民間事業者から見た保育政策の在り方

2016年01月07日掲載

ゲスト:西村 孝幸(社会福祉法人みんなのおうち 理事長)
聞き手:八田 達夫(経済同友会政策分析センター 所長)

インタビュー実施日:2015年09月24日(木)

[PDF/0.19MB]

ポイント

  • 現状、3歳児以降の待機児童はほとんどいない。また、育児休暇や有給休暇を取得しやすい体制が整備されつつあるため、0歳児保育は家庭でやりやすくなった。したがって、待機児童解消に向けて、1~2歳児の保育体制の拡充が必要である。
  • 保育は福祉政策である反面、労働政策である面も大きい。労働政策の充実によって、0歳児保育が家庭でしやすくなった現在において、保育政策もこれに沿う形で変わらなければいけない。
  • 保育分野における株式会社などの営利法人のメリットは、意思決定のスピード感やスケールメリットを享受しやすい点にある。一方で、主な課題として、倒産したときにどうするかといった点が指摘されている。
  • 営利法人の倒産に関する対策として、補助金の使途を運営会社の本部と保育の事業所分で明確に会計分離することが考えられる。そうすることで、保育所の施設運営に係る最低限は担保され、会社整理に入っても事業は継続できる状況がつくり出せる。
  • 社会福祉法人の役割は、保育に関する専門領域の知識を生かし、直接利益に結びつかない活動ができる点にある。例えば、新しいファミリー層が入ってきた際に、地域の子育て事情についての説明会を開催するといった地域事業などが考えられる。
  • 現状ではどこの保育所も100%の稼働率であるが、待機児童が解消した後は、長期的に子どもの数が減少していくため、退出のルールを整える必要があると考えられる。
  • 保育事業のコアは株式会社などの営利法人を含む多様な事業者が担い、直接利益に結びつかないような福祉的側面の強い部分や行政財産の使用など公平性・透明性がより求められるものについては、社会福祉法人などの非営利法人が担い、最後のセーフティネットを公立保育所が担うといった階層構造が望ましい。
  • 保育士育成のカリキュラムについて、保育は実学のため、現場を経験して初めて座学が生きてくる側面がある。そうした観点から、養成校で基礎カリキュラムを受け、保育所で実務を経験し、もう一度養成校に戻るなど、幾つかのルートを設けることが望ましい。また、こうした複線化が保育士不足対策の一環になる可能性がある。
  • 両親が望む子どもの育て方は多様であるため、家庭保育への直接補助と保育料補助を選択可能にするなど、多層的な補助の形があることが望ましい。

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1.保育政策の現状と課題

待機児童解消に向けて、保育所や保育士の量の拡充と質の向上に向けた改革が急速に進められている。こうした中で、実際に保育所を運営している事業者は、どのような問題意識を持っているのか。今回は、有限会社の認証保育所を10年以上経営し、2015年4月から社会福祉法人の認可保育所としてスタートした西村孝幸氏(社会福祉法人みんなのおうち 理事長)より、民間視点から見た保育に係る諸問題について、お話を伺った。

【八田】西村さんは、東京都で有限会社の認証保育所を10年以上経営した後、この4月から社会福祉法人を設立されたのですね。

【西村】そうです。もともと私は、墨田区の小さなアパレルメーカーの3代目経営者でした。結婚して娘が生まれましたが、娘が待機児童になってしまい、自分自身でできることは何かと考えた結果、保育所を立ち上げようと決意しました。最初は墨田区などに相談しましたが、「なかなか保育園は作れませんよ」と言われました。
ちょうどそのときに、認証保育所という制度があることを伺ったので、東京都に相談に行ってみました。そして、認証保育所ならできるかもしれないということで、2002年に認証保育所を始めました。

【八田】認証保育所を始めたときには、保育士不足は今ほど深刻ではなかったのですか。

【西村】全くコネがなかったので、知り合いやハローワーク、近所で保育士を知っている人にお願いして募集しました。ただ、保育士は今ほど不足していなかったため、募集すれば何人かは来ていただける状況でした。設立当時は本当に小さい保育所で、保育士5~6人から始めました。

【八田】保育所の経営者は保育士である必要はないのですか。

【西村】はい、そうです。私が経営者となり、園長は別な人にお願いして、認証保育所を14年ほど経営してきました。その間、かなり地域に根差した保育を意識してきたこともあって、入所希望が絶えず、どのように拡大していくかを考え始めました。
それまでは有限会社で認証保育所を運営していたため、有限会社のまま認可保育所に移行するなど、いろいろと考えました。その過程で、今まで社会福祉法人の役割がいまひとつ見えず、社会福祉法人に課題があるという話も聞いていたので、自分が当事者になってやってみようと考え、社会福祉法人への移行を決めました。したがって、生粋の社会福祉法人ではありません。

【八田】移行しなくても、社会福祉法人と有限会社との違いを比較することはできると思いますが、なぜ移行したのですか。

【西村】今まで認証保育所でやってきたノウハウが蓄積されているので、社会福祉法人でどのように活かせるか、社会福祉法人と有限会社、株式会社との違いは何かを考えながら経営していきたいという思いがありました。

西村 孝幸 氏
社会福祉法人みんなのおうち 理事長

待機児童対策

【八田】西村さんが待機児童で最重要だとお考えの対策は何でしょうか。

【西村】待機児童対策として一番重要なことは、1~2歳児保育への枠を増やすことです。育児休暇や有給休暇をそれなりに取れる体制が出来上がってきたため、0歳児保育は家庭でやりやすくなりました。一方、3歳児以降の待機児童はほとんどいません。3歳になると、幼稚園という選択肢も出てくることが主な要因です。したがって、現在のニーズは0歳児だけでなく、1~2歳児保育にあります。
しかし、1歳児から保育所に入れようとしても、なかなか入所できません。というのも、1歳児からの席を確保するために、必要性がそれほどなくとも0歳児から入所させてしまうため、0歳児の保育が本来のニーズを遥かに超えて、席取りのためだけに数多く発生しているのです。結果的に、0歳児保育に莫大な資源が投じられています。
さらに、1歳まで育児休暇が取れるのに、0歳でないと保育園に入れないから職場に復帰するという無駄な現象も起きています。

【八田】1~2歳児に比べて、0歳児は手が掛かるのではありませんか。

【西村】はい。0歳児には子ども3人に保育士1人ですが、1歳になれば子ども6人に保育士1人と負担も倍違います。保護者の方に1歳からでも安心して入れるという担保が取れれば、待機児童問題のかなりの部分は前進すると思います。

【八田】ということは、1歳からしか受け付けない保育所があれば待機児童問題は解消するはずですね。今はできないのですか。

【西村】できます。1歳からの保育所は墨田区内にもあります。私どもへの問い合わせも、最近では1歳の4月から入りたいという要望が多いです。しかも、例えば看護師がいなくても良いなど、経営的には1歳からの方が負担は少ないです。
その一方で、0歳から預かると特別枠の保育となり、自治体から補助金が出ます。経営の安定性などを考えると、一般的には0歳児をやる方が有利になります。つまり、今までは政策的に0歳児から預かる方向に誘導していたのです。

【八田】それはなぜですか。

【西村】かつての右肩上がりの経済では、1歳を過ぎてもすぐ職場に復帰せず、そのまま離職してしまう女性が多かったという事情があったので、おそらく政策的に0歳児保育に誘導していったのだと思います。また、従来型の行政の子育て施策では、0歳児保育をすることが子育てに手厚い行政といったイメージがあったため、今まで0歳児保育を丁寧にやってきた事情があります。
ところが、時代が変わってきて、労働に関する施策が充実し、育児休業が取得しやすくなってきて、0歳児保育は家庭でもできるようになりました。

【八田】時代が変わった以上、現在では、1歳児からの保育を基本とすべきなのですね。その上で、0歳から保育所に預ける低所得者には補助金を出し、高所得者には自己負担をしてもらえれば対処できます。

【西村】そうです。0歳児については、様々なニーズを持った保護者がいらっしゃいますので、割り切るのは難しいかもしれません。しかし、1歳児の枠を増やして「1歳児でも安心して入れるのだから休もう」といった誘導の仕方をすれば、ご両親や子どもにとって一番幸せだと思います。
重要なことは、1歳からでも十分な定員枠が確保できている、あるいは焦らなくても入れる仕組みをつくることです。これから保育所を新設する、あるいは定員を増やす場合、1歳からの保育所を増やす方向になると良いと思います。

【八田】つまり、保育所に対する補助金の規定を改定して、0歳児への補助率よりも1~2歳児への補助率を増やした方が良いということですね。

【西村】そうですね。これから保育園を新設するときには、1歳児からでも安心して入れて、安心して経営ができることが大事だと私は考えています。

【八田】なるほど。ところで、1歳児からの保育所は、従来の補助金だけでは足りないのですか。もう少し手厚くすべきですか。

【西村】認証保育所をやっていた立場からすると、賄えないことは多分ないと思います。ただ、保育所が今後拡充される中で、0歳児保育のメリットを少し減らしてでも、1歳児保育のメリットを上げるべきです。そうすると、事業者側も1歳児保育にシフトしていくのではないかと思います。
保育は福祉政策である反面、労働政策である面が大きく、その綱引きだと思っているのです。労働政策によって、保護者の手元で0歳児を育てられる環境が整いつつあるのに、保育所は1歳になってしまうと入りづらくなるため、0歳から入れなければいけない。この二つの政策の調整がうまくいっていないために、資源が浪費されているのです。

【八田】わかりました。これは極めて重要なことですね。

八田 達夫
経済同友会政策分析センター 所長

低所得者支援の在り方

【八田】低所得者への保育料の補助制度はどのようにお考えですか。

【西村】現状、墨田区における保育料の利用者負担額は、非常に細かく26分類になっています。また、所得分布の状況は、高所得者層と低所得者層が多く、真ん中が少しくぼむM字型になっていると聞きました。
そういった中で、低所得者の方々について経済的な話だけをしてしまうと、世帯収入を上回る多額の行政コストがかかっている世帯もきっといらっしゃいます。このような状況は、おそらく経済合理性に反するのではないでしょうか。

【八田】マイナンバーを活用することで、行政コストを少しでも減らすことは可能でしょうか。

【西村】マイナンバーを活用すれば、行政コストの低減だけでなく、コンテンツの改善もできます。現状では、保育園に通っている子どもを持つ方には一定のケアがなされていますが、家庭で育てる方には提供できるコンテンツが少ない状況です。そういう意味では、保育だけでなく、ある程度の世代まで使える「子どもバウチャー」は考えられるかと思います。

【八田】そうすると、総所得を補足できるマイナンバーの発達が極めて重要ですね。

【西村】そうだと思います。マイナンバーを活用することで、効率的に所得に見合った補助を行うことが重要だと思います。

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2.営利法人と非営利法人の違い

株式会社の利点と課題

【八田】次に、営利法人と非営利法人との違いについて伺いたいと思います。まず、営利法人の利点と問題点は何でしょうか。

【西村】まず、利点について、事業の立ち上げ期のように、トップのリーダーシップによって事業を引っ張る時期は、株式会社などの営利法人に優位性があります。NPOや社会福祉法人では、理事会を経ないと物事が決まらないのに比べると、スピード感や、それに基づくスケールメリットを享受しやすい利点はあるのだろうと思っています。
問題点は、①補助金を株式などの配当にして良いか、②株式会社が倒産した時にどうするかです。この二つは、株式会社参入に関する懸念としていつも言われることです。待機児童はたくさんいるため、子どもが集まらずに株式会社の保育所がつぶれることはないのです。問題は、保育以外の事業が要因で、急につぶれてしまったときにどうするかです。
解決策は、補助金の使途を運営会社の本部と保育の事業所分に明確に会計分離することです。今は、本部に一括して補助金を出して施設を運営していますが、その使途を本部と事業所とで明確に分離すれば、万一、本社機能がうまくいかなくなっても、保育所だけを切り離して、他業に運営を任せられるのではないかと思います。

【八田】保育所と本部の切り分けは、具体的にはどのようにやるのですか。

【西村】社会福祉法人の会計において、保育に掛かる材料費などいわゆる営業費用と呼ばれるものと、本部機能に掛かる一般管理費の部分を分けて計上しています。例えば、この園に運営費として100万円の補助が入ったとすると、保育にはそのうちの80万円が使われ、20万円が本部機能として使われていることを明白にする。そうすれば、いざというときに切り離せます。
保育とは別に、他業種の事業を運営している会社もたくさんありますので、それが良いか悪いかというよりは、株式配当の金額が社会の許容範囲かだと思います。100万円の補助を入れたうち、結果的にどれだけ株式配当に充てられたかが目に見える形式を取れるのであれば、それで良いと思っています。

【八田】会計分離することで、仮に倒産になった場合でも、保育事業を切り離して、売却できますから、子どもや保護者への影響を最小限にすることができますね。

【西村】そうです。保育所の施設運営に関わる最低限の部分は担保する。会社整理に入っていても、事業は継続できる状況をつくり、その後は他の社会福祉法人や株式会社が引き受ける。そうすれば、倒産したらどうするかの議論が終結できるような気がします。

【八田】なるほど。そこは一つの肝ですね。

社会福祉法人の役割とガバナンス

【八田】次に、社会福祉法人の役割について、お考えをお聞きかせいただけますか。

【西村】社会福祉法人として、まだ何か成し遂げたわけではないのですが、やはり「地域との繋がり」は、社会福祉法人の大きな使命だと思います。保育などのコアな事業については、営利法人・非営利法人の違いに関係なく、どのような設置主体であっても運営できるのが現在のルールです。その上で、家庭保育支援のように、数字として表れにくい保育事業周辺のことを社会福祉法人が担保できれば、社会福祉法人不要論などに対抗できるのではないかと、私自身思っています。

【八田】社会福祉法人不要論への対抗の鍵は、「地域との繋がり」ですか。

【西村】そうです。要は、地域事業です。例えば、最近、近くにマンションができて、新しいファミリー層が入ってきています。そうしたときに、私はこの地域の子育て事情についての説明会を企画し、開催するようにしています。その中で、私どもの保育所に入ってくれるかどうかではなく、墨田区の保育・子育て事情について、専門領域の知識を生かした活動を、お金や利益などではない部分でやっています。こういったことをできる点に、社会福祉法人の役割があると今のタイミングでは考えています。

【八田】西村さんのように、良心的な法人は良いですが、そのような活動をするインセンティブはあるのでしょうか。

【西村】その意味で、社会福祉法人では情報公開が大事だと思っています。加えて、第三者評価も重要です。

【八田】しかし、地域事業をやらないときに、どのようなプレッシャーが掛かるのでしょうか。やらないからといって、社会福祉法人をつぶすわけにはいきません。

【西村】確かに、そのような理由で社会福祉法人はつぶせません。

【八田】株式会社や有限会社など営利法人ならば、いろいろな手段で市場から退出することができますが、よほどのことがない限り、社会福祉法人は退出しません。ここが大問題なのではないですか。

【西村】そうですね。そもそも、社会福祉法人の出自は、公の肩代わりとしてスタートしていると思うので、基本的には性善説に立っています。その中で、善人ではない人たちが混ざっているということなのかもしれません。

【八田】あるいは、善人が悪人に変わることもありますよね。ずっと同じ経営者とは限らないですから。社会福祉法人にも、PFI(Private Finance Initiative)のような新しい考え方を取り入れて、入札していくのも一つの手かもしれないですよね。

【西村】社会福祉法人のガバナンスを強化する社会福祉法改正案が衆議院を通過し、現在、参議院で審議されています(注1)。これが成立すれば、社会福祉法人のガバナンス強化が一歩前進します。

【八田】この法案の大きな改正点は何ですか。

【西村】今までは理事会が経営の中心でしたが、理事会を執行機関として位置付け、追認組織であった評議員会による監督を強化し、いわゆる取締役会のような立場として位置付ける。普通の公益法人と同様に、内部統制や外部からの経営の監督を強化するのが大きな狙いです。その上で、あとは財務諸表などの情報公開によって透明性を担保すべきだと思います。要は、理事会だけで意思決定するのではなく、きちんと牽制機能を働かせようというのが、今回の改革の大きなところだと思います。

【八田】まずはガバナンスを強化し、財務諸表などの情報公開を徹底してから議論しましょうという話ですね。しかし、退出を促す仕組みの意味では不十分です。

【西村】退出ルールの整備は、次の段階になると思います。まずは土台として、皆さんが共通の尺度で評価できるようになることだと思います。

【八田】これはお立場上言いにくいかもしれませんが、今回の改革で不十分なところは、将来どのようにしたら良いですか。

【西村】今まで、民間の経済論理では、サービスが低下していくと、良くないサービスのところは利用者が減ります。それが今は利用者が減らないため、事業を継続できているわけです。
今はどこも100%に近い稼働率ですが、待機児童問題が解決したときに、長期的には子どもの数が減るため、損益分岐点を下回る稼働率の保育所が出てくるはずです。社会福祉法人や株式会社など法人の種類に関係なく、定員割れの保育所が出たときに、どのようなアクションを起こすかが次の焦点だと思うのです。

【八田】今はそのような保育所がスムーズにやめていくプロセスはないのですか。

【西村】ないのです。例えば、定員の6割の子どもしか集まらずに保育所の運営が難しくなった状況で、その6割の子どもたちをどのように誰が受け入れるのかという問題があります。さらに、そもそも保育所のニーズがこの地域にないのか、あるいは法人そのものに問題があるのかといった定員割れが発生する要因の検証もあまり議論されていません。現状では、とにかく待機児童を減らすことだけが議論されていますが、その次のステップとしては、株式会社だけでなく社会福祉法人も含めた退出のルールを考えていく必要があろうかと思います。

【八田】これは恐ろしく難しいですね。退出のルールに関して、従来の社会福祉法人の多くは、他人が土地を寄付していましたが、小梅保育園ではどうされていますか。

【西村】土地を借りていて、建物は社会福祉法人が建てました。現在は、土地や建物を借りる場合、有償で貸与しても良いことになっています。
寄付は、1年分くらいの運営費程度でそれほど多くなく、最小限のレベルを寄付しました。

【八田】そうなのですか。今の社会福祉法人は、昔とずいぶん違いますね。

【西村】今は、必ず土地を持っていないといけないというルールではありません。有償貸与や無償貸与などがありますが、一定の条件のもと、貸与や定期借地することができます。また、やめるとなれば国庫に渡すか、どこかの社会福祉法人に引き取ってもらうかです。加えて、今年6月に成立した改正国家戦略特区法によって、都立公園内における保育所の設置が解禁されましたね。
新たに社会福祉法人を設置する場合、建物だけを自分で用意すれば良いのであれば、何年か経てば減価償却できます。

【八田】建物だけなら随分楽になりますね。

【西村】特に、都市部で保育所を新設する場合、寄付や自前で土地まで用意するのは、なかなか難しいと思います。

【八田】そうであれば、退出のルールもつくりやすくなりますね。待機児童が解決した後、地方や東京でも定員割れした保育所が出てくると思いますよ。

【西村】そうしたときに、子どもたちや保護者に不利益にならないように、きちんとした退出のルールをつくることが非常に大事になってくると思います。保育はまだ参入障壁が高く、一度入ったら退出しにくい業界です。待機児童解消の次のステップは、市場への参入と退出のルールの整備が課題です。

注1:社会福祉法人の経営の透明性向上のため、内部統制や外部の会計士による監督を強化する法案。第189回通常国会で成立する見込みだったが、安全保障関連法案などの審議に時間が掛かり、継続審議となった。

公立保育所の役割

【八田】それでは、今度は公立保育所の役割についてお話しいただきたいと思います。

【西村】これまでは、主に民間のお話をしましたが、公立には公立の役割があると私は思っています。
現在、墨田区では社会福祉法人自体は、規模が小さいところが多いですが、公設公営は22園あるので、民間保育所で何か問題が起こっても、一時的に公立保育所に子どもを預けることができたり、逆に民間保育所から公立保育所に先生を応援に出せたりします。特に、大規模な感染症が流行ったときなどには、本当の意味でのセーフティネットとして公立保育所が必要なのだと思います。

【八田】公立が緩衝的役割を果たすのですね。

【西村】保育のコアの部分は株式会社などの営利法人も含め多様な主体が担い、その周辺を社会福祉法人など非営利法人が担い、最後のセーフティネットを公立が担うといった階層構造をつくることが大事かと思います。

【八田】障がい児などの特殊な子どもは、公立の役割になるのですか。

【西村】そうですね。例えば、障がい児にも身体や精神など分類が非常に難しい側面があるため、公立の役割は大きいです。ただし、きちんと補助をつけて、障がい児1人に保育士1人付けるぐらいの手当てをした上で民間に預けるのもありなのかなと思います。

【八田】公立、民間どちらもありだと。

【西村】はい。社会福祉の中では、すべての人々を孤立や孤独から援護し、社会の構成員として支えあうソーシャル・インクルージョンといった理念が世界的に普及しています。そういった中で、どのような子どもも一緒に関わる機会をつくることは重要です。そこは選別、区別するよりは、適切な補助などで担保していく方が理にかなっていると思います。

【八田】なるほど。まず、公立は、インフルエンザのような感染症にも対処できるように、セーフティネットとしての役割が重要である。障がい児保育については、適切な補助を付けることで民間でも預けることができるようにする。

【西村】ところで、墨田区にある22の公設公営保育所について、そのうち12カ所を思い切って民間に譲渡する、もしくは指定管理にして社会福祉法人なりに渡すという決定をしました。
残りの10カ所は、各中学校区域に一つほどずつ残して、これを基幹保育所として、いわゆる地域のフラッグシップの保育所を作ることにしています。そして、基幹保育所を中心として、エリアの中にある株式会社も含めた私立保育園も一緒に、公私連携地して墨田区の子育て家庭を支援するネットワーク化を図ろうとしています。

【八田】民営化されたら、公務員ではなくなるため、お給料が下がってしまいませんか。

【西村】民営化されたら退職不補充で、多分、社会福祉法人等の民間の人材が担います。

【八田】そうですか。そうすると、やはり団塊の世代が辞めているということですか。

【西村】そういう側面もあると思います。

【八田】横浜もそれを機会に、ずいぶん民営化しましたね。

【西村】はい。同じようにして、公立保育所ならではの、その区内での流動性を確保できるようになります。

【八田】それが結果的にセーフティネットとして、感染症対応などに役立つわけですね。

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3.保育士不足対策

保育士育成カリキュラム

【八田】保育士不足対策として、保育士育成のカリキュラムについて伺いたいと思います。保育士になるために、今は養成校の2年間で様々な知識を教えていますが、もう少し短くすることはできないでしょうか。

【西村】正直に申し上げると、雇う側から見て、新人の保育士を採用した段階で、いきなり一人前とは言えません。

【八田】保育士資格を持っていてもですか。

【西村】持っていてもです。現場で2~3年の実務を経験して、やっと一人前になっていきます。つまり、一人前になるまでには、養成校での2年間、保育所での3年間の合計5年かかります。OJTがかなり大事な業界のため、養成校を卒業しただけでは不十分です。仮に、一人前の保育士になるまで5年かかるとしたら、この5年の期間をどのような内訳で過ごすか検討の余地があります。例えば、養成校で最低限の基礎カリキュラムを1年間受けて、研修期間中の先生として保育園で実務を4年間経験するといったことができれば保育士の数は確保しやすくなると思います。

【八田】単純に養成校の期間を1年にして、実務経験を増やすということですか。

【西村】保育は実学のため、現場を経験して初めて座学が生きてくる側面があります。したがって、単純に実務経験を増やすのではなく、保育所で実務を経験し、もう一回養成校に戻る道など、幾つかのルートを設けて一人前の保育士に育っていくことが大事だと思います。このようなキャリアアップの仕組みを整えることで、労働意欲も高まるかと思います。
実学という意味では、例えば養成校の2年間と保育士1年目の3年間で、2年目は必ず実学・実習に充てる方が良いと思います。現状では、保育実習は2週間程度しかありませんが、子どもの成長を見るには長いスパンでの実習が必要です。加えて、何かアクシデントが起こったときの対応について、柔軟性や危機管理などは現場でしか学べません。頭でわかっていても、同じことは二度と起こらないので、そのときに最適なジャッジができるようになるには、現場を重視することが大事だろうと思います。

【八田】2年間養成校に通って資格を取得しても、働いてみると「私は保育士に向いていない」と感じて辞めてしまう方が結構いると聞きます。養成校で1年学び、2年目で現場に出るようになれば、自分が保育士に向いているかがわかり、ミスマッチを減らすことができますね。

【西村】ただ、3年間覚悟をもってやらなければいけないことに変わりないので、それは大変ですよね。

保育士に必要なスキル

【八田】保育士になるためのスキルとして、絶対に必要なことは何ですか。

【西村】私自身は保育士ではないので、詳しいことは言えませんが、養成校で学ぶ中で、本当に必要なスキルと、それほど必要でないスキルがあると思います。私が足りないと感じるのは、コミュニケーションをする力です。具体的には、保護者の方などと話すときに必要になる社会的な素養です。

【八田】それは学校では教えようがないのではありませんか。

【西村】保護者は、社会の荒波の中、第一線で活躍している方たちなので「これも知らないの?」と思われると、「この保育園に預けていて大丈夫?」と疑念を持たれてしまうことに繋がりかねません。

【八田】普通の会社を退職した人が保育士になれれば、かなり社会的素養のある人が入ってくるかもしれませんね。

【西村】そうかもしれないですね。そういう意味では、養成校・保育所の中に限らず、もう少し実学を学ぶ機会が必要だろうと思います。

【八田】座学としては何が最低限必要なのですか。

【西村】やはり、子どもの発達や成長を見る知識は不可欠です。もちろん保育原論のような部分だと思うのですが、子どもたちの発達などを見る力。加えて、そういう子どもたちとのコミュニケーションもあります。実務的な観点では、保健衛生や児童心理などは知っておくべきです。
そして、書き留める力というのでしょうか。まとめる力のようなものが必要ですね。

【八田】自分自身のマネジメント能力ですか。

【西村】そうですね。自分自身もそうですが、クラスの運営もマネジメントです。

【八田】なるほど。わかりました。

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4.保育行政の課題

保育所運営における行政の役割

【八田】保育所行政で他には何が重要な論点だとお考えになりますか。

【西村】行政としては、地域型保育で何かトラブルがあったときに管理責任等が出てきますから、どのような業態であれ、子どもを預かる部分の最低限の安全性はクリアしてもらう必要があると思うのです。

【八田】それは、補助があるかどうかにかかわらず必要ですね。

【西村】そうです。補助がなくてもやるべきだと思います。そういうものがまず全施設で担保された上で、あとは保護者の選択に資する方が良いと思います。

【八田】情報公開の義務付けは、クオリティコントロールの前提ですね。今までは、補助していない小規模保育所は、情報公開の義務付けがなかったために、ほとんどクオリティコントロールされていない状態でした。

【西村】そうですね。認可保育所の縛りに比べて、ずいぶん差があったと思います。ベビーホテルなどでも、優良劣があると思います。

【八田】そうですよね。保育所の評価に関する情報公開は、きちんと官が資金を掛けて整備すれば、質の高い保育所が選択されていくことになりますね。

バウチャー適用の実態

【八田】情報公開はバウチャー導入の前提でもありますね。

【西村】情報公開をした上で、子どもたちの安全が最低限担保されていれば、あとは保護者の選択に任せるべきだと思います。そうすると、施設利用者に対するバウチャーが広がっていきます。あとは、一時的に子どもを預ける施設など、保育所の利用以外でもバウチャーの使い方の選択肢を増やしていくことが一つの課題です。

【八田】昼間に働いている方たちの子どもを預かる保育所以外に、例えば夜間に働く女性向けに、夜間専門に預かる保育所や、短時間に預かる保育所など、様々なニーズがあると思います。こういったニーズに対して、バウチャー型で一定の補助をその親に与えることができるようになりましたね。

【西村】2015年度4月から施行された「子ども・子育て支援新制度(注2)」で小規模保育が市町村の認可事業として位置付けられるなど、かなり柔軟になりましたね。小規模保育施設(注3)も補助できるようになりました。形はどうあれ、一つの考え方として、一応は保護者に補助する形になったのは良いことで、このような流れになるべきだと思っています。その上で、保護者が選択した施設に補助を出すことになると、保護者への直接補助と質的に同じになります。

【八田】認証保育所は、施設に補助が出ないと従来から言われていますが、これもかなり改善されたのでしょうか。

【西村】かなり改善されました。認証保育所そのものは、今年4月からの子ども・子育て支援新制度の枠には入れませんでしたが、自治体が認証保育所を支援していますので、楽にはなっていると思います。

【八田】枠に入れなかったというのは、どういうことですか。認可でなくても、施設に対して家賃補助、あるいは償却補助のようにバウチャー的なものが出るようになったのではありませんか。

【西村】子ども・子育て支援新制度では、認証保育所は補助の対象ではありません(注4)。認証保育所が小規模認可保育所などに移行すれば、地域型保育給付の対象となり、補助が出るのですが、現状では国の制度の枠外なのです。認証保育所は、東京都と国との綱の引っ張り合いで、東京都は国の制度に組み込むことを要望しましたが、国は制度外を主張しました。結局、認証保育所のままでは子ども・子育て支援新制度としての補助が出ないので、国の認可事業に移行することで決着しました。

【八田】それはひどい話ですね。認証保育所では保育士は保育従事者の6割で良いですが、認可保育所になると10割とする必要があります。したがって、今回の新制度によって、認可保育所に移行する保育園が増加したら、保育士不足を加速するのではないですか。

【西村】そうですね。今は認可化に誘導しているのは事実です。ただでさえ保育士が集まらない状況ですから、より一層、保育士を集めることが一つの課題になってきています。

【八田】こちらの保育所が認証保育所から認可保育所に変わったのは、子ども・子育て支援新制度への対応という側面もあったのですか。

【西村】結果的には、そうですね。ただ、最初はそういうつもりで認可にしようと思ったわけではなく、私自身、保育にいろいろな制度的課題があると思っていますので、様々な制度に乗っかって、自身で体験しようという考えがありました。

注2:幼児期の学校教育や保育、地域の子育て支援の量の拡充や質の向上を進めることを目的とした制度。①「施設型給付」「地域型保育給付」の創設、②幼保連携型認定こども園の認可・指導監督の一本化、③地域の子育て支援の充実、④市町村が実施主体、⑤消費税率10%の引き上げによる0.7兆円程度の財源確保といった特色がある。

注3:子ども・子育て支援新制度により、小規模保育・家庭的保育・居宅訪問型保育・事業所内保育を新たに市町村の認可事業とし、「地域型保育給付」と位置付け財政支援の対象となった。

注4:認証保育所は東京都の制度であるため、国からの補助金は出ないが、自治体から施設に対して補助金が出ている。

自宅保育バウチャーの在り方

【八田】自宅保育に対するバウチャーについてはどうお考えですか。

【西村】特に、低所得者対策ではその家庭に直接補助を出した方が良いのではないのかという話になってしまうのですが、それをあえて引き受けることに対するコンセンサスをどのように取っていくかがポイントだろうと思うのです。

【八田】では、家庭保育への直接補助と保育料補助を選択可能にするのはいかがでしょうか。

【西村】私はあるかもしれないと思っています。本当は家庭で育てていきたいけれど無理をして子どもを外に出している方々と、家庭と仕事を両立したくて子どもを外に出している方々とは、少し支援の仕方は違ってくると思っています。そういう多層な補助の形があることによって、結果的に待機児童が減る可能性もきっとあると思います。

【八田】家庭に直接給付すると、親は保育以外にお金を使ってしまうという批判がよくあります。しかし、例えば、家庭保育への給付額は、保育所を利用する場合の3分の2に減らして、将来子どもが大学や専門学校に進学した時の学費として引き出すことができる、ということにするのはいかがでしょうか。

【西村】それはいい考えですね。

保育制度における規制改革

【八田】保育所制度に関して、さらに規制改革が必要であるとお考えのことを、ご指摘ください。

【西村】まず、利用者が認可保育所に直接契約で入れるようにすることです。現状は待機児童がいるので、どの保育所も門の外に子どもたちが並んでいる状態ですから、直接契約がなかなかできない状況です。ただ、待機児童が減って、定員が空いてくれば、利用者に選択の余地が生まれ、結果として直接契約に近い状況が生まれてくると思います。認証保育所で直接契約を経験した立場から、保護者自身が選んだという責任と自覚が生まれます。
現状、認可保育所のみを希望するなら、第4希望のあまり行きたくなかった保育所にしか入れない可能性があります。認証保育所の場合は、認可に入れなかったにしても、いくつか保護者の目で見た中で選んだという意味で、保護者との距離感が近くなります。最長で小学校入学までの6年間お付き合いしていく園、また、ご兄弟がいらっしゃれば10年近くお付き合いしていく園ですから、保護者と保育所側が良好な関係を築くことも、子どもにとっての幸せになります。

【八田】なるほど。他にはありませんか。

【西村】それから、休業日の自由化です。30人程の認証保育所だったころ、土曜日に使う子が誰もいなかったので「土曜日を休みにしていいですか」と東京都に聞いたら、その次から、土日は開くルールができたのです。必要のないところに、限られた労働資源を提供しているのも無駄なので、365日開いている保育所や土日休みの保育所があっても良いと思います。そういった保育所については、補助金や保育料で調整していけば、休業日を自由化できるはずです。

【八田】土日は開かなければいけないのですか。例えば、土曜日は午前中だけなどの自由もないのですか。

【西村】ほとんどの自治体が休業日を条例で定めており、原則、土曜日は休んではいけないことになっています。認可・認証関係なく、土曜日も利用があれば、(2時間延長実施園の場合)夜8時近くまでやらなければいけません。休業日は日曜・祝日・年末年始と決められています。しかし、例えば商業地域などでは、保護者の休みが平日で、土日に子どもが多いかもしれません。そのようなところは、水曜日を休みにしても良いのです。

【八田】園庭条件は制約になっていますか。

【西村】認可の社会福祉法人になってから考えることの一つとして、幼保連携型認定子ども園の要件の中に、園庭要件があります。小梅保育園の場合は新設で建物も新しいし、教育も一生懸命にやっているつもりなのですが、園庭がないだけで、現在は子ども園になれません。つまり、幼保連携型にはなれないのです。

【八田】公園には連れていっているのですか。

【西村】公園を園庭の代替地にすることで、保育所としては成立していますが、子ども園は代替地では駄目だという国のルールがあります。やはり、地方と東京では事情が違うので、少なくとも大都市部は少し考えた方がいいのだろうと思います。

【八田】地域によって基準を選べるようにしてほしいということですね。

自治体での先進的取り組み

【八田】東京のいろいろな区を見渡されて、非常に革新的なところはありますか。

【西村】そうですね。バウチャーに限っていえば、やはり杉並区が一番に出てきますよね。「杉並子育て応援券」をやっています。もうかなり経ちますので、根付いてきている部分もあります。
無認可保育所も変えていく中で、まず最低限保育の質を担保し、バウチャーの使い道の大所をつくった上で、多様な部分を育てていく。それをどこまで自由化するのか、例えば商店街まで使えるようにするのか、子どものものを買うだけにするのか、いろいろな考え方はあると思いますが。

【八田】他に革新的な試みはありますか。

【西村】虐待などが疑われる場合に、母子保健の観点から保健所が確認しに行きますが、なかなか会えないことがあります。そうした際に、墨田区では面談するためのインセンティブとして、子育て応援券などを出したりする案が、区議会には上がっています。
都の補助制度として、母子保健の観点から赤ちゃんと保健師がきちんと面談できると、子育てセットや子育て応援券を渡す仕組みでインセンティブを与えます。このようなバウチャー的なことが試験的に始められているようですが、それが保育や幼稚園の領域まで入れるかどうかは別です。しかし、少なくとも次第に広がっていくと思いますし、あとはいかに行政コストを掛けずに、バウチャーが渡るようにするかが大事な視点だと思いました。

【八田】最後のまとめも含めて、貴重なお話を数多く伺うことができました。今日はお忙しいところを本当にありがとうございました。

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