代表幹事の発言

改革実行の正念場を迎えて
- 2001年度(平成13年度)通常総会 小林陽太郎代表幹事 -

社団法人 経済同友会
代表幹事 小林陽太郎

目次

ビジョンから行動へ
今年度における経済同友会の行動
企業や企業人が構造改革の実現に向けてなすべきこと
構造改革を進める政治の使命感と実行力
前に向かうための構造改革のパッケージ
全会員の「志」の結集と同友会組織の改革

ビジョンから行動へ

日本にとって、特に日本経済にとってまさに正念場ともいえるこの大事な時期に、引き続き代表幹事を務めるようにとのご推挙を頂戴した。誠心誠意、全力を尽くす所存であるので、会員各位のご支援とご協力、そして何より会員各位の同友会活動への積極的な参画をお願い申し上げる。

私達は、これからの日本のあり方、経営者や企業の役割と責任、そして経済同友会の使命について多くの議論を重ね、昨年末に『21世紀宣言』を公表した。その中で、「我々企業人は、企業が個人の価値観や生き方に大きな影響を与える社会的存在であることを認識し、新たな国づくりに積極的に関る」という決意を表明した。そして、今後10年間程度を見すえた新しい時代の企業のあり方として、企業が「経済性」の極大化にとどまらず「社会性」「人間性」を含めて多面的に評価される「市場」の構築、すなわち「市場の進化」へ向けてイニシアティブを発揮することを掲げた。

その意味でも、改革実行の正念場を迎えた今年度は、既に『21世紀宣言』でフォーカスされたビジョンと我々自身の使命を実現するための「具体的な行動」に最大の力点をおいて活動していかねばならない。

今年度における経済同友会の行動

経団連と日経連の統合など財界再編が進みつつあるが、我々は、経済界における経済同友会の位置付けと独自性をさらに明確にし、従来の経済4団体という枠組みにとらわれることなく、政治、経済、外交、教育など様々な分野で積極的に発言・行動し、新しい国づくりに先導的役割を果たしていく。

まず今年度の喫緊の課題として、我々が考える具体的な経済構造改革のパッケージを早急に取りまとめると同時に、構造改革の実行に対する政治の姿勢を厳しく注視していく必要がある。

次に、『21世紀宣言』の具体化に向けて、「市場の進化」という考え方を理論的かつ実証的に深めていく。経済性のみならず社会性、人間性を含めて評価する市場へと進化させるために、そうした考え方を経営の現場でどう具現化し、経営手法として活用していくのかについて、早急に検討する。

また、新しい国づくりに向けて、政治システムの改革をはじめ、人づくり、教育問題などについて具体的な行動を伴って積極的に関っていくと同時に、郵貯改革、憲法問題など難しい課題に対しても突っ込んだ議論を行なっていく。特に、喫緊の課題である行財政改革に関しては、全国の経済同友会の共同プロジェクトとして、地方行財政全国会議(全国経済同友会地方行財政改革推進会議)を発足させ、新しい地方行財政システムの具体策を民間の立場から提案していく。

このように、今年度は経済同友会にとって、多くのチャレンジが待ち受ける非常に重要な年である。また、同時に日本経済にとっても、 新たな国づくりの第一歩である構造改革へと踏み出すターニングポイントとすべき大事な年となる。以下では、構造改革の実現に向けた、私の基本認識について述べさせていただく。

企業や企業人が構造改革の実現に向けてなすべきこと

まず最初に申し上げたいことは、我々は今まさに、痛みを乗り越えて構造改革を前進させなくてはならない正念場に来たということである。

すなわち、バブル崩壊後、総額百数十兆円にも及ぶ需要面に偏った景気対策の効果が一時的なものに止まり、経済再生のための強固な基盤を作り上げることはできなかったという厳然たる事実を、我々は真摯に受け止める必要がある。そして、今こそ、「景気優先」を言い訳として悲観論とともに構造改革を先送りし続けてきた過去10年あまりの繰り返しを断ち切らねばならない。

米国では、第1次オイルショック以降の深刻な経済停滞にみまわれた際に、国の先行きに対する政治家、国民の恐怖ともいえる危機感をバネに、政治は国の仕組みを大きく変え、企業が事業の組替えや切り捨てなど厳しい改革を断行し、経済の閉塞的な状況からの脱出に成功した。

構造改革とはヒト・モノ・カネをより成長性の大きい分野へ再配分することである。その意味で構造改革を実行する主体は企業である。しかし、わが国の現状を見れば、過去の負の遺産を解消し再出発に踏み出した企業はわずかであり、依然として多くの企業は過剰債務や過剰雇用の解消に躊躇していると言わざるを得ない。

したがって、構造改革を推進するためには、なによりもまず我々経営者が構造改革を自らの問題と受け止め、強い意思と責任感を持ち、新たな付加価値の創造に向けて、資金や雇用をより生産性の高い分野へシフトさせるリエンジニアリングへ取り組むことが不可欠である。

むろん企業部門の再生の過程では、経営的に破綻している企業の淘汰や失業の増加など、改革に伴う痛みが生じることは避けられない。今後数年間は、構造改革を進める上での正念場である。

そこでは、改革の痛みに躊躇して立ち止まるのか、それとも日本経済の再生に向けた「改革の過程」とみて痛みを覚悟した上で、前に向かって行動できるかどうか、我々一人ひとりの覚悟と決意が問われることになる。もしそれができないのであれば、次の世代へ早くバトンタッチすることも、責任ある選択の一つである。

構造改革を進める政治の使命感と実行力

次に申し上げるのは、構造改革を進める上での政治の役割についてである。特に、本日は新しい総理が決まる。新総理には不退転の決意と高い使命感をもって、リーダーシップを発揮していただきたい。

まず第一に、新政権は国民さらには国際社会に対して、これまでの「危機の表面化を先送りする」ための「モラトリアム政策」から脱却し、「将来に向けて構造改革を中心とした政策を進める」という明確なメッセージを発信する必要がある。

そして、目指すべき日本経済全体の将来像を提示した上で、あえて国民の不人気を覚悟しても「不良債権の最終処理や企業部門の再生などの構造改革によって、結果として一時的には経済のマイナス成長が避けられないことがあっても、それを乗り越えた後には着実なプラス成長の達成と、最終的な国民の利益がある」というシナリオを示し、国民に一時的な我慢を求める決断も必要となる。我々は、日本が置かれた厳しい現実を直視し、厳しさを乗り越えて明るい未来を切り拓いていく、そうした政治のリーダーシップを求めていきたい。

また、第二に、そうした厳しい政策への国民の理解と支持を得るためには、政治に対する国民の信頼感を取り戻すことが不可欠である。そのためには、政党及び政治家が、議院内閣制の下で果たすべき本来の役割を認識し、一部の既得権益層に立脚するこれまでの政治体質を改め、より広範な民意に応える政策本位・国民本位の政治へと転換することが求められる。その際に特に重要なことは、各選挙区の民意を公平に政治に反映させるための「一票の較差」の解消と、政策形成プロセスにおける競争原理の導入である。すなわち、政党や政治家が独自の政策を掲げ、有権者の評価に公平にさらされることを通じて健全な政治の対立状況を作りだし、仮に既存の政権や政党の枠組みでは国民の期待に応えられないことが明らかとなった場合には、選挙を通じて、政権交代や政界再編を伴う政策の抜本的な転換が可能となることが望ましい。

そして最後に、そうした本来の役割を果たし得る政治を実現するためには、我々自身も、政治とは距離を置くものという風潮から脱却し、当事者意識を持って積極的に政治へ関ることが極めて重要である。すなわち、様々な場を通じて具体的な政策を提示していくと同時に、その政策を軸とした投票行動や個人献金によって我々の意思を明確に示し、次代のリーダーの選出に影響力を発揮していく必要がある。
 その意味で、今夏の参議院選挙は、政治と民意の決意を問う試金石として極めて重要な位置付けにあり、また、経済同友会が従来より検討してきた一票の格差の解消に向けた行動をどう具体化していくのかという点で、我々にとってもまさに正念場となる。

前に向かうための構造改革のパッケージ

次に申し上げるのは、構造改革の実効性を高める取り組みについてである。

これまでに多くの構造改革プランが提示されてきたにもかかわらず、みるべき成果が上がっていない。その理由は、改革案が金融・財政・社会保障など個別分野毎に縦割りで議論されたため、全体でみた政策の優先順位が明確でなく、実施に踏み出せなかった点が大きい。また、改革に伴って生じる摩擦を軽減するためのセーフティネットに関する具体的な議論が深まらず、構造改革の負の側面を煽りたてるような論調がまかり通り、改革の先送り姿勢が強まったことも見過ごせない。

その意味において、構造改革の実効性を高めるためには、なによりもまず、各分野を包括したトータルな政策パッケージを作成し、その実施プロセスを明確にすることが不可欠である。

第一に政策パッケージに対する基本的な考え方である。構造改革の意味は、古い経済構造を縮小して、新しい経済構造を作り上げることにあり、その意味で、構造改革を円滑に進めるためには、大きく2つの政策が必要である。

一つは古い経済を壊すための政策とそれに伴う経済・社会的な摩擦を軽減するセーフティネットの構築である。壊すための政策としては、不良債権の最終処理のためのインフラ整備とその裏側にある生産性の低い幾つかの産業セクターの抜本的な改革を後押しする産業政策が喫緊の課題となる。

また、企業部門の再生の過程では多くの企業の淘汰が予想される。したがって、国民の不安を軽減しながら改革を進めるためには、雇用のセーフティネット政策が極めて重要となる。

その際、失業者の当面の生活を保証するために、雇用保険の失業給付の支給期間の延長など、ある意味受け身の政策も必要である。しかし、それにもまして重要なのは、新たな雇用への移動を促進するための政策、とりわけ個人のスムーズな能力転換を支援するための前向きな政策である。具体的には、米国のコミュニティカレッジを模範とした地域密着型の職業訓練の仕組みづくりや、労働市場のマッチング機能を高めるための職業紹介の規制緩和などを進める必要がある。

もう一つの政策は、成長産業をさらに伸ばし、民間企業のダイナミズムを引き出すためのインフラ整備である。具体的には、直接金融市場を拡大するための証券関連税制の抜本改革や公的金融の段階的縮小、起業を促進するための規制改革やエンジェル税制の拡充、企業間の労働移動を妨げないポータビリティのある企業年金制度の導入、都市再生を軸とした新たな需要創出、政府機能の民間へのアウトソーシングの推進などが重要となる。

また、国民の将来不安を取り除くために、年金、医療などの社会保障制度の見直しが避けて通れない。政府は急激な少子化・高齢化の進行や、景気低迷の長期化などの言い訳を繰り返すだけで、社会保障制度の抜本的な改革には踏み込まず、小手先の見直しに終始している。

安易な制度設計を行ない、結果として当初予定した福祉政策を遂行出来ない政府の責任は重いが、一方で、改革の先送りが国民負担の増加につながることも事実である。直ちに、給付水準の是正と公的年金のスリム化、私的年金の活性化など具体的な改革の道筋をつける必要がある。

第二に、構造改革の実施プロセスについては、パッケージを構成する個別政策のそれぞれが、相互補完的な目的と効果を持っていることを踏まえれば、全ての政策を同時に実行することが基本となる。すなわち、痛みを伴う厳しい改革を政治的に先送りして、本来は改革の下支え策である景気刺激策のみを実施してきた、過去の過ちを繰り返さないことが重要である。

また、国民の将来不安を取り除くために、年金、医療などの社会保障制度の見直しが避けて通れない。政府は急激な少子化・高齢化の進行や、景気低迷の長期化などの言い訳を繰り返すだけで、社会保障制度の抜本的な改革には踏み込まず、小手先の見直しに終始している。

安易な制度設計を行ない、結果として当初予定した福祉政策を遂行出来ない政府の責任は重いが、一方で、改革の先送りが国民負担の増加につながることも事実である。直ちに、給付水準の是正と公的年金のスリム化、私的年金の活性化など具体的な改革の道筋をつける必要がある。

第二に、構造改革の実施プロセスについては、パッケージを構成する個別政策のそれぞれが、相互補完的な目的と効果を持っていることを踏まえれば、全ての政策を同時に実行することが基本となる。すなわち、痛みを伴う厳しい改革を政治的に先送りして、本来は改革の下支え策である景気刺激策のみを実施してきた、過去の過ちを繰り返さないことが重要である。

全会員の「志」の結集と同友会組織の改革

このように、日本経済が構造改革の正念場ともいえる極めて重要な時期を迎えた中で、経済同友会が21世紀においても先進的な存在であり続け、社会から、また会員から期待される役割を果たしていくためには、同友会組織の活性化を進めることが重要である。先程事業計画にてお諮りしたように、全会員の「志」を結集して皆が生き生きと参画できる体制を整備するために、次代を担う会員が今以上に表舞台で活躍してもらう仕組みづくりに取り組むとともに、事務局体制の改革を含め、組織改革を思いきって進めていく。あらためて会員の皆様のご協力をお願いしたい。

以上

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