採録記事|未来志向の政策トーク番組
『日本再興ラストチャンス』第6回「観光立国」

第6回 観光立国

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経済学者・成田悠輔氏と経営者の対話を通じて、日本を、経済を再興させるアクションプランを考える「日本再興ラストチャンス」。今回は、日本は観光大国になれるのかをテーマに議論しました。(この記事は、ビジネス映像メディア「PIVOT」で配信された動画を採録した広報誌『経済同友』202310月号の再掲です。PDFはこちらから

  • 成田 悠輔
    イェール大学 助教授/半熟仮想株式会社 代表
  • 伊達 美和子
    経済同友会 副代表幹事、
    観光再生戦略委員会委員長/森トラスト 代表取締役社長
  • 山野 智久
    経済同友会 観光再生戦略委員会委員長/アソビュー 代表執行役員CEO代表取締役
  • デービッド・アトキンソン
    小西美術工藝社社長
  • 佐々木 紀彦
    PIVOT CEO

(所属・役職は出演時)

インバウンド需要は日本各地を活性化し、観光産業を発展させる 

佐々木 本日は「日本はどうすれば観光大国になれるか」をテーマに議論を進めていきます。コロナ禍からの行動制限が廃止され、訪日外国人数はコロナ禍前の7~8割まで回復してきました。観光大国として発展していくために、3人の経営者の方々に提案をしていただきます。最初に、成田さんからテーマに関して一言お願いします。

成田 まず、素人質問があります。何千万人と来日している一方で、観光客の滞在は長くて2週間くらい、つまり一年中住んでいる人の数十分の一の時間ですよね。だから観光客消費は国内の家計消費に比べるとせいぜい数%にしかならないという見方もできます。それがこの国を支える基幹産業になれるのか、あるいは違う側面、文化やアイデンティティー、国のブランドのようなものをつくる産業として重要なのか。いろいろなご意見を伺いたいと思います。

伊達 数字については、違う見方ができます。インバウンド需要は 2019年に 4兆円強まで伸びたのですが、対世界輸出額という見方をすると、自動車の 12兆円に次ぐ規模です。日本を支える重要な産業として捉えられるのではないでしょうか。

アトキンソン 日本にとっての観光産業の重要性をいくつか確認しておきたいと思います。まず消費する人数が増えるということは人口減が進む社会において大きな意味があり、地方の観光地の死活問題にもかかわります。また、日本人客だとどうしても盆と正月に移動が集中しますが、世界各国はそれぞれ旅行のピーク時期が異なります。観光産業の稼働平準化には抜群の効果です。さらに雇用や周辺店舗など波及効果も期待できます。外資系ホテルも基本的には現地雇用による運営ですので、その土地に対する波及効果が大きいわけです。輸出産業でありながら、ほとんどの消費が国内で起きる。世界的には波及効果まで入れると、観光産業がGDPの約 11%を占めるともいわれています。

山野 波及効果には注目すべきだと思います。飲食業や食材や食器といった産業にかかわりますし、宿泊が増えればリネンサプライなどの需要も拡大します。

訪日外国人数が回復し、1人当たりの消費単価も拡大傾向

佐々木 観光産業の現況ですが、2023年6月時点でコロナ禍後初めて月間の訪日外国人数が 200万人を突破してきています。韓国、台湾、中国からの訪日客数が上位を占め、消費先としては 2019年次に比べて宿泊費の割合が増加している傾向も見られます。政府は 2030年に訪日外国人数6,000万人を目指すと発表しました。こうした数字をどのように見ていらっしゃるでしょうか。

伊達 訪日外国人の伸びはさらに続くと見ています。日本でのイベント開催ニーズも多く、秋口から訪日客も増えるでしょう。補足したいのは消費単価の上昇部分です。高単価のホテルが増えてきたことも影響して、宿泊費が増えているのかもしれません。実際に高単価ホテルから埋まっている傾向があります。ただしコロナ禍後、中国からの団体旅行に制約があったので、解禁されると傾向は変わるかもしれません。一般的には訪日客が増えると日本での過ごし方も多様になるため、平均単価が下がることも想定されます。

アトキンソン 円安になることがインバウンド誘致効果につながるかどうかは確認されていません。一方、多くの人は自分なりの旅行予算を決めますが、1ドル 110円から 140円に変わると、日本円でより高いものを選びやすくなります。つまり、円安によって訪日外国人が使う金額が上昇する。今は交通費が高騰しているので、高単価帯での消費をする層が来ています。これから訪日客が増えるほど消費総額は増えますが、1人当たり単価は下がっていく可能性があります。

成田 コロナ禍前の訪日外国人数が完全に戻っているわけではないにもかかわらず、宿泊価格がかなり上昇してきている背景は何なのでしょうか。

山野 ダイナミックプライシングの活用が進み、需要と供給を見ながら価格設定するようになった影響はあるでしょうね。

伊達 人手不足によって従業員が対応できる範囲が限られると、高単価な客室に絞って優先販売します。需要が増え、高単価でも予約が埋まる昨今の状況があります。ただし、世界的にもホテル価格が上昇していますので、日本のホテルは高価格帯であっても相対的に安く映っています。為替も影響して、海外客の高価格帯ホテル利用が進んでいるという構図ではないでしょうか。日本のサービスクオリティーを考えると、海外並みの価格に上げてもおかしくはないと思う人もいると思います。

「持続的な投資」「経営戦略と戦術を持つ」「観光税の導入」

佐々木 ここで、観光大国になるための提案を三つずつしていただき、議論していきたいと思います。

伊達 まず、観光は成長産業だということを確認しておきたいと思います。世界の海外旅行者は増えていくという統計が出ており、インバウンド需要をうまく受け止めればさらに成長できます。政府目標の 6,000万人という数字が保守的だという、海外の声も耳にするほどです。ただし、成長産業にしていくには成長のスパイラルをつくり上げる必要があります。そこで提案の1点目を「持続的な投資」としました。ホテルは装置産業かつ労働集約型産業です。建物が商品であり、人への投資も含めて強化していくことが、価値を出すために欠かせません。国内旅行については、2004年ごろから消費が下降傾向だったのですが、2014年ごろに増加傾向に転じました。これはインバウンドブームが始まったころと合致します。投資が進み、国内旅行の需要増にもつながりました。

成田 具体的にはどういうところへの投資が必要だとお考えなのでしょうか。

伊達 例えば新しいホテルを開業する、あるいは既存施設でもリノベーションして客室のクオリティーを上げる、といったことが投資の一例です。旅館の内部を全面改装し、温泉付きの客室を増やすといったことが付加価値となり、客室単価も上げられます。コンセプチュアルに作り込んで付加価値を上げるということは、投資しないとできないことです。

成田 投資戦略が足りていないホテルや旅館が多いわけですね。

伊達 そう思います。2点目の提案は経営戦略と戦術を持つということです。ポイントとなる数的指標を決めて、それをどう改善するか考えていく。つまり戦略目標を持ち、方法論としての戦術をつくっていくべきだと考えます。指標と言ってもいろいろとあります。稼働率だけでなく、平均金額、原価率、結果としての利益率などを見ないと、儲けの実態が見えなくなります。
最近注目されてきている指標は従業員1人当たりの付加価値額です。政府統計を見ると、諸外国に比べて日本の数字が非常に低いことが分かります。国内の他産業と比べても低い。低いということは、儲けが出ていないということです。業界として、まずは国内の他産業と同水準を目指していくべきでしょう。実際に高い付加価値額を出している施設をベンチマークとし、方法論を吸収して実践すること。このスパイラルをつくらないと、真の観光産業が育たないだろうと思います。
3点目の提案は「観光税の導入」です。観光客が増えると観光公害の問題が生じがちです。住民がバスに乗れない、道にごみが散乱するなどが観光公害の一例ですが、それを改善するのは公共の役割だと思っています。改善の仕組み作りには資金が必要ですから、各自治体で観光税を積極的に導入すべきではないかという提案です。

成田 観光税はどうすればいいでしょうか。

伊達 宿泊税や入湯税の形で導入している自治体は何カ所かあります。使い道を特定する目的税として設置できないため、目的が不明瞭だと反対する業界の声もあるのが実態です。とはいえ一番に気にすべき課題は、オーバーツーリズムによって地域の観光産業が壊れ、地域経済も成立しなくなることでしょう。次善の策としての役割を担えるのが観光税だと考えています。観光にかかわるインフラ整備に活用できるような道筋を含めて、税を考えていくことが大事です。

アトキンソン 観光客は公共交通機関を使うし、上下水道や電気も使います。観光産業に限った目的税にしようとすると、線引きのようなさまざまな議論が起こってしまうわけです。だから観光税の扱いは一般財源になるわけですが、実際に業界として必要なところにどれだけ引き出せるかという点の検討が大事になってくるわけです。

「DX・生産性の向上」「新規事業者による刺激」「平準化・分散化」

佐々木 次に、山野さんの提案をお願いします。

山野 喫緊の課題として、人材不足が挙げられます。付加価値額、事業収益性の低さが従業員賃金分配率の低さにつながり、人材難を起こしています。離職率の高さも影響し、国内外からこれだけ観光客が押し寄せても、受け皿としての人が足りない状況になっています。その課題解決としての観点から、三つの提案を考えました。
一つ目は「DX・生産性の向上」です。デジタルを活用した作業の生産性向上にはできるだけ取り組むべきでしょう。二つ目は、新規参入も含む「スタートアップ」を挙げました。産業全体の活性化には新規事業者の刺激が大きいと考えています。一般的には、既存事業を続ける中でジャンプアップをすることは難しいものです。デジタルやデザインに強い他産業から新規プレーヤーが参入し、新しい収益モデルを作っていくことが業界の進化につながると思っています。
三つ目は「平準化・分散化」です。6,000万人の外国人観光客と、活発な国内旅行を受け入れる土壌はあるのですが、皆が集中した時期に訪れると受け皿の量を超えてしまいます。年間を通じて分散化されるようにしていくことが、目標値を現実化します。経済界としては、有休消化率の向上がここに影響してきます。さらに教育界との連携によって学校の休みも調整できれば、家族での平日旅行の可能性も広がってきます。ダイナミックプライシングの恩恵をうまく使うことが一般化してくると、収益性確保なども進むのではないでしょうか。

成田 二つ目の提案で新規参入に言及されましたが、どのような活性化が必要だとお考えなのでしょう。

山野 デジタルツールの活用というだけでも、事業者によってかなり差があります。当社は1万社ほどの事業者と契約をして、各地での体験コンテンツを発掘していますが、時にはインターネット活用そのものを否定する声にも出会います。一方で、他産業から転じたような事業者はうまくツールを活用して事業を広げています。従来の常識にとらわれずに成功するプレーヤーが地域に出てくると、それが見本になって全体的な変化が進みやすくなります。
当社の行っている遊びのプラットフォーム事業も、最初に観光業関係者に相談したときには、難しいと止められました。手前味噌ではありますが、僕のようにまったく違う業界からの参入で新しいタイプの事業ができると、刺激になっていくのではないかと思っています。

伊達 デジタル予約がまだできないものも結構あって、予約が列を成しているような光景はあちこちで起きていると思います。コロナ禍でタクシーの台数が減って、1〜2時間来ないということも耳にします。

佐々木 ライドシェアという選択肢があるような気もするのですが。

山野 規制との兼ね合いで難しいとされています。「白タク」と見られてしまう面もありますので。最近は一部自治体で、事業者がターミナル駅まで迎えに行くことを許可しようといった動きが出ていることを見掛けますが、全体としてはなかなか進みづらい状況です。

「単価を上げる」「賃金を上げる」「設備投資をする」

佐々木 アトキンソンさんからの提案をお願いします。

アトキンソン 「単価を上げる」「賃金を上げる」「設備投資をする」の三つですね。インバウンド観光客は住民でもないし納税者でもない。総合的なコストを払ってもらってしかるべきだと思いますが、意外と政府の委員会でもそこが見過ごされています。しかし産業として考えるなら、収益が上がる仕組みを作ることが非常に大事です。
単価を上げるためには設備投資が必要です。観光地によっては昭和から設備が変わっていない所もたくさんありますが、それでは泊まりたい気持ちにはなりません。単価の設定の仕方も考えるべきです。将来の設備投資も含めて適切に設定していかないと、また劣化が進んだときに放置し、同じことを繰り返してしまいます。経験上、「インバウンド向け」と言うと投資が進みやすい傾向があると思っています。設備投資をすると日本人観光客も来るという伊達さんの指摘もありましたが、そうした効果も含めてインバウンド需要への対応を考えるとよいでしょう。単価上昇にもつなげられるはずです。
賃金の上昇には、今のところなかなかつながっていません。観光業界は最低賃金で働いている人たちが圧倒的に多いのが実態です。産業として拡大していくには、そこを変えていく必要があります。働く人への還元があってはじめて、その地域への波及効果も高まるからです。
1人当たりの付加価値の話が先ほどありましたが、製造業は全体平均を 45万円ほど引き上げています。飲食宿泊業は全体平均を 44万円ほど下げています。つまり、飲食宿泊業の水準を上げることは、日本全体の付加価値額平均を大きく上げることにもなるのです。

成田 サービス業の付加価値は対価には反映されない質に表れる、という見方もありますが。

アトキンソン 仮にそうならば、他の産業も最低賃金近くになるはずです。しかしそうはなっていない。やはり設備投資の少なさが付加価値にも影響していると思います。例えば、かつて盛んだった社員旅行バスツアー向けの旅館だったところが、昔のままで運営しています。今は社員旅行のような需要は大きく減っているのに、昔の価値しかない状態を放置しているわけです。部屋を統合して広くしたり、個別の露天風呂を付けたりして顧客ニーズに合わせることができれば、こうした施設でも付加価値が上がります。

伊達 設備投資をした事業者はかなり伸びていると感じます。一方で、投資には資金もいりますので、決断する勇気が出ない事業者もいると思います。以前は新規投資自体が周囲の反対に遭いがちでした。客を取られると見られたからでしょう。アトキンソンさんの指摘のように「インバウンド向け」と位置付けることは、そうした反対を抑える効果があると思います。

アトキンソン 実際にそういう経験をしました。建設計画に旅館街からの反対が出たのですが、外国人富裕層向けのホテルと分かると収まりました。価格帯も想定する顧客層も、違うところを狙っていましたからね。

伊達 新たな施設ができ、海外の方が多く来るようになると、別の開発も起こるのです。それがエリア全体の変化を起こしていきますよね。

観光産業の発展は国土の維持発展にも欠かせない

成田 観光はビジネスにとどまらず、国土を支える建築・交通・自然インフラへの投資という側面も大きいと受け止めました。毎年 80万人くらい人口が減る国では、新しい宿泊施設や文化施設を維持することが難しくなっていきます。国を小さく畳んでいかざるを得なくなる。しかし「外国人観光客向け」という選択肢が追加されることで、畳むことなく維持改善があり得ると思いました。

アトキンソン 政府の目標数字は、やろうと思えば達成できるし、もっと増やせると思います。ただし、来日するための旅客機数が限られるとそこで頭打ちになるし、大型客船を増やすにしても、港湾整備がないと現実味がない。さらに良い宿泊施設がないことは決定的に伸びを抑制します。多くの外国人観光客は一日1万円以下の宿に泊まりたいわけではないのです。
6年前に、海外富裕層向けのツーリズムをやろうとしていた知人がいたのですが、「まだ早い」とアドバイスをしたことがあります。産業構造としてのピラミッドがまだ日本にはできていないと考えたのです。数年経ってだいぶ環境が整ってきたころに、知人にも「そろそろ大丈夫」と言いました。この先も環境や設備の強化は産業としての伸びに大いに影響してきます。
伊達さんが指摘した観光公害については、行政の対応のまずさに尽きます。住民にも配慮した交通機関の運用など、行政で解決できることが多々あると思います。

伊達 ごみの問題も、清掃回数を増やせれば解決していきます。もちろんコストはかかりますので、そこが行政サービスの設計によるところです。

山野 行政サービスの設計は確かにまだ考える余地があると思います。例えば、行政が管理する庭園拝観料は300円くらいのところが多いと思います。地域住民が訪れやすい価格というのが多くの理由ですが、データを取ると、9割が県外客と外国人ということもあります。時には行政サービスとしてプライシングを上げるような決断をすることが、資金の確保のためにも必要になってくるでしょうね。

成田 ここまでビジネスとしての観光について多く伺ってきましたが、他方で観光によって楽しむ、お金を落としてもらうことを超えて、日本という国でどういう経験をしてもらえればよいのか、何を感じてもらうとよいのか、という点でのお考えも伺えますか。

山野 やはり日本の文化や人の温もりを体感し、異文化体験を通じたメタ認知を得てもらいたいと思います。自国とは違う「正解」に触れてメタ認知をすることが人生を豊かにすると思っていますので、そうした体験を作っていけたらと考えています。

成田 その点で、日本の「変さ」や「変化しなさ」も、異文化体験につながるものでしょうか。

アトキンソン 「郷に入れば郷に従え」というのは、元々受け入れる側が言うものではなくて、訪れる側が心得ているべきものなのです。同様に考えると、受け入れる側が「日本はこうだ」と言っても始まらない。例えば寿司を食べるにしても、高級店の単価は経済合理性だけでは説明がつかないはずです。寿司ネタだけでなく、空間全体を体験することであの価格になるわけです。説明ができない部分で、払いたいものに払うということでよい。付加価値というのは日本独自のものでもなく、どの国にもいろいろとあるものです。「日本だから」と語るのは無意味です。単純にいろいろな人が訪れ、それぞれの人なりに何かを感じて過ごしてもらえればよいと思います。

佐々木 話が尽きませんが、さまざまな視点からのご意見、議論をいただきありがとうございました。皆さん話し足りないようなので、今度、居酒屋で飲みましょう!(笑)

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「日本再興ラストチャンス」
経済同友会とビジネス映像メディアPIVOTがコラボレーションし、YouTubeで配信する未来志向の政策トーク番組。「失ってしまった」30年を経て、これからどのように日本を、経済を再興すべきか。毎回1テーマを設定し、経済学者・成田悠輔氏と経営者との対話を通じて、解決に向けたアクションプランを提案します。配信一覧はこちらから

動画はYouTube PIVOT公式チャンネルから
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