新浪剛史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
代表幹事 新浪 剛史
冒頭、本日公表した意見書『企業・経営者によるカスタマーハラスメント対応強化に向けて』について述べた後、記者の質問に答える形で、石破新総裁への期待・要望や前政権から継承すべき政策、エネルギー政策等の他、衆院選の論点(政治とカネの問題)、サントリーHDを中心にした各社の賃上げなどについて発言があった。
新 浪: 本日、公表した『企業・経営者によるカスタマーハラスメント対応強化に向けて』について説明したい。消費者の権利意識の高まり、SNSの普及により、個人の発信が容易になっていること等を背景に、カスタマーハラスメントが深刻化している。中にはSNSでの拡散を企業への脅迫に使う行為や不当要求のような迷惑行為も発生している。行政によるカスハラ対応のマニュアル策定などは行われているが、カスハラ予防・解決の取り組みを行っている企業は64.5%に留まり、小規模の企業ではより少ない結果になっている。企業としては、法規制の有無に関わらず、従業員の働き方に対する安全配慮義務や職場環境配慮義務を果たすべきであり、カスハラに対して取り組むことは、企業の社会的責務と考える。日本では「お客様は神様」という考え方が社会通念として根付いている。(日本企業が)「お客様は神様」を理念に掲げ、それが世界的にも高い評価を得るホスピタリティを実現していることも事実である。しかし、お客様だから何をしても良いということではない。事業者と顧客の双方が尊重し合う、新たな関係構築が必要である。さまざまな社会的不安もあり、カスハラが生じていると思う。一方で、今日においても消費者と事業者の間には商品サービスに関する情報の質量、交渉力に格差があり、消費者が正当な申し出を行う権利は守る必要があると考えている。公表した『企業経営者によるカスタマーハラスメント対応強化に向けて』では、企業経営者として行うべきカスハラの取り組みを5つの項目で記載している。本会としても、企業のカスハラ対応の取り組みを支援するために、課題や先行事例等を共有する機会を、会員および会員の所属企業の実務担当者に設ける予定である。また、法律や自治体の条例にてカスハラ対応の取り組みを事業者の雇用管理上の措置義務とすることには同意する。ただし、罰則を設けると、その対象とならない言動は許容されるとの認識を招きかねないことから、罰則は設けるべきではないと考える。政府には、カスハラに相当する言動の範囲について、事業者・顧客等が共通認識を持てるように、カスハラの具体的な事例やガイドラインを示すことを求めたい。
Q:自民党総裁選にて石破新総裁が選出され、まもなく102代の首相に指名される。改めて評価と期待、そして新閣僚の顔ぶれに対しての評価、見解をお聞かせいただきたい。
新 浪:この9人が出馬して競ったことはすごく良かったと思う。様々な発想があり、その中で石破さんが(総裁に)なった。政策に対する(評価という意味では)まだこれから(が本番)であろうから、今後予定されている党首討論を大変楽しみにしている。党内でも一定の政策論議があったとは思うが、(いざ)党のトップに立ち、総理としてどのような政策を進めるのかは、これから新たな修正が行われ、新たな閣僚やスタッフとの議論があるだろう。その中で出てくるものに期待している。1点、政治とカネの問題は、もうこれでクビにしないと駄目でズルズルと(引きずっては)いけない問題のため、明確に区切りをつけてほしいと思う。なぜなら、予算委員会でこの問題ばかりを議論すると、政策議論にならなくなるからだ。ぜひとも、今回方針を決めた上で、選挙に臨んでほしい。立憲民主党で野田代表が選ばれたということで、ぜひこの政策に非常に深い知恵・知識をお持ちのお二人で、ワクワクするような、日本の未来に(希望が持てるような)議論をしていただきたい。他の野党も同様で、今回国会審議が短期間であっても、非常にワクワクするような(議論を)期待している。これまである意味中心ではなく、横から様々な状況を見てこられた102代の党首として、そして総理として、異なる視点からの、なるほどと思う政策が打ち出されることを期待している。その際にぜひとも、常々申し上げている昭和の戦後の仕組みを、(今の)令和の時代にふさわしい(新しい)仕組み(に変えてほしい)。そして人口減少が進む中、とりわけ地方創生に対して大変知見をお持ちなので、東京一極集中(を解消し)、自然豊かな日本が、さらに地域が発展することを目指してほしいと思う。新閣僚については、まだ顔ぶれが見えてきただけで、(具体的な)認識はできていない。ただ非常に難しい政治情勢や国際情勢の中で、乗り切っていただきたい。また、せっかく実質賃金が上がってきた中で、10月1日からの値上げもあるが、ぜひ消費が活性化するようにしてもらいたい。一方で投資も良い方向のためDXをはじめとした生産性向上に繋がっていくようにしてもらいたい。また東アジアの難しい情勢や米国の次期大統領にも対応ができる、外交力のある内閣を(作り上げて)ほしいと思う。
Q:今回の自民党総裁選を通して、政治とカネ、政治への不信感は払拭されたと思うか。また、今後もし何か求めるものがあればお伺いしたい。
新 浪:今回の(総裁選)はあくまでも自民党員と自民党に属する国会議員による選挙であるため、(結果をもって)国民の負託を得たということではないのだと(思う)。総裁選での石破新総裁は(衆議院の解散・総選挙を)しないという方向だったが、恐らく石破新総裁は実際に総裁になられて周りを見渡してみて、やはり国民の負託が必要だと思ったのだと思う。だから(衆議院を)解散し選挙すると(言ったのだろう)。(国民の)負託を受けるためにこれから臨んでいくということだと理解した。
Q:岸田政権が進めてきた政策の中で、エネルギー政策や少子化対策など色々あるが、これは絶対継承してほしい、もしくはさらに発展してほしい分野とその他の分野でどのようなところに期待感をお持ちか伺いたい。
新 浪:まず第一にエネルギーだ。今後ますますAI等でエネルギー、電気が多く必要になるという。生産性を上げるためにはDXが必要であるから、そうでなくてはならない(と思う)。そのベースとなるエネルギーについて、第6次エネルギー基本計画が予想と大変異なったものになった。第7次エネルギー基本計画(策定)に向けて、ぜひエネルギーについてしっかりとした政策(により)、安価で安定してエネルギーが確保できる(ようにしていただきたい)。これ(エネルギーの安定供給)は経済と賃金を上げていくための要である。生産性(向上)に関係するため、ぜひしっかりとやっていただきたいと思う。それと、賃金が恒常的に上がっていくことが必要だ。岸田政権で労働(者)が動いていく、この労働の活性化がダイナミズムを生んでいくと(いう動きが始まったが)、これは続けていただきたい。賃金(上昇)とともに労働移動が活性化していくことが必要である。また、岸田政権でやってきた外交は、実は経済には安定したアジアや世界が非常に必要で、大変よくやられたと思う。韓国をはじめフィリピンや米国等(において)、経済(活動)をしっかりやるためには、安心して経済運営ができ、また投資をするためには予測が可能であることが大変重要であるため、このような外交政策を引き続き同様の形でやっていただきたいと思う。産業政策も非常に重要で、TSMCやラピダスのような非常に重要な経済安全保障(政策)も引き続きお願いしたいと思う。多くの政策はまだ緒についたばかりというところである。最後に、ぜひとも最低賃金の(全国平均)1,500円の実現を早期に(お願いしたい)。岸田政権でも1,500円(への引き上げ)が取り沙汰されたわけだが、将来的にこれ(賃金が)上がることを予測できるからDXに投資できるため、賃金が上がる世界をもっと早く実現していただきたいと思う。
Q:最低賃金でいうと、石破新総裁は2020年代に(全国平均1,500円の引き上げの)前倒しを主張されているが、そのようなところを非常に評価されているということか。
新 浪:ぜひやっていただきたいと(思う)。私自身も民間議員として経済財政諮問会議でずっとその話をしてきた。これは非常に、我が意を得たりということだ。
Q:カスハラについて、2点伺いたい。1点目として、「カスハラ」は日本特有の固有名詞ではないかと思う。元々あった事象が「カスハラ」という言葉で表されているという理解なのか、または最近、顕在化したとお考えか。二点目として、(公表した意見書では)カスハラに関する言動範囲の定義化を求めているが、東京都では既に対策を始めている。そうした状況を踏まえて、国、あるいは各自治体で対応するべきか、具体的な考えがあれば伺いたい。
新 浪:(従来、存在していた事象がカスハラという言葉で表されているのか、または)顕在化してきた(のか、)というのは比較論である。人手不足が深刻化する中、退職者が増えている。その要因の1つとして(カスハラがあることも)顕在化してきた。より大きな枠組みとして表すならば、新しい資本主義で「人への投資」がクローズアップされる中で、その一環として(従業員の)保護が不十分だったことも顕在化した(と言える)。分かっていたが、直視していなかった不都合な真実に向き合うことにより、これまでの課題が顕在化した。(カスハラの言動範囲の)基準は国が整備して良いと思うが、産業別で異なる部分もあり、ハラスメントは竹を割ったようにはいかないと認識している。文句やクレームを言われるお客様にも権利があり、それを封じ込めるべきではないが、基本的に従業員がどのように思ったかということが基準になるのではないか。一方、お客様は受けたサービスや購入した商品についてクレームを考えることはハラスメントに相当する。線引きの仕方は大変困難だが、顕在化している課題に対してガイドラインが必要であり、メスを入れなければならない。国、あるいは自治体でもカスハラを加重する方法を考えなければならないと思う。
Q:総選挙において、政治とカネの問題を論点にすべきだと考えているか。それとも、あくまでも政策だけで石破政権が国民の判断を仰ぎ、負託を受けるべきだと考えているのか。
新 浪:短期間で、(国民からの)負託を受ける(のか判断を仰ぐ)という意味では、政治とカネが一番(の論点)であると思う。野党もそこを突いてくるのが正当な手段であると思うが、それだけが全てではない。経済も外交も生き物(であるため常に重要)である。政権を担うリーダーは、単にカネの問題における反省をするだけではなく、経済も良くしようとしており、政権を取れるだけのことを考えている(と国民から負託される)ことが必要である。国民の関心は政治とカネにあるが、それだけではないという意味を込めて申し上げた。加えて、生活の基本である医療介護を含めた社会保障や今後の賃金が上がるのかも大きな課題であり、両立しなければいけない。しかし、繰り返しになるが、やはり政治とカネの問題が(争点の)中心になると思う。
Q:エネルギー政策について伺いたい。自民党総裁選での石破新総裁の主張は、原発の活用は認めているが、新増設やリプレースについては明言を避けている。また、(今後の)エネルギー需要が必ずしも増大するとも限らないという認識も示している。経済界と新政権の間で、認識に開きがあるのではないか。
新 浪:私もこの点に大変違和感を持っている。やはり、エネルギー需要は増えていくことは大前提であり、ゆえに(それに向けた)投資も行われていくということだと思う。ぜひとも、石破新総理にはこの点をご理解いただきたい。一方、風力や水力などのいわゆるリニューアブルパワーについてもしっかりやらなければならないが、それだけで本当に(供給が)足りるのかということを検証していただきたい。私たちはそれだけでは足りないだろうと(考えている)。熊本(のTSMC)や(北海道の)ラピダスといったチャレンジングなプロジェクトやデータセンターは、地域に雇用を生む。新たな産業そして新たな国際競争力を作っていくためには、エネルギーがまず大前提である。(企業の内部留保の現預金である)300兆円の余剰資金を民間投資に繋げ、海外からの投資にも繋げていくことが大変重要である。この(新たな産業)分野は、エネルギーがあってこそできる。この点をぜひ新総理にご理解いただきたい。私は、しっかり話をすればご理解いただけるものだと思う。リプレースなどよりも、まずは原子力規制委員会が安全だとした原発を再稼働するというところを優先して取り組んでいただきたい。(中でも、東京電力HDの)柏崎刈羽原子力発電所が、象徴的なものであると思っている。脱炭素エネルギーにおいては、供給源と需要場所は異なる場所にある。新潟が(大需要である)関東圏へ(エネルギ―を)供給している。需要側の(供給側に対する)理解(促進)と、(供給側が)雇用を得られるような産業立地(策)などを新総理には進めていただきたいと思う。エネルギーの重要性はよくご存じだと思うので、再生可能エネルギーの推進も含め、ぜひ進めていっていただきたい。
Q:自民党総裁選の中で、石破新総裁は法人税率の引き上げに言及されたが、どう受け止めているか。
新 浪:まず膨らんでしまった財政をきちんと見直さないと、増税で歳入を増やすという議論にはならないだろう。インフレと異なり、デフレのときは財政(出動)が大変重要であり、そのために(予算規模が)膨らんだというのが実態だと思う。インフレの時代には、民間投資をもっと刺激しなければならないため、例えば(投資)減税のような施策はありうると思う。ただ、その際には乗数効果を必ず測定し、(減税分以上に将来)税収として戻ってくるだろうという全体設計を考えなければならない。そのため、現時点で(法人)税の引き上げや消費税などの議論を行うよりも、むしろワイズスペンディングに向けたEBPMを行うことにもっと重きを置いた方が良い。その上で、例えば防衛費や子育て、少子化といった問題に対応するためにもっと(財源が)必要だということであれば、国民に対して、どこに財源を求めるかを議論していくべきだし、法人税なのか金融所得課税なのかという色々な方法論があるだろう。しかし、(デフレからインフレへと)経済のダイナミズムが変わった中、現時点で賃上げに水をかけるようなことを考えるべきではない。(増税による財源確保の)必要性があれば国民にきちんと説明し、(理解を)求めていくことはありうると思うが、現在は(財政が)拡張的になりすぎているという面があると思う。高齢化すると社会保障費が増加するが、(増加するペースの)角度を下げるために社会保障改革を行わなければならない。こうした歳出改革をどういう風に進めていくかを考えた上で、それでも必要となる税はどうあるべきか(を議論すべきだ)。(公平な)負担という観点から資産や収入が多い国民に負担してもらおうということであれば、法人税は適切ではないかもしれず、先ほど申し上げたワイズスペンディングをしっかりと行いながらも税収がもっと必要ということであれば、どういう税目にしていくべきかという議論をしなければならないが、今はまだそのタイミングではないと考えている。ただし、足下を考えると、防衛費も円安によって必要な財源額が大きくなっており、少子化も同様だろう。これらについて、石破新政権では、本当に必要な支出なのかを再度考えながら進めていくことが必要であり、(政策内容と効果の)検証が必要だ。
Q:石破新総裁は金融所得課税についても言及している。新浪代表幹事は、前回の代表幹事定例会見で25%程度までは検討の余地があるという趣旨の発言をされたが、格差是正や応能負担の観点から累進課税とすることも含め、石破新総裁の金融所得課税に対する発言への受け止めを伺いたい。
新 浪:(金融所得課税については)検討すべきだと思っているが、先ほど申し上げた通り、まずは現在の歳出が本当に適切なのか(を議論すべきだ)。例えば、(医療保険を適用して)湿布薬を多数処方していて良いのか。そういうもの(に対する見直しを)きちんと行わないままに、税(負担を引き上げる)というのは納得しがたい。ワイズスペンディングを長年求めているが、まだ実現できているわけではない。(財政で経済を支える)デフレのままの仕組みになっている歳出を変えなければならない。さらに、税収は名目であるため、当然インフレになれば税収は増えていくが、その上で、それでも税収が足りないのかをきちんと検証しなければならない。一方で、いくつか(取りざたされている税目)の中では、金融所得課税は検討の余地があり、今後議論が必要だと思っている。金融所得課税の税率は20%強であり、非常に高額の(金融)所得を得ているにも関わらず、給与所得に課される所得税より税率が低いという例が生じているのは事実であり、公平性の観点から(金融所得課税の見直しは)検討に値する。(所得が1億円以上になると所得税負担率が低下する)「1億円の壁」などの壁がいくつか存在するため、公平性の観点からの議論は必要であると思う。ただ、石破新総裁もおっしゃられている通り、NISAに影響を与えてはいけない。中間層が現金を金融資産に変え、運用していこうという流れを絶対に止めるべきではなく、(金融所得課税を引き上げる際には)NISAの対象となる方々は対象から外さなければならないと考えている。
Q:サントリーHDが7%の賃上げを来年も行うということで、その狙いを教えてほしい。結局来年も今年みたいに5%を超えるような賃上げを各社がするという流れになるのか、そもそもできるのかというところを伺いたい。
新 浪:まず、私どもが(経済同友会)会員企業を対象に行った調査の結果として、景気定点観測調査アンケート(※10月1日時点では暫定版。正式には10月10日に発表予定)の中で、来年に向けて75.9%の会員企業が賃上げを(予定)している(ことが分かった)。特に製造業では95%(の企業が賃上げを実施する予定)である。そして平均賃上げ率は3.41%で、この段階(の数字)ではあるが、物価上昇率を上回る見通しである。(賃上げを)実施する予定の企業の割合も昨年より増えている。こうした背景から、今年も経済同友会に所属する大企業(の多く)が賃金を引き上げようとする意欲を持っていることが統計的に分かる。そのなかでサントリーHDにおいても、CPI(消費者物価指数)を考慮して、ベースアップは少なくとも3%を実施することが、(社員の)生活を維持するために必要であると認識しており、昨年と同様にそれ以上の7%程度(の賃上げ)を目安に、既に労働組合との交渉を開始している。この「3年連続でベースアップがある」という動きを社会的なノルムにしていくことが非常に重要だと思う。日本企業全体がこのよう(な賃上げの動き)になっていけば、私は本当の意味でのデフレ脱却、そして適度なインフレを実現できると(考えている)。(この動きを止めることなく、)強い意志を持って(続けて)いく(ことが必要だ)。我々(サントリーHDは)飲料業界No.1、食品業界No.1の企業として、消費が活発化すれば景気が良くなり、(結果的に)我々企業も潤うため、ぜひそういったモメンタムを作っていきたいと考える。ただし、まだ7%(の賃上げ)で(労使間で)妥結したわけではなく、(あくまで)その方向性で進めていきたいと(いう意向である)。決して業績が昨年と比べて圧倒的に良くなっているわけではないが、社員の生活やモチベーションを考え、そして新卒採用や中途採用で新たに加わった社員にも「こういう会社に(入って)良かった」と思ってもらえるようにしたいと考えている。
以 上
(文責: 経済同友会 事務局)