採録記事|未来志向の政策トーク番組
『日本再興ラストチャンス』第15回「飲食業界」
第15回「飲食業界」
経済学者・中室 牧子氏と経営者・有識者の対話を通じて、日本を、経済を再興させるアクションプランを考える「日本再興ラストチャンス」。今回は、「飲食業界」について議論しました。(この記事は、ビジネス映像メディア「PIVOT」で配信された動画を採録しています。)
- 中室 牧子
経済学者/慶応義塾大学 教授 - 菊地 唯夫
経済同友会 サービス産業活性化委員会 委員長/ロイヤルホールディングス 取締役会長 - 秋元 巳智雄
経済同友会 サービス産業活性化委員会 副委員長/ワンダーテーブル 取締役会長 - 佐々木 紀彦
PIVOT CEO/MC
(所属・役職は出演時)
外食産業は24兆円規模で、裾野の広さが特徴
佐々木 本日は飲食業界について討議していきます。この番組ではよく規制や政策をテーマにしていますが、飲食業界は一番規制も少なく、日本の競争力が高いところではないかと思うところです。中室さんはこのテーマについて、どのように捉えていらっしゃいますか。
中室 たとえばアメリカではドギーバッグという形で、食べ残しを持ち帰る習慣があります。一方で日本ではそれが難しいことも多く、規制がないわけではないと見ています。ただし、競争力があるというのは間違いないでしょう。来日した研究者やお客様に、日本で一番印象に残ったものを尋ねると、多くの人が食だと答えます。
佐々木 今日は日本を代表する経営者の方々に、外食産業の現状と課題について伺っていきたいと思います。ゲストの1人目は、ファミリーレストランの「ロイヤルホスト」や、天丼チェーンの「てんや」などを展開しているロイヤルホールディングス会長の菊地唯夫さんです。よろしくお願いします。
菊地 よろしくお願いします。ロイヤルグループの菊地です。ご紹介いただきましたように、外食事業では「ロイヤルホスト」や「てんや」、そして「シズラー」など、さまざまな業態を展開しています。
佐々木 ゲストの2人目は、国内外でさまざまな飲食店を展開するワンダーテーブル会長の秋元巳智男さんです。よろしくお願いします。
秋元 よろしくお願いします。当社は国内外で140件くらいレストランを展開しています。菊地さんのところが大規模だとすると我々のところは中堅で、国内外合わせて300億円ほどの規模です。国内では企業でファインダイニングを進めているのが特徴で、「バルバッコア」「ピーター・ルーガー・ステーキハウス 東京(以下、ピーター・ルーガー)」「ロウリーズ・ザ・プライムリブ」といったユニークな海外ブランドを誘致して展開したり、自社開発したしゃぶしゃぶやすき焼きのブランドを、インバウンド集客を起点にしつつ海外展開したりしています。
佐々木 今日は2つのテーマについて伺っていきたいと思います。1つ目は外食産業の構造問題・構造改革についてです。構造的にどのような問題があり、どう変えようとされているのか。そして2つ目は価格高騰時代における経営についてです。インフレで材料費なども上がっている中、どのように経営していくか。まず1つ目のテーマからいきたいと思いますが、構造問題・構造改革という点で、一番の問題は何だとお考えですか。
菊地 外食産業は24兆円という巨大な産業ですが、規模が小さい店舗が数多く存在して裾野が広いという特徴があります。参入障壁が低い分価格競争に陥りやすく、インフレ基調の中で問題点がいち早く表面化したのが我々の産業だと思っています。
佐々木 規模の経済があまり効かないということでしょうか。
菊地 そうですね。外食には、個性や感性を活かす「アート」と、効率性や再現性を重視する「サイエンス」の両面があり、その融合が大事だと私は考えています。たとえば秋元さんの会社が手がけている「ピーター・ルーガー」や、長年にわたって支持されてきた老舗レストランはアートの色彩が濃い。一方で、ファストフードはどちらかというとサイエンスの世界です。アートの領域では、規模の経済はあまり機能しません。規模の経済が効きやすい業態と効きにくい業態とが合わさって24兆円ですので、外食産業全体としては生産性を高める構造を取りづらいとも言えます。
中室 消費者の立場としては、安くて品質が高いというところに日本の外食産業のよさを感じるのですが、価格競争が厳しいことでどのような問題が生じるのでしょうか。
菊地 企業努力の範囲で安さが確保できればよいのですが、無理に低価格競争に向かうと、たとえば人件費の圧縮などが生じます。その結果、さまざまなところでひずみが生まれてしまうことが、価格競争におけるリスクだと思います。
佐々木 秋元さんは価格競争の影響等をどうご覧になっていますか。
秋元 失われた30年の中で、外食産業全体が、安くてクオリティの高いものを一生懸命出してきました。しかしさすがにこの時代は、価格を上げなくてはやっていけません。国内の飲食店は80万軒あるといわれています。その9割は、中小・零細・個人オーナーです。つまり店舗数でいうと圧倒的に中小・零細・個人企業が多い。一方で雇用においては、1割の中堅・大手がかなり握っているという状況です。その辺のジレンマもあり、生産性が上げきれない業界だと感じます。
佐々木 個性あふれる店がたくさんあるのはよいことですが、ある程度合理性、サイエンスも大事だと思う時に、どうしたらうまく統合していくのでしょうか。
菊地 ポイントはやはりDXだと思います。人が価値を生み出しているのが外食産業の特徴ですが、テクノロジーをうまく活用することは、持続性を担保するうえではとても大事です。
秋元 人員を補充できない場合はDXで対応していくことになります。たとえば10人で1,000万円売っていた店舗に、10人が集まらなくなっています。しかし7人でも1,000万円売っていくためには、7人でもお客様が満足できる仕組みが欠かせません。
高付加価値の店舗と効率的な店舗への二極化が進む
佐々木 ユーザーからの質問でも、DXならびに人手不足についての言及が多く見られます。たとえば「外食チェーンの店長をしている。昔のように人が集まらず、常に人手不足で現場は疲弊している。どうすれば人材を確保できるのか」という質問が来ています。おそらく、人材確保とDXによって生産性を上げるという2つの視点があると思いますが、いかがでしょうか。
菊地 1つ問題提起をさせてください。日本の総人口は2012年から減っているのですが、労働力人口は増えています。これは、外国人や高齢者、女性といった方々が新たな働き手として労働市場に参入したためです。ただし今後も同様に増え続けることはなく、むしろこれから本格的な労働力人口の減少が始まるというのが、私どもの問題意識です。
佐々木 先ほど菊地さんが提示してくださったグラフでは、店舗数を増やさなくても、価値の総和は増やしていけるのでしょうか。
菊地 業態によると思います。たとえば「ロイヤルホスト」の場合、居心地がよくなることで、デザートやワインの追加注文が入れば、売上が上がります。一方で、同じことを我々のグループの「てんや」で考えると、そうはいきません。「ロイヤルホスト」はアート色が強いため、規模をあえて削減して価値を復元しましたが、サイエンス色の強い「てんや」は規模を大きくしても価値が損なわれないように、デジタルをより活用する方向に向かっています。
中室 将来的には、高付加価値の店舗と、安くて品質が高い店舗という形で二極化していくようなイメージでしょうか。
菊地 大きくはそうなると思います。前者は人がしっかりサービスをして、きちんと対価をいただけるものにし、後者はデジタルを徹底的に使い込む方向と重なります。
佐々木 DXに関してはモバイルオーダーやタブレットはかなり使われていますし、ロボット配膳も珍しくはなくなってきました。この先、どれぐらいまで進むのでしょうか。
菊地 無人店舗に近いところまではいくものの、最小限の人員は残るのではないでしょうか。ただしDX化の進展には、キャッシュレスの普及も大きく関わっています。たとえば現金があると必ずレジ締め作業に時間がかかります。当社では2017年に一度キャッシュレスのみの実験店舗を試みましたが、現状は社会変化に合わせて徐々に進めているところです。
秋元 我々は2021年に、「ピーター・ルーガー」というステーキハウスをオープンしました。コロナ禍でもありましたので、実はオープン時からキャッシュレスで運営しています。他のブランドでもキャッシュレスを推奨しており、特に単価の高い店舗の約8割は、キャッシュレスでの営業です。
菊地 キャッシュレスで1つポイントになるのは、コストです。店が負担する手数料は、規模が小さいところほど高めになりがちです。すると現金の方が低コストでよいという判断にもなるわけで、小規模店舗が多い業界構造を考えると、悩ましい点だとも言えます。
人口減少の進展で、従業員や取引先が選ぶ立場に変わる
佐々木 「飲食業界に人を集めるために、飲食業界で働いたことのある人材の市場価値をもっと高める必要がある。履歴書に飲食業での経験があることで、転職のメリットが出るようになるとよいと思う」という質問も来ています。賃金問題も関わってくると思いますが、いかがでしょうか。
菊地 人材の市場価値というのは、大事な観点です。秋元さんも参加されているサービス産業活性化委員会で、スキルの見える化についてまさに議論をしています。見える化に加えて人的資本投資もしっかりやっていくことで、この業界で働きたいと思う人が増えることを期待しています。
秋元 資格なのかスキルの一覧なのかという点は、今まさに喧々諤々と議論しているところですが、業界内で使えるものにしていくことを目指しています。現在でも転職関連の記事などはよい効果をもたらしています。たとえば当社で支配人やシェフとして働いたという経験が、転職市場で高く評価されるようになってきました。プライスを鵜呑みにはできないと思いますが、転職自体が年収アップ、キャリアアップにつながるという世の中に変わってきたようには感じます。
中室 今、2つの話が出されました。1つは正社員の年収をどう上げていくかという話で、もう1つは時給単位のアルバイトやパートの賃金をどう上げていくかという話です。正社員の年収はきちんと上がっていくという理解でよいでしょうか。
菊地 我々は、この3年間で賃金を約20%改善しました。それだけ人手不足は深刻であり、人的資本投資が重要なキーワードになってきているという認識です。ここで論点となるのは、人的資本投資と流動化した労働市場をどう両立させるのかという点です。アルバイトやパートといった非正規の方々については、どちらかといえば市場価格が賃金に反映されやすいです。人手不足となれば賃金は上昇しますので、会社としてどう動くかが大事になってきます。
中室 日本の労働市場では、アルバイト・パートはまさに市場価値の論理です。一方で正社員のベースがなかなか上がらないことが、長年の問題と言われていました。
菊地 一気に動き始めた感覚があります。株主、お客様、従業員、取引先というステークホルダーを考えた時に、成長している時は皆が幸せです。しかし成長が止まると、不満を言い始め、利害対立が起きます。たとえばリストラして利益を出すのは、従業員のパイを減らして株主のパイを増やしているわけです。日本では従来、お客様と株主が強く、従業員と取引先にそのゆがみがいくという2強2弱の状況が起こりがちでした。選ぶ側が強く、選ばれる側が弱いという構造だったわけですが、人口減少というのはこの矢印を逆にすると思います。つまり、選ばれる立場だった従業員と取引先が、選ぶ側に変わってきます。すべてのステークホルダーに本当に支持されないと、持続性のある企業になれないということです。
秋元 正社員とアルバイト・パートと、同時並行で値上げをしないと、すべてのステークホルダーをカバーできなくなります。経営者が勇気を持って値上げするという判断をしつつ、給与や時給の上昇を同時並行で進めながらビジネス構造をつくっていくことがとても大事なわけで、当社もここに力を入れています。その結果、2期連続で過去最高売上、最高益を更新し、人もだいぶ集まって来ました。経営者がどれだけ値上げという形で価格転嫁ができるかというのが、やはり勝負どころだと思います。
中室 最低賃金を上げると雇用が減るかという点は、経済学として非常に大きなテーマの1つです。2年前にノーベル経済学賞をとったデビッド・カードという経済学者がいるのですが、この人が非常に面白い研究を行いました。ペンシルバニア州とニュージャージー州の境目のところで、同じ飲食店チェーンの価格帯を調べたのです。片方の州だけが最低賃金を上げて、片方の州は上げませんでした。その時に同じチェーン店同士で、商品価格や賃金、雇用の変化を調べたのですが、最低賃金を上げても雇用は減りませんでした。その時に企業は何をしたかというと、価格に転嫁していたのです。伝統的な労働経済学の議論では、最低賃金を上げると雇用が減ると予想されていたのですが、現実は必ずしもそうならないという彼の研究は、非常に有名になりました。
佐々木 最低賃金が上がると、より労働参加率が増える可能性はありますか。
菊地 そう思います。ただしそこに、「年収の壁」問題など、さまざまな制度が関わります。これらの制約を解消する役割は、やはり国が担うべき点だと思います。昨年、経済同友会で「年収の壁タスクフォース」で座長を務めました。昭和につくられたシステムを微調整してきたものの、もはや限界なのではないかという問題意識は強く持っています。
佐々木 新たなポテンシャルとしての働く人という意味で、シニアと外国の方というのは今後どれぐらい重要になってくるのでしょうか。
菊地 健康年齢は昔と大きく変わってきており、働く意欲のあるシニアの方には、より長く働いていただけたらと考えています。経験が豊富なので、よいサービスやよいマネジメントをしてくれます。しかし、在職老齢年金の制度上、あまり働きすぎると年金が減ってしまいます。ここは年金制度の問題であり、社会保障システム全体を見直さなくてはいけません。働きたい方が制約を考えずに働ける環境をつくっていくことは大事で、外国人の方も一緒だと思います。
中室 同感です。在職老齢年金も、第3号被保険者の問題も、年収の壁も、多く働きたい人のインセンティブを削ぐような制度になってしまっています。一方で、たとえば「103万円の壁」を取り払った時に、本当に労働供給が増えるのかという点については、いろいろな意見があります。制度の壁だけで労働供給を一気に増やすことにはならないかもしれませんが、徐々に待遇を上げ、働きがいや働きやすさによって付加価値を上げていくことが重要だと感じます。
付加価値を磨き、値上げとテクノロジー活用を賢く行うのが大事
佐々木 続いて価格高騰時代の生存戦略について伺っていきたいと思います。皆さん、どのように切り抜けようとしているのでしょうか。
菊地 規模を圧縮しただけでは、おそらく付加価値は上がらないでしょう。提供する価値を高め、それに合わせて値上げをしていかないと、どこかで止まってしまいます。そしてもう1つは、テクノロジーをいかに賢く使っていくか。この2つが、今、とるべき戦略だと思います。
秋元 スーパーマーケットでも食品価格が上がっているように、外食産業の原価は格段に上がっています。人手不足の中、時給を上げないと人が集まりません。外食ではガス、水道、電気をたくさん使用しますので、エネルギーコストも高まります。重要なのは、値上げをしつつ、お客様に合った価値を生めるどうかです。ただしコスト構造自体が上がっていますので、値上げをしても、利益率は減っているのが実態です。
菊地 問題はそこだと思います。コストの分だけ値上げをしても、付加価値を増やさないと不足してしまいます。
中室 この先、アメリカの関税政策の影響も考えられますし、インフレが収まるとも思えません。先を見越した動きは何かあるのでしょうか。
菊地 価格転嫁しながらサービスの付加価値を上げ、DXも進めていくと申し上げましたが、それだけでは十分ではありません。競争領域と協調領域を分け、物流や購買のように競争領域ではないところを業界で連携していくような動きが、今後必要ではないかと感じています。
佐々木 そういう動きは起こっていないのでしょうか。
菊地 過去に何度も経済価値での統合は試みられてきましたが、なかなか進みませんでした。ただし私が今注目しているのは、社会価値のために連携していこうという動きです。二酸化炭素排出の削減に向けた連携なども考えられるでしょう。先ほど持ち帰りの話がありましたが、当社は現在、「mottECO(モッテコ)」というプロジェクトに参加しています。ホテルや飲食店などが参画し、連携して食べ残し持ち帰りを推奨していこうという食品ロス削減の取り組みです。こうした社会価値の実現のための連携には、今後大きな可能性を感じています。
中室 生産性の低い小規模事業者が乱立し、価格競争になると小規模事業者が負けがちだという状況は、日本の経済全体に見られる特徴です。大義名分も含めていろいろ対応が必要だと思いますね。
佐々木 「飲食業が担う役割のところで、多様性のある個人店は後継ぎがいなくつぶれていき、チェーン店が増えて、都市も地方も同じような店舗ばかりでつまらなくなってきたと思います」という質問や、「飲食業界では高級志向と低価格志向のチェーン店が二極化し始めている。高くもなく安くもない普通の個人店はどうすればよいか」という質問が来ています。たとえば相互連携するための協会のような存在はないのでしょうか。
菊地 協会はありますが、そこが主導して連携するのは難しいと思います。一方で、チェーン店の運営は今後ますます厳しくなると思っています。供給に制約がなかった時代には、安く仕入れができ、人材も安価に確保できました。しかし、供給制約が高まると規模が小さい方が付加価値をつけやすいのではないかと感じます。結局のところ、「個人店」であっても自分たちの付加価値を磨くのが大事だということです。
秋元 経営者がどれだけ外国人のお客様を入れようとするか、外国人を雇用しようと思うか、そういったスイッチの変革によって、「普通の個人店」といっても変えられます。たくさんの成功事例ができていますし、関連団体による情報共有も進んでいますので、それを参考に、いろいろなチャレンジはできるでしょう。DX化へのチャレンジもその1つです。
佐々木 インフレ対策としては、ある程度できることは明確なのでしょうか。
菊地 できるところとできないところがあり、対応できないことによる新陳代謝は避けて通れないと思います。さまざまな再編が進む時に、どういうセーフティネットをつくるべきかという観点も出てくるでしょう。
フードロス削減の工夫や、持ち帰りのルールづくりも進む
佐々木 「原材料価格が高騰すると体力のある大手以外は経営が厳しくなっていく。今後飲食業界に新規参入することは難しくなるのでしょうか」という質問も来ていますが、いかがですか。
秋元 参入障壁は低いので、新たな発想でお金をかけずに店を始めるのは十分できると思います。ただし、お客様が長く来続ける店にしていくのは別問題です。たとえばエキナカでチャーハンだけを提供して繁盛している例がありますが、ユニークで採算がとれる商品を数品だけ開発するような工夫も十分考えられます。
中室 フードロス問題も気になるところです。原材料価格が上がる中で、フードロス問題の解決自体が、環境のためにもビジネス効果にもつながるのではないでしょうか。
菊地 経済価値と社会価値の両立は、非常に大事なテーマだと思います。先ほど話した「mottECO」への参画をはじめ、廃棄物を堆肥にして活用するエコサイクルの推進など、フードロスの削減は重要なテーマとして取り組んでいます。
秋元 当社でも仕入れの変更、生ゴミの水分削減、増減の見える化など、いろいろと取り組んでいます。持ち帰りについては、実は日本の縦割り行政の問題が関わります。保健所からは安全確認やPL法という指示が来る一方、環境省からはフードロス削減の奨励が発信されています。そこで今、消費者庁が間に立って、ある程度お客様の責任において持って帰るというルールづくりを進めているところです。我々は欧米型の企業をつくってきましたので、フードロスにもつながるし、家でも楽しんでいただける持ち帰りは「ピーター・ルーガー」などの店舗で推奨しています。
中室 データを使ってより正確に、お客様の注文予測はできないのでしょうか。それもフードロス削減につながると思ったのですが。
菊地 当社でも自動発注とAIを活用していますので、もう少し精度が上がっていくとロスは少なくなっていくのではないかと思っています。
秋元 消費期限切れの廃棄をきちんと計上し、一方で売れ筋の分析を行っている中堅・大手企業は多く存在します。ただし、自動的に人があまり介在せずに分析するところまでの取り組みはまだ少なく、今後の課題と言えます。
中室 私たちはデータ分析を扱いますので、大学と連携して取り組めることもあるように思いました。
佐々木 今は店側が決断すれば、持ち帰りは可能なのですね。
中室 消費者庁が今整理しているのは、持ち帰りをして仮に何かあったとしても、店側の責任を問わないということですね。今までは店舗側の責任になっていたので、持ち帰りは困るという考えが強かったのですが、消費者の責任にする方法は合理的だと思います。
佐々木 今日のメインテーマではありませんが、米の価格はまだ上がるのでしょうか。そもそもなぜこれほどに米価格が上がっているのでしょうか。
菊地 根本的には供給側の問題だと思います。農家の高齢化が進み、辞められる方も増えており、全体として供給が徐々に細ってきています。さらに、異常気象をはじめとするさまざまな問題が複合的に影響し、ついにここで問題が出てきたということでしょう。これは一時的な問題ではなく、構造的な課題であると認識しています。
佐々木 農政の方針に課題はなかったのでしょうか。
中室 これは難しい話で、日本の場合は既存産業をきちんと守らなくてはいけないことから、かなり計画経済のような仕組みになっています。ただし計画経済の話は、最後はうまくいかなくなります。どこまで市場に任せ、どこまで政府が管理するかというのは非常に難しい問題ではありますが、もう少し市場に任せる面があってよいのではないかと私自身は思うところです。
菊地 今の価格は確かに消費者からすると高いと感じますが、一方で農家からはこの価格だったら後継者がいるという話を聞きます。農家の後継ぎがいないと本当の構造問題になってしまいますので、価格上昇の代わりに供給量の安定をはかっていくという方向もあると思っています。
インバウンド向けサービスや海外への展開など、チャンスはたくさんある
佐々木 価格高騰時代の生存戦略という観点で、追加して大事な点、強調されたい面はございますか。
菊地 日本は資源に乏しく、エネルギーを輸入する必要があり、デジタル赤字は現在6兆円でさらに増えていきます。トランプ政権の影響もあり、貿易黒字を増やすのも厳しい状況です。こうした中で、インバウンド消費8兆円というのはサービス輸出の一種であり、外食産業は日本経済の重要な成長戦略を担っていると考えています。そのためにも、外食産業の社会的地位や魅力をさらに高めていく必要性を強く感じています。
佐々木 社会的地位はまだ十分ではないとお感じになりますか。
菊地 「アルバイトはいいけれど就職するのはためらう」大学生も多いと思いますので、いかに働きたいと思ってもらえる産業にしていくかは重要だと思います。
秋元 インバウンドだけの話をすると、月間で350~380万人ほどが来日しています。当社における都心の和食店しか数えていませんが、その約10店舗には月間4万人を超える外国人観光客が訪れてくれます。これはビジネスチャンスの表れであり、訪日客がさまざまな店舗で食を楽しみ、また日本に戻ってきてもらえるような工夫はまだ考えられると思います。
中室 インバウンド拡大を考える時に、店舗に行くまでの交通機関や言語の壁は影響ないのでしょうか。飲食店を取り巻く他の産業の影響という点では、いかがですか。
秋元 地方でも観光ビジネスの1つとして飲食を据え始めています。タクシー配車アプリが使え、メニューはタブレット上で多言語化されれば、各地で食を楽しめる仕組みはつくれると思っています。
佐々木 ワンダーテーブルのお店がインバウンドの方に人気である最大の理由は、どういった点だと見ていますか。
秋元 特にしゃぶしゃぶ、すき焼き、天丼の店舗にインバウンドが来てくれます。ブランドとしてインバウンド、アウトバウンドの両方を進めていることの影響や、MEOと言って、地図上のサーチに力を入れている影響が出ていると思います。たとえば「新宿・しゃぶしゃぶ」と外国人が検索すると、当社の店舗が上位に出てきます。地上を歩いても気づかれない場所に位置していてもMEOで検索し、スマートフォンを見ながらお店に来てくれるお客様が多いという印象です。
佐々木 今日は構造改革の話から価格高騰に対する話まで伺ってきましたが、中室さんから総括をお願いします。
中室 日本の外食産業の強さに関わる話を聞けた一方、価格上昇はこの先も継続的にのしかかり、同時に人手不足問題に対して長期的に取り組んでいかなければならないという実態を改めて認識しました。
佐々木 最後にお2人から、外食産業の魅力について改めてお願いします。
菊地 労働には3つの形態があります。肉体労働、頭脳労働、そして感情労働です。これから起こるテクノロジーの進化で、おそらく肉体労働はロボットに変わり、頭脳労働はAIに変わり、感情労働というのが本質的な価値を持つようになると私は考えています。
秋元 GDPの7割以上がサービス産業であり、外食産業もその中の1つとして重要度が高まってきています。英語ではダイニングカルチャーと言いますが、世界の食事文化を日本に広げ、日本の食事文化を世界に広げるというところを我々は重視しています。オペレーションのうまさや美味しいものを提供する技術、ホスピタリティのレベルの高さという点はやはり日本の特徴です。日本にいても世界中の人たちを美味しい料理やホスピタリティで喜ばせることができる。そして世界を舞台に戦えるような人材が集まり、それが広がっていくような世の中になったらよいと思っています。
佐々木 本日は菊地さんと秋元さんにお話を伺いました。ありがとうございました。
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「日本再興ラストチャンス」
経済同友会とビジネス映像メディアPIVOTがコラボレーションし、YouTubeで配信する未来志向の政策トーク番組。「失ってしまった」30年を経て、これからどのように日本を、経済を再興すべきか。毎回1テーマを設定し、経済学者と経営者・有識者との対話を通じて、解決に向けたアクションプランを提案します。配信一覧はこちらから
動画はYouTube PIVOT公式チャンネルから