長谷川閑史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
前原 金一 副代表幹事・専務理事
記者の質問に答える形で、長谷川閑史代表幹事より、(1)国家安全保障戦略と防衛計画の大綱の閣議決定、(2)猪瀬直樹東京都知事の徳洲会資金問題と都政の停滞、(3)キャロライン・ケネディ駐日米国大使との面談、(4)エネルギー基本計画、(5)第二次安倍政権発足から1年、(6)労働者派遣法改正案、(7)賃上げ、(8)景況感、(9)2013年の振り返りと今年の漢字、などについて発言があった。
Q: 本日、国家安全保障戦略と新たな防衛計画の大綱が閣議決定された。中国の対外姿勢や軍事動向を「国際社会の懸念事項」と明記していることが特徴と言えるが、所感を伺いたい。
長谷川: 国家安全保障会議(NSC)の発足を受け、また来年1月の国家安全保障局の設置に先駆け、国家安全保障戦略と防衛計画の大綱がこのタイミングで閣議決定された。日本にとっても関心事だが、国際社会にとっても関心事である中国との関係について、戦略や大綱にきちんと盛り込むことは当然であると思う。特に、中国との関係がこのままで良いと思っている人は、少なくとも日本にはほとんどいないと思うし、国際社会もそうは思っていない。ましてや、(中国による)航空防衛識別圏の一方的な設定に対して、日本は毅然とした態度を取り、米国の対応の詳細は不明だが、報道によると、ジョセフ・バイデン副大統領が本国に戻ってから中国側に「それは認められない」と電話で伝えたとのことなので、(日米間での)齟齬はない。(国家安全保障戦略に)記載の通り、日米同盟の強化にさらに努めることが大前提となり、内容、タイミングについて適切なものと判断している。
Q: 防衛計画の大綱については、離島、特に尖閣諸島を念頭に置いていると思うが、民主党政権の「動的防衛力」に代わる基本概念として「統合機動防衛力」を掲げている。抑止力とのことだが、一触即発の懸念は拭いきれない。安倍晋三首相は国民一人一人に理解を求めるとのコメントを公表したが、懸念する点はないか。
長谷川: 日本としてできることは、当然のことではあるが、最新の安全保障環境を踏まえて、常時継続的な情報収集、警戒監視、偵察活動を行う、と大綱で打ち出している。一方で、一時期話が進みかけた中国との危機管理のメカニズム構築について、今中国側には受け入れる用意がないかもしれないが、日本としては中断されている話し合いの再開に努めることが望ましい。予期しない、偶発的な事態が起きた場合に、重大事にエスカレートしないような危機管理メカニズムの構築が最も求められていると思うし、そのような時期が来ることを願っている。
Q: 先週開催された日本・ASEAN特別首脳会議で、ブルネイのハサナル・ボルキア国王は、日中関係について「協議を通じた解決を期待したい」と述べていた。現在のように対話のチャネルがまったく途切れている状態は良くない。一方で、この時期に今回のような国家安全保障戦略や防衛計画の大綱が決定されたことには、非常に懸念がある。中国との対話のあり方について、どうあるべきと考えるか。
長谷川: 安倍首相自身が「我々サイドのドアはいつでも開いている」と述べており、これに尽きると思う。このようなタイミング(での決定には懸念がある)というが、尖閣諸島を巡る問題等で、指摘のあったような(対話が途切れている)懸念材料もある中で、日本としては、自国防衛の観点から、警戒体制の整備や国民への注意喚起、危機管理のメカニズム(構築)をより進めていくような働きかけを行っていくことは当然だと思う。また、ASEAN諸国の立場では、一部の国では南シナ海で同様の問題を抱えているにしろ、中国と日本という世界2位と3位の経済大国が、この地域で対立状態を続けることは好ましくない。二国間で話し合いで解決してほしいと述べるのも当然だろう。
Q: 安倍政権のアジア外交について、対話の窓口を広げていく姿勢を支持する発言があったが、窓口を広げているだけでは、ヒト・モノ・カネは通らないし心も通らない。拳を振り上げることも必要だが、対話を行い、ヒト・モノ・カネの交流に踏み出すにはどうしたらよいか。
長谷川: これに対する答えはない。ヒト・モノ・カネについて、ビジネス面では、中国側からも、政治と経済は分離しようとのメッセージが直接・間接的に届いている。中国企業のトップをはじめ企業集団の訪日も行われているし、日本からも訪問している。さらに、海外からの対中直接投資を見ても、日本は対前年比で16.3%増えている。経済の連携、相互補完はほぼ、尖閣諸島問題以前に戻りつつある。また、中国からの旅行者数もかなり復活しており、以前の状況やそれを超える状況にまでは戻っていないが、そこは(政治と経済を)切り離すことで継続的な回復が見込めるのではないかと考える。
対話については、相手がある問題である。国際的な二国間の話し合いにおいて、前提条件をつけてそれを受け入れるなら会うというのは、国家の盟主としては受け入れがたい。前提条件なしでオープンに話し合う機会が訪れるのを、辛抱強く待つしかない。近隣諸国との交流は、包囲網(を敷くという意味)ではなく、ASEAN諸国も交易相手として極めて重要な国である。1月にはアフリカへの訪問が予定されているし、中近東のトルコにも2回訪問されており、積極的な外交の一環だと捉える方が自然である。
Q: 猪瀬直樹東京都知事が医療法人徳洲会グループから5,000万円を受け取った問題について、本日も都議会で追及が行われている。2020年東京五輪の組織委員会の立ち上げ期限が来年2月に迫っており、これも含めて、都政の停滞が懸念されつつある。改めて、この問題と2020年東京五輪への影響について、所感を伺いたい。
長谷川: 大会組織委員会の立ち上げと会長任命の期限は2月上旬と決められており、開催を引き受けた都市の義務として、何が何でもやらなければならないだろう。一方で、開催都市の知事が、借入金の問題について、都議会総務委員会で連日のように朝から晩まで10時間を超える質問を受け、それが都政停滞につながっていることや、多くの質問に答える中で矛盾が出てきている状況は、極めて憂慮すべき事態である。私としては、早く解決していただきたいとしか言いようがなく、後は知事ご本人と都議会の判断になるが、いつまでも続けることは好ましくない。
Q: 昨日行われたキャロライン・ケネディ駐日米国大使との面談について、内容を伺いたい。
長谷川: 私以外には前原金一副代表幹事・専務理事、小林喜光副代表幹事、藤森義明副代表幹事、伊藤清彦常務理事、岡野貞彦常務理事が出席した。非常に気さくな方で、極めて和やかな意見交換となった。まず、ケネディ大使は自ら何でも学ぼうとされ、ご自身に期待されていることを聞かれた場面もあり、極めて率直で勉強熱心な方だとの印象を持った。プライベートも含め、今回の大使就任で通算三回目の来日とのことである。一度目は、20歳の時(1978年)に(叔父の)エドワード・ケネディ上院議員(当時)と広島を訪れ、二度目は新婚旅行で京都・奈良を訪れたとのことであった。(日本とは)そういうご縁もあるが、実際に大使の業務に関連する話は二つあった。一つは、スーザン・H・ルース前駐日米国大使夫人もそうであったが、日本における女性の社会進出・労働参加について、その促進に貢献したいとのことである。もう一つは、(経済連携委員会委員長として)TPPを含めた経済連携協定を担当している藤森副代表幹事も出席していたので、TPPについてどう思うか、との質問があった。この段階で年内に(米日間の)合意形成ができなかったことは残念だが、様々な情勢を考えると、最も高いレベルでの合意形成を目指しているTPPを主導する、最も影響力の大きい二カ国である。交渉に参加している12カ国の内、米国と日本を合わせた経済規模は全体の90%程度を占めると思われ、その二大大国が抜けることはあり得ないし、日本にも米国にもそのような選択肢はない。来年のできるだけ早い時期に合意に達することを期待するし、機会があれば政府に働きかけたいと申し上げた。
Q: エネルギー基本計画が、閣議決定は年明けのようだが、原案がほぼまとまった。原子力発電は「ベース電源」と位置付けられているが、原発比率は示されていない。また、菅義偉官房長官が政府見解として、原子力発電は自然エネルギーとの兼ね合いで徐々に減らしていくとの考え方を改めて示している。これらの点について所感を伺いたい。
長谷川: 原子力発電の比率については、原子力規制委員会が新たな安全基準に基づいて審査している段階であり、原発による発電でピーク時30%だったものを減らすことは分かっているが、どの程度まで下がるのかは、(審査)結果を見なければ、いつどの程度再稼動するかがはっきりしない。現段階で政府が(原発比率を)言い切れないのはやむを得ない。これは、COP19でも議論があった温室効果ガスの発生量をどれだけ減らすかとの話にもつながる。再生可能エネルギーについては、どの国でも、コスト競争力があって既存のエネルギーをある程度代替でき、エネルギーミックスを多様化できればそれに越したことはないが、天気任せ・風任せの部分もあり、それを補う蓄電池等の追加投資も必要であるため、コスト高になる現実では解決の目途が立っていない。その中でのベストミックスをどう考えるかが、これからの課題だろう。これは、原発がどの程度まで補うことができるかにもかかってくる。電力料金の面でも、円安によって輸入コストが上がる典型が電力であり、原発が完全に停止しているため(火力発電への置き換えで)化石燃料の輸入金額は年間3.6~3.9兆円増となり、これは電力料金にも反映される。それでなくても国際標準から見て高い日本の電力料金がさらに上がっていく。再生可能エネルギーだけで補うことは短期的にはコスト増につながり、原発を再稼働させることでベストエネルギーミックスをして当面は維持していくしかないだろう。
Q: 第二次安倍政権発足から一年が経つ。注文をつけるとすれば何があるか。
長谷川: 特に海外のメディアや投資家から注目されている「第三の矢」、中でもこれまで進まなかった規制改革にどこまでメスを入れるかについて、ぜひ、安定政権の可能性が高いこの政権で突破してほしい。農業の改革は、TPPとの関係もあって動き出しており、喜ばしい。中山間地域の問題は別途扱わなくてはならないにせよ、実際に現場では、大規模化や株式会社の参入、JAを通さない取引などの動きも出てきており、(農業の)競争力強化や生産性向上につながるので大変好ましい。医療・介護については、まだどのような方向になるか分からない。診療報酬の改定についても、官邸サイドはマイナスと言っていたものが、押し戻しで少し緩和された表現になっており、最終的にどう決着するかは注目しなければならない。本会でも意見書『診療報酬の改定に関する意見』(2013年12月5日公表)を出したが、デフレの下でも(診療報酬)本体部分は直近3回、全体は直近2回、プラス改定が行われた。デフレ基調でも引き上げが続いたことを踏まえ、現段階で賢明な判断がされることが望ましい。雇用については、過去の経緯もあり、少し時間がかかるように感じている。「世界でトップレベルの雇用環境」「成熟産業から成長産業への失業なき労働移動」とのスローガンを掲げており、これに少しでも近づくように、多少時間かかっても改革を進めることが極めて大事だと思う。公務員制度改革も、通常国会に回ることになったが、最終的には必ず実施してほしい。
Q: 雇用に関連して、12月12日に労働者派遣法改正の見直し案が出ている。企業側には使いやすい内容だと思うが、評価を伺いたい。また、日雇い労働には今回触れられなかったが、所感を伺いたい。
長谷川: 色々な考え方はあると思うが、基本的なコンセプトは、できるだけ多様な働き方を労働側が選べるような環境整備をしようというものである。労働側にマイナスをもたらそうという意図があるわけではなく、働く人にとって少しは使い勝手が良くなると考えている。日雇い派遣については、詳細を十分に理解していないので、勉強しておく。
Q: 12月20日に年内最後の政労使会議が予定されており、経済界に賃上げを促すような合意文書が作られる段取りになっているようである。賃上げは労使交渉で決められることで、政府の過剰介入との警戒感が強い面もあるが、改めて賃上げについて所感を伺いたい。
長谷川: 客観的に見て、第二次安倍政権発足以来、かつて経験したことのないデフレから脱却するために、かつてやったことないような金融政策をとり、民間企業を巻き込んだ成長の実現に向けた「第三の矢」に関する国家戦略特区法や産業競争力強化法が先の国会で通り、これから現実に動き出す。そのような政府の動きを受けて、収益も過去最高を記録する見通しの企業も出てきている。賃金は、賞与と違い、コンセプトとしては生活給部分のウェイトが依然として大きく、消費者物価の動向に影響されるが、それもプラスに転じてきている。諸般の事情を考えれば、企業としても賃上げを考えるタイミング、環境が整っているのではないか。加えて、ここまで景気がある程度上向きになり、デフレ脱却の目途がつきつつある中で、企業も、そのトレンドを加速化するような形でできる範囲で精一杯のことをやるのが、この分岐点における日本経済にとっても極めて大事だと思う。
Q: 昨日、日本銀行が12月全国企業短期経済観測調査(短観)を発表した。大企業・製造業を中心に景況感が改善しているが、改めて景況感を伺いたい。
長谷川: 全般的にポジティブである。残念ながら、7-9月のGDP成長率は下方修正されたが、それに大きく影響しているのは(民間)在庫のようである。その中身が良いものなのか悪いものなのかは十分に理解していないが、短観の状況を見れば、7-9月の状況は一時的で、10-12月では再び上向きに転じるのではないかと感じる。また、業況判断指数(DI)が長年ポジティブでなかった中小企業も、製造業・非製造業ともにかなり改善されており、茂木敏充経済産業相も述べられているように、景気回復の影響が中小企業にも波及しつつあると考えられるし、これからポジティブに影響してくるだろう。ただし、来年4月からの消費税率引き上げの反動を防ぐために、2013年度補正予算を早く執行に移していただく必要がある。一方で、公共事業の入札不調により予定通り執行できず、予算が余っているとも聞く。これが急速に改善されるかどうかは分からないが、来年以降にこの繰り越し部分も執行されることになれば、(消費税率引き上げに対する)マイナス影響の緩和にポジティブに働くと考えて良いのではないか。
Q: 今年最後の定例記者会見になるが、2013年を振り返って印象に残ったことを挙げていただきたい。
長谷川: まず何と言っても大きいのはアベノミクスである。この効果が久しぶりに日本に明るい見通し、雰囲気をもたらしたことはプラスであった。国家の存在感や影響力を図るベースは、大きく言えば、経済力、軍事力、それらを背景にした政治・外交力、さらに付け加えるとすればサブカルチャー等を含む文化もあるかもしれない。その中で日本は、第二次世界大戦の反省を踏まえ、専守防衛として軍事力による影響力の行使は放棄している。日本にとっては、経済力を高めていくことが、存在感を維持し高める唯一の源泉である。その部分がポジティブになっていることは、国家にとって非常に大事なことである。特に今、新興国(の成長)が少しスローダウン、米国はやや回復の気配が見えているものの、EUはまだまだ回復に時間かかるなど、世界全体(の経済)が低迷している中で、長い間デフレに苦しんできた日本が、アベノミクスで再び成長の傾向が見えてきていることで各国から注目を集めている。加えて、安倍首相の極めて能動的・積極的な外交により、日本への信頼度、注目度が最近ではかつてなく高まっていることは注目すべき点であろう。近隣諸国との問題解決に目途が立っていないことは、あまり長く持ち越してはいけない、できるだけ早く解決したい点である。特に日韓関係について、先週マニラで三極委員会に出席した際、韓国の元外交官と話す機会があり、韓国メディアの論調や世論も、あのようなこと(反日)を続けることを必ずしも全面的に支持する状況にはないような変化も少し見られると聞いた。加えて、米国の助言により日韓首脳会談でも実現すればなお良いと思う。中国については難しいが、安倍首相が繰り返し述べられている通り、辛抱強く、毅然と粛々と対応することに尽きるだろう。
Q: 先週、今年の漢字が「輪」と発表されたが、代表幹事が今年を表す漢字を一つ挙げるとすると何か。
長谷川: 挙げるとすれば、テン、転換期に差し掛かって展望が開けつつあるということで、転換の「転」と展望の「展」だろう。
以上
(文責:経済同友会事務局)