代表幹事の発言
新型コロナウイルス問題に対する中長期的な対応方針についての意見
公益社団法人 経済同友会
代表幹事 櫻田 謙悟
代表幹事 櫻田 謙悟
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はじめに
- 新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)は、現在もなお続き、問題の収束はまだ見えず、長期化を覚悟する必要がある。
- 向こう3年間で、全世界で2,000兆円、年間GDPの20%強の規模の需要が消失するとの指摘もある。大きな影響が長期にわたることを考えるならば、この危機は財政・金融政策だけで乗り切れる問題ではない。
- 民間が主体となり、わが国経済を立て直していくことが重要であり、財政支出等に頼りすぎることなく、回復に向けて歩を進める必要がある。
- 今後、社会が「新しい普通(ニューノーマル)」を確立する過程で、国民の毎日の生活においても、仕事の進め方や人との接し方等、さまざまな変化が生じることになる。その変化は、必ずしも国民に負担を強いるものではなく、むしろこれまでに指摘されてきた社会の負の側面を解消し、新たなテクノロジーの活用やデータ利用等により、生活の質を向上させるものとしていかなくてはならない。
- このような課題認識の下、経済同友会では、短期、中期、長期に必要な施策について検討し、短期については既に「第2次補正予算案を中心とした直近の施策についての意見」として公表した。また、長期については、「ウィズ/アフターコロナ・イニシアティブ」 を設置し、日本再生に向けた検討を進めていく。
- 政府の経済財政諮問会議において有識者議員が提案しているワクチン・治療薬の開発・普及や、医療・検査体制の強化、家計、教育、雇用対策等について我々も賛同する。ここでは、それら有識者議員の提案に加えるべき事項に絞り、長期戦略につながる中期的な政策課題として、政府の「経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太の方針)」等に盛り込むべき事項に関する意見を述べる。
1.基盤整備
(1)さらなるデジタル化の推進
- 我が国のデジタル化の推進のためには、まず民間部門において、デジタル・トランスフォーメーション(DX)を進める必要がある。「2025年の崖」として警鐘が鳴らされているが、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが適切に刷新されないと、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性が指摘されている。こうした負のレガシーにコストをかけず、新規のシステム投資に民間資金を活用するためにも、投資促進税制等税制面での手当を期待したい。システムの刷新により、大企業においてDXが進むのはもちろんのこと、中堅・中小企業等にも波及し、社会全体のデジタル化につながることが期待される。一方で中小・零細企業のデジタル化推進、それに伴うサイバーセキュリティの確保は以前より課題となっている。社会全体の底上げを図る上で避けて通れない問題であり、今回の危機を通じてサイバーセキュリティについての取り組みが進むことを期待する。
- リモート社会の進展とともに、今後、AI・IoT、5G等により急速にデジタル化が進めば、通信トラフィックの激増により、電力需要の構造が大きく変化することが予想され、デジタル社会を支える強靭な電力インフラの確保が重要となる。変化する電力需要に対応するには、電力インフラのデジタル化推進が必要である。例えば、分散電源、蓄電池等散在するエネルギー源を遠隔で制御し、ひとつの発電所のように機能させるVPP(Virtual Power Plant:バーチャルパワープラント)技術等を開発・実装させ、今後の電力安定供給に加え、低炭素化への要請にも応えるエネルギーシステム全体の再構築を進めるべきである。
- ウィズ/アフターコロナの社会における個人消費においては、「非接触」が重要な要因となり、電子マネーの利用が一段と進むと考えられる。その変化に併せ消費者データの利活用を進め、利便性を高めていくことが必要である。
(2)デジタル・ガバメントの刷新
- 政府は、これまで「IT新戦略の策定に向けた基本方針」や「デジタル・ガバメント実行計画」等に基づき、業務改革の徹底とデジタル化の推進により、利用者中心の行政サービスの実現を目指してきた。しかしながら、今回の雇用調整助成金に関するシステム障害等、給付を巡ってさまざまな混乱が生じた。政府のデジタル・ガバメント政策においては、国民目線の欠如、議論の不透明さ、ガバナンスの欠如等が課題として指摘されている。まずは、内閣官房IT総合戦略室の機能・体制を抜本的に強化し、国民の信頼を取り戻すことが先決である。その際には、ガバナンス体制を見直したうえで、民間企業等で活躍する有為なデジタル人材を適切な処遇で採用することが欠かせない。
- そのうえで、国は全体の最適化を目指し、国主導で地方行政のデジタル化のための環境整備を進めるべきである。地方自治体は、国主導で構築したシステムを基に、事務の標準化、統一化を図ると同時に、非効率な業務を洗い出す等デジタル化を活かしたBPR(Business Process Re-engineering:業務革新)を徹底し、業務プロセスを刷新する必要がある。このために、内部人材の育成と合わせ、外部人材の積極的な登用・活用を進めていくべきである。
(3) 地方創生の加速と東京の競争力強化
- 従前から指摘されてきた地震等の自然災害に加え、感染症の発生に備えるBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の観点からも、東京一極集中の是正を進め、リスクの分散を図るべきである。まず、政府関係機関の地方移転を再検討する必要がある。これまでに地方移転が見送られた機能についても、テレビ会議等の活用を念頭に改めて検討の対象とすべきである。仮に東京近郊に所在しなければならない機能についても、霞が関等都心部に集中することは避け、災害に強い多摩丘陵等都下に分散配置することを検討すべきである。
- 企業においては、テレワークとサテライト・オフィスの積極的な展開に努めるべきである。首都圏で勤務する企業社員の地方への短期的な移動は、地方における需要の底上げにとどまらず、地域における業務の見直しや新たなビジネス創出等とともに、関係人口の増加につながる可能性がある。これまでも東京一極集中の是正に取り組んできた地方創生のさまざまな取り組みは継続・強化し、人の「分散」への流れを加速すべきである。加えて、企業の各種機能・オフィスの分散化の支援をさらに強化するために、地方拠点強化税制等を拡充すべきである。
- 一方、東京の国際都市間競争力の維持・強化も不可欠である。テレワークの推進により、通勤時間の長さ等生産性向上の阻害要因を解消しつつ、高度に産官学の機能が集積する東京の強みを発揮するために、「デジタル(リモート)」と「リアル(対面)」を臨機応変に組み合わせるハイブリッド型都市モデルを構築するアプローチが求められる。
- 海外資本のテック企業が、産官学の拠点が集積し、サービスの検証や実装を短周期で行うことができる環境が整う東京を魅力的に捉えていることは間違いない。また香港を巡る情勢が不透明となる中で、東京がアジアにおける国際金融ハブとしての役割を果たす期待が高まっている。その実現のために、国際金融に関連する規制の見直しが求められる。これまでも指摘されているが、テック、金融に限らず、海外企業が東京に進出する際の障害となっているのは、高度外国人材に対応した生活環境(教育および住環境等)や、弁護士、会計士等の専門サービスや行政サービス等における英語対応の貧弱さであり、その整備等が改めて求められる。
2.経済の回復と成長
(1)企業経営の変革支援と新産業の創出
- テレワークが拡大する中、ジョブ型雇用への流れは強まる。時間給と成果給の組み合わせ等、テレワークに対応した就業規則等の改訂や評価制度・運用の修正等に対応する必要がある。政府には、こうした新しい働き方に対応する法令の整備等に早急に取り組んでいただきたい。
- 個別企業内にとどまらず、産業の枠を越えた「すり合わせ」は、わが国の強みを発揮しうる分野である。ものづくりだけでなく、アフターサービスやメンテナンスも含めた多面的な事業パッケージを、官民が連携して諸外国に積極的に展開し、国内外の需要創出、各国の成長の取り込みにつなげることが期待される。同時に、AIやロボットを活用し、「すり合わせの強み」等の暗黙知を、こうしたパッケージに組み込んでいくことも有望である。
- 農業については、担い手の高齢化や労働力不足等による耕作放棄地の増加を背景として、大規模農業の導入余地が拡大している。我が国の食料自給率が低位で推移している中、食料安全保障の観点からも、農業のデジタル化を推進し、生産性を向上させ、企業にとって魅力的なビジネス領域として確立する必要がある。
- 他方、地方を中心に、デジタル化には必ずしも適さない、人と人とのつながりが欠かせない伝統産業等は、参入障壁が極めて高く外国資本が容易に入り込めない競争優位を築いている。政府には、わが国のコア・コンピタンスであるこれらの産業の保護・育成を積極的に行っていくことが求められる。
(2)新たな国際協調体制の構築に向けて
- 今回の危機で、多元的で強靭な国際サプライチェーンをいかにして構築していくかが課題となった。中国に過度に依存する状況は改善しなくてはならないが、地政学的に見ても、また市場の魅力度や技術力の進化速度等の点においても、日本にとって中国は共存共栄していかなくてはならない存在である。日本は、中国・インドを含めたRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership:東アジア地域包括的経済連携)協定交渉をASEAN諸国と手を携えて主導し、アジアにルールに基づく自由で公正な一大経済圏を築き、成長市場への関与を一層強めるべきである。
- 世界経済は自由貿易の拡大とともに発展してきた。日本は、自由貿易の持続可能な発展を図るためのルールメイキングに積極的に参画し、国際協調による危機管理に努めなくてはならない。そのうえで、コロナ危機後の新たな国際秩序の形成において、日米同盟を基軸に、欧州とも連携してリーダーシップを発揮することが求められる。
3.財政問題への対応
(1)特別会計の設置
- 東日本大震災時と同様、経済の回復に要する歳出・歳入に関して、「新型コロナウイルス問題特別会計(仮称)」を設置して管理すべきである。これにより、新型コロナウイルス対策に係る費用の予実を可視化でき、国民の信頼感を高めることが可能になる。
(2)EBPMの推進
- 巨額の国費が投入される新型コロナウイルス対策については、EBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)の考え方に基づく評価と検証を行うことが重要である。これまでも必要性が再三訴えられながらも浸透していないEBPMを、この機に政策立案プロセスに根付かせるべきである。今後、民間企業や学術界で活躍する人材をさらに巻き込み、EBPMの推進体制を抜本的に強化するとともに、現在内閣府や総務省等に分散する評価担当部局のあり方についても併せて検討すべきである。
(3)民間資金の活用
- やむを得ない財政支出が増加する中、民間活力の利活用は不可欠である。PPP/PFIは、民間の資金・経営能力・技術的能力を活用し、地域経済のボトムラインの悪化を食い止め(必要不可欠なサービスの維持)、トップラインの伸長(需要の創出)を実現する仕組みとして、地方において積極的に推進する必要がある。今般のコロナ対策で地方財政の負担が増えることが予想される中、新しい地域ニーズに応え、財政負担の軽減・抑制につなげるには、一層のPPP/PFIの活用が有効である。
- PPP/PFIは事業の採算性のチェックに有効であることに加え、民間経営手法による効率化を通じた支出削減も期待できる。PPP/PFIはその有効性にもかかわらず、約8割の自治体において未実施である。利活用の拡大にあたっては、自治体首長に、その効果を実感していただく必要がある。具体的には、例えば千葉県木更津市と周辺三市連携による新火葬場整備運営事業において、財政負担軽減が達成されたPFIの成功事例、また岩手県紫波町が、駅前都市整備事業を補助金に頼らずに実施し、地域活性化に成功したPPPの成功事例等の認知を拡大し、類似の横展開を推進すること等が有効と考えられる。
4.緊急事態における政策のあり方
- 3月に新型インフルエンザ等対策特別措置法が改正され、新型コロナウイルス対策に関する政府や自治体の体制整備等の法的な裏付けとなった。
- 同法による感染症対策は、私権の制限は最小限とし、基本的に「要請」ベースである。刑事罰を伴うのはごく一部の違反等に限定されている。
- 政府は当初、休業補償に消極的であったが、後に「持続化給付金」や、個人で受け取り可能な「休業支援金(仮称)」の導入を決定した。
- わが国では、諸外国のように私権制限を含む命令とその補償という関係が、当てはまらないため、影響を被る事業者、個人に対する支援対応の遅れの一因となったと考えられる。
- もとより、要請に基づく方式では、ウイルスが致死性の高いものに変異し、広範囲で急速に感染拡大する場合等には、有効な手立てが打てない可能性がある。検査や隔離、感染情報の開示等、一定の強制力をもって対処すべき事象を洗い出し、対応する法令や支援の枠組み等の検討に着手する必要がある。
- 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のあり方等、専門家の意見を政府の意思決定に反映する仕組みについては、事後検証等のあり方等も含めて改めて検討すべきである。
おわりに
- わが国経済社会全体の再興と、ニューノーマルに向けた対応は緒に就いたばかりである。未曽有の事態に対しては、現時点の想定が悉く覆る可能性は十分にある。さまざまな失敗も覚悟しなくてはならないが、この挑戦を止めることはできない。
- 日本社会や国民が団結してこの難局に挑む必要がある。「禍(わざわい)転じて福となす」ためには、ニューノーマルにおける大きなビジョンと、実現に向けた緻密な作業が必要となる。本会としても、中長期の観点から多様なステークホルダーの力を結集し、この時代を切り開いていくための提案や働きかけを行っていく。
以上