小林喜光経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
横尾 敬介 副代表幹事・専務理事
記者の質問に答える形で、(1)仮想通貨流失問題、(2)米国TPP復帰検討表明、(3)ダボス会議、(4)為替、(5)日銀総裁人事、(6)春闘などについて発言があった。
Q : コインチェック社から多額の資金が流出した問題について見解を伺いたい。このような問題が起こると、やはり危ないから避けたいというのが一般の人々の本音かもしれないが、その一方で時代の流れから逃げるわけにはいかない側面もあろうかと思う。今回の事態に関して、どのように感じているか。
小林: 新しいテクノロジーに限らず、古いテクノロジーも含めて、(例えれば)あらゆるコインには表と裏がある。サイエンスというのは非常に便利で、世界を変えるというか、イノベーティブであり、人々にとって役に立つ部分が大きい。一方、それが人々の生活にネガティブに働くというのも(また事実である)。いろいろな(もの、例えば)医薬品、化学品、あるいは原子力についても(当てはまることだ)。ビットコインやブロックチェーンのテクノロジーに関する今回の問題についても、時代が(変わる)ある過程において、セーフティーやセキュリティーに100%対応できない中で起こった、残念な事故のひとつだと思う。(仮想通貨については)中国や韓国なども規制を相当厳しくしているが、セキュリティーをどれだけしっかりするかがポイントであって、テクノロジーそのものが悪いという方向にいくのは本筋から離れている。今回も金融庁がしっかり監督していくと(聞いている)。経済がサイバー空間で非常に活性化し、米国のプラットフォーマーを中心に、莫大な時価総額に膨れ上がっているという中で、IoTやAIなど、21世紀半ばに向けた次世代の技術をベースにしたブロックチェーンのテクノロジーは、金融に対して利便性を与えるものだと思う。今回の問題でこの技術自体を否定したり、「羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」というような対応は賢いことではないと思う。二重三重のセキュリティーチェックをしておけば、こういうことはなかっただろうと(も考えられる)。ビットコインの特性も、取引所などによって異なるので、一義的に理解することは危険だと思う。
Q : (今回のコインチェック社の問題を受けて)金融庁がすべての仮想通貨取引所に対して調査に入る方針と聞いているが、後手の感触が否めない。今回の行政の対応についてどう考えるか。
小林: 先ほど申し上げた通り、中国や韓国のようにあまりに厳しく規制するというのも問題である。これはテクノロジーに起因した話であり、本当に理解している人がやらないと何をやっているか判らないだろう。金融庁がそうしたことに適した人材をどれだけ確保できるかがポイントになると思う。今回の金融庁の対応については、技術の深いところを含めてしっかり(理解し)、規制するというよりは一緒に考えるという姿勢でやるべきだと思う。
Q : 仮想通貨は、引き続き育成していくべきか、あるいは規制を強化する方向にいくべきと考えるか。
小林: ビットコインは日本のシェアが高くなっている。世界の流れとして、ゆくゆくはこういうマネーが普及していくだろう。ビットコインについて、(先物相場に例えて)小豆がコインになったようなものだと言う人もいるが、ビットコインやブロックチェーンの定義を本当に把握している人は、まだあまりいないのではないか。しかし、(仮想通貨は)ITの一環であり、分散型のテクノロジーは今後、クラウドも含めて新しい潮流になっていく。中央集権的なものが分散化し、一方では(分散していたものが)中央集権化するなど、技術はめまぐるしく移り変わっている。あまり規制をかけないで、自由な発想で新しいものを生み出す文化にしていかないと、日本は世界から取り残されてしまう。この分野は、米国、中国がものすごい勢いでシステムを開発しており、「国力」として捉えるべきだと思う。当然、消費者に対しては、(不正流出などの)事象が起こった時にどう補償するかのセーフティーネットは必要だが、こういうテクノロジーを否定する方向には行ってほしくない。特に、日本は既得権と規制(が強いが)、米国ではプラットフォーマーが(台頭してきている)。日本では製造業トップの企業でも(時価総額が)25兆円ほどなのに、米国・アマゾンは約70兆円、中国・アリババは約50兆円(もあり)、マーケットはバーチャル空間のビジネスの方により価値があるとみている。今、利益を生んでいるかは別として、既存の製造業やサービス業を完全に凌駕している。そういう時代が来ているという認識がないと、世界に立ち遅れてしまうだろう。
Q : 米国のトランプ大統領が、条件が整えばという留保付きでTPP復帰に言及した。 これは日本の政府や、日本経済界も切望してきたことだが、この急な展開をどう受け止めているか。
小林: 2017年11月5日にトランプ大統領が来日し、朝食会でご一緒したが、明らかにTPPは「No」だと言った。ずっとそのトーンだったが、ここへきて(変わってきた)。日本がリーダーシップを発揮し、カナダ・トルドー首相も(最後は)妥協してTPP11が3月頃に調印される流れをみて、トランプ大統領はカナダ・メキシコとの関係性も見据えて交渉の方便として先手を打ってきた(のではないか)。一見、TPPも含め、(多国間貿易協定を)完全に拒否するものではないとの方向転換をしたようにみえる。だが、ダボス会議での発言を聞いていると、二国間協定がメインだということは変わっていない。TPP11に対する一つの撹乱作戦(ではないか)。日本政府は再交渉しないと言っており、もし米国が復帰するために再交渉に乗れば、甘利元大臣、茂木大臣がご尽力されてきたものが無に帰すことになる。トランプ大統領も言及せざるをえないほど、(日本が)TPP11をまとめた功績は大きい。トランプ大統領がTPPに「No」を突き付けても、日本政府や経済界が、米国抜きでTPP発効させるべきだと言い続けてきたことは、今のところ戦略的には正しかったと言えるのではないか。先週のダボス会議では、(自分は日程の都合で)トランプ大統領の演説を現地で聴講できなかったが、これに関連して残念なのは、世界70カ国・地域の首脳級が参加しているなかで、日本の政治家が殆ど参加していなかったことだ。トルドーカナダ首相は自らがTPPをまとめたかのように発言していた。日本は国会日程と重複しているとはいえ、せめて副大臣、政務官など(がダボス会議に参加し)、真面目に日本国のIRをやらないともったいないと思った。
Q : 国会が始まったばかりだが、安倍首相の「働き方改革国会」という問題提起に呼応する形で野党がやりとりしておらず、スキャンダラスな(問題が)取り上げられている現状についてはどう考えるか。また、先ほどの質問で「国のIR(Investor Relations)が大切」と発言されたが、その趣旨は、例えば国会会期中にダボス会議が行われる場合、政務官と副大臣どちらが担当すべきか。
小林: IRの部署は内閣府にあるだろうが、それはそれとして、(現地には)70カ国・地域のトップが来ていた。G7で日本だけ(首相級が)行っていない。本当は、せめて閣僚が1人か2人は行かなければならないのではないか。かつて中国があまりダボス会議に来られなかったのは、春節と重なっていたためで、ダボス会議(の開催時期)を早くしたり、遅くしたりしていた。去年は習近平国家主席が参加している。毎年(首相が)行くのは大変かもしれないが、国会をどこかで調整し、首相なり、せめて副首相、大臣級が行く(べきだ)。出席している人を見ると、メイ英首相、メルケル独首相、マクロン仏大統領、トランプ米大統領も出席している。このような状況の中で(日本の政治家が不在であることは)もったいない。それでいて、国内のスキャンダラス(な問題)ばかり(国会で議論している)というのは、前向きでない。一国をリードする人たちが、前向きでないものにあまりにも時間を使いすぎているのではないか、という率直な思いがある。
Q : 為替について、先週のムニューシン米財務長官から始まって、トランプ米大統領や黒田総裁の発言もあり、1ドル109円前半とかなり円高になっている。(これまで円安で)日本経済にとって環境の良かった相場だったが、少し嫌な空気に変わってきている。為替についてのお考えを伺いたい。
小林: (実体経済が)何も変わっていない割には気持ち悪い(相場だ)。ムニューシン氏がドル安容認と解釈される発言をした一方で、トランプ大統領はドルは決して強くなくてよいと発言した。また黒田総裁は緩和を継続すると言っているにも関わらず、マーケットはそろそろ何かあるのではと予想している。日本も、コアCPIが1%を超えていく可能性がある。あるいは、需給関係でGDPギャップもプラスになって久しい。GDPデフレーターもプラスとなり、当然、労働コストもかなり上がってきた。色々な指標がプラスになり始めてきている。これが何クォーター続けばデフレ脱却宣言となるのかは別として、マーケットはデフレ脱却宣言が今年中なのか来年なのか(と憶測し始めている)。日本も何かしらの手を打たざるを得ないと見始めているのではないか。イエレンFRB議長も、最後の置き土産として金利を上げるかと思ったが、上げなかった。(株式市場は)もう少し落ち着いているかと思ったが、日本は株価も下がってきたし、少し気持ち悪いというのが現状ではないか。
Q : 長期に続くと見ているか。
小林: 一時的なものだと思いたい。地政学的と言うよりも、純粋にマーケットの問題ではないか。108~109円以上の円高は望ましくない。
Q : 日銀総裁人事について伺いたい。4月に黒田総裁が任期満了となるが、今の時代の金融政策を推し進めるには、総裁にはどのような条件が必要か。
小林: 日銀総裁の最終的な任命権は総理大臣にあるが、個人的に私が感じるのは、金融とは、重さがないネットの世界を通じてコンマ数秒で世界中に情報が伝わる、極めてグローバルな駆け引きだということである。(総裁に相応しいのは)米国やEUがどのような動きをしているか(を見て)、金利や財政について的確に判断できる人ではないか。思想的なものは別として、グローバルで、果敢に決定できる人が適任ではないか。
Q : 黒田総裁の評価について伺いたい。
小林: バズーカと呼ばれた金融緩和を行い、明らかに経済は浮揚したが、これをどのように持続可能なものにしていくかですべての評価が決まるのではないか。リーマンショックの後、(日銀は)それほどドラスティックな対応はしなかったが、(黒田総裁が就任した)2013年4月以降、このような時はショックを与えなくてはならない(という意図で大規模な緩和を行い)、極端な円高をドラスティックに円安に誘導した。初めは40~50兆円、そして80兆円規模の緩和をして円安に持ってきて、特に輸出産業、大企業を中心に企業収益が良くなった。トリクルダウンが起こっているかどうかは鮮明ではないが、中小企業も含めて、全体が潤いつつある。ここまでは非常に結果を出したと思う。失業率も下がり、数値的には悪いところはあまりない(のではないか)。消費者物価指数(上昇率)が1%に近づいたが、物価は簡単には上がっていない。今後、米国は(今後も)一定程度、金融政策を引き締め、のり代を作っていくだろう。EUがそれに対応したり、要人のちょっとしたコメントで状況が変化する中で、1ドル110~115円だったものが、あっという間に108円台になってしまう。ものすごくセンシティブな対応を要求される中で、のり代を作っていかなければならない。出口戦略を精緻に考えながら、どこかで(引き締めを)進めていかなければならない。内閣府の試算では、2027年にようやくプライマリーバランスが黒字化するが、これにどのように対応していくかを今から評価しなければならない。(アベノミクス)第1の矢、第2の矢は、形として(経済環境を)ここまで引き上げている。しかし第3の矢は、なかなか新しい成長戦略や成長事業(に繋がっていない)。今はたまたま為替がよく、中国、とりわけ米国の経済が好調で、欧州もGDP成長率2%台を保っている。このような良い状況なので一見(企業は)儲かっているが、本質的に新しい事業やイノベーティブな状況を準備できているだろうか。(アベノミクスが始まって)5~6年経っても、あまりない。米国は、プラットフォーマーを中心にITやAI、ロボットも含め、新しい産業の息吹が感じられる。あるいはドイツのように、大学や企業、官が一体となってIoTを推進する。そういったものが目に見えて具体化している国と比べると、(日本は)まだ遅い。逆に日銀から見ると、企業は儲かっている割にどうして給料を上げないのかというフラストレーションもあるだろう。だが、給料を上げると同時に、企業として永続的に新しい事業を創出して、世界の競争を生き延びていく手立てを講じなければならない。日銀も政府も、(これ以上は)あまり打つ手がないのではないか。そのようなところに来ているのではないかと思っている。
Q : 日銀による上場投資信託(ETF)の買い入れが膨らんで、上場企業の大株主が日銀であるということが常態化している。これだけの株高が続く中で、日銀はETFの買い入れを現在のペースで進めるべきか、どのように考えるか。
小林: 買い入れを進めれば、(株価が)保てるのか。緩めても株価が保てるのか。私はディーリングをやっていないから、よく分からないが、出口(戦略)、持続可能性に直結する要素の一つである。経験的に積み上げていって、最終的には(日銀のETF買い入れに)依存しないマーケットを志向していくべきだ。
Q : 「出口戦略をどこかで考えなければならない」というご発言だが、例えば2018年内のあたりを考えているのか。
小林: 米国、EUの出方次第だ。いつデフレ脱却宣言が出せるのかにも絡んでくるかもしれない。(デフレ脱却の)基準(を考えたときに)どうやったら脱却宣言が出せるのか。(デフレ脱却が)消費者物価指数(CPI)上昇率、単位当たりの労働コスト上昇率、GDPギャップとGDPデフレーターが全てプラスになり、それが数クオーター続くという定義であれば、それほど長い先ではないだろう。4つのパラメーターのうち、どこかで1つでもマイナスになったら、(デフレ脱却の条件が)ゼロカウントになるとなれば、なかなか難しい。非常に政治的配慮が必要だ。何よりも、連邦準備制度理事会(FRB)やドラギ欧州中央銀行総裁(の政策)にもよるだろう。
Q : 春闘について伺いたい。安倍首相の呼びかけもあり、経団連が3%の(賃上げ)目標を示した一方で、連合は要求水準を据え置いた。自動車の(労働)組合は月額3,000円以上というベアで(要求しており)、それでは3%に届かないという試算もあるなど、弱気な姿勢が目立つ。組合側の要求姿勢についてどうお考えか。
小林: 連合全体としてはベアで2%、定期昇給で2%と言っているものの、単組(企業組合)が要求しているベア3,000円では0.5%~1%程度で、計算が合わない。これでは、全体をまとめる連合が何を述べているのかが分かりづらい。経団連は年収ベースで(の賃上げを)主張しているが、政府の(掲げている)3%とは年収ベースなのか、月例賃金ベースなのか(という問題がある)。月例賃金であれば、3%はそれなりに高い(水準だ)。ベア1~1.5%、定期昇給2%として、ようやく3%になる。定義が違うところで議論してしまっている部分もある。3%といっても、ボーナスや一時金を含めれば、7%~10%(の賃上げになる)企業もあるだろう。物差しが明確でないのに、やたらと言葉ばかりが先行しているところがある。交渉するには数値をしっかり把握し、定義をはっきりさせて議論すべきだが、それが意外に行われていないのが不思議だ。
Q : 自動車産業は春闘相場をリードする立場だと理解しているが、その労組ですら3%に届かない水準を要求していることについては、どうお考えか。
小林: (単組の要求の)一方で、連合が4%を要求しており、非常に分かりづらい。最終的には単組と企業で(交渉を)している。あるいは、電機連合や自動車総連など業種業態の単位で企業と交渉しており、個別に行うしかない。儲かっているところは(賃金を)たくさん出せば良いし、儲かっていない時は出せないというだけの話だ。最近までは雇用(確保を交渉の)ベースにしてきたから給料(が上がらないこと)を我慢していたが、雇用が安定すると、給与を上げるよう(要求が出てくる)。本来は、業種以前に個々の企業と個々の労組で対応するものだと思う。以前も申し上げたとおり、首相がおっしゃっているのは、マクロで見たときにこれくらいになっていれば良いという目安と理解している。
以 上
(文責: 経済同友会 事務局)