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どう働き、どう生きる? 経営者が大学生に「仕事と人生」を語る『未来とのダイアログ』レポート

2018年11月15日

2018年10月29日、経済同友会は「みんなで描くみんなの未来プロジェクト」の一環として、大学生と経営者をつなぐイベント「未来とのダイアログ」を開催しました。本稿では、トークセッションの模様をご紹介します。

登壇したのは秋池玲子副代表幹事、志岐隆史幹事、島﨑豊氏の経営者3名と、ファシリテーターである田中研之輔教授(法政大学 キャリアデザイン学部)です。大学1、2年生のうちから社会に対する視野を広げ、「働く事」への関心を高めてもらうために企画したこのイベント。登壇者それぞれの持論や経験談、仕事観を存分に話していただきました(所属・役職は開催時)。

  • 当日の様子を動画で公開しています。

《登壇者》

秋池 玲子 経済同友会副代表幹事(ボストン コンサルティング グループ シニア・パートナー&マネージングディレクター)
志岐 隆史 経済同友会幹事(全日本空輸 取締役副社長執行役員)
島﨑 豊 経済同友会会員(丸紅 執行役員 秘書部長 広報部長)

《ファシリテーター》

田中 研之輔 法政大学キャリアデザイン学部教授(博士:社会学)

イベント「未来とのダイアログ」の様子 その1

経営者が振り返るそれぞれの学生時代

田中 大学生の皆さんこんばんは。本日はよろしくお願いします。私はライフキャリア論を専門にしています。人生100年時代がすぐそこまで来ている今、これまで日本経済を牽引されてきた先輩方のキャリアモデル、ライフモデルに学ぶことほど、意義深いことはありません。今日は、直接お話を伺える機会ですので、時間の許す限り徹底的に学んでほしいと思います。まずは登壇者の方々に、自己紹介と学生時代の思い出を話していただきます。

秋池 私は今、コンサルティング会社で仕事をしています。経歴としては大学院を出てからキリンビールに勤め、その後、留学を経てコンサルティング会社や産業再生機構で経験を積んできました。私の学生時代は、女性が働くということに関してちょうど転換期を迎えていた頃でした。大学に入った時にはまだ男女雇用機会均等法がなかったのですが、3年生頃に法律が制定され、社会に出るときには運用されていたのです。均等法制定以前は、女性が「就職」を考えなければいけないという意識はそう強くなく、就職しない方もいらっしゃいました。私自身もさほど就職について考えていなかったのですが、丁度その変わり目にいたことがその後の人生を変えたのかもしれません。

志岐 私は結構好き勝手な学生生活を過ごしまして、実は大学で5年間過ごしました(笑)。クラブ活動をしていた時期もありましたが、特に最後の1年間はかなり時間があったので、アルバイトを一生懸命やっていました。解体・基礎工事の現場仕事だったのですが、そこで体験したことは大変印象に残っています。協力して作業することが多い職場だったので、親方や、周囲の方から数多くのことを学びました。その後無事に卒業して全日本空輸に入社し社会人になったのですが、会社に入ってからは営業、人事など複数の部署を経て今に至っています。

島﨑 私は大学の4年間、体育会のホッケー部でグラウンドを走り回っていました。強豪校に勝つために練習量だけは負けないとの思いでした。就職活動で考えたのは、海外で仕事をしたいということで総合商社の丸紅に入社。海外インフラ担当の部署に配属され、1年目からイラクのバグダッドに半年ほど出張し、2年目から駐在。30代でタイのバンコクにも駐在しています。その後どうしてもやりたいことがあって、一度会社を辞めていますが、後に戻ってこないかとの話があり、丸紅に再入社し、現在広報と秘書を担当しています。

田中 ありがとうございます。お一人おひとりのキャリアについても掘り下げてお聞きしたいところですが、今日は共通テーマを投げかけていきたいと思います。経営者の皆さん、大学時代を思い返したときに、現在の姿やそこに至る経路は見えていたでしょうか?それともまったく違うところに歩んできたという感覚でしょうか?

秋池 自分の将来がどうなるのだろうか、これから何をしたらよいのだろうかと漠然とした思いのまま過ごしていましたが、振り返ると、今につながる興味が何かしらあったと思います。私は理系だったのですが、どこかで「技術の経営」のようなことが必要ではないかと思っていました。その根底には「広く社会の役に立ちたい」という気持ちがあり、それが結果的に今につながっていると思います。学生の皆さんも、今は先の道が見えていなくても、やっていること、考えていることの中にきっと将来の姿につながる種があるのではないでしょうか。

志岐 私は学生時代、今の自分は全くイメージできていませんでした。実のところ、航空会社でかっこいい仕事ができると思って入社した面もあったのですが、入社後に配属された現場は肉体労働中心で、とにかく大変でした。失敗もたくさんしたので、順調にきたわけではないのですが、失敗のたびに様々なことに気が付くんですね。経験から得た、「たんこぶの数だけ人は成長する」をモットーにしています。結局、何が起こるか分からないというのが、自分の歩んだ道を振り返って思うところです。

島﨑 学生時代から海外で仕事をしたいと思い、総合商社への就職を希望しました。丸紅を選んだのは、部活の先輩が入社していた縁があったからです。私の経験上、やりたいことをいつも思い続けていると、必ず実現します。人生のいろいろなところで、大小様々な判断をしますが、それらはすべて目指している夢や目標につながります。この7年間、毎週土曜日に慶應大学院で教えているのですが、その学生たちは自分の夢ややりたいことについて強い思いを持っています。本人が自覚していなくても、その夢に向かってちゃんと進んでいることが、修了生と会うと感じることができます。

イベント「未来とのダイアログ」の様子 その2

自分の強味の活かし方

田中 今日集まっている学生のみんなは、海外に関わる仕事をしたいと思う人も多いようですね。赴任だけではなく、国内にいても海外とのやり取りが生じることもあります。その点から、英語力についてはどのようにお考えでしょうか?

島﨑 やはりface-to-faceで通訳無しに話せるのに越したことはないと思います。仕事のやり取りだけではなく、食事や日常会話など共有の時間を通じて人間関係を築き上げることが必要です。ただ、英語力をつけるための近道はなく、毎日の積み重ねしかありません。

秋池 同感です。ますますグローバルにつながる時代になっていますので、英語は必須と考えて、勉強する機会をつくった方がいいと思います。ただし、英語ができるからグローバルな人材になれるわけではなく、語る中身が重要ですね。英語力と同時に、何を語れるかという部分も磨いていかないといけないと思っています。

田中 志岐さんは卒業後ずっと全日本空輸で働いてこられました。キャリアについて考えるうえで、「働くモチベーション」をどう保ってきたかについて聞かせていただけますか。

志岐 確かに私はずっと同じ会社で働き続けていますが、職種で考えると、社内には本当に多様な仕事があるんです。異動や転勤のたびに、新しい職場で一から仕事を覚えることを繰り返してきたので、ある意味では飽きずにこられました。ある程度達成したらまた次の挑戦が待っているという感じですね。

田中 ここからは会場からの質問も交えて進行したいと思います。質問がある方は遠慮なく挙手をしてください。

大学生1 私は研究職に就きたいと考えているのですが、経営者から見て技術者に求めるのはどのようなことでしょうか?

志岐 全日本空輸の場合は、エンジニアリングとメカニックの2種類があります。エンジニアリングで考えると、メーカー側の視点で発想することと、ユーザー側の視点で考えるべきことの、大きく2つの観点があります。技術だけですべてを考えずに、バランスのとれた視点が必要になってきますので、大変かもしれませんがぜひ頑張っていただきたいと思います。

島﨑 技術がわかる強みを活かしてほしいと思っています。私自身は文系出身なので、エンジニアリングや建設領域の仕事で、技術的な部分で理解することが難しい局面があり、特に外国人のエンジニアと話す時は大変で、文科系の人が後から理科系を学ぶのはハードルが高いなと感じました。

秋池 企業経営者は、株主、お金の貸し手、地域社会や顧客からの期待に応えたいと思ってその役割を引き受けています。ですから、研究者に対してはその企業を成長させる技術をつくってほしいと考えるものです。それはもしかしたら、ご自身がやりたい研究とは少し違う場合もあるかもしれません。でも企業に就職して研究するということは、それが企業にどのように貢献できるかに応えることです。そこで成果を出すと、同じテーマの中でも次第に自分が計画出来る機会が広がってくる。特に若い頃は、自分がやりたい研究と重ならないことの方が多いかもしれませんが、それを理由に辞めてしまうのはあまりにももったいないですね。研究の先にある、お客様や社会への貢献に喜びを感じることができればよいのではと思います。

田中 「研究ありきの研究者」ではなく、その先を見る「研究者2.0」といえるようなキャリアモデルをつくっていくのがポイントなのでしょうね。他にはいかがでしょうか。

イベント「未来とのダイアログ」の様子 その3

学生時代だからこそできる体験をふんだんに

大学生2 僕らも、大学を卒業してから階段を踏んでいけば経営者になれる可能性があると思ったのですが、皆さんが今振り返って、大学時代にやっておけばよかったと後悔していることがあれば教えてください。

田中 いい質問ですね。島﨑さんからお願いします。

島﨑 ずばり勉強です(笑)。具体的にいうと、英語と歴史をもっとやっておけばよかったなと。体育会でしたので現実には厳しかったのですが、短期間でも留学しておけばよかったと思います。入社後に数え切れないほど海外へ行きましたが、学生の感性のうちに海外の学生と交流ができていたら、おそらく会社に入ってからのものとは違うものが得られたのではないかと思っています。

志岐 私は勉強とは言わないと思います(笑)。企業に入社した後ではできないこともたくさんあります。たとえば、いろいろな芸術を見にいくことです。もっと奥深いところで感動する体験をたくさんしておくと、感性が豊かになり、いろいろな発想ができるはずです。学生のうちは時間が多く、やれることがきっとあると思うので、会社に入ってからではあまりできないようなことを、思い切ってやってみたらどうでしょうか。

田中 英語を頑張る、感性を磨くはポイントですね。秋池さん、お願いします。

秋池 自分自身を振り返ると、あの頃は随分時間があったと思いますね。皆さんは今、授業もたくさん出なければいけないし、アルバイトや友達と遊ぶことで忙しいと思っているかもしれませんが、この先もっと忙しくなります。だから私は、もっと旅行すればよかったなと思いますね。今も旅行はしますが、学生時代にもっともっとしておけばよかった。あと、良く言われることですが年を取ると大長編小説が読めなくなるなど、時間的、体力的にできなくなることもあるので(笑)、若いからこそできることを是非たくさんやってほしいなと思います。

田中 時間の使い方に対する意識は大事ですね。他に質問はありますか?

質問者3 今の質問とは逆に、経営側に立ってみて、学生時代にやっておいてよかったと思うことはありますか?

志岐 冒頭に話した解体現場のアルバイトは、あの時しかできない経験でしたね。立ち寄ったピザハウスのおやじさんから、「あそこでバイトを募集してるよ」と聞いたんです。それがきっかけ。アルバイト代がかなりよかったのにつられて応募し、2tトラックが運転できたので雇ってもらいました。もう当時の会社はなくなってしまったのですが、そこの親方を心から尊敬しています。人の動かし方や、人に対する優しさなどを間近で見られたのは、学校にいるだけでは経験できなかったことだなと思っています。

秋池 私は文科系の趣味が多かったのですが、美術館にたくさん行く、本をたくさん読む、お芝居をたくさん観る、という経験ができたのはよかったです。社会に出てものすごく忙しくなって、例えば一年に1回しか音楽会に行けなくても、当時の経験のうえに今も自分なりに楽しむことができています。

田中 それぞれの異なる経験が伺えて興味深いですね。島﨑さん、お願いします。

島﨑 何と言っても、徹底して体を鍛えたことですね。ホッケーはチームスポーツなので、戦略とか戦術を組み立てて試合に臨みますが、その土台となる基本的な体力と技術がないと、戦略は役に立ちません。我々は体力、技術が強豪校に比べ劣っていたので、そこをとにかく徹底して鍛え上げ、それで格上の相手に勝てたこともありました。一方、負けたときは本当に悔しかったのですが、今になってみると、その悔しさや挫折が次の頑張りへのバネになっていたと思います。普段勉強はあまりしていなかったので試験直前だけ、毎日18時間勉強しましたがそれで何とか落第もせず卒業できました。会社に入って膨大な資料を読まないといけないときにその経験が活きているかもしれません(笑)そして何よりも学生時代に一生の友達を得たことです。今でも付き合いがあり、大きな財産となっています。

田中 ありがとうございます。あと2人ぐらい聞いてみましょうか。

イベント「未来とのダイアログ」の様子 その4

つらい時をどう乗り越え、目標に向かってきたか

大学生4 僕の父は、肉親や仲の良かった人が亡くなったときにつらそうだったのですが、人生で一番つらい時をどう乗り越えたかを伺いたいです。

秋池 大切な人を亡くす場面とは異なりますが、仕事のなかでも大変だな、苦しいな、つらいなということはいろいろとあります。でも、それを乗り越えない限り自分の気持ちは収まらない、解決しないのです。中には、今動いてもどうにもならないというときもありますが、そういうことも含めて私はとことん考えて、自分なりにでも前に進みます。元気でいないと頭も回らないので、たくさん寝のも大事です。

田中 長い人生を生きる中で、予期もしていないことが突然起こることもありますね。そのような事態の乗り越え方を身につけるのが大事なのでしょうね。志岐さん、島﨑さんはいかがでしょうか。

志岐 本当につらいときにはあまり遠くを見ないんです。視点をぐっと足元に向けて、今踏ん張っているテーマは何かということだけを考えます。あまり先のことを考えると、どんどん気持ちが暗くなっていく可能性があるので、徹底的に足元を見るのがすごく大事だと思っています。秋池さんとちょっと似ているかもしれませんね。

島﨑 真暗な夜でも、必ず朝は来ます。ただ、自ら動かないと次に進みません。それから、その問題の専門家に素直に、正直に相談するようにしています。自分一人で抱え込んでもなかなか乗り越えられないことが多いので、率直に関係者に相談することで、解決に向けた道筋ができるというのがこれまでの経験です。

田中 経験に裏打ちされた先輩の言葉は、響くものがありますね。では最後の質問です。

大学生5 人が仕事に就くときには、「人々に幸せを届けたい」「今の日本のこういうところを変えたい」っていう人間的な思いが、職種や仕事に反映されると思っています。皆さんが大学時代に考えていた「こういう人生を送りたい」とか「こういう人間になりたい」ということを教えてもらえますか。

田中 なかなか難しい質問ですが、トークセッションの締めくくりとしてお答えをお願いします。

志岐 働く以上は世の中のためになりたい、つまり、いろんな人に喜んでいただきたい、皆さんが喜ぶことをつくっていきたいという発想が大事だと思います。どんな仕事に就くかは別にして、こういう視点でビジネスの世界に入っていければいいなと思っていました。

島﨑 学生時代を振り返ると、「自分が将来何をやりたいか」についていつも考えていました。当時やりたいと思っていた海外での仕事のイメージは先進国ではなく新興国だったのですが、結果的に、中東やアジアで多々の仕事をすることができました。その仕事がその国のためになっているかどうかは、自分ではなくて周りが判断することだと思いますが、インフラビジネスを通じて多少はお役に立てたかなとは思っています。ただそれは学生時代から見えていたものではなく、結果として、今ならちょっと言えるかなというくらいです。

秋池 私も人の役に立ちたい、幸せな人を増やしたい、真面目に一生懸命生きている人に光を当てたい、というようなことを思っていました。自分がやりたいことを生かしつつ、それを実現するにはどうしたらよいかと考えるのもいいですし、やりたいことがなければ、今から見つけていくこともできます。目標が見当たらなくても、体を動かしてみたら見つかるということもあるかもしれません。そうして進んでいけばよいのではないでしょうか。

田中 ご登壇いただいた先輩、ありがとうございました。私自身は大学でキャリアデザインを教えていますが、社会に出て活躍されている方々ともっと近くで、もっとリアルな相互作用が生まれていけばよいと常日頃思っています。人生100年時代のライフキャリア論という専門的な観点から見ても、大学1、2年生という早い時期に、経営者の方々と対話する今日のような場を共有できたのはとても大きいことで、これからのライフデザインとライフラーニングを考えるうえで貴重な「財産」になったのではないかと思います。私自身も勉強させていただきました。改めて登壇者の皆さんに大きな拍手をお願いします。どうもありがとうございました。

画像:秋池氏

画像:志岐氏

画像:島﨑氏

画像:田中氏

開催概要

  • 主催経済同友会(協力:OB/OG訪問ネットワークサービス「ビズリーチ・キャンパス」)
  • 会期2018年10月29日(月) 18:30~20:30
  • 会場アーツ千代田3331
  • 参加大学1~2年生30人

プログラム

開会:横尾 敬介 経済同友会 副代表幹事・専務理事
第1部トークセッション
第2部ワイガヤセッション
閉会・記念写真

イベント「未来とのダイアログ」の様子 記念写真


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