代表幹事の発言

新浪剛史経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨

公益社団法人 経済同友会
代表幹事 新浪 剛史

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記者の質問に答える形で、今回の衆議院議員選挙の結果や与党過半数割れ、連立組み替えの可能性への受け止めについて答えたほか、今後予定している代表幹事中国ミッション、勝俣恒久元東京電力会長の逝去、女川原発の再稼働、最低賃金の決定に政治が関わることへの見解、ドジャース ワールドシリーズ制覇について発言があった。

Q:週末に行われた衆院選についての受け止め、そして、昨日(新浪代表幹事が)出席されていた新しい資本主義実現会議において、最低賃金については早急に政労使で議論を行う必要があるとされたものの、目標とする金額や時期については明記されなかった点についての受け止めを伺いたい。

新 浪:まず、今回の選挙については、大方の予想通り政治とカネの問題についての有権者の皆さんの不信感が想定以上に(あり)、自民党、与党に(対して)NOを突きつける(結果になったと感じている)。(特に非公認候補の党支部への活動費)2,000万円の問題は致命的だったと思う。有権者にとって、(活動費の)意思決定が行われたこと自体が「反省していないのでは」と見られたということで、振り返るとこの自民党の政治とカネの問題に対してどのように解決するかという点は、国民の一番の関心事である使途があまり明確にされなかった(ことが信頼を損ねた原因だと考える)。議論は(カネが)入るところばかりで、使途について、必要なものであるということを堂々と語ることが求められていたのだと思う。そうした意味で、説明不足によって信頼を得られなかった結果、国民の負託が得られなかったのだと思う。早期に信頼回復を(図り)、政治とカネの問題に早くけりをつけて、本来あるべき政策議論を展開してもらいたい。その(議論の)1つが、まさに最低賃金(の問題)である。前々から申し上げているが、3年以内に最低賃金の(全国加重平均)1,500円の実現を経済同友会として提言している大きな狙いは予見性にある。(今後、最低賃金が)1,500円に向かうと思えば、(企業も)IT・デジタル・AIなどの生産性を上げるためのツールを使わざるを得ず、それによって生産性を向上せざるを得ない環境になるからだ。昔と違って人手不足が続く今、賃金が上がる前提で生産性を高める(必要があり)、生産性が上がってから賃金を上げるのではなく、順番が逆転していると(認識しなければならない)。その意味で、(最低賃金)1,500円というのは、(例えば)夫婦2人で(月間160時間を)働いて月々48万円(を稼ぐ水準)で、子どもを育てるにも、もしくは二人で生活するにも(必要な額の)給料水準であり、決して高すぎるわけではない。よって、生活を考えれば(最低賃金)1,500円は達成しなければならないレベルだと認識している。この(目標)を3年で実現するとなると、1人当たりの生産性向上が必要であり、社会全体がその方向に向かう必要がある。これまで生産性が上がってこなかったのは、そうした取り組みがなされてこなかったからだ。したがって、人手不足を活用して、(社会全体で)生産性を上げるための仕組みを(構築していく)必要があり、政労使(会議)でその議論が可能かどうか、またどのような議論をするのかはわからない。また、(日本の)潜在成長率は(平均)0.6%とされ、国際競争力も世界35位に低下している。これを引き上げていくためには、(生産性を上げることで)賃金を支払えるようにしていくことが必要だ。特に、(全労働者の)7割の労働力を抱える中小企業の皆さんが、その方向へ進むことが重要だ。これを急いで進めるべきだという(理由で)3年(以内の目標)を掲げているが、最終的に5年かかるかもしれない。(いずれにせよ)この方向性が打ち出されるとダイナミズムが始まり、デフレの時代と異なりインフレの時代として適度な競争が起こってくる。優秀な人材を確保するために給料を上げ、生産性向上に向けた努力が促されることで、経済の活性化に結び付く。そして一方対応が必要なのは、大企業のうちまだ4割しか価格転嫁を是としていない(現状で)、これを早急に100(%)にすることだ。その意味で、政労使(会議)においては後者の課題はしっかりと議論されると思うが、やはり生産性向上についてどこまで話し合えるのかは不透明である。いずれにせよ、どのような形であれ、議論を通じてしっかりと方向性を定めることが必要だと(考える)。やはり生産性を上げるという順序が変わったこと、つまり給料が上がるからこそ生産性向上の仕組みが必要であり、そのための経営をしていくという風に変わっていかなければならない。潜在成長率を高め、結果として日本経済が本当の意味で再生に向かうための大きな試金石が、この(最低賃金)1,500円だと思う。

Q:来週行われる代表幹事中国ミッションだが、代表幹事の中国訪問は2016年以来8年ぶりと伺った。今回の訪中の意義と、どのような成果を期待しているのかを伺いたい。

新 浪:政治が深くつながってきた時代もあったが、隣国である中国との間に(以前よりも)距離ができてしまった。米中の対立の中で、日本は米国側に付いていることは明らかであるが、(日中の間には)貿易や投資、歴史において過去から関わりがあり、現在のような距離のある状況は決して良いことではない。(日中は)今後も切っても切れない関係である。福島の処理水の問題もあったが、中国との関係(を継続するために)、コミュニケーションをしたいということを明確に表すために訪問し、今中国で何が起きているのかを(肌で)感じることが、我々経営者に必要なのではないか。中国の経済が厳しいことや、大変不幸な(男児死亡)事件などを報道で(知ることができるが)、やはりどのような空気感なのか、技術の発展や経済の中心である上海(の街)などを(実際に)見ることが必要だと思い、代表として中国を訪問する。中国は、今(経済面など)大変苦しんでいると聞いており、それを(現地で)感じるとともに、このような時だからこそ、交流をしていくことが必要なのではないか。だからと言って、「さぁ、皆で(中国に)投資をしよう」とはならないことは承知しているが、少なくとも、私もサントリーとしてそこ(中国)で商売をしていることから、中国との関係が切れないようにしていきたいという思いで、(本会の会員と)皆で(中国を)訪問する。

Q:東京電力の勝俣恒久元会長が逝去されたが、もしつながりなどがあれば教えていただきたい。また、一昨日に(東北電力の女川原子力発電所2号機が)再稼働(に向けて原子炉を起動した)という節目もあった。原発の役割についても改めて伺いたい。

新 浪:(勝俣元会長とは)何度か名刺交換をさせていただいたことがあると記憶しているが、それ以上の関係は無い。原発再稼働については、安心で安全であり、(立地)地域の皆さんから(是とする)評価をいただいて、再稼働することがあるべき姿である。東北電力と地元とのコミュニケーションが、大変良いものだったのだろうと思う。この事例を踏まえ、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所も再稼働にこぎつけるために、地元の皆さんのご理解をいただくことが必要である。私は一昨日まで(サウジアラビアの)リヤドに行き、あの地域の(産油国としての)大変さなどを地元の方々から伺った。(日本は)未だ原油の90%以上を中東に頼っており、天然ガスはロシアから買わざるを得ない環境にある。これら(の供給)を止められたらどうするのか。今のところ、中東情勢がエスカレートする可能性は低くなったが、wishful thinking「(そのようなことが)起きなければいいな」(という願望的思考)でエネルギー政策を行うのはいかがなものか。やはり、地元の方々の理解を十分に得て、安心で安全、当然のことながら(原子力)規制委員会の承認を得なければならないが、(化石燃料の輸入に頼らないために)再稼働にこぎつける(原子力発電所の)数を増やしていくべきだ。以前も申し上げたが、柏崎刈羽原子力発電所の場合は、ベネフィット(である電気)を得る地域が東京を中心とした関東圏であるため、それを得られることのありがたさ(を関東圏の方々は示すべきであること)と、新潟のベネフィット、つまり雇用(の創出)やデータセンター(の誘致)をやるなどのパッケージで、地域に貢献できるような仕組みづくりが必要なのではないかと思う。

Q:昨日の新しい資本主義実現会議において、最低賃金について政労使会議を開催して議論する方針が示されたが、そもそも最低賃金の決定に政治が関わることへの見解を伺いたい。国が示した目安を大幅に上回る引き上げを決定した徳島県の例も踏まえ、最低賃金の決め方を変えるべきかについてもお考えを伺いたい。

新 浪:徳島県の後藤田(正純)知事は、人材が他の都道府県に流出しないように(県内の経済基盤を)守る(ために最低賃金の大幅な引き上げ)という判断を下されたのだと思う。私は素晴らしい決断をされたと思っており、これまでの各地域で決めていく仕組みは良いと思う。その中で、場合によって地域(の事情)に応じて、突然何十円も上げるという決定があっても良い。地域によって経済(状況)が違うため、(国が)政労使(会議)で決められることがどこまでなのか、よく分からない。ただ、(政労使で)対話をすること自体は意味があるため、その上で早く(国の引き上げ目安額を)決定し、早く都道府県に(議論の場が)移っていくという仕組みで良いと思う。(最初から)都道府県で議論することも1つの考え方ではあるとは思うが、(これまで)中央の厚生労働省を中心として進めてきた経緯があるため、政労使(会議)によって早く決定できるのであれば有意義なのだと考えているし、期待はしているが、それが出来ないのであれば大きな意味はない(会議になる)だろう。労働側は早く(最低賃金を)引き上げてもらいたいと主張するだろうが、できれば政治側にも意思をもっと強く示していただければ良いと思う。少なくとも最近の状況では、(政治が)もっと意思を出しても良いと感じており、(最低賃金の引き上げは)経済政策の1つであるため、政労使会議の中で政治が意思をしっかりと示して、1,500円に向けた方向性が早く明確になることを期待している。(最低賃金の)決め方については、効果がある方法に変えれば良いと思うが、(雇用状況を)よく見てみると、エッセンシャルワーカー(の賃金)は1,500円を超えているものの、それでも(人手が)集まらない状況にあり、このままエッセンシャルワーカーの人手不足が深刻になれば、日本では基本的なサービスが提供されなくなり、建設が進まない、物を運べない(という状況になってしまう)。(保育・介護・大工・物流などの)エッセンシャルワーカーの平均賃金は現在1,700~1,800円であり、もっと人材を集めるには2,000円以上でなければならない。今、議論されている1,500円は最低値ということだが、やはりエッセンシャルワークの担い手を増やさなければならないため、仮に2,000円や2,500円という水準になれば、当然日本全体の賃金が上がっていかざるを得ない。そのため、エッセンシャルワーカーについては最低賃金をもっと引き上げるなど、職種別に考えて、(労働力を)集めなければならないし、政労使(会議)のあり方として、そういう議論が出来ればよいと思う。例えば、保育士はもっと賃金を上げないと、集まっていただけない。また、民間企業の投資予定額が100兆円に達しているにも拘らず、実行できないのは作業員が集まらないためであり、万博(の工事)でも話題になった。そうすると当然、最低賃金が上がっていくことになるため、現在の1,000円では実態とも乖離しており、1,500円が実情となってきている。2020年代に1,500円という議論の前に、実態(として賃金水準)がどんどん上がっている事実を理解すべきだし、反対に最低賃金を設定することによって(賃金上昇の)実態を冷ますことがないようにしなければならない。(デフレだった)昔はこうした懸念はなかったが、今は実態が先行している。例えば、熊本県のTSMCの工場では、食堂(スタッフの時給)は3,000円とも言われているほど、人手が不足している状況があり、まずエッセンシャルワーカーを確保する必要性から考え、(賃金は)やはり上昇するとの(メッセージ)を思い切って打ち出していかなければならない。エッセンシャルワーカーになる方が増えなければ、基本的な生活ができなくなっていく。従って、全体(として賃金)が上がっていく中で、1,500円を目指して頑張っていくという機運を作っていくことが、政労使(会議)の役割ではないか。

Q:衆院選の結果について、(冒頭で)大方予想していた通りと仰ったが、与党過半数割れはやはり予想されていたか。

新 浪:相当可能性が高いなと思っていた。(自民党は政治とカネの問題を) 説明する場がなかった。だからそういう意味でなかなか厳しいだろうなと(思っていた)。自民党は今回相当な反省をしたのだと思う。しかし、今はもっと反省していると思うが、その反省をしているところで、じゃあどうするかという説明をする場がなかったと思う。 だからこれは厳しいなと思った。(政治とカネの問題の)説明をしなければ(国民には)やらないと思われる。その上で、2,000万(円を非公認候補者が代表を務める支部に支給していた問題)が出たというところで大変厳しい(結果となる)だろうな(と思った)。2,000万(円に関する上記問題が)出る前から(過半数を)割れる可能性があると思っていたが、恐らくそういうこと(国民が判断して投票した結果、自民党が過半数割れしたということ)なのだと思う。

Q:衆院選の結果を受けて、連立の組み替えがあるのかどうか等政局が不安定化していく様子だが、経済界から見た受け止めは。

新 浪:大変問題があると思う。 経済政策がいわゆるバラマキ(政策)のような方向にならないようにしなければならない。今回、玉木(雄一郎)国民民主党代表が仰っている103万円(の壁)の問題は、178万円になる(基礎控除等が引き上げられる)と7~8兆円(の減収が見込まれる)と林官房長官が仰っている。そんな金額になるとすると、これは(玉木国民民主党代表の目的と)違うだろう。あれをやると当然高額所得者は利することになってしまう。だからそういう意味ではないと思う。本当に手取りを増やすのであれば、社会保障改革しかない。後期高齢者負担金をやめるとか、例えばその元(分の金額)について社会保険料を払っていないキャピタルゲインに対して出す(課税する)等、別の方法もあると思う。 国民民主党が仰っているところ(手取りを増やすこと)は、私もずっと経済財政諮問会議で、とにかく可処分所得が恒常的に上がらなければ消費の活性化も起こらないし、お子さんをもうけようとも思わないのだと(申し上げてきた)。ここはそうだと思うが、方法論は決して103万円を178万円にしようという方法ではなくてもよいのではないかと思う。 むしろ焦点を当てなければならないのは106万円の問題で、いわゆる暫定措置で使われ出したもの(支援強化パッケージ)が全く使われていない。やはり年金問題を抜本的にどうするかを時間かけて議論しなければならない。仮に第3号(被保険者制度)を廃止するとしたら、どこから財源を持ってくるか(という議論)になるわけで、むしろ可処分所得を本当に増やすというならば、皆さんもご案内の通りだと思うが、健康保険料の中で無駄なものもずいぶんあるため、それ(削減)をちゃんとやっていただくこと(が必要)である。そして後期高齢者負担金も隠れ消費税(とも言うべき現役世代の負担)になっているため、こういうものをやめさせる、もしくはもうこんなに払わないという(ようにする手段もある)。その代わり財源をどこから持ってくるか(は問題だ)。それともう1つ併せて言えば、財政需要がかなり大きい。防衛費(の増額)や子ども・子育て支援金に本当に3.6兆円使うのか、また社会保障、とりわけ医療介護費用にも、やはり(お金が)かかる。財政需要がこのような状況にあって私が一番心配なのは、いわゆる連立(与党)になって合意することが(難しくなり)、財政が緩くなる(ことだ)。ただでさえ財政需要はこれだけある。そして、元々デフレの時に経済は財政(政策)に頼るが、デフレからインフレになる中で考えなければならないのは、民間のお金をうまく活用して税収を得るようにすることだ。今はその状況にある。それなのに拡張するような方向にいくこと自体が非常に心配だ。つまり、連立を組み、お互いに全部(の政策を)受け(入れ)ることによって財政が大きくなってしまうことのないように(しなければならない)。むしろインフレ社会においては、国の財政はもう一度デフレのときの政策を見直して縮小し、民間が投資する等のもっとお金を使う方向にできるような政策に変えていかなければならない。そういうタイミングにあると思う。ただ政治の状況がこれだけフラジャイルになっているため、それがなかなか今できないリアリティがあるにしても、あまりにも先ほど申し上げたような178万円への(基礎控除等の引き上げ)にならないように(してほしい)。可処分所得が上がる方向性は是とするが、財政でそれをやるというには、既に財政需要が拡大した状況にある。私は本当に真剣に日本の将来を考えていただきたいと思う。

Q:米国のメジャーリーグで、本日、大谷翔平選手と山本由伸選手が所属するドジャースが優勝した。大谷選手の素晴らしい活躍と経済効果について、新浪代表幹事の所見を伺いたい。

新 浪:日本にも(彼らのようなスターが)欲しい。感じたところが2つある。第一に、日本人として、これだけのご活躍をされる姿を見て、素晴らしいと(思うと同時に)、日本に、あれだけの(活躍を世界でしている)経営者がいるのかと自問自答しなければならないと思った。日本の企業も世界で活躍しなければ駄目であり、そうした観点から、経済同友会としても、ぜひとも日本企業が世界で冠たる活躍できるように取り組みたい。今季のお二人の素晴らしい活躍を見て、日本企業もそうありたいと思った。第二は、日本のエンターテインメント(産業についてであり)、あのように(スポーツが)盛り上がっていくことは消費にも大変なプラスの効果があり、本会も(スポーツ・エンターテインメント事業活性化)委員会を設置して検討しているが、日本でもスポーツエンターテイメントとして(MLBワールドシリーズのような)仕組みを作って皆で盛り上げていくことは大変重要なことだと感じた。やはりお祭り騒ぎも必要であり、特にデフレが終わった(現状)では、経営者として次の手を打っていく必要があると考えている。(お祭り騒ぎが)あることも、米国の消費が強い一因だと思う。(スポーツ産業の活性化は)ニワトリと卵の関係であり、スターがいるから(盛り上がり)、(盛り上がるイベントが)あるからスターが生まれる。もし(ワールドシリーズが)日本にあれば、(大谷選手や山本選手も)日本でプレーしていたかもしれない。(両選手の活躍は)素晴らしかった。ただ、(ワールドシリーズで大谷選手が肩を)怪我したことは残念だった。

以 上
(文責: 経済同友会 事務局)

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