私の思い出写真館
2025年8-9月号
金融の面白さ 国連への夢


SBI証券
専務取締役
大学生時代は、国連職員になって世界で抑圧されている方々の助けになりたいと思っていました。日本という恵まれた国に生まれた負い目もありました。当時国連職員になるには、修士プラス3年の職務経験か、博士課程修了が必要であり、まずは修士課程へ進学し、3年の職務経験のために就活を開始。時代は「土砂降り」と言われた1994年の春。ましてや文系大学院出の女子にはさらに厳しく、短大卒じゃないと...と相当数の企業からお断りされました。
解禁日にやっと三つの内定を同時にもらい、そのうちの一つが金融、しかも外資でした。金融は、国際政治を勉強していた当時の初心(うぶ)な私にとって、ドロドロした金生臭い印象。一番遠い選択肢でしたが、さまざまな方と相談し、3年だし一番苦手な分野を一度は見ておくべしと決意しました。
ところが...。入ってすぐに商品開発に配属され、デリバティブを学ぶと、今日聞いたお悩みに明日応えられるスピード感と喜ぶお客様の笑顔にはまって、毎日ワクワクしながらあっという間に30年が経ちました。プロジェクトファイナンスは、世界各国の社会課題の解決へのお手伝いでもあり、国際金融の賄賂への断固たる姿勢は多くの国の健全化の一助にもなったとも思います。ビジネスはドライなものとこれまた勘違いしていましたが、一つのディールを約定まで持っていくには個人と個人、ひいては会社と会社の信頼感がとても大事であることも実感し、金融に対する食わず嫌いの偏見に満ちた当時の私の不明を今も猛烈に恥じております。
今後もアセットのtokenization、決済のblockchain化など、さまざまな変化が目まぐるしく起こる中、金融でどのように社会貢献、世界貢献ができるのか、皆さまと一緒に考えていければと思っております。

