新浪剛史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
代表幹事 新浪 剛史
冒頭、本日公表した意見(経済同友会『新たに創設される育成就労制度の施行に向けた意見』2025年1月15日)および共助資本主義ガイドライン(経済同友会『「ソーシャルセクター連携」のすすめ~共助経営のためのガイダンス~』2025年1月15日)について述べた後、記者の質問に答える形で、トランプ次期政権の対外政策、USスチール買収阻止、米マクドナルドの多様性目標廃止、2025年春闘の賃上げ、マクロ経済の展望等について発言があった。
新 浪: 2点申し上げる。本日、外国人材の活躍促進PTより公表した『新たに創設される育成就労制度の施行に向けた意見』では、本PTの長尾 裕座長(ヤマトホールディングス 取締役社長 社長執行役員)を中心に意見を取りまとめ、中間的に発表した。この目的は、制度そのもの自体は評価するが、この(制度の)目的を十分果たすためにあえて必要な施策を取りまとめ(提言することである)。十分に(制度の)効果が出ることによって、今後(一層)外国人の方々にご活躍いただきたく、実際に外国人の方々と一緒に働いている(企業)経営者に集まっていただき、企業が果たすべき役割や責任について多岐にわたって我々は議論をした。多様な領域で活躍していただいている外国人の方々が(今後)より日本の経済を支えていただくことはもはや事実である。(日本と)異なる文化や言語を持つ方々が、(今後)よりご活躍し、(他方で)社会で分断(や摩擦)を起こすことのないように次善の策をしっかり考えなければならない。日本が持つ社会的規範というものをご理解いただきながら、ご活躍いただきたい。そして(共に国を支える)仲間であるというような仕組み作りをしなければならない。その意味で、外国人の方々があるべき共生社会の中で、我々もしっかりと迎え入れる仕組み(作り)をしていかなければ、せっかく作った育成就労制度もうまく機能しないだろう。これを機会にしっかり制度が根付き、働く人たちのモチベーション、安心感を醸成していく必要があるだろう。必要に応じてご質問があれば、私ども(経済同友会)の担当者までご連絡いただきたい。
新 浪: もう1つが、今般、共助資本主義の実現委員会にて、『「ソーシャルセクター連携」のすすめ~共助経営のためのガイダンス~』を取りまとめたので、その概要をご説明申し上げる。ご案内の通り、(経済同友会は)NPO等のソーシャルセクターの方々とコミュニケーションしている。子どもの貧困というのは思った以上に進んでおり、(貧困を経験した子どもたちの中には)成人になった後でもその影響が残り、負の連鎖になっている。こうした状況に対して、しっかりと向き合い、企業として共助経営に取り組むことで、企業は社会(の中)でなくてはならない存在になっていくだろう。我々(経済同友会)は、(目指すべき経済社会のあり方として)共助経営をそういった位置付けとしている。今回の取りまとめでは(企業が)取り組むべきことを整理し、10社からヒアリングした企業の社会課題解決の取組みの好事例を掲載している。まずは隗より始めよという精神で、例えば、個人版ふるさと納税は、経営者自身が異なるセクターを理解する(共助経営者になるための)最初の一歩として、今すぐに利用いただきたく推奨している。私が(経済同友会の代表幹事に)就任した際(活動方針として掲げた)、「繋がる・開く・動く」というこの3つが、共助資本主義の実現において(も重要となる)。経営者として社会の問題を解決するスタンスを持つこと、そしてバブル前の資本主義ではなく、負の連鎖を解決しながら、資本主義を助長していくこと。この両輪を回すことが必要であることからガイダンスをまとめた次第である。
Q:トランプ次期大統領が20日に再び大統領に就任する。昨日、就任初日に対外歳入庁を作ると表明し、関税引き上げの持論を強めるとみられている。全般的に米国経済はインフレ圧力が強まる政策ばかりだという指摘もあるが、日本が関税引き上げのターゲットになるかどうかは置いておいても、米国経済の先行きの不透明感は増すと思う。どういう心持ちでトランプ政権に向き合えばよいのか、あるいは就任に際して日本政府に求めたいことがあれば改めて伺いたい。
新 浪: トランプ次期大統領が言っているように関税を一気に引き上げていけば、それは自分のところ(自国)に返ってくるのは間違いない。それをどこまでやっていくかというのは見えないが、普通に言えば限界はあるだろうと(思う)。一方でいわゆる移民の方々、外から来られた方々を追い出そうという大きな活動は(対象が)1,000万人以上ともされており、これを実際やると当然インフレになる。重要なのは、インフレで前(バイデン)政権が大変厳しい状況になったということだ。とは言いながらも2%の差で(ありトランプ氏が)大勝したわけではないため、やはり今後、インフレをきちんと抑えられないと中間選挙に負けてしまうのは明らかで、世界中の現政権が敗れてしまったのは生活苦というもの(の影響)がすごくある(と思う)。その意味で、関税は即座に上げていくだろうが、その影響はやはりインフレを見ながらやっていくことになると思う。出だしはあれだけ言ったため(引き上げるだろうが)、大統領権限でできることをまずやるのでは(ないか)。(関税政策を)やりながら、2国間で自分たちのものをいろいろ買ってくれ、もしくは米国で生産をしてくれ、このような交渉に入るだろうと(推測している)。日本は(米国の貿易赤字額において)5番目のため、(関税政策の対象となる)可能性はすごくあるが、一方で他国と違うのは、米国で多くの雇用を生み出している(点だ)。これはすごく強みになる。5番目に多いとそれなりのポジションではあるが、一方で世界一米国に投資し、それもほとんどもの作りであることからすると、まずは最初のターゲットではないと思う。ただ、米国の経済からすると、どこまで(関税政策を)やるか想像するに、中間選挙で勝たないとレームダック(役立たず)で、もうそれ以上ないわけであるから、多分思ったほどにはできないだろうなと(思う)。ただ、トランプ次期大統領の一流の交渉の迫力の中で、それぞれの国のトップが、(関税引き上げを)できないと思って無視することもないだろうと(思われる)。その結果、米国の経済は最初インフレに振れていくと思う。その意味で、金利はなかなか下げられない。そうすると日本は(米国に対して)5番目に大きな貿易黒字を抱えている国ということよりも国内におけるインフレをどう対峙していくかに思いを馳せなくてはいけないと思う。その中での米国経済はそれなりにインフレがきついが、経済そのものの活力は上がっていく可能性がある。法人税(率の引き下げに関する法案)は議会が通すと思うが、ただ思ったほど下げられないと(も思う)。これも議会は大統領が思うほど簡単にはいかないだろうと。上院は数名の方が必ずしもトランプを絶対的に支持しているわけではないため、下手するとその方々が反対に回る可能性がある。とりわけ冒頭出てくるのは閣僚人事のところで、OK(承認)にならない人たちも出てくるかもしれない。このようなゴタゴタは起こってくるだろうと思う。
Q:日本製鉄によるUSスチール買収計画の関連で、米国のクリーブランド・クリフスのゴンカルベスCEOが「中国は悪だが、日本はもっと悪い」と(日本を)非難する発言があった。この発言に対する受け止めと、一連の日本製鉄による買収を巡る動きが今後の日米関係にどう影響を与えるか、考えを伺いたい。
新 浪: クリーブランド・クリフスのやり方は非常にずるいものの、そんなものだろうと(その状況を)ひっそり笑いながら見ていた。クリーブランド・クリフスがUSスチール以上に組合を押さえ、組合と一緒になって(買収に)反対してきた可能性が非常に高いということが、今回垣間見えた。組合を押さえ、USスチールに迫るという戦術である。このようなローカルな戦いになってきたと思う。本件が今後どうなるかは別にしても、米国にとって「鉄は国家なり」であるとすれば、(競争力のある)強い国(の企業)を迎える方が米国にとってプラスである。しかし、ローカルな政治性を帯びてしまい、(企業買収のイシューとは)異なる展開になってきたと感じる。ただ、トランプ新大統領が今後どのような意思決定をするかは、まだわからない。どんな決定もあり得るだろう。このような状況下で、日本製鉄はトランプ(の決断)に賭けているのだろう。可能性はまだ残っており、方法論も無くはないと思う。米国というよりも、トランプ新大統領にとってどのようなメリットがあるかによって、決まっていくのだろう。日本製鉄(によるUSスチール買収)の影響で、日本が米国への投資を減らす、もしくは増やさないということは無いと思う。本件は特殊事情の中で行われていることであり、日本が米国への投資から退いていくということは起こらない。必要だと思う企業が個別に判断し、米国に投資することは変わらない。ただ、(本件を機に、)経済安全保障的な側面において、さまざまな配慮を行いながら、手を打っていかざるを得なくなったということは事実である。
Q:米国のマクドナルドなどで、多様性に関する目標設定を一部削減するという動きが出てきている。米国企業の中でもグローバルに活躍している企業が、そのようなDEIの目標値を取り下げる動きの背景には、保守的な活動家や投資家の圧力を受けたためという見方があるようだ。このような米国企業の動きをどのように見ているのか。また、日本は、近年徐々に大手企業を中心にDEIをKPI設定していく企業が増えてきたが、米国企業の動きが、日本企業にも波及するのか、その影響について伺いたい。
新 浪: 米国は、確かに(DEI推進が)あまりにも行き過ぎていた。(重りが)片方に行き過ぎた振り子は真ん中の方へ戻ろうとする。そのような局面なのだろう。今回、トランプ氏が勝利したということで、各企業は敏感になり、振り子(の重りを真ん中の方向へ)戻してきている。その一連の中でもDEIは大きなイシューである。しかし、社内の政策を思い切り転換するわけではない。目標設定はしなくても、一定のDEIはやり続けると思う。(継続する)一番のポイントは、異なるビジョン、異なる視野を持っている方々がイノベーションを創出するということである。これは、イノベーション(の創出)の大前提である。DEIは決してジェンダーだけの問題ではない。さまざまな異なるものを合わせながら、新しいものを作っていくことは、米国の根っこ(根幹)である。メルティングポットと形容されており、(DEIが米国から)無くなることはない。イノベーションの権化であり、土台である。(振り子が)少し戻っても、(DEIに関する)活動面で大きく変わることはないだろう。つまり、会社がイノベーティブになるために必要な方法論として(DEIの活動を)続けていく。ただし、対外的には目標レベルを下げる可能値はあると思う。歴史的に大きく変わるとか、米国が米国ではなくなってしまうことはない。やはり、米国は異なるもの同士がぶつかり合うことによって、良さが生まれるため、DEIが無くなるという動きではないと思う。ただ、(社外から)批判があるから、目標設定はしないということだと認識している。自社においても、大きく目標を設定するのではなく、会社の利になる仕組みできちんとDEIを活用していけばよいとしている。もう1つの日本への影響については、日本は元々土台も無いため、DEIのレベルとしてはもっと進めるべき(段階である)。米国から日本への波及はあるべきではなく、日本はまだ(DEI推進が)始まったばかり。悩みながら、DEIを進めていかなければならないフェーズである。せっかく(失った)30年の暗い歴史から変わってきた日本においては、(DEIは)ますます重要であると認識して推進していかなければならないと思う。そして、イノベーションをどんどん進めていくべきだ。
Q:行き過ぎたところからの修正は、外部からの圧力などが多少なりとも強まっている中で、目標値削減などを「ポーズ」として対外的に見せているだけであり、実態としてはDEIをまだまだ続けていくだろう、という理解で良いか。
新 浪: これまで以上に(DEIに)経営資源を割くことは無く、続けていくことは続けていくのだと思う。続けていかないとイノベーションは起こらない(からである)。元々、(米国は)DEIが定義される前から(DEI推進を)実行してきた国である。例えば、半導体関連では台湾の方が多く、IT系やデジタルではインド系の方が多い。これらは皆DEIの権化である。これらの根っこ(根幹)は変わらない。ただ、それら(DEI推進の目標)を掲げてマイナスになってしまうことのないように、企業は取り組まなければならないため、実態面として実行しながら企業経営をしていくということだ。おっしゃるとおり、(目標値削減など)そうしていかないと企業運営をしていけなくなる。日本は(米国の動きに)乗っかってはならない。まだまだ日本は(DEIが)進んでいない。
Q:賃上げについて、1月7日に行われた経済3団体長記者会見で、今年の春闘が結構面白い交渉になる可能性がある、とのご発言があった。大手企業の労働分配率に関するお話や労組と様々な議論が出てくるのではないかとの見解を示されていたが、今年の春闘が「面白い交渉になる」というのをもう少し具体的に、現時点で新浪代表幹事がどのようにお考えか、詳細を伺いたい。これが1点目。もう1点は、中小(企業)における賃上げが大変重要な役割を果たすとのお話についてである。今年の春闘において、中小が前年を上回る(賃金)引き上げを実現するためには、どのような課題を乗り越える必要があるとお考えか。これについても改めて教えていただきたい。
新 浪: これまでの組合活動は、企業と一緒に従業員を守ることを(目的)としており、これはこれで良かったと考える。ただ、現在では従業員の生活苦という話が出てきた。実質賃金も(上がらず)、インフレが(進行して)苦しい中で、組合の位置づけが以前よりも高まっていると感じる。その意味で、少なくとも昨年あたりから少しずつその芽は出始めていたが、今年は組合との交渉が結構厳しいものになる可能性がある。特に2番目の質問について、中小企業の(賃上げ率)6%と掲げる数値(目標)は非常に高い水準であり、どう(実現)していくか(多くの課題がある)。中小企業の賃上げを進める際には、やはり大企業との関係(が重要な要素となり)、連合の役割もこれまで以上に大きくなる可能性が高いと考え、(先の会見で)お話を申し上げたわけだ。正直に申し上げて、3年前と比べても、(連合の)声は現在では非常に大きくなっており、こうした状況の中で企業と組合が共存共栄を目指しながら交渉を進めることが求められる。ただし、その過程で異なる数値を求めていくなど、団体交渉がさらに厳しくなる可能性もあると考える。中小(企業)における6%という(目標)は、(現実的には)非常に難しい水準である。賃金を上げるためには生産性の向上が当然(不可欠)であり、これを実現するためには、そういったことができる人材をどのように確保するか(が鍵となる)。一方で、賃金を昨年レベルに引き上げるとすれば、(労働)分配率がさらに上がってしまう可能性もある。(この問題を解決するには、)大企業との関係を見直すとともに、良い人材を確保して、生産性向上を目指した取り組みへ注力していかなければ、中小企業は大変だ。各企業の状況に応じて、賃金を上げなければ人材が集まらない環境が現実のものとなる中で、企業は生産性向上に向けた取り組みを進めざるを得ない。こうした組合の一定程度のプレッシャーは企業経営にも様々な影響を与える。最終的にはDXやITの導入がより必要となり、人材確保などに繋がっていくと考える。
Q:マクロ経済の運営について、先日の会見で「コストプッシュ型からディマンドプル型のマイルドなインフレに移行したい」とのお話が皆さんからあったと記憶している。新浪代表幹事が考える今後のシナリオについて伺いたい。賃上げの動向を見ながら日銀が利上げに動く可能性もある中、(現在のような)コストプッシュ型のインフレ局面で利上げがどう(影響を及ぼす)のか、あるいはスタグフレーションに陥る可能性はあるのか。さらに、コストプッシュ型からディマンドプル型へ移行するためには、今後どのような形をとるべきか、展望を教えていただきたい。
新 浪: 事実として、企業は相当な金額のキャッシュを保有している。デフレ下においては(主に)海外へ投資してきたが、国内にもまだ多くの企業が余剰資金を内部に抱えている。つまり、投資の可能性があれば企業は国内でも(投資を)行う準備があることを意味しており、国内投資を促進する環境をいかに作っていくかが非常に重要で(ある)。そのためには、規制改革をさらに進める必要があると考える。この30年間、(十分な規制改革が)行われてこなかったため、例えばヘルスケア分野や「未病」といった分野もまだまだで、データを活用して生活改善と健康増進を図り、生産性を向上させ、活き活きと75歳から80歳まで働き続けられる社会を構築することが可能である。そこに投資機会をもっと作っていかなければならない。その時に考えなければならないのは人材の流動化だ。面白い投資が集まる(分野)に人材が集まる流動化を行わなければならない。スタートアップなどももっと可能性があり、大企業もそういった分野に経営資源を投入すべきである。アベノミクスでは構造改革が残念ながら十分に進まなかったが、それはデフレ下であり、なかなかできない環境(という背景もあった)。インフレ下ではお金の価値が下がるため、どんどん資金を活用して新たな価値を創出することが求められる。そのためには、規制改革を通じて企業が投資しやすい環境を作り出し、ディマンドプル型(経済)への転換を目指すべきで、これにより税収も増加するという環境を作っていく必要がある。さらに、人が必要なところに移っていく際には、アップスキル(スキル向上)が欠かせない。官民一体となり、人材のスキル向上を早急に進めるべきである。特に、新しい資本主義(の枠組み)の中で、人材の流動化とスキル向上を進めることが重要であり、その実現を急ぐ必要がある。人的投資を拡充することがディマンドプル型経済への転換(を促進)し、やると決めたからには迅速に実現すべきである。最終的に不足するのはエッセンシャル・ワーカーなので、人材の流動化を早急に進めていくこと(が必要)だ。人材の流動化を進めることで賃金が上がる環境が形成されるため、これをどう迅速に活性化させるかが必要であると思う。場合によっては、合従連衡などいろいろと大きく動いていく可能性があり、(経済の)ダイナミズムが生まれる。その結果、経済全体に活気が生まれ、ディマンドを創り上げていく経済社会が実現すると考える。今の税収の増加は、そういった意味で(経済)活動が増えていることだと思う。ただそれだけでは十分ではなく、もっと増やす必要があるので、民間資金を積極的に活用する仕組みを構築することが必要(である)。国の資金だけでなく、民間の資金を引き出すことで、適度なインフレ下でディマンドプル型経済に変わっていくと考えている。この方向性は(経済財政)諮問会議でも申し上げており、諮問会議もそういった「民の活力」という方向性に向かうと思う。その際に、民の活力を活用して、地方に新たな雇用、ディマンドを創り出す仕組みを作っていくことが、今後の課題であると考える。
以 上
(文責: 経済同友会 事務局)