櫻田謙悟経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
代表幹事 櫻田 謙悟
記者の質問に答える形で、日銀総裁人事、政府と中央銀行のアコード(政策協定)、三菱重工業国産ジェット事業撤退、豊田章一郎トヨタ自動車名誉会長の逝去、春闘などについて発言したほか、少子化対策について意見を述べた。
Q:日銀総裁人事についてお伺いしたい。政府は、今年4月に任期を終える黒田東彦総裁の後任に、元日銀審議委員で経済学者の植田和男氏を充てる人事案を、衆参両院の議院運営委員会理事会に提示した。植田和男氏が後任に提示されたことに対する受け止めと、どのような舵取りを期待したいかを伺いたい。
櫻 田:既に報道機関が分析し、また(新聞各紙の)社説の通りで、それらの見解に私自身が付け加えて言うことはない。一般論として申し上げると、学者出身の中央銀行総裁は日本においては初めてだと思うが、海外では例が見られる。理論経済学に大変長けている人が金融政策(の運営方針)を決定するのが相応しいのか、実体経済を現場で見てきた人や中央銀行で実務・金融政策企画を担ってきた人が相応しいのかは、その時の(市場を取り巻く)環境だと思うが、現在G7あるいは中国を含めた経済大国の中央銀行トップはアカデミア出身者が多いことを考えれば、(他国の中央銀行トップとの)コミュニケーションを取りやすい点ではよいと思う。もちろん総裁が最も重要だが、企業と同様、日銀の運営体制は総裁と副総裁を含めた人材のポートフォリオで見ていくべきだと思っている。そういった意味では、日銀の審議委員を長く務め、(金融)政策に詳しいトップがいて、(副総裁として)実際に金融政策の下準備を担ってきた方と、国際金融においてFSB(金融安定理事会)(の常設委員会)で議長を務めた方がいる3名のポートフォリオは抜群だと感じる。この3名を含めた、日銀新体制のミッションは、巷間で言われている通り、少し時間をかけながら(金融緩和からの)出口に向かって舵を取っていかなければならないことだ。(日本は)非常に厳しい財政赤字を抱えている国であり、日銀が大量の国債を保有している観点から、非常に難しい多変数の方程式を解決しなければならない。私は、国会に提示された方々に決まれば、大いに期待したいと思っている。
Q: 植田和男氏は、当面は金融緩和を続ける考えを示しているが、その点はどうお考えか。
櫻 田:今の段階では、日本経済の体力が回復しているとは言えず、足下では、賃上げをベースに日本経済を立て直そうという機運は起きているが、最も重要である成長戦略や生産性の改善、イノベーションについてはこれからであり、その勢いを削ぐことは避けていただきたい。ゆっくりと慎重に金利水準を正常化していくべきであり、時間はかかるだろう。慌てて金融緩和を解除する必要はないし、今はその時期ではないと思っている。
Q:政府と中央銀行の間で結ばれるアコード(政策協定)についてお伺いしたい。本来アコードとは、1951年に米国財務省とFRBの間で中央銀行の独立性を保つために締結された経緯がある。当然のことながら、政府の経済政策と齟齬をきたすことがない金融政策は必要だが、2013年に政府と日銀の共同声明、いわゆるアコードが結ばれて以降、金融政策の財政従属が強まっている。ETF買い入れを通じて、日銀が日本株の最大株主になっている現状を踏まえ、2013年に結ばれた政府と日銀の共同声明はどうあるべきか。加えて、そもそも中央銀行の独立性を担保するために、政府と日銀は、共同声明を結ばない方がよいのではないかと極論を述べる人もいるが、政策協定のあり方について所見を伺いたい。
櫻 田:政策協定そのものの意義やあり方について議論すると、これはおそらく神学論争、哲学となっていく可能性がある。(アコードが)実体経済にとってどう(影響を与える)かというと、大きな意味はないと思っている。つまり仮に(政府と日銀の共同声明が)無くなると突然日銀が金融政策を変えるか、もしくは、政府が日銀との協議に関してスタンスを変えるか、というと(それは)ないと思う。いずれにせよ、日本銀行法に基づいて日銀の独立性は担保されなければならないし、現在の(日銀総裁・副総裁)人事もその趣旨で進んでいると思う。一方で、日銀総裁を選ぶためには、国会が必ず関与し、政府が国会に提案する(手続き)となるため、全く(政府と日銀が)無関係で物事が進むことはない点において、文書あるいは協定という形で明示されなくても、アコードのようなものは当然あるべきだと思う。そして何より大事なのは、日銀が国内の金融(市場)のみならず世界の金融市場から信認を得続けることであり、その意味では、(日銀が)日本政府が発行している国債を直接引き受けていくかのような誤解(を与えること)は今後も避けていただきたいと思う。(日銀の)バランスシートの大半を占める国債を持ち続けることに関して、世界の金融市場が日銀に対する信認を損なうことがないよう、やはり(日銀が国債を)保有しすぎているのであれば少しずつ解消していく、正常化していく方針を取る必要がある。ただ、いずれも1年で出来ることではない。非常に長期にわたって、市場と対話しながらやらなければならない。これまで通り(日銀に対する)信認を維持しつつ、円の暴落や止めようがない金利の暴騰が発生しないように注意しつつ、しかし財政(規律)についてもきちんと意識しながら金融政策を運営していくというメッセージを出していただくほかない。非常に難しい舵取りが求められる、としか申し上げられないし、過去、日銀の旧体制が実施してきた金融政策と大きくやり方を変える、あるいは極端に急いで変えることはあってはならないし、私自身あり得ないと思っている。
Q:2月7日、三菱重工業が国産ジェット旅客機「スペースジェット」の開発中止を発表した。官民一体となって進めてきたプロジェクトであり、産業界を含めて国内の期待も高かったと思うが、受け止めを伺いたい。また、日本の産業を発展させていく上で、国の支援のあり方などについてお考えを聞かせていただきたい。
櫻 田:三菱重工業の内部で、実際にどのような議論があり、開発が中止されたかについて詳細を存じ上げないが、開発が中止されたこと自体は残念だ。これまでも何回か挫折しながら再挑戦を繰り返した結果、このような(事業撤退という)状態になったので、おそらく投入された経営資源は決して少なくないと思う。その意味でこれから(開発中止の)決断に至った経緯が開示される中で、今後同じようなことが起きないためにどうするかは、当然三菱重工業の内部で考えていくと思うし、政府もしっかりと関与していかなければならない話だと思っており、今後の推移を見守りたい。本題は、今後(の国の支援のあり方)とのことだが、国も参加する、あるいは支援するプロジェクトは、GXあるいはDX、さらには、経済安全保障に関連する産業という点で、これからもさまざまに出てくると思うし、(それらは)巨額かつ長期にわたる投資が必要である。絶対に諦めないものと、果敢に挑戦するが先が見えなくなった時点で迅速にプロジェクトを終焉、終結するものを判断する仕組みが必要で、市場を含めて国民に動揺が起きないことが重要である。これだけ経済安全保障が叫ばれる中で、企業はどこに注力するのか、どこ(の分野)に関しては外部から持ってくるのか、国と一緒にやっていくプロジェクトとは何なのかを、国あるいは企業が、全体像と個別のプロジェクト(の関連性)をもう少し明確に示すことが大事になってくると思う。企業の資金、つまり株主の資金だけではなく、ものによっては、国民の税金、国費が投入されることも考えられるためである。今回の影響は他のプロジェクトにも及ぶと思う。是非、今後の糧にしていただきたい。
Q:2月14日、トヨタ自動車の名誉会長を務めた豊田章一郎氏が逝去された。日本企業の海外展開強化を進め、法人税率の引き下げなど構造改革にも力を入れていた。日本の経済界にどのような影響をもたらしたか、所見を伺いたい。
櫻 田:日本が敗戦の焦土から立ち上がった1946年から、1968年に(資本主義国の中で)GNP世界第2位になった時代を経て、豊田章一郎氏がトヨタ自動車社長に就任して以降、グローバル化に向けて海外展開を進めた。米国から、あるいは海外から学んだ技術で、より早く、より質が高いものを安く生産するモデルによって日本独自の強さを発揮して外国に展開していく、いわゆるグローバル経済を日本の産業界で実践され、成功された最初の経営者の一人ではないかと思う。その意味で、日本の産業界は豊田章一郎氏が残された経営手法を引き継いできた。裏を返せば、今後は欧米に追いつけ追い越せとは違うモデルを作る必要があり、トヨタ自動車現社長の豊田章男氏も先日(2023年4月1日付の)社長交代(を発表する)ことで決意を示されたと思っている。日本の戦後経済を世界第2位の経済規模に持っていくまで、一人ひとりの指針となるリーダーであったという点において、傑出した経営者だったと思っている。個人的には、(豊田章一郎氏とは)あまり(交流は)なかったが、パーティーで二、三度、立ち話ではあるがお話しする機会があった。豊田章一郎氏が経団連会長だった頃、私の4代前に当たる後藤康男安田火災海上保険(現損害保険ジャパン)元社長が経団連の委員会で委員長を務めていた。会う度に後藤康男元社長の話をしてくださり、毎回違うエピソードを話された。様々な人にお会いになっているにも関わらず、人となりをきめ細やかに観察しておられ、記憶力に驚嘆した覚えがある。非常に心温まる、ウィットに富んだコメントをされる点で、この方は単なる偉大な経営者ではないという印象を持っていた。(お亡くなりになられたことは)喪失感というか、すごい方が逝ってしまった、もう一度お話しをしたかったという気持ちだ。
Q:豊田章一郎氏が財界でリーダーシップを発揮された時代と現在では、財界の立ち位置がどのように変化しているか。現役で財界を率いる立場から見て、時代の変化をどう考えるかを伺いたい。加えて、本日2月15日に、主要自動車メーカーの労働組合が経営側に要求書を一斉に提出した。例年より高い水準でベースアップや賃上げを要求したが、今年の春闘をどのように見ているかを伺いたい。
櫻 田:前段の質問は核心を突く重要な質問だと思っており、本会でも何度も議論を繰り返してきた。先日発表した『「生活者共創社会」で実現する多様な価値の持続的創造―生活者(SEIKATSUSHA)による選択と行動―』は、「真の経営者の時代の到来」と締めくくっている。グローバリズムが進んだことで、良い面、悪い面の両方があるが、最近は特に(グローバリズムの)悪い面が問題になる中で、日本経済並びに日本の経営はどうあるべきかを議論してきた。戦後、経済成長を遂げ、日本がGDP世界第2位になり、その後(中国に抜かれて)世界第3位になった。その過程で変わらなかったのは、モデルとなる欧米型にどのように追いつき追い越すかということだ。やはりこれが一つの目標だったと思う。そのモデルが制度疲労を起こしていることは、我々が(政治・行政・企業による不作為で)「失った30年」と表現している通り、30年前から既に気付いていたのではないかと思う。現在日本が置かれた状況を考えると、今後の経営に必要な(手本となる)先生は、欧米には存在しない。もちろん(欧米から)学ぶべきことは学び、日本の素晴らしいところはしっかりと維持し、さらにその部分を強化していきながら、世界に向けて日本の経営方式や日本経済の構造を示していくことは重要だと思っている。一般論として、これからの日本の立場は、欧米に追いつけ追い越せではもうない。そうではないとすると、日本はこのまま(目標を失い)人口減少で沈んでよいのか、あるいはイノベーションが起きず、ダイバーシティが進まず、LGBTQ(を差別する)発言が起きてしまってよいかというと、それはとんでもない話である。世界で最も平等かつ公平で、国民の幸福度が世界一高い国になる。(経済団体は)そのために企業はどうあるべきかを発信していくべきである。社会課題解決に取り組んでいる企業が無数にあり、企業は単に利益を出すためだけに存在しているわけではないことを示す経営者が増えてくる。企業(規模)の大小に限らず、これからの経営者はとにかくまずダイバーシティを進めることである。LGBTQ(を差別するような)発言などはもってのほかである。経営者は信念を持ってダイバーシティを進め、その重要性を発信し、実現していかなければならない。真の目的は、ダイバーシティによって強いイノベーションを起こすことだと思っている。そのような意味では、(追いつけ追い越せというモデルで)真似するところはもうないというのが、これからの日本の経営の立ち位置ではないかと思う。
後段の質問である春闘について、民間の経済学者が発表する資料の集計を見ると、定期昇給込みで3%程度であり、ベースアップ1%に加えて、定期昇給2%程度と見られる。本会でそのような調査を実施していないため、数値についてコメントする立場にないが、(賃上げの)機運は間違いなく高まっていると思う。(今春闘で)結果が出ることを期待する。ただし、勢いで春闘(の妥結)を高めに持っていくことは大事だが、さらに重要なことは、来年も再来年も(今年と同水準を)見通せるかどうかと思っており、その点を若干懸念している。ボーナスではなく、制度として賃金が持続的に上がっていくのはベースアップや定期昇給を含めた賃金制度であり、一過性のものであってはならない。従って、経営者から、今年は頑張ったし、来年も頑張れるという見通しを発信できる水準で妥結することを期待したい。経営者から、今年は頑張ったが来年は分からないというコメントが出てしまうと、結局は従業員たちの将来に対する希望を削ぐことになってしまうため、持続可能性を担保できるようなものであってほしい。そのために生産性を上げる、収益を上げる、イノベーションを起こすという、本来の日本の経済人がやるべきことに注力できるようなものであってほしいと思う。
櫻 田:少子化問題についてお話ししたい。岸田首相は当初「異次元」と仰っていて、現在は「次元の異なる」と仰っているが、国を挙げて(少子化対策を行うこと)自体は大いに賛成である。働く女性が圧倒的大多数となっていき、残念ながら母子家庭もまだ多いという前提に立って、少子化をどうにか食い止め、(出生率を)反転させなければならない。そしてこれは10年、20年とかかる政策であるため、早く始めても間に合うか分からない状況で、現在政府が議論していることは大いに賛成だし、是非やってもらいたいと思う。ただ、(個別政策の)テクニカルな問題にあまり走らないようにしてほしいと思う。フランスのN分N乗方式というやり方もあるが、調べた限り、(日本は)多くの納税者が最低税率5%以下である中で、N分N乗方式によるメリットを受ける人は必ずしも多くないか、あるいは高所得層の人がむしろメリットを受けることになり、大多数の国民を対象にする制度とは必ずしも映らない可能性がある点が気になっている。決してN分N乗方式を否定するわけではないが、もう少し統計に当たって、本当に人口減を食い止め、子どもを産んで育てたい家庭が増える仕組みはないか、どこ(に注力するの)がよいのかという議論をすべきと思っている。本会は以前から給付付き税額控除を主張している。新たな政策を導入する前に、どこにどのような支援をしたら子どもを育てたい家庭、(生みたい)女性が増えるかという点へ議論を持っていくべきだと思う。同様に、共働き世帯がこれだけ増えているのであれば、130万円の壁、106万円の壁を正面から議論すべきだし、標準的な家庭(環境)に合わせて税制を考えるべきである。具体的に言えば、第3号被保険者制度をずっと続けていくのがよいのかどうかはまだ議論されていないが、ここを議論すべきだろうと思う。そういった全体像の中で少子化対策を考えてほしい。(今は)ややテクニカルな問題に走りすぎている気がしている。反対ではないが、一言申し上げておきたい。
Q:豊田章一郎氏のご逝去に関して、櫻田代表幹事から「追いつけ追い越せの時代が終わり、手本なき時代に」とご発言があった。その前提に立った際に、現代や未来の経営者が豊田章一郎氏から引き継いでいくべき道標や教訓はどのようなところにあるとお考えか。
櫻 田:日本は貿易なくして生きていけず、形は変わったとしても、しっかりとしたグローバル化の波を泳ぐ、または波を作る必要があることを、(豊田章一郎氏は)身をもって示された。その部分は間違いなく引き継いでいかなければならないと思う。豊田章一郎氏は、(日本は)内需だけでは生活できない国であることを忘れてはならないと示され、(それは)不変と思っている。一方、我々が自分たちで考えなければならないのは、(手本となる)先生はいなくなり、最先端の技術は常に欧米にあるわけではない(ということだ)。日本独自の技術、社会、あるいは民主主義に基づいた価値観、背後にある公正(という価値観)について、もう一度足元を見て、日本らしさを発信していくことは、特にこれからの日本の経営者に求められていると思う。
以 上
(文責: 経済同友会 事務局)