長谷川閑史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨
稲葉延雄 諮問委員会 委員長代理
前原金一 副代表幹事・専務理事
冒頭、長谷川閑史 代表幹事より意見書「新政権に望む-経済成長の実現と国家運営の再構築を-」、稲葉延雄 諮問委員会委員長代理より「2012年12月(第103回)景気定点観測アンケート調査結果」について説明があった。その後、記者の質問に答える形で、(1)景況感、(2)新内閣に望むこと、(3)安倍晋三 自由民主党総裁のバラク・オバマ米大統領との電話会談と訪米予定、(4)金融政策、(5)民主党への期待、(6)国債の追加発行、(7)消費税増税、(8)今年一年の総括、について発言があった。
「新政権に望む-経済成長の実現と国家運営の再構築を-」に関する長谷川のコメント
機を失しない形でタイミング良く、できるだけ早く公表するとともに、安倍自民党総裁にも機会があれば直接届けたい。これだけ多方面で行き詰っており、十数年の間に8つもの成長戦略が策定されたにも関わらず、殆ど成果らしいものが見られていない。(安倍)総裁自身が(次期内閣を)「危機突破内閣」と述べられたように、確かに危機の状態である。非常に切羽詰った危機感があるだけに、抜本的な改革が必須であり、具体的内容はいつも述べているようなことである。改めて時間をかけた検討が必要な事項もあろうかとは思うが、それ以外の即やるべきことも山積しているので、それらについては、逐次スピード感を持って実行していただきたいというのが、要望の骨子である。詳細については本文を確認いただきたい。
質疑応答
Q: 景気定点観測アンケート調査結果について、現状はやや厳しい・後退の傾向があるが、今後に対しては明るい見通しが示されている。この最大の要因は何だとお考えか。
稲葉: 必ずしも明確には分からないが、(アンケート調査結果のP.14で)「世界経済が再度力強い成長軌道に回帰するために、どのようなことを期待するか」の回答で、「米国経済が財政の崖問題を克服し、世界経済を牽引すること」や「欧州が域内における矛盾を克服すること」などが上位を占めており、このような形で外需がある程度戻ってくることを期待しての見通しではないか。
Q: 景気定点観測アンケート調査結果で、先行き明るい見通しを示した答えが多かったということだが、調査の時期がちょうど選挙戦最中で市況が上がっている時期なので、この辺りも回答に心理的な影響があったと考えていいか。
稲葉: (回答用紙の)自由記述欄の今後の精査が必要だが、自民党の金融政策絡みで強気になっているような感触は特段受けていない。経済は少し落ち込んでいるが、少なくともこのままズルズルと落ち込み続けるわけではなく、何とか戻ってくるのではないか、という意向だろうと思う。
Q: 稲葉さんに伺いたい。株高・円安が急速に進行しているが、どう見ているか。
稲葉: 色々な見方があり、正解はなかなかない。株式は若干値が上がり、為替は幾分円安気味に動いている。市場には、さらなる金融緩和の下で為替が円安に、その下で経済も少し良くなるのでは、との期待があると推察される。一方、債券市場を見ると、長期金利はそれほど高くなっていない。経済が良くなるのであれば、長期金利を中心に金利の上昇が観察されてもよいが、どちらかというと弱含み、むしろ下がるような気配を示しているので、この市場ではそれほど先行きを強く見ていないのではないか。これらから何らかの見方を読み取るのはなかなか難しく、引き続き、新政権の経済政策運営や中央銀行の(金融)政策動向を見ながら市場が反応していくと思われる。今の段階で解釈することは難しい。
長谷川: 伝聞でまだ確認できていないが、予想通り、米国の財政の崖は解決の目処が付きつつある、ほぼ付いたというような情報を得た。また、欧州も財政危機からの脱出のあるべき方向性が見えてきている。こういったことから、今後、セーフ・ハーバーとして、円に逃避していたところが少し戻っていくということもあり得る。その兆候も、行き過ぎた円高の是正に向っている要因の一つではないかと考える。
Q: (安倍総裁は)組閣や党内人事等に着手しているようで、麻生太郎 元首相などの名前が挙がっているが、代表幹事から「こういう内閣を望みたい」という点を伺いたい。
長谷川: 安倍総裁自身が「危機突破内閣」と命名されている通り、その危機を突破するのに最も必要な人材を必要な役割に充てていただくことが大事である。平凡に言えば適材適所ということだが、自分自身の経営者としての感覚から言っても、言うは易しいが、それを貫くために、時にはどこまで非情になれるか、ということもある。結果の出せる組閣と党役員人事を貫いてほしいと強く願う。
Q: 組閣・党内人事について、「非情になる」というのは、前回の安倍内閣が「お友達内閣」と揶揄されたことを踏まえてか。
長谷川: 違う。私自身の経験を踏まえてのことで、これはなかなか難しい。リーダーは、常に人情と、それぞれのポジションでベスト・パフォーマンスが発揮できる人材との相克に晒される。そこはやはり結果を求めることが、どのような組織体・事業体でも最優先されるべきであり、(安倍総裁にも結果を求めることを)優先していただくのが望ましい、という意味である。
Q: 安倍総裁は、今日、バラク・オバマ米大統領と電話会談をした。そこで1月に訪米し、首脳会談を開催する方向で合意したようだ。選挙後、すぐのタイミングでの電話会談と最初の外遊先が米国になることへの評価や感想を伺いたい。
長谷川: 安倍総裁が何度も述べられており、ある意味では国民の見方も一致しているが、日米関係が、特に民主党政権の初期において少し揺らいだ。日米両国間において必ずしもそう(尾を引いている)とは私自身は思っていないが、その結果(と考えられている)が国内問題としていまだ尾を引いており、沖縄の基地問題等の決着がまだついていない。先般の北朝鮮による人工衛星と称されるものの打ち上げなど、現在の様々な周辺状況を見ると、まずは日米同盟を強化し、より強固なものにしたいという総裁の考えは当然だろうと思うし、そのために最初の訪問国として米国を選んだことは、極めて理解できる。
Q: 安倍総裁は、大胆な金融緩和を求めている。2%のインフレ・ターゲットや大胆な金融緩和に対して、資金需要が乏しい中では金融緩和をしても日本銀行の準備預金が積み上がるだけで市中にお金が回っていかないという見方もあるが、これについてどう考えるか。
長谷川: いくら論議を重ねたところで、やってみないと分からない部分もあるだろう。私としては、時の首相と日本銀行の総裁が、それぞれの立場で、この国の金融・財政・経済を立て直すために、どのようにやるべきことをやるのかをきちんと話していただくことが前提であり、安倍総裁もそのように述べられている。その上で、さらなる金融緩和あるいはインフレ・ターゲットを、正式ではないが日銀が1%としているものを2%にすることについては、必ずしも悪いとは思わない。具体的にさらに大きな継続的な金融緩和とインフレ・ターゲットが、どのような結果に繋がるかは、ある意味ではやってみないと分からない部分もある。もう一つ、物事は理屈だけではない。「景気」の気は「気分」の気でもあるので、市場、あるいは投資家の雰囲気が少し変わってくることも考えられ、やってみる価値はあるかなとも思う。ただし、政府と日銀が常に話し合い、日銀が金融政策をうつ際には、政府も経済成長と財政規律をどうするのかを併せてきちんと発表することで、いたずらな混乱や疑惑を生まないようにしていただきたいということは、いつも述べている通りである。
Q: 日銀の金融緩和に対して、代表幹事は「やってみる価値はある」と述べたが、稲葉さんはどのようにお考えか。
稲葉: 中央銀行の仕事であり、日銀の政策委員会が、新政権の思いや期待、要望をきちんと受け止め、それに対する答えをしっかり出すべきであり、そのための議論をすべきだということである。
Q: 金融緩和をめぐって、他の経済団体の長が、安倍総裁がどんどん(お札を)刷ればいいと考えていると誤解して批判するような動きがあったが、感想を伺いたい。
稲葉: 日銀もこれまでデフレ脱却を目指して色々とやってきたと思うが、それに対して新政権となる政党から「それでは足りない」というメッセージが送られているのだと思う。(そのメッセージに対して)どう応えるかを日銀側がしっかりと考えるべきだろう。
前原: 2%程度のインフレになれば色々な問題が解決するのは事実だと思われる。(問題は、)その際の副作用として金利がどのくらい上がるか、その時に国債を保有する金融機関がどの程度リスクに晒されるかということである。少し調べてみたが、そう大きなリスクにならないのではないかと考えている。
Q: 新政権の経済政策や中央銀行の金融政策を市場は見ていくだろうとのことだが、明日・明後日、日銀の金融政策決定会合が開催される。市場はさらなる金融緩和を期待していると捉えていいのか。
稲葉: 新政権から、インフレ目標2%程度、その他(金融)緩和に関するある種の提案・考え方が示されているので、日銀の政策委員会でそれをどう受け止めるかを市場が注視しているのだろう。市場は、(日銀が)これまでの言い方との整合性をある程度踏まえつつ、政府の提案あるいは言い方をどう受け止めるかに対する答えを議論して出す、ということを望んでいると思う。
Q: 先ほど、白川方明 日本銀行総裁が安倍自民党総裁に挨拶に行かれたようで、早速という感じだが、日銀側の対応については、どう思われるか。
稲葉: (日銀)総裁に聞いていただきたい。
Q: (先般の総選挙で)負けた方の民主党は、22日に新しい代表を選ぶ。確かに衆議院では相当勢力を縮めたが、参議院ではまだ第一党で、法案に関しても同意人事に関しても、大きなキーポイントになる。野党としての民主党に期待することを伺いたい。
長谷川: 得票率と比べると獲得議席数との差が極端に拡大しているが、(民主党は)惨敗ともいえる大敗を喫した。この状況で今後を考えると、野田佳彦首相も「解党的出直し」と述べられていた。同時に、与党を経験したことのなかった野党時代のように、反対のための反対、あるいは国家の重要課題を人質にとった政局などはやらず、是々非々でやりたい、との発言もあった。これをぜひ貫かれることで、今後、何年先になるか分からないが、政権交代があっても、(与・野党の)お互いが最低限、国益を守るための政策の推進にあたってはルールを守っていく、ということを実績として作ってほしい。社会保障・税の一体改革や、特例公債法案と予算案の向こう3年間の一体処理、さらには「一票の格差」(是正)だけでなく定数削減も次期通常国会できちんと取り組む、などの合意が(民・自・公の)3党でなされたことが先行事例として考えられる。
Q: 金融政策の裏返しの景気対策・需要対策について、自民党も公明党も国債の追加発行を検討しているやに聞く。これはある意味、財政再建目標を破ることになると考えられるが、どのように受け止めるか。
長谷川: 短期と中期の見方があり、すべて結果次第といえる。景気の腰折れを防ぐために大型の補正予算を組むべきと複数の自民党幹部が発言しているが、その(大型補正予算編成の)背景は、今の景気状況に対する対策と同時に、(来年度)予算が本格的に承認されるのは(5月の大型)連休明けになろうことから、暫定予算を視野に入れた形で補正予算を組んでおく必要がある、という面もあるだろう。その財源が建設国債か赤字国債かということはあるが、いずれにせよ一時的に国債発行額が増え、民主党が作った新規国債発行額44兆円のキャップを一時的に超えることはあり得る。しかし、眼前の景気腰折れを防ぎ、また、2020年のプライマリー・バランス(黒字化)を達成するという中期の見通しが出せるのであれば、それ(国債の追加発行)は必ずしも否定するものではないと思う。
稲葉: 代表幹事の考えと同じである。基本的には、その時々の必要性に応じて(国債追加発行による)景気刺激があってもいいと考える。これまでは(その使途に)無駄遣いもあったが、必要なものを必要に応じて出していくということならあり得る。ただし、中長期的な財政規律の維持が大前提である。
Q: 昨日、安倍総裁と経団連との懇談が行われ、(安倍総裁は)消費税引き上げについて、税率を上げることでは必ずしも税収は上がらず、むしろGDPを引き上げることで税収を増やすことが重要との認識を示した。この考え方について代表幹事の考えを伺いたい。
長谷川: 基本的にはその考え方に賛成である。経済成長がなければ、限られたパイをどう切り分けても、全体が大きくならないと(税収増の)効果は一回限りである。中期的には、経済が成長することで税収を増やしていく形に持っていかないと、根本的な問題は解決しない。一方、消費税率を上げて税収が減ることもあり得る。しかし、政治が十分に説明、啓発できていない面はあるものの、過去に橋本龍太郎政権や竹下登政権の下で消費税率を引き上げた時と比較して、国民の理解は相当進んでいると考えている。また、このままでは(財政が)立ち行かないことも(国民は)分かっている。過去の例で、そういう(税率を上げても税収は上がらない)ことはあるかも知れないが、それをもって税率を上げないとは現段階で早計に言うべきではないと考える。
Q: 本日が今年最後の定例会見となるが、この一年を振り返って総括をいただきたい。
長谷川: (2011年4月の)代表幹事就任時に、日本の長期にわたる経済の停滞に対峙し、「デフレ脱却、そして経済成長に向け、任期となる2期4年の間に(成果が)少しでも具体的数値に表れるよう、『実行する同友会』を標榜して精一杯やっていきたい」と述べた。今の段階で、まだその兆候が殆ど見えていないことについては、極めて残念に思う。
経営者の感覚では、かつて経験したことのない、前例のない事態に陥った時には、前例にない対策をとってみる、リスクを取ってみる、そういうことも必要である。企業は徐々にそれをやりつつあるが、政治と行政は感覚的には“3周遅れ”で、全く意識改革ができておらず、極めて残念に思う。いまや省庁間で争っているような時期ではないにも関わらず、(省庁縦割りのため、予算を)一本化し、集中投下し、効率化を図るということができていない。まだまだこれから本当に胸突き八丁のところで、どこまでメスを入れられるかに日本の再生がかかっている。経済同友会は、微力ではあるが、経営の立場で前に進めることは自らやり、一方で、政治や行政にも訴えていきたい。来年は少しでも良い年にしたい。
以上
(文責:経済同友会事務局)