横浜市の保育政策「横浜方式」の核心

2014年05月01日掲載

ゲスト:鯉渕信也(横浜市役所こども青少年局長)
聞き手:八田達夫(経済同友会政策分析センター 所長)

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ポイント

  • 横浜市では「保育所待機児童ゼロ」を達成するために、対策に予算や人員を重点的に配分してきた。中心的な取り組みは、認可保育所の整備に力を入れて取り組んできたことである。
  • 日本の保育所補助方式では、基準に沿ったサービスを提供する施設に対して費用に見合った補助をする一方で、保育所の場所の便利さなどに依存しない画一的な料金に規制する。結果的に交通の便のいい保育所には入所の申し込みが集中し待機児童が発生する一方で、交通の便の悪いところでは、継続的に児童が集まらないなど、ミスマッチが生まれる。
    横浜市では、高架下といった未利用地の活用、公共を含む様々な主体への交通の便利な場所における用地提供の呼びかけ、土地所有者と事業者のマッチングなど、多様な取り組みによって、認可保育所の供給量を増やしミスマッチの解消を計った。
  • 横浜市は認可保育所以外にも多様な保育サービスを拡充した。たとえば、①「横浜保育室」は、市が独自に運営基準を定める保育施設で、保育ニーズが高い3歳未満児を対象としている。②「幼稚園による預かり保育」は、幼稚園利用者が柔軟に保育サービスを利用できるようになるメリットがある。③「保育ママ」はマンションなど一般住宅の一室を借上げて、家庭的な雰囲気で少人数の乳幼児に対して保育を行うサービスであり、待機児童が多い地域にピンポイントで整備しやすい利点がある。
  • 整備した多様な保育サービスのメニューを、利用者に周知し、利用率を高めた。混雑しているサービスへの需要を余力のある他の保育サービスに誘導するため、市の担当者や保育コンシェルジュが保護者との密なコミュニケーションを通じて、ニーズを把握し、それに合った保育サービスを紹介した。
  • (スウェーデン等の諸国で採用されている)バウチャーによる保育所補助方式では、すべての子どもを持つ世帯に、世帯所得に応じた保育補助金(バウチャー)を渡す一方で、保育料金を規制せず自由に設定させている。この方式を採用すれば、駅近辺などの保育所では料金が高くなり、不便な地点での料金が安くなることによって、ミスマッチが解消すると言われる。一方で、「横浜方式」では、規制料金体系のもとで発生する場所ごとのミスマッチを、上記のような数々の工夫によって、解消した。

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1. 横浜市保育政策成功の要因

横浜市は、人口が多い都市部で待機児童ゼロを達成したことから、保育政策の「横浜方式」として多くの注目を集めた。横浜市の保育行政を取りまとめるこども青少年局局長鯉渕信也氏にお話を伺った。

【八田】本日はお時間をいただきありがとうございました。横浜市は2013年の春に待機児童ゼロを実現しています。ただし、待機児童ゼロの実現が広く日本中に知れ渡ったために、その後申し込み希望者が横浜に押し寄せ、現在では待機児童ゼロではなくなっているようです。しかし、これはむしろ横浜方式の成功の勲章です。横浜市の保育行政が行ってこられた様々な工夫は、日本全体の保育行政のモデルになり続けると思います。鯉渕さんは、林文子市長が推進してこられたこの政策を担当されてきた当事者でいらっしゃいますので、今日はその成功がどうやってもたらされたかを教えていただきたいと思います。横浜市の待機児童削減政策が成功した要因は端的に言って何だったのでしょうか。

【鯉渕】いくつかの手段で保育サービスの供給を増やしました。特に認可保育所の増設を強力に推進しました。少し前まで企業立の認可保育所はなかったわけですが、今は新設では半分、総数でも3割まで企業立になりました。待機児童減少には認可保育所の整備が圧倒的に効いたのです。認可保育所ではありませんが「横浜保育室」も増設しました。その他にも「保育ママサービス」を拡大するなど様々な供給促進策を講じました。
また、認可保育所への需要の抑制による、需給のミスマッチ解消策も講じました。必要度が高くないにもかかわらず入所を希望しているケースについて、社会的費用がより低い他のサービスを提供したり、そちらに誘導したりという政策を行いました。

【八田】それでは、これらの対策を①認可保育所の増設、②横浜保育室の増設、③その他の保育サービス促進策、④認可保育所への需要抑制策に分けて、1つずつ詳細を伺います。そのあとで、保育政策への補助はどうあるべきかについてもご質問したいと思います。

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2. 認可保育所の増設

市立保育所の民営化による財政コスト効率化

【八田】限られた予算で認可保育所を増やすことができた理由は何でしょうか。

鯉渕 信也(横浜市こども青少年局 局長)

【鯉渕】「保育所待機児童ゼロ」を公約に掲げて、平成21年8月に横浜市長に当選した林市長の指揮のもとで、保育所待機児童対策に予算や人員を重点的に配分することにより、全市一丸となって認可保育所の整備に力を入れて取り組んできたということが大きいと思います。

【八田】横浜市では平成16年度から公立保育所の民間移管を進めているとのことですが、企業立や社会福祉法人立(以下「社福立」)の民間保育所に比べると公立保育所にかかるコストは、自治体にとって割高だと言われています。公立保育所の児童一人当たりのコストが高いのはなぜなのでしょうか。

【鯉渕】大きく2つの要因があります。1つは制度上の理由で、市立保育所は国からの補助が少なく、自治体の財政負担が重くなっています。2つ目は、公立保育所の保育士の平均勤続年数が民間保育所に比べて長く、人件費が高くなっているからです。横浜の場合は、公立保育所の保育士の平均年齢は約40歳で、民間保育所(社福立認可保育所、企業立認可保育所)の場合は約30歳です。

【八田】移管される前に公立保育所で働いておられた方は、市内の別の施設に転属されたということでしょうか。

【鯉渕】そうです。給与体系が変わるということや、公務員でなくなるということはありません。

【八田】公立では定年退職による自然減に加えて、新卒の採用抑制をしているということですか。

【鯉渕】民間移管を始めた最初の数年間は新卒の採用を止めていました。しかし今は保育士不足ですから、公立保育所への新卒採用は再開しています。定年退職による自然減というのはありますが、人員の配置転換として別の市立保育所だけではなく、児童養護施設や、障がい児施設など、専門的なケアが必要な施設に移ってもらっていたりします。それと女性の比率が多い分野ですから、結婚に伴う退職者は一定の割合でいます。

【八田】現在の認可保育所の総数のうち、何割ぐらいが企業立ですか。

【鯉渕】平成26年3月の認可保育所の総数は、民間保育所が492か所で、市立保育所が90か所なので582か所です。企業立が154か所なので、だいたい26%ぐらいになります。

【鯉渕】加えて既存の保育所についても、公立は年間2園ずつのペースで民営化しています。少し前まで年間4園だったのですが、信頼できる運営法人を選ぶためにペースを緩めました。保護者への丁寧な対応が必要となるため、移管は新規設置よりも大変なプロセスになります。これまでの経験を踏まえると新しい保育所をつくった方が簡単だということになってしまうのです。

【八田】民営化に当たって、児童の保護者や公立保育所の保育士の方々による反対はなかったのでしょうか。

▲横浜市の認可保育所定員、待機児童数の推移
出所 第5回 規制改革会議(2013.3.21)「横浜市提出資料」

【鯉渕】保護者からの反対は相当いただきました。丁寧な対応をすることにより、今は大きな問題にはなっていません。しかし、民営化を始めた初年度には保護者を原告団として訴訟になりました。最高裁まで争われたのですが、明確な決着はつきませんでした。その頃には原告団のお子さんが全員卒業なさっていたので、訴えの利益がなくなり、係争としては終息しました。この対応は、市としては非常に大きな負担でした。この反省を活かして、保護者の方々には時間をかけて丁寧に説明をしています。現在では、大きな反対運動などは特にありません。全国から法人を募集し、学識経験者、市民等からなる「法人選考委員会」という外部の委員会で選考された、サービスが水準以上で実績のある社会福祉法人に移管先となってもらっていることが最大の理由だと思います。そうしたことから、保護者の方々にご納得いただいていると考えています。

保育所の立地の工夫

【八田】民間認可を増設するにあたって予算の充当以外に苦労された点はなんですか。

八田達夫(経済同友会政策分析センター所長)

【鯉渕】保育所は立地がとても重要な要素です。待機児童解消のために早く多く建てればよいというわけではなく、交通の便が悪いところに建てても児童が集まりません。
用地確保のためにまず、一度は候補から外れた市有地でも使えないか、再検討しました。例えば道路・鉄道の高架下への設置です。
この写真(下)は道路高架下に設置した認可保育所です。上を通っているのは高速道路ではなくて、環状2号線の一般道路ですが、基幹道路ですので片側2車線の4車線道路です。しかしここは全く静かです。子どもたちは雨が降っていても園庭で遊べると喜んでいます。高架下の園庭以外にも、日が当たる園庭も設置されています。

▲道路高架下の屏風ヶ浦はるかぜ保育園の外観

【八田】騒音はあまりないのですね。

【鯉渕】気になる程ではありません。

【八田】この保育所への反応はどうでしたか。

【鯉渕】賛否両論です。

【八田】どういった点に反対意見が多いのでしょうか。

【鯉渕】車の排気ガスを心配されているのだと思います。

【八田】実際はどの程度なのでしょうか。

【鯉渕】この場所も住宅用地であることは変わりませんので、環境アセスメントには合格しています。

【八田】他にはどういった土地に建てていったのでしょうか。

【鯉渕】横浜国立大学や慶應義塾大学で敷地内に保育所を設置していただきました。また、国や独立行政法人からも用地の提供を受けています。

【八田】一般の私有地についてはどうなのでしょうか。

【鯉渕】運営をする事業者が自ら用地を確保するというのが通常の流れです。これを補うために、地主と事業者が顔を合わせる仕組みを作って、用地を探す手伝いをしました。保育事業者と土地所有者を公募して、マッチングすることは、非常に難しい面がありました。公募で集まってくる土地は、残念ながら必ずしも保育所を整備したい場所にはなかったり、形が悪かったりということがあります。

▲横浜市 保育資源の種別と定員数
出所 横浜市「横浜市における保育資源の種類と定義」

▲横浜市 保育サービスの増加状況(平成18年度から平成26年度)
出所 横浜市

【鯉渕】しかしながら、土地所有者は「保育所に用地を提供する」という意志を持って来られる方が多くおられます。そうした場合、ニーズに合わないということをご納得いただかなければなりません。逆に、立地の良い土地の場合は、保育事業者との交渉が進んでいたのにもかかわらず、別の用途にするために取りやめにしたいというケースもありました。そこを懸命に説得して、成果としては、平成22年度に7施設、平成23年度に11施設をマッチングすることができました。

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3. 横浜保育室の増設

0~2歳児にターゲットを絞り、駅近に設置

横浜保育室の説明

【八田】横浜市では認可保育所以外にも多様な保育サービスを拡充されていると聞いています。それぞれの特徴や現状をお聞かせいただければと思います。まず横浜保育室とはどういった施設なのでしょうか。

【鯉渕】自治体が独自の基準を決め、認定をしている保育施設があります。例えば東京都では「認証保育所」と呼ばれています。横浜保育室は横浜市が認定している施設です。

【八田】保育サービスの内容はどうなっていますか。

【鯉渕】まず0~2歳児に対象を絞っているのが特徴です。預かり時間については午前7時30分から午後6時30分までの11時間が基本で、場所によっては早朝預かりや延長保育をしています。

【八田】職員には保育士資格を求めているのでしょうか。

【鯉渕】保育従事者のうち3分の2以上が保育士、保健師、看護師、助産師のいずれかの資格を持つことを要件としています。また施設長は有資格者であることと調理員の配置も要件です。

【八田】無資格の方も保育従事者になれるというのは大きいですね。次に施設面ではどうなのでしょうか。

【鯉渕】認可保育所とは園庭の基準が異なります。子どもには発達段階というものがあり、3歳児からは走り回れるようになります。そこで0~2歳児に絞ることで、園庭を必須要件から外してあるのです。結果、園庭のない駅前のビルに入居して整備するといったことが可能になっています。

【八田】それは効果的ですね。

【鯉渕】はい。駅前の交通の便が良い場所に建てやすい点、ニーズの高い0~2歳児の枠を増やせる点が重要です。年齢別で考えると、育休明けの1歳児から預けたいという方に対する保育枠が不足しています。この枠を拡充することが現在の力点です。

【八田】調理施設についてはどうですか。

【鯉渕】その点は認可と同様です。横浜保育室でも同様に自園調理で給食を行っています。

認可保育所と横浜保育室の料金改定

【八田】従来は、補助金の手厚さの違いを反映し、横浜保育室の方が認可保育所よりも料金が高かったと聞いています。その状況で新設の横浜保育室に預けるように誘導するのは難しかったでしょう。

【鯉渕】その通りです。料金のバランスのために、平成24年度に横浜保育室の保育料は、保護者に対して保育料の補助を拡大することで引き下げ、認可保育所の保育料は引き上げました。
具体的には、横浜保育室の保護者への補助金は平成18年度までは0でしたが、その後次第に引き上げた結果、保育料の引き下げが可能になり、現在では横浜保育室の保育料は、5,000円~5万8,100円の間で料金が設定されています。一方、認可保育所の保育料は、高所得層に対しては大幅な引き上げをする一方、低所得層に対しては小幅の引き上げにしました。結果的に0~2歳児の認可保育所の保育料は0~7万7,500円の間です。

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4. その他の供給促進策

私立幼稚園の「預かり保育」の促進

【八田】その他に供給促進策としてどのようなことをされましたか。

【鯉渕】私立幼稚園の預かり保育を平成9年度から全国に先駆けて実施しています。幼稚園では全国で預かり保育を実施していますが、内容に差があります。多くの場合は午後2時に幼稚園が終わるとして、午後4時ぐらいまでお預かりするサービスを指しています。横浜市では午前7時30分から午後6時30分の11時間を預かります。このサービスの供給促進のために横浜市が別途補助金を出しています。

【八田】通常の幼稚園より、随分長い時間預かってもらえるのですね。実際はどんな様子なのでしょうか。

【鯉渕】現在137園(H26.1.1現在。市内幼稚園の約50%)が実施しています。例えば、園児300人の幼稚園だとすると、長時間の預かり保育サービスを受けているのは、大体40人くらいです。幼稚園の一部の部屋に児童を集めて実施しています。市からの公費の投入に加えて、保護者からは、月額9,000円を上限に料金をいただいています。

【八田】預かり保育にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

【鯉渕】幼稚園の利用者が柔軟に保育サービスを利用できるようになるという点が、大きなメリットだと思います。認可保育所は両親がフルタイムで働き、その状態が続くことを前提としています。一方で、働きたいと思うけれども、子どもの様子をみて子育てに専念をするという行動に変わる層があります。この預かり保育は状況がどちらになっても対応できるので、非常にフレキシビリティがあるのです。

【八田】利用者にとってはとてもメリットがありますね。園庭はもともとあるとして、調理施設は要件に入っているのでしょうか。

【鯉渕】預かり保育の場合は、要件にはしていません。

【八田】それは施設側の負担を下げますね。保育従事者は、幼稚園の先生がやっているのですか。

【鯉渕】追加的な人員も配置してもらっています。

【八田】その職員の方々は、保育士の資格は必要ないのですか。

【鯉渕】保育士の資格は要件ではありません。保育従事者の2分の1以上が幼稚園教諭、保育士、看護師のいずれかの資格を持っていることが要件です。

【八田】そうすると2分の1は無資格者がいる。

【鯉渕】はい。幼稚園教諭ではない保育従事者の中に、保育士の資格を持っている方もいますが、どちらの資格も持っていない方もいらっしゃいます。横浜保育室でも、ある程度無資格の保育従事者がいるので同じ状態です。

【八田】預かり保育の効果は高いと思いますか。

【鯉渕】非常に高いと思います。

「保育ママ」をニーズの多い地域に整備

【八田】保育ママサービスとはどのような取り組みなのでしょうか。

横浜市における保育ママの説明

【鯉渕】自宅で少人数の子どもを預かるのが従来型の保育ママです。横浜市では昭和35年から家庭保育福祉員として取り組んでいます。しかしながら、都市部における住宅事情や保育ママが1人で保育を実施することの責任の重さから、なり手が少なく、40~50人から増えない状況が続いていました。そこで横浜市では、平成22年度から個人で請け負うのではなく、法人として請け負い、運営する仕組み(NPO型家庭的保育事業)を導入しました。具体的には自宅ではないアパートやマンションの1室を借りて、最大で10人の子どもを預かる仕組みで、25年4月には36か所まで増えました。事業者の募集から開設までの期間も短くて済み、アパートやマンションの借り上げなので物件も探しやすく、待機児童が多い場所にピンポイントで整備することができるなど、多くのメリットがあります。保育所整備をする区役所の視点から見ると、保育所は60人定員、100人定員など相応の児童数を前提として設置していますので、十分な児童数が継続的に集まらない場合、設備に無駄が生じるリスクがあります。NPO型で定員6~9人、最大で10人という選択肢があると、より需要にあった保育所整備が迅速にできるようになります。

【八田】この場合には、園庭要件はないわけですね。台所は一般家庭用の設備であると。

【鯉渕】そうです。

【八田】保育ママになるにはどのような資格要件があるのでしょう。

【鯉渕】保育士が中心なのですが、幼稚園の先生であったり、看護師であったりします。近年では国が、研修を受けた方は国家資格がなくても保育ママになれるという仕組みを推進しており、横浜市も導入しました。ただ現状としては、まるっきり無資格で保育ママをしている方は横浜市にはいません。やはり保育士や看護師、幼稚園教諭などの資格をお持ちになっています。

【八田】看護師さんはそのままなれるのですか。それとも何か追加の訓練がいるのですか。

【鯉渕】横浜市で定める、数日間の研修を受けていただきます。

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5. ミスマッチ対策による認可保育所への需要抑制

保育コンシェルジュの設置

保育コンシェルジュの説明

【八田】横浜方式というと「保育コンシェルジュ」の取り組みがメディアに注目されました。これは保育政策の中でどのように位置づけられるのでしょうか。

【鯉渕】横浜市では認可保育所の整備に努めるとともに、多様な保育サービスのメニューを揃えました。しかし利用者は、まず認可保育所に申し込むというのは変わりません。

【八田】入所審査があるわけですね。

【鯉渕】希望に添えないご家庭は必ず出てきます。審査に漏れてしまった場合は、落胆されています。それでも保育サービスを受けたいと思った時に、「横浜保育室」といった聞き慣れないサービスを示されても、内容が分からず不安になります。アフターフォローが必要です。

【八田】そこでコンシェルジュの出番というわけですね。

【鯉渕】保育を希望する保護者の方の相談に個別に応じることで、個々のニーズや働き方に最も合った保育資源や保育サービスの情報提供を行っています。保育コンシェルジュは現在、18区に27人配置しています。専属の嘱託の人です。資格は求めていませんが、保育士だったり、幼稚園の先生だったり、子育て経験者であったり、子育て中だったりする方もいらっしゃいます。たまたま全員、女性です。
認可保育所に申し込んだが入所できなかった方に対しては、代替の保育サービスを紹介するなど細かく対応しています。コンシェルジュが「私も一緒に探しますから、お母さん心配しないでいいですよ」と言い、ここはどうですか、あそこはどうですかと見つけてくるわけです。多くの場合、多少遠くなったりしますが、電話でしっかりと話を聞いてもらいながら勧めてもらえることが、安心感につながっているのだと思います。

理由を問わない一時預かり「リフレッシュ保育」

【八田】横浜市は独自の取り組みとして、理由を問わない一時預かりをする「リフレッシュ保育」を開始したということですが、この取り組みはどのような狙いで始められたのでしょうか。

【鯉渕】一時保育には国費が入っており、他の都市でも実施しています。育児に伴う保護者の身体的、心理的負担を解消することを目的としています。実のところ、保育所審査に申し込む保護者の中には、一時保育が利用できれば満足してもらえる層があります。一見すると行政にとって負担に思えますが、結果的にはフルタイム保育への過剰な需要を抑えることに繋がっています。また、児童虐待の防止にも効果があると思っています。新しい保育所は大体の所で一時保育を行っています。

【八田】一時保育を行う保育士の資格要件は、普通の保育所と同じですか

【鯉渕】同じです。

交流を促進する地域子育て支援拠点

【八田】地域での子育てを助け合う力を高めるという視点では何か取り組みをされていますか。

【鯉渕】地域子育て支援拠点という取り組みをしています。とても人気のある施設です。

【八田】室内ですか。

【鯉渕】室内です。母子で来ていただいて、お母さんはしゃべっていて、子どもは広いきれいなところで遊べます。個人のお宅では少し買えないようなおもちゃがあって、土曜日になるとお父さんが子どもを連れて来ていますね。また、お悩みのある方はその場で職員が相談にのりますし、臨床心理士など専門家の相談を受けることができる施設もあります。

【八田】その施設は新設なさったのですか。

【鯉渕】はい、18区に1か所ずつあります。評判がいいです。

【八田】保護者の方にとってありがたいサービスですね。民間の建物を借りているのですか。

【鯉渕】そうです。運営費は横浜市が全額拠出しています。

【八田】利用料はどのくらいですか。

【鯉渕】無料です。

【八田】室内公園みたいなものですね。

【鯉渕】そうです。遊びと相談、それから情報提供です。

【八田】開所時間はどれくらいなのでしょうか。

【鯉渕】午前9時30分から午後4時の間で1日6時間以上開所しています。

【八田】交通事故の心配もなく、遊ばせていられるというのはいいですね。

【鯉渕】保護者同士の交流の場としてもよく機能しています。「うちはこれで困っているのですけれど」、「こうした方がいいわよ」というように、親同士のネットワークで解決することは多くあります。それでは処理しきれない問題が起こった場合でも、地域子育て支援拠点がカジュアルな行政窓口になることで、察知が早くなりました。虐待防止にも役に立っています。

【八田】児童相談所とも連携できますね。昔の大家族の機能が、公共サービスで提供されているみたいですね。

【鯉渕】そうとも言えますね。また個別相談や様々なご意見をいただくことに加えて、各種計画策定の際のアンケート調査や懇談会、シンポジウム等の実施によりニーズの把握を行っています。

【八田】ニーズの把握によって、横浜市の保育行政は認可保育所以外のより適切なサービス提供を促し、またそこに利用者を誘導してミスマッチを解消されたわけですね。

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6. 政府による補助

地方交付税制度における保育予算の位置づけ

【八田】認可保育所については公立、社福立、企業立という種別で、国からの補助に違いはあるのでしょうか。

【鯉渕】社福立、企業立に対しては、入所児童数に応じて国から運営費に補助(国庫負担金)が与えられていますが、両者に金額の差はありません。

【八田】公立はどうでしょうか。

【鯉渕】国からの公立保育所に対する予算措置は、入所児童数に応じた国庫負担金制度ではなく、地方交付税制度によって算定されます。しかし横浜市のような大きな自治体は、普通交付税はほんのわずかしか貰っていません。したがって、横浜市では公立保育事業の大部分を市の予算で運営しているというのが実際の感覚です。

【八田】冒頭で、公立保育所の児童一人当たりのコストが高い要因の1つは制度上、「市立保育所は国からの補助が少なく、自治体の財政負担が重い」と仰った理由がよく分かりました。横浜市が公立保育所を社会福祉法人へ移管していった背景には、そうした事情もあるのですね。

【鯉渕】地方交付税制度は、基本的な行政サービスを日本全国で実施するために、国から地方へ予算を配分する制度です。まず「基本的な行政サービス」を提供するためにどの程度の予算が必要かを計算しますが、これを基準財政需要額と呼びます。次に自治体の税収(地方税)だけで、この予算が賄えるかどうかを見ます。地方税だけで賄える場合は、国からの普通交付税は配分されないことになります。こうした自治体を「地方交付税の不交付団体」といいます。

【八田】地方税だけでは行政サービスを提供できない自治体に、国が普通交付税を配分するのですね。

【鯉渕】はい。保育サービスも、税収が少ない自治体には普通交付税によって補填されることになりますが、待機児童が多くいる都市部の自治体は国からすると、「十分な税収があるので、自治体の一般予算で保育サービスを提供しなさい」となるケースが多いです。

【八田】そうなると、公立保育所を増やそうとする自治体は、他の予算を削らなくてはいけなくなるのですね。

整備費補助のかわりに企業立保育所の参入を促進した補助

【八田】国からの、社福立と企業立への補助では、運営費についての差がないことは分かりましたが、それ以外の費目については違いがありますか。

【鯉渕】初期費用としての建設費の補助については違いがあります。
社福立認可保育所の整備の際には、建設費に対して補助を出しています。これは国の社会福祉法に基づくもので、県を通じて国からの補助があります。
しかし企業立の認可保育所には、建設費補助としては国、県、市町村のどのレベルでも出していません。

【八田】この出せない理由は憲法89条に基づいて「公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業」を行う企業の資産形成に用いられる補助金は支出してはいけないからと言うわけですね。

【鯉渕】そう聞いています。

【八田】そうした不利な条件でも企業が横浜市では認可保育所に参入したのはなぜでしょうか。

【鯉渕】初期投資のうち、企業に対しては建設費の形で補助を出すことはできませんが、保育所として運営するにあたって必要となる建物の内装整備については横浜市として補助をつけています。だからビルの中などで企業の参入が多数ありました。
内装整備については、建物に公金を投入した場合と異なり、株式会社の資産形成にはつながっていないという考え方です。

【八田】すばらしいです。うまく工夫をして法律との整合性を持たせ、結果的に企業立の新規参入を増やせたわけですね。それは横浜オリジナルのお考えだったのですか。

【鯉渕】最初かは分かりませんが、早い方だとは思います。

横浜保育室への国による運営費補助

【八田】次に横浜保育室に対しては国の補助があるのでしょうか。

【鯉渕】従来、横浜保育室への国の補助は全くありませんでしたが、横浜市からの要望等の結果、平成23年度から全国の自治体認定の保育施設に対しても国の補助制度が設けられ、それほど大きな金額ではありませんが、一部、補助されるようになっています。

【八田】どういった予算に対して補助されるのですか。

【鯉渕】運営費に対する補助です。

【八田】横浜市の横浜保育室に対する補助は、認可保育所に対する補助とどのように異なるのでしょうか。

【鯉渕】認可保育所とは保育士配置基準が異なるので、子ども一人当たりの運営費補助は少なくなります。横浜保育室への補助は、認可保育所の約8割です。一方で、利用料金に関しては世帯の所得水準や子どもの人数に応じて負担が軽減されるようにしています。具体的には、条件に応じて実際に保護者が支払う料金に差をつけ、その差額は市が施設に支払っています。

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7. バウチャー方式の是非

保育バウチャー方式

【八田】最後に保育政策への補助はそもそもどうあるべきかについてご質問したいと思います。
現在の認可保育制度は、施設に対して補助金を渡し、基準に沿ったサービスを提供しています。世帯所得や保護者の就労状況によって「保育に欠ける子ども」と認定されなければ、サービスの恩恵を受けることができません。
これに対して、すべての子どもを持つ世帯に、受ける保育サービス水準に依存しない均等な保育補助金(バウチャー)を渡す一方で、認可保育所の保育料の料金規制をなくそうというというバウチャー方式の提案があります。それによって本当に必要な人は料金を払えば、サービスを必ず受けることができるというわけです。
このようにして、子育て世帯が様々な価格・質で供給されるサービスを自由に選択できる、市場機能を活かした制度に近づけるべきだというバウチャー方式論者の意見をどうお考えですか。

【鯉渕】保育バウチャーを実施した場合、所得の高い世帯に利用者が偏ってしまうのではないかと思います。お金のある人にとって自由度が増すだけなのではないでしょうか。料金設定を自由にして、入所審査をやめてしまっては、低所得世帯が利用することが難しくなるでしょう。例えば、現在は世帯所得によって0円から~7万7,500円というように料金に差をつけていますが、市場原理を持ち込めば、横浜の場合だと預けたい保護者が圧倒的に多いわけですから、保育料が上がることになるでしょう。保育料が上がって需要が減ることで、需給がバランスすることになります。つまり、価格上昇によって申し込み者が減るということは、ある所得の範囲の世帯は子どもを預けることを諦めるということです。行政の立場としては受け入れるのが難しいし、市民も望んでいないと思います。

【八田】おっしゃるように、低所得者が保育サービスから除外されることになったら本末転倒です。バウチャーの水準を十分高くして、誰でも基本的なサービスはバウチャーだけで受けられるようにするか、低所得世帯には特別な補助金を出して基本的なサービスは受けられるようにする必要が当然あります。ただしその場合、高い料金を払って基本的なサービス以上のサービスを受けても補助金額は同じだとします。補助金額はサービスの質に依存せず定額で支払うことにするわけです。
しかし中所得以上の世帯には、保育バウチャーを支給した上で、サービスに応じた負担をして貰うようにするべきです。確かに、駅近くの保育料は上がるでしょうが、駅から離れたところの保育料は下がるでしょう。結果的に、駅近くに預ける必要のない世帯は、これまでと違って、駅から離れた安い保育所に預けるようになります。さらにそうなれば、駅近くの保育所の供給が増えます。どうしても駅前に預けたい人は預けられるようになります。

保育料の上限は上げられるか

【鯉渕】認可保育所の料金の値上げは、既に取り組んできました。横浜市の保育料は近隣の自治体と比べると高い水準であり、特に高所得世帯の負担は大きくなっています。保護者の所得に応じた負担を引き上げる努力も精いっぱいしているつもりです。保育料金の値上げをすることは市民の理解を得るのに困難を伴いました。今の料金体系程度でサービス提供量を増やすことが市民の要望です。それを公約した市長の下で我々は働き、提供量を増やしています。
経済学的な観点からは、需要をあおっているのかもしれませんが、それを市民が望むことだから、税金を集め、使う意味があると考えています。

【八田】それはよく分かります。国の制度が認可保育所の料金の固定を要求している以上、自治体の政治家が需給に応じた保育料金の弾力化を公約に掲げることはできません。横浜市は、今の国の制度の固定料金の下で当然生じる保育サービスへの超過需要に対して市としてサービス提供量を増やすという形で公的に手当てしてこられました。これが横浜方式の成功の鍵だったと思います。
しかし、事業者がサービスによって料金を変えられれば、メリットは大きいのではないでしょうか。料金自由化によってサービスに応じた負担をして貰うことになると、駅近くの保育所の混雑が減るだけでなく、中所得以上の世帯であっても、高い保育料を払いたくない人は、家で子育てをすることにする世帯も出てきます。これも保育所の全般的な混雑解消に役立ちます。
しかも現状では、保育料が決められているため、施設には自らサービスを工夫するインセンティブがありません。保育料に関する規制がなくなると、保育所は多様なサービスを提供するようになります。それによって、サービス競争が起きます。

【鯉渕】私の立場からすると、直接的にそのことに反対するのは、まず市長と市議会になると思います。そして市長には公約があって、市民の皆さんが反対すると思います。現行の保育料であっても相当な負担だと思いますし、それを引き上げるのは政治的に困難だと思います。
サービスの供給曲線が、価格の上限無く、右上がりとなるものとして、それで需給がバランスすることになっても、それを市民が望んでいない、市長が望んでいない、議会が望んでいないということになるのではないかと思うのです。

【八田】政治家はともかく、市民は望んでいるのではないでしょうか。私が勤めていた大学の職員の方で待機児童問題に直面していた人たちは「もっと払っていいから便利なところに保育サービスを供給して欲しい」という切実な要望を持っていました。それが見つかるまで職場に戻ってこられないのです。

認可外保育所の質を担保するために

【八田】ところで、完全なバウチャー方式が政治的に難しいというのならば、そこへの第1歩として、低所得世帯や障害児用の公的な保育所は、料金は今のように規制して、資格要件を今より厳しくする。その一方で、民間の保育所は料金を自由に設定できる。要するにデュアルでするというのも1つの方法です。

【鯉渕】自治体が運営費補助を出していない全くの認可外という保育施設があります。保育料は月額10万ぐらいで、保育士はあまりいない、施設の中には劣悪な状態にあるものもあると市民からは認識されています。

【八田】バウチャー方式を導入する際には、劣悪な保育所の出現を防ぐために、バウチャー補助の対象になるすべての保育所の質に関する情報公開は義務づけが不可欠です。
現在の認可外保育所への国の政策の根本的な問題は、保育の質の情報公開が公的に強制されていないことです。これが一部の劣悪な認可外保育所を生んでいる最大の理由です。認可されていようがいまいが、「すべての保育施設の質を正確に保護者に伝える措置をとる責任」が政府には元来あると思います。
多額の補助金を得ている既存保育所とその保育士の既得権を守ろうとする利益団体が、競争相手の出現を嫌って、認可外保育所に情報公開を義務づけることを妨げてきました。これが、劣悪な認可外保育所が放置されてきた最大の理由でしょう。

幼稚園と保育園

【鯉渕】幼稚園と保育所の料金をバランスさせる問題もあります。保育所の方が基本的に預かり時間が長く、料金を設定するなら高くなるはずです。しかし現状では、横浜市だと平均すると3歳以上児では、幼稚園には月額約3万8000円(横浜市幼稚園預かり保育の利用料を含む)、認可保育所には月額約2万2000円を子育て世帯が支払っています。これは一種の逆転現象です。これをコストに合わせて価格の逆転を解消するには、保育所での保育料を急激に上げる必要があります。それは政治的に成り立たないのではないでしょうか。

【八田】幼稚園と保育園のサービス内容と料金のバランスを取らなければ、市民の公平感が損なわれてしまうというわけですね。これは幼保一体化の議論と関連していますが、この点はどうお考えでしょうか。

【鯉渕】幼保の問題は重要な論点だと思います。特に土地の問題に関してです。幼稚園の方が、よい土地を持っていることが多く、小学校のグラウンドみたいなところを持っている施設もあります。それらが長きにわたって保育のリソースとして活用できなかったわけです。

【八田】幼稚園の方が良い土地を持っている場合が多いのはなぜでしょうか。

【鯉渕】それは発展の歴史が異なっているためです。幼稚園は、貴族の子弟をお預かりして、特別な教育をするところからスタートしています。それに対して、保育所は共働きでなければ食べていけないような世帯の子どもや、戦後の混乱が続く中で十分な環境が得られない子どもを保護するという観点から始まりました。そのため、良い土地が幼稚園に集まりやすかったのです。今後は、横浜の預かり保育のような取り組みを全国で実施すれば資源的に無駄がなくなります。もう建物はあるし、人員もいるからです。幼稚園が私学助成という制度の枠組みから、福祉サービスへの給付金という枠組みに移ってくれれば、それが一層やりやすくなると思っています。

【八田】現在の日本では、価格規制の存在ゆえに、様々な需給ギャップが生まれています。その一つが待機児童問題です。横浜市はそのギャップを埋めるべく、価格は概ね維持しつつ保育所探しを手伝ったり、代替的な保育サービスを提供したり、公共の土地を使ったりするなど、コストをかけて対策を講じてきました。これは、価格規制の結果として必然的に生まれるミスマッチを、行政による数々の工夫と努力によって補完できた成功例と言えるのではないでしょうか。
本日は、横浜市の成功を支えたご経験とその背景についてお教えいただき、大変、勉強になりました。ありがとうございました。このような取り組みが全国自治体に広がり、待機児童が減少して欲しいと思います。