースと、本社の幹部社員だけがいます。SEはお客さんの近くのコワーキングスペースへどんどん派遣しています。さっき伊達さんが本社オフィスは小さくなるとおっしゃいましたが、最初からそれを狙って借りているという人が増えていて、今、その働き方、結構面白いなと思っています。カフェもあってお茶も飲める。移動もできる。だから業種によっては本当に本社というのはすごく小さくなって、ほとんどの社員、8割の社員がコワーキングスペースで働くようになるのでは。そんな風景を見たのでお話しました。

「日本スタンダート」のオフィスはどうあるべきか

井上:ありがとうございます。続いて一番後ろの方、お願いします。

質問者2:今日はありがとうございました。今のお三方の話を聞いていると、世界の潮流にかなり乗っている話だと思うのですが、一方で供給者側として、例えば日本的な働き方、あるいは日本オリジナリティのマインドに応じたオフィスを描かないと、世界に先んじることができないんじゃないかと思っています。真似する方向はあるのですが、日本が世界のトップになる、オリジナリティを出すという意味で、そういう方向性なり考え方があるかどうかお聞きしたいと思います。

井上:ありがとうございました。おひと方目の「バランスを取ったオフィスづくり」みたいなこともありますし、グローバルスタンダードならぬ日本スタンダードで、こんなのもいいのではないかというアイデアがあればお願いします。

伊達:たぶん、オフィスのあり方そのものよりも、組織の働き方そのものを指しているように思うのですが、今の日本企業の一般的な課題は、新しい知恵が出てこない、クリエイティブさをどうにかして生み出したい、ということと思うんです。そういう時は、色々なものを混ぜ合わせながら、色々なアイデアが出てくることのほうが正しいと思うんです。でも、どこかで選択をしなければいけなくて、集約する瞬間があって、集約しながら目標を見つけてしまい、目標を見つけた時には、限られた人員で、縦割りで、バーンと日本流にやってしまう。そのほうがきっと早いのではとは思っています。今、企業がどのような状況か、もしくは部署がどのような状況かによって、使い分けはあるのではないかと思います。実はコワーキングスペースの使い方が、先ほどのお話のように、8割だったり2割だったり、でもやはりプロジェクト単位で本社と離してやりたい、そこで独立してやったほうがむしろ良いという瞬間があって、その時にコワーキングスペースやシェアオフィスを短期間借りたいニーズもあると思います。企業さんが好きなほうを選択されるのかなと思います。

ITとリアルの融合がポイント

河野:先ほどの日本的なオフィスのあり方ということですが、日本が大事にしてきたことがあると思います。「和を尊ぶ」もそうですし、チームワーク、チームビルディングもそうです。そのために、元々企業は保養所とか研修センターを自社で持っていましたが、それをバブル崩壊で売却してしまいました。しかし、また研修所がほしいとか、皆で集まる寮がほしいという総合商社の方もいます。ティーケーピーは、そういう保養所や研修センターを、この10年間どんどん仕入れてきました。古いものを仕入れて、セミナーホテルとして変えていっているんです。平日は企業の研修ホテル、土日は個人のリゾートホテルとして、首都圏から90分圏内の熱海や箱根や葉山などにあります。古き良き時代のチームビルディングのための研修スペースを、ティーケーピーのセミナーホテルに変えて、企業のみなさまに貸しているわけです。我々は通常貸会議室として貸していますが、「10回に1回は、ぜひ泊まり込み研修してください、チームビルドアップをぜひやってほしい」ということを、提言しています。
ITやデジタルインフォメーションなど、どんどんテクノロジーの方に走っていますが、一年のうち区切りの二回、三回は、皆で集まって、じっくり議論をして、ビジネスモデル等を作っていく。そんな時間は大事だということを、提言していて、ITとリアルの融合をはかっていきたいと思っています。ただ単にデジタル化だけしてしまってもダメだと思っています。

井上:ありがとうございます。僕からもご質問にお答えすると、欧米アングロサクソン系の方は、個人がたっているということが、非常に強いと思うんですが、日本の場合は集団で、という話が河野さんからもありましたが、集団パワーをどう発揮するかということでしょう。それと、会社の中だけが家族じゃなくて、昔から縁側という考え、内側と外側の境目があいまいという文化が日本には長くあります。今風にいうと、オープンイノベーションです。あまりかっちり分けすぎないで、門戸が広く開いているほうがいいと思います。そんな会社の作り方を、僕らはしています。
あと、「LivingAnywhere」というプロジェクトをしています。600兆円ある公的不動産のうち、150兆円くらいは遊休不動産になっています。代表例をあげると、全国の小学校・中学校5,000校が廃校になっていて、全く使われていません。これをうまく、人がコリビング、コワーキングできるような場所にして、将来的には500カ所、1,000ヵ所に増やしていこうとチャレンジしています。これは、月額2万5,000円払うと、そこに住めてコワーキングスペースとして使え、開発合宿にも使えて、水道光熱費通信費全部込み込みというものです。それが1,000ヵ所あって、好きなところにチェックインできる、どこでも生活できるというプロジェクトです。その辺もご一緒できることあれば、よろしくお願いします。ちょうど時間になりました。もし会場の皆さんにおひと言ずつあれば。

伊達:ITツールは、やはり生産性を上げるためには非常に有効な手段なのかなと思います。でもやはり日本人は日本流のやり方を理解しているので、それをどう使いこなしていくかという時代に入ってくると思います。その中で、オフィスというものを、どうやってユーザーのために「ほしい空間」にするのか、他のものとどのように繋いでいくのか、ということを、今後もやっていきたいと思いますので、ぜひ応援していただけたらと思います。本日はありがとうございます。

河野:我々は貸会議室がメインの会社ですので、30人以上の大きな会議室は是非ティーケーピーをご利用ください。そして、レンタルオフィスのリージャスをぜひ応援してください。

井上:時間になりましたので、伊達さん河野さんにもう一度大きな拍手をお願いします。どうもありがとうございました。

画像:分科会3-B「オフィスの未来」 セッション風景

以上
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産業の未来3 分科会3-C「金融の未来②(証券・運用)」 ※非公開

《パネリスト》
赤池 敦史(シーヴィーシー・アジア・パシフィック・ジャパン 代表取締役社長 パートナー)
柴山 和久(ウェルスナビ 代表取締役CEO)
田代 桂子(大和証券グループ本社 取締役 兼 執行役副社長)

《モデレーター》
渋澤 健(シブサワ・アンド・カンパニー 代表取締役)

産業の未来3 分科会3-D「コンテンツの未来」

《パネリスト》 ※写真は左から
國光 宏尚(gumi 代表取締役会長)
吉田 眞市(日本コロムビア 取締役副会長)

《モデレーター》
里見 治紀(セガサミーホールディングス 代表取締役社長グループCOO)

画像:分科会3-D「コンテンツの未来」 パネリストとモデレーター

新しいテクノロジーならではのコンテンツにどこよりも早く挑戦

里見:本日のテーマは「コンテンツの未来」ですが、「コンテンツ」という言葉は非常にあいまいなので、人によって思い浮かべるものも違います。まずは、コンテンツとはなにか、を含めて自己紹介していただければと思います。その上で、日本のコンテンツについて議論し、世界でどう戦っていくか、現状から未来まで話を進めていきます。では國光さん、よろしくお願いします。

画像:國光 宏尚氏

國光:登壇するにあたって、里見さんに「短パンで大丈夫ですよね?」と聞いたら「絶対ムリ!」と止められたので、今日は長ズボンで来ました。会場の雰囲気を見ていて、正しい意思決定だったと思っているところです(笑)。さて、僕ら株式会社gumiは、2007年に設立し、モバイルゲームで上場した会社です。いま、ゲーム事業は社長の川本寛之が見ており、僕は新規事業を見ています。新規事業は大きく3つあり、モバイル動画、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)、ブロックチェーンという領域に分かれています。新しいテクノロジーが出てくると、そのテクノロジーならではのコンテンツが生み出される。そこにどこよりも早く挑戦する、とういことを当社のモットーとしています。いま、VR/AR/MRなどXR事業を3つやっています。その1つがインキュベーションで、東京、ソウル、ヘルシンキの3拠点で行っています。いままでインキュベートした会社が合計55社と、おそらく世界で一番多いのではないかと思っています。また、サンフランシスコに50億円くらいのgumi VRファンドを立ち上げ、現地の会社を中心に34社への投資を行ってきました。あと、自分たちのコンテンツ開発として、VRのMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)、オープンワールドサバイバルシューター系ゲームを東京とL.A.の2拠点で作っています。もう1つ、VTuber(バーチャルYouTuber)で合計13社に投資しています。それからブロックチェーンの分野にもすごく力を入れていて、gumi Cryptosという30億円くらいの投資会社をサンフランシスコに構え、16社に投資しています。ブロックチェーンベースのゲームもやっているのですが、これが結構調子が良くて、おそらく今、世界で一番売上も利益も大きいのではないかと思うんですが、『My Crypto Heores』というゲームをやっている会社と、ブロックチェーンベースのSNSサービスを行う『フィナンシェ』という会社への投資を行いました。このあたりの領域をいろいろやっています。

CDが「売れない」海外、「売れなくなってきた」日本

画像:吉田 眞市氏

吉田:吉田でございます。本日はよろしくお願いいたします。レコード会社の日本コロムビア株式会社と、株式会社ドリーミュージックというのがあり、その親会社で着メロの仕組みを作った株式会社フェイスのグループ内において、音楽を中心にしたレーベル会社で事業展開を行っています。日本コロムビアは1910年の創業で、日本で一番最初にできたレコード会社です。創業時の社名は日本蓄音機商会といい、蓄音機を作るところからスタートしました。その意味で、日本の音楽産業がどのように変遷してきたかをど真ん中で見てきた会社ではないかと思っています。途中で、オーディオ機器を作ったり、白物家電を作ったりという時期もありましたが、今はそういった事業は手放して、音楽と、少しゲームもやっているコンテンツに特化した会社です。皆さんご存知の通り、昨今、CDも売れなくなり、音楽産業は大丈夫かといった声が叫ばれている中で、いろんなパラダイムシフトが音楽業界にも起こっています。親会社のフェイスは配信を中心としたネット系プラットフォームを得意としているので、コンテンツとプラットフォームを融合して新しいサービスやライフスタイルを作っていくことに、日々汗をかいています。

画像:里見 治紀氏

里見:コンテンツとは、という質問には二人とも答えてくれなかったのですが(笑)、つまり、エンタテインメントにおけるソフト面ということでしょうか。コンテンツって、直訳すると「内容物」となりますが、エンタメ業界においてはソフトウェア、IT、著作権といったものがだいたいコンテンツの意味合いになります。今、吉田さんからお話があったように、CDが売れなくなってきている。とはいうものの、日本は「売れなくなってきた」段階です。ところが世界では「売れていない」んです、全く。日本はまだCDが売れているんです。この時点で日本は特異なマーケットと言えます。欧米の方が日本に来て、「あれ、タワーレコードがある」「HMVがある」と驚く。欧米ではほぼ絶滅しましたから。書店も、ほぼ絶滅危惧種ですね。カフェと併設した業態で残っているものが若干ありますが、日本ほど本屋がある国って、先進国ではもうほとんどないですね。このように今、ガラパゴスと言われる日本市場ではあるのですが、さらに少子高齢化の日本でどう戦っていくのか、何に取り組んでいるのかをもう少し深堀したいと思います。

グローバルで食べていかないと絶対ムリ

國光:音楽は少し特殊な面もあるかと思うんですが、コンテンツという面でいうと、やっぱりグローバルで食べていかないと絶対ムリです。コンテンツ、例えば映画、ドラマ、ゲームなどは、最後は製作費が決定的に重要になる。もともと僕はテレビ業界からインターネット業界に来たのですが、製作費は将来の収益見込みからの逆算で決まるので、昔、フジテレビの「月9ドラマ」が流行っていた時期の日本のテレビ番組製作費は、当時の米国HBOのケーブルテレビ番組とそれほど変わらなかった。けれどそれ以降、Netflixにしても、彼らはグローバル展開をどんどん進めていったので、今はドラマ1本の製作費が10億円くらいある。一方日本は、ピーク時で7,000万円だったのがどんどん落ちてきて、今は3,000万円くらい。金があればいいものができるというわけじゃないとしても、片や10億円、片や3,000万円では、戦うのはほとんど不可能ですよ。ゲームの世界では、今は中国勢がむちゃくちゃ強い。今、日本国内における中国勢モバイルゲームの売上シェアは、20~25%くらいを占めています。中国のモバイルゲーム市場は日本の3~4倍くらいあるので、そもそもかけられる製作費が違う。我々は1本10億円くらい、中国は1本に30億円かけてくる。一方で、VR・AR、ブロックチェーンの領域には彼らがまだ日本市場に来ていないので、僕は、こういった領域に先駆けつつ、グローバルで徹底的に勝ち切ることが重要だと考えています。

吉田:音楽でいうと、CDのパッケージが売れなくなってきている。グローバルで見ると、とっくに売れなくなっていて、配信、特にサブスクリプションといわれる定額聞き放題のサービスにどんどんシフトしています。この傾向は今、日本にもきているので、今後数年かけて進んでいくのだと思います。僕らコンテンツの供給側からすると、流通経路の再整備をどうするかが課題です。逆に言うと、いま國光さんからグローバルという言葉が出てきましたが、グローバルな配信業者向けのデリバリー網が結構できていて、日本のコンテンツも店先には届くようになっている。でも届くだけでは売れないので、各ローカルマーケットでどうプロモーションしていくかといったことを、僕らは一生懸命やっています。その方法も旧来型のメディアではなく、ネット系メディアなんだろうなと思うんですが、今は試行錯誤の状況です。加えて、「音楽産業は斜陽ですよね」「レコード会社大丈夫ですか」といったことをIRなどでも質問されるんですが、実は音楽産業って成長しているんです。どの部分かというと、ライブ、コンサートが圧倒的に成長しています。2020年は東京オリンピック・パラリンピックがあるので会場問題があり、踊り場かもしれませんが、リアルなフェス、コンサートのマーケットというのが、今や音源を手掛けるマーケットより成長してきています。いろんなジャンルがありますが、シニアの方もクラシックのコンサートなど足しげく通っていただいており、そこで楽譜を販売したり、ロックのフェスでもTシャルなどを売る。そういったグッズの部分を含めると、CDパッケージや配信を含めた音源のマーケットよりも大きくなっています。少子高齢化ということに触れると、シニア層であればあるほどお金を使ってくれる傾向があります。ただ、日本コロムビアは幼児教育向けのコンテンツもあり、幼稚園教諭向けにお遊戯の音楽や講習会を全国津々浦々で行っていて、その部分はCDパッケージ、配信問わず、安定的に動いているマーケットです。つまり、グローバル化に一生懸命対応している部分と、単に音源だけではなく周辺を含めたビジネスの部分とが、僕らレコード会社として非常に重要だと思っています。

J-POPとK-POPは海外を攻める本気度が違う

里見:音楽って、なぜ韓国はあんなに海外で成功しているのに、日本はイマイチなんですか?

吉田:日本の音楽って、L'Arc-en-Cielやきゃりーぱみゅぱみゅがワールドツアーを行ったり、ONE OK ROCKも結構海外で成功していると思います。日本の音楽コンテンツで海外に出ていけているものというのは、L'Arc-en-Cielを例にすると、『鋼の錬金術師』というアニメの主題歌になったことが発端です。それがヨーロッパで人気が出て、ツアーを回ったらすごく人が集まり、ワールドツアーへと繋がった。だから音楽単体じゃなく、日本のアーティストの場合はアニメやゲームとパッケージになって出ていくという傾向があります。一方で韓国は、そもそも韓国国内のマーケットだけではCDパッケージも売れないし、配信もそれほどお金にならない。人口が多くないので大きくならないからです。だからハナからグローバルで勝負しなければならず、それをアーティストを育てる段階からやっています。また、ダンスミュージックのカテゴリーに特化しているので、いま人気のBTS(防弾少年団)はダンスミュージックを小さな頃から仕込まれ、英語も、日本語もけっこう喋れる。そういったタレントを育てています。韓国は、ジャンルに特化したところと、海外を攻める本気度が日本とは違うのかなと思います。

里見:BTSのことで補足しますが、もともと韓国のコンテンツは、韓国で売れたら日本に来て、その後中国に行って、というルートで流行っていました。今、日韓関係が非常に悪化していますが、実は韓中関係もそれほど良くありません。韓国がTHAADミサイル(高高度防衛ミサイル)を配備してから、中国はK-POP、韓流ドラマ、韓流スターのコンテンツに制限をかけたため、中国に行けなくなってしまったK-POPアーティストは米国に行くようになった。そうしたらBTSは欧米でYouTube再生回数が大きく伸び売れた、という経緯です。なので、次に続くガールズグループのBLACKPINKなどは最初から欧米に行く、という流れができています。その点J-POPは、ジャパニーズコンテンツ付の仕掛けになっている。K-POPはいきなりメインストリームに出ていくので、この差はかなり大きい。

エンタメビジネスでも中国の存在感が増している

國光:モバイルゲームの海外展開は、当社はそれなりに実績は残せてて、売り上げの3割、4割は海外からいるのですが、やっぱり売れているのって、世界にいる日本のコンテンツ好きが対象。ニッチなんですよね。そこになんとか刺さっているという形なので、メインストリームでは勝てなくなってきているというのが結構大きな課題です。

里見:あと日本の弱点は、日本の市場が中途半端にデカイということなんですよね。結局日本のベンチャーって日本語でサービス作って、日本向けにやってそこそこ成功してしまう。すると、そこそこの収入があり、イグジットしても数十億円が入ってくるのでそこで満足してしまい、なかなかユニコーン企業が育っていかない。先ほどでた韓国などは、市場が小さいから最初から海外を見ている。極端な例でいくと、イスラエルの人って、イスラエル向けのサービスなんか設計しないですよね。ここが今日のテーマになりそうです。少子高齢化の日本でどう戦うかは重要なんですが、やっぱりどうやって世界に打って出るかというところにお話を移していこうと思います。成功例、失敗例を含め、お話しいただけますか。

國光:やっぱり勝てるところに張らないとどうしようもない。投資するのも選択と集中で、どこが強くてどこが弱いかの見極めが重要です。海外で売上を上げているコンテンツってほとんどゲームなわけだから、そこをより強くしていくようフォーカスするというのが戦略として考えられるんじゃないかな。ここは里見さんに頑張っていただきたいところですが、エンタメビジネスにおける中国の存在感がめちゃくちゃ大きくなってきていて、モバイルゲーム市場でも日本の3倍くらいある。今、日本のモバイルゲーム市場は成長が成熟化していますが、中国では年20%成長しています。3兆円の市場が年20%成長するので、毎年6,000億円くらい大きくなっている。だから向こうで勝ち組になった企業の製作費はどんどん上がってきていて、今や日本の3~4倍の製作費をかけています。その力を使って、日本の知的財産もすごく高い金額で取っていっている。その結果、日本市場に中国勢はほとんどいなかったのが今は25%くらいになり、このままいったら50%くらいになる。別にこれが自由な競争でやっているんだったら「ゲーム会社はもっと頑張れよ」というだけなんですが、根本的に、僕らが中国市場にゲームを出すことはできないし、もし出そうと思ったら向こうの会社と提携して、極端に悪い条件でやるしかない。政府に規制されているから。だから事実上、日本のゲームは中国に行けない。一方、中国が日本に来るのは自由にできる。この辺のアンフェアさについては誰かが声を上げるべきだと思っています。

里見:トランプ米大統領くらいしかいないよね。

國光:そうそう。シンプルなことって重要だと思うんですよ。「お前らこっち来るんやったら、俺らもそっち行く。俺らダメやったら、お前らもダメ」。今後海外でコンテンツビジネスを伸ばしていくには、そういう部分を官民合わせてやっていくべきだと思います。

ゲーム業界の流行はグローバルで近づきつつある

里見:エンタメ業界で今起こっている大きなうねりの中には、GAFAを含めたプラットフォーマー戦争と、中国の台頭がある。実は、映画の興行においてはすでに中国が米国を抜いて世界一位になっています。中国では、外国製の映画もアニメも毎年決まった数しか流せません。ゲームもライセンスがないと中国には出せないように、市場がすごく守られている。GoogleやFacebookなども、中国版しか出せない。中国は守られた市場ですが、やはり大きいので、音楽業界も取り組まざるをえません。

吉田:中国市場には今、取り組んでいるところです。サブスクリプトの契約で、テンセントやネットイースなど各社にライセンスして、ようやく店先に並ぶようになりました。上海のコンサートに呼ばれるなど、少しずつ成長もしています。音楽業界で言うと、日本の音楽と、グローバルに受ける音楽というのは決定的に違っていて、先ほど話題にあがったK-POPは、最初からワールドミュージック的な作り方をしています。日本はJ-POPや歌謡曲など、作り方自体が日本的。僕もレコード協会の理事をやっているのであまり言うと怒られちゃうんですが...、ユニバーサルミュージックやワーナーミュージックなどグローバルプレイヤーの経営陣に聞くと、音楽の作り方が全く違うので、日本はもっと頑張らないとまずいぞと言われます。ゲームのお二人にお聞きしたいんですが、日本のゲーム市場ではRPGが強いとか、中国、米国では好みが違うなど特性があると思うんですが、ターゲットとするマーケットに合わせて作り方を変えているんでしょうか?

國光:もともとは日本的な面があったと思うんですが、今の若い子は生まれつきインターネットがあって、世界中のコンテンツに触れてきたので、少なくともゲームに限っていえば、今流行っているジャンルはグローバルでかなり近づきつつあります。だから若い子が日本的なものを好むということはほとんどなくなってきていると思いますし、ゲーム業界ではグローバルスタンダードが中心です。ドラマも、今の若い子はNetflixやAmazon Prime Videoを見ている。海外のドラマの方が製作費もかかっており、面白い。そういった意味で、ガラパゴスな日本で食べていけるというのは、ゲームとドラマに関してはないんじゃないかなと感じています。

里見:日本と欧米のゲームの作り方で一番違うのは主人公なんですね。米国は映画文化からきているので、2時間の映画の中で主人公が成長している暇がないんですよ。だから最初から強い、大人のキャラクターがメインになっています。『007』『インディージョーンズ』にしろ、『アイアンマン』『スーパーマン』も、最初から強いんです。対して日本は漫画文化からきているので、最初は弱い少年なんです。それがいろんな苦難を乗り越えて強くなっていくストーリーが好きなんです。だから主人公は中高生や子どもが多い。欧米では中高生を主人公にしたゲームがまったく受け入れられない、ということはあります。ゲームの作り方においては、この辺りのコンセプトが全く違います。最初は弱い『スパイダーマン』のように、そういうものが好きな層は一定程度はいる。ジャパニーズコンテンツファンなどニッチなところに受けているものはあるんです。またそのニッチなところが広がっているのも事実。昔は本当にニッチでしたが、今は欧米で数百万人いる。アジアでもいる。ニッチがそれなりの規模になってきているので、そこを狙うという会社も増えてきています。

今後のエンタメを引っ張っていくのは米・中・印

國光:エンタメ業界というのは、自国の市場がどれだけ大きいかが肝心。今まで日本の市場はそれなりに大きかったから、ガラパゴスが成立したのだと思うんですが、これからはどんどん小さくなってしまう。韓国のように、市場が成立しなくなると思います。今まではエンタメ業界の方が頑張ってきたから、一応ガラパゴスでも市場があったけど、今後はなくなっていくと思った方がいいです。今後、エンタテインメントを引っ張っていくのは自国の産業が大きいところ、だから間違いなく米国・中国・インドです。この3つからオリジナルなもの、スタンダードが出てくると思います。今、中国は、欧米に負けていないですよね。中国国内の映画興行も、上位は国産が占めています。どんどんクオリティも上がっている。今までは、偶然、日本も市場が大きかったからガラパゴスで生き延びてこられましたが、ここからはそうもいかなくなってくるから、製作の最初の段階から、日本プラス中国、あるいはインド、米国といったとことが必要になると思います。

里見:パッケージゲームも、開発に500億円、マーケティングに300億円かけ、1週間で2,000億円売り上げるといった、映画と同じようなビジネスモデルになってきています。日本の会社でそこまでかけるというのはなかなか...。先ほど言ったように、どこを狙っていくかです。日本のマーケットと、日本好きのマーケットを狙うのであれば、数十億円しかかけられない。片や中国企業のように最初からグローバルを狙うのであれば、100億円かけるということもあるかもしれない。

國光:もちろん、日本の会社にもチャンスはあります。米国と中国の両方を見ていると、米国ってコンテンツにVC(ベンチャーキャピタル)から投資が落ちない。コンテンツってどうしても水モノっぽいし、向こうのようにファンドサイズが大きくなると、ミニマム期待値がユニコーンになってくる。コンテンツビジネスは、プラットフォームと違って勝者総取りになりにくい。そういう意味では、米国ではVRもブロックチェーンも、VCからお金がおりないということが彼らの大きな足枷になりうる。中国では、まだイノベーターが少ないから、流行ったら皆そこに殺到する。それが儲からないとなると、一斉に去る。VRも2016年頃に一気に盛り上がったけど、思った以上に立ち上がりが遅そうなのを見て全員退いた。だから中国国内でVRのちゃんとしたコンテンツを作っている会社は少ないんです。その点で、日本は投資家もコンテンツに対して理解があるし、コンテンツ事業で上場した会社も結構たくさんある。なおかつ日本のユーザーはリテラシーが高いから、初期のVRもVTuberも、ブロックチェーンに飛びつくところはあるでしょう。日本に昔からある既存のエンタメを守るというのも一つですが、それ以外の、新しいテクノロジー領域に真っ先に挑戦して、そこならではのコンテンツを作り、一気に世界を目指す、というのが今後必要になってくると思います。

モバイルのスピードが変わる時、新しいビジネスモデルが立ち上がる

里見:私はよく、モバイルのスピードが変わる時に新しいビジネスモデルが立ち上がるという話をするんですが、3Gになってiモードができ、4Gになってスマホゲーム、後期には動画が隆盛した。5Gがここまで来ている中で、新しいビジネスが立ち上がるチャンスなんだと思います。Appleのゲームサブスクリプションサービス・Apple Arcadeも始まるし、iモードの時代のサブスクリプションが今また非常に見直されていますが、これからどういったビジネスチャンスがあるのかなと思っています。米国に住んでいた方は分かると思いますが、Netflixってもともとすごくアナログで、DVDを宅配する会社だったんですよ。店舗まで借りに行かなくていいというところだけをディスラプションしてビジネスにしていたのが、途中からそれ自体を壊して全て配信に変えていった。これからコンテンツビジネスのデジタルトランスフォーメーション、さらに5Gの波は、どう展開すると思いますか。

吉田:グループ全体でそうした研究を行っています。音楽単体での表現では、イノベーションは起こりにくい。ただ、届け方でいうと、時間の短縮も含めて今までできなかったこともできるようになるでしょう。音楽も他のコンテンツもそうだと思いますが、作品やアーティストの世界観、ストーリーを表現しているわけですが、そこに映像など他のジャンルを組み合わせていかないとなかなか伝わり切らないという現実があります。そこをどうやっていくかという課題もあります。先ほどライブが盛況だとお話ししましたが、音源セールスが踊り場になっているので、アーティストの皆さんもライブに精力的になっています。しかし、1年間は365日しかないし、ライブを行う回数にもおのずと限界があるので、疲弊してくるんですよね。その意味で、VTuber、バーチャルアーティストなどが出てきた。完全に新しく作るバーチャルアーティストもいいと思うんですが、リアルなアーティストをデフォルメしてバーチャルアーティストを作って、リアルな会場でホログラムのライブを行うとすると、アーティストを自宅で見ながらライブもできてしまう。そういうことも研究しており、だいぶ変わっていくだろうと思います。ただ、どんどんニッチコンテンツ化していくので、一本作るのにものすごくお金がかかるという現実がある。一方、最近はTikTokとか17Liveとか新しいサービスがどんどん出てきて、そこからコンテンツが生まれている。ゲームを個人で作るって結構ハードルが高いと思うんですが、音楽は割とカジュアル。そういうカジュアルなアーティストが知らぬ間にメジャーになっていくような、そういう世界もあります。ニッチなコンテンツとカジュアルなコンテンツ、それらを両にらみしながらやっていくことになると思います。

里見:バーチャルシンガー・初音ミクのライブは当社グループが作っているんですよ。

國光:投資先の株式会社ActevolveでもVRを使ったライブをやったところ、VRで1,000人、ニコニコ生放送上で3,000人が同時に視聴しました。バーチャルだと、世界中どこにいても参加できて、かつ全員が最前列で観られます。今、世界で一番流行っているシューターゲームの『Fortnite』内で、Marshmelloという米国人DJがバーチャルライブをやったんです。それを見た人は1,100万人。このように、視聴スタイルもテレビやYouTubeだけでなく、ゲームの中で皆が見るということが広がってきている。今、2次元のキャラクターをモーションキャプチャーで動かすところまでは来ていますが、3次元のものを動かすのはこれからでしょうね。あと、どう考えても5Gはエンタテインメントにおいては大きい波です。今、ゲーム業界における大きな流れの一つは、観戦して楽しいこと。ゲームのトレンドでいくと、今まではゲームセンターなどお金を払ってプレイしてきました。次に無料化がきて、今、eスポーツは観戦して楽しむものになっています。最近の若い子は、自分でゲームをプレイするのではなく、見ていて楽しいという人が増えている。皆がプレイして、ライブで配信し、見ている人もインタラクティブに入ってくるというスタイルができつつあるので、これが5Gになるとより大きなトレンドになるのではないかと思います。さらに、ここにブロックチェーンが入ってくると面白い。ブロックチェーンとは、デジタルデータがコピー、改ざんできない技術です。だからデジタルデータに資産価値をもたせることができる。これはインターネットが始まって初めての出来事です。ブロックチェーンは確実に、エンタテインメント業界を大きく変えます。過去のエンタメビジネスというのは、CDやDVD、ゲームをパッケージにしてデジタルデータを売ってきました。それがインターネット時代になってデータの複製ができるようになり、データが売れず、皆サービス業になった。僕らのゲームもサービス業だし、Netflixも、Spotifyもサービスを提供しています。これがいよいよブロックチェーン時代になると、デジタルデータがコピーできないゆえに資産性をもつという特徴をうまく使うことがカギになる。例えば、昔流行った仮想空間ゲームの『Second Life』で言えば、土地は一つしかない。あるいは、箱庭づくりゲーム『Minecraft』で言えば、家が1軒しかない、家具が10個しかないといったように、ブロックチェーンを使えば供給量をコントロールできるので、ゲームの中のものに資産性をもたせることができる。この辺りも、新しいトレンドがどんどん出てくるでしょう。これをうまく取り入れれば、世界に先駆けるものが出てくるのかなと感じています。

中国で売るには新しいユーザー動画の領域が必要

里見:VTuberは日本が世界に先駆けて取り組んでいる分野なので、5Gと掛け合わせて、日本に居ながらカリフォルニアで開かれるコーチェラ・フェスに出演するといった時代が来るかもしれないですね。では、ここで会場からの質疑に移りたいと思います。

質問者1:國光さんにお伺いします。私も動画の会社をやっているのですが、動画コンテンツの世界でも映画クラスの投資が進んでいる一方、カジュアルな動画、特にTikTokやインスタグラムのようなUGC(ユーザー生成コンテンツ)ベースの動画がガンガン出てきています。日本の中でそういう人たちを集めてやっていこうという動きもあるんですが、そこで作られたコンテンツを中国やアジアに輸出していくとすると、どういう手段があると思いますか。

國光:結局コンテンツって、大きく分けると2つで、1つはじっくり見るコンテンツ、もう1つは暇つぶしで見るコンテンツです。Netflixはじっくり系、TikTokやYouTubeは暇つぶし系だと思います。ビジネス構造上、暇つぶしで見るものにユーザーはお金を払わないので、暇つぶし系なら基本的にUGCしかないのかなと思っています。例えばカジュアルな領域でいくならば、UGCプラットフォームになることと、そこの新しい領域をどう見つけるかが重要ではないでしょうか。中国はこの領域の発明がすごく多い。もともと中国で最初に流行ったのは、SHOWROOM的なライブストリーミングをやってギフティング、投げ銭を得るようなものでした。今これは衰退し始めていて、次に来たのがライブコマース、ゲーム配信、出会い系。今ど真ん中なのはライブストリーミングでカラオケ、です。もし動画のところで出ていくとなると、自分たちで全部作っても、ユーザーはそこにお金を払わないので、経済的に回らない。だから、新しいUGCを考えていくのがいいんじゃないかなと思います。

里見:残念ながら、動画配信も今は中国の方が圧倒的に進んでいる状況です。日本はやっと投げ銭が流行りだしたところで、向こうはもうビジネスモデルが一周しちゃってる。なかなか厳しいですね。

國光:最近だと中国は米国より速いですね。

5Gとスポーツの相性はものすごくいい

質問者2:今日は音楽、ゲームというお話しでしたが、スポーツ、特にスポーツのライブというコンテンツについてはどのようにお考えでしょうか。

國光:それについては最近、鹿島アントラーズのオーナーになられたメルカリの小泉文明社長にお答えいただきましょう!なぜ鹿島アントラーズなんですか?

小泉氏:私は、テクノロジーとエンタテインメントの相性は絶対良くなると思っていて、これから多分、人々はテクノロジーによってもっと働かなくても生活できるようになって、コンテンツを欲するようになる流れがくると思っています。そういう中でサッカーなどのスポーツはより成長するのではないかなと、テクノロジーが入り込む余地があると思いました。例えばファンクラブも、ブロックチェーンを使えばいろいろ変えられるだろうな、と。
あと、地域の課題をテクノロジーで解決するという面においても、サッカーチームが中心になることによって行政や市民の理解を得やすくなることもあると思います。実は、サッカーとは全く別のこともやろうと考えています。

國光:ちなみに、セガサミーではスポーツの球団を買おうとしたことはあるんですか?

里見:それについてはこの間テレビ番組で答えましたので、放送見てください(笑)。私も5Gとスポーツの相性はものすごくいいと思っていて、今のスポーツ中継は、与えられた映像を自動的に受けるだけなんですね。それが5Gになって、MLB(米国メジャーリーグ野球)だとスタジアムに行ったらタブレットで配球が全部見えたりする。5Gを使えば、サッカーなら推しメン、好きな選手をずっと追いかけるカメラとか、競馬でも自分の買った馬がどこにいるかをずっと見たりとか、スポーツの見方をカスタマイズできるようになって、それに対して料金を払ってもらうことができる。そうしたものすごいチャンスがスポーツ観戦はあります。今日は触れませんでしたがeスポーツも、スポーツというジャンルでは最も高額な賞金になりつつある。國光さんの話に出てきた『Fortnite』は総額100億円の賞金をかけて、この前、16歳のプレイヤーが3億円を獲得しました。「ゲームばっかりやるな」と怒られていた時代から、「ゲームをやりなさい」と言われる時代が来るかもしれない。

吉田:スポーツってライブ感がすごくあって、その時に見ないと意味がないことが多いので、5Gで進んでいくんじゃないかな。あと、MLBもNFL(米国フットボールリーグ)もそうですが、ガチンコのスポーツとエンタテインメントの組み合わせがすごくうまい。でも、あれだけ人が集まっているんだから、もっと別の見せ方があるんじゃないか、もっといろんなことができるんじゃないかという部分はあります。その辺りに期待して投資されているのではないかと思います。

小泉氏:実際、来年くらいにはスタジアムに行くより、パブリックビューイングの方がリッチな感じになる、という風になっていると思います。

里見:映画で言う応援上映的な感じですね。

國光:ファンタジースポーツなどは、少額ベッティングができるようになってきて、米国ではスポーツのデータをリアルタイムで吸い上げてオッズが変わったりといったことが始まりつつあります。そういう部分が楽しめるようになると面白いですよね。

里見:日本では全然流行っていませんが、ファンタジーゲームというのは、リアルなデータを使って、賭け事的にシミュレーションができる遊びです。インドでは裁判になって、勝ちました。今は合法になっています。世界的にものすごい勢いで伸びていて、ただゲームを見るだけでなく、そこに賭けが発生するからなお、エキサイティングして、ライブができる。スポーツって後から結果を聞いても面白くないんですよね、見るから面白い。5Gとは、そういった相性の良さがありますね。

コピーできないデータが資産性をもつようになる

質問者3:ブロックチェーンとコンテンツの相性の良さはすごくよくわかりました。ブロックチェーンはいろんなところで盛り上がっていますが、他の分野での可能性はどう考えていますか。

國光:ブロックチェーンならではの部分は、エンタテインメントでいえば、デジタルデータがユニーク、コピーできないから資産性をもったという点。この価値はすさまじく大きいです。今までのインターネットは基本がコピー&ペーストでした。例えば僕がパワーポイントを送ると、そのコピーが相手に届いていた。モノの価値は基本的には需要と供給で決まるので、自分の持ち物を売るとそれが無くなって相手に渡り、その対価が自分のところに来る。だからコピーできないというのが決定的に重要です。今までのインターネットがバーチャル空間内に経済圏を作れなかったのは、その中が全てコピーだったからです。だから今までのインターネットってビジネスモデルが2つしかなくて、広告とコマースでした。価値の源泉をリアルに求めるしかなかったというのが従来のインターネットです。これがブロックチェーン上になってくると、デジタル空間内のすべてのアセットが価値をもってくる。だからバーチャル空間の中の土地、服や車にも資産性があり、新たな経済圏ができてくるというのがすさまじく大きいことです。そこにVRが加わると、SF映画の『レディ・プレイヤー1』のように、その世界に住みつつ、かつその世界のアセットが価値をもっているというのが大きいと思います。そこにトークンエコノミーと呼ばれる新しいインセンティブ設計を加えるなどもあるでしょう。結局、ネット業界の方は分かっていると思いますが、今のインターネットって、2007年以降の数年間はスマホ、クラウドの時代だったけど、それもほとんど出尽くしてしまった。それで仕方なく、リアルな部分のネット化というのが来ているんですが、広大なバーチャル空間の中に新しい経済圏ができてくるというのが、今後の新しい、大きな流れだと思っています。

質問者3:ということは、海賊版が持っていた市場が全て無くなって、元の所有者が本来の利益を得られるようになるんでしょうか。私はファッションアイテムを販売していますが、アジア圏ではフェイク品の市場が結構大きいんです。

國光:その通りです。バーチャルワールドになってきた時に、例えば僕がアーティストだとして、デジタルの服を限定100着作ったとします。それを売った時に僕にお金が入ってくる。その後、バーチャル空間内のメルカリのようなサービスがあったとして、そこでの売買取引ももともとのオーナーである僕に入ってくるようにトラッキングできるようになる。これはかなり大きな話だと思います。

誰かが成功すれば、その後に続く人がいる

里見:今日はコンテンツについてずっと話してきたんですが、残念ながらコンテンツ業界で一番儲かるのはやはりプラットフォーマーなんですよね。iモード以降、日本はプラットフォーマーになりきれず、今またGAFAが一番儲かっている。映画業界ではNetflixが一番儲かっています。だからコンテンツメーカーであったディズニーは、動画配信サービスDisneyプラスを立ち上げ、Netflixなど他社からコンテンツを引き上げている。こういった流れの中で、日本はプラットフォーマ-にはなり切れないけれども、コンテンツでは世界で戦えるチャンスがある。最後に、「日本の明日を考える研究会」の提言として、「日本はここで戦えるんだ」という考えをお二人に伺って、分科会を終わりにしたいと思います。

吉田:コンテンツとプラットフォームの両方がないと、コンテンツビジネスは成り立たないと思います。グローバルで見ると、日本は圧倒的にプラットフォームが弱い。一朝一夕に作れるものでもありません。日本で作ったプラットフォームを海外にもっていこうと思考している限り、なかなか難しいんじゃないかと思います。國光さんがやっていらっしゃるように、米国で作ったプラットフォームをこっちにもってくるような、そういう勢いが必要でしょう。加えて、コンテンツ力を活かすという意味では、コンテンツ力をフックにしたプラットフォームというのもあると思います。つまり、コンテンツ力を高めてそれを流すプラットフォームを作っていくことと、日本にこだわらずグローバルで戦えるプラットフォームを作ること。その両方からトンネルを掘っていくといいんじゃないかと思っています。

國光:何をどうしても日本の市場はここから小さくなっていくので、グローバルに出て行って勝つしかない。実は、IT業界でもグローバル派とドメスティック派に分かれていて、毎回そのせめぎあいです。モバイルゲームが流行った時は、皆がグローバルに行こうとして、GREEもDeNAも当社も、壮絶なる激戦を繰り広げましたが、残念ながら世界で勝ち切るところまでは行けませんでした。結果グローバル派の勢いが落ちてきた。いまグローバル派で必死に頑張っているのがメルカリ、スマートニュース、Newspicksでしょう。海外の攻め方って、成功例が1つ出るか出ないかがすごく大きい。サッカーでいえば、三浦知良選手や中田英寿選手が出て行ったからその後が続いたというところがあって、スポーツ業界で若い選手がどんどん挑戦し世界で勝っている様子をみると、自分たちも行けるんだ、と勢いがつく。日本国内は人口も減るし、市場もシュリンクしていくので、徹底的に海外を攻めてその成功例を作るというのが重要だと思います。だから当社はどこまでも攻め続ける、勝つまで何度負けてもやり続ける、といったマインドで頑張っています。

里見:日本語の壁をどう超えていくのか、その対策として、最初から外国人に外国人用のサービスを作ってもらうというのがあるでしょう。皮肉なことですが、当社のイギリススタジオで作っているゲームは三国志です(笑)。イギリス人がPC向けのソフトとして作って、世界でものすごく売れています。でも、日本以外で配信していて、日本では売っていないんです。それは英語のマーケットが日本にはないからです。片や日本のスタジオは日本系しか作っていない。海外のスタジオは世界向けに作れるのに、日本のスタジオは日本向けにしか作れない。この辺の姿勢も変えていかなければいけないところです。吉田さんからは、海外から日本に逆輸入するアプローチもあるのではないかと提言をいただきました。また、國光さんがおっしゃるように、誰かが成功すればその後についてくるということもあります。陸上でも、日本人が100mで9秒台を出せるわけがないと言われていたのが、今や3人も選手がいる。國光さんを含め、今日の参加者の中から誰かが壁を越えてくれるんじゃないかと期待して、この分科会を終わりにしたいと思います。本日はありがとうございました。

画像:分科会3-D「コンテンツの未来」 セッション風景

以上
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企業経営の未来 分科会4-A「デジタルトランスフォーメーション」

《パネリスト》 ※写真は左から
寺田 親弘(Sansan 代表取締役社長)
楢﨑 浩一(SOMPOホールディングス グループCDO執行役常務)
程 近智(アクセンチュア 相談役)

《モデレーター》
鉢嶺 登(オプトホールディング 代表取締役社長グループCEO)

画像:分科会4-A「デジタルトランスフォーメーション」 パネリストとモデレーター

個人の経験や、自社の事例を踏まえて

鉢嶺:皆さん、特異な経歴や経験をお持ちの方々ですので、経歴含め、どのような経緯でDXに関わるようになったのか、自己紹介をお願いいたします。

画像:寺田 親弘氏

寺田:名刺管理サービスを企業向けに提供している、Sansan株式会社の寺田と申します。私たちは、出会いの証である名刺をデータ化して、資産として活用するお手伝いをしています。
私自身はファーストキャリアが三井物産で、いわゆる大企業です。そこに8年勤めて起業し、今に至ります。なぜこのテーマを選んで起業したかというと、自分自身、いろんな人と日々出会う中で、隣の人がどういう人脈を持っているか、隣の隣の人がどういう会社と付き合いがあるかということがほとんど分からなかったからです。そのことによっていろんな無駄が起きていた。当社は「その人知ってるなら早く言ってよ」という場面をCMにしていますが、それが日常茶飯事でした。だから名刺を出会いの証としてデータ化した方が良いじゃないか、と思ったのがきっかけで創業し、今に至ります。
我々は本業を通じて、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)をお手伝いしていますが、その経験を踏まえて今日はいろんな話ができればと思います。よろしくお願いします。

画像:楢﨑 浩一氏

楢﨑:皆さんこんにちは、SOMPOホールディングスの楢﨑と申します。CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)に就いていますが、私も寺田さん同様、転職組です。1981年に三菱商事に入社し、20年間勤めました。その間、1997年に三菱商事が私をシリコンバレーに送り込んだのをきっかけに、ミイラ取りがミイラになってしまいました。三菱商事を辞め、向こうのスタートアップにジョインして以来16年間、基本的にはシリコンバレーです。自分で起業したこともありますが、主には誰かが起業したところ、ソフトウェア会社5社でプロ経営者というか、CEOやCOO、CSOとして経営や事業開発に携わってきました。
3年前、たまたま縁あってSOMPOホールディングスに来ました。私のミッションはSOMPOホールディングスのDXですが、どちらかと言えばスタートアップの目線から、どうあるべきかを考えています。今日は楽しみにして参りました。どうぞよろしくお願いします。

画像:程 近智氏

程:アクセンチュアの程と申します。今日は、当社自身をDXした上で、多くの企業のDXをお手伝いしている立場で話したいと思います。今は相談役としてアクセンチュアに属していますが、社外取締役4社、ほか顧問として、グローバリゼーションやデジタリゼーションのアドバイスや経営の監督をしています。また、東京大学では300社ほどが「東大発ベンチャー」と認定されているのですが、そこの評議員も務め、大学・企業・ベンチャーという枠組みでイノベーションを起こせないかにも取り組んでいます。

DXは触媒。それ自体を目的にすると間違う

鉢嶺:自己紹介の延長で、各社、DXの取り組みをご紹介いただければと思います。まず、寺田さんからお願いします。

寺田:我々自身はベンチャーとして社歴も浅い方なので、DXしようというテーマがあるわけではなく、どちらかというとデジタルをネイティブにやっている方だと思います。ありとあらゆるクラウドサービスを違和感なく取り入れてきました。ビジネス向けチャットのSlackなどのサービスが社内にたくさん入っているので、そこが課題といえば課題です。僕自身はカオスでいいじゃないか、とも思っているのですが。デジタルなものを入れて業務をトランスフォームしていくこと自体は、普段からやっています。
ビジネスの面でいうと、僕らは紙の名刺を前提にして、それをデジタル化しましょうというアプローチです。誰が考えても分かるように、名刺が紙であり続ける必要はありません。紙であり続けると考えるのもおかしな話であって、当社としては名刺がデジタル化することが脅威にもなるし、機会にもなるだろうと考えています。そこに関してはいろんな観点で向き合っています。

鉢嶺:では、大企業の先頭に立ってDXを進めている楢﨑さん。SOMPOホールディングスではどのようなサービスを行っているのですか?

楢﨑:私にとってDXは2つの意味を持っていて、1つは、しょせんDXはサブセットというか、ソフトウェア的に言うとブレード、ミドルウェアに過ぎないと思っています。今や、全ての企業がトランスフォームしないと生き残れないわけです。だから我々全員が、生存競争というか、生きるためのあがきをしている。その中で、コーポレートワイドなトランスフォーメーションという、大きく、メタな概念の中で、イネーブラー、触媒になるのがDXです。それ以上でもそれ以下でもない。つまり、DXイコール目的だと考えると間違うと思っています。他に、事業のトランスフォーメーションだったり、カルチャーだったり、もしかすると会社の形態といったものもトランスフォームするのかもしれない。そういう意味でDXは単に一つの要素に過ぎません。
もう一つは、DXの成果物は何か、ということ。DXそのものが生む成果物は、デジタル新事業だと思っています。ここはかなり苦労しているのですが、いくつか生まれてもいます。そういう新事業がないと、結局DXと言っても何をやっているんだっけ、という話にどうしてもなってしまう。
だからこの2つのうち、後者の方が大事。タンジブルなモノ、「見える・触れる・これが出来た」がないと、あいつらは何をやっているんだ、という状態に陥ってしまうと思います。

鉢嶺:具体的なサービスとしては何がありますか。

楢﨑:私のボスは、ここ経済同友会では「代表幹事」と呼ばれていますが、普段、対外的には「櫻田」と呼び捨てさせてもらっているので、そう呼びますね。
櫻田をはじめ社内では今、「CDOは逆L字だ」と言われています。当社ではCFOやCIOなどのCxOは横軸機能なんです。それに対して縦軸として4つの事業があり、それぞれに責任者の事業オーナーがいる。国内損保、国内生保、介護、海外保険。これが縦4本柱で、これを補佐する横軸がわれわれCxOです。ただその中で、CDOだけは、横軸に加え自分でも5本目の柱を立ち上げろ、即ち縦軸もやれと、櫻田から言われています。それで縦と横を合わせた逆L字と呼んでいます。横軸はそれなりにできつつあるので、これからは縦軸です。それが先ほど申し上げたDXの意味でいう2つ目、成果物としてのデジタル新事業なんです。
その1つとして、サイバーセキュリティの事業を立ち上げました。お客様のシステムに侵入テストをして、弱いところを先に直しておくというサービスです。ホワイトハッカーを組織したり、イスラエルの国防レベルのものを持ってきて充てたりといった事業をやっています。こういうことをやるのがCDO本来の役割だと櫻田からさんざん言われていて、私もそう思っています。

画像:鉢嶺 登氏

鉢嶺:先日、櫻田さんと話した際に、今、GAFAなどプラットフォーマーがたくさん台頭していて、デジタルのデータではもうGAFAに勝ちようがない、とおっしゃっていました。では日本企業はどうやって勝っていくのかというと、櫻田さんに言わせれば、フィジカルのデータで勝つんだ、と。保険会社には実際にデータがたくさん蓄積されているとも話されていました。フィジカルなデータを、具体的にどうマネタイズしていくのでしょうか。

楢﨑:マネタイズには悩んでいるのですが、いくつか手があると思っています。今、現実に動いているかは別としてお話ししますが、当社は介護事業で約8万人の利用者と接していて、ケアホームの入居者が2万5,000人います。この2万5,000人のうち3分の1ほどの方は、MCIという軽度認知障害です。これは年齢や体の状況からどうしても仕方がない面がある。でも、我々はやっぱり認知障害に対抗したい。なんとか克服したい。
MCIと診断されても、必要な食事、運動、脳トレーニングなどを行うと健常者に戻ることがあります。これを再現しようとした時、彼らが何を食べ、どのような運動をし、どういうトレーニングを受けたか、どういう生活パターンなのかが必要になる。例えば、飲酒をする方としない方ではどう違うのか、などです。一般的に、こういったライフログは収集されつつあります。そのデータは、我々にとってだけでなく、認知障害の創薬をする方だとか、ソリューションを考えている方にとっては、ゴールデンデータだと思うんですね。当社も現在進行形なんですが、こういったことはマネタイズの一つになります。その時に、単にデータを売るだけでなく、SOMPOの認知障害対策に加わってもらうような形のマネタイズになるのではないかと思います。

あまり遠い先ではなく、2~3年先のテクノロジーを見る

鉢嶺:なるほど、ありがとうございました。程さんは多分、日本で最もDXを指南されている企業のトップだと思うんですが、いかがでしょうか。

程:まず、アクセンチュア自身のDXをお話ししましょう。当社はここ10数年、毎年、重要なテクノロジーを5つほどまとめ、『テクノロジービジョン』としてレポートを発表しています。2013年のタイトルでは、「すべてのビジネスはデジタルに」と謳っていました。その当社にも転機はあって、2001年に上場してから2012年までは、14ドルから80ドルくらいまでコツコツと株価を上げてきたのですが、今では200ドルをうかがうまでに成長しています。なぜ大きく伸びたかというと、マーケットから、アクセンチュアは新しい時代のビジネスモデルに変えたと思われたからです。具体的にどう変えたかというと、我々はお客様にとって遠い先のテクノロジーではなく、2~3年先を見据え、自社のビジネスモデルを変えるテコとなるテクノロジーに注力して、それを発信してきたのです。あまり遠くなく、かといって古びてしまった技術でもなく、ちょうど日本のマーケットに合うテクノロジーを紹介してきました。それだけでなく、御社のビジネスモデルが、古い・遅い・儲からなくなる、または外から誰かに破壊されるといったことと、だからこそこのテクノロジーを使いましょうといった提案をおこなうように注力してきました。
当社は世界120か国で6,000社のクライアントがいて、平均して2万件ほどのプロジェクトが動いています。当社が変わる転機となった頃、当時のCEOは、いただいた仕事がNEWなのかOLDなのか、ゼロかイチかを見ていました。それをKPIとして、「日本法人はOLDの仕事が8割もあるがどうなっているのか」と判断していた。例えば、デジタルマーケティングの仕事はNEW、統合パッケージ導入はOLD、など、単純なのです。このように白黒はっきりつけてしまうというのが、当社がやってきたやり方です。
デジタルで新規ビジネスを作らなければならない時、デジタルマーケティングの領域は、我々にとって伸びしろが非常に大きい領域でした。

鉢嶺:世界的に、アクセンチュアさんはもう圧倒的ですね。

程:デジタルマーケティングではトップクラスの会社になりました。それには、自社の人材を再トレーニングしたり、リカレント教育するだけでなく、多くの買収をしました。だから、トランスフォームする時はうまく買収すると同時に、自分の業界ではないところ、場合によってはお客様やパートナーのマーケットで取りに行けるのはどこか、ということは見ていた。Amazonは世界最大のコンピューターユーザーになったので、コンピューター業界を壊して、Amazon Web Services(AWS)を作った。それと同じように、テクノロジーを使ってディスラプトできる業界を見つけ、会社を変えていった、というのが当社です。
また、お客様との距離も昔と違ってきています。系列だとか、グループ企業などは昔からありますが、今はエコシステムという言葉が当たり前になりました。我々もお客様と相対の仕事だけでなく、一緒にエコシステムを作っていくにはどうしたらいいかを考えるようになった。共同のスタジオを作って、PoC(概念実証)とか、アジャイル開発で新しいビジネスモデルのプロトタイプを作る。または、当社がKDDIやファーストリテインリングとやっているようにジョイントベンチャーを作る。そのエコシステムに色々な業界から参加していただくといったやり方です。
業界は違うかもしれませんが、あまり遠い先でなく2~3年先のテクノロジーを見ること、社内で新しいビジネスと古いビジネスを明確にすること、買収をうまく使って自分たちがディスラプトしていく側になることです。そして、お客様とエコシステムを定義することが、DXを自ら進める上で重要だと思います。

鉢嶺:ちなみに、今一番おススメの2~3年先の技術はどういうものでしょうか。

程:2019年のテクノロジービジョンは、DARQです。DはDistributed Ledger Technology、ブロックチェーンのことです。AはAI、RはVR・ARといったExtended Reality(拡張現実)、QはQuantum Computingすなわち量子コンピューティングです。2~3年先にはようやく、量子コンピューティングがビジネスに応用され始めます。その時には大手テクノロジー会社だけでなくスタートアップも含め、いろんな相手と一緒にやっていくことが重要だと思います。

鉢嶺:領域を広げるためにM&Aをやられた際は、色々と検討して広告業界に絞ったのか、それとも複数やって成功したところが広告だったのでしょうか。

程:広告のみならず、他の業界や、他に我々にはないAIの技術など、各領域の競争力を冷静に見極めています。

デジタル化が文化や「当たり前」を変えていく

鉢嶺:寺田さんのところは自社だけでなく、サービスを通じて顧客のコストダウンや生産性アップなどのDXをされています。その辺りを踏まえて、もっと企業がDXすべき点などについてのお考えはいかがでしょうか。

寺田:たくさんあります。まず、皆Sansanを使った方が良いです(笑)。手前味噌ですけど、名刺なんてデータ化した方が良いに決まってます。しない理由を説明してほしいくらい。僕がいつも思うのは、意外とそういうところが文化を変える入り口になったり、ふとしたところで「当たり前」のベクトルが変わっていたりする。当社は当然、自社のSansanを使っているので、出会った人のデータが全て蓄積されていきます。例えば、僕がトイレで用を足していたら、横に立った営業マンが「寺田さん、この間三井物産のAさんに会われたんですよね。彼、広報に移ったんですか?広報にアプローチしたかったんで、寺田さんから連絡先を聞いたと言って当たっていいですか」というような会話があるわけです。これってよく考えたら気持ち悪い話で、かつてなら、なんで自分がA氏に会ったことをお前が知っているんだ、となってもいいのですが、今は「当たり前」が変わっているのでそうならない。こういうふとしたところで「当たり前」が変わっていくものは意外に身近にあり、僕らはそれをお手伝いしているつもりです。
いろんな会社に名刺管理・共有を導入する際、最初は、一人ひとりの生産性といった、非常に手前のところから入りますが、情報が共有されていく世界になると、それも変わっていきます。例えば某社では、働き方改革の一環でSansanを入れてもらったのですが、初めはガチガチのセキュリティで、課単位でしか共有できないようにしていました。なぜなら、縦割りで、自分のお客様を人に見られてたまるか、といったところから始まったから。それが全社展開して社員1万人くらいが使うようになると、取締役会で議論して全社共有の情報にした。今は社長から平社員、経理から営業まで全てで共有されています。「自分のお客様は自分のもの」という縦割りから、文化が変わっていったのです。ここで重要なのは、この意思決定を取締役会で高次元に行ったことです。つまり、ささいな入口からでもやれることは全てやっていくことと、意思決定のレベルを上げていくことが、お客様のDXをお手伝いするうえで大事なところだと思っています。

鉢嶺:その事例では、企業のトップも平社員も、交換した名刺情報を共有しているということですか?

寺田:そうです。もちろん、個別に非公開にすることはありますが、こういうケースは増えています。

鉢嶺:なるほど。では、お客様の情報を集めているSansanの次なるビジョンとは、どんなものでしょうか。

寺田:企業内のデータ資産を有効活用しようとした時に、一番正規化されてきれいな情報が名刺だった、ということがあります。我々はその上に、データハブのようなサービスの提供を始めました。例えば当社の社名は今、Sansanですが、創業時は漢字で「三々」と表記していました。この2つが同じ会社だということはあまり知られておらず、それぞれのシステムの中で別物として分かれてしまっている。そこに我々のシステムを使うと名寄せされて、データが再活用できます。データという観点で、DXの更なるお手伝いをしたいと思っています。

どの領域からDXを始めるかを認識することが大事

鉢嶺:DXについて、私自身、大きな課題と感じていることがあります。大企業側が口をそろえて言うのは、DXの必要性は分かっている、でも自社がDXできているかの実感がない、ということです。色々なツールを導入するのだが、会社全体がDXできていると胸を張っては言えない、と。できている企業があるなら教えてほしいと言われるのですが、程さんから事例を紹介していただけますか。

程:SOMPOホールディングスはその一つだと思いますが、業界によってそれぞれ立ち位置は異なるのです。当社が数年前に発表した、創造的破壊の状況を業界ごとに示す「ディスラプタビリティ・インデックス」という指標があります。どの業界がAIなどのデジタルテクノロジーに壊されるか、または壊されないにしても利益が落ちてしまうか、といったことを示すものです。
大きいのは、やはりデジタルで変わり、かつあまり規制がない業界、具体的には旅行業界、販売の領域などです。また、ディスラプションが非常に速く進むであろう業界に金融がありますが、技術的にはDXできても規制があるために一挙にディスラップションが起きない。また、私が社外取締役に就いている三菱ケミカルホールディングスが属する化学業界も、最近は材料開発にAIを導入するマテリアルズ・インフォマティクスなどがありますが、どちらかというとディスラプションされるのはもう少し後になる領域です。また、サントリーの顧問も務めていますが、ここは、DXできるけれどもライバルの動向を見ながら進めている企業です。飲料ではなく、サプリメント、ヘルスの領域ではDXが起こるし、それをテコとして使っている。
日本の企業はいろいろなビジネスをやっているので、CEOからすると、どの領域は先に進めて良くて、どこが追いつていないのか、どこを追いかけるかを見るときには、ライバル企業との関係も重要です。なぜなら、あまり先に行っても消耗戦になるからです。この辺りがDXについてCEOの悩みどころですね。どこから始めたら良いか、どのライバルをベンチマークすれば良いか、よその業界から攻められないか、そういう認識のところからスタートするのが大事だと思います。

スタートアップが大企業に求めるものは2つだけ

鉢嶺:楢﨑さんはDXが進んでいるシリコンバレーにいらしたお立場から、どう思われますか。

楢﨑:3年前にSOMPOホールディングスの仕事に就いた時によく議論したんですが、まず、シリコンバレーって全員がデジタルなんですよね。例えば、Googleで働いていて、デジタルに関わっていない人などいません。そういう、デジタルが当たり前の場所にしばらく住んでいたので、日本に帰ってきた時、日本企業の今の立場はすごくもったいないと感じました。先ほど申し上げたように、DXは大変ではありますが、目的ではない。目的は、DXして絶対に生き残る、栄えるんだということで、それが企業が今やるべきことだとすると、DXすること自体はその一部でしかありません。企業全体のトランスフォーメーション、即ち動物が人類に進化するほどの大きな変態や変化、そこにおいてDXは一つのブレード、部品に過ぎないと思います。
当社は保険業界に属し、他の保険会社が近いので、例えばPING AN(中国平安保険)には3年前から目を付けていますが、やはりすごい。あれはもはや保険会社ではないと思います。あるいはMunich Re(ミュンヘン再保険)、Swiss Re(スイス再保険)といった再保険会社があるのですが、これら再保険業界も、デジタルをやらないと生き残れないという危機感がものすごくあり、デジタルでかなり先を行っています。むしろ、元受けと呼ばれる当社のような業態の各社が一番のんびりしている。お客様や代理店と付き合う中で、自分だけ向こう側に行ってもついてこないというところがあるからでしょう。

鉢嶺:今日の参加者の中でも、ベンチャー側の方はデジタルを生業にされている方が多いのではないかと思います。大企業とベンチャーを融合するにはどこから始めれば良いか、ヒントはありますか。

楢﨑:最近、オープンイノベーション、PoCという言葉が乱用されすぎているように思うのですが、あえて使うと「オープンイノベーションでPoC」です。私自身は、スタートアップを16年間やってきましたが、スタートアップが大企業に求めるものは2つしかないんです。一つは出資、もう一つは大企業からの売上。この2つがなければ、正直言って全く興味がない。翻って、大企業側に立ってスタートアップを見てみれば、この2つがあればオープンイノベーションってできるわけですよ。ですから、単にスタートアップと付き合うために付き合う、ではなく、こういうものを共創したいからこれを提供する、だからこれをやってほしい、短期間で作ろう、となる。このKPIが短期間で決まっているものが、PoCなんだと思います。
もちろんPoCは過程なので、その後には実用、商用化があるわけです。単にやってみるだけだと、最近は「PoC貧乏」「PoC疲れ」と呼ばれる状態に陥ってしまう。でもこれっておかしくて、PoCは先に進めるための過程にすぎないのに、なぜそこで疲れてしまうのか。それはおそらく、最初の定義が間違っているからです。繰り返しになりますが、ベンチャーはエクイティと売上が欲しいだけだし、大企業はスタートアップをレバレッジして新しい商品、サービスを作りたい。その両者が見ている先がはっきりしている限りは、PoCだろうがKPIだろうが物事は決まるはずだし、できたものは実製品や商用サービスとして立ち上がるはずです。最終的に何が一番大事かというと、やる気や根性といったこともありますが、やはりトップのコミットです。

GAFAはライバルではなくパートナー

鉢嶺:今、大企業はGAFAの影響を大きく受けますが、そこと戦うのではなく、どう付き合っていくべきか、程さんのお考えはいかがですか。

程:アクセンチュアにとってGAFAはライバルではなく、パートナーです。世界にはGAFAだけでなく、中国・アリババや、一対一路構想があります。だからGAFAはライバルでもあり、1つのイネーブラーでもある。自分たちがやりたいことをやるためのパートナーとして捉えた方が良いと思います。GAFAと他社を比較して、2手、3手先にはどちらがよりデータを多く取れるかのシナリオを描いたうえで、どこと付き合っていくかを選ぶべきでしょう。
例えば、私が委員長をやっているデジタルエコノミー委員会の、副委員長の川鍋さん(日本交通)は、Japan Taxiという配車サービスを作りました。ここには既存事業の方たちも入っていて、自動運転の技術をもつ企業や、トヨタ自動車も関わっている。これがまさしく一つのモデルである。Uberからすれば、日本にはこうしたエコシステムがあって、そこと一緒にやっていくのか、またはディスラプトするのか。そういうことだと思います。エコシステムを作って、異業種が参入してきて、大きなMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)のプラットフォームができる。
だからGAFAに対して脅威を感じるだけでなく、リアルデータと既存のもの、そのどちらを我々ユーザーが使うかをきちんと選択できれば、国・地域ごとに、グローバルプラットフォームとローカルプラットフォームの組み合わせになっていくのではないでしょうか。MaaSでいえば、関係する自動車業界、保険業界、タクシー業界、観光業界、公共サービスがどう取り組んでいくのか、楽しい時代になっていくと思います。

楢﨑:GAFAに対して、どこか、最後の最後ではやられてしまうような不安をいつも感じてはいるのですが、避けては通れないですよね。当社ではデジタル関連は全てクラウド上に構築しているので、GAFAのサービスはかなり多用しています。一応、GPUサーバーを自社データセンターに置いて、そこでできることは処理し、クラウドと接続するAPIを定義して、ハイブリッドのセットアップにしています。ですので、GoogleCloud、AmazonAWSが使えなくなったら、自分たちのデジタル関連は動かなくなる。あれだけ大きな存在を無視しては、我々はデジタルのデの字もできない、というのが現状です。

できるだけ高いところでDXの意思決定する

鉢嶺:最後に、皆さんからDXについてこれだけは言っておきたい、というメッセージをいただいて、質疑に移りたいと思います。では寺田さんからどうぞ。

寺田:先ほどの繰り返しになりますが、一見、ボトムアップで決めるようなことでも、できるだけ高いところで、手触り感を持って決めること。DXではその意思決定が一番大きいと思います。

楢﨑:DXって、ただデジタルをやれば良いというものではなく、もしかしたらカルチャートランスフォーメーションかもしれない。ということは、経営問題なんですね。だから、やっぱりトップのコミット。デジタルがよく分からなくても、やるだけやってみようとするのが大事です。GEのジェフリー・イメルト元CEOが現役時に言われた「デジタル・マッスルを自分で鍛え、自社の中に作ってみよう」という気概が大事だと思います。

程:もし、自社のビジネスをゼロから作れるとしたらどう考えるか。お客様が誰か分かっていて、テクノロジーを最大限活用できるとして、あなたは今のビジネスモデルのどこを直しますか、このままにしておきますか、ということだと思います。
7、8年前、当社のコンサルタントがリアル店舗とオンラインストアを展開している会社に対し、顧客IDを付与して情報を取り、囲い込み戦略をしようと提案したことがありました。でも、その時クライアント企業の社長は「いらない」と。なぜなら、それが無くてもうまくいっているし、導入しても店長が情報を使いこなせない、セキュリティーリスクもブランドリスクも高まるかもしれない、というのがその理由でした。ですが3年前、同じ社長が「これからはデジタルだ」と宗旨替えして、顧客視点で全部作り直すと決めました。サプライチェーンや商品開発、店舗とeコマースの掛け合わせをゼロから再設計したのです。そのように全てをガラッと変える企業もあれば、既存を残しながら、他社にやられない程度に時間軸を合わせてDXをしていく、という戦略もある。それは各社各様です。そこを見極めた上で、ベンチャーが大企業に入っていくと成功する確率が高いと思います。

まずは自社保有データの把握と仕分けから

鉢嶺:それでは質疑応答に移りたいと思います。いかがでしょうか。

質問者1:データセントリックの話になると、セキュリティやプライバシーの問題が出てきますが、これに対する手当や、今後ビジネスをしていくにあたってどう考えるかが、重要な問題になると思っています。データの信頼性を高めるために取り組まれていることがあればお聞かせください。

楢﨑:いろいろと苦労していて、これという妙案は無いのですが、保険会社の扱うデータは非構造化データというか、手書きのFAX、伝票が多いんですよね。交通事故をされたことがある方は分かるかと思いますが、事故後、損害保険調査員に状況を図解で説明したりします。ああいうデータはそのまま紙で残っています。データのセキュリティも大事だと思うのですが、私はまず、使えるデータにするために非構造化データを構造化データにしなければならないと思っていて、色々な手法をトライしています。今は、食材を調理するために、きれいに洗って切りそろえているといった段階です。

程:自社にどのようなデータがあり、どれくらいのストックとフローがあるかを把握できていないケースというのは結構多いと思います。セキュリティ会社は様々なツールを提供していますが、人間によるガバナンスが効いていないといけない。GDPR(EU一般データ保護規則)に対応しなければならないものと、顧客との相対でうまく使いこなせれば価値を生めるもの、またはエコシステムで共有すればもっとよいサービスができるものもあります。そういう分類をやっていかないといけないのですが、なかなかそこに対して予算が付かないとか、部門の壁があって工場のデータが本社に上がってこないという企業も結構あります。
そこはやはりトップのリーダーシップで、少なくとも自社にどういうデータがあり、機密性はどうなのか、共有すべきか、将来価値を生むのか、捨てていくべきか、といった仕分けはやっていかなければならないと思います。

寺田:企業におけるデータ活用では、名寄せがキーだと思っている。企業内に散らばる情報資産を集約して、価値を上げるお手伝いをしています。一方、お客様の情報を預かる立場としては、法規制には愚直に向き合うしかないと思っています。我々はBtoCではEightという個人向けユーザーのサービスも行っていますが、この情報を活用しながら開発しています。これは、適法かどうかという以上に、世の中からの見られ方や流れに対して感度が高くないといけない。もちろん悪いことをやっているつもりはありませんが、そういう部分に対していかに敏感に、リアルタイムに感じ取れるか経営としては気を付けています。

情報に対するパーミッションの問題も

程:寺田さんに伺いたいのですが、例えば私が名刺をお渡しして、受け取った企業側がSansanを通じて私の情報を使う際、パーミッション(許諾)は要るのでしょうか?

寺田:名刺はそもそも企業を代表してお渡しするものなので、その先の企業内で共有される分には、パーミッションは不要です。昔から行われているように、企業対企業の接点でいただいた情報を社内のCRM(顧客管理システム)に入力するのと変わりありません。

程:それを個人向け名刺アプリEightと関連付けることに対してはどうお考えでしょうか。

寺田:Eightでは、ビジネス特化型SNSのLinkedInと同じようにユーザープロファイルを捉えています。その点でSansanとEightは少し違います。

程:なぜこの質問をしたかというと、これからデータが次の資源だとなっていくと、今のような具体的な情報に対して、どこまで・どういうパーミッションが必要なのか、という問題が生じてくると思うからです。私のことを知ってもらえれば、それに応じた良いサービスを提供してもらえるけど、誰がどこでどうつながっているのかが分からない中で、企業の現場の実践としてどう考えていくべきでしょうか。この部分は、SOMPOホールディングスさんも直面するところかと思います。

楢﨑:そうですね。ポリシーも大変ですし、当然、GDPRも見ています。そもそも当社は規制産業なので、もし情報漏洩があったら監督官庁に顔向けできない。だからセキュリティはいろんな形でかなりかけています。
例えば、今50歳前後で、損保ジャパン日本興亜で車の保険をかけている方が、ひまわり生命の営業を受けた場合、ここがコンフォートゾーンのぎりぎりだと思うんですよね。「ああ、自分のことを知っているんだな」と感じることができる。でも同じ当社グループでも介護事業から営業を受けた場合、「まだ現役で関係ないのに、失礼だな」と感じると思います。あるいは、明らかにユーザー個人情報を把握したうえで別の商品を売り込んできたとなれば、おそらくクレームになるでしょう。そういう意味で、データの保存の仕方だけでなく、使い方も本当に難しい。
個人的には、BtoCでのクロスマーケティング、クロスセルは、日本では難しいのかなと思っています。先ほど寺田さんがおっしゃったSansanとEightの使い分けは正しくて、BtoBなら対企業なので互いに資本財を売ったり提案するにはいいのですが、個人のレベルでは自分を特定しないでほしいという感情があると思います。ですので当社では、BtoCではなるべくそれをしない、という方向にあります。保存したデータをさらけ出さない、そこだけはディフェンスですね。

程:インターネット革命が起こって20年ほど経ちますが、その時言われたのが、ITによる民主化とか、情報パワーを利用して個人が強くなる、といったことです。今、GAFAのようなメガプラットフォーマーが力を持っていますが、また、個人による逆襲の時代が来ると思うのです。
自分の情報が利用されることでの効用とプライバシーをどうバランスするかというのは、国ごとに違う。中国では社会システムに組み込まれているので、あきらめている人もたくさんいます。特にBtoBtoCや、BtoCのビジネスをしている人にとっては、そういうデリカシー、センシティビティをきちんと分かった上でDXを進めていかないと、データの扱いで問題になることがたくさん出てくると思います。あまりに技術で先行するよりは、それらのバランスを考えていくことがこれからは必要になるでしょう。

これから「人間」プラス「テクノロジー」の時代に

鉢嶺:最後に、これからDXを行うにあたって、どのような組織づくりが必要でしょうか。

楢﨑:私の部門には東京、シリコンバレー、テルアビブにラボがあり、約100人が所属しています。その内、50人近くは社外です。さらに、内30人が東京におり、25人がエンジニアです。内訳は、Python、Go、C++などプログラム言語ができる人材21人と、CX(Customer Experience)のデザイナーが4人です。テルアビブではイスラエル人でないと話にならないので、他社から引き抜いたりしています。私のやり方が正しいかは分かりませんが、社外の人を中に入れて、新しいことをクリエイトさせる組織です。
先ほどイメルト氏の「デジタル筋肉」の話をしましたが、保険マンにうさぎ跳びをやらせてつくものではないので、そこはプロを雇っています。

寺田:僕らは数百人の小さな企業ですが、できるだけソフトウェアなどベストプラクティスを入れていくということ、その時に僕も含め経営幹部がハンズオントレーニングを受けています。「デジタル筋肉」ではないですが、RPAやデータロボットの導入時に「やっておいて」ということはせず、ちゃんと自分でやる、ということをしています。

程:大きなトレンドから言うと、企業がサービス化、ソフトウェア化しているので、人がやる部分と、ソフトウェアがやる部分が出てきていて、当社はヒューマンプラスと呼んでいます。業態によって違うとは思いますが、どんどんオートメーションが進んでいるので、ロードマップを描いて人員再配置計画を立てたり、逆にテクノロジーを扱う人を増やしてスキルセットを考えることが必要です。最終的には人だと思うので、そこのビジョンをしっかり持っていないと、テクノロジーに振り回されたり、テクノロジー音痴になってしまう。「人間」プラス「テクノロジー」をしっかりやっていかないといけない時代です。

鉢嶺:今日は、皆さんにも非常に関わりのあるDXというテーマで3人の方にご登壇いただきました。ありがとうございました。

画像:分科会4-A「デジタルトランスフォーメーション」 セッション風景

以上
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企業経営の未来 分科会4-B「オープンイノベーション」

《パネリスト》 ※写真は左から
伊佐山 元(WiL General Partner & CEO)
小柴 満信(JSR 代表取締役会長)

《モデレーター》
宇佐美 進典(CARTA HOLDINGS 代表取締役会長(CEO))

画像:分科会4-B「オープンイノベーション」 パネリストとモデレーター

今までにまったくないことができる

宇佐美:皆さん、こんにちは。オープンイノベーションというテーマで始めていきたいと思います。まず、参加されている方、スタートアップの人はちょっと少ない感じですね。どちらかというと、大企業寄りの方が8割ぐらい。そういう問題意識の中で、今回のパネルディスカッションは進めさせていただければと思います。オープンイノベーションのセッションをやるにあたり、結構、私自身、普段あまりオープンイノベーションということを考えることがない中で、こんな大役を言われて、ちょっとどうしようかなあと思いながらですね、最初に、まずはグーグルで検索してみようと。「オープンイノベーションとは」とか、「オープンイノベーション、事例」とか、「オープンイノベーション、課題」といったかたちで、いろいろ検索したところ、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が出している資料に結構まとまったものがありましたので、これを参考にしながら、私なりにオープンイノベーションに関して、今回のセッションをさせていただければと思っています。今回このNEDOの資料をベースにしながら、さきほど楽屋のほうで伊佐山さん、小柴さんに、今日はどんな話をしましょうか、という話をしました。まず、最初に小柴さんに、「あの資料って、読みましたか」と話したら、「僕、あの資料、嫌いなんだよね」と(笑)、いうところから始まりまして......。大丈夫ですよね、NEDOの方、いらっしゃらないですよね(笑)。日本のオープンイノベーションに関して、小柴さんとしてはどういうふうにお考えになられているのか、ちょっと簡単に、自己紹介がてら、お話ししていただければと思います。

画像:小柴 満信氏

小柴:はい。JSRという素材企業で、ずっと、40年ぐらい勤めています。オープンイノベーションについて、いつも僕が感じているのが、手段と目的が逆転してる感じがすることです。オープンイノベーションは手段であって、目的はやはり新しい価値を生み出したり、今までにないものをつくるということだと思うのです。ですから、「日本におけるオープンイノベーションの事例」というふうに書かれると、「あれっ?」って思っちゃうんですね。
イノベーションってそうそうできるものではないと思います。私の経験で言うと、オープンイノベーションに適していることが二つあると思っています。一つは、競争前に、プレ・コンペティティブなところで、非常に新しい技術にチャレンジするというところにおいてのリスクを回避したり、世界の叡智をもって課題を解決するというところです。当社で言うと、ベルギーにアイメックというマイクロエレクトロニクスのコンソーシアムがあるのですが、これはわれわれにとってみるとオープンイノベーションの成功例です。もう一つは、今、日本に新しいエコシステムをつくりたいなと思っています。われわれが少し戦略投資をしているところで、カーボンという3Dプリンティングの会社があります。3Dプリンティングというとなんとなくつまらないのですが、本当に今までなかったような製造ができるというところで、われわれ化学産業の中にデジタルを掛けるとどういうことができるかなというものを体現する会社です。3Dプリンティングというのは、今まであるものを3Dでやってもぜんぜん価値が出ず、今までまったくないことができることがやっぱり重要なことだと思います。これをやるのに、物流の会社、航空機の会社、自動車部品をつくっている会社、ロボティクスをやっているそれこそベンチャー企業、今までとはぜんぜん違う会社の中で集まって、今ほぼ10社の会員企業がいます。その中のフォーラムで、日本に新しい3Dプリンティングでのエコシステムをつくろうと、そんなことをやっています。
オープンイノベーションというのはそうそうできるわけではなく、単純に皆が一緒になって、協業しようというものではないんじゃないかと思ってます。

宇佐美:単純な協業としてのイノベーションと、実際、新しい価値を生み出す取り組みというのは、やっぱり明確に違うものなんですか。

小柴:うーん、やっぱりNEDO......、ごめんなさい、われわれ、補助金をもらうことがあるので、すみません(笑)。あのNEDOの実例を見ていると、どこぞやの企業がイノベーションセンターをつくって、何百件の事例を出して、みたいな、あれってオープンイノベーションじゃないなって、いつも思います。単なる協業のまねごとかなと。

日本とアメリカのスタンスの違い

宇佐美:なるほど。実際その辺は伊佐山さんから見ていかがでしょうか。伊佐山さんはシリコンバレーでファンドではなくて研究所をやっていると伺いました。

画像:伊佐山 元氏

伊佐山:会員制クラブですね。

宇佐美:会員制クラブ!高級会員制クラブをやられているということですが、今、実際に、何をやられているのかも含めてオープンイノベーションに関してご紹介ください。

伊佐山:私の高級会員制クラブが何をやっているかというと、まさに大企業のイノベーションを支援するための色々な知恵なり、場を提供しますよ、という意味での会員制クラブです。それで研究所という名前をつけています。ただ、研究所といってもコストセンターの研究所だと、「お金無いんだよね」という話になってしまいますので、ちゃんとフォープロフィットの研究所、会員になった企業がちゃんとメリット、金銭的なメリットも含めて得られるような仕組みにするために、ファンドというかたちでお金をプールしています。ベンチャー企業にも出資したり、大企業とのアライアンスを斡旋することによって収益化を図ります。趣旨としては、別に投資して儲けるというためにつくった会社ではなくて、大企業にベンチャーを身近に感じてもらったり、あるいはオープンイノベーションを、ただのお見合いや、お祭りではなく、ちゃんと新しいものを生み出す、アウトプットまで結びつける。そのための材料とか、スキル、技とか場を提供する。そして、その活動を通じて新しく生まれたものからわれわれは収益を得られる、という趣旨の研究所がわれわれWiLという会社です。わざわざアメリカのシリコンバレーに本社をつくって、そこに日本企業に来てもらい、新しいことに触れてもらって、実際にPOC(概念実証)のような実験をして、プロトタイプをつくってもらって、じゃあ、本社に持って帰って最終判断をしてください、という活動をしていて、結構大きな規模にはなっていますね。あとは、オープンイノベーションという観点で言うと、オープンイノベーションという言葉の意味が、だいぶ日本とアメリカでは違うと僕は思っています。やっぱり大企業、そのNEDOの話もそうなんですけど、日本でオープンイノベーションというと、大企業からベンチャー企業への上から目線なんですね、基本的に。「ベンチャーっていうのは言うこと聞いてくれるよね」とか、「うち出資したんだからこれだけくれよ」という話です。私は今、アメリカが19年目ですのでだいぶアメリカ人化しているんですけど、アメリカではオープンイノベーションというと、基本的には対等なパートナーです。大企業側にも当然メリットがあるけれども、ベンチャー側にもメリットがあるから、アライアンスを組むし、出資も受けるという話です。大企業が「うちのオフィスに来てください。来たら相談に乗ってあげるよ」ということではなくて、大企業の社長がベンチャー企業のボロオフィスまで行って「すごいね!うちと組もうよ」ってやるから成り立つものだと思うんです。たぶん小柴さんも、カーボンのあの古いオフィスまで行かれたのではないでしょうか。日本ではまだ大企業が偉くて、ベンチャーは下というステレオタイプが強過ぎるので、なかなかM&Aが増えないとか、ベンチャー投資が増えないとか、うまくいかない要因がここにあるかなという気はします。

宇佐美:日本とシリコンバレーでのオープンイノベーションの違いとして、シリコンバレーだと、社長であったり、役員の人がオープンイノベーションのためにベンチャーの人と一緒にパートナーとして話をしていくのに対して、日本だとどうしても、部署ができて、その中の担当者の方が何かいろいろ動いていくっていうイメージがあるんですけれども、実際はどうなんでしょう。

伊佐山:それも結構大事なポイントで、ものによっては時間がないっていうのがあるんですよね。「今、決めてください」と。日本の場合は担当役員が来ても、「日本に持ち帰って検討します」となるので、どうしても時差が発生する。ましてや担当課長とかだと、猛烈に盛り上がって、ベンチャーのCEOが「お前いいヤツだな」となっても、そのあとまったく連絡がないとかですね。本社に持ち帰ったら「お前、そんなのほんとに大丈夫かよ」とか言われるうちに火が消えるパターンですよね。ベンチャーと対等な立場でアライアンスを組むということは、会った時間、完全に一期一会ですよね。その瞬間に決められるかどうかっていう構造を持ってない限りは、対等なパートナーシップなんて組めるわけがない。たぶんベンチャーはそこで即決するんですよ。「やりましょう」と。でも、大企業は、デューデリジェンスに8週間かけてダメとか、「すみませんが8週間が12週間になりました」となる。そうすると、どうしても対等な関係ではいれなくなる。やはり、ベンチャーと何かを本気でやろうとしたときには、そこまでベンチャー側の心象風景をわかったうえで、スピード感、本当に意思決定のスピードが一番大事だと思うんですけど、そこについていけるのかというコミットがないと、どうしてもベンチャー側はしんどいですよね。なんかもう大企業とやってもろくなことない、時間稼ぎばっかりされて、あんまりいいことないよねとなると、今度は逆回転して、誰とも組みたくなくなる。いいベンチャーほど大企業から逃げることになるので、そうしないように気をつけたほうがいいのではないかと思います。

人材の流動性がキーワード

宇佐美:日本とアメリカで、やっぱりオープンイノベーションという言葉の使われ方であったり、定義が結構異なることが背景にあるんですね。

伊佐山:そうですね。たぶん決定的なイノベーションが欧米でうけていて、日本はこれからだと思う理由としては、人材の流動性というところがキーワードになっていると思っています。つまり、海外の場合は、M&Aにしてもアライアンスにしても、自社にないタレントが外にあるから組みに行くわけですよね。必要だったらお金を出資するかもしれないし、本当に必要であれば、買収です。ですので、アメリカだと、M&Aというのは、acquisition(買収)だけではなくて、acqui-hire、(acquisitionとhire(雇用))という造語が生まれるくらいです。あくまで採用、タレントがうちにないからほしいということが、M&Aの結構大きなバリューになるので、技術や売上も大事なんですけれども、やはり人材獲得というのが大事です。優秀な人材が社会で流動化して、しみ出す仕組みがあるのが欧米。日本はいまだにやはり大企業に行くんですよ。東京大学の卒業生がどこに就職したかを見れば、すぐにわかります。ベンチャーに行く人はまだ一桁%です。確かに、10年前、20年前よりは増えました。しかし、アメリカではスタンフォード大学ビジネススクール卒業生の、今はもう3割以上がベンチャー起業、またはベンチャーへの就職をします。ビジネススクールで年間1,000万円以上の学費を払った人が、皆コンサルタントとかメガバンクに就職するわけではなく、3割がベンチャーを始めて無休でやったり、ベンチャーの創業メンバーとして入って、年収300万円くらいで歯をくいしばる、ということを選ぶわけです。それが起こらない限りは、外に優秀な人がいないということなので、ベンチャーと組めと御上が言ったところで、オープンイノベーションは起きないですよね。大前提は、自分の会社の外に、自分では手に入らないリソースがいっぱいある社会をつくれば、オープンイノベーションは当たり前のように起きるわけですけど、これを制度でやったって意味がなくて、やっぱり日本の場合は流動性が低い。優秀な人が外に出にくい。優秀な大学生が小さな会社に、まだまだ少ない、というところがもうちょっと改善されていかないと、根本的にオープンイノベーションというものの意味とか価値は、差がなかなか埋まらないんじゃないかと思います。

宇佐美:その点、小柴さんは、日本でオープンイノベーション、海外でも戦略投資などされていますけど、オープンイノベーションをするうえで、今、伊佐山さんが言われたようなことについて、実感する部分がやはりあるのでしょうか。

小柴:人材の流動性は、もうまったくその通りですよね。残念ながら、なかなか日本で人材の流動性がないために、チームごと移ってきてもらうということがなかなかない。われわれはグローバルで事業をしている中で、やはりそういうものがほしければ、われわれは戦略投資か、自分たちで本当に本業の、要するに事業の柱をつくりたいときは、51%以上のM&Aをやっていきます。ただやはり、それをやっていくときに、人材のリテンション(人材の維持・確保)がなかったら意味がないので、われわれがいつも大事にすることがあります。第一に、その組織がイノベーションに対してハングリーであること。第二に、やはり品質、クオリティー。JSRという名前がついている限りはどこへ行ってもJSRから免れないですね。一方で、そのために、グローバル企業であっても、JSRという名前のアイデンティティによって、品質の良いものを買っていただいている。第三に、やはりお客さまを大切にすること。CEOと話をして、この三つが揃わないところには、僕は投資しないですね。ライフサイエンス関係で三つぐらい大きいM&Aをやりましたが、やはり、この三つを合わせることで、一応、リテンションは成功しています。

生み出す力が強い人材を生かすために

画像:宇佐美 進典氏

宇佐美:冒頭で私の自己紹介をしませんでしたが、今年の1月に、電通の100%子会社である会社と経営統合しました。もともと私のつくった会社はVOYAGEGROUPといって400人くらいの会社だったのですが、電通の子会社で1,000人くらいの、ネット広告のプランニングや広告の運用を行っている会社と経営統合して、今、電通が53%の資本になっています。僕らとしては、会社を売却したという感じではなくて、ある意味、電通の力を借りて、より大きなチャレンジをしていこうという中で、まさに経営統合したわけです。今、お話を聞きながら、そういえば色々なインタビューされたなと(笑)。「こいつら本当にやる気あんのか」とか、「ちゃんと品質を大事にしてるのか」とか、「顧客を大事にしてるのか」とか、こういったところは見られたなあと、確かに今、感じました。ですので、私からすると、今回のテーマというのは、実は電通という会社から見ればベンチャーという異分子の会社を、グループの中に取り込んで、オープンイノベーションという言葉を認識しているかどうかはわからないですけど、何かしら変化をつくっていく、そういう呼び水みたいなものも期待されているのかなあということを思いながら、400人の会社と、1,000人の会社を一緒にするということに取り組んでいます。

伊佐山:他方、人が残り過ぎると、今度は流動性が上がらないので、本来は、宇佐見さんみたいな方が入って、ある程度落ち着いたらやめて、また会社を起こすという仕組みをつくらないといけません。買った大企業側は、「あいつ残ると言っておいてやめやがって」と、怒ると思うんですけど、本来はそういうのを応援できる社会にしないといけません。優秀な人が次々と新しい事業を起こして、社会の課題を解決していって、そこにベンチャーキャピタルがお金を出さなければ、流動性もダイナミックになった社会というのは、僕はできないと思います。買った大企業側は、当然、いい人には残ってほしい。だけれども、それがあまりにも強過ぎると、流動性がない。また元通り、大企業ばっかりが強くなってしまうというところに戻ってしまうので、そこのバランスは、すごく大事ですよね。アメリカだと皆すぐにやめちゃうんですけど、そのやめる間にどうやってその価値を継承するのか、買ったDNAをどうやって大企業に入れていくのかというところに、すごく手腕が問われると思います。大企業側も買った人が延々いてくれるから大丈夫だって思ってしまうと、あまり意味がないと思います。日本企業、アメリカ企業関係なく、ちゃんと払っただけの価値が継承できたのかというのは、買われた側も、買った側も意識してやらないと。繰り返しになりますが、新しいものを生むときは、起業する、新しいことを生み出す力が強い人というのが世の中にはいて、そういう人たちが自由に暴れ回れる社会をつくらないと、良いベンチャーの生態系っていうのはやっぱり出てこないので、そういうインフラもしっかりしていかないといけないかなあとは思います。

日本に求められるインフラ整備

宇佐美:そういうエコシステムとして、オープンイノベーションをある会社がやるという話ではなくて、日本全体として、もしくはグローバルとして、エコシステムをより活発にしていくために、今、日本に無いなと思われている要素はどのようなものでしょうか。たぶん色々あると思うのですが、お二人にそれぞれお聞きしたいと思います。

小柴:私、経済同友会で4年間ぐらい、デジタル革命と企業の経営というかたちでいろいろ調査・研究・考察して、アクセンチュアの程さんと一緒に「先進技術による新事業創造委員会」の共同委員長をやりました。その中で僕が、日本としてやってほしいと言っていたのは、5Gのインフラです。やはり、政府がやる役目というのは、規制改革とインフラ整備ですよね。レジストの輸出規制なんかではないです。これからはやはりAIやデータが重要となってきますが、ポイントは、AIの電力コストと、データの集積ですね。その点で5Gのインフラをつくれば、それがオープンイノベーションやイノベーションが、シンガポールではなく東京で、外国企業も巻き込んで起こります。地上、地下、上空150mも、全部5Gでカバーする。これを今度、宮坂さんが東京でやっていただけるというのは、非常に大きないいことだと思います。東京のインフラというのは、世界的にすばらしいと思うので、何が足りないというよりも、やはりその環境を整えるということ。これからやっぱり、企業も政府も一緒になってやるっていうのが、僕は重要なところなのではないかと思います。

経営者が自らフロントを体験しているか!?

伊佐山:個人的に日本の企業と協業していて不思議に思うことがあります。今、起きているオープンイノベーションの一つのきっかけというのは、自動車や金融など従来型の産業に、IT産業がどんどん近づいていることだと思います。IT産業が自分たちの業務に入ってくることによって脅威を感じて、「何とかしなきゃいかん」ということです。大企業がベンチャーと組むのか、ベンチャーを買収してデジタルの会社にするのか、いろいろ手はあると思いますが、そういうふうに大騒ぎして、専用部隊などをつくっている割には、社長や取締役レベルの人が、ほとんど技術を使ってないんですよね。自動車の会社の社長全員にインタビューして、「ウーバーを使ったことがありますか」と聞いたときに、ほとんどの人は使ってないと思うんですよ。なぜかというと、社有車があるからです。サンフランシスコ空港を降りて、ウーバーを呼び出すという発想がないんです。それはもう、秘書の方が高いリムジンを予約して、降りたら皆、名前を持って待っている。それを当たり前のように感じている人が、「ウーバーどうするんだ」と議論しているのが、極端な話、日本だと思っています。これは別に車に限らず、メーカーでもそうです。モバイルゲームが流行ったといって、じゃあ、モバイルゲームをやった社長が何人いるかという話です。ホスピタリティ産業の社長で、エアビーアンドビーを使ったことがある人が何人いるか。皆、フォーシーズンズホテルや、ザ・リッツ・カールトンホテルに泊まっているのではないでしょうか。このような人たちが、秘書ではなくて、自分の手でアプリをダウンロードして、自分のクレジットカードで民泊を使ったことがあるか、ということを突き詰めていくと......。金融なんかもそうですよね。今、フィンテック、フィンテックといっても、じゃあ、メガバンクのトップが、どこかのフィンテックサービスを自分で、例えば資産運用でもなんでもいいんですけど、登録して、100万円でも預けて、「おお、すげえな」って、やったかどうかというと、ほぼ壊滅だと思うんですよ。これ、大事なことだと思うんです。アメリカの大企業の社長とこのような話をすると、皆、使っているんですよね。もしかしたら秘書がアプリをインストールしているかもしれませんが、少なくとも自分で使っているので、なぜウケているかわかる。日本の場合は、偉くなればなるほど、自分でやってない人が増えてきます。これはITが自分のテリトリーに近寄っているのに、ITを評論家的、もしくは第三者、コンサルタントを通じてしかITの脅威というのを理解していない人と、実際にユーザー目線で、これは確かに非常に便利だと、これは本丸にくると困るぞと確信している経営者とでは、僕は大きく経営への影響が変わってくると思います。オープンイノベーションというのは、外の知と知を組み合わせて、新しいものをつくろうということです。ということは、外の知に対して自分が体験していなかったら、ただの伝聞になってしまうので、組み合わせようがない。わからないことを組み合わせたって、うまくいくわけないじゃないですか。だから、残念ながら、今の時代というのは、どんなに偉くなっても、自分でフロントに行って経験して、それがどう結びつくのかということを考えられる経営者にならないと、オープンイノベーションというのは、僕は実践できないと思っています。そういうメンタリティを、経済同友会にいる偉い人たちがやってるのかどうかというのは、僕はすごい大事だと思います。

宇佐美:聞いてみましょうか。この中でウーバーを使ったことが、ない人って言うと顰蹙だから、ある人って聞いて、ごまかしましょうか(笑)。ある人! (結構手が挙がる) 安心しますよね。経団連に行くと半分以下じゃないかと思います。

伊佐山:でも、エアビーはないんじゃないですか。

宇佐美:エアビーを使ったことある人! やっぱり減りますね。エアビーのほうが若干、抵抗感ありますよね。

伊佐山:でも、やっぱり僕は個人的に、新しいものを組み合わせようとしたときには、自分で確信しないとできないと思っているので、せっかくシリコンバレーに出張されたら、今まではリムジンだったけど、ちょっとウーバー使ってみようかとなってほしいですね。これをやる人とやらない人は、僕は大きな差が出ると僕は思います。

小柴:そもそも日本の社長って、会社に居過ぎですよね。僕の知っている欧米の社長というのは、ほとんど皆さん2、3週間出っぱなしです。結局、毎月1回、経営会議と取締役会などで意思決定を行う、という手段を変えていかない限り、今の行動パターンは変わらない。CEOの本来の役割はアイスブレイクだと思うので、色々なところに行った方が良い。社長がオフィスにいなきゃいけないというのが日本企業の特徴で、僕はいつもすごく違和感を持っています。僕はだいたい月に2、3回は海外に出ています。最初はずいぶん怒られたんですけど、だいぶ諦められました。今は月に2回ぐらいに減りましたけど、やっぱりそれは一つの手だと思います。あと、もう一つ、伊佐山さんのおっしゃることは、まったくその通りだと思うんですけど、意外とアメリカの重厚長大企業というのは、日本よりもっとひどくて、プライベートジェットで動いて、まさにリムジンの世界で、ほんとにまったく違う世の中に生きてるって会社が結構あります。ですから、日本の企業がデジタル変革に対して鈍いのかって言われると、同じような、われわれのような重厚長大の化学企業の場合ですと、ヨーロッパもアメリカも、正直言って、大して変わらないなと思います。ただ、シリコンバレーだとか、ボストンだとか、サンディエゴだとか、そこらへんの企業というのはぜんぜん違うと思いますけど、そうではない企業も結構まだあると思います。

大企業にベンチャーのスピード感を

宇佐美:比較的大企業側のお話をお二人にはしていただきました。今回、スタートアップ、ベンチャーの会社は少ないですけども、オープンイノベーションは大企業だけがやるものではないと思うんですね。スタートアップもベンチャーも、自分たちが成長するために、主体的にオープンイノベーションに取り組んでいくということもあると思います。そういったスタートアップ、ベンチャーに対して、何かご意見はありますか。

伊佐山:先日、あるベンチャーの社長に、新規事業にどれくらいの時間をかけますかって聞いたときに、2週間と言われました。僕が大企業と、シリコンバレーで何か新しいことやりましょうって言ったときの〆切り、POCのサイクルは、6カ月ぐらいにしています。製造業などでは、ぱっと集まってソフトウエアのコードを書いて、「週末つくりました!」ということができないので、少し時間がかかってしまうからです。でも、2週間と聞いたときに、ちょっと自分もまだ甘いなと思いました。逆に、2週間くらいでぐるぐる回して、新規事業をやるか否かという判断ができる会社は、当然、新しいものをやるスピードは絶対ほかの会社には負けないし、引くのも早いから、そんなに赤字を出さないと思います。新しいものを生むクロックスピードが違うので、これはすごくいいと思うんです。大企業で新規事業やろうというと、どうしても品質から始まるので、絶対6カ月で終わらない。2年とかかかってしまいます。それこそ、自動車だと7年とか8年とかかかります。耐久試験を大量にして、やっと使ってもいいか、みたいな話です。当然、安全性が要求されるものはそんなに簡単にはできないですけど、そこのクロックスピードというのはもうちょっと上げられないかなというのは感じます。特にIT、ソフトウエアの要素が強ければ強いほど、本来はもっとPOCを機動的にやって、半製品でも出してみて、フィードバックをもらうということを、もう少し、文化として、大企業もものによっては使い分けてもいいのではないかと思います。それがもう少しできたら、風景が変わるんだと思いますね。だから、ベンチャーがもう少し工夫したらというより、それをやってるからこそベンチャーであり、それができてないベンチャーはすぐに潰れていくと思います。そのセンスをもうちょっと大企業側に移転できないかなというのは、正直、今、私が取り組んでいる最大のテーマではありますね。

宇佐美:なるほど。しかし、ベンチャーも大きくなってくると...。

伊佐山:ベンチャーっぽい文化をどうやって残すかを悩むでしょうね。例えば、従業員が1,000人超えたら、なかなかベンチャーっぽいノリは難しいかもしれません。コンサバな人も出てくるでしょうし。でも、それが必ずしも悪いわけではないと思います。ちゃんとやらなければならないところは、もしかしたら粛々と改善、改善でやる人も当然必要になってきます。きちんと言われたことをきっちりやって改善する人がいて、でも全員これになると組織が停滞するから、どうやってやんちゃな人材を活かせるか、というのが永遠のテーマであり、やんちゃな部分を外にいっぱい求めるのか、内製化するのかというのはその会社のポリシーによっても変わってきます。ベンチャーも結局は大企業になって、どうやってベンチャースピリットを取り戻すかという課題にぶちあたる。その繰り返しをしているように私には見えます。

どのシリーズのベンチャーと組むのか

宇佐美:そうですね。日本のいわゆる大企業の方が、ベンチャー、スタートアップと組むときに、メルカリであったり、サイバーエージェントであったり、DeNAといった、いわゆるメガベンチャーといわれるような、すでに上場もしているところと、まだ本当に会社をつくって1年、2年のシリーズAくらいのところとでは、体制も含めてかなり違います。その中で言うと、日本の場合だと、メガベンチャーあたりと、スピード感含めてやっていくというのが比較的やりやすい感じなんですかね。

伊佐山:大企業からすると、シリーズAクラスのベンチャーとつき合うのは、難しいですよね。私も10年ぐらいつき合ってわかりましたが、このようなベンチャーは、言うことは立派だけれども、9割はできていないわけです。投資家に宣伝したことと、やることのギャップを、どうやって最短で埋めるかっていうステージです。よく比喩で言うのは、崖から突き落とされて、落ちる前に飛行機を組み立てられなければ墜落だし、組み立てられればシューッと戻ってこれる。そのくらいのスピード感でやるわけですね。そういうベンチャーと大企業の人がまともに折り合えるかっていうと、僕は、これはかなり難しいと思っています。大企業側がそういうものだと割り切って、予算なり、意思決定を分けてやるという場をつくれば成り立つと思います。ただ、大企業にそのような論理を入れたら、大企業側がおかしくなってしまいますので、やはりある程度、大企業に近づきつつあるベンチャーで、ある程度製品が動いているところから少しそのスピード感を学ぶというのが良いのかなとは思います。

宇佐美:ちょっと会場の方にも意見をお聞きしたいなと思います。今の伊佐山さんの話を受けてですね、いやいやシリーズA、Bクラスでも、ちゃんと実績あるよというところがあれば、ぜひ、ちょっとご意見いただきたいなと思うんですけれども。

会場の参加者:当社では、ベンチャーキャピタル部門と、それとは別に、新規事業を大企業と一緒につくる部署があります。その部署が、大企業と、シリーズAとか、まだメガベンチャーになる前の会社さんの間に入って、事業をつくっています。手前味噌ですが、その部署が非常に伸びています。日本のものづくりの大企業は、世界的に有名な会社が多いのですが、ベンチャーに対しては、エンジェル投資をしてそれで終わってしまってることが結構多いと思います。

小柴:われわれ、だいぶ戦略投資をやっていますが、やはりシリーズA、Bくらいのところというのは、われわれは基本的にはベンチャーキャピタルとしてやっています。その中で、本当に良いところにはシンジケートを組んで、一緒にやります。ただ、単独での投資はしません。

宇佐美:しないんですか?

小柴:しないです。それから、われわれがほんとにこの事業をつくりたいとなった時、これはわれわれが51%以上マジョリティーをとってやります。アクイジションですね。これはもう、当然単独でやります。そして、われわれが一番悩むのが、シリーズCからEくらいの企業、特にキャッシュフローネガティブな会社への投資です。これが一番難しい。われわれは投資リターンを得るために行っているのではなく、シナジーを出したりすることが目的です。とは言え、キャッシュフローネガティブのC、D、Eくらいのシリーズのところが、やはり僕らとしては一番難しくて、一番気を遣います。こういったベンチャーには、本当にお宝があるところもあるので、それこそ即断即決しなければなりません。

大企業側もベンチャー側も利用できる仕組みを

伊佐山:私は今、WiLの研究所で実施をしたいと思っていることがあります。それは、まだ若く、ベンチャーキャピタルから出資も受けておらず、貯金で事業を行っているクラスのベンチャーに、大企業のリソースを使わせてもらうことです。その大企業の子会社となり、その代わりに、その大企業の信用を借りるというモデルです。シリアルアントレプレナーで、ゼロからやるのはしんどいと思う人でも、どこかの大企業の信用を借りて事業を起こせるならば、かなり面倒なところをスキップできますよね。「お前誰だ?」というところから、一応「どこどこの兄弟会社です」とか言えるようになります。親の七光りを使いながら営業したり、資金調達できるというのは、結構なメリットがあると思っています。若い企業、特にシリアルアントレプレナーがうまく大企業に入っていって、大企業のブランドや、資金などのリソースを使い倒して、お互いにメリットがあるような環境がもっとできるのではないでしょうか。ここで大事なことは、大企業側が若い企業やシリアルアントレプレナーを立てながら、お金も出す、リソースも出す、でも口出しはしない、ということができるかどうかです。小柴さんならやってくれそうですが、なかなか普通の会社では、取締役会でダメ出しを受けてしまい、終わってしまうと思います。初めのその信用蓄積で挫折、心が折れて撤退する人もかなりの数いるので、そこをベンチャー側も大企業側もうまく利用できるような仕組みっていうのがあったらいいかなって思いますね。

宇佐美:どうですか。JSRで、今言ったような仕組みは、やれそうな感じですか。

小柴:そうですね、今、そういうのをやっています。コーポレートガバナンスとか色々なことを考えると、バランスシートにのせるよりは、ノン・リカーリング・エクスペンスとしてお金を出しますね。5,000万円くらいであれば、だいたい役員の決裁でやる。

宇佐美:いいですね。僕、考えてみたいと思います(笑)。

伊佐山:宇佐美さんのような方がベンチャーを起業すると言ったときに、ゼロから自分でやるよりは、どこかの大企業、特に、広告系のビジネスなんて絶対にやりそうにないような大企業で始めるとなったら、それはそれで面白いですよね。大企業側にすれば、自分のわからないことを専門家がやってくれるということになります。そういう発想が生まれるかどうかというのは、僕は日本の一つの新規事業のやり方ではないかと思います。アメリカですと、まずベンチャーキャピタルがお金を出しますので、大企業を頼る必要ないじゃないですか。ただ、日本はまだそうなってないから、大企業からすれば新規事業の立ち上げであり、ベンチャー側からすれば、ベンチャーの立ち上げ方かなというようになるのではないかと思います。

大企業の研究開発費の数%をベンチャーに

小柴:大企業は、社内で新しいことをやると、むちゃくちゃ高いんですよ(笑)。社内でやると、すぐに10億円くらいなくなってしまいます。だから、そういうことからいうと、コストパフォーマンスはベンチャー投資の方が高いんですよね。だから、スタートアップの方たちは、大企業の研究開発コストをよく意識されるといいかと思います。

宇佐美:なるほど。わかりました。

伊佐山:今の点について言うと、僕はWiLをつくるときに、日本の大企業で、研究開発費を1,000億円以上使っている会社をリストアップして、営業しました。年間使っている研究開発費の5%で冒険しましょうっていうコンセプトで行ったんです。今ある研究開発費を全部自前で使うのか、5%でも1%でもいいんですけどベンチャーに投資するか。例えば、研究開発に1,000億円使っている会社の場合、1%といったら10億円です。ベンチャーキャピタルからしたら、10億円ってかなり大きなお金です。そういうふうに、ちょっと思考を入れ換えて、新規事業の起こし方っていうのに、クリエイティビティを入れてみたら、面白いのではないかと思っています。せっかくこういう場に来たので、経済同友会の会員である経営者の皆さんには、5%ルールやりましょうよって、言いたいですね。

宇佐美:ぜひ、WiLのパートナーとして言ってください。でも今、資金は集まり過ぎていませんか。

伊佐山:日本の全企業が5%ルールをやるととんでもなく大きな金額になるんですけども、まだ、大企業のお金が動いていません。世界と比較すると、日本の大企業は貯金し過ぎですよね。数パーセントでいいから、ベンチャーとか面白いものを発見するところに使えるような社会にしないと、オープンイノベーションは本当には盛り上がらないと思います。

CVCの効果的な立ち上げ方

宇佐美:オープンイノベーションという文脈に合うかどうかわかりませんが、いわゆるCVC、コーポレートベンチャーキャピタルを行う会社が、当社も含めて増えてきています。非常に色々な会社でCVCが立ち上げられているのを見ると、実際のところどうなんだろう、と思ってしまう部分もあります。

伊佐山:普通であればどこかのベンチャーキャピタルに出資するのですが、手数料を取られてしまうので、CVCをやるわけです。でもベンチャーキャピタル側には、今までに積み重ねてきた数々の失敗の経験があるので、自分でやるよりは失敗も少ないわけです。また、企業側からすると、情報をたくさん取りたいんだけど、ベンチャーキャピタルとはNDA(秘密保持契約)を交わすので、あまり有益な情報が来ない。また、一番悪い事例は、ベンチャーキャピタルが大企業にダメな会社を押し付けてくることです。ダメな会社をM&Aしてくるとか、銀行代わりに使われるというのが、やっぱり出資側からしたら最悪パターンじゃないですか。でも、本当に良いのか悪いのかなんて、出資側にはわからないですよね。そんなことを邪推するぐらいだったら自分でやってしまおうというかたちでCVCが盛り上がっています。でも、騙されたことがない人たちがCVCを始めるので、それは騙されまくって沈没するに決まっていますよね。始める前から勝負が見えているようなものです。「10年間騙されました!」という人を雇えば話は別ですけれども、大企業の人で、「お前が、最もネットワークを持っているから、CVCの社長をやれ」と任命されたような人では、スキル以前の問題です。ベンチャーキャピタルがなぜ成り立つかって言うと、騙されている回数が誰よりも大きいからです。それがない人がやってうまくいくとは思えません。お金が余るとCVCをやりたくなるというのは、気持ちはすごくわかるのですが、変なものを押し付けないベンチャーキャピタルをきちんと選んで、うまく使うというのが、僕は一番正解だと思います。

欧米ベンチャーのためのファンド創設へ

宇佐美:小柴さん、そのあたりはどうでしょうか。

小柴:われわれは、色々なものを探索するのはベンチャーキャピタルをメインにしています。自分たちの事業の得意な分野のベンチャーキャピタルを一生懸命見つけてきて、それで基本的にやってますね。僕はあまりCVCは好きではありません。それはなぜかというと、われわれはあくまでも戦略的な投資家なので、上がって終わりではないからです。当社で言うと三本柱となる事業があります。この三本柱は、うまくいくまでは非常に楽なんですが、逆にうまくいけばうまくいくだけ、市場以上に伸びなくなるというジレンマに陥る事業なんです。ですので、必ずいつもパイプラインを準備しておかないといけないんですね。そのパイプラインを準備するのに、さっきも言ったように、シリーズCからEぐらいの会社をほんとにファンドピックして、9%か5%か、多いところでいうと20%までの投資をして、その中でやっていくんです。意外と欧米で、お金もある、技術もある、ただ一方で、アジアに行きたいけどいけないっていうベンチャーが多いんですよね。そういう会社を今、日本に連れてきて、それをわれわれが支援しています。日本で合弁をつくったり、彼らに技術を出してもらって、われわれがお金を出してやる。そういうアクティブファンドをつくりたいと思います。また、そこに、当社の若い人たちを行かせて、事業を立ち上げさせたい。私自身が34歳の時にアメリカに行って、会社を立ち上げました。その経験が、経営にかかわるようになって非常に大きく役立っています。今、なかなかそういう機会ってないですよね。そこで、今、そういう戦略投資をすることによって、新しい日本法人をつくり、そこからアジアを狙うビジネスモデルをやろうと思っています。そのためのアクティブファンドっていうのはつくりたい。われわれが積極的に経営にかかわって、欧米の、お金もある、技術もあるという会社をアジアに持ってきて、特に日本をアジアへのポータルサイトとしてやっていく。そのためのファンドはつくっていこうかなと思っています。

宇佐美:わかりました。そろそろ時間も短くなりましたので、残り5分ということなので、会場から質問のほうをお受けしたいと思います。どうぞ。

質問者1:当社はもう100件ぐらいのベンチャー投資をしていて、一生懸命、大企業とのマッチングをさかんにやってるんですが、めちゃくちゃ成功率が低いんです。私が大企業の経営者に話を持っていくと、「いいね。下に落としとくから」って言われますが、実際には2回ぐらいお見合いして終わりという、これの繰り返しです。また、たまたま大企業がM&Aで買ってくれたところも、大企業の文化とベンチャーの文化をインテグレーションするのが難しい。ベンチャーの良さって、やっぱりスピードであったり、企画書を書かないでも動き出すってところだと思いますが、大企業に入った瞬間に仕事の仕方が違うし、スピードが遅くなってしまう。結局、ベンチャーの良いところを大企業がしっかりと活かしきれません。宇佐美さんにお聞きしたいのですが、電通さんには、働き方改革で長時間労働がダメだとか、色々なことがあると思いますが、そこはうまくインテグレーションできたんでしょうか。

宇佐美:まさに今、取り組んでいる最中です。ただ、今、僕らがやろうとしていることというのは、電通の100%子会社だったということもあって、働き方改革の中で、かなり厳格に、色々なオペレーションを、特に労務周り含めて、ホワイトにホワイトにいろいろやっていこうということです。かなり強烈に上位下達的なかたちのものが行われている中で、結果的として組織の中が、常に上を見て、過剰に忖度をして、なにも文句を言われないようにしていくという組織にどうしてもなっていました。今回一緒になって、何かやるときに、「これは電通に言わなくちゃいけないんじゃないですか?」と言われることがあります。しかし、経営統合するときに、上場企業として残ったまま、経営の独立性を担保したままで経営統合するということを電通とは握っていました。ですので、「電通には言わなくていいです。これは最後に僕が電通に言いますから」というかたちで、電通へのお伺い的なものはどんどんなくしていくということをやっています。一方で、責任を持ってきちんとやることが前提になるんですけれども、ガバナンスやコンプライアンスについて、自分たちで責任を持つということの意識づけを、今行っているという状況です。これは、それぞれの部署や個人に、どう権限移譲していくかというところとセットです。自分で決めずに上に決めてもらうという考え方から、自分たちでリスクをとって、自分たちで決め、その代わり、評価も含めてそれに対しての責任を負うということです。

伊佐山:僕からも、いいですか。僕が、今、一番悩ましいのは、大企業に買収されるとベンチャーの良さがなくなるということです。労働時間は特に問題だと思っています。別に、大企業だから労働時間を守らなければならなくて、ベンチャーは守らなくて良いという話ではないんですけど、大企業の方が、週刊誌からはブラック企業扱いされやすいですよね。ベンチャーの場合は、小さいうちは目立たないので誰からも狙われない。だけど、それが結果的に、早くものを仕上げる良さになっているんです。大企業のコンプライアンスルールに入った瞬間に、そのルールがあてはめられると何もできなくなってしまう。ベンチャーの良さはスピードだというのに、スピードがなくなってしまう。若くてやる気があって、24時間×7日間休まなくても構わないという人がやれない環境になっています。これは、本当に日本にとって良いことなのか。ベンチャースピリットを盛り上げると政府は言っていますが、それができないルールになっているので、致命傷になっていませんでしょうか。オープンイノベーション云々の話の前に、どうしてやりたい人までできないのか。杓子定規にやり過ぎると、ものすごい弊害になって、後でものすごいダメージになるような気がしています。

宇佐美:たぶん、そういう意味で上場しているベンチャー、スタートアップというのは、ある意味、最低限の労務周りっていうのはクリアされたうえで、そういった企業規模になっていると思うので、大企業からは、比較的上場したベンチャーとM&Aであったり、資本提携すると良いのではないかと個人的には思います。それでは、終了時間となりましたので、終了させていただきます。今日はどうもありがとうございました。

画像:分科会4-B「オープンイノベーション」 セッション風景

以上
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企業経営の未来 分科会4-C「働き方改革」

《パネリスト》 ※写真は左から
白石 徳生(ベネフィット・ワン 代表取締役社長)
鈴木 純(帝人 代表取締役社長執行役員)

《モデレーター》
麻野 耕司(リンクアンドモチベーション 取締役)

画像:分科会4-C「働き方改革」 パネリストとモデレーター

社員の仕事を定型業務から非定型業務へ移行

麻野:このセッションは働き方改革という、かなり語り尽くされたテーマですが、まず、それぞれの企業で取り組まれてきた働き方改革、そしてこれからどんなことに取り組んでいこうとされているのかをお伺いできたらと思っています。これまで働き方改革はどちらかというと、労働時間の適正化やリモートワーク、副業の解禁など、個人の自由を広げていこうという文脈が多かったと思います。ただ、私はOpenWorkという社員のクチコミサイトの運営もしていまして、そこには約10万社、760万件のクチコミがあり、いろいろなことがその投稿でわかります。それによると、労働時間はこの5、6年くらいでかなり減っています。7年前にOpenWorkに投稿されていた会社の平均残業時間は45時間くらいでしたが、現在は30時間にまで減っています。この数年で労働時間は劇的に短縮されたと思っています。一方で「社員の士気」というのが5段階評価で、2011年は満足度で3ポイント弱でしたが、現在は2.8ポイントまで下がっています。労働時間は短縮されたけれど、「頑張ろう」とはなっていないスコアになっています。労働時間を短縮するだけで社員の意欲が上がるのか、生産性が高まるのか、その先の業績が上がるのかということが、これからの働き方改革で問われていくのかなと思っています。それについてどんなふうにお考えか、お二人にお伺いしていきたいと思います。まず白石さんから、ベネフィット・ワンでは今までどんなことをポイントにおいて取り組まれてきたか、またその手応えをどう感じているかについて、お伺いできればと思います。

画像:白石 徳生氏

白石:一般的に働き方改革というと、時短であったり有給を取れということだったり、それこそ「ゆとり教育の会社版じゃないか」と批判される声もよく聞かれますが、私共では、福利厚生をしている会社が言うのもなんですが、ワークマンバランスをよくしようという意味での働き方改革をしているのではありません。いくつかのコンセプトを持っていて、まず1つが、業務をもう一度ちゃんと分解してみようということ。業種や会社によって違うと思いますが、私共の場合は業務を分解すると、30%くらいが非定型業務で、70%くらいが定型業務だということがわかりました。定型業務というのは、誰がやっても大体同じような結果が出て、マニュアル化ができ、電子化しやすい。そうした業務は7割近くあることがわかってきました。基本的に今後、社員は定型業務はさせず、マネージメントとか研究開発とか非定型の部分だけをやって、それ以外の非定型業務に関しては社員という形ではなく進めることを考えています。社員を雇用した時、雇用契約の中で会社に出社させ、時給ベースで賃金を払うのが通常の労働契約だと思います。私共は非定型業務に関しては、基本的に「労働契約ではなく個人との契約に基づいて」「場所はどこでもよく」「成果に対して支給する」という3原則のもとに、ちょうど1年くらい前から取り組み始めたところです。
そういう意味では世間でいう働き方改革とは意味が違っていまして、社内では「ネオワークス」という、公募で決まった名前ですが、これをやろうとなりました。なぜこうしたことをやろうと思ったかというと、2年くらい前に遡ります。会社をどうしたいか、その中で個人がどうありたいか、社員で議論しました。そこで「もう少し興味がある仕事がしたい」「自分にとってやりがいのある仕事をしたい」「もっと収入が欲しい」「よりいい生活がしたい」というのが最終的に集約された答えでした。では、「賃金を上げる」ことと「仕事の内容を面白くする」ことを両立するにはどうしたらいいか。議論した中で、「考えてみたら仕事はほとんど定型業務だよね」「雑用をやってないか」との声が出ました。新入社員と役員では多少差があると思いますが、意外と執行役員クラスを含めて定型業務をしてしまっていたんです。これを解放することが1つの働き方改革だろうということで現在進行しています。
やり方としては、まず、自分の仕事の棚卸しをする。その上で定型業務と非定型業務に分けます。定型業務は必ずマニュアル化できるはずで、マニュアル化できないものが非定型業務です。マニュアル化したものは大体デジタル化できます。デジタル化できるということはオンライン化できるので、会社じゃなくても、通信環境を使えば、自宅でも、あるいは東京でなくても仕事ができます。今、実際に在宅もサテライトもしています。地方でやっているのです。当社は元々24年前に東京でできた会社で、12年前までは全ての業務をほぼ東京と大阪でしていましたが、12年ほど前に愛媛県の松山にオペレーションセンターを作りました。今から思えば、それも1つの働き方改革だったのですが、そこに定型業務を移していきました。松山のいいところは、人件費が圧倒的に安いこと。東京100に対して松山は60くらいです。社員の立場からしてみると、物価水準が東京の60%と、すごく安い。特に住宅関連のコストがほとんどかからない。さらに東京だと平均1時間30分くらいかかる通勤時間が、15分、20分くらいですむ。東京から松山に持っていった瞬間に、ワークライフの実現が可能になりました。でも今、愛媛県の松山でも、もう人がほとんど採用でません。それで今、松山からさらに車で2時間、人口3万人前後くらいのところにサテライトオフィスを作っています。100人の雇用はできないのですが、20人くらいは簡単に雇用できます。そこのメリットは人が絶対にやめないことです。なぜかというと、他に職場がないのです。事務職は1社という状況です。ほとんどは漁師の奥さんやみかん農園の奥さん、あるいは地元の高校を卒業した高校生がそのまま就職するという環境にあります。
なぜこうしたことができるかというと、定型業務なので、ちゃんとマニュアルを作ってデジタル化してオンラインでできるからです。そうなると場所は問わないわけです。もちろん在宅でもいいですが、特に主婦の方から、「家にずっといると会社に行きたい」「20分30分通勤にかけてでもいいから人とコミュニケーションしたい」という声が出てきました。在宅もいいけど、サテライトみたいなのもいい。いろんな試行錯誤をしながらやっています。
今回、働き方改革の1つの成果として、結果的に地方創生にも役立ってるというのは実感としてあります。まだ結果は出ていませんが、濃淡はものすごくはっきりしています。働き方改革、いわゆる定型業務の「外出し」ができている部署と、できない部署が明確です。できている部署というのは、そうせざるを得なかった部署です。突発的に業務が増えてしまったとか、人が取れないとか、ものすごく追い込まれると、人は自分の業務のマニュアル化や電子化、オンライン化をやります。でも、やらなくてもすんでいる部署は、いまだにやりません。典型的なのは営業部みたいなところがそうで、やるかやらないかは、最終的にはそのメンバーたちの覚悟、本気かどうかにかかっています。私は最初、働き方改革の前提となる業務の棚卸し、あるいはマニュアル化、デジタル化がやりやすい業務、やりにくい業務によるのではないかと仮説を立てていましたが、しばらく見ていて、そんなことは関係なく、追い込まれた部署がやっている感じです。

最後に利益率が上がるストーリーを描ければ「骨太な働き方改革」になる

麻野:働き方改革で思い切って仕事の割り当てを変えたということですね。社員はコアの非定型業務に集中したということですが、定型業務の雇用形態はどういう形態になるのですか?

白石:サテライトの場合は、今だに正社員ですが、社員だとどうしても時給ベースになるじゃないですか。それで生産性を上げようと、会社と個人とのベクトルを合わせようと思うと、やはり時給は合わない。クリエイティブ業務や研究開発はいいと思います。最終的には時給ベースではなく成果物ベースでやる方向です。でもどうしても労働法の壁にぶち当たります。雇用する以上は労働法になってしまい、すると、いろんな制約があります。ですから、最終的にはそういったことをクリアするためにも、労働法に縛られない形で会社対個人との契約で進めていければと考えています。

麻野:業務委託契約みたいな形に転換していく、と。

白石:はい。営業でもできると思います。アメリカですと、雇用管理が70%くらいで、30%くらいの人が独立事業会社として会社と契約しています。日本は多分2、3%で、士業の人しかできていないと思います。日本も、5、6年もすればそうなるんじゃないんでしょうか。

麻野:なるほど。それぞれの人が持っている特性や能力を活かすために、割り当てを変えるというポイントが1つ。もう1つは、どうしても社員だと時間的な概念で給料が支払われるので、それを少しずつ業務委託に切り替えて成果に結び直す取り組みをするということですね。ちなみに業績に繋がっているという感覚はありますか?

白石:実は、社員がだいぶ減りまして、ピーク時1,200人だったのが、今1,000人くらいです。ものすごい勢いでBPRや生産性を上げていますので、何が結果かというのは一概に言えないのですが、利益率はこの数年間上がってきています。私は、IRを自分でするのですが、働き方改革をやることによって会社の利益率を上げるということを、2年くらい前から宣言していました。ですからマーケットには率直に評価していただいて、株価にもかなり反映されていると思います。いくつかのアナリストの方から「日本の働き方改革をポジティブに捉えて業績を上げた企業の1つである」と紹介されたこともあります。トータルでは業績にプラスになっているのかなという気がします。

麻野:なるほど。それがIRで語れるのはすごく強いですよね。企業によっても、働き方改革と組織や業務、最終的な業績の繋がりが見えづらいストーリーになっている会社が多いと思っています。働く時間が短くなったから業績が上がりますというのは、本来かなり論理的には飛躍のある話です。ですから、それくらいのつなぎ方でいくと、ちょっと景気が悪くなったり業績が悪くなったりすると、働き方改革も全部後戻りする可能性もあると思うんです。でも今、白石さんがおっしゃったように、働き方改革で利益率が上がるまでのストーリーが語られていたら、非常に骨太な働き方改革になるなという感想を勝手ながら持ちました。

画像:鈴木 純氏

鈴木:定型業務側を労働契約に持っていくのですか?

白石:労働契約ではなくて、社員という形ではなくて、例えば入力業務であれば、ワンワードいくらという形になり、営業や店舗開発であれば1件契約すればいくら、ということです。社員で雇ってしまうと、人事考課はしますが、基本的には時給ベースじゃないですか。それは法律である以上しょうがないと思うんですが。

鈴木:なるほど。定型側を外出しにして。

白石:そうです。社員は仕組みを作る、マネジメントをするという形に進化させていこう、というのは社員の総意なんです。マネジメント側がそうしろって言っているわけではなくて、「自分たちがハッピーになるんだったら、それしかないよね」という発想です。ただ、現実的には難しい。日本の場合、ほとんどの社員が自分の仕事をブラックボックス状況で抱えています。だからある日、突然辞めちゃうと困ります。その人が何をしてるのか、他の人は知らないので、そこから脱皮できるかどうかがポイントになるんじゃないんですかね。

画像:麻野 耕司氏

麻野:ちなみに社員数が1,200人から1,000人になって200人減ったということは、その200人は雇用形態が変わったということですか?

白石:それもありますし、かなりBPRをやったりIT化を進めたりして、人そのものをなくしたりもしました。

麻野:それに対する社内的な反発はなかったんですか?

白石:当然、一部のメンバーからは反発もあり、辞めていく人もいます。でも大多数は、自分たちで決めたことであり、苦しみながらも「言ってしまったからしようがない」という雰囲気でやっているとは思います。ただ、我々も3年くらいでやろうという時間軸の中で移行しています。1~2年だと無理だと思います。

労働市場の人材獲得競争に勝つための「働き方改革」

麻野:続いて鈴木さんに、帝人の取り組みのお話をいただければと思います。業態も違うと思いますので。

鈴木:私共は製造業で、工場もありますし、ヘルスケアのほうでは病院や薬局などの医療機関、あるいは患者さんのお宅にお伺いする営業職までありますので、結構大変です。そんな中で「働き方改革」はやらなきゃいけないよねという状況で、帝人の中ではどういうふうに考えたかということから、お話させていただきます。皆様、ご認識なさっている通り、国内労働力はどんどん減っています。さらに言えば、国内・グローバル問わず、優秀な人材は絶対必要です。人材獲得競争で負けてはもうおしまいです。どちらかというと、そのことが、背景としては重要で、そのためには働き方改革をしなかったら置いていかれるという意識がありました。ですから「とにかく人材獲得競争に負けたら会社は潰れるぞ」と言っていますし、「結果として」になるか、「究極の目的」になるかはわかりませんが、「1人あたりの生産性は当然上がっていくことを目指す」という建てつけで始めています。そういう環境を作ってあげないと、人は来てくれなくなるし、働いてくれなくなる。新入社員だろうが中途入社だろうが、「帝人で働いてみたい」と思う人が来てくれて、プロジェクトでも何でもやってくれ、共感してくれる。当社は「未来の社会を支える会社になる」と言い切っているので、そこに繋がる挑戦が出来るようなプロジェクトしか用意していないつもりですが、それに向けて協調してくれる人が、この会社で働きたいと思ってくれればいいわけです。そういうことを私は言い続けます。
それでは、実際、何をやっているかというと、そこそこの大きさの会社なので、まずシステムを作り、環境を整え、ベースを整えるという枠組みの構築と改善をずっとやっています。例えば、ダイバーシティと絡んでいますが、女性活躍の推進については、1990年代後半から取り組んできました。産休が長びき、5年くらい会社に来ない人もいますが、それでも優秀な社員が戻ってこられる体制は整えています。最近始めたことは、労働時間管理をPCで全てログ管理するということです。それで何が起きたかというと、管理職の働き方まで全部調べた結果、17年対比で18年は労働時間が増えました。これまでは管理職の労働時間を管理していなかったので、管理職まで対象にしたら増えたということです。18年、19年は横這いです。個人差の方が大きくて、そこをどう潰していくか、という言い方はよくないですが、効率よく働こうということを、今一生懸命やろうとしています。
ムリ・ムラ・ムダは、人事が「Waku! Waku! Work」というプロジェクトを作ってやっています。部署内で何がムリ・ムラ・ムダか、月1回くらい話し合います。人事からコンサルタントを派遣し、1年くらいかけてムダなことは落としていく。それを2年間くらい続けていて、成果を出しています。それから当然、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション:ロボットによってホワイトカラーの単純な間接業務を自動化するテクノロジー)を入れる。それで会社全体として1万時間くらい、人数に直すと5人分くらい削減できています。また、会社はあくまで社員一人一人に「場」を提供するものという考え方から、社員がやりたい仕事をやる、彼らがモチベーション高く、前向きに仕事に取り組めるようにするための制度も整備しています。これまで社内転勤したい時は、「人を欲しい」部署側が人材募集要件を出して、公募に興味ある社員が手を挙げる「Job Challenge制度」をとっていましたが、今は逆に社員自身が自分のスキルをアピールし、先に手を挙げる「Free Agent制度」を導入しました。「あの部署に行きたい」と言ったら、受け手側が面接して、OKだったら元の部署の上司が反対の意向を示したとしても、社員の希望が優先されるということです。これはフレキシビリティを持たないとダメだ、挑戦したいという人に出てきてほしいということで、私がとにかく言い続けて、実現させました。

1人で100万円を使うのは大変だけど、会社であれば100億円だって使える

麻野:どんなことを言い続けているのですか?

鈴木:「未来の社会を支える会社になるんだ」という方向を打ち出していますが、会社に尽くすんじゃない。仕事をちゃんとやろう、ということです。与えられた職務というものは、あなたが与えられた職務かもしれないし、仕事はあなたが作ることもできる。大きな向かう方向、価値を創るための仕事をすべきで、それに向けて「環境価値」「安心・安全・防災」「少子高齢化」、この3つをキーワードにソリューションを顧客に提供していく。そこにあなたのアイデアと行動をどうつぎ込んでくれるのか。それは社会に向けて必要な活動であり続けるから、会社としてサスティナブルでしょ、という論理でモチベーションを高めています。会社は、あなたのそういう「社会に対して何かしたい」という気持ちを実現する場だと言い続けるわけです。
1人で100万円を集めて使うのは大変だけど、会社だったら1億、10億、100億円だって、あなたのアイデア次第で使えますよ、と。「それを使いなさい」ということを、ほぼ毎月社内のいろいろなところに行って、そんな話をしながら、受け身の姿勢ではなく、失敗を恐れなくていいから自ら行動を起こすのが大切だと、社員のマインドセットを変えていこうとしています。社内にお酒も飲めるフリースペースがあるのですが、社員が自発的に「緩い会話をする会」とか名付けて、事業の垣根を越えたメンバーで集まり、ワイワイと話をする場もできているようです。そうやって、他愛もない会話をしながら気持ちを変えたり、社内に仕事だけではないつながりをつくることは結構大事だと思います。

仕事にやりがいを求められるかどうか

麻野:ありがとうございます。白石さんからは「働き方改革を通じて業務の効率化を図って利益率を上げる」という話がありました。鈴木さんからは「労働市場の人材獲得競争に勝つ」というお話でした。とくに帝人のような製造業には、何が一番効くのかを聞いてみたいと思います。先ほど控え室で話していたのが、最近ベンチャー企業に優秀な人材がいっている、優秀な人材が昼夜問わず働いている、ということです。私も大手の製造業や金融企業から、のんびりしたタイプじゃなくてガツガツした自分で切り開いていけるタイプが欲しいという声をよく聞きます。外資系や商社、ベンチャーにいくようなタイプが欲しいと言われるんです。働き方改革の今までの文脈と、そういう人材が求められているのは、ちょっと違う感覚がありますが。

鈴木:全く違います。結局、やりがいなのです。仕事にやりがいを求められるかどうかだと僕は思っています。ただ全員に求められないし、全員に荷重なプレッシャーをかけ続けるのは、ブラックだと思っています。でも、やりたい人にまで「帰れ」というのは異常なことで、そこは本当に心を悩ませています。スタートアップ企業に一番優秀な人材が集まっているというのは、実感しています。僕らもスタートアップの人たちと付き合っていますが、やはりすごいなと思います。ガツガツしてますし、大きなストーリーを作れたりしますよね。大企業の人はそういうのを教育しないと、でっかい夢ができてこなかったりします。ちゃんと育ててあげると、それなりになってくるのですが、おとなしい人が多いのは事実です。それで社内のベンチャーを作ってみたりしています。あるいは外のスタートアップ企業と、敢えて一緒に仕事をしてみたりして、一部の人に火をつけるようにしています。

優秀な人材にチャンスを提供していくことが本当の働き方改革

麻野:僕が勝手にお話をお伺いして感じたのですが、鈴木さんが本当に大事に思っているのは、労働時間の適正化やダイバーシティなど以上に、帝人にしか出来ないこと、「未来の社会を支える」とか、そのために会社のリソースを使って皆に働きかけるんだということではないかと思いました。労働時間の話の時、原稿を読んでいるみたいな感じで(会場笑い)。本質はそっちなんじゃないかなと。「働き方改革やらないと」と言われるので、やらないといけないと思うんですが。「うちの会社ではこれができるぞ」というのを経営陣が働きかけて、優秀な人材にチャンスを提供していくことが本当の働き方改革であり、これから求められていることなのかなと感じました。

鈴木:ありがとうございます。本当にそうだと思っていて、ここにいる皆さんは日本でスタートアップされて偉いなと思うんですが、ただそれにしても、まだまだ苦しい時期であり、環境にあると思っています。そういう社会的環境を含めて、僕らはある程度の大きさ以上の会社というのが、実はスタートアップ企業に対しての、欧米でいうところのエンジェルでもありませんが、そういう立場で接することが、本当はベストではないかと思っています。実は、先ほど昼食を食べながらスタートアップの人と話していて、資源もない日本は、本当はイスラエルみたいに、知的創造につながる取り組みに、国がドッカンドッカン投資して、2年か3年やる。イスラエルは、とにかく得体の知れないベンチャースタートアップのトライアルをやっていますよね。本当に玉石混合で、石ばっかりですが、たまに玉がいる。玉は2年か3年の間になんとかしようと思うけど、石はなんともならない。でもめげずにまた別のことを考えてきたりする。あそこまでやれれば、日本も素晴らしいと思いますが、おそらく官の力だけでは出来ない。官は今ベンチャーを推していますが、むしろ大企業の側が、そのベンチャーに対して上手な投資であったり、上手な付き合い方であったり、ということをすると、死の谷あたりを上手く越えていけるのではないかと思います。
僕らが本当に一生懸命やっているのは、そういう人と交わることです。それから、たまにはそういう人たちのところに、社員を送り込んだり、社内でベンチャー作ったりします。ベンチャー作っちゃうと、本当に寝食忘れて働きますよね。本当はいけないんだろうけど。

麻野:今のほうが、本当に喋りたいこと喋っている感じがします(会場笑い)。

事業や職種に合わせてどう改革していくかを考えていくフェーズに

鈴木:でも大変なんですよ。組合もあるし、半分は現場のワーカーたちですから。現場のワーカーは、日々、改善に取り組んでくれている人たちで、イノベーションを考えてはいない。定型なことをいかに定型どおり、精度高くやるか。かつ、それが組合でできちゃったっていうのは、それが自分たちの事業の中の基盤だったからです。労務管理的には非常に良いですが。組合員の半分は学卒で、そうした人たちに向けては、僕はさっき言った「場として使え」と言うんですが、残りの半分の人たちにはあんまり響かない。

麻野:なるほど。この働き方改革を一括りにすると、ものすごくいろいろなことが歪んでしまう。工場の現場とオフィスワーカーの働き方改革は、全く違うし、オフィスワーカーでも、非定型業務をやる人と定型業務やる人で全く違う。だから、それぞれどう改革していくかを考えなければいけないフェーズだということですかね。

鈴木:おっしゃる通りです。さっきの「Waku! Waku! Work」は人事が作ったもので、月1回、部や課の中で会議をしているのですが、ほとんど本社業務だと思っていたら、事業所の製造のある課が1つ入っていて、「どうやってるの?」と聞いたことがあります。それはそれなりに、「工場の中で定型でやらなきゃいけないことだけど、それをいかに省力化するか」とか、あるいは「休みをどういうふうに上手いこと皆でシェアしながら、ちゃんとした決まり以外に取るか」などというのもあります。おっしゃるように、職場の中にいろいろな職種がある場合には、そういう取り組みにしていかないとダメです。究極はさっき白石さんがおっしゃったように、僕らの中でのキャリアの複線化を、人事にしろ、なんにしろ、作っていかないと、僕らみたいにいろいろな事業をやっている、あるいはいろんな職種の人がいると、無理だなというのは感じていて。そういうふうにやっていくべきだとは思っています。

自社で大事にしていること、他社への提言
--いい環境を用意しないと企業は選ばれない

麻野:ありがとうございます。今までの働き方改革のファーストステップが「過剰な労働時間を適正化しよう」だとすると、「事業や職種に合わせてどう改革していくかを、それぞれ個別に考えていこう」というのがセカンドステップで、今はそのステップに入っていく段階だというのが、まとめですかね。では次に、これから自社でこんなことを大事にしていこう、逆に世の中の企業はこうやっていくべきだという提言があればお伺いしたいのですが。

白石:多分、会社と個人との関係が大きく変わると思うんです。今までは日本は人も余っている状況が長く続いていましたから、会社があってそこにいる従業員という、会社前提だったと思うんです。実はこれは日本だけの話で、グローバルで見た場合、基本的に人手不足が各国、続いていますから、個人があって、個人の環境は会社だと思うんです。会社と個人の関係を、どちら側からか変えていかないといけないと思うんです。従業員は当然、会社に依存するのではなく自立して、会社はただの環境です。経営者から見ても、変に今まで従業員に甘えることができたのです。これだけ人手が余っていましたから、多少雑な経営をしても人はついてきましたが、今後はついてこないと思います。そういうある種の緊張感の中で、対等な関係で個人と会社というものが接していかないと、単純に経営者として業績を伸ばすことが最終的にはきついと思います。先ほど鈴木社長がおっしゃったように、人が取れないですからね。優秀な人材の人取り合戦というのが、最終的に会社の業績に直結すると思っています。いかに仕事のできる人間を自社で採用して辞めさせないか。そこで重要なことは、会社に対するロイヤリティよりは、優秀な社員が自分の仕事に対してロイヤリティを持ち、そしてその自分の仕事を通した社会貢献に対して明確なミッションを持つことです。そこをしっかりしないと、会社の業績を上げることができないと思っています。

麻野:組織と個人の関係が変わっていく、と。

白石:そうです。

麻野:かつて右肩上がりの経済成長の中で「縛り縛られ」で、個人は会社に忠誠を尽くす代わりに終身雇用とか年功序列とか退職金みたいな形で保護してもらえた関係から、「選び選ばれ」になっていき、フェアな関係の中で、いい環境を用意しないと選んでもらえない、と。

白石:おそらく日本の経営者はずっと楽をしてきたと思うんです。逆に言うと、海外の経営者と比べて、マネジメント力が日本は非常に低下したと思います。これだけ人が余っていればそうなりますよね。元々日本人はロイヤリティが高いですし、勝手にコミュニケーションもしますし、いいことずくめだったと思うんです。日本の経営者は、労働環境がいい中でずっと何十年も経営しているので、本当のマネジメントをやってこなかったと思うんです。それがここにきて、急にグローバルスタンダードになってしまった。それで慌てふためいている中での働き方改革なので、僕は働き方改革をポジティブに捉えていまして、これをちゃんと真っ正面から取り組むことです。マイナス思考で捉えてしまうと、本質を見誤るのでないかなという気がします。

年功序列が残る中、パフォームしない人をどう捉えるべきか

麻野:白石さんや鈴木さんみたいな一流の企業の経営者の方に聞いてみたいのですが、令和に入って、豊田章男(トヨタ自動車代表取締役社長)さんや経団連の中西宏明会長の「終身雇用や年功序列は厳しいね」という発言があったように、全体として今までの雇用制度を続けるのが難しくなってきた雰囲気があると思います。ただ、お互いフェアな関係、といっても、今、大企業の中にはパフォームしていない50代や60代もいて、終身雇用や年功序列、退職金制度などにより定年まで働けると恐らく考えている中で、急にハシゴを外されても...というように、結構難しい部分があると思います。そこをフェアな目で見ていくのは企業経営者にとってもなかなか難しく、フラットにしていけばしていくほど若手の優秀な人材が出て行って、そういうゾーンが残ったりするような状況も起きたりするのかなと思うんです。それに対しては、企業経営者はどう捉えて立ち向かうべきだと思われますか?

白石:年齢はあまり関係ないと思います。20代だろうと60代だろうと仕事する人はするし、しない人はしない。年齢はむしろ関係なくて、やる気がある人であればシニアのほうが、当然経験値もありますし、いろいろな知見も持っているので、僕らはこれから積極的に65歳以上の人を採用したいと思います。もちろんやる気のある人ですけど。

麻野:ありがとうございます。鈴木さんいかがでしょうか?

鈴木:今の話題は結構シリアスな話題です。私たちみたいな長寿の企業では、年功序列を考えざるを得ない部分もあります。その中で若い人を抜擢した時、若い人のパフォーマンスが悪くなった時に、あるレベルまでいっちゃうと、降格させることはなかなか難しいです。その仕組みまで作っておかないと、迂闊に抜擢すると危ないというのもあります。その辺は、成果主義を徹底するしかないです。ただ、成果主義を徹底した時に、どこまでをセーフティネットにしてあげるかを、僕らが上手な仕組みを作ってあげないといけない。そこはまだできていません。それをこれから作っていかないといけない。大事なところの1つです。

麻野:ありがとうございます。新しい個人と組織のあり方の中で、今までの仕組みをどう変えていくか、どう移行していくかがポイントになるんですかね。

鈴木:さっき言ったように仕事によって考え方は違います。例えば、私たちのヘルスケア事業は、医療用医薬品事業と在宅医療事業の2つを持っています。これは全く違うビジネスで、事業が違うからプロフィットセンターとしておいていたのを、10月1日から営業本部と技術開発本部に、機能本部制に変えちゃいます。そうすると何が起きるかというと、今まで薬を売っていた営業部隊は、ドクターにコンタクトしていた。でもこれからは患者さんにも、コ・メディカルなどの医療関係者にもコンタクトしないといけない。多能化を求めるわけです。そのほうが未来の社会にきっと貢献できる人材になるだろうと僕らが信じているから、そのように変えています。それに応じて、社会貢献的なことを人事考課の中に入れようかとか、いろんな議論をしています。ただ、まだ完全にできていませんが、いろいろトライアルをしてみないといけないなと思っています。

質疑応答①
「働きたい人」にもっと働けるような環境ができないのか

麻野:ありがとうございます。ちょうど15分前になりましたので、会場から質問を受け付けたいと思います。

質問者1:私は、経済同友会の規制・制度改革委員会の副員長をしているのですが、その中の議論の1つに「働きたい人がもっと働けるような環境にできないのか」、つまり働き方改革を改革しようという議論があり、うちの若手から「もっと働きたい」という相談を受けるんです。「いや、でも45時間超えちゃダメだ。80時間は絶対ダメだ」と「働くな」という指導をしているんです。アリババのジャック・マー会長が、午前9時から午後9時まで、月曜日から土曜日までの6日間働くという「996システム」を社員に強制するような発言をして批判されましたが、世界のベンチャーは996で働いているんですよね。日本だけ働くな!働くな!とやっていると、競争力はなくなっちゃうと思います。今、そういう議論が出ているのですが、お二人から、もしくは麻野さんから、「経済同友会としてこういうところを提言してほしい」というのがあれば、盛り込んでいきたいのですが。

麻野:ありがとうございます。非常に建設的な観点だと思います。

質問者1:まずはスタートアップ企業から、という話をしています。大企業もさせたいのですが。スタートアップで許可制にするのか...。

白石:それは、労働法の問題に行き着くと思うんですね。僕は、労働法はなかなか変わらないと思うので、だったらもう「労働しない」と発想を変えているわけです。だから最終的に社員も契約関係を持ってしまえば、別に関係ないじゃないですか。イメージでいうと、将来的には社員は全員、会社とのコンサルティング契約なのかわかりませんが、個人との契約にしてしまう。そうすれば、残業や有給の問題は発生しないですからね。そういう解決方法を自社は考えています。自分たちの業界は、それができるからというのもありますが。

麻野:今の法制度を変えるのではなく、つまり、今の法制度の中で社員になるのではなく、業務委託やパートナーみたいな関係になる方向を模索する、と。

白石:まずは、定型業務は外に出します。それである程度、社員の仕事はマネジメントとか研究開発に近いことにします。それでも労基署からは、全員管理すると言われるじゃないですか、そこまで言われるのなら、個人契約に切り替えることも視野に入れながら考えています。僕は長時間残業を悪いとは全く思っていないです。ただ単純作業をずっと長時間やるというのは、人としては如何なものかなという気持ちが強い。でも自分で興味のある、面白いことを一晩中やろうと何しようと、それは、僕は労働じゃないと思うんです。趣味なのかもしれないし、生きがいなのかもしれない。「労働」という時、日本の労働法の「労働」に対する基本的な考え方が、嫌なこと、辛いことを前提としているから、そういう議論になるのです。僕は仕事というのはそうではなくて、楽しいもの、追求するもの、生きがいだと、自分自身は思っています。うちの会社でも、キラキラ輝いている社員の共通項目は、仕事を嫌だとは思っていないことです。楽しいから、面白いから、生きがいだから仕事をしている。それを日本の法律では「労働」として、「長時間労働させない」という方向になってしまう。そこに問題があるような気がします。

鈴木:白石さんがおっしゃる通りで、自律的に働きたいと思っている人を制限するのは、明らかにおかしい話です。ただ法律ではそうだと。僕らの立場からいうと、僕らの中で社内ベンチャーを作ってしまって、100%だから本当は管理しなきゃいけないのですが、治外法権にしちゃうんです。だから、スタートアップの規模によると思うのですが、これをあまり人数が多いところまで強要しちゃうとまずいのかなとは思いますが、最初のスタートアップの人数が少ない時は、寝食忘れてやりますよ。ある程度大きくなった時には、寝食忘れてやる部隊はまた限られてきます。その辺りを人数かなにかで、区切ることができないのかなとは思います。

質疑応答②
正社員としてのモチベーションはどうなる?

麻野:ありがとうございます。他ありますでしょうか?

質問者2:白石さんのおっしゃっていることは非常にその通りだと思っています。「労働基準法の改革を待っているくらいなら、労働しない」という考え方はその通りだと思っています。一方で、労働を取り巻く環境からすると、正社員というところにモチベーションがあって、ここをマーケットの中でどう変えていくかを考えていかないといけないと思っています。そこのところを各論で恐縮ですが、どう考えているか教えていただけますか?

白石:日本は30年近く、人手余りがずっと続きました。だから皆、正社員を希望するんです。なぜかというと、失業を恐れるからだと思うんです。でも冷静に考えてみたら、これだけ人手不足の状況で、そこまで失業とか安定した身分というのを求めなくなってくるんじゃないかと思っています。若い人に聞くと、社員や大手企業にそんなにこだわり持っていないですよね。一番優秀なやつ、わかっているやつは、スタートアップを自分で作っちゃうか、そこに就職しています。多くの人たちはまだ、平成の人手余りで、「社員じゃないと、いつ首切られるかわかんない」とか、「待遇が極端に悪い」とか、「派遣切り」みたいな過去の常識を引きずっている気がします。

麻野:そうですよね。それ、結構根強くあると思っています。そういう感覚を持っている人は多いんだろうなと思っています。

白石:経営者からすると、これだけ人をとるのに苦労しているわけですから、逆の立場からしてみたら、会社を辞めたっていくらでも仕事する先ありますからね。多少景気が悪くなっても、日本の統計を見れば、ちゃんと理解していただけると思いますが、人手不足はそんなに簡単に解消しませんよ。そこがまだ国民全体に理解されていないと思います。統計は正しいですからね。

麻野:あとは正社員で雇用しない分、ちょっと給与水準を上げるというのもあるかもしれません。正社員として雇用すると、雇用リスクが将来まで存在するので、その分先払いでちょっと給与水準上げる。

白石:それもやっぱり今まで人が余っていたからなんですね。人が余っている特殊な経済環境が30年間続いていますから、みんな錯覚しているだけです。受給バランスを考えたら、社員だけが高くて非正規が低いとはならないと思います。

麻野:そういう白石さんみたいな会社が出てきてモデルケースになっていったら、少しずつその風潮も変わっていくかもしれないですね。

白石:そうなっていくと思います。我々だけが特殊ではなくて、アメリカでも中国でも、ヨーロッパでも東南アジアでも、普通の会社の在り方じゃないかという気はします。

質疑応答③
労働法をどう"ハック"するか?

麻野:ありがとうございます。他に何かありますでしょうか?

質問者3:お話をお伺いしていまして、共通している点として、もっと働きたい方に対してどのように環境を提供されるか、ということは皆さまお考え頂いているのかなと感じました。私もベンチャーの社長としてよく考えるポイントですが、今の労働法の中でそれをどうハックするかというか、例えばテール業務で定型業務を外出ししていくことだったり、ベンチャー的な要素を持つというところは理解をしました。一方で、それは労働法では問題があり、それをどうハックするかということになっていると思うんですが。労働法がどうあったら理想なのか、例えば労働時間は8時間なのか12時間なのか、そこをどうお考えか伺いたい。もう1つは、白石さんがおっしゃるように、欧米のように業務委託的な比率が3割程度まで上がってミッションを外に出していて、その人たちはやることやっていますよという会社と、今までの日本のように皆が労働時間は長いかもしれないけど、そういった業務まで会社として含有している状態の企業体は、どちらが良いのかということに対して、ご意見があれば伺いたいと思います。

白石:さっき言った3割は、外注率ではなくて、アメリカ人の70%が労働契約で社員として働いていて、30%は個人契約や自営業者だということです。そもそも働く側の意識が根本的に違うのです。その差がやっぱり大きいと思います。なぜ日本だけがものすごく社員にこだわったり、あるいは安定保証を求めたりするのかというと、長い間人手余りの時代が続いていたのと、社員と非正規社員の賃金格差が大きかったからだと思うんです。僕の認識では、アメリカでは社員より個人事業主や個人で会社契約している人のほうが所得水準は高いはずです。そんな極端な差はないと思いますが、その違いじゃないかなと思います。

鈴木:製造業の話は別にして、アメリカだと2~3から4つ仕事を持っている人は多いですよね。問題は兼業している人の、最終的にはそうしないと本当に生活できない人の健康管理をどうするかだけです。兼業はいくらしたっていいと思ってるし、副業もいくらしたっていいと思う。だけど中には2~3時間しか寝ないで、お金のためにそうしちゃう人もいる。これは良くない状況だと思います。それが例えば、本当の意味でのスタートアップ資金を貯めるために、2年間は2~3時間の睡眠で頑張るというのならいいんですが、子ども育てるためとなると、ちょっと話が違ってくるんですよね。その辺、法制度として何をどうしたらいいんだろうかというのは...難しい。では、本当の意味での労働法というのはどうするのか。日本人は本質的には働き過ぎています。有給休暇も取得していません。日本人は平均すると年2,000時間くらい働いているのかな。でも欧米人は1,800時間を切ってきている。その中でいかに密度高く働くか、労働生産性をあげることができるかということに焦点をあて、解は簡単に見つかりませんが、知恵を絞っていくということだと思います。

白石:日本の1つの問題は付き合い残業ですよね。仕事が好きで働いている人がいると、周りを巻き込みます。特に上司がそうだと、日本は村社会だから、どうしてもそうなる。そういう意味での労働法など一定の配慮も必要なのかもしれません。「僕は、本当は毎日定時に上がりたいんだけど、そうすると自分だけが浮いてしまう」という理由で、イヤイヤ会社に残っている人は、平成、昭和の時代は多かったと思います。ここは改善すべきです。人によっては、仕事は割り切っていて、「本当はミュージシャンを目指しているので、5時以降は演奏したい」、あるいは趣味を持っている人も当然います。それはその人の生き方ですから、仕事が生きがいの人はそれでいいと思います。違った生きがいを持っている人が同じ空間で働いていても、両方がお互いを認め合えるような文化をつくっていかないと、と思います。

鈴木:さっきサテライトワークの話が出ましたが、帝人でもテレワーク、在宅勤務制度があります。そのような働き方を運用していく場合には、働いた時間じゃなくてアウトプットで見るしかないのです。子育てをしながらとか、通勤の途中にとか、それで全部OKになるようなシステムを考えています。そうするとアウトプット次第になります。それが普通になる。まずそこが原点で、その上で、という話だと思っています。

麻野:総量としての労働時間が多すぎた部分が、ある程度圧縮していったという、これまでの流れはよかったとして、この後は、働き方に合わせた労働時間があればいいと思うんですが。仕組み的なところは、いろんなことが考え尽くされている感じもあって、それが裁量労働制とか高度プロフェッショナルとかだと思います。

白石:ツールの導入も大事だと思います。実は僕、この半月、会社行ってないんです。2週間海外に行っていました。なぜこれができるようになったかというと、全部ツール化したんです。昔はハンコを押さなきゃいけないので、会社を4日空けることはできなかったのですが、全部office365を導入するなど、この1年間くらいかなり投資しました。その結果、現場の営業マンは相対的に1~2時間は早く帰れるようになったと口々に言います。移動時間中にも仕事ができるようになる。場合によっては問題かもしれませんが、ちょっとした休暇中にも、ちょこちょこっと部下に指導ができる。ツールの活用というのは大きいかもしれないですね。それなりに費用は掛かりますが、やってみて良かったと思います。

麻野:ありがとうございます。働き方改革についていろいろな議論が出ました。成功事例は一つひとつの企業からでも作っていくことができるのかなと思います。契約社員とか派遣社員という雇用形態そのものにネガティブなイメージがあるとか、労働するということそのものにネガティブなイメージがあるとか、そういうイメージがあるままだと、いい法案を作っても勝てないと思います。働くことに対していいイメージを企業側から作っていくことが大事なのかなと改めて思いました。

画像:分科会4-C「働き方改革」 セッション風景

以上
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企業経営の未来 分科会4-D「AI・データの未来」 ※非公開

《パネリスト》
上野山 勝也(PKSHA Technology 代表取締役)
竹内 真(ビズリーチ 取締役 CPO兼CTO)
渡部 一文(アマゾンジャパン バイスプレジデント)

《モデレーター》
佐藤 光紀(セプテーニ・ホールディングス 代表取締役 グループ社長執行役員)

クロージングセッション

鼎談:「次世代の役割」

小泉 進次郎(衆議院議員)

金丸 恭文(経済同友会副代表幹事、日本の明日を考える研究会委員長)

髙島 宏平(負担増世代が考える社会保障改革委員会委員長)

閉会挨拶

吉松 徹郎(日本の明日を考える研究会副委員長)

南 壮一郎(日本の明日を考える研究会委員)

記者会見

金丸 恭文(経済同友会副代表幹事、日本の明日を考える研究会委員長)

間下 直晃(日本の明日を考える研究会副委員長)

橋本 圭一郎(経済同友会 副代表幹事・専務理事、広報戦略検討委員会委員長)


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