待機児童ゼロを目指して ~東京都の試み

2018年06月05日掲載

ゲスト:鈴木  亘(学習院大学経済学部経済学科教授、東京都特別顧問)
聞き手:八田 達夫(経済同友会政策分析センター所長)

インタビュー実施日:2018年3月16日(金)

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ポイント

  • 認可保育所の保育料金が安いことが、待機児童問題を引き起こしている。無認可保育所の保育料が平均月6.5万円であるのに対し、認可保育所の保育料は月2万円強である。それゆえ、保育所の利用者は、保育料の安い認可保育所に入ろうと殺到している。保育料の差は、自治体が認可保育所に多額の補助金を投じて埋めている。特に東京都は、近隣自治体と比べても高い水準で公費を投じてきた。一方で株式会社の参入を抑制する政策や規制によって、認可保育所の供給量は不足している。このため、待機児童が発生している。
  • 小池都政は、保育の受け皿を増やすため次の政策を行った。
  • まず、保育の運営主体の面では、フットワークの軽い株式会社やNPOなどの法人が運営する認証保育所や小規模保育、企業主導型保育所への補助金を大幅に増額した。
  • 次に、保育の担い手である保育士の賃金アップにも予算を付けた。国の制度では、保育士への家賃補助が社会福祉法人に属する保育士にたいしてのみ認められている。これを東京都では、株式会社やNPO等にも補助を出せるよう独自に予算を充当して、認可・無認可を問わず保育士の給与水準を向上させた。
  • 本来は保育所の需給に応じて保育料を調整すべきなのだが、値上げは政治的に難しい。このため住民に、値上げの必要性を納得してもらえるよう、周辺自治体の保育料もわかるように、情報公開を大きく進めてきた。
  • 東京都の保育行政の今後の重点政策としては、次のように、予算を株式会社などの効率的な部門に引き続き充当し、保育の担い手の増加と、制度改革を図る。
  • 第一に、保育の担い手については、保育士を多数供給できる仕組みが必要だ。養成校を出やすくすることや、保育士試験と保育士養成校との利益相反の解消が必要である。さらに、保育所に幼稚園・小学校教諭の配置を許可するなどして、保育従事者の数を増やすことを目指す。
  • 第二に、0~2歳児と3~5歳児の保育需要に大きな差があることによる年齢ミスマッチの解消に今後とも力を入れていく。さらに、ゼロ歳児保育との不均衡をただすため、1歳児からの保育にインセンティブを付ける予算を組んでいる。
  • 第三に、保育所の立地によって需要が異なることが起こす地域ミスマッチの解消を目指している。基礎自治体をまたがる送迎バスの提供などは都が大きな役割を果たせる分野である。

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1.保育全体の問題の構造

【八田】鈴木さんは、保育の問題全体に関してずっと分析・提言をされてきたのですが、この2年ぐらい、東京都の行政にも非常に深く関与されていて、待機児童対策の責任者にもなられました。その観点から、まず都でどういう方針でやってこられたかということから、お話を伺いたいと思います。

【鈴木】小池百合子都知事が誕生して以来、私は主に待機児童対策を担当する東京都の特別顧問を務めてきました。待機児童関係の規制緩和に関わる東京特区推進共同事務局の事務局長というポストにもおります。これらは、有識者としての知事に単にアドバイスをするということではなく、行政組織の中にガッチリ入り込んで組織を動かして実務を行うものです。ただ、その話を詳しくする前に、まずは話しの見通しを良くするために、保育全体の問題の構造について少し説明をしたいと思います。
基本的に待機児童の発生は、経済学的に見れば「超過需要」の発生ですので、均衡価格よりもかなり低いところに保育料が価格規制されていることに原因があります。特に、認可保育所では、月額の平均保育料が2万円強と、ものすごく安く設定されています。そのため、超過需要として待機児童を発生させていることはもちろん、本来、価格規制に縛られていない無認可保育所にも、「官業の民業圧迫」という形で影響を与えています。つまり、無認可保育所はなかなか採算が合わなくて増えにくいのです。

【八田】無認可保育所に対して補助金が出ていないのですね。

【鈴木】はい。東京都認証保育所など、自治体が補助金を出して独自事業で行っているものもありますが、一般的に無認可保育所には国の補助金は出ていません。このため、認可保育所と無認可保育所の保育料は、ものすごく差が付いています。東京都認証保育所の平均保育料は月額6万5000円で、他の無認可保育所もだいたいそれぐらいの水準ですから、保育料格差は4、5万円ぐらいあります。つまり、認可保育所がとても安いので、利用者は認可保育所に入りたいのです。

【八田】それはそうです。それでも、無認可保育所の供給には制限は特にないのですか。

【鈴木】基本的にはありませんが、東京都認証保育所等の自治体の独自事業は、基礎自治体も公費を出しているので、どこに立地するかについて調整や制限を受けることがあります。
待機児童を生み出すもう一つの原因は、認可保育所に参入規制があることです。保育料価格を人為的に低く規制する一方、運営費は補助金という形で手厚く公費から出しているので、参入規制を作らなければ、認可保育所がどんどん増えてしまいます。基礎自治体にとっては、その分、公費がたくさん出て行くので、厳しい財政状況の下では背に腹は代えられず、参入規制で保育所増を止めようとするのです。参入規制には二つの方法があって、一つは株式会社やNPOのように、フットワーク軽くどんどん増やそうとする法人に対して、参入制限や、競争上の不利を設けて、増えないようにすることです。株式会社であるにもかかわらず、配当が出来ない規制があるとか、利益を他の保育所の設置費用に充てることを制限したりしています。また、株式会社であるにもかかわらず、社会福祉法人会計を作らされるという障害もあります。さらに、自治体によっては、株式会社というだけで恣意的に認可しないということもよくありましたが、規制改革会議の努力もあり、そのあたりはだいぶ改善されてきました。

【八田】制度として株式会社などを増えづらくして、認可の総量を制限しているのですね。

【鈴木】はい、そうです。

そして、もう一つは、基礎自治体が独自に行う恣意的な参入規制です。認可保育所は、基礎自治体の「認可」が必要ですので、まさに「認可制」として、自治体が総量をコントロールするのです。例えば、今年は予算がないので計画数以上の参入を認めないとか、社会福祉法人の認可保育所の近くには立地させないなど、自治体の裁量で参入規制を行っています。最近は、どちらかというと、この「認可制」の参入規制の問題の方が深刻のような気がしています。
経済学的に見ると、認可保育所には「レント(超過利潤)」が発生しているので、非常に高コスト体質になっていくという問題があります。高コスト体質とは、加配といって保育士を国の基準以上にたくさん配置したり、子ども1人当たりの面積を国基準を上回る贅沢基準にしたりすることです。また、社会福祉法人の場合には世襲制で子どもに保育所の財産を譲れるので、コストを削減するインセンティブがあまりありません。そうすると、ただでさえ高かったものがどんどん高くなっていって、その差額をどんどん公費が埋めることになります。全国的には認可保育所の運営費の8割、東京都では9割が保育料ではなく、公費で賄われています。こんな状況では、各基礎自治体とも、厳しい財政状況の中、おいそれとは認可保育所を増やすことができないのです。

【八田】赤字を埋める補助をすると、コスト削減のインセンティブはできません。しかし、コストに関係なく補助を与えると、コスト削減のインセンティブができます。そこの補助金設定の仕方はどうなっていますか。

【鈴木】確かに国からの補助金は、保育単価というものを設定していて、かなり堅めに出しています。赤字を埋めるメカニズムはありません。ところが、問題は自治体が結構な割合で後追い的な補助金を出していることです。議会などで、政治的に一種のクレームが付いた費用に、自治体が補助を創設するやり方です。社会福祉法人に対してだけ出す補助金とか、保育士の賃金に対してだけ出す補助金とか、いろいろなやり方で、いろいろな種類の補助金が、次々に新設されています。長い目で見ると、政治的要求に対して、補助金を出すという意味で、一種のソフトバジェットの問題が起きている可能性があります。

【八田】ソフトバジェットの問題が起きていなかったら、それなりに努力するはずですよね。

【鈴木】そうですね。包括払いにして、後は保育所の努力に任せれば良いのですが、例えば、保護者からの保育料の取りはぐれも、基礎自治体が全て穴埋めして保育所に払う仕組みになっています。また、保育士の賃金が上がったとか、賃料が上がったとか、政治的にクレームが付く度に、さまざまな補助金が新設されます。どんどん、公費の支出割合が上がってゆき、ますます税金依存体質になっていますから、自治体も認可保育所を新設しにくくなっています。このため、「認可制」を拠り所にして供給を制限します。保育料の安い価格規制→多額の公費補助→財政的な要求からの価格規制→競争がないことによる高コスト化→ますます供給を制限、という具合に、悪しき「均衡」状態になってしまっているのが、この待機児童問題の基本的な構図です。

【八田】補助金を無制限に出すわけにいかないので、認可保育所の数をそんなに増やせないということですね。結果的には、既得権を持ったところが非常に有利になってしまいます。

【鈴木】非常に有利です。補助金は、東京都認証保育所などの無認可保育所にも少しは出ていますが、圧倒的に認可保育所に投じられています。認可保育と補助金がひも付けされているので、認可保育所だけに集中して公費が出ているのです。このことは、認可保育所にたまたま入れる利用者と無認可保育所に入らざるを得ない利用者の間に、大きな不公平を生み出しています。認可保育所に入る人はそもそも、共働きで正社員ですから、所得がかなり高い人が多いのですが、その人たちに対してものすごい公費が投じられています。一方で、無認可保育所に入る人は、パートなど、非正社員の人が多く、所得も相対的に低い人たちですが、その人たちに対しては、公費はほとんど出ていません。日本の保育は社会福祉と位置づけられていますが、弱者に厳しく、強者に優しいという意味で、社会福祉としては分配上の大きな問題があります。

鈴木 亘 氏 学習院大学経済学部経済学科教授、東京都特別顧問

鈴木 亘 氏
学習院大学経済学部経済学科教授、東京都特別顧問

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2.東京都に待機児童が多い理由

低い保育料・贅沢基準

【鈴木】以上は、全国的な問題の構図ですが、実は、東京都にはそれらに加えてさらに多くの問題があります。第1に、全国と比べても認可保育所の保育料がさらに低いことです。東京都の各基礎自治体は、昔は財政が豊かな状況が続いていたので、そのときの首長が人気取りのために大盤振る舞いをしていて、非常に保育料を低く設定してきたのです。ほとんどの基礎自治体で認可保育の保育料月額は平均2万円前後で、千葉や埼玉や神奈川と比べてもかなり低く設定されています。ですから、待機児童がいても、利用者が東京に来たがるのは当然なのです。
表は、世帯所得が1千100万円を超える最高所得層が支払う最高額の保育料ですが、国基準に比べて大幅にディスカウントされていることがわかります。23区内でもばらつきがありますが、平均的にみると、国基準のだいたい半分程度になっています。

表 東京都23区における最高所得層の保育料設定(月額)

年齢 3歳未満 3歳 4歳以上
国基準額 10.4万円 10.1万円 10.1万円
23区最高額 7.9万円 4.4万円 3.9万円
23区最低額 5.8万円 2.3万円 1.8万円

注)平成29年保育料、東京都福祉保健局調べ。

もう一つの問題は、先に述べた自治体独自の贅沢基準です。保育士数を国基準以上に加配したり、子ども1人当たりの面積を独自に広くしたりしています。そのような贅沢基準を設けると、その分、定員数が少なくなり、待機児童数が増えることになります。また、自治体独自の補助金を既得権者、つまり、社会福祉法人の認可保育所だけに出す自治体もあります。

【八田】本当は、料金を上げて、補助金を減らすべきなのですよね。

【鈴木】そうなのですが、東京都では認可保育所の運営費の9割が公費です。これが既得権益化していて、強力な業界団体(保育団体、保育労祖)を作っていますので、レントシーキングもものすごい状況です。都の場合、各基礎自治体の規模は基本的に小さく、例えば、千代田区は人口が6万人しかいません。全国単位の保育団体、保育労祖がわーわー言っているのに、たかが基礎自治体の一課長が立て付けるかというと全く無理です。政治的に、各基礎自治体が既得権団体に立ち向かえないという問題もあります。

基礎自治体間のフリーライド

【鈴木】それから、東京都内の基礎自治体が行政区ではなくて特別区であるということも深刻な問題を生み出しています。特別区というのは、それぞれ選挙で選ばれた区長がいて、各区独自に保育行政を差配しているということです。これが横浜市のような行政区では、区長は役人がローテーションで回っています。役人の区長は市長の部下ですから、例えば、林文子市長が「待機児童対策を各区いっせいに頑張るぞ!」と言ったら、みんな一緒にその方向に一生懸命向かうしかありません。しかし、都の場合は小池知事が「待機児童対策をやりましょう」と言っても、自治体それぞれで判断があり、同じ方向に動くとは限りません。
問題が起きるのは、一つの自治体だけがうんと努力したときです。例えば杉並区では田中良区長がすごく努力して、この4月に待機児童をほぼゼロにしました。そうすると、翌年は世田谷区から杉並区に多くの人が移ってきて大半の努力が無になるという、まさに「フリーライド」が起きるのです。出る杭は打たれるというか、「ただ乗り」されるので、各基礎自治体は互いに様子見状態となります。ほふく前進で周りを見ながら少しずつしか進まず、思い切った対策が取れないという問題が生じます。つまり、特別区であるがゆえに、行政区のような広域調整ができないという問題があるのです。

【八田】昔から、介護サービスに関して、東京の基礎自治体間で同様なことが問題になっていました。保育にも発生しているわけですね。

幼稚園が認定保育園に移行しない

【鈴木】保育に関して、もう一つ、都特有の大きな問題があります。認定こども園の使い勝手が今ではだいぶ良くなって、全国的には保育所のキャパシティの4分の1ぐらいが認定こども園ですが、都にはまだ5~6%程度しかありません。

【八田】地方では、幼稚園が認定こども園に結構移ってきたのですか。

【鈴木】そうです。なぜなら、地方では幼稚園に入る子どもが少ないので、幼稚園は一般的に経営に困っています。認定こども園に移れば、小さいうちから子どもを囲い込めるのです。低年齢児童を囲い込んで、そのまま預かり保育付きで幼稚園に上げられるので定員が埋まるというように、地方では認定こども園を作るインセンティブがものすごくあります。認定こども園といえば、我々が規制改革会議の委員をやっていた頃に作った制度で、当初はあまり増えませんでした(当時、八田所長は規制改革会議の議長代理、鈴木教授は規制改革会議の保育タスクフォース専門委員)。例えば、文科省、厚労省、内閣府のそれぞれに書類を提出するという訳の分からない手続きが必要だったり、不必要で煩雑な規制がたくさんあったので、当時はあまり認定こども園に申請する事業者がいなかったのです。しかし、その後、規制改革会議などで、少しずつ規制を改善していったことが功を奏し、今では保育の受け皿の4分の1ほどを占めるところまできました。
しかし、東京都では文教族の議員たちが非常に強く、私学助成として、幼稚園に対する補助金を他県に比べて大盤振る舞いを行っています。本来、私立幼稚園は定員割れを起こせば、認定こども園に移ろうと工夫を考えるはずなのですが、定員割れしても都内の私立幼稚園は全く平気なので、なかなか移りません。

【八田】認定こども園は全国では結構利用されているけれども、東京ではあまり利用されていないという問題があるのですね。でも、文教族が幼稚園にじゃぶじゃぶ金を注ぐというのは、別に東京だけではないのでしょう。

【鈴木】いやいや、東京都が特に深刻なのです。東京都の選挙区には文教族の大物国会議員が多く、都議会議員も文教族の子分たちが多いのです。

【八田】じゃぶじゃぶの源泉は国費なのですか。

【鈴木】都の単費です。国の制度に上乗せしているのです。

【八田】幼稚園に対する補助金が多過ぎるということですね。

【鈴木】そういうことです。都にはせっかく幼稚園がたくさんあるのに、その活用があまり進んでいないという大きな問題があります。

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3.小池都政の待機児童の解消策

供給量増大を基本方針に

【鈴木】私は東京都の特別顧問として、小池都知事の待機児童対策の立案を手伝い、それだけではなく、行政組織の中に入り込んで、その実行まで携わっています。行政の外から見ると、一見、待機児童対策は他の施策に比べて対処しやすい問題のように思えます。原因と対策はほぼ1対1ですので、例えば、経済学者ならば、保育料を適切な水準まで引き上げればそれで問題解決だと、誰もが考えることでしょう。
しかし、現実に行政の中で対策を実施することは、そうたやすいことではありません。保育料引き上げなど、政治的にはまさに最難関の政策手段で、簡単には実行できません。私が特別顧問として、最初に直面した障害は選挙があるということでした。2016年9月に特別顧問に就任したのですが、翌年6月に都議会選挙がありました。このときは都民ファーストの会が大勝したのですが、なんと半年で目に見える成果を出さなければならなかったのです。選挙があるのに保育料を上げることは、敵が鬼の首を取ったように批判してくるのは分かっていました。また、規制緩和についても「保育の質を守る」と称して既得権を守ることを絶対視する活動家たちが大勢いて、その勢力に支持されている政党もいくつかありますから、選挙において不利になります。

そこで何に注力したかというと、まずはとにかく保育の供給量、つまり受け皿を増やすことでした。

補助金の拡大

【鈴木】どこで増やすかというと、社会福祉法人や公立の認可保育所などの既得権益を持つ者たちには全く期待せずに、株式会社やNPOに着目しました。小規模保育や東京都認証保育も株式会社やNPOが大体やっているので、こうしたフットワークの軽い事業者をターゲットにいろいろな補助金を出し、とにかくここで増やすことを第一目標にしました。一方、既得権益者側の既得権には一切触れず、遺憾ながら、戦略的に放置しました。
供給量が増えれば待機児童が減るので、選挙でももちろんアピールできるわけですが、一方で既得権側ではない新規参入組を増やしていくと、政治勢力もそちらが強くなります。彼らは今まではマイノリティーだったので、国の審議会などには入れませんでした。しかし、東京都内では、現在約1000ある社会福祉法人の認可保育所に対して、株式会社やNPOを合わせた認可保育所はすでに500を超え、約半数に達しています。そうなると、少なくとも都の審議会などでは、株式会社が大きな声で発言できるようになるわけです。だから、株式会社やNPOをとにかく増やすことを考えました。
そして、認可保育所だけでなく、小規模保育や東京都認証保育所、企業主導型保育所などの新しいジャンルの保育所があるので、そういうものにもどんどん予算を付ける方針を取りました。そうすれば、いずれ既得権者間、あるいは非既得権者と既得権者間に競争が起きます。競争こそが、旧態依然たる保育の世界を健全な方向に変える原動力となります。将来的に、規制緩和などいろいろ手を使うことも考えましたが、とにかく今は、保育の受け皿を増やすことが突破口だと思いました。

【八田】具体的には、認可ではないところに予算を付けるということですか。

【鈴木】無認可もそうですが、株式会社やNPOの認可保育所にも予算が回るようにしました。基本的に社会福祉法人にしか出ないようなつくりになっている国の補助金が結構あるので、それをもっと株式会社の認可保育所、小規模保育、企業主導型保育、そして東京都認証保育所などにも使えるようにしました。

【八田】株式会社が、建物に対する補助金が出なくて困っていたのは解決したのですね。

【鈴木】施設整備費のことですね。既に、規制改革会議などの努力により、国の制度でもだんだんと出せる範囲が増えてきましたが、未だに社会福祉法人と同じ水準ではありません。ただ、都の制度でもある程度補って、イコールフッティングに近づける努力をしています。

【八田】都の場合、認可保育所のうち、社福の割合はどのぐらいですか。

【鈴木】先に述べたように、認可の中で社会福祉法人は大体1000で、株式会社とNPOと有限会社を合わせると約500です。私が就任して以来、増加した認可保育所の実に3分の2が株式会社です。だから、東京都においては、株式会社の認可保育所が既に結構な影響力を持つポジションにいます。
大きな流れとしてはまず、2016年9月に補正予算を組みました。これは総額126憶円で、その全てが待機児童対策の予算という前代未聞の補正予算となりました。
特に株式会社でも使えるような施設整備費や賃貸料・借地料の補助金などをどんどん出しました。それから、目玉となったのは、都有地の活用事業です。

都有地の活用

【鈴木】実は都内で一番の大地主は都庁であり、各局に分かれてたくさんの土地を持っています。それを保育所整備のために、区市町村に貸し出しや移管をさせたのです。

【八田】株式会社や認証に対しても貸すためですか。

【鈴木】そこはあまり区別無く、社会福祉法人にも貸します。事業者の種類の分け隔て無く、無償で貸すことにしました。しかしながら、当然、最初は各局とも自分の土地を手放したがりません。そこで、副知事をヘッドにして各局を束ねさせ、号令を掛けたわけですが、それでも巧妙に隠す可能性があります。そこで、何をしたかというと、一種の「密告制度」を作りました。つまり、各基礎自治体の保育担当者や事業者が、近くにある都有地で、使えそうなものがあれば、この土地が使えないのかと都に照会したり、提案できる通報制度を作りました。小池都知事が命名し、「とうきょう保育ほうれんそう」という名前の窓口になりました。

バウチャーの拡大

【八田】施設費関係以外では、無認可の供給促進策としてはどんなことをされましたか。

【鈴木】9月補正のときの隠れた大きな目玉は、無認可と認可の保育料差額を補助するための一種の「バウチャー」の拡大でした。実は、東京都内の各基礎自治体の中には、既に、無認可保育所、特に東京都認証保育所と認可保育所の保育料の差額について、その一部を利用者に対して直接補助をしている自治体が多くありました。各基礎自治体が独自事業として単費で行っている事業なので、その金額はまちまちでした。千代田区のようにお金持ちの区は、ほぼ差額を埋められる4万円の補助を出していますが、多くの自治体が1万~2万円という程度で、まったく制度がない自治体もありました。所得に応じて出すところもあれば、定額で出すところ、低所得者にしか出さないところなど、実にまちまちでした。これですと、結局、無認可保育所の保育料がかなり高いという現実は変わりません。
そこで、千代田区と同じ制度にそろえるため、4万円までは都が差額補助を行うための予算を出すことにしました。実際に制度を運営するのは基礎自治体ですが、財政的裏付けを都が行う制度にしたのです。その結果、未だに金額はまちまちですが、都内で差額補助を行っていない自治体は現在、ゼロになりました。無認可と認可の間の競争がこれで働き出すようになります。例えば、東京都認証保育所に入っている利用者の中には、3歳になるまでは無認可のままで良いと考える人も増えるでしょうから、認可保育所に申し込みが集中することもある程度、緩和できると思います。年度途中で認可に移る利用者が減れば、無認可の採算性も増しますし、無認可への需要が増えますから、その供給増も期待できます。

供給増の障害

【八田】結果的に、無認可の供給大は、スムーズに促進されましたか。

【鈴木】まだ、制度を作ったところなので、効果が出るのはこれからだと思います。ただ、問題は、基礎自治体の中に、せっかくの都の補助制度を使わず、1~2万円の少額補助を変えないと言っているところが幾つかあることです。これはどういうことかというと、保育団体、特に社会福祉法人の認可保育所が、差額補助制度の拡大に文句を言うという背景があるようです。つまり、無認可と認可の差額を埋められてしまったら、競争になってしまうので、都の制度を使わないようにと自治体の保育部局に圧力がかかっているらしいのです。これは、何とか都からも働きかけて、抵抗する自治体に使わせていくしかないと思っています。私自身は、東京都認証保育所の業界団体にも協力を呼びかけ、利用者から自治体に文句を言うように働きかけたりもしています。

【八田】1~2歳児対象の小規模保育は伸びていますか。

【鈴木】初めはずいぶん伸びてゆきましたが、現在は、頭打ちという状況です。というのも、3~5歳を保育できない制約があるため、基礎自治体の中には、3歳児以上の保育が心配だからとして、そもそも小規模保育を認めないところがあるからです。

【八田】でも、3~5歳はかなり楽になるのでしょう?

【鈴木】確かに、3~5歳は待機児童が少ないので、0~2歳が小規模保育で対応できれば、それで十分なはずです。基礎自治体の中に、小規模保育の参入を認めないところがある背景も、おそらくは既存の認可保育所、特に社会福祉法人の保育所が、小規模保育の参入に反対しているということがあるのだと思います。3~5歳がないから小規模保育はダメというのは、単なる言い訳なのかも知れません。もっとも、今回、小池知事が特区諮問会議の場で安倍総理の前で直訴して、小規模保育における3~5歳の受け皿拡大を特区として認めさせました。これで、各基礎自治体は、小規模保育の参入をこばむ理由がなくなりますから、良い方向に進むと思います。ただ、特区で制度を作ったとしても、実際に使おうという自治体が手を上げてこなければ、区域計画で認定することができません。残念ながら、今のところ、まだ、手を上げてくる自治体はありません。

【八田】事業者による自治体への影響力がものすごく強いのですね。

【鈴木】おっしゃるとおりです。小規模保育の例に限らず、例えば、都有地を各自治体に提供して「ぜひ使ってくれ」と東京都が積極的に働きかけても、自治体の方に都有地はいりませんと断られることがかなり多くあります。例えば、都の土地で、整形もしてあって、「すぐ保育所が建ちますよ」と自治体に移譲したいとこちらから積極的に提案しても、自治体の中には、「社会福祉法人から300mしか離れていないので、その土地は要りません」などと言ってくるのです。「こんなに待機児童がたくさんいるのだから、300m隣同士でも、十分に両方の経営は成り立ちますよ」と言うのですが、社会福祉法人の保育所の経営に影響することを恐れて、自治体の保育部局が嫌がるのです。

【八田】これは、薬局を近距離に作ってはいけないという県の不許可決定が、最高裁の判断で違憲になったのと似ていますよね。

【鈴木】その通りですね。実際には距離の規制はないのですが、自治体が既存の保育所に対して忖度して、恣意的な「認可制度」を使って、競争を制限しようとするのです。それを打ち破る手がなかなかなくて困っていましたが、その意味で、昨年から内閣府が主導して始めた企業主導型保育は、ある意味ですごいブレークスルーです。この企業主導型保育は、自治体の認可が必要ではなく、単に内閣府に届け出るだけで(届出制)、認可保育所並の補助金がでる保育所を作ることができます。つまり、自治体による参入規制を乗り越える制度が出来たわけで、これをどんどん押すべきだと思います。実際、昨年度は、企業主導型保育によって、いきなり全国で7万人分の保育の受け皿が出来上がりました。今年度もすごい勢いで増えると思います。まさに、政治的に不可能と思われていた制度が出来たわけで、これは一種の「社会実験」です。認可という参入規制を撤廃して届出制にしたら、いかに保育所がたくさん出来るか、実験によって証明したようなものです。東京都でも、企業主導型保育所に対して、備品費を全て東京都独自に補助するなど、企業主導型保育を拡大するための支援措置をいろいろ実行しています。

保育士の賃金アップ

【鈴木】2016年9月の補正予算や2017年度の当初予算では、保育士の実質賃金アップ策も大々的に行いました。
実は、保育士の対策として、宿舎借り上げの補助制度を国がつくったのですが、使い勝手が悪いのです。5年目までの保育士に対してしか家賃を補助しない制度だったのですが、東京都独自に6年目以降も支援することにしました。しかも、国の制度では制限されていた株式会社やNPO、東京都認証保育所等でも使える制度にしました。

【八田】以前は社福だけだったのですか。

【鈴木】国の制度は、基本的には社会福祉法人でないとなかなか使えない仕組みになっていたのですが、広げました。

【八田】国は文句を言わなかったのですか。

【鈴木】東京都の単費の予算で全てやっていますから、文句は言えません。根っこは国の制度ですが、それを都で予算を出して広げています。月額8万2000円まで家賃補助が出せる制度なので、実質的にものすごい給料アップにつながっています。

【八田】認証も使えるのですか。

【鈴木】東京都では使えるようにしています。2017年度の当初予算では、保育士の賃金アップ自体もかつてない規模で行ないました。月額プラス2万円上乗せして、その前年にも2万円乗せているので、実績4万円上乗せしたことになります。これにより、都内の私立認可保育所の保育士の平均給与は、月額34.5万円にもなりました。東京都認証保育所などの無認可保育を合わせたベースでも、月額平均給与は32.0万円です。これは、関連職種である幼稚園教諭などの平均月額32.3万円とほぼ遜色がない水準です。先の月額8万2千円の家賃補助を合わせれば、もはや、都内の保育士の低賃金問題はほぼ解決できていると言っても良いでしょう。

【八田】ということは、認証であろうがどこであろうが、保育士の賃金アップのための補助金を出すということですか。保育士の所得が、認可の場合(特に公営の場合)とそうでない場合とで随分差があったことに関しても、完全になくなりはしないけど、相当縮めたのですね。

【鈴木】その通りです。補正予算、当初予算と初めが肝心ですので、様々な抵抗がありましたが、驚くべき給料アップを行ったのです。近隣の県知事たちからは「県から保育士が東京に逃げていく」と恨みを買いましたが、そんなことは気にしてはいられません。例えば、千葉県から保育士が東京に移るのであれば、千葉県も上げる努力をして下さいと言うまでです。

その他の施策

【鈴木】それから、幼稚園にも様々な対策をしました。既に言ったように、幼稚園は私学助成が手厚いので、なかなか認定こども園になろうとはしないのですが、預かり保育の拡充に対して限界的に補助する制度を作りました。つまり、幼稚園は10時ごろに始まって3時ごろに終わるのですが、その後5時とか7時まで預かるところに対して、限界的な費用を補助する制度を導入しました。それから、幼稚園は長期休業期間に保育士がいないという大きな問題があるのですが、ここにも限界的に費用を補助することにしました。私学助成でかなりもらっているけれども、それに加えてさらに限界的にお金を出してくれるのであれば、預かり保育拡充をしようとするだろうと考えたのです。認定こども園に看板を掛け替えなくても、預かり保育を充実すれば、幼稚園でも十分に保育の受け皿になることができます。
それ以外の大きな施策としては、民有地に保育園を建てたり、保育園に貸し出したりする場合に固定資産税をゼロにする制度を作りました。その他、保育士が職場復帰する場合に、待機児童になった場合にはベビーシッター代を月額28万円まで補助して、スムーズに職場復帰できる制度を作ったり、とにかくたくさんの政策を作り出しました。

難しい保育料の引上げ

【八田】保育料の引き上げはどうなっていますか。

【鈴木】ここが頭の痛いところですが、実はまだ実行できていません。「まだ」というのはどういうことかというと、保育料を決めるのは各基礎自治体なので、東京都が頭ごなしに命令するわけにはいかないからです。また、基礎自治体の立場に立って考えても、一種のカルテルのようにみんな保育料が安いという状態になっていますから、どこかの自治体が単独で保育料を引き上げると、その首長は、出る杭は打たれるということで、袋だたきの批判にあうのです。だから、保育料引き上げは、各基礎自治体でカルテル的に「いっせいのせ」でやるしかありません。そこで、まず都内の全自治体の首長が集まる待機児童対策会議を始めました。ここで自分の自治体の保育料はいくらかといった情報公開から始めます。われわれは各自治体に命令はできませんが、首長は横並び意識がどうしてもあるので、他の自治体の保育料が自分のところよりも高ければうちも合わせようと考えるわけで、上げる機運を熟成させていく。その上で、待機児童対策には予算が掛かりますから、それを言い訳にして、待機児童対策の進捗と伴にカルテルで少しずつ、皆一緒に引き上げてゆくことを展望しています。

【八田】それから先ほど、保育料が安いと近隣から流入してしまう効果があるという話がありました。同じく保育料が安い世田谷区から杉並区に流入するのはなぜですか。

【鈴木】世田谷区は安いのですが、全国で最も待機児童が多く、一方、杉並区はゼロに近い水準まで来ているので、杉並区に移っていくのです。

【八田】だから、ある意味では杉並区はもっと保育料を上げればいいのですね。

【鈴木】そうなのです。実は今年度、杉並区は保育料を引き上げました。なぜ上げることができたかというと、「ものすごく努力して待機児童をここまで減らして、財政も相当苦しくなったので、保育料を上げさせてくれ」と言えたのです。議会も待機児童がゼロなのですから、保育料引き上げ案を通さざるを得なくなりました。
だから、供給増をとにかく行って、待機児童減少を目に見えるようにすることが、実は、保育料引き上げという政治的に極めて難しい政策手段を使うための鍵なのです。首長会議については、保育料アップだけではなく、横並び意識を喚起して、待機児童対策のレベルを合わせるという効果もあります。保育料のアップやいろいろな規制緩和策をしている自治体や、例えば朝夕の保育士は無資格者でいいという制度を使っている自治体を、首長会議では全て見えるようにしました。都が作ったいろいろな制度についても、使っているところと使っていないところを表にまとめて渡しました。そうすると、ある首長は状況を分かっていなくて、「うちはこんなに使っていないのですか。すみません」と謝るようなことがあったりして、意外と効果がでています。平場で全て情報公開することが重要なのです。

企業主導型保育の強化

【鈴木】2017年9月の対策では、企業主導型保育所に対するいろいろな補助を大々的に創設しました。先にも言いましたが、この企業主導型保育というものは本当に画期的な制度です。企業主導型保育は、内閣府が2016年に作った制度で、国が補助金を出す一種の事業所内保育です。企業が作る保育ですが、企業内の人も入れられるし、半分は地域枠を設定してもいいという制度になっていて、これが周辺の待機児童の受け皿になるというものです。
私は当初、企業主導型保育をばかにしていたのです。東京は通勤時間が長いので、都心の企業に企業主導型保育所を作っても、まさか満員電車に子どもを乗せるわけにはいかず、こんなものが普及するわけがないと思っていたのです。実際、初めはとても低調で、2016年9月には片手で数えるぐらいしかなくて、やはり駄目だと思っていたのですが、その後爆発的に増え、今や定員5万人ほどにまでなっています。年度内にさらに追加された分を含めれば、昨年度、計画分も含め、7万人もの定員が増えています。

【八田】東京の場合、みんな車で連れてくるのですか。

【鈴木】一つは、東京にも郊外が結構あるということです。郊外は職住接近の所に保育所を設置できますから、確かに便利で需要もあります。この企業主導型保育は、内閣府が補助金を出しているので、質はある程度高くて認可並みですが、認可並みの補助金が出ているので、月額4万円ぐらいの保育料です。東京都認証保育所の平均月額保育料は6万5000円ですから、それよりも安い。極めてお得な無認可保育所という位置付けになって、かなり人気です。
もう一つは、都心でも地域枠があることがミソなのです。地域枠を半分設定しているので、事実上安くて、しかも質が高く、保証された無認可保育所という位置付けで、従業員以外の地域の人々が保育所を利用して採算が合うのです。ポピンズやニチイ学館、ピジョン、ベネッセもそうですが、元々保育をしている事業所が自分たちの従業員のためとして都心に保育所を設置し、半分の地域枠で採算を合わせるというビジネスモデルなのです。しかも、今年3月に地域枠は99%までOKという通達が出たので、これは企業の福利厚生と言うよりは立派に地域に開かれた保育所です。だから、東京都としても、これを利用しない手はありません。
しかも、既に述べたように、認可ではなくて届出制という大変なブレークスルーがあります。素晴らしいのは、各自治体が「社会福祉法人に近いから駄目だ」と言えないことです。できた後にしか自治体は分からないシステムなのです。

【八田】保育士の数にも規制があるのですか。

【鈴木】保育士は有資格者が半分でいいという制度です。小規模保育と同じです。これも、有資格者割合を原則10割にしなければならないという規制のある認可保育所に比べて、大変有利な制度となっています。

【八田】5歳まで大丈夫なのですか。

【鈴木】5歳でも大丈夫です。実際には、0~2歳までのところがあるなど、さまざまです。要するに、既存の事業所内保育の新ジャンルなのです。それにしても、よくこんな制度を内閣府は作れたものだと感心しますよ。すごいブレークスルーです。

【八田】社員は子どもをどうやって連れてきているのですか。

【鈴木】都心の場合、社員は事実上、あまり預けません。通勤電車で通ってくるのは大変ですから。

【八田】私は政策研究大学院大学(GRIPS)で保育所を作れると思ったのです。子どもをもうける事務職員や先生も結構いるし、地元の人も入れればどうかと提案したのですが、「みんな通勤電車は無理です」と言うのでやめました。でも、今のように9割ならばできるのではないでしょうか。

【鈴木】そうなのです。これは事実上、地域に開かれている便利な保育所なのです。

【八田】GRIPSはスペースが結構あるので、やろうと思ったらできますね。

【鈴木】六本木はいい場所ですからね。

【八田】しかも、英語教育をポピンズなどにやってもらえば、ものすごく人気があると思ったのです。今ならできますね。

八田達夫 政策分析センター所長

八田達夫
政策分析センター所長

【鈴木】その通りです。私も見誤っていたという感じなのですが、東京都では、ここにがんがん補助金を出すことにしました。特に、国の制度では無認可保育所の保育士に対して賃金補助が出なかったのですが、都の独自制度として、地域枠に応じて賃金増を行える補助金を出しています。今後も、様々な支援策を行うべく、アイディアを練っているところです。

0歳児家庭保育への補助強化

【鈴木】2018度予算として今、都議会に諮っている待機児童対策の大きなポイントとしては、0歳児を無理に認可保育所に入れないで、育休を活用したり、保育ママなどを利用してもらえる制度の確立があります。これも昨年、小池知事が安倍総理に直訴したことをきっかけに、現在、2歳まで育休の枠が広がりました。そこで、1歳まではとにかく育休を取ってもらうことにして、育休を切り上げて、月齢の小さい0歳児クラスに無理に入れてくるという利用者の行動を改めるように誘導します。育休を十分にとっても1歳児クラスからしっかり入れる様にするために、0歳の定員は1歳に振り分けて1歳児クラスの定員を増やす事業(1歳児移行事業)を始めます。また、0歳から保育を必要とする場合でも、コストの高い認可保育所ではなく、保育ママを活用してもらうために、保育ママへの予算を増やしています。

【八田】江戸川区などが、区の予算で、保育ママの補助をやっています。それを都でも行うのですね。

【鈴木】そうです。基本的に基礎自治体がいろいろな施策を行うのですが、その裏付けとなる財政支援をしています。

【八田】補助金ですね。従来そういうものはなかったのですか。

【鈴木】なかったのです。

【八田】これは大きいですね。しかし、保育所側としては、0歳の方が補助率が高いですよね。

【鈴木】そうです。0歳から1歳に定員を振り返ると損が出てしまう可能性があります。そこは補助金として少し色を付ける形にしています。

【八田】1歳児の方に色を付けているのですか。

【鈴木】そうです。ただ、0歳児から1歳児に振り分けると、そもそも定員を増やせる(保育士1:児童3という配置制約が、1:6に緩和できる)ので、その分もインセンティブとして機能します。
実際に、1歳まで育休を取っても、本当に1歳児クラスに入れるかという問題があります。そこで、もし、入れなかったら都が補助を出してベビーシッターを雇えるような制度を考えました。ベビーシッター代は月額平均32万円と結構高いのですが、28万円までを都と自治体が補助し、利用者の自己負担は4万円だけでいいという制度にします。ベビーシッターは有資格者とは限らず、いくらでも増やせるので、認可保育所に入れるまでベビーシッターも使い放題という制度にするのです。ここまでやれば、安心して育休を1歳まで取ることができるようになると思います。このベビーシッター代に、18年度予算では、なんと約50億円もの予算を計上しています。

【八田】認可保育所に入ると、いくらかかりますか。

【鈴木】2万円です。

【八田】そうすると、ベビーシッターの方が高いのですね。

【鈴木】そうですね。でも、認証に入れるよりは安いです。

【八田】認証だといくらですか。

【鈴木】平均6万5000円です。それから、そこまで保育の利用者に保育負担が低くなるインセンティブを付けてしまうと、今度は、家庭内保育に逆のインセンティブが付いてしまいます。つまり、本来、専業主婦として自分で育てようという人まで、こんなに安いのであれば保育所やベビーシッターに預けようということになってしまいます。そこで、家庭保育に対しても、多少のバウチャー的なインセンティブとして、一時保育やベビーシッター代にある程度使える補助金を出す形で、家庭内保育へのインセンティブも付けるようにします。

【八田】壮大な補助金ですね。

【鈴木】「大人の解決方法」ですね。もちろん、いつまでもこのような事を続けられないので、どこかで抜本的な制度改革に踏み込まなければなりません。

【八田】将来的にはそれをバウチャーに組み替えるのですね。

【鈴木】そうですね。

【八田】そして、国がやってくれると一番いいということですね。

【鈴木】そのとおりです。だから、都が先行して成功事例を作って、これを国の制度にしてほしいと働きかけようと考えています。

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4.今後の施策

0・1歳児保育の不均衡

【八田】そうすると、これまでいろいろ議論されてきたことの多くの問題が解決できます。特に、今までいろいろなところでいわれたように、0歳児と1歳児の不均衡が待機児童を全く不必要に作り出していたわけです。しかし、配置さえ変えれば随分解決するということだったのですが、実際に組み替えは始まったのですか。

【鈴木】補正予算が通るのを見越して、各自治体や業界団体への根回しに動いています。

【八田】では、これからですね。そうすると、これ自体が待機児童の解決にものすごく役に立つかもしれません。現在、0歳児がものすごく殺到してしまっていますが、それがなくなるわけですね。

【鈴木】はい。合成の誤謬のようなものなので、無理してでも0歳児に入れる人がいるから、皆、育休を切り上げて0歳児から保育園に入れざるを得ないという不幸な話です。われわれはそうならないように、インセンティブで1歳からに誘導しようとしているのですが、もっと手っ取り早い手段は、江戸川区の公立保育所のように預けるのは1歳児からという制度にして、少なくとも認可保育所は0歳児を受け付けないようにしてしまうのが一番だと思います。

【八田】おっしゃるとおりだと思います。そして、0歳のところは、低所得者は別にして、基本的には自前ということですね。

【鈴木】禁止ということも良くないので、もし0歳児で認可保育所に入れたいのであれば、保育料を月額10万円ぐらいにするのがよいと思います。それでも実際にかかっている運営費用の4分の1程度です。育休以外の手段としては、保育ママや小規模保育、東京都認証保育所などがあります。それらの他の手段を活用してもらって、0歳児のうちは、コストの高い認可保育所をなるべく使わないようにしてもらうのが一番だと思います。

保育士の代行

【八田】あと、保育士の代わりとしての、他の資格を持った人の活用は進んでいますか。

【鈴木】そうですね。それも活用がまだ進んでいません。

【八田】認証では、やっているのですか。認可では無理なのですね。

【鈴木】そうです。東京都認証保育所や小規模保育、事業所内保育などではもちろん精いっぱいやっていますし、認可の方でも国が2016年4月に、①幼稚園教諭と小学校教諭は活用可能、②朝夕などは2人ずつのうち1人は、子育て支援員などの無資格者でいいことにしました。
国家戦略特区のWGで厚生労働省にヒアリングすると「結構使っています」と言うものの、都庁で調べたり、現場の保育関係者に聞くと、あまり使われてはいないようです。「活用可能にした」という自治体は多いのですが、実例としてあまり使っていないというのが実情のようで、だから、ここはもっと活用させる努力をしなければなりません。

【八田】幼稚園・小学校教諭の活用は、1対1なのですか。数として保育士1人を減らせば、教諭1人を増やせるということですか。

【鈴木】そうなのですが、基本的に3歳以上の部分に幼稚園・小学校教諭の活用を行うという制度なので、0~2歳の待機児童が最も多いところには充当できないのです。朝夕の無資格者はみんな期待していたようですが、多くの基礎自治体が実際問題として、活用を認めない運用をしているようです。だから、まずは既にあるこの規制緩和策を普及させなければなりません。その上で、それでも保育士は全然足りませんから、さらなる規制緩和を厚生労働省に迫るべきです。昼間の時間帯にも、子育て支援員などの無資格者を配置することを認めるべきです。現に、無資格者の活用を朝夕は許しているわけです。また、決められた定員外の場合は昼間も無資格者でいいという制度になっています。そこから一歩進めば、昼間の時間帯も一部は、子育て支援員などの無資格者で良いでしょうということになります。
今、大阪府が、准保育士のように無資格者と有資格者の間の資格を作って、保育士の数を増やそうという提案を国家戦略特区に行っています。気の毒なのは、「准保育士」という名前が准看護師を想起してしまって、マスコミの評判が悪くなったことです。しかし、訓練して准保育士という資格を得るのだから、2週間程度の研修でなれる子育て支援員よりはずっといいのではないかという話で、本来は筋の良い話しなのです。確かに無資格者を活用することはいいのですが、子育て支援員では少し不安だという人も多いわけですから、それよりはもう少し難しい資格を作って、その准保育士的な資格の人を認可保育所で活用しようということです。私は良い提案だと考え、個人的に大阪府・市へのアドバイスも行ってきました。

【八田】子育て支援員は、今どこで活用しているのですか。

【鈴木】保育ママもそうですし、東京都認証保育所や企業主導型保育でも活用しています。認可保育でも、例えば小規模保育は5割まで子育て支援員などの無資格者を活用できる制度になっています。

【八田】認証保育所の場合、正規の保育士の数は半分ですが、子育て支援員を合わせると、認可並みの数なのですね。

【鈴木】その通りです。保育従事者という意味では、認可保育所と全く同じ基準で保育士数を配置しています。実は、保育士不足は認可保育所でも深刻な問題となっており、無資格者を活用したいという声は、認可保育所の中からも聞こえてきます。例えば、育休明けで出てくると保育士は短時間勤務を望むことが多いので、その前後は他の保育士に残業させて使うのですが、それだけではきついので、お手伝いとして子育て支援員を入れたりしていています。もちろん、定員の枠外のところで入れていて、補助金の算定には入れられませんが、そのような無資格者を入れての工夫は広く行われています。子育て支援員は、既に認可保育でも結構活用されているのですが、すぐ取れてしまう資格なので、もう少し訓練して、みんなが安心できるようにして、他にも活用できるように自治体が独自に研修してハードルを上げることはとてもいいことだと思います。

【八田】いろいろ評価の観点はあると思うけれども、ポピンズの中村紀子社長がよく言うのは、都の第三者評価の結果で認証保育所の方が認可保育所よりも人気があるのです。それは、保育士の数が少ないにもかかわらずですよね。その点では、子育て支援員もかなり役に立っていますか。

【鈴木】ものすごく役に立っています。子育て支援員ですら、今は不足しているぐらいです。

【八田】1対1ではなくて、保育士を2人減らすのであれば支援員を3人入れるとか。

【鈴木】私もそれがいいと思います。実際、保育で重要なことは保育士の「目」が多いということですから、支援員を使うのであれば、保育従事者の配置人数を増やすぐらいの基準にして、利用者に安心してもらう必要があると思います。

【八田】それならば、認可保育園でもやっていいということですね。

【鈴木】そう思います。

【八田】実績がそれを証明しているという感じがします。

【鈴木】保育従事者、つまり、トータルの保育所の「先生」の数は増えるわけです。ただ、厚労省的には朝夕と幼稚園教諭の昼間の配置を2016年4月に許したところなので、ここを評価できるぐらいまで制度が浸透しないと次を考えられないというのは理解できます。私のような国家戦略特区の委員から見ても、自民党の部会などで、前回の規制緩和策を通すとき厚労省の努力は鬼気迫るものがありました。しかし、もうそれから1年以上経っていて、「そろそろ別の手を打ってはどうですか」と言える時期に来ていると思いますので、保育士不足の深刻化も相まって、厚労省もそろそろ次の規制緩和を考えざるを得ないところに来ているのではないかと思います。

【八田】まさに大阪府の提案ですね。

【鈴木】規制緩和の突破口として、一番入れやすいのは、育休後に復帰した短時間労働の正保育士の前後の時間を無資格者で埋めるというアイディアです。これならば、職場復帰策として、正保育士たちから構成される保育労祖も受け入れやすいと思います。実は、保育所は若い女性たちの職場ですから、産休・育休を取る人がとても多いのです。適齢の方が多くて、だいたいどこの保育所でも1~2割ぐらい休業者がいます。復帰しても短時間しか働けないので、昼間の一番いい時間帯を取ってしまうのです。そうすると、朝夕とか前後でシフトを組んでいたのに真ん中にがっと入られると、労務管理が極めて難しくなります。結局、重複して配置して補助金のない定員外の扱いにせざるを得ない場合もあるようです。だから、育休復帰した短時間保育士の前後に無資格者を入れさせてください、その分を補助金にも反映して下さいというのは無理がないのではないかと思います。

【八田】大阪の提案の趣旨は、若い保育士や保育士になりたい人にまず現場で見てもらって、気にいったら通信で勉強して保育士になってもらった方が、最初から座学をやるよりもよほどいいということだと思います。

【鈴木】そうですね。重要な事は、どこと比較するかです。保育士から見ると「准保育士はけしからん」となるのですが、「子育て支援員よりははるかにいいでしょう」という視点が重要です。

保育士の増員

【鈴木】もう一つは、保育士を増やす手立てとして、2回の試験だけでなく、根本的に保育士をたくさん供給するような仕組みを作るべきだと思います。

【八田】1年の勉強で済むのではないですか。

【鈴木】そうですね。養成校をもっと出やすくすることが一つです。国家試験の方は1~2割しか合格しません。ものすごく多くの科目を勉強しなければならない試験なので、養成校を出やすくすることが現実的な一つの手です。でも、よほど慎重にやらないと、養成校は669校あるのですが、反対します。つまり、4年のところを2年にしていいとなると、自分たちは採算が合わないなどと言ってくるでしょう。一方で、国家試験の方をもう少し易しくすることも一手だと思いますが、保育の質を低くするなどと文句が出ますから、こちらも岩盤規制で難しい。国家試験をわざと難しくして、養成校の人気を保っているという実情があり、養成校の先生が国家試験の問題も作っているので、まさに利益相反なのです。
国家試験の合格率を上げる方法という意味では、一つ手があります。養成校の人たちも国家試験を受けないと保育士になれないという制度にするのがいいのではないかと思います。そうすると、養成校で簡単に保育士になれるような人たちも試験を受けないといけないから、ますます保育士が減るだろうと想像されるのですが、私はそうはならないと思っています。つまり、この人たちが全員合格できるように、国家試験の水準が下がると思うのです。養成校の先生が試験を作っているからです。

【八田】そうすると、学校に行かないと試験が受けられないようにするのではないですか。今は大学さえ出れば、試験に通ってすぐに保育士になれます。

【鈴木】そうですね。学校を出ないと試験を受けてはいけないという制度になってしまってはまずいですね。ただ、弁護士や教員のように専門の学部を出なくても、一定の科目を取れば、国家試験を受けられるという併用制度になっている例もあります。業界団体が働きかけて、養成校を出なければ国家試験を受けられないという制約にするのも、それはそれで政治的に難しそうです。

【八田】今の事業者の利益を損ねないためには、養成期間2年の保育士はそのままにして、1年のジュニア保育士を作るのも一手かなという気はします。

【鈴木】そうかもしれないですね。通信教育をやっているところはあるので、乗ってくるところはあるでしょうね。

【八田】あるかもしれません。そうすると、2年のところは減るかもしれないけれども、1年でジュニア保育士を取って、後で望めば追加の教育を受けられるようにすれば、ジュニア保育士を代行として活用できるようになるかもしれません。

年齢ミスマッチの解消

【鈴木】多分、他の方が言っていないと思う提言が一つあるので、最後にお話ししたいと思います。待機児童については、実は、ミスマッチで生じている部分がかなり大きいと思うのです。例えば昨年、都の保育定員の増加数は約2万人だったのですが、実際に埋まったのは1万6000人で、4000人ほどの定員は無駄になっています。その4000人は何かというと、3~5歳児の定員分です。新しい保育所を作っても、埋まるのは待機児童の深刻な0~2歳児で、3~5歳児の定員は埋まらないのです。それがかなり無駄になっています。都の待機児童は8000人ぐらいですから、この定員を活用できれば、半分ぐらいにできる計算となります。過去もずっとそういうことが行われていて、定員と実際に入っている子ども数のギャップが今どれぐらいあるかというと、都で1万8000人、全国では18万8000人の定員の無駄があります。
なぜそういうことが生じるかというと、年齢別の定員は自治体が指導しているわけですが、最初に0歳や1歳で入った人がそのまま6歳までいられる数だけ、各歳クラスの定員を用意するようにと各保育所に指導しています。したがって、特に新設園は高年齢児童の定員が無駄になってしまうのです。ところが、普通のホテルや病院では定員が余れば埋める努力をするものですが、保育所は埋める努力をしません。各自治体の指導されるままになっており、主体的に定員のコントロールをしようと思わないのです。
しかし、3歳以上の高年齢児の中には、最終的には幼稚園に移る人も多いわけですから、それを見越して0~2歳の定員を手厚くすればよいのです。0~2歳の方が補助金額が多く、保育園側ももうかるので、できればそうしたいはずです。それを許すだけでも随分、待機児童数を少なく出来るのではないかと思います。ミスマッチの解消はかなり重要ではないかと思うのです。

既に述べたように、今は、自治体が指導という形で定員数を実質的に決めるので、保育所側に定員を決める経営権がありません。ところが、例えば世田谷区では一種、それを許している運用になっています。世田谷区では、0~2歳だけの分園を作っていいことになっています。3歳になったら本園に集めて、まとめて教育することを許しています。これは良い考えだと思います。よく考えたら、それは一つの社会福祉法人で低年齢児の分園をいくつか作るということではなく、例えば、分園とはいわずに0~2歳だけの認可保育所を作って、3~5歳になったらみんなを集めてどこかの大きな保育所で教育するという、セントラルキッチンのようにしてもいいわけです。あるいは幼稚園と組んで、3~5歳になったら預かり保育で幼稚園に入れる制度にしてもいいので、このような定員の弾力化はうまい手だと思うのです。

【八田】世田谷区にできて、他の区ではできないのは、他の区では認めていないからですか。

【鈴木】認めていないのです。しかし、規制がある訳ではないので、自治体が自分のルールでやっているのです。だから、規制緩和としては、厚労省にガイドラインを出してもらうことも考えられますが、首長が決断すれば今でも各自治体で実現可能な策です。

【八田】事業所ごとの制限を認可のときにかけているということですか。

【鈴木】年齢別の定員を指導しているわけです。それを3~5歳はどうせ幼稚園に行ってしまうのだから少なくしてもいい、あるいは本園でもいいというふうにすればいいと思います。

【八田】でも世田谷区は、年齢ごとにきちんと数がそろっているのではないですか。

【鈴木】ところが、本園の数と分園の数は違うので、0~2歳の方が多くなるところがあるようです。本園の3~5歳のところは少なくなることを明らかに想定しています。

【八田】0歳のところはなるべく育休を使ってもらいたいということを考えれば、少なくとも2歳からのところを自由にするのですね。

地域ミスマッチの解消

【八田】かなり大きな問題が抜本的に解決されたと思うのですが、待機児童を減らす方法としては、場所のいい保育所の料金を上げるような、要するに需給を反映するような保育条例の改正が挙げられます。言ってみれば、バウチャーの精神そのものです。補助金は場所に関係なく与えるけれども、追加的にいいサービス(駅に近いなど)の部分は、自分で払ってもらうという制度まではまだ考えていないのですか。

【鈴木】そうですね。無認可に対するバウチャーで現在やっているものは、事実上そうなっているわけです。バウチャーの金額以上の部分は自分で払えということになっていて、無認可保育所の保育料は賃料をきちんと反映していますから、便利なところほど高くなります。問題は認可保育所で、認可保育所の保育料はそのような制度にはなっていません。

【八田】そうすると、認可における制度改革が抜本的に必要ですね。

【鈴木】そうです。認可にバウチャーを入れて、直接補助にすることなどを考えるべきです。

【八田】要するに、補助金を一定額にして、あとは勝手にやってくれということですね。

【鈴木】ただ、今はそれは政治的に不可能です。でも、無認可や株式会社の方が、数がどんどん増えてくれば、無認可の政治勢力が増しますので、大きな声を出すことが出来るようになります。それから、株式会社の認可保育所の方も、バウチャーのような制度で直接契約・直接補助でやった方が創意工夫の余地ができるので、その方がいいという事業者が出てくるはずです。

【八田】今は株式会社でも、認可のところはそういうことができないのですね。

【鈴木】はい。でも、ポピンズでもベネッセでも、株式会社で認可保育をやっている事業者は元々、異業種から入ってきているので、市場経済の仕組みをよく分かっています。だから、市場化するのであればその方がいいという事業者は増えるはずなので、いずれ押し切れる可能性はあると思います。

【八田】現実に、都内の待機児童がものすごく深刻な地域でも、駅から少し離れたりすると空いていることに対する即効的な対策はありますか。

【鈴木】送迎バスと駅に設けたピックアップステーションのセットで解消するべきだと思っています。東京でもそういう制度を自治体が作るための補助金をつくっています。

【八田】横浜市では行われていますよね。

【鈴木】やっています。一番有名なのは千葉県流山市です。都内では江東区や練馬区、町田市などがやっています。ところが、都内の多くの区市の場合、駅にピックアップステーションを作ると、区の中でサービスを閉じられないのです。つまり、どこかの駅にピックアップステーションを作ると、駅から行ける保育園は杉並区と世田谷区に分かれたり、江東区と江戸川区に分かれたりするのです。駅というのは大体そうで、近隣住民を行政区できれいに分けられることはありません。そうなると、基礎自治体としては自分の地域だけを回ってくださいというわけにはいかないので、手を出さないのです。東京の場合は基礎自治体が小さいので、地域がまたがってしまう場合が多く、それがこうした制度が活用されない一つの理由だと思います。こうした制度は都で広域調整をするべきだと思うので、ピックアップステーションを都で作って、バスも都バスを使って、運転手のOBを活用したりすれば、随分違うことになると思うのです。

公立保育所の役割

【八田】公立保育所の役割については、何かありますか。

【鈴木】労組が強いので、改革はなかなか厳しいです。未だに加配があったり、贅沢基準もなかなか改まりません。しかし、それを逆手にとって、公立保育所は特別の手厚い措置をしているので、例えば、障害児童をきちんと受け入れるとか、低所得者などの社会的弱者を多く受け入れるなど、「最後の砦」的な役割を担ってもらうことが良いと思います。現在、介護の分野では、補助金の手厚い特別養護老人ホームに重度の要介護者を集めるようにして、有料老人ホームなどの特定施設と役割分担を図っています。同じような発想です。難しいご家庭の指導もする分、高給を取っているのだからということで活用するのであれば、それはそれでいいと思うのです。

【八田】実際は障害児と、あとは何でしょう。

【鈴木】モンスタークレーマー。

【八田】モンスタークレーマーを、私立は断ることができるのですか。

【鈴木】できないですが、そこを私立認可保育所は直接契約にして、断れるような制度にすればよいのです。断られたくない人は公立に行ってくださいという風にします。私立は大喜びでしょう。

【八田】認証は断れるのですか。

【鈴木】東京都認証保育所は直接契約ですから、経営者の判断次第で断れます。

【八田】認可が断れないのですね。

【鈴木】はい。行政が割り当てをしている制度なので、そもそも断るという概念がありません。でも、それはやらせてもいいと思うのです。私立の小中学校だって落第になれば、義務教育の公立小中学校に移ります。公立保育所は、絶対断られない公立の小中学校のような位置づけにするということです。
それから、現在、加配が生じているということも活用できる余地があって、加配分は本来要らないので、その保育士たちを新しくできた小規模保育や認証などに指導員として出向させて活用することが考えられます。その代わり、従前の給与は保障してやって、派遣事業として活用すればいいと思うのです。

【八田】横浜市で非常に顕著だったのは、公務員の保育士が随分減ったので、それを機会に公立保育所をどんどん廃止して、民間の保育所に建て直していったことが随分、合理化の源泉になっていますが、都ではそういうことをしているのですか。公立保育所を減らして、それを認証か何かにシフトしているのですか。

【鈴木】公設民営はしています。でも、それをさらに民設にするところまではなかなか言っていません。面白いのは武蔵野市です。あそこはスポーツ振興事業団という3セクを持っているのですが、そこに公立の保育士たちを出向させて、民間雇いにしてしまうという改革をしました。

【八田】純粋な民営ではないのですね。

【鈴木】公設民営なのです。公立なのですが、雇っているのは民間です。随分、給料は減らしたようです。

【八田】公設民営は結構やっているということですが、横浜市の場合は完全に民営です。

【鈴木】都はさすがにそれは厳しくて、公設民営が多いです。公設民営といっても、社福を入れているところが多いです。利用者も文句を言うし、保育団体も文句を言うので、そこをまず、株式会社などに変えていくことから始めるべきですね。

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5.まとめ

【八田】国では保育に予算を随分つぎ込みたいといっているのだけど、今のお話は、つぎ込み方が重要だということですよね。全部無料にしてしまうのではなくて、どこにお金をつぎ込んでいいかという。

【鈴木】効率的なところにつぎ込むということです。特に株式会社などは施設整備費が少ないので、同じだけお金を使ってもレバレッジが高いのです。

【八田】どうもありがとうございました。

【鈴木】ありがとうございました。