櫻田謙悟経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
代表幹事 櫻田 謙悟
記者の質問に答える形で、ロシアへの経済制裁、中国のロックダウン、為替、量子技術戦略、プロ野球佐々木朗希投手のプロ初完投・完全試合、企業の週休3日制などについて発言があった。
Q: ロシアの経済制裁について、政府は一部の金融機関の資産凍結、機械類や一部の木材・アルコールなどの輸入禁止、石炭の段階的輸入禁止など追加措置を表明した。追加制裁は企業活動にも大きな影響を与える。代表幹事は日本政府の制裁措置をどのように見ているか。また、日本の損害保険会社はロシアでの企業向けの保険契約の引き受けを停止しているが、損保業界における企業活動の影響について所見を伺いたい。
櫻 田: 今回、戦争犯罪にも匹敵するロシア軍の行為が明らかになってきていることから、価値観を共有する西側諸国やG7と、経済制裁の足並みを揃えていくことは当然だと思っている。また、これまでよりも一段と踏み込んでいくことは個人的には賛成である。なお、政府は、経済制裁に対する反動がブーメランのように返ってくることについて、準備はしているものと理解している。ロシアとの取引(が縮小すること)によって、経済界全体が深刻な影響を受けることはないが、間接的に資源価格の高騰や穀物価格への影響は出てきており、コストプッシュインフレにつながることは覚悟しておかなければならない。これらの影響に対して政府はいろいろな手を打とうとしているが、過度に反応をすることでマーケットのメカニズムを破壊してしまうことがないように注意をしていただきたい。現時点でそのようなことが起きているとは思っていない。保険契約の引き受け停止については、ロシアで働いている一般の労働者や、直接この戦争とは関係がない企業に過度な影響を与えることがないように対応している。ただし、全体としてはこのまま(保険契約の引き受けを)縮小していかざるを得ない。ロシアにおける現政権のもとでは極めて厳しい状況である。
Q: 中国・上海での(新型コロナウイルス感染症感染拡大による)外出制限について、新たな感染者が14日間発生しなかった地域については外出禁止措置を緩和することが決まった。一方で、感染者数が過去最多を更新する中、多くの地域で外出制限が続いている。ロックダウンが長期化することによる世界のサプライチェーンへの影響についてどのように見るか。
櫻 田 : 金額など量的に影響を把握するのは難しいが、ロックダウンの影響は間違いなく出てくるだろう。以前も述べたが、ユーラシアグループが今年のリスクとして挙げているのは、新型コロナウイルス感染症対策としてのロックダウンの失敗である。今回が失敗だったかどうかを私は述べる立場にないが、ロックダウンによっても新型コロナウイルス感染症の拡大を十分に防げないことが示されている。打ち手とその効果は必ずしも想定どおりではない。ロックダウン政策に固執し続ける限り、経済への影響はさらに深刻になるだろう。具体的に言えば、いくつかの企業、例えばセブン-イレブンは上海に150店を出店しているが、今回の外出制限延長により4月6日以降も休業している。ファーストリテイリングも4月4日時点で上海の全86店舗を休業している。ソニー、フォルクスワーゲンなどにも(工場の停止が)広がっていることを考えれば、決してプラスの影響にはならない。中国をマーケットとして上海などに拠点を構えている企業の売上に影響が出てくるだろう。繰り返しになるが、量的にどれほど影響が大きいかは現時点で把握できていないものの、センティメントは良くない。世界銀行も今年の中国の成長率の予測を引き下げている。いつまでロックダウンを続けるのだろうか。秋の共産党大会に向けて、中国当局の決断、判断が間違っていたとは認めにくいため、そう簡単にロックダウンの解除は行えないのだろう。個人的には、今後もロックダウンは続くと思う。
Q: 為替動向について、ニューヨーク市場で1ドル=125円70銭台まで下落し、6年10ヶ月ぶりの円安水準となった。今朝、鈴木俊一財務大臣が、急激な円安変動は望ましくないとの考えを示したことで少し戻した。米国の消費者物価指数などの発表が控えている中、鈴木財務大臣の発言を含めて、現状の受け止めを伺いたい。
櫻 田 : 私自身が(1ドル)何円程度が望ましいなど(為替水準を)を申し上げる立場にはないことをご理解いただきたい。その上で、ドル円相場について、ファンダメンタルズと(の関係が)どうなのかということと、過去の為替水準について確認をしてみた。具体的には、PPP(購買力平価)、あるいは、いわゆるビッグマック指数(マクドナルドのビックマックの単価を比較して為替レートを算定する購買力平価)を見ても、20%から30%、場合によっては40%程度、歴史的に円が過小評価されている。すなわち、PPPだけを見れば、現状、もう少し円高方向に進んだとしてもおかしくはない。また、ファンダメンタルズを見ても、金融政策の運用幅が狭いこと、あるいは、物価(の上昇)についても、コストプッシュ(原材料費高騰)であり、デマンドプル(需要超過)ではないため、金利を上げにくく、通貨(円)を持つ魅力が減っている。総合的に考えると、歴史的に見ればもう少し強くていいはずの円が、1ドル=125円、さらにその上(の水準を)見に行くとなれば、新しいボックス圏に入ったとの見方をしなければならないのかもしれない。そうだとすると、1ドル=120円前後の水準で安定した方がよいということであれば、この水準に合わせた経済構造に変わっていかなければならない。企業にとっては、パラダイムシフトに近い戦略の変更を求められるのではないかと思う。ただし、過去の円高時代に、海外で製造した方が有利なものについては既に(海外に)出ていってしまっているため、(日本に)戻ってくることはおそらく合理的ではないだろう。したがって、日本の経済構造は、為替水準の変化によって、フレキシブルにアジャストすることができないと思う。そう考えると、今の水準はやはり行き過ぎであり、何とか元(の水準)に戻ってほしいとは考えている。経済同友会の会員にアンケートをとったところ、やはり6、7割の会員が(円安の進行が)行き過ぎとの感覚を持っており、現在の水準は快適ではないと回答している。
Q: ロシアへの追加制裁において、現地で金融関連のサービスが受けられないことは日本企業にとって事業への影響も大きい。保険契約が停止した場合は、リスクを冒してまでロシアで事業を継続するのかという話にもなる。これについての考えを伺いたい。
櫻 田: 経済同友会としては、経済・経営と安全保障の問題は常に表裏一体であると考えている。この戦争(ウクライナへの侵攻)は長く続くであろう。仮に停戦になったとしてもその後の紛争は数年にわたって続くかもしれない。不確実性と危険性がより高まったことは認めざるを得ない。仮にプーチン政権が変わったとしても、直ちに西側諸国が安心して投資ができる制度やインフラが整えられるか、またそのような政権になるのかどうかを見極めなければならない。それまでの間は、ロシアにおけるエクスポージャー、いわゆる経済的な露出は限定せざるを得ないだろう。また、足元はもとより、中長期的にもロシアに対する依存度を下げながら、代替的なマーケットや財政的な関係を持てる国をしっかりと探していくことが必要である。特に資源についてはそれが言える。
Q: 当初、米国などはルーブルの価値を下げることでロシア経済に影響を与えることができると見ていた。ロシアへの経済制裁開始から1か月が経った今、ロシア国内の物価は上がっているものの、ルーブルの価値は戻り、制裁が効いていないのではとの見方もある。今のまま制裁を続けるべきか、あるいは踏み込みが足りないと見るか。
櫻 田 : 個人的な見解になるが、ロシアによる戦争犯罪が行われている可能性が高い中、価値観の問題にも関わっており、譲ってよいところとよくないところがある。当然、経済制裁の効果が出るまでには時間がかかる。また、反対に相手(ロシアから)も経済制裁を行うため、ブーメランのように影響が返ってくる。日本を含めた西側諸国の国民は我慢競争に負けるわけにはいけないとの覚悟を、ある程度持つ必要がある。すでに、そのために石油戦略備蓄を取り崩し、行き過ぎた石油調達先の絞り込みも見直していこうとしている。長期戦に備え、日本もその流れの中にいなくてはいけない。ルーブルの価値が戻っているのはテクニカルな要因によるものと思う。ルーブルと人民元の間には互換性があり、この関係が崩れない限りはなんらかの形で価値の維持ができるだろう。あるいは最大手の銀行についてはSWIFT(国際銀行間通信協会)除外の対象になったが、天然ガスの決済を行う銀行は除外対象になっていない。ロシア側のルーブルでの支払い要求に対して(日本政府は)ノーと言っているが、最終的にどうなるかは分からない。まだ穴は開いており、ルーブル紙幣が完全に紙くずになってしまうものではないと考えられているのだろう。ルーブルの価値が戻っていることで、ロシアへの経済制裁の影響が深刻ではないと受け取るべきではない。ロシア国民が日々の生活に困る状況に至っていないとの指摘については、事実はかなり深刻だと思う。既に報道にあるとおり砂糖など生活必需品に影響が出ており、それが半年、1年続けば相当大きな影響になると思う。西側諸国は手を携えて頑張り続けるしかない。中途半端が一番危ない。
Q: 量子技術に関する国家戦略の公表に向けた動きがある。2030年に国内の量子技術の利用者を1,000万人に増やし、生産額について50兆円規模を目指すと数値目標が明記されるようだ。国を挙げて量子技術戦略を進めていくことに対し、経済界としての期待、思いを伺いたい。
櫻 田 : 量子技術については、本会の小柴満信副代表幹事(JSR名誉会長)の専門分野であり、そのご発言のとおりだと思っている。(戦略について)何年までにどのようになりたいと数値目標を掲げることはよいことである。背伸びをして、必死にやれば何とかなるかもしれないという目標数値を掲げることは非常に大事であり、その意味では、2050年カーボンニュートラル(の実現)は、かなり高い目標ではあるが、一応それに向かって動き出している。2030年度マイナス46(2030年度の温室効果ガスを2013年度から46%削減の実現)も同じである。様々な新しい技術がある中で、いわゆる汎用の量子コンピュータについて言えば、あらゆるものに使えるという意味で大きなインパクトがある。ただ、2030年に(利用者)1000万人、(生産額)50兆円という目標は、科学的、統計的、あるいは計量経済モデルか何かを使って設定したものではないだろう。しっかりやっていこうという(意欲)目標だと思っている。そもそも、量子(技術)だけである必要はないと思っている。既にアニーリング型、あるいは汎用量子など、様々なタイプの量子コンピュータが出ているが、一番議論しなければならないことは、量子コンピュータを使って一体何をしようとしているのかである。量子コンピュータの活用目的を議論しないまま、ただ技術のみに注目していくと、ビジネスモデルでうまく対応できないこの国(の蹉跌)をまた繰り返してしまう可能性がある。一般的に言われている量子コンピュータの最大の目的は、非常に時間のかかる最適化問題を解くことと言われているが、一体どの最適化問題を解くのか。渋滞問題なのか、それとも人間の脳の解析なのか、あるいは、がん(の解析)なのか。今のコンピュータにはないパワーを生む量子コンピュータを使って何ができるのかということについて、議論があまりできてない。下手をすると、5Gと同じようなことになりかねない。5Gの先の6Gも非常に素晴らしい技術だと思うが、それを使って何をするのか、すなわち、リテラシーや社会実装についての議論がもう少し出てこなければ、50兆円規模のマーケットは、簡単に出てくるものではないと思う。
Q: 先日プロ野球のロッテ・佐々木朗希投手がプロ初完投・完全試合という快挙を成し遂げた。入団以降、球団が3年間じっくりと育てた結果、このような快挙に至った。これは人材育成の点からも大変示唆に富む出来事であると感じている。これについて代表幹事が感じることがあれば伺いたい。
櫻 田 : 育成状況を詳しく知るわけではないが、佐々木朗希選手も(メジャーリーグの)大谷翔平選手も、若い人は素晴らしいというのが正直な感想である。私たちの年代では無理であろうと思われていたことを、直ちにブレークしてしまう。佐々木選手は、尊敬できる若い世代の1人である。また、佐々木選手が3年間じっくり育てられたということは、じっくりと育てた人がいるということでもある。その方に、どのように佐々木選手を見出したのかを聞いてみたい。天才的なパフォーマンスを発揮するアスリートは人知れず必死の努力をしているものだが、その努力の部分を見せないでいきなり華やかな舞台に出てくる。おそらく佐々木選手も大谷選手も必死の努力をされてきたのだと思う。そのような努力に、またその努力を支えてきた監督やコーチなど、周囲の人たちにも光を当てるべきである。企業人をはじめ日本の社会は、「失敗を許す」や「チャレンジを認める」ということだけではなく、どのようにすれば育成できるのかにもっと関心を持つべきである。これはどの社会においても当てはまり、スポーツだけではなく財界や学界でも言えることである。キーワードは若い人材だと思う。
Q: 企業の週休3日制が広がりつつある。これまでは育児や介護等の必要がある社員に対する就労支援の目的が強かったが、業務改善や生産性向上の面からの導入が増えている。どのように見ているか。
櫻 田 : 今回、日立製作所が週休3日制を導入する目的は生産性の向上だと思う。これ自体は、大変良い取り組みだ。生産性を上げることが目的だとすれば、週休3日にするやり方もあるし、まさにコロナ禍で進めてきたリモートワーク、テレワークの徹底もある。テレワークといっても、コンピュータでログイン、ログアウトの記録を取り、家に居ても仕事をしている証拠を出さないと勤務と見なさないようなものは、初歩のテレワークだ。本来のテレワークは、どこにいても結果は出せる、どこにいても与えられたミッション、仕事の目標を果たすことができることが目的である。週休3日で(なくても)、(ミッションを果たしていれば)1日休んで良い、あるいはその1日を自分のスキル向上や家族と過ごすなどプライベートの充実に充てることは、テレワークでもできるはずだ。ログイン、ログアウトを記録し、朝9時から夕方5時までを勤務時間とするのは、本来のリモートワークではない。日本が行うべきは、結果、アウトプットによる評価を徹底することだ。それができれば、週休3日どころか週休4日も不可能ではない。その一里塚として週休3日制があってもよい。当社(SOMPOホールディングス)では、もう少しアウトプット思考でテレワークを積極化する方が合っていると思う。
以 上
(文責: 経済同友会 事務局)