櫻田謙悟経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
代表幹事 櫻田 謙悟
記者の質問に答える形で、労働移動の円滑化、7-9月期GDP速報、新型コロナウイルス感染症第8波への対応、暗号資産、米国IT企業大手の人員整理、本会と西村康稔経済産業大臣等の幹部懇談会などについて発言があった。
Q:11月10日に開催された第12回新しい資本主義実現会議では、労働移動の円滑化が議題となり、その指針について来年6月を目途に策定する方向で動き出した。岸田文雄首相から企業側に対して、経験者採用や職務給への移行に関する要請があったと思うが、円滑な労働移動を促すためには何が必要か、そして、今一番足りないものは何か、という点について、考えを伺いたい。
櫻 田: 円滑な労働移動の必要性は言うまでもない。一般的に考えると経済発展のために最も重要な生産要素、成長要素の一つである労働力が最も生産性の高いところに動くことは必要であり、それを邪魔するものは経済成長を阻害する。世界で比較すると、一生のうち何回転職したかという質問に対しG7で最も少ないのは日本である。戦後、一つの技術を身につけて一つの会社に忠誠心を持って勤める、あるいはその(一つの)職業に精進していく点でプラスの面もあったと思う。しかし、技術の進歩や産業の構造変化が激しくなる中で、同じ産業が生産性の高い状態で留まることは難しくなっているため、経済合理性に従って労働者が動くことは良いことである。これを阻害してきた要因はさまざまであるが、一つは働く側のメンタリティ(精神構造)である。例えば、勤務先が頻繁に変わると銀行のローンを受けにくい、あるいは、転職先で、勤務先を頻繁に変えてきたことを問われた場合、肯定的な質問とは受け止められないので、答える側も(転職回数を)意識する。また、(特に)中堅・中小企業において、父親の代から同じ職業や会社で(働いている)ことに対する誇りがあった。雇用者側にとっても、長く勤めてもらうことは良いことであるというメンタリティや、一つの会社に長く在籍することや一つの職業を極める社会モデルがプラスに働いてきた時代がしばらく続いた。もはやそうではない時代になったにもかかわらず、そうしたメンタリティと社会モデルが続いていることが大きな問題だ。それを解くには、まず働く側が自分のスキルを使える、より自分に合った仕事に移る決断をできることが大事である。雇用者側もそうした意識を持つ働き手をしっかり繋ぎとめておける魅力ある仕事、魅力ある賃金を提供できるようにしなければならない。そして、そうした動きをさらに促進させるような労働法制をしっかり見直すこと、この三つが揃わない限りは、いくら声高に(円滑な労働移動の必要性を)言っても変わらない。メンタリティの問題もあり、法律を変えたらすぐにできる簡単な話ではない。まず隗より始めよということで、できるところは早く始めて、優秀でスキルのある働き手をより多く雇用することが大事だ。SOMPOホールディングスは、需給がひっ迫している介護事業において、日本最大級の規模で(運営して)いるが、高いスキルを持つ人材、介護士を集めるには、会社のパーパスや研修制度を説明すること、そして、最も重要なことは賃金を上げることである。(SOMPOホールディングス内のSOMPOケア株式会社は)2019年、2021年の2度にわたり処遇改善の対象となった職員の給与は5%を大きく上回る水準で賃上げした。その結果、想定以上の効果が生まれている。
Q:本日11月15日に発表された7-9月期の実質GDP(国内総生産)は事前予想に反し4四半期ぶりのマイナス成長となった。輸入が増えたことが要因で一時的なものであり、設備投資は前期に比べ伸びているという専門家の話だが、GDPの過半を占める個人消費は思ったほど伸びていない。足下の10-12月期の実質GDPに関しても、物価高の懸念や新型コロナウイルス感染症第8波といった要素がある。企業経営者として個人消費の伸び悩み、消費マインドをどのように見ているか。
櫻 田:マイナス成長になった(主な要因)は、輸入(増)である。ロックダウン等(ゼロコロナ政策で)滞っていた中国の物流が戻り、一気に輸入が増加したため7-9月(期)が突出して(輸入が増加したように)見えるが、年間を通して平均してみれば、極端な動きではない。輸入は(総)量が増加しただけではなく、円安の影響もあり(総)額も増えている。設備投資は概ね想定通りの伸びを示している。一方、これまで(コロナ禍の影響で)投資のタイミングが遅れていたものが調整されているため、今後も日本経済を牽引していく要素になるとは思っていない。(個人)消費は、勢いは衰えたと思っているが、本会会員との議論では7-9月(期)において、(前期比)マイナスとならず、伸びが鈍化した程度であれば、購買力はまだあるという見方が強い。最近の急激な物価上昇下、かつコロナ禍で鈍化しているとはいえ(前期比で)伸長している点は大きい。今後インフレは簡単には収束しないと思われる中、政府の(物価高騰)対策もあり、(インフレ)率は落ち着く可能性がある。食料品や旅行等に対する(個人の)購買意欲は強いと感じており、懸念は(新型コロナウイルス感染症)第8波が来るか否かである。(新型コロナウイルス感染症第8波は)感染者数が現在から2週間程度で第7波のピークに近くなるとの意見もある。その状況次第では外出に制約がかかり、消費行動を控える行動に繋がる可能性がある。(個人)消費の力強い伸びは、さらに先送りになる可能性がある。米国も日本も不確定要素は存在するものの、経済が著しく失速し、底へ向かう状況とは思っておらずそこまで悲観していない。
Q:新型コロナウイルス感染症第8波に備え、政府は医療機関のひっ迫が危機的な状況ではイベントの延期など外出の自粛を呼びかけることができる新しい指針を出した。一方で重症率は季節性インフルエンザとほぼ変わらない状況であり、新型コロナウイルス感染症対策分科会の委員からもそこまで行動抑制をしなくて良いのではないかという声が出ている。政府の外出自粛などの呼びかけは消費マインドを下げることにもなる。政府の警戒感は適切なものになっているか、代表幹事の考えを伺いたい。
櫻 田:政府は経済優先で進めたいが医療ひっ迫が起きないように警鐘は鳴らしたいと理解している。医療ひっ迫が起きない限りは、新型コロナウイルス感染症を折角今まで乗り切ってきたことからも、ウィズコロナに耐えられるレジリエンス(回復力)がある社会を作りたい点で政府の気持ちはよく分かる。経済に対して安易にマイナスの影響を与える政策は採りたくない一方で、医療ひっ迫により危機的な状況は作りたくないことから、現場に近い知事などの首長が判断できる法体系を今から作っておきたいということであり、極めて合理的である。少なくとも安易に経済のブレーキを踏まないようにということは要望として申し上げておきたい。
Q:先日の指針であれば経済に過度なブレーキがかかる可能性は低いということか。
櫻 田: 設備投資は大きく変わらず相応の勢いを持って伸びていくと思うが、問題は(個人)消費である。買いたい、遊びたい、出かけたいという気持ちがある限りは、一般の消費者はしっかりとした感染対策をした上で行動することから、政府の政策に右往左往することはないと思う。一方で、第8波に対して消費者が本当に恐怖を感じてしまうと経済にはマイナスの影響を与える。必要以上に恐れることなく、正しく恐れることを消費者に分かりやすく伝達することがとても重要である。
Q:米国の暗号資産(仮想通貨)交換業大手FTXトレーディングの経営破綻が話題となっている。暗号資産の未来について受け止めをお伺いしたい。
櫻 田: 暗号資産は裏付け(資産)がなく需給(関係)だけで(価格が)決まっており、仕組みを支える上でブロックチェーン(技術)が非常に重要である。どのような犯罪によって今回の事件が生じたかは解明されておらず(事件の詳細は)言及できないが、(暗号資産は)絶対的に安全ではないと明らかになった。(暗号資産は)電子的に取引されるため、一度問題が生じると、莫大な金額の損害に発展する可能性があり、リスクが大きいことも明らかになった。世間一般の暗号資産に対する投資が今まで以上に慎重になるのは避けて通れないが、一度は通らなければならない道だと思っている。一方、暗号資産そのものが消滅すべきとは思っていない。可能な限り規制の少ない自由な資金、資本移動はフィンテック(の一種)でありこれからも模索されるべきである。今回の事件に関して(全容)解明と(暗号資産の)安全性について説明があった上で、自己責任であるという覚悟が持てる人が今後も暗号資産を運用することは反対しないし、むしろ(暗号資産は)積極的に発展していくべきと思っている。
Q:米国のアマゾン・ドット・コムが従業員約1万人を大量解雇すると一部報道があった。イーロン・マスク氏が買収したツイッターも全世界の従業員の約半数を解雇したと報じられた。GAFAと呼ばれる米国のIT企業大手で急激に人員整理が行われている現状について、代表幹事の受け止めを伺いたい。
櫻 田:(アマゾン・ドット・コムの大量解雇は)意外だった。アマゾン・ドット・コムの(アンディ・ジャシー)CEOが今後の経済見通しに明るい展望を持っておらず、(経済が)力強く回復するわけではないため、早めに手を打っておきたいということだと思う。インフレの影響で消費額は上がっているものの、(消費)量は減っている可能性があり、先行指標を見ながら判断していると思う。米国は万単位で解雇する(企業がある)一方で、同等かそれ以上に雇用を増やす企業や産業もあるため、労働移動が常態化しており、レジリエンスが高い。日本も一時解雇を自由化し流動性を高めるべきということではなく、職業が変わることに抵抗感や偏見を持たない点で、今回の出来事をよく観察しておく必要があると思う。ツイッター(の人員整理)も同様の感覚を持った。欧州や特に米国(で制作された)映画やドラマを観ると、「仕事を探している」あるいは「新しい仕事が見つかった」と夫婦や友達同士で日常茶飯事のように会話されている。職業が変わることは珍しいことではなく、暗い話をしているようには映らない。日本でも、やりたい仕事を常に意識しながら、(社員個人の志である)「MYパーパス」と合っている職業や会社に勤めることが今後大事になると思う。
Q:11月14日、経済同友会と西村康稔経済産業大臣等の幹部懇談会が開催された。経済産業省幹部に向けてどのようなことを要請されたか、感想と合わせてお伺いしたい。
櫻 田:西村康稔経済産業大臣のご発言で、考えが一致した点は2つある。一つは、直近30年間で実行しようとして(出来なかった)大変革を起こす(今度こそ)最後のチャンスである(という発言である)。もう一つは、大変革を起こすには日本人がアニマルスピリッツを取り戻さなければならない(という発言である)。この二つは本会が以前から言い続けていることに近い。総括提言「『生活者共創社会』で実現する多様な価値の持続的創造―生活者(SEIKATSUSHA)による選択と行動―」では、(失った30年について)経営者、民間企業の責任(に言及した)。裏返せば、大変革やアニマルスピリッツは、民間企業(自ら)が起こし実行するものであり、政府に言われて実行できるものではない。まさに(大変革やアニマルスピリッツは)民間企業の使命であると申し上げた。その点呼応しているのか、あるいは若干の相違があるかもしれないが、(政府と本会が)実行したいことは同じと思っている。本会から申し上げた点は2つある。一つは、2006年以来策定されている成長戦略は、毎年約50の政策が載っており、単純計算すると16年間分で約800の政策が(閣議決定)されているはずだが、全て実現できていたら少なくとも対外的に比較して先進国で日本だけが(名目GDP)成長率で劣後することはなかった。本会でその要因を議論した結果、政策の評価指標がアウトカム(成果)ベースになっていないことが分かった。例えば、法案の作成、制度の変更という形で政策が実現した場合、評価指標上はABCのうち、AやB(といった最高評価やそれに準ずる評価)となる。(評価指標が)実施したか否かであり、アウトカムベースではない。(かつて目標に掲げられた)「(名目GDP)年率3%(程度)の成長実現」あるいは「名目GDP600兆円達成」はアウトカムベースだが、達成できなかった。評価指標をアウトカムベースに見直すべきと(申し上げた)。もう一つは、「なぜ」を5回繰り返すと真因に到達すると言われる「5WHY」を徹底すべき(と申し上げた)。なぜ成長できないか真因を探る前に新規の政策を打ち出すと、結局同じことを繰り返すことになりかねない。(失った30年の)真因を探るべきだと思っている。その真因の一つは、変革を起こせなかったのではなく、1人当たり名目GDPは非常に高水準であり、既に豊かであり安心・安全で安定している日本で敢えて痛みを伴う変革を起こしてまで、変わりたくないメンタリティがあったのではないか。新しい政策を用意する前にどうすればアニマルスピリッツを取り戻すことができるか、「5WHY」を徹底して手を打たなければならない。それは政府だけの仕事ではなく、国民運動としてやっていかなければならないと思って話をした。気持ちは一つだと思っている。
以 上
(文責: 経済同友会 事務局)