21世紀初頭の世界の枠組みと日本の役割
1996年5月26日
はじめに
1994年4月に発足したニュー・ワールド・オーダーと日本の役割を考える委員会は、21世紀初頭における世界の枠組みと日本の役割について考察し、本提言を取り纒めた。
地球経済の主流は市場経済化であり、情報通信技術の発達による情報化と一体となって、グローバル化が促進されていくものと考えられる。世界は、このような流れの中で、21世紀初頭に向けて経済的な相互依存関係を深めつつ、アジア・太平洋地域を中心に経済発展していくものと考えられる。しかし、その過程で生ずるであろう、資金や石油などの経済成長に必要な資源の国際需給の逼迫の可能性と、環境破壊や軍備増強などによる国際社会における緊張の高まりの危険性に大別される深刻な不安定要因を看過してはならない。その克服のためには、国益を越えた地球的観点からの取り組み(グローバル・ガバナンス)が不可欠であるため、国際的責任を果たさない国は、孤立化し、衰退していかざるをえない。このような状況下で、日本の喫緊の課題であり、かつ国際社会からも求められている構造改革が足踏みをしている。このままでは、日本は「世界の孤児」になるという危機的状況にある。
日本は、国際社会において、世界第2位の経済大国に相応しい先導的な役割を果たさねばならない。世界が求めている市場開放を行ない、世界の政治的安定と一層の経済的発展のための責任を分担し、新しい世界の枠組み構築に積極的に参画していくべきである。そのためには、まず日本が既にその責任を担う立場にあるという認識を全ての国民が深めるとともに、より一層公正さや自己責任原則が重要視される市民社会を構築していかねばならない。また、我々も新しい社会の形成に向け、「21世紀のアクション・プログラム」を作成し、その実現に努めねばならない。
本提言は合計3章で構成される。「第I章 日本の座標軸」は本提言の主張・結論に相当する。「第II章 21世紀初頭における世界」と「第III章 日本の役割」は、その主張・結論を詳細に述べたものである。
激動する世界情勢を正しく捉え、今後の行方を見通すことは誠にチャレンジングな作業であったが、我々のこの提言が今後の世界の枠組みと日本の役割を議論していく上での一助となれば幸いである。
最後に、委員会に積極的に参加し、活発に議論していただいた副委員長および委員各位に深く感謝したい。
1995年5月
ニュー・ワールド・オーダーと日本の役割を考える委員会
委員長 水口 弘一
目次
- 日本の座標軸
- 21世紀初頭における世界
- 日本の役割おわりに
I.日本の座標軸
本提言の結論・主張を3点にまとめ、以下に示す。
- 世界の持続可能な安定と繁栄のために、「世界の成長センター」であるアジア・太平洋地域の深刻な不安定要因の克服を
21世紀初頭に向けて、経済の自由化と政治の民主化の潮流はさらに強まり、世界は経済的相互依存と開かれた地域統合が相互に補完しながら発展していこう。そして、その潮流はアジア・太平洋地域で最も顕著に現われると考えられる。だがその発展は平坦なものではなく、特に発展の著しいアジア・太平洋地域で深刻な不安定要因が発生する可能性が高く、対応を誤れば地域レベル、そして世界レベルで様々な混乱が生じよう。
予期される深刻な不安定要因の克服のためには、国益を越えた地球的観点からの取り組み(グローバル・ガバナンス)が不可欠であり、相応しい世界の枠組みの形成に向けて継続的努力が行なわれなければならない。深刻な不安定要因は特定地域で発生し、それが世界全体に波及していく可能性が高い。そのため、地域で解決すべきことは地域で、地域でできないことは世界で解決するという考えで、世界の枠組みが構築されることが望ましい。
アジア・太平洋地域に地理的・経済的・歴史的に緊密な関係にある日本が、この地域の安定と繁栄のために果たす役割は極めて大きい。日本は新しい世界の枠組みの構築に参画すると共に、世界の持続可能な安定と繁栄のために、急成長を続けるアジア・太平洋地域において、深刻な不安定要因を克服するための最善の努力を払うべきである。
- 二者択一の軸足論争を越え、アジア・太平洋地域全体を視野に入れた総合外交の展開を
アジア・太平洋地域の安定と繁栄のためには、開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力:AsiaPacific Economic Cooperation)の枠組みが重要である。これは単なる米国かアジアかという二者択一の論争を越えて、アジア・太平洋地域全体を視野に入れ、二国間外交・多国間外交はもとより、経済・政治・安全保障全般にわたる深刻な不安定要因の克服に対応した総合外交を展開することを意味している。日本は、アジア・太平洋地域の地域協力の進展がWTO(世界貿易機関:WorldTrade Organization)と整合性が保たれるよう、欧米諸国はもとよりアジア諸国に対しても働きかけるとともに、この地域の安定に欠かせない日米の安全保障関係を強化していく必要がある。
アジア・太平洋地域が環境保全と経済成長を両立させながら発展していくためには、先進国からの一層の投資・技術移転、そして自由貿易体制の構築が不可欠である。日本は開かれたAPECの先導役として、また欧米諸国とアジア諸国の要として、対話の積み重ねによる合意形成を図るとともに、この地域でのWTOのルールと精神に則った自由貿易体制の確立に向けて努力すべきである。そのためには自らの市場を開放するとともに、欧米諸国が保護主義的な方向に向かわないよう十分に配慮しながらも、基軸通貨国である米国に経常赤字と財政赤字の削減を求めるなど、アジア・太平洋地域の経済的安定のために行動しなくてはならない。
また、アジア・太平洋地域の安全保障にとって米国のプレゼンスは不可欠であり、日米安全保障条約の重要性は必然的にますます高まり、日本と米国の信頼関係を維持・向上することが極めて重要な要件となっている。そのため、集団的自衛権に関し、従来の政府解釈に検討を加え、少なくとも米国への後方支援が円滑に行なえるよう、国内法制等の整備を行なう必要がある。しかしそれだけでは不十分であり、アジア諸国自身が、ASEAN地域フォーラムなど様々な形で対話を積み重ね、信頼関係を構築していくことが重要である。
- 世界秩序の構築に先導的役割を果たすために、日本の構造改革を
地域の安定はもとより、国際協調により安定が保たれる世界の形成は容易ではない。だが、その実現に向け努力していくことは重要である。今その兆しが見え始めた中で、日本は、新たな世界自由貿易・国際通貨体制や世界の集団安全保障体制の構築、そして環境保全と経済成長の両立の促進に積極的に参画しなければならない。
そのために、まず日本の構造改革を断行することによって活力を維持しつつ、国際社会における信頼性を高めていく必要がある。規制撤廃・緩和による日本市場のグローバル化は、単なる市場提供にとどまらず、国民生活の豊かさや競争力の向上に繋がる。また、日本が世界において先導役として行動するためには政治のリーダーシップの確立が重要であり、政策立案能力の向上、危機管理体制の確立や、世界情勢における独自の判断を可能とする情報の総合的な収集・分析・蓄積体制の確立が不可欠である。
この行動を通じて、日本自身が一国平和主義、一国繁栄主義から脱却し、国際協調主義とヒューマニズムに基づく市民社会に支えられた新しい平和国家という理想に近づくことが可能となるのである。
II.21世紀初頭における世界
- 20世紀終盤の世界情勢
20世紀終盤の潮流は経済の自由化と政治の民主化である。これは1980年代半ばから急速に進み、1989年の東西冷戦の終焉により一層強まった。
この流れの中で、経済分野では国際社会での相互依存関係が深化し、世界市場はグローバル・インテグレーションに向けて動きだしている。貿易面ではEU(欧州連合)、NAFTA(北米自由貿易協定)、APECなどの地域統合・協力が進む一方で、世界自由貿易体制の構築に向けてGATT(関税及び貿易に関する一般協定)からWTOへの移行が進んでいる。また金融・資本市場面では情報通信技術の活用により資本取引が世界的に拡大するとともに、危機連鎖リスクと為替相場の不安定性も高まった。
そしてこの市場経済システムに旧ソ連、東欧諸国、中国が参画し始めた。その移行は容易ではないものの、経済成長が著しいASEAN・中国を始めとするアジア・太平洋地域は「世界の成長センター」として注目されている。
また安全保障分野では米ソ両大国に大きく依存した枠組みに代わり、地域における潜在的危機に対応する地域安全保障システムが模索されている。同時に地域紛争に対して武力行使を伴う国連による平和創造活動の試みが行なわれたものの十分ではなく、より効果的な平和維持活動のあり方が模索されている。
一方日本は、戦後50年間に米国に与えられた有利な条件の下で、経済競争し、そして経済大国になった。その過程で、経済中心に国家が運営され、一国平和主義、一国繁栄主義に陥ったことで、諸外国に与えた不信感は根強く残っている。
国際社会が急速に変化し、日本の活力や国際社会での信頼性が日々低下している中で、日本の喫緊の課題でありかつ国際社会からも求められている構造改革が足踏みをしている。このままでは日本は「世界の孤児」になるという危機的状況にある。
- 予期される深刻な不安定要因
経済の自由化と政治の民主化が進展していく中にも、深刻な不安定要因が発生しつつある。深刻な不安定要因は、特定地域で生じ、それが相互に関係しながら世界全体に波及していくものである。これらは資金や石油など経済成長に必要な資源の国際需給が逼迫する可能性と、環境破壊や保護主義・閉鎖的な地域主義の台頭など、国際社会における緊張が高まる危険性に大別できる。
(1)経済成長に必要な資源の国際需給の逼迫の可能性
経済成長に必要な資源の国際需給の逼迫は世界経済全体を揺り動かす。
主な不安定要因として、まず資金の不足があげられる。先進国では高齢化に向けた国内投資が増加するため、貯蓄の著しい増加は期待できない。一方、発展途上国への投資需要が増加するため、資金需給ギャップが急速に拡大し、世界的な高金利を招く可能性がある。
第二は石油の不足である。発展途上国での大幅な消費増加が見込まれるため、原油価格の高騰を招き、エネルギー危機に繋がる可能性がある。
第三は食糧問題である。発展途上国の人口増加と生活水準の向上により食糧消費が増加する一方で、供給量が限界に近づくため、より深刻な飢餓や人権問題に発展する可能性がある。
(2)国際社会における緊張の高まりの危険性
国際社会における緊張の高まりは、特に急速な成長が期待されているアジア・太平洋地域で発生する可能性が高い。
主なものとして、まず環境問題があげられる。中国やインドなど発展途上国で発生する環境破壊が地球全体に波及する危険性があげられる。
第二は軍備増強の問題である。ロシア、中国、北朝鮮、インドなどの軍備増強により、アジア地域において軍事バランスが変化し、相互不信の状態を生む危険性がある。
第三は経済格差の問題である。経済格差の拡がりに伴う社会秩序の悪化が、民族・宗教問題の地域紛争化を誘発させるだけでなく、先進国が世界秩序維持への意欲を失う危険性があげられる。
第四に労働問題の深刻化があげられる。発展途上国の技術キャッチアップの加速と豊富な労働力により、発展途上国から低廉な製品が供給される。すでに先進国での失業問題、実質賃金の低下などが大きな政治問題となっている。このままでは先進国が保護主義に陥る危険性がある。
- 新しい世界の枠組み
深刻な不安定要因が危惧される中にも、新たな世界の枠組みの予兆として、経済的相互依存関係が深化することにより、国際協調の必要性が高まっていることがあげられる。また、日米欧先進国の政治的指導者や知識人が、国民国家間の視点からではなく地球的観点からの取り組み(グローバル・ガバナンス)について議論を始めたことも新たな世界の枠組みへの模索の現われである。
(1)深刻な不安定要因の克服を目的とした国際協調の高まり
様々な文化、民族、宗教が存在し、価値観も多様化している中で、普遍的な理念により国際社会を形成していくことは容易ではない。むしろ、芽生えつつある深刻な不安定要因の克服を目的に、国益を越えた地球的観点からの取り組み(グローバル・ガバナンス)の下で各国が国際協調していく中で、21世紀初頭の世界の枠組みが構築されていくものと考えられる。
深刻な不安定要因は、特定地域の社会・経済・政治的要因により生じ、それが世界全体に波及していくものである。そのため世界の枠組みは「自由主義・民主主義・ヒューマニズム」をベースに、地域で解決すべきことは地域で、地域でできないことは世界で解決するという考えで、構築されることが望ましい。
(2)地域の役割の増大
新しい世界の枠組み、そしてその形成過程において、地域の役割は増大する。地域内で発生する問題を解決し、市場の開放性・透明性を確保することによって世界秩序の構築、そしてその維持に寄与する。一方国連を始めとする国際機関の役割は見直す必要がある。これからの役割は、地域の主体性を認めながら、国際標準ルールの提示・設定、地域で解決できない問題の解決支援などになる。そして地域の枠組みと国際的な枠組みが相互に補完しながら段階的に世界秩序が形成されていくと考えられる。当面は日・米・EUが世界の枠組みの形成を先導するものの、21世紀初頭においてはアジア諸国など経済成長が見込まれる国が先導役に加わる可能性もある。
(3)国家の役割の変質
国際社会がグローバル化し、市場経済化が進む中で国家の役割は変質する。国家は国際ルールの設定と制度の維持など外交活動の役割を引き続き担うものの、その際には市場経済や地域研究などの専門家やNGO(非政府組織)の活用が重要になる。また、国内においては国の安全、国民の福祉、経済システムの枠組みなど基本的政策に関わる分野が中心になる。
III.日本の役割
- 新たな世界自由貿易・国際通貨体制構築への参画
(1)WTOの活動の積極的支持を
世界自由貿易体制の堅持は世界経済の根幹をなすものである。日本はWTOの場で競争政策や投資と貿易についての国際的調整を図るとともに、紛争処理メカニズムの構築を進めるべきである。
WTOのもとで世界自由貿易体制を構築していく過渡期には、地域的な枠組みで自由貿易を広げていくことも必要である。その際に、地域統合・協力が閉鎖的な地域主義に陥らないよう、日本は関係国と協力しつつ、積極的にWTOを支持していくことが重要である。
(2)基軸通貨としてのバードン・シェアリングを
国際環境が大きく変化する中で、戦後の国際通貨体制を支えてきたIMF(国際通貨基金)に対する評価と将来の国際通貨制度をめぐる議論が行なわれている。しかし、為替相場の安定化を促す手段は見いだされていない。
当面の国際通貨システムの安定には、基軸通貨国である米国の経常赤字と財政赤字の削減が不可欠である。同時に日本は、市場開放、内需拡大を実施し経常黒字の削減を行なうとともに、金融・資本市場の国際化を進め、円の決済・準備通貨としての利便性を高めなければならない。そして中長期的には日米独を中心に新たな枠組みが必要である。
- 環境保全と経済成長の両立の促進
(1)環境保全と経済成長を両立させる世界的調整の機能を
環境問題に対する将来に向けての合意の形成や研究開発、資源、食糧の緊急援助など、環境保全と経済成長の両立を可能とするための国際的な調整を行なう機能が必要である。この機能は国連改革が進む中で、例えば安全保障理事会や社会経済理事会に加えることが考えられる。
(2)環境保全-エネルギー・サミットの開催を
発展途上国の経済発展に伴い、石油の消費が急増する。そのため、原油の需給が逼迫することや、石油消費による環境の破壊が進む可能性が高い。しかしながら、先進国は発展途上国の経済成長を制限することはできない。そこで、先進国/発展途上国、産油国/消費国が一同に会する環境保全-エネルギー・サミットを定期的に開催し、環境保全とエネルギーに関して対話を進めることによって、共通目標の設定や合意の形成が可能となるように、日本は世界に提唱すべきである。
(3)食糧問題に対応した研究開発機能の充実を
食糧問題は、長期的に深刻化していく。CGIAR(国際農業研究協議グループ)が支援する16の食糧研究機関では、これまでに品種改良や増産技術開発を行ない、「緑の革命」などで世界の食糧増産に寄与してきた。しかしながら、現在は研究費用の不足のため、研究開発に支障をきたし始めている。日本がCGIARへの資金援助を拡充することにより、今後予期される食糧問題に対応して、研究開発を充実させることが重要である。
(4)発展途上国への経済援助の拡充を
国際社会の安定のためには、世界一の規模であるODA(政府開発援助)をより一層拡充することが必要である。二国間ODAについては関連職員数の増加など実施体制の改善やODA大綱4原則に盛り込まれている被援助国の軍事支出の動向を十分考慮する必要がある。また昨今の為替変動により、発展途上国では円借款の償還の負担が増加しており、この償還方法についても検討すべき課題である。
また世界銀行、アジア開発銀行など国際機関を通じた援助を引き続き拡充していく中で、発展途上国のインフラ整備とともに、民間の投資活動の活発化のために、IFC(国際金融公社)、MIGA(多数国間投資保証機関)の活動がより一層拡充されるよう、日本が働きかけることが重要である。
- 世界の集団安全保障体制の構築への参画
(1)安全保障理事会常任理事国になり国連の意思決定に参画を
超大国不在の中での国際社会の安定化のために、各国が予防外交を重視し、集団安全保障体制により信頼性を構築する時代に移っている。日本は、新しい平和国家としての考え方を国連政策に反映させ、平和維持・難民救援支援のために、国際社会での責任を果たすべきである。平和の創造は国連による武力行使だけでは不十分であり、経済開発計画策定のアドバイスやそれを裏付ける経済援助など武力以外の対応も有効と考えられる。そのためにも日本は安全保障理事会常任理事国になり、国連の意思決定に参画すべきである。
(2)平和維持活動と難民救援活動の積極的推進を
加えて、難民高等弁務官事務所への人的・経済的支援の拡充や自衛隊の部隊等による平和維持隊本体業務の凍結解除など法制面を整備し、停戦合意後の平和維持活動や難民救援活動をより積極的に推進することが必要である。
- アジア・太平洋地域の繁栄と深刻な不安定要因の克服
(1)開かれたAPECの先導役を
APECが開かれた地域経済圏になることは、アジア・太平洋地域のみならず、世界全体の安定と繁栄に繋がる。そのために日本はAPECの中で先導役として、自らの市場を開放するとともに、欧米諸国とアジア諸国の要として、開かれた地域経済圏の形成・発展に向けて対話の積み重ねによる合意形成を図るべきである。
そのためにも、APECにおける様々な問題を検討するシンポジウムや定期会合を日本において頻繁に開催することにより、日本が情報発信機能を担うことが重要である。
(2)WTOのルールと精神に則った自由貿易体制の確立を
日本は、貿易・投資を通じてアジアの生産ネットワークを構築してきた。その蓄積された技術・経営ノウハウの活用により、日本は今後のアジアの健全な産業発展に寄与することができる。そして技術移転を行ないながら、WTOのルールと精神に則った自由貿易体制を確立する必要がある。そのためには、まず域内で知的所有権制度の定着を進めるとともに、先進国が輸入制限などの保護主義的な方向に向かわないよう十分に配慮することが重要ある。
(3)環境・エネルギー問題への対応を
環境破壊とエネルギー問題は地球的課題であり、解決への取り組みはアジア・太平洋地域において最も重要となる。日本は自由貿易ルールの遵守や軍縮などの条件のもとで、経済成長と環境保全の両立が可能な経済政策の提供・経済援助、環境保全技術や省エネルギー技術の移転を促進することにより不安定要因の克服を図るべきである。
またアジア・太平洋地域での石油需要が高まるため、緊急時に備え、アジア諸国の原油共同備蓄、あるいはアジア諸国間での原油の融通が円滑に行なえる仕組みの構築に向けて日本はイニシャティブを取るべきである。
現在アジア諸国はエネルギー資源としての原子力開発を進めているが、この技術は安全管理技術が確保されて、始めて有効な発電手段となる。そのため、日本は、核不拡散や原子力平和利用に配慮しつつ、原子力発電の安全管理技術の移転を促進することが必要である。
(4)経済人からの情報発信機能の充実を
これまでにアジア・太平洋諸国の経済人が会する様々な機構が設置されてきた。だが今後はアジア・太平洋地域に関心のある世界の経済人により、実質的な討議ができる新しい経済人フォーラムが必要である。国際性豊かな経済人が集まり、狭い国益を越えて、世界のあるべき方向を集中討議できる場を設置する。そして知的交流や経験の交流を通じて情報の発信を行なうとともに、各国政府に政策提言していくべきである。
(5)日米安保の堅持によりアジア・太平洋地域の信頼性構築を
アジア・太平洋地域の平和と安定を維持確保するために日米安全保障体制を堅持するとともに、集団的自衛権に関し、従来の政府解釈に検討を加え、少なくとも同盟国として米国への後方支援が行なえるよう、国内法制等を整備することが必要である。また中国、ロシアおよび東アジア諸国との安全保障対話の頻度をさらに高める必要がある。さらにASEAN地域フォーラムの枠組みを活用し、この地域の平和と安定を確立するために、日本が積極的なイニシャティブを発揮すべきである。その点で、日本が提案している、年次の国防白書の発行による「情報の共有」や安全保障関係者による「人的交流」は各国の政策の透明性を高め、相互の理解と信頼を深める一案と考えられる。特に中国などの急速な経済成長が見込まれる諸国が、これに賛同し、実施することが、アジア・太平洋地域の安定に繋がる。
- 日本の改革
1)日本市場のグローバル化と活力維持のための競争力強化
(1)経済構造改革の実施により市場開放を
日本が国際社会から信頼されるためには、日本市場の開放が不可欠である。日本経済の構造改革により、膨大な経常黒字の削減と製品輸入を促進し、日本市場のグローバル化を図るべきである。そのためには規制撤廃・緩和により市場原理を働かせ、新しい事業創出の環境を整備する必要がある。その結果、内外価格差縮小・物価低下が促され、国民生活の豊かさの実現や国内生産要素の高コスト構造の是正も進む。
(2)金融・資本市場の国際化を
為替相場の安定のため、当面は欧米諸国との政策協調や協調介入が必要である。また金融・資本市場が米欧と並んで三極およびアジアにおいて有効な資金配分機能を担っていくためには、税制を含めて各種条件整備を積極的に進め、国際的にも使いやすい市場(円)に整備されなくてはならない。その結果として円の国際化が進展することが重要である。
(3)技術開発力の強化と新しい産業育成を
日本の技術優位性を確保し、技術革新によって潜在成長力を引き上げるためには、基礎研究の促進および企業・大学・研究機関での役割分担と相互協力が必要である。そして、情報通信、エネルギー、環境保全、食糧増産などの技術開発を促進すべきである。
このような分野で技術開発力を強化し、新しい産業を育成するためには、科学技術に加えて、社会システム・経営・国際関係などの社会科学や芸術・映像・語学などの人文科学の教育の充実が不可欠である。また、ベンチャー・ビジネスを始め新規事業が生まれるような金融制度の改革や情報インフラの構築が必要である。
2)政治のリーダーシップの確立
(1)政策立案機能の強化を
国際社会において先導的役割を果たすためには、政治のリーダーシップが不可欠である。そのため政策中心の政治に転換する必要があり、政策立案スタッフの拡充、とりわけ市場経済に通じた優秀な人材を登用するなど、政党独自の政策形成機関にむけて適切な措置を講じるべきである。そのためには民間シンクタンクや学界の活用とともに、国民全体を通じた政策論議を活発化するため、情報開示の仕組みが必要である。
(2)総合外交力の拡充を
日本が国際貢献を積極的に行ない、また世界秩序の形成のために先導的な役割を担うためには、世界情勢について独自の判断ができるような総合外交力の拡充が不可欠である。その基盤として世界各国・地域の政治や経済のみならず、文化、宗教、民族なども含めた総合的情報を収集・分析・蓄積する体制が不可欠である。
総合外交は今後の日本において最重要分野の一つであることから、昨今の行政改革に見られるような一律的な合理化・縮小の対象としてではなく、むしろ重要な機能として投資・拡充すべきである。このためには、国内の関連機関および在外公館の人員増強、国際機関への人材派遣の促進、学術センターの設置などを行ない体制強化をはかる必要がある。
(3)危機管理体制の構築を
国民の安全と安心のために、内外で発生する様々な危機に、機動的かつ有効に対応できる仕組みを、行政機構の改革を含め、早急に構築すべきである。この仕組みを構築するに当たって、国家・自治体・企業・国民が危機に際してどのような行動をとるべきかを明記したマニュアルが国民の理解のもとで作成されることが必要である。
以上
本提言は、ニュー・ワールド・オーダーと日本の役割を考える委員会(委員長 水口弘一野村総合研究所・相談役理事会議長、副委員長 橋本綱夫 ソニー・取締役副会長、福川伸次 電通総研・取締役社長・所長)が取り纒めた。
※役職は発表当時