代表幹事の発言

Japan2.0へ「SAITEKI社会」を描く【2016年度通常総会・代表幹事所見】

公益社団法人 経済同友会
代表幹事 小林 喜光

はじめに

皆様、本日はご多忙のところ、ご出席を賜り誠にありがとうございます。2016年度通常総会における代表幹事所見を述べさせていただきます。

経済同友会は新進気鋭の中堅企業人有志83名が結集して誕生しました。そして、明後日、4月30日に創立70年を迎えます。本会は、設立時に「荒廃した日本経済の再建」と「日本経済の民主化」という二大目標を掲げました。そして、この70年間を通して、日本の経済社会の発展と企業経営の改革に、大きな役割を果たしてまいりました。

しかし、我々は再び、終戦当時に匹敵する程の激変期にいます。グローバル化、IT化、ソーシャル化という世界的な大変革のうねりは、技術革新の加速とも相俟って、いよいよ奔流となりつつあります。この3つのうねりは、社会基盤、社会構造、そして社会規範さえも大きく変えていくことでしょう。ここで重要になるのは、3つの奔流を捉えることができるのか、あるいは押し流されるのかでございます。

1年前、私は代表幹事就任挨拶の中で「過去の延長線上に未来は無い」という危機感を皆様と共有させていただきました。同時に、戦後の70年間を「Japan 1.0」と位置付け、2020年を境に「Japan 2.0」が始まると述べました。

Japan 2.0 を目の前に、まず取り組むべきことは、新たなる持続可能な社会の姿を超長期視点で描くことです。国家百年の計の思いを持って、例えば30年後である2045年頃の経済・社会・国家・地球を目標に定め、バックキャスティングでその実現を目指していくことであります。そう考えると Japan 2.0 が始まるまでの準備期間は、非常に貴重な時間であり、残り5年弱のうちに、自己、自社、自国を改革していかなければなりません。

この激変期を上手く乗り越えられるかは、第1にリアルとバーチャル、第2に付加価値と効用、第3に個と集団という関係性の変化を的確に捉えて、我々が目指す社会の姿に道筋をつけられるかにかかっていると思います。

2021年から始まる Japan 2.0 の推進役は、間違いなく若者です。果敢に、俊敏に挑戦する若者世代が主演し、知識と経験が豊かな高齢世代の方々が助演する社会を念頭に、お話しを展開していきたいと思います。

1.リアルとバーチャル —経済活動の変化—

先程のリアルとバーチャル、付加価値と効用、個と集団という3つの関係性ですが、「過去と未来」を考えると、我々は今、まさに変曲点にいることを実感いたします。

第1は、モノに代表されるリアルな「重さのある経済」とネットに代表されるバーチャルな「重さのない経済」の関係性です。これは私がよく用いる表現ですが、改めて、簡単にその概念をご説明いたします。

日本経済は製造業を起点に明治以来ここまで発展してきた訳ですが、今後は日本経済ばかりでなくグローバル経済でも、付加価値の比重はモノからサイバーに移行していくと考えています。モノの時代でも付加価値は、トン、キログラム、グラム、ミリグラム、マイクログラムへと軽量化の方向にシフトしてまいりました。サイバー空間の時代には重さの無い情報が付加価値を生むことは、皆様も日々のビジネスの場面で感じていると思います。

これを私は「z=a+bi」と言っております。「a」は「atom」、「b」は「bit」あるいは「byte」、そして「i」は「internet」の「i」であると同時に、「imaginary number」虚数の「i」です。これが2021年以降の世界をきれいに表現しているのではないかと思っています。学生の頃に習った複素数を思い出していただきたいのですが、zの大きさは|z|= ルートa二乗プラスb二乗で表すことができますが、これは経済の大きさとは、重さのあるリアルなモノや物質だけではなくて、重さのないバーチャルなコトや情報も大きさとしてカウントできることを意味しています。

それでは、過去と未来について、例えば、コンピューターについて考えてみます。文字通り電子計算機は、電子的に計算する機械から始まり、記憶する機械、思考する機械へと発展してきましたが、ここで意志をもつ機械へと突然変異的に進化する可能性が出てまいりました。

また、情報やデータについては、平均値の算出は大量生産・大量消費、ロングテールの捕捉は価値観の多様化など、時代に即して付加価値の源泉になってきたと考えています。ここに来てリアルタイムかつ全量データの把握・分析が技術的に視野に入ってきました。これによって、人間の深層心理や本能に由来する未知の事象、自然科学の規則性の発見とその活用可能性など、特にバイオテクノロジーの分野を中心に未開のフロンティアが大きく広がっていくことでしょう。

まさに、これがリアルとバーチャルの関係における変曲点で、経済活動は大きく変わりつつあります。

バーチャル経済の分野では、米国発のベンチャービジネスが先行し、プラットフォームや社会インフラとして、圧倒的な基盤を築いています。

これから日本企業が巻き返すには、リアル経済とバーチャル経済との融合や相互作用を、上手く利用することがポイントではないでしょうか。第4次産業革命の到来を視野に、緒に就いたばかりのシェアリング経済や、もともと我々が得意なサーキュラー経済、すなわちグリーン指向の循環経済で、日本が世界をリードすることは十分可能です。

2.付加価値と効用 —GDPでは捕捉できない効用との関係性—

第2は、成熟経済下で顕著になる経済活動の本質となる部分で、付加価値と効用の関係性です。一般的に、付加価値は企業等が生産過程で生み出した価値であり、効用は人々が商品・サービスを消費する際に得られる満足の度合い、あるいは使用価値と理解されています。

そこで過去と未来を考えてみたいと思います。主要な経済統計であるGDPは、付加価値の総和です。これは物質的に充足することで人々が幸福と感じる状態では、適切な尺度でした。しかし、物質的に満たされた状態、イノベーションの加速でより良い商品・サービスがより安価で、次々に供給される状況では、GDPだけではなく効用というメトリック、すなわち測定基準がなければ、経済の実態を把握することができなくなっています。

GDP統計は、政府の極めて重要な政策の立案と実行に用いられています。例えば、経済成長の目標になっていることは皆様ご存知の通りですが、これまでに消費税率引き上げ、ひいては衆議院解散にも少なからず影響を与えたことがありました。経済統計が抱える価値と価格の乖離という不完全性による弊害は、最早、無視しえない程に大きくなってきています。

また、限界費用ゼロや無料のサービスが、既存の有料サービスを代替することが身近なところでも増えています。有料サービスが縮小・消滅した分だけGDPは小さくなりますが、他方で無料サービスはGDPには計上されません。ただ、人々の満足度や利便性が大きく向上していることは間違いありません。

さらに、世界における若者世代の変化を見逃すことはできません。

昨年12月に本会が派遣した米国ミッションは、未来を予感させる大変興味深いものでした。米国でミレニアル世代と呼ばれる1980年代、90年代生まれの多数の若者と面談しました。その結果、彼らはデジタルを駆使して膨大なデータを活用し、仕事の選択に際しては「自分が働く組織の社会性と、それにどれだけ自分が貢献・参画できるのか」、投資家としては「投資がもたらす社会や環境への影響を重視し、持続的・長期的な価値を重んじる」という価値観に添って判断・行動しはじめているようです。また、彼らは例外なく、モノより行動の方向性に価値を見出しており、モノはステータスではなく、道具に過ぎないという考え方を持っているそうです。ミッション報告書は、ミレニアル世代がもたらしつつある価値観の変容は、これまでの格差を中心とした経済・社会の矛盾に対する反動であり、それ故に世代や地域を超えた影響力を持っているのではないか、と指摘しています。

豊かな時代に生まれた今の若者には、大きな会社に入ってたくさんお金を稼ぐことよりも、社会、そして世界を変えることが最大のモチベーションになるという人が増えています。

まさに、これが付加価値と効用の関係における変曲点で、人々の満足感は大きく変わりつつあります。

3.個と集団 —枠組みの変化—

そして、第3は、個と集団の関係性です。これには、国家と世界、市民と議会、経営者と企業、地方と国など様々なバリエーションがありますが、特に個と集団における個、すなわち人に着目しながら考えていきたいと思います。

まず、国家間の枠組みについてです。昨年、COP21パリ協定とTPP協定の交渉が、それぞれ会期を超えて議論し、合意したことは画期的でした。日本は勿論、各国から集まった交渉責任者の強い意志に大変勇気づけられました。

しかし、TPP協定については、残念ながら今通常国会での承認が見送られることになった訳ですが、変革の機運が後退するようなことがあってはならないと思います。

次に、政治の分野では、数年前は何も決められない「ねじれ国会」を我々は憂慮していましたが、3年4カ月前の安倍政権発足を機に政情は変わりました。夏の参院選を前に、民進党の誕生や共産党も含めた野党協力の動きがありますが、是非、政策本位で選挙戦に臨んでいただきたいと思います。さらに、改正公職選挙法による選挙権年齢の引き下げを契機に、18歳、19歳、そして20歳代、30歳代の「若き一票」が政治を変えることに期待しています。

なお、米国大統領選挙の候補指名争いは、民主党はヒラリー・クリントン氏、共和党はドナルド・トランプ氏が優勢となっています。トランプ氏はその個性と発信力で注目を集めていますが、雌雄を決するのは政策論争です。米国大統領は、同盟国である日本、そして世界に与える影響が大きいだけに、今後の大統領選を注意深く見守っていきたいと思います。

さらに、企業経営の分野では、日本企業はM&Aや、コア事業を買収しノンコア事業を売却するといった「選択と集中」がまだまだ不十分です。我々自身が、経営者の心の内なる岩盤を打ち破っていかなければなりません。

一方、海外では、大胆なM&A案件は枚挙に暇がありません。昨年、世界最大の製薬企業を目指して、米国のファイザーとアイルランドのアラガンが合併に合意したことを発表しましたが、今年になって米国が節税目的のM&Aに対する新たな規制を導入することを決定しました。その結果、両社は合併を撤回した訳ですが、オバマ大統領が記者会見で述べた「米国には富裕層や大企業だけが使える抜け道がある」という言葉に、彼の強い意志を感じます。多くの日本企業の経営者は、日本で納税すべきと考えていますが、今回の件は、企業の社会的責任に対するグローバル企業の経営者の認識に一石を投じたのではないかと思っています。

地方創生にみられる地方と国の関係も含めて、まさに、これが個と集団の関係における変曲点で、社会の様々な枠組みが大きく変わりつつあります。

なお、医療・介護では、地域医療連携推進法人、いわゆる非営利ホールディングカンパニー型法人制度で統合を指向、電力自由化によるエネルギーの地産地消化などに伴ってシステムの分散を指向しています。このように、最適化を図るために個々にダイナミックな統合と分散が始まっています。

4.SAITEKI社会で目指す国家価値の最大化

改めて、我々は今、財政悪化や少子高齢化、人口減少、それにグローバルアジェンダなど様々な課題に直面しています。持続可能な経済・社会・国家・地球の構築は、焦眉の急であります。2020年までの激変期を乗り越えて、2021年から始まる Japan 2.0「SAITEKI社会」を迎えたいと考えています。

私は一企業の社長として、持続可能な経営を実現するために思い切った改革を断行し、エコノミクス、テクノロジー、サステナビリティの3次元からなるKAITEKI経営を主導してきました。

経済同友会の代表幹事として、就任以来1年間、民間主導の経済社会を基盤にした持続可能な社会の構築について考え続けてまいりました。結論として、やはり基軸となるのはエコノミクス、テクノロジー、サステナビリティであると確信するに至りました。

本日から、この3次元を用いて全ての政策を評価し、国家価値の最大化を目指す、SAITEKI社会の実現を主導していきたいと決意しているところです。

ここでSAITEKIの意図するところを簡単にご説明いたします。

我々が直面する課題は、様々な要素が複雑に絡み合って生じている訳ですが、自然科学でも社会科学でも、サイエンスの視点から見れば、最適解があるはずです。同時に、最適解は、制約条件や環境変化、時間の経過などによって、当然変化します。

さらに、最適解には、足して2で割る式の中庸なやり方ではなく、論理と思考を尽くし、激しいせめぎ合いや絶妙な連携などを経なければ、到達することはできません。

具体的に、3次元の各軸ごとに話を進めていきたいと思います。人間でいえば、勝つためには、心・技・体の総和あるいはバランスが必要であることと類似します。

まず、X軸はエコノミクス、すなわち「体」であります。問題になるのは、経済統計のあり方で、付加価値と効用の関係性です。金融緩和の出口論、資本効率の最適化、働き方の改革、経済成長と財政健全化の同時達成などの問題が該当します。

Y軸はテクノロジー、すなわち「技」であります。イノベーション・エコシステムの構築、来たるべき新産業革命に向けたBig Data、Internet of Things(モノのインターネット)、Artificial Intelligence(人工知能)、Robotics(ロボット工学)等の利活用などが該当します。そして、AIによって失われると言われる雇用は、激しいせめぎ合いが予想されますが、これら社会的インパクトもY軸に関連する問題です。

Z軸はサステナビリティ、すなわち「心」であります。日本固有の問題としては、税と社会保障の一体的な再改革、人口減少などが該当します。また、グローバルアジェンダなどは、積極的に取り組んで世界に貢献できれば、日本の国家価値自体も大きく向上します。これに該当するのが、安全保障、貧困・格差問題、地球の気候変動などの問題です。

勿論、X、Y、Zの各軸は、相互に関連しています。国家価値は3次元のベクトルで表すことができ、その絶対値の最大化を目指す訳ですが、我々が考える国家価値は、民間主導の経済社会の基盤の上に成り立っています。ROEの改善は経営者として最大限努力しなければなりません。しかし、その大前提となるのが、普段からの誠実かつ透明な経営の実践、コンプライアンスの厳守、そしてコーポレート・ガバナンスの徹底です。社会からの信頼を失った企業は、国家価値への寄与どころか、その存在意義すらありません。経営者や従業員、究極的には人としての倫理なくしては、国家の持続的発展はないことを肝に銘じておきたいと思います。

おわりに

経済同友会は、2021年から始まる Japan 2.0「SAITEKI社会」の実現に向けて、全ての政策提言活動を集中してまいります。各政策委員会は、秋口までに、主要な課題について、その論点と最適解への道筋を整理します。それらを受けて、11月21日に開催する経済同友会創立70周年記念式典で Japan 2.0「SAITEKI社会」の姿を発表いたします。

早速、明日、4月29日、私が団長を務める代表幹事ミッションはイスラエルへ向けて出発いたします。ITとサイバーやバイオテクノロジーと遺伝子工学などの分野で異彩を放つスタートアップ・ネイションを訪問し、SAITEKI社会の主軸の1つであるイノベーションについて、産、官、学の当事者と意見交換を行う予定です。5月からは政策委員会活動が本格的にスタートし、6月にスタートアップ・ミーティング、7月に夏季セミナーを開催し、その後、同じく代表幹事ミッションで中国、9月には米国を訪問するなど、2016年度は経済同友会の総力を挙げた活動を次々と展開してまいります。

会員の皆様には、今後とも積極的なご参画、ご支援・ご協力をお願いいたしまして、私のご挨拶とさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。

以上

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