待機児童問題の解決策:福祉と市場の役割分担

2014年2月18日掲載

ゲスト:八代尚宏(国際基督教大学教養学部 客員教授)
聞き手:八田達夫(経済同友会政策分析センター 所長)

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ポイント

  • 保育サービスが「保育に欠ける子ども」に対する行政の福祉事業と位置付けられ、市場による需給調整が行われていないことが待機児童が減らない一因である。保育サービスの公共性を考慮した政府補助のあり方、低所世帯への再分配の仕組みを考えた上で、価格を通じた需給調整が行える普通のサービスに転換すべきである。
  • 保育所の設置認可に関する自治体の裁量権限が強すぎるために、株式会社を恣意的に排除するなど新規参入の障壁となっている。こうした制度を見直すとともに、「株式会社はすぐ撤退するのではないか」という懸念に対しては、撤退した時の賠償金や保険などのルール作りが必要である。
  • 「保育ママ」の活用で保育サービスの供給は増やせる。特に、0歳児は保育所で預かるよりも保育ママの方がコスト面で競争力がある。監督機能をしっかりとした上で、近隣保育所と連携し、保育士を家庭の事情で辞めた人なども活用しながら、保育ママ制度を広げるべきである。
  • 国による画一的な福祉ではなく、自治体毎の創意工夫によって、福祉からサービスへ脱皮すべきである。横浜モデルが成功した要因の一つは、利用者のニーズの把握に注力し、バス送迎の実施などサービス業として対応してきたことである。また、パートタイムで働く人にもきちんと保育サービスを提供することで、無理にフルタイムで働く必要がなくなり、結果的に保育所需要を減らすことができた。
  • 保育サービスの質を担保するためには、「保育Gメン」を設置し、監督することが必要である。併せて情報開示を義務付け、開示情報が正しいかどうかもチェックすべきである。こうした監督は、公立保育所の保育士を再編成して充てるといいのではないか。
  • 保育サービスへの補助金は、通っている保育所の運営主体の別にかかわらず、すべての児童に均等に補助する必要がある。金銭給付だと使途が制限されないので、バウチャーのように使途制限を付ける必要がある。

【八田】経済同友会政策分析センターでは、専門家や実務家へのインタビューを通じて重要政策課題における問題の本質を掘り下げるため、『政策スポットライト』というシリーズを始めることにしました。このシリーズでは、まず「保育」をテーマとし、第1回のゲストに八代尚宏先生をお迎えしました。待機児童問題が女性の社会進出を妨げている非常に大きな要因になっていますので、何が問題を引き起こす本質なのか、今後どういう対策をすべきかについて、先生からご示唆をいただければと思います。

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待機児童はなぜ多いか?

福祉制度による料金の固定

【八田】まず、なぜ日本では待機児童がこんなに多いのでしょうか。

【八代】通常の市場であれば、需要量が供給量を上回れば価格が上昇し、需要量が減る一方で供給量が増えて、不足が解消します。待機児童がなぜ多いままなのかというと。保育サービスは福祉制度によって供給されているので、保育料金が固定されているためです。働く女性が増えることで保育サービスの需要が増えているのに、料金による需給調整が行われていないのです。

【八田】福祉制度というのは、自分自身で何らかの対処ができない人を、国が代わりになって面倒を見るという制度ですね。

八代尚宏(国際基督教大学教養学部客員教授)

【八代】はい。もともと「子育ては、家庭でやることが当たり前だ」というのが大前提です。その前提の下で、児童虐待されていたり、親がいないなど、家庭では子育てをできない場合に、政府が家庭に代わって緊急避難的に児童福祉法の下で行う「福祉制度」として、保育は位置づけられています。そういう意味では警察や消防などのサービスと似た一種の公共財の提供だと考えてもいいのです。
従って、需給調整も、消費者ではなく政府が需要を認定し、それに職権を持って対応します。

【八田】福祉制度の下では、国や自治体による財政補助によって、料金を安く固定していることが問題なのですか。

【八代】政府の財政負担の仕方が問題です。元々は低所得層を対象としているので自己負担が非常に少ないのです。これも所得によって違うのですが、平均して1割負担くらいです。
医療保険が3割負担で、介護保険も2割負担に上げようとしているときに、保育所の1割負担が本当に妥当なのでしょうか。
これだけ安いと、働くために預けるのではなく、預けるために働くという人もいるはずです。価格をある程度まで上げることはモラルハザードを防ぐのに役立ちます。
利用者の保育料を平均的に上げて、払えない人には別途それを免除するという福祉政策が必要ですが、市民の反発があると言って自治体はやろうとしません。市民も「保育所を増やせ」と言っているわけですから、増やせるならその分価格を上げてもいいはずです。

【八田】つまり、現在は保育サービス提供のすべてを福祉制度の対象にしていることが問題だということですね。その結果保育所不足であるにもかかわらず料金が低く抑えられ、必要度の低い人まで保育所を利用しようとしている。
むしろ福祉制度をやめて、ある程度の自己負担を求めれば、必要度の高い人は待機しなくても保育所に入れるようになる。その一方で、福祉が必要な人に対しては、所得再分配の目的で十分な額の追加の補助金を別途払えばいい。すべてを福祉としてしまうとそういう道が開けないということですね。

【八代】そうですね。需要量が供給量を超えれば料金を上げることによって、需給を調整できます。そもそも潜在的な保育需要など政府が考える必要はなく、需要が増えれば料金が上がり、その結果として供給が増えるという普通のサービスにすればいいだけなのです。ただし、自由放任ではなく、保育サービスの公共性を考慮して政府が必要な補助をする。この場合に、公立、社会福祉法人立、株式会社立などの区分を問わず、等しく補助金を与えるべきです。そうすれば、事業者の創意工夫で、様々な付加価値をつけた保育サービスが生まれ、消費者の多様なニーズに応えることもできるようになるのです。

【八田】介護も、保育と同じ問題を抱えていますか。

【八代】介護保険は、2000年の社会福祉基礎構造改革で、もう福祉制度から脱しました。基本的な標準価格があり、払えない人には別途支援する形です。平均寿命が延びて、介護の必要な高齢者が次第に増えていき、平均的な家庭でもとても対応できないということになり、社会保険で賄う仕組みにしたのです。

図1 保育所の区分と公的補助

保育も同じような改革をしておけば、今日のような問題は少なかったと思います。しかし、高齢者の介護と子どもの保育は別だという形で、保育だけが福祉の世界に取り残されたことが大きな違いなのです。

【八田】そうすればすっきりした仕組みになるということですね。

【八代】介護保険はもっとも新しい社会保険として、よくできているのです。

公立保育所の高コスト

【八田】現行制度によって保育所サービスがコスト高になり、供給を抑えているという側面はありませんか。

【八代】公立保育所は統廃合が難しいということが、コスト高の一つの要因となっています。都会の保育所は満杯ですが、子どもの少ない地方は空きが多く、平均的な稼働率は高くない。一定の職員を雇っているわけですから、大幅に定員割れしている地域があれば、当然、平均的な生産性は低くなります。逆に言えば、需要に応じて自治体の境界をこえて公立保育所を統廃合するということが難しいから、平均的にコスト高になっているという面があると思うのです。

【八田】他にはどのような要因がありますか。

【八代】公立保育所の保育士の年功賃金もコスト高を引き起こしています。例えば、立川市の資料によれば、認可保育所のうち、公立のコストは、子ども1人当たり220万円ですが、私立は124万円です。この私立はほとんど社会福祉法人だと思いますが。

【八田】同じ認可保育所でも私立・公立の間で大きな差があるというわけですね。

【八代】そうです。だから多くの自治体はこれ以上公立保育所を増やさずに東京都の認証保育所のような自治体が独自に補助する保育施設にしようとしているのですが、公立保育士の労働組合が強く、なかなか進んでいません。

株式会社立保育所の設置拒否

【八代】保育所の設置認可に関して、自治体首長の裁量権が大きすぎるために、恣意的に株式会社による保育所新設は駄目だというケースがまかり通っていることも、供給不足に拍車をかけています。
介護の場合は、宿泊を伴わないデイケア施設は、基準さえ満たしていれば自治体は設置認可を拒否してはいけないというルールになっています。医療の場合も入院施設のない診療所の設置は申請があれば自治体は拒否できません。
保育に関しては、泊まり込みというものはなく、デイケアしかありません。ところがデイケアの医療施設や介護施設と違って、保育施設にだけは自治体は拒否権を持っているのです。この結果、保育士の数や園庭の広さ厚労省の決めた基準を満たす保育所も、株式会社だからといって自治体は認可しないことができるのです。

【八田】元来ならば、株式会社が申請しても、資格を満たしていれば自動的に認可されるようにしておけばいいのですね。

【八代】そういうことですね。保育の場合には、福祉制度だからだと思うのですが、自治体にかなり幅広い裁量権が認められています。これはおかしい。だから、診療所や介護のデイケアセンターと同じ扱いにしておけばいいのですが、社会保険ではないからそれが抜けていたのだと思うのです。横浜市のように、市長がやる気になれば待機児童が解消できるということがわかれば、自発的にそうしない自治体には、国が競争政策の観点から裁量権を縛るということも一つのやり方だと思います。

【八田】拒否する表向きの理由は何なのですか。

【八代】株式会社は儲からなければすぐに撤退するということがよく言われる話です。現に不足している以上、参入したいという株式会社立の保育所を拒否する理由にはならないはずですが。

【八田】そこはルールを決めておけばいいのですよね。儲からずに撤退したときの賠償金とか保険とかのルールを、国が主導で決めてもいいですよね。

株式会社には施設整備への補助が出ない

【八代】株式会社立の保育所への補助金が低いことも株式会社の参入を抑制しています。
保育所に対する政府の補助金は、委託費と施設費に分類できます。このうち委託費とは、認可保育所の資格を取ると、自己負担以外の分について国と市町村から子ども1人当たりの金額が出てくる補助金です。いわば、政府がそこの保育所へ保育提供サービスを委託することへの代価として支払われるわけですね。これは株式会社にもそれ以外にも等しく出ます。
問題は、株式会社立の初期費用は全くカバーされていないことです。例えば、保育所の建物をつくる費用です。社会福祉法人は別途4分の3の補助金が運営費とは別に出ているのですが、株式会社にはそんなものはありません。

【八田】しかし、株式会社の介護施設には減価償却に対する補助がありますね。

【八代】あります。減価償却費に対する補助は他の介護や医療では認められているのに、保育にだけ認められていません。この点の見直しをしてほしいという声があります。

【八田】そうなると、そこはイコールフッティングにはなっていないのですね。

【八代】それは介護が保険で、保育が福祉だからという点があり、体系的にずれているためです。

【八田】保育では、子どもを福祉対象だと見なしていることが、補助の在り方自体を非常に大きく縛っているのですね。
福祉という考え方を改めると、国が償却にも金を出せるようになり、コスト面での差がなくなる。それから、公営の認可保育所でもいろいろ付加的なサービスができるようになる。要するに、国のレベルの一番大きな課題は、福祉からの脱皮ということですね。

保育ママには強い規制

【八代】その他にも、保育ママの活用で保育サービスの供給を増やすことができます。特に乳幼児はすべて保育所で見るのではなく、保育士の資格を持っていたけれども家庭の事情で辞めたような人にみてもらえる余地は大きいのです。
しかし、規制のために保育ママが活用されていません。例えば、預かるときの家の大きさは厳しく規制されています。また、自分の子どもと一緒に預かれないことになっています。
ベテランの保育士が自分の子どもを産んで育てる際、もう1人くらい余分に育てられるという場合に、なぜそれが悪いのでしょうか。これは「火事のときに自分の子どもだけを抱えて逃げるから」というような極端な論拠に基づく規制だそうです。

【八田】それは選択の自由で、そういう可能性のあるところに預けるか預けないかは本人に任せればいいことですから、余計なお節介ですよね。

【八代】はい。例えば保育ママ2人で5人の子どもを見てもいいわけです。家の規模にしても、0歳児は寝ているだけですから、ベッドがあればよい。一つのベッドに2人寝かせては駄目ですが、とにかく保育所の少し過剰な規制をそのまま持ってきているのだと思います。

【八田】アメリカでは友達同士で何人かの子どもを預かり合うことが普通にありますが、それはできないのですか。

【八代】タダなら構いませんが、お金を取るとやはりまずいのです。きちんとした経験ある人にお金を払ってやってもらうシステムが望ましい。大事な点として、保育ママというのは密室での保育になりますから、近くの保育所と連携し、週に1~2回保育所へ連れて行くことにすれば、それが虐待などをしていないかの監視になるわけです。保育所がただ子どもを預かるだけではなくて、サテライトオフィスを管理するような形で、いろいろな保育ママの人とリンクしていく構想もあります。

【八田】どこかに監督機能があるわけですね。

【八代】そうです。東京都の江戸川区で、この保育ママ制度が一番進んでいます。以前の江戸川区長が「0歳児は保育所へ預けてはいけない」という個人的信念を持ち、保育ママ制度を充実させたということです。それは一つの考え方かもしれません。0歳児は保育所で預かると、コストが著しく高く、その面で保育ママの競争力は高いと考えられます。

【八田】それはいいですね。

【八代】逆に4~5歳ですと、1人の保育士で見ることも大変になります。このように、同じ保育といっても子どもが小さければ規模が小さくてもいいし、大きくなるとやはり園庭があって走り回れる場所が必要となるのです。そういう意味では、0歳児に対応した保育ママ制度というものをもっと広げるべきです。

なぜ横浜市は成功したか

【八代】 保育サービスごとの需給調整がうまくいかないのは、保育料金が固定されているためだと述べました。
その結果残った需給ギャップをきめ細かい行政サービスによって埋めたのが、横浜市の保育行政です。
例えば、認可保育所というのは、行政が利用者に点数をつける仕組みになっていて、フルタイムの人が優先されるのです。しかし保育サービスがあればパートで働きたいという強いニーズがあります。保育所を普段使っていない家庭でも、用事を済ませるために外出しなければならない場合や、子どもを預けて遊びにでかけたいというニーズも広くあります。
横浜市は、このような実際の利用者のニーズを把握し、パートの人にもきちんと保育サービスを提供しています。たとえば、理由を問わない一時預かりを実施しており、「リフレッシュ保育」と呼んでいます。そうすると、本当は短期の保育サービスを必要としている人が、サービスを利用するために無理にフルタイムで働く必要はなくなり、結果的に保育所の需要が減るのです。保育サービスを「フルタイムの共働き世帯の為の物」と限定せず、子育て世帯全体の満足度の向上させるために必要だと考えたのです。横浜市は、株式会社を認める以外にも、このように保育をサービス業として対応してきたということが成功の要因ではないでしょうか。
それはもちろん横浜以外の自治体でもできるわけです。やはり横浜市の林文子市長は企業の経営者でしたから、経営者が自治体の長になればいろいろなことができるという一つの代表例です。日本では、自治体の長に経営者の出身は珍しいです。アメリカなどでは当たり前ですが。

【八田】ニューヨークのブルームバーグ市長も実業家出身ですね。そうすると横浜方式は他のところに移転可能なのですね。

【八代】そうです。ベストプラクティスとして。国もそれを支援するということです。
ただし、多くの自治体が横浜方式をできない理由もあります。社会福祉法人の経営者は地元の名士ですから、摩擦は大きいのではないかと思います。
ところで、保育サービスは、地域によって事情が大きく異なりますから、国による画一的な福祉から自治体による福祉へと、権限と財源を移すことが現実的です。そうすると、自治体毎の創意工夫の余地が生まれます。次に福祉からサービスへと脱皮することです。

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保育の質をどう上げるか?

【八田】これまでは待機児童の問題、すなわち保育の量の不足を検討してきました。次に保育の質の改善にまつわる問題の検討に移りましょう。

選択の自由の拡大を

【八田】まず、保育では事業者を選択できません。これも福祉制度の結果ですね。

【八代】今は利用者が保育所と直接契約できず、自治体に申し込んであてがわれる間接契約になっています。利用者にしてみると、幼稚園のように、自分で見て「この保育所にしたい」と思うのが当たり前で、それがないために全然競争原理が働かないのです。

【八田】義務教育と似ていますね。

【八代】完全に義務教育と同じです。保育では、申請すると、フルタイムで働いているか、母子/父子家庭かどうかなどで利用者に「あなたは何点」と自治体が点数を付けて、入所する保育所を決めるのです。だから評判の悪い保育所も良い保育所も一律扱いで、しかも子どもが2人いたときに、上の子と下の子が違う保育所へ入れられるようなことも起きています。

【八田】保育では事業者を選択できませんが、介護では、同じ自治体の中であれば事業者を選べるのですか。

【八代】介護事業者の場合は他の自治体でも構いません。それはもう全国的なネットワークです。自治体は単に保険者として保険料を集め、給付をするだけです。

【八田】介護では料金はみんな同じですが、サービスが違うので事業者間で競争はあるわけですね。

【八代】競争はものすごくあります。保育の方もそのようにすれば、利用者に選択されるためにはどうしたらよいのかを保育所が考えるようになるのです。今は全く考えずに済んでいます。

競争は労働組合にとって二律背反

【八田】労働者は保育所の使い手なので、労働組合は保育所の質の向上を推進しているのですか。

【八代】公立保育所の保育士の組合が自治労の一部で、自治労は連合の中で影響力があります。しかし、保育所というのは、連合を支えている労働者が使うサービスですので、供給側と需要側の労働者内部での利害対立が生じています。例えば公立保育所は、延長保育はあまりしないなど、私立と比べてサービスは悪いのです。しかし労働組合は、自治体に対して影響力を行使し、民間保育所との競争を抑制しています。

【八田】それは保育所の使い手としての労働者だけでなく、民間で働いている保育士全体の利益にも、反することですよね。しかも縮小した認可保育所の予算を用いて認証をつくれば保育所数を大幅に増加させることができるはずです。

八田達夫(経済同友会政策分析センター所長)

【八代】そうです。

【八田】その保育士全体の組合というものはないのでしょうか。

【八代】それは日本の場合は企業別ですから、そういう職種別組合というものはないですね。

【八田】連合に対応するような、そういう連盟はないのでしょうか。

【八代】ないですね。やはり労働組合の存在意義は、既存の雇用を守ることですから、公立保育所を民間の保育所に代替していくと、今、働いている人の雇用をどう保障するかという問題が生じます。

混合保育は質も量も改善する

【八代】保育の質を向上させる方法があります。認証保育所はお客が喜んで買ってくれる付加価値を付けることができます。それは英語を教えるとか、プールへ連れて行くとか、子どもを預かるということ以外のサービスをして料金を受け取ることができます。

【八田】これは混合診療の保育版ですね。

【八代】私は混合保育という言葉を使っています。この点、認可保育所は福祉ですから、子どもを預かる以外の余計なことをしてはいけない。親が望んでいて、認可保育所としてやりたくても、まさに福祉の世界だから、多様なサービスの提供ができないのです。

【八田】認可保育所でも、子どもの観点から必要性が高いサービスを追加して何が悪いのかと思うのですが。

【八代】それは保育所から子どもを引き取った後にやってくださいということで、非常に効率が悪いのです。また、福祉ですから、子ども同士の間での不公平をつくってはいけないという反論を必ず聞きます。それで保育サービスの生産性を上げられないのです。経営の自由度が高まれば、採算が向上しますから、もっと参入したいという事業者はたくさんいます。生産性を上げることは、供給を増やすためにも不可欠です。

病児保育の強化を

【八代】病児保育も重要な点です。

【八田】これは大きいですね。

【八代】病児保育を始めたフローレンスという有名なNGOがあります。

【八田】保護者からは強く必要とされているのに、病児保育は公的制度からも民間サービスからも外れていたのですね。

【八代】需要はものすごくあります。子どもなどはしょっちゅう病気になるのですが、保育所に預けていても、病気になったときには預かってくれない。病児保育があるかどうかで、両親が働けるかどうかが決まるわけです。実情としては、両親・義父母などの協力が得られる状態でなければ、女性がキャリアを継続することが難しくなります。

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福祉制度からどう脱却するか?

介護制度に近づける

【八田】これまで、保育への公的補助は、福祉として行うべきではないとおっしゃってきましたが、それでは、健康保険や介護保険のように保険でなされるべきなのでしょうか。

【八代】私は「YES」です。今の公的補助は一般財源から出ていますが、社会保険として出した方がきちんとした財源が確保できるからです。

【八田】結婚したら、その時点で保育保険のようなものに入り、保険料を払いはじめるということですか。

【八代】子どもは公共財と考えますので、結婚と無関係に20歳以上から払いはじめる、ちょうど国民年金と同じイメージです。今、介護保険は幸いにして40歳以上が被保険者で、20~39歳は空いています。だから20~39歳を保育保険の被保険者にすると、そのまま介護保険のフレームワークを借用できるのです。

【八田】生涯では介護が必要になる可能性もありますから、保育と介護とをひっくるめた保険をつくってもいいというわけですね。

【八代】「家族保険」と言っています。

【八田】社会保険にすることのメリットは何ですか。

【八代】まず、保険にすることで子育て支援の財源がきちんと確保されることです。
さらに、保育保険にすると、給付を目当てに子どもを持つというモラルハザードが起きるという反対論があります。しかし、それは少子化対策としては効果的と言えます。保育保険は、モラルハザードが全く問題にならない、むしろ望ましい、希有な社会保険なのです。

【八田】なるほど。保育に関しても介護に関しても非常に広い範囲の人から需要があるサービスだから、福祉がふさわしくないことは、よくわかります。
しかし保育と介護には、大きな違いもあります。介護に関しては、介護を必要とするようになるかならないかは不確実性があり、保険になじむ制度だと思うのです。
ところが保育は、「自分で選択して産んだのではないか」と言われても仕方がない。リスク的な要素があまりないのではないでしょうか。したがって保育に対して国が援助するとなると、保険以外の根拠が必要だと思うのです。保険と福祉以外の根拠付け何だろうかということがあります。

【八代】働く女性にとって子どもを持つということは、働くことの障害になるリスクです。たしかに、どこまでコントロールできるリスクかという違いはあります。しかし、生活習慣病でも本人の意識がきちんとしていたらなりませんが、現に医療保険の対象になっています。そこは程度の問題ではないかと思います。
それから、何らかの公的なフレームワークが要るというときに、給付と負担が対応している社会保険が一番制度として使いやすい仕組みなのです。今ある制度に乗っかるのが行政的には非常にやりやすいという面もあります。
社会保障における補助には2種類あります。第1は、政府が一般財源で賄う生活保護や身体障害者支援といった所得再配分政策です。第2は、医療・介護、労災・雇用といったリスク分散のための社会保険です。保育への支援は、その水準について人々のコンセンサスが得られ易い社会保険の方へ入れた方が望ましいのではないかという話です。

【八田】現実的観点から保険に分類すると便利だというのはよく分かりました。でも結婚しない人や結婚しても子どもを持たない人にはそのリスクは発生しないので、保険による根拠付けは難しいのではないでしょうか。

【八代】それは少子化に伴う外部不経済への対応ということです。例えば、子どもを持たない人たちも、将来、年金をもらうので、他の人の子どもによって長期的にはサポートされるのです。これが自ら子どもを持つか持たないかにかかわらず、社会全体でサポートするという考え方の根拠です。
子どもは今や一種の公共財で、家族だけのものではなく、広く社会全体に必要とされている。逆に言うと、人口が減ることの外部不経済が非常に大きければ、それを是正する必要がある。外部不経済を是正するために、子どもを産み育てる家庭に補助をする。今はそういう状況になってきているのだと思います。

児童手当からバウチャーへ

【八田】たしかに、保育への公的補助は、外部不経済を止めるための補助金と見ることができます。しかしより広く考えると、保育への財政措置は「市場の失敗」対策としての補助金であると見ることもできると思います。
例えば、子どもを育てるコストが非常に高いとお母さんたちが途中で仕事を辞めてしまうかもしれない。そのため企業は、女性は育児のために辞めると前提して、低い賃金を払ったり不十分な教育しか与えなかったりする。これによって、子どもを産んでも働きたいと考える女性までよい職が得られないから働かなくなる。
一種の逆選択が女性の労働市場で起きる。これは、根本的には企業にとって雇った女性がやめるかどうかを判定できないという「情報の非対称性」があることが原因です。保育への助成金はそのような逆選択を止めるための措置だと見ることもできます。
これは市場の失敗がある状況です。保育所への補助を、市場の失敗対策としての補助金としてならば正当化できるのではないですかね。

【八代】それも結婚しない人や子どもを持たない人からの補助の根拠になりますね。

【八田】そのとおりです。ただし市場の失敗への対策を保育への補助の根拠と考えると、すべての児童に、すなわち公立の認可保育所に入った児童に対しても、株式会社立の保育所に入った児童に対しても、均一の補助をする必要があります。

【八代】そうすると児童手当に近くなりますね。

【八田】おっしゃるとおりです。現在の児童手当にある所得制限を取り除いて再分配の機能を持たせなければ、児童手当は、ほとんどバウチャーになります。ある程度高給取りの世帯に対しても給付してもいいのは、とにかくきちんと労働市場が機能するための補助金だからということですね。

【八代】児童手当を上げて、認可保育所の料金も上げれば同じことですね。

【八田】全くそうなのです。そうすれば、設置主体に関係なくすべての認可保育所の料金を引き上げても、親の懐は痛まない。

【八代】ただ、金銭給付の児童手当だと、親が酒に使ってもいいという話になってしまう(笑)。
ですからバウチャーのように、保育サービスだけという使途制限を付け、直接個人に渡さずに保育所へ向ける必要があり、それが保育保険です。

【八田】どうしても目的を限定した給付でなくてはいけません。そのときに、児童手当は、家庭で育てるという人に対してはどういう補助をしたらよいのでしょうか。やはり、ベビーシッターを雇うような費用には使ってもいいけれども、自分で使う場合には必ずしも良くないというふうにする必要があると思いますか。

【八代】児童手当でしたら、別に家庭で育ててもいいわけです。

【八田】給付を遊興や嗜好品に使わせずに、目的を限定させるとしたらどうしたらいいのでしょうか。

【八代】一つの方法は、介護保険の現金給付と同じ考え方で、現金の場合には、介護給付でもらえる額の半分しか出さないというような制限を付けることです。統計的に見ると、4~5才では家で育てる人はほとんどいません。小学校へ入る前は幼稚園か保育所へほとんど行っていますから。半額補助になったとしてもそれは同じでしょう。

【八田】なるほど。4~5才については、半額支給で割り切ってしまう訳ですね。しかし、0~3歳くらいまでの子に関しては、家で育てる場合が多いから問題が残りますね。
一つの解決策は、この年齢の子を家庭で育てる場合には、その時は貰えない児童手当を、政府が貯金しておき、子どもが7歳になった後も私立学校授業料や塾などの教育費に使えるようにすることかもしれませんね。

【八代】そうですね。

自由化と同時に保育Gメンの導入を

【八田】これまで保育に関する参入規制の撤廃と補助金のあり方についてお話を伺ってきました。しかし、参入規制が撤廃させると質の保証における政府の役割も強化されるべきなのではないでしょうか。

【八代】私が前から考えていることは保育サービスの質を確保するために保育Gメンが必要ということです。これは、公立、社会福祉法人立、株式会社立も含め、すべての保育所を抜き打ちでチェックしてもらう。

【八田】絶対に必要です。

【八代】それに公立保育所の職員を当てます。保育の経験がありますから。監督というのは公務員にしかできない業務です。

【八田】これは特区でやるべきですね。そういうところでは、予算措置をしてもいいからやるべきですね。

【八代】厚労省の保育政策は規制と補助金をセットにするという考え方です。厚労省の決めた規制を守れば補助金を出す、補助金を出さなければ規制もないという無茶な考え方です。
人々のお金を預かる銀行に対して金融庁がとても厳しい規制をしているわけです。お金より大事な子どもを預かる認可外保育所に対して何の規制もしていないとはどういうことなのでしょうか。ベビーホテルで事故が発生すると、やはり認可外だから駄目だという話になります。認可だろうが認可外だろうが、とにかく質の悪い所は保育Gメンが入って営業停止をしなくてはいけません。
厚労省の考え方はすごく硬直的で、今の認可保育所の基準が最低基準であるから、これ以下の保育所は存在しないという前提です。現に存在しているのですが、それは無視するのです。厚労省は認可保育所のことだけをきちんと見ていればいいのだというふうになっているのです。他方で、同じ厚労省所管の保健所は、劣悪な飲食店を手入れして営業停止にします。保健所のような機能が、保育サービスにも必要なのです。

【八田】情報開示を義務付けることも必要です。開示している情報が正しいかどうかをチェックするためにもGメンが必要です。

【八代】そうですね。それはスクラップアンドビルドで、今の公立保育所の職員を当てると一石二鳥です。Gメンは今の保育士さんを再編成してやるとすごく効果があります。

【八田】それが一番素直ですよね。
今日は、どうもありがとうございました。大変勉強になりました。

【八代】こちらこそありがとうございました。