代表幹事の発言

長谷川閑史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨

長谷川 閑史 代表幹事
前原 金一 副代表幹事・専務理事

記者の質問に答える形で、長谷川閑史代表幹事より、(1)経済情勢、(2)春闘、賃上げ、(3)黒田東彦 日本銀行総裁就任から一年、(4)日韓関係、(5)環太平洋パートナーシップ(TPP)協定、(6)「STAP細胞」の論文問題、(7)日本版NIHの発足、などについて発言があった。

Q: ウクライナ情勢が相変わらず流動的である。本日の株式市場は反発しているが、情勢に左右されて上下動を繰り返している。昨日発表された3月の月例経済報告でも海外情勢の景気下振れリスクが懸念されているが、どのように見ているか。

長谷川: 景気に対してはさまざまな不安定要因がある。米国は比較的順調に推移しているが、欧州は底を打ったとはいえまだ力強い回復(基調)にはなく、新興国でも少し懸念材料が出てきている。日本経済は、今のところ回復基調を維持しているが、4月1日の消費税率引き上げでどうなるかが一つの試金石になる。株式市場が極めて敏感な状況であり、ウクライナのようなことが起きると、当然(市場は)ネガティブに反応する。昨日、米国の株式市場がほぼ今の段階で落ち着くのではないかということから反発したので、日本の市場も少し反発しているのが現状である。報道によると、安倍政権発足後、(日経平均株価を)一年前と比べた年間上昇率は、(昨年12月30日時点では)57%だったが徐々に縮小してきており、今の水準が続けば5月初旬にはフラットになるかもしれないとのことである。ここから先がアベノミクス、日本経済にとっての正念場だと思う。

Q: 消費税率引き上げが秒読みに入っている。(税率引き上げ前の)駆け込み需要も高額商品は一段落してきており、4月1日以降の反動減が懸念されている。所感を伺いたい。

長谷川: 住宅、自動車等、1月頃ほどの勢いはないにせよ、今なお駆け込み需要があると見ている。4月以降の反動減について、4~6月期は間違いなくマイナスになるだろうが、政府は大型補正予算で緩和し、何とか(落ち込みを)1四半期だけに抑えたいとの意向である。賃上げも、現段階で決まっている企業は、政府の強い要請に応えた形になっているし、企業も消費者も弱気にならず、自分たちで景気を支えていくという気持ちを持つことも必要である。政府の思惑通り、(景気の)落ち込みが1四半期だけで済むよう祈っている状況である。

Q: 3月12日は春闘の集中回答日だった。大手企業では数年ぶりのベースアップや賞与の満額回答などが相次いだが、この結果の受け止めと、今後の中小企業への広がりについて、所感を伺いたい。

長谷川: ベースアップに満額回答の企業もあるが、ベアは満額ではないものの賞与は満額回答という企業も多かった。特に、自動車や電機など日本の産業界をリードする企業は、その責任も感じて、十数年ぶりのベア実施というところもあり、傍観者がいない形で景気回復を押し上げようという姿勢が見えて良かった。中小企業への波及は、少し様子を見ないと分からない。一部は、消費税率引き上げ分をきちんと(価格に)転嫁できるかも関係してくるが、公正取引委員会も実態の聞き取り調査などを始めており、大手企業が下請け企業の価格転嫁を阻害することのないよう、かつてない監視体制をとるなど手を打っている。これらを考えれば、(賃上げが)中小企業に波及して然るべきであり、ぜひ経営者が応えることを期待している。

Q: 3月20日で、黒田東彦 日本銀行総裁が就任から一年を迎える。デフレの出口が見えてくるほど物価水準が上がってきている一方で、為替効果が一巡し少し鈍るという話もあるが、この一年の成果をどう見るか。

長谷川: 黒田総裁が就任早々の昨年4月に発表された「2%の物価上昇を2年以内に実現する」という目標に向かい、今のところ順調に進んでいることは、日本経済にポジティブに影響している。報道等では、次の緩和がいつかとの話題も出ているが、サプライズに近い大幅な量的・質的金融緩和(QQE: Quantitative and Qualitative Easing)については、黒田総裁の性格から判断すると、やるのであれば小出しではなくずばっとされるだろう。いずれにせよ、これまではよく期待に応えておられる。

前原: 中小企業の倒産が減少し、利益を上げる企業が増えてきている。これは大きなプラス(評価)だと考える。

Q: 物価上昇の目標値は、このまま継続ということで問題ないか。

長谷川: コストプッシュの部分がどのくらいあるかは別として、今のところはこのままでいいのではないか。

Q: 日韓関係が少し動き出した。一方、中国ではニコンのカメラが標的になる事態も起きている。4月のバラク・オバマ米大統領の来日を控え、日・中・韓の関係をどう見ているか。

長谷川: 4月下旬に予定しているオバマ米大統領の来日以前に、オランダ・ハーグで開催予定の核安全保障サミットで、日韓もしくは日米韓の首脳会談ができればというのが今の動きのようである。これまでなかなか実現しなかったが、米国の後押しや、安倍晋三首相が国会答弁で「河野談話」を継承するとのメッセージを発したこともあり、オバマ米大統領の来日よりも前に、一日でも早く、(首脳)会談が実現することを期待している。

Q: 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が今後の日米交渉で動くかもしれないとの期待もあるが、受け止めを伺いたい。

長谷川: (米通商代表部(USTR)の)マイケル・フロマン通商代表をはじめとする米国交渉官の態度は強硬だが、一方で、オバマ大統領はTPPを何とか(合意)したいと考えているとの情報もあり、その辺りをどう読むべきか迷うところである。米国の貿易促進権限(TPA)法案がどうなるかということもあるが、私としては、米国は依然として合意にこぎつけたいと考えていると思いたい。初めから分かっていた通り、(TPPでは)相当高い関税撤廃率を前提としているだけに、日本がそれをどう米国の納得が得られる形でクリアするか、どういう段階でどういうカードを切るかを考えて、なかなか前に進めないというところであろう。一方で、豪州やカナダとのバイラテラルの(EPA)交渉を進めていることは大変良いことであり、それらが少しでも、TPPの日米間交渉の背中を押すことになれば良いと思う。結論から言えば、日本は後から(入ればいい)という話も米国側から聞こえてくるが、実質上(日本が入らなければ)TPPの意義は大幅に薄れるため、それはあり得ないと思っている。

Q: 理化学研究所の小保方晴子さんの「STAP細胞」論文問題について、今、日本を代表する研究機関で大きな事態になり混乱している。また、これからの成長のタネになる期待があった中、ブレーキをかけかねない。この事態をどのように受け止めるか。日本の成長機運にブレーキをかけないために、産業界、日本はどうすべきであると考えているか。

長谷川: 日本は、科学技術立国であり、それを支える人材立国でもあり、先には山中伸弥先生のiPS細胞発見で世界を驚かせた国でもある。その国の研究者が発表した内容が、大きな疑念をもたらしていることは、極めて憂慮する事態である。私は科学者ではないが、製薬企業の社長として長い間研究開発を見てきた。今回のような場合、発表された手順やプロセス、手法を使ってSTAP細胞が本当にできるかという「再現性」が、論争に決着をつける最大のポイントであると考える。再現性がなければ、発表内容について疑義を持たれてもやむを得ない。一日も早く、それ(再現性)が証明されることを期待している。このことが景気に影響を与えるというのはいささか早計で大げさであると思うが、日本人の持つ誠実さや正直さに傷がつくことがないよう祈っている。

Q: 日本人の誠実さや正直さに傷がつく瀬戸際にあるということか。

長谷川: 理化学研究所の野依良治理事長の記者会見を詳細には聞いていないが、今の状況からすれば憂慮すべき状況にあると言わざるを得ない。

Q: 新年度に入ると日本版NIHが動き出すと思うが、どの辺りに注目し、どう推移していくべきと思うか。

長谷川: ライフサイエンス分野は、世界に通用する画期的な技術・製品を安定的に生み出している国が先進国の10カ国程度しかないという特殊な分野であるが、そのような国々では、基礎研究と応用研究、あるいはアカデミア(学術界)とインダストリー(産業界)とのブリッジング(橋渡し)の機能を、政府が設けているケースが多い。日本にそれがなかったことが、日本のライフサイエンス研究の足腰が少し弱ってきている要因ではないかとの問題意識が、日本版NIH構想の発端であると理解している。加えて、(ライフサイエンス研究の)三つの管轄省庁(文部科学省、厚生労働省、経済産業省)が、各々の予算を出し合って、省庁横断的に協力体制を作ろうとの趣旨もある。予算、権限、人員が当初の構想通りに一つのガバナンスの下に一本化され、配布、フォローアップ、協働が進めば、必ずや成果に結び付くものと考えており、そうなることを切に願っている。

Q: まだまだ予算規模や人材がシャビーではないかとの話もあるが。

長谷川: 米国と比較して予算規模にケチをつけたくなる気持ちは分かる。しかし、国防費でも米国は日本の10倍使っており、経済の規模が3~4倍になればこのような部門の予算は10倍程度になるという等比級数的な比例関係がある。まずは、このような省庁横断的取り組みを、少なくとも1,350億円の予算を一本化し、一つのガバナンスの下で執行できるような体制が整ったことが画期的である。ネガティブにとらえれば「その程度でどうする」との見方もあろうが、「小さく生んで大きく育てる」というくらいの気持ちで進めないと、始めから理想的な形にこだわっていてはなかなかスタートできない。私自身や企業が直接貢献できることは少ないと思うが、暖かく見守っていきたい。

前原: (この機能で)研究パフォーマンスの評価ができれば、わが国では画期的である。

以上

(文責:経済同友会事務局)

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