「共助資本主義」で挑む社会経済「令和モデル」への転換
<2025年度4月通常総会 代表幹事所見>
代表幹事 新浪 剛史
1:共助資本主義
ちょうど2年前、代表幹事に就いて決意の第一声をこの場で発し、その中で「共助資本主義」という理念を提唱して、これをぜひ一緒に実現しましょうと訴えました。私の説明力の不足ゆえ、皆さんにはまだ十分にご理解いただけていないのではないかと思います。
しかし今、いわゆる「トランプ現象」により世界が歴史的な転換点を迎えています。この激動の中、私たちは何に依って立ち、どこに向かうべきなのかが、改めて問われています。
私は、今こそ、世界に多くの痛みを募らせた「収奪的社会」を、コミュニティーを再生させ助け合う「包摂的社会」に変えていく必要があると強く確信しています。これを実現する新たな理念が「共助資本主義」なのです。
米国では、高校生の実に半分が持続的な絶望を感じており、米国人全体の36%が頻繁に孤独を感じています。親しい友人がいない人の数は2000年以降4倍に増え、いまの幸福度を「最低」と考える人の割合は5割も増えました。
世界最大の経済大国、米国に何が起きているのか。
それは、一部の恵まれたビッグテックや金融業界の人たちが成長の果実を独占し、共同体が支える包摂的なコミュニティーが破壊され、超個人主義が蔓延する収奪的な社会が作り上げられた結果、行きつくところまで行ってしまったということではないかと思います。
特に、米国のビッグテックは、グローバリゼーションを味方につけ、新たな成長分野であるデジタルやAIの領域でイノベーションを起こし、桁違いな企業価値を形成してきました。デジタルの巨人を除けば、過去20年のS&P500の成長率はTOPIXと大差はないという試算もあります。
その一方で米国内には、グローバリゼーションの恩恵を受けられず、テクノロジーの進化からも取り残され、製造業にいて、職を失ってしまった人が数多く出ました。しかし、成功者たちは、この両者の間にすさまじい勢いで拡大した格差を顧みることをせず、ひたすら自らの富を拡大することに専念しました。
それに対して生じた怒りがMAGA(Make America Great Again)を生み、関税政策を激しく唱えるトランプ大統領を再度誕生させる原動力となりました。
日本においても全く他人事ではありません。資本からの所得に対する緩やかな課税制度のもと、富裕層に分類される世帯数が増え続ける一方で、子どもの9人に1人が相対的貧困にあります。企業もまた、生産性が上がって業績が向上しても、十分な賃上げで応えることを長年怠ってきました。
若者の自殺率はOECD平均の1.5倍以上です。ソーシャル・メディアには不安や怒りなどの感情があふれ、ポピュリズムによって健全な民主主義の機能が損なわれつつあります。政治も、企業も、強い不信にさらされています。
このままでいいはずがありません。
2024年にノーベル経済学賞を受賞したMITのダロン・アセモグル教授らの警鐘を真摯に受け止める必要があるのではないでしょうか。いわく、AIやデジタル・プラットフォーム企業が「勝者総取り」を加速させ、富が極端に集中する収奪的社会を生み出している。テクノロジーと市場の帰結は自動的に行き渡らず、むしろ既得権益化して格差を拡大してウェルビーイングを損なう。ゆえに、政策と制度設計によって社会に包摂性を取り戻さなければならない――。これは、卓見だと思います。まさに、そのための理念が「共助資本主義」です。
今や、資本主義の生み出したひずみは、公的機関による「公助」だけで補うにはあまりに大きすぎます。もちろん公助のあり方にも問題は数多くあります。
しかし、これを改めつつ、拠って立つ社会自体を持続させていくために、「応能」――つまり、成功した者、企業などの民間セクターが、その成長の果実に応じて利益を還元していくこと。失った信用を取り戻し、企業を中心に「共助」を構築していく。
社会を分断させるのではなく、ウェルビーイングをもたらすように資本主義をバージョンアップすべきだと強く感じています。
私は代表幹事に就任して以来、皆さんと新公益連盟やインパクトスタートアップ協会と連携しながら、この共助資本主義の実現を目指してきました。
バブル以降に生み出された非正規社員、氷河期世代など、社会の分断は確実に進行してきました。そんな中にあって孤立する若者を支援するサンカクシャや、困窮する子どもたちに食卓を提供する「子ども食堂」など、すばらしい実行力で奮闘している方々がおられます。
こうしたNPOやインパクトスタートアップ、アカデミアなど多様なセクターと企業が連携し、互いの得意分野を持ち寄れば、さらに大きな力となり、共助がはぐくまれます。
企業は、ソーシャルセクターに対して、ヒト・モノ・カネなどの資源を投じて支援していく必要があります。資金面では寄付による税制優遇や企業版ふるさと納税の枠組みが活用できます。しかし、使い勝手が良い仕組みとは言えません。政府に改善を強く求め、共助の拡大に繋げていきたいと思います。
私たちの立場は、決して成長を否定するものでは全くありません。むしろ成長は欠かせません。言うまでもなく、共助資本主義の前提には、資本主義による経済成長がなくてはなりません。
アセモグル教授たちが提唱する包摂的経済社会こそ、失敗を恐れず果敢に運命を切り拓こうとする共助資本主義の社会です。そこに宿ったアニマル・スピリッツは、新たなイノベーションを生み出し、必ずや企業に成長をもたらしてくれます。同時に、社会からの信用は、企業に、共同体に支えられた強靭なレジリエンスをもたらし、中長期的にも企業価値を大いに高めます。
その豊かな社会から生まれた活力がまた、共助への貢献を可能にしていくことになります。共助資本主義のもと、「挑戦」と「包摂」の両立から生まれるこの循環を、世界に先駆けて、日本にて実現していこうではありませんか。
2:新陳代謝による経済の再成長
さて、みなさんご存じの通り、日本の産業競争力は毎年下がっています。共助を支えていくのは企業の成長力です。これを高めていくためには、新陳代謝によるダイナミズムが不可欠です。
新たな技術やビジネスモデルを持つスタートアップが次々に生まれ、これに負けないために既存企業もまた自らの中に革新を生み出そうともがく。AIの活用を大胆に推進し、人口減少社会でも勝ち抜けるよう生産性を高める。
人材やデジタルに手厚く投資していくために必要な体力を手にすべく、単独で生き残れないのであれば合従連衡も進めていく。競争に勝ち抜くためにも、あらゆる企業が非連続的な挑戦を試みなければならない時代です。
その一方で、役割を終えた企業は市場から退出してもらわなければなりません。その厳しい選別の先に、日本経済を支える企業が、皆、生き生きと輝いて新たな価値を作ろうと挑み続けるような社会や風土が生まれてきます。
ただし、そこで忘れてはいけないのは「人材」の視点です。誰もが、自らの意思で最も輝ける場所を選び、新たな機会をつかみ取れる社会を作る。そして、賃上げのモメンタムを継続させ、恒常的に実質賃金を引き上げていかなくてはなりません。競争力ある企業は、魅力的な機会や待遇を提示できるため、優れた人材を集めることができ、さらなる成長を遂げることになります。
人材の流動化は、企業の退場に備えるセーフガードであると同時に、ダイナミックな新陳代謝を促す力の源泉にもなっていくでしょう。とりわけ、雇用の約7割を占める中堅中小企業の多くに、人材や技術に投資できる体力を培うための合従連衡を促していくことになります。
3:重点7分野における「令和モデル」
デフレマインドから脱却しつつあるいまこそ、また、米国が世界を大きく変えようとしているいまだからこそ、30年の眠りから目を覚まして、実態から乖離した古い因習や仕組みを廃止して、時代にマッチした「令和モデル」に置き換えていく必要があります。具体的になすべきことについて、重要な七つの視点を挙げます。
第一に、「公助」の効果、効率を引き上げることです。
「共助」に企業がしっかりと取り組む一方で、本来の行政の機能である「公助」にも大胆にメスを入れていく必要があります。日本の社会保障は、勤労者の大半を占める給与所得者が重い負担を背負うことで維持されています。
低所得に苦しむ多くの勤労者が、その負担に勤労意欲を失っているという現実もあります。これを「応能」の原則で、負担できる力のある人がより多く担う仕組みに変えていく必要があります。
マイナンバーに紐づけられたデータ管理の仕組みがあれば、個々人の経済状況を照らし合わせて負担の割合を算出することができます。例えば医療・介護分野における自己負担は、所得などの経済状況や、疾病・負傷の重篤度によって負担を変えていくことができるようになります。
一方、年金制度については、働く意欲のある個人の、「年収の壁」による「働き控え」をなくす必要があります。第3号被保険者制度を段階的に廃止し、第2号被保険者に移行する改革と、老後の安心の備えとなる基礎年金制度の改革がともに求められます。
第二に、人口減少と人手不足を、制度と技術で克服していくことです。
「働き方改革」の本質を見直す時期を迎えているのではないでしょうか。一律で働けなくするのではなく、働く意欲を持つ人たちが働きやすい仕組みに変えていく必要があります。
労働契約法をもとに企業と個人が柔軟に契約を結べるような枠組みを導入し、同時に、デジタルを駆使して個々人の健康を維持・管理するための仕組みも取り入れて、元気であれば、年齢にかかわらず、それぞれの家庭環境に応じて最適な働き方を選択できるようにしていかなければなりません。
こうした「真の働き方改革」は、労働投入量の増加につながり、潜在成長率を引き上げることになります。働く人たちが、望むかたちで働けるようになることは生産性向上にもつながるのではないでしょうか。
次いで、現在、外国人財が増加しています。とりわけ、エッセシャル分野における人手不足に対応すべく、外国人財の中長期的な雇用に結びつけていく必要があります。そのための地域社会における共生の道を見出していかねばなりません。ここにも企業が活躍する余地があるはずです。浜松市の事例は大変参考になります。
また、一人あたりの生産性を高め、人手不足を解消していくためには、AIの徹底的な活用が不可欠です。人間よりAIの生産性が高い分野は任せつつ、AIによって代替される職業にある人材を、もっと人間にしかできない仕事に移行してもらうべきでしょう。併せて、AIが社会悪に利用されることがないように、どう規制していくかという議論も必要です。
第三に、既得権益を打破して規制改革、規制緩和を進めることです。
経済にダイナミズムをもたらす新陳代謝を実現していくためには、既得権益を打破して、野心あるスタートアップの闊達な挑戦と、それを支える旺盛な投資を民間から呼び込んでいかなければなりません。
ライドシェア新法の導入、混合診療の拡大、医療費を抑制しつつ質の高い医療の提供を目指す病院の株式会社化など、やるべきことを妨げる規制を撤廃、または緩和していかなければなりません。
第二に挙げた、年齢にかかわらず働きたいだけ働ける社会を実現するには、健康寿命を延ばしていく必要がありますが、そのためにも予防医療を拡充していかねばなりません。
規制緩和・規制改革によって可能になるこれらの事業領域は、企業にとって新たな市場になります。日本経済がデフレからインフレへと転じていく中で、約340兆円に達する民間企業の余剰資金を国内投資に向ける経済政策が必要とされており、まさに起爆剤にもなります。
第四に、財政規律を明確にし、戦略性を持ったワイズスペンディングを実行していくことです。
防衛、社会保障、基礎的R&Dなど、確実に必要性の高まっていく財政需要が高まっています。世界で不確実性が高まっており、不測の事態に備えるためにも財政力が重要です。
また、国債の信認を守るためにも、財政規律は維持していかなければなりません。経済を活性化して歳入を増やすとともに、EBPMを徹底し、効果のないものや既得権益のために維持されている支出は大幅に縮小する必要があります。
第五に、地域創生です。
東京への一極集中を是正し、地方に活力を取り戻すことが必要です。しかし、今までうまくいっていません。それは、全国一律の中央集権的な地域政策では、地域ごとの課題に対応しきれていないからではないでしょうか。
そこで、国から都道府県へ大幅な権限移譲を進め、都道府県が責任を持ち、基礎自治体が地域の実情に合わせた創意工夫を大胆に実行できる仕組みを作る必要があります。道府県には、地方交付税交付金に加えて、もっと自由に使える資金も用意すべきです。国が、チャレンジする地域に資源を提供し、競争を促していけば、成長への挑戦や意欲、アニマル・スピリッツが生まれてきます。
同時に、野放図なバラマキにならないように、各地域のチャレンジを3年、5年、7年など定期的に第三者機関でエビデンスに基づいて検証しつつ、これを「見える化」して、自治体間の競争を促進していく必要もあります。10年も経てば優勝劣敗が決し、新たな企業城下町が形成され、旺盛な成長を遂げる自治体が出てきます。そうした自治体には徴税権を与えることも検討してはどうでしょうか。地域が自ら考え、挑み、稼ぐ文化を育んでいく。これが地域創生の将来像ではないでしょうか。
第六に、確かなエネルギー戦略を持ち、これを実行していくことです。
まずは、第7次エネルギー基本計画の確実な実行が大原則です。さらに、カーボンニュートラルの実現やAI社会におけるエネルギー需要の激増などに備えるため、避けては通れない原子力の活用を進めていく必要があります。
原子力規制委員会で安全性が認められた原発はしっかりと再稼働させていくと同時に、小型モジュール炉などの次世代原子炉や核融合など新エネルギーの研究開発を推進していかなければなりません。
併せて、電源立地から距離が離れるほど高い電気代を負担する仕組みなどの工夫を取り入れ、電源地域に新たな産業を生み、雇用を生んで地方創生にも繋がるような、いわば「地産地消型」のエネルギー政策を作り上げていってはどうでしょうか。
第七に、地政学リスクを乗り越える外交・安保政策を打ち出すことです。
戦後の国際社会が営々と築き上げてきた秩序が危機に瀕しています。
企業にとっても、極めて不確実性の高い経営環境となっています。政府と民間が連携し、グローバルな環境変化に関する予見可能性を向上させていく必要があります。
外交・安全保障においては、まず、自らの国は自らで守るという自立性を確立すること、そのための抑止力の強化が必要になります。そして、アジアの安定に向けて、米国との同盟に加え、QUADのインド、豪州、同志国である韓国、フィリピンなどとの連携を強化していかなければなりません。日本はハイスタンダードなCPTPPの加盟国を増やすことに努めつつ、RCEPへのグローバルサウスの参画を促すべく、一国だけがメリットを得るようなことのないように、互恵性を高めていくべきでしょう。
本年はTICAD9が開催されます。TICADを機に、アフリカとの関係を強化する官民の取り組みをより深化させることは、グローバルサウスと日本との関係強化という国益につながってくるでしょう。
4:会員エンゲージメントを高める活動の強化
最後に、代表幹事2期目の経済同友会の運営について方針をお話しします。
会員の皆様と一緒に、日本が抱える課題を一つひとつ見出し、脳漿をしぼり、汗をかきながら乗り越える道を模索してきたいと思っています。
そのためには、まず、会員である経営者が地政学など最新の世界動向を共に学び、相互に闊達に意見を交わせる場を作っていきます。今の時代の企業経営に必要な最先端の知見を学ぶラーニングの場を作りつつ、ネットワーキングの機会を拡大します。会員がこれらの場で得た知見や洞察を自社の経営に活かすことで、その総和となる日本の経済力を強化していくことにつなげていきます。た、会員同士の議論から生まれた政策提言を、提言に終わらせるのではなく、実現させるために粘り強く取り組んでいきます。
政策本位の政治を実現し、国民の活発な議論を促進していくために、来年2月に迎える経済同友会80周年にも向けて、政策評価を担うシンクタンク機能の設置について検討します。
政策実現のためにも、経済同友会としてのメッセージの発信力を高めていく必要があります。ソーシャル・メディアや動画メディアを活用するなど、令和の時代に即した広報戦略を実行し、私たちの提示する政策に対する社会の共鳴を生み出すことで、政策の実現性を高めていきたいと思います。
日本の未来のために、包摂的社会をベースとした共助資本主義に向け、ぜひ皆さんと一緒に歩んで参りたいと思っています。これから2年間、全力で走り切ります。引き続き、ご支援をどうぞよろしくお願いいたします。
以上