代表幹事の発言

新浪剛史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨

公益社団法人 経済同友会
代表幹事 新浪 剛史

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冒頭、本日公表した意見(経済同友会『新たな政治体制下で求める労働市場改革に関する意見―持続的な成長と継続的な賃金上昇の二兎を追う、令和モデルの労働市場を―』2024年12月17日)および政治資金規正法の再改正について述べた後、記者の質問に答える形で、労働市場改革の突破口や労働時間規制、経団連会長人事、次期エネルギー基本計画原案、今年の漢字、富裕層への課税強化等について発言があった。

新 浪:(本日発表した)『新たな政治体制下で求める労働市場改革に関する意見』について、私から意見内容をお話ししたい。今回の意見は、人材活性化委員会で取り組んできた内容をまとめたものであり、これまで提言してきた内容を中心に、労働市場改革の考え方等、改革の方向性をお示ししている。与野党(においては)、ぜひ論戦を活発にし、この点についてもタブーなく政策議論を前に進めていただきたい。政府がこれまで進めてきた「三位一体の労働市場改革」、すなわちリスキリングを通じた能力向上の支援、ジョブ型人事の導入、労働移動の円滑化を石破政権においてもしっかりと継続し、さらに労働市場を令和の時代に合った「令和モデル」に展開していくために、必要な四つの視点を提示している。1番目は、新陳代謝の加速や成長セクターへの円滑な労働移動の促進。2番目は、労働供給制約や労働市場の流動化を前提とした雇用セーフティネットの整備、とりわけ多様化するニーズに合った雇用保険の改革についてである。3番目は、産業競争力の強化と多様な個人の活躍を可能とする労働法制への見直し。具体的には、働きたい人は健康や意欲に応じて自律的に働ける労働時間規制、不当な解雇に対し原職復帰を望まない場合にはしっかりと金銭補償を受けられる仕組みなどを提案している。4番目は、労働市場の変容と一体的な税制・社会保障制度の再構築である。第3号被保険者制度の廃止をはじめ、多様化する働き方に合った、中立的で就労を阻害しない税制・社会保障制度の改革を挙げている。これら四つの視点について、1つずつ(詳細には)説明しないが、積極的な論戦を行ってもらい、令和にふさわしい仕組みに変えていっていただきたい。(そして)労働市場の改革を、ぜひ実現していただきたい。

新 浪:2つ目は政治資金規正法の再改正についてである。政治資金において重要なのは、「入り」のみならず、「出」を明確化することであり、特に使途の透明性の確保と、説明責任を果たせるようにすることである。すなわち、政治資金の必要性を国民が判断できる材料を提供することである。今回(政策活動費の全面廃止について)合意に至ったことは、是とすべきである。企業・団体献金については、3月末に向けての議論となるが、経済同友会としても議論を深めなければならない。主要な新聞社の調査では、(政治資金の)「入り」と「出」が明確になり、しっかりと精査する仕組みがあれば、企業・団体献金をしても良いのではないかという意見があることも(考慮すべき)重要な要素である。食事を伴う議論には経費が発生するため、1円でも領収証を付けているという実態が分かるのであれば、必要な経費としてそれらを補う献金があっても良いと考える。そこで考えなければならないのは、政党交付金である。政党交付金は政党の収入総額の約6~7割と言われている。使途が制限されていない税金であり、使い残しがあれば基金として積み立てることも可能である。政党交付金のあり方についても、国民が納得いくような検討を行うべきではないか。また、政治団体の多さや、政治支部、政治団体間で資金移動が可能となっていることが、政治資金の流れを複雑化する要因となっている。政治資金の全容把握に向けて、資金移動の流れをシンプルにしなければならない。未だ、現金の授受が完全に禁止されていないことも不透明さを助長しているのではないか。そうした意味で、政党支部や政治団体間の資金移動の制限や現金授受の完全廃止の検討を行うべきである。さらに、企業としても説明責任やガバナンスについて姿勢を正す必要がある。企業献金に関しては、企業内部で適切な意思決定が行われるようなガバナンスを効かせること、加えてステークホルダーにも十分な説明責任が果たせるようにすることも検討が必要である。残念ながらどのような制度を作ったとしても必ず抜け道ができてしまう。そのため、政治資金の「入り」と「出」が明確になることが重要である。国家間で秘密にしなければならない費用があることはある程度理解しなければならないが、侃侃諤諤の議論を経て、今回の結論に至っている。3月末までには政治資金法の問題がクリアになることを期待する。日本が世界から取り残されないためにも、国会審議を早期に進め、令和モデルの経済社会を作るための経済政策について議論してもらいたい。

Q:『新たな政治体制下で求める労働市場改革に関する意見―持続的な成長と継続的な賃金上昇の二兎を追う、令和モデルの労働市場を―』に関して伺いたい。裁量労働制や高度プロフェッショナル制度の見直しや解雇無効時の金銭解決ルールの明確化など、これまでも議論されながら進展の見られない課題について、突破口や優先順位などの前に進めるための考えをお聞かせいただきたい。

新 浪:今までの(失われた)30年間、日本は何かを変えることに大変後ろ向きだったが、(企業・産業の)新陳代謝という言葉に対しても批難が起こらなくなってきたのは、人材が動くようになってきたためである。すなわち、実態を伴っていることで、議論しやすくなってきている。人材が移動しており、より一層移動が活発になっていくという状況にあるため、今(労働市場で)起きている人材移動に対してどのような制度設計を行うかという議論が必要である。起きている事態に対してどういう(対応・対策)を講じるかが政策であるため、この(労働市場改革をめぐる)議論は既に起きている色々な変化に必要な対処を行うという視点が重要だ。どう変化させるかという議論ではなく、既に生じている変化への対応や(その変化を)より活性化させるための議論であることから、事実をしっかりと認識してもらいたい。過去には無かった(労働移動の活性化という)事実が起きている中で、社会を良い方向へと進めていくためには、労働移動を行ったことで(働く人々の)ウェルビーイングや賃金が上がる政策を講じていくべきであり、(労働移動の活性化)に伴って企業は良い人材の獲得のためにリスキリングに投資を行い、国としてもセーフティネットを用意する必要が生じている。そのために必要になっている政策を議論しようというもの(が本意見書の問題意識)であり、本会では、必要性に迫られた議論であると思っている。優先順位については、解雇無効時の金銭解決ルールは(今回の項目の中では)やや低いとは思うが、残念ながら(人手不足が深刻化する)状況になってもなお、不当な解雇を強いられている方がいるため、元の職場への復帰が現実的ではない場合に備えて、必要悪として考えなければいけない課題だ。この部分に対してやはり労働時間の規制(の優先順位は高い)。どうすれば今までよりももっと働くことができるのか、または一定の期間内で(柔軟に労働時間の)総量を見ていくという裁量も考えていく必要がある職種もある。すべて(の労働者や職種など)を1つのルールで規定することは大変難しく、働き方も色々な変化が生じている中では、タクシーやバス、トラックのドライバーなどが特に想定されるが、副業の登録がないために(過剰な労働で)健康を害する方も出てくる恐れがあるため、やはり健康管理はしっかりと行わなければならない。一方、問題が起こる恐れがあるということで、働く意欲があって健康で働ける方々をどうするのかという課題もある。こうした現行制度では対処できない課題が生じているため、安全に健康に働くことと、それぞれの意欲の両方を是としたうえで、現実に適合した制度とは何かを真剣に考えなければならないタイミングが来ている。また、根本的な問題としてはやはり人手不足があり、最大の供給制約要因となっているが、だからと言って何時間でも働けるようにすべきという意見ではない。絶対に確保しなければならない(働く方々の)健康を大切(にする議論が必要だ)と思っている。

Q:経団連の十倉雅和会長の後任として、日本生命の筒井義信会長を起用する方針が発表されたが、これに対する新浪代表幹事の受け止めや所感、期待があれば伺いたい。

新 浪:素晴らしい方が選ばれたと思う。個人的にも存じあげており、論理立ててお話をされ、そして(相手の)話をよくお聞きになる方であり、素晴らしいお人柄の方が選ばれた。十倉会長と同様に、さまざまな話をすることができると(期待している)。非常にうれしく思い、またいろいろご相談させていただきたいと思う次第。

Q:本日、素案が示されたエネルギー基本計画について伺いたい。原子力について、「依存度を可能な限り低減する」という表記が削除され、再生可能エネルギーとともに最大限活用するという方針転換が示された。AIをはじめとした産業界の電力需要(の見通し)が大きく変わったことが背景にあるかと思うが、新浪代表幹事はどのように受け止めているか。

新 浪:現実的で、日本のエネルギー事情をしっかりと考えた上での判断である。また、原発を再稼働させる上での仕組みきちんと出来上がってきたことを前提としているのだと考える。(再稼働をするためには)やはり、安全そして安心でなくてはいけない。この2つを担保しながら、(電源構成に占める原発の割合を)2割にしていく、という意思を込めたのだと思う。過去においても、原子力規制委員会が審査をして駄目なものは不許可にしており、審査に適合したものは、少し時間が掛かり過ぎの感じではあるが、地元の了解を得て再稼働をしてきた。この仕組み作りは出来上がっていると思う。(今回の素案は、)これまでなかなか進まなかった再稼働が増えていくことを前提にしており、私たち経済同友会の縮・原発から『活・原子力』と同じような歩調(方向性)である。

Q:日本の産業育成という面においても、(エネルギー基本計画の素案の内容は)歓迎すべきという考えか。

新 浪:歓迎すべきではあるものの、現状は(電源構成に占める原発の割合が)一桁(パーセント)であり、原発の再稼働について、どのように進めていくのかという絵(姿)が必要である。今も(本会見と並行して)基本政策分科会が行われていると思うが、産業界は、地元(立地地域の)皆さんに安全であることを理解してもらい、安心していただくための方策を一層考えていかなければならない。再稼働にあたっては、地元の皆さんの理解と地元への貢献(が重要である)。例えば、柏崎であれば、地元(の柏崎)の電気を活用したAIやデータセンターをつくることによって柏崎にメリットがある、というようなことも考えていかなければならない。また、最も需要が多い関東圏が、どのように(立地地域に)報いていくのかということも考えなければいけない。地域振興という面では、地元で作った電気を地元で使用することによる地域活性化を始め、さまざまな(施策の)合わせ技で考えていくべきである。一方、SMRなどの次世代炉といった新たな技術の導入は、国民が賛同しているという状況に至っていない。(既存炉の)60年超(の運転を可能)にしたことは是とするが、今後は、より安全で、よりレベルの高いテクノロジーの活用など、次の段階のことも議論を進めていく必要があり、それに対する国民のコンセンサスを得る努力をしていく必要がある。

Q:労働時間規制について、意見書では「裁量労働制、高度プロフェッショナル制度等の見直し」が掲げられているが、具体的なイメージを伺いたい。

新 浪:最も重要で基盤となるのは、先程も申し上げたとおり、健康を害することがあってはならないということだ。そうした問題が過去にあったため、(働き方改革などの近年の)見直しがあったため、その点が後退することがあってはならないと認識している。そのため、具体論としては、例えば健康診断の受診率が低いという課題を以前から申し上げてきたが、こうした健康診断を(裁量労働制や高度プロフェッショナル制度の適用者には強化することを)必須とするなど、様々な措置を複合的に講じていく必要があると思う。裁量労働制における時間について、(一定期間の)合計時間が過度に長時間とならないような仕組みも必要だと考えており、大幅に(働き方改革の内容を)後退させるべきという考えは毛頭ない。働く人のウェルビーイングをしっかりと確保することが大前提であると同時に、技術革新によってオンライン(でのリモートワークなども一般的)になっている。一方、労働力の不足が深刻化している中では、(既に十分働いている方に)もっと長時間の勤務を強いるのではなく、年収の壁などの制約によって働きたいにもかかわらず働けない方に働いてもらうことが大切だ。また家庭を持ちながら働けることも大変重要な要素である。(様々な要素を)複合してそれぞれの働きたいという思いに応じた働き方が何通りもあるため、もっと柔軟に(働ける制度を)議論し、改革していく必要があるのではないかと考えている。

Q:今年の漢字は「金」だった。昨年の代表幹事の回答は転換の「換」という漢字だったが、今年はいかがか。

新 浪:今年(起きた出来事は)沢山あると思うが、今年が終わるにあたって直感的に思うのは、「驚」だ。なぜかというと、戦争がもう1つ起こるとは思わなかった。つまり、安心している社会や経済、世界が当たり前だったのが、もう1つ起こったというのが驚きだ。そしてまた、民主国家である米国の分断がさらに深まるような(大統領選でのトランプ氏勝利という)驚きが起こった。よく言う予想ができない世界になってしまった。予測不可能なのが米中韓、そしてウクライナである。さらに今度は中東、また北朝鮮が暴れ始めたというように、予想だにしなかった驚きがどんどん増えてきた。 もう1つ言うと、多くの驚きが加重された年だったと思う。

Q:今の話では、よからぬ驚きが多かったというように聞こえるがいかがか。

新 浪:そうだ。(ポジティブな側面でいうと)賃金が上がっていく等は予想通りだった。もう1つは、(米国大統領選の民主党候補が)バイデン氏からハリス氏になったのも驚きだったが、これはニュートラルであったと思う。起こったことによって、驚くことがすごく多かったと思う。 その意味で、予測できていなかった自分自身のいわゆる分析力の少なさだったのかもしれない。

Q:先ほど経団連次期会長の筒井氏のお話で非常に人格が素晴らしいという評判だった。要らぬ懸念かもしれないが、保険業という金融監督を受ける業種が経団連、経済団体のトップになることについて、例えば財務省や金融庁に対してどうなのかというような懸念の声がある。これについてはどうお考えか。

新 浪:私はそういうものもあることを前提に(役割を)お受けされたのだと思う。 つまり、今度筒井さんが就任されるのは団体の長という立場であり、確かに母体(所属企業)は規制がいくつもある大変難しい業界でもあるが、むしろ経団連のトップとしてどうあるべきかという観点で選ばれたのだと思う。どんな方が(その役割に)なろうと経済同友会の代表(幹事)もそうだが、団体長としての立場と企業としての立場で必ずトレードオフがあるのだと思う。各個社の考えと団体の(考えが)違うもの(問題)は必ず起こってくる。全てが全てアライメントが取れているものでもないと(思う)。その意味で、どなたがなっても同じようなことが起こってくると思う。それをマネージするのは、まさになられた方のストレスには当然なるが、それを解決できるという判断があって、十倉会長が後任に指名されたのだと思う。 つまり、今のご質問は十分理解して、それを超えてできる方だという認識のもとに(指名)されたのだと思うし、私もそういう立派な方であると認識している。

Q:経団連が先日「FUTURE DESIGN 2040」を発表し、その中で現役世代の社会保険料負担を軽減するため、富裕層に対し課税を強化する旨言及されていた。それに対し、富裕層増税をしたら富裕層が日本から出て行ってしまうといったコメントがあったようだが、それに対しての受け止めを伺いたい。

新 浪:(「FUTURE DESIGN 2040」では、)富裕税のみならず消費税についても言及されていると思う。税制全体そのものが、取りやすいところから取ってきたという点に課題がある。(社会)保険も同様で、取れるところから取ってきた(という仕組みが問題だ)。社会保険については「働く人から取る」という考え方自体は当然のことだが、働かない方々が増え、(社会が)高齢化している現状においては、それだけでは社会を支えることが十分ではないことが明らかになっている。これは当然のことだ。よって、高度(経済)成長のもとで人口増加、つまり働く人が増えるという前提に作られた昭和の仕組みを見直さなければならない。特に社会保険の仕組みには第3号被保険者(制度)の問題があり、これをどうするか(が課題である)。私たち経済同友会や連合も、第3号を廃止し、第2号(被保険者)へ移行するべきだと(提言している)。その代わり、基礎年金部分については国がしっかり保障し、その際税収や財源をどう(確保)するかという議論を行っている。重要なのは、社会保障を含め、前提条件そのものが大きく狂っているという点である。「この税金を取ろう」「あの税金はやめよう」という(個別の)議論の前に、税制全体をどういう仕組みにしていくかという大きな話をしなければならない。(税を)取りやすいところから取るという仕組みをやめることが大前提だと思う。働いている人たちからフローで(税を)取ることには限界があり、資産(課税)も含めて全体を見直し、安寧に、素晴らしい自然に囲まれた日本で、生き生きと働くための仕組みを構築する必要がある。(今は)そのタイミングにある。その意味では、資産課税も1つの考え方であり、今以上に現役世代に頼ることは避けるべきだ。また、実質的に税金のようになっている後期高齢者支援金についても、もうこれ以上取るのはやめようと。では、財源をどこから確保するのか。1つには応能負担(の原則に立ち)、そして65歳以上の方々が多くの資産を持っているため、そこに着目することも考えられる。また、相続税の捕捉率がわずか9%である(ことも問題で)、これを30%に引き上げ、もっと取っていく、そういった税の補足ということも考えていく必要がある。税制の議論は感情論に陥りがちだが、私はどちらかというと十倉会長の考えに賛同する立場であり、(税を)取られる方でもあるが、取られること自体に文句があるわけではなく、取れるところをもっと開拓する必要があると(思う)。その1つとして資産課税も検討する価値があるだろう。ただし、今資産を有効活用しようとする流れの中で、例えばNISAなどへ影響のない形にするなど、仕組みそのものは詳細に考える必要がある。また、「日本から出ていく」というのは、多分税の問題だけではないだろう。むしろ「日本にいたい」と思わせる仕組みには、(税制以外にも)さまざまな要素が関わっている。決して三木谷楽天グループ株式会社代表取締役会長の意見が全てノーだと言っているわけではないが、必要なのは全体設計だ。令和の時代において、(仕組みを見直すことは)待ったなしであり、昭和のモデルはもう続かない。

以 上
(文責: 経済同友会 事務局)

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