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採録記事|未来志向の政策トーク番組『日本再興ラストチャンス』

第1回 生活者共創社会

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経済学者・成田悠輔氏と経営者の対話を通じて、日本を、経済を再興させるアクションプランを考える「日本再興ラストチャンス」。初回は櫻田謙悟代表幹事と「生活者共創社会」をテーマに議論しました。(この記事は、ビジネス映像メディア「PIVOT」で配信された動画を採録した広報誌『経済同友』202211月号の再掲です。PDFはこちらから

  • 成田 悠輔
    イェール大学 助教授/半熟仮想株式会社 代表
  • 櫻田 謙悟
    経済同友会 代表幹事/SOMPOホールディングス株式会社 グループCEO 取締役 代表執行役会長
  • 佐々木 紀彦
    PIVOT CEO

(所属・役職は出演時)

何十年も変わらなかった価値観の変革が、最大の課題 

佐々木 本日は日本再興のために何をすべきかを議論していきたいと思います。最初に「日本再興のラストチャンス」という点をどう捉えているか、それぞれお話しいただけますか。

櫻田 まさに今がラストチャンスだと捉えています。経済同友会は戦後間もない1946年に、焦土と化した日本の再興を目指して創設されました。それから70年超が過ぎ、平成の30年間を経て日本は相対的に貧しくなった。デジタル敗戦だといわれています。それでも世界に貢献し、世界から必要とされ続ける国となるためにはどうするか。今を逃すとものすごい勢いで衰退していくのではという危機感を持ちながらも、チャンスはまだあるとポジティブに見ています。

佐々木 成田さんは最近出演された番組で「もう産官民どこも壊滅状態」とおっしゃっていましたが、そういった中でもチャンスはあるとみていらっしゃいますか。 

成田 正直、厳しいと思っています。日本再興計画のようなものは、20年近く議論されてきたのではないでしょうか。やらなくてはいけないことは分かっているが、何をやればよいかが結局よく分からない。すごく難しい問題になってしまっていると思います。数学なら必ず解があるのですが、社会や経済の問題は明確な答えがない可能性も十分にあります。徐々に衰弱するしかないのかどうか、その先を今日、考えられたらよいと思っています。

佐々木 前半は「生活者共創社会」について議論していきたいのですが、最初に櫻田代表幹事からあらためてコンセプトを説明いただけますでしょうか。 

櫻田 ここで使っている「生活者」という言葉は、日本で活動するあらゆるステークホルダーを指します。国籍も問いませんし、個人だけではなく法人も含まれます。同義の英語を探したのですが合致するものがなく、「SEIKATSUSHA」というローマ字表記を使うことにしました。例えば、私は経済同友会の代表幹事を拝命しつつ会社の経営者でもあり、「祖父」や「夫」という顔も持っています。仕事や暮らしといった営みは、こうした複数の顔を併せ持つ個人が選択しているわけですが、このこと自体がマルチステークホルダーを表しています。この生活者による消費や投資、進学、就職、投票など日々行われるさまざまな選択によって形づくられる社会を「生活者共創社会」と名付けました。日本をどう変革していくべきなのか。それを生活者が強い意志を持って企業、政府、社会に対して発信していくことが、社会的合意への道筋となるでしょう。そのためにやるべきことはもう何度も議論されてきました。でも変わるのが嫌で実行できていないことが最大の課題です。

成田 例えばどういうことが実行できていないのでしょうか。 

櫻田 一番は、戦後に作られた価値観やルールの改革です。例えば新卒・メンバーシップ型の就職スタイル、硬直化した大学間の序列、それを是とする教育方針は、戦後のレジームそのままだと思います。これが挑戦心や好奇心をどんどん失わせています。 

成田 そうすると、メンバーシップ型をどうジョブ型に変更するか、旧来型のヒエラルキーをどう分散させていくかといったアクションプランが進めばよいわけでしょうか。 

櫻田 そうですね。コロナ禍でリモートワークが進み、働く場所や時間の制約がかなり減りました。これは大きい変化だと思っています。僕がやっている仕事の90%は意思決定ですので、ほとんど会社に来なくていい。恐らく自身の出社率は2割を切っている。 

成田 経営者の方についてはリモートでいいと思うんですが、現場の人は難しいんじゃないかという気がします。リモートが機能するのは業務内容がしっかり定義されていて、個人レベルで成果も見えやすく、業務フローが整備されている場合だと思います。しかし伝統的業態の企業ほど、人間関係の中で「何となく動かす」側面があり、リモートワークには向かない気がします。 

櫻田 成果がきちんと定義できる組織や会社だと、リモートはうまくいきますね。うまくいかない会社では「監視されているような気がする」「ちゃんと仕事ぶりを見てくれているのか」といった不安が生じ、「会社にいた方が楽だ」という心理が働いてしまっている気がします。 

成田 「何の仕事をしているのかよく分からないけれども、正社員」という人は少なからずいると思いますが、リモートは結果として誰が何をやっているかをはっきりさせるので、「よく分からない仕事の人」があぶり出されます。それが組織の精神衛生に悪い影響を与えることが現実に起こっている。皮肉にも、むしろオフィスワークによって、安心感が生まれている気もします。 

櫻田 ご指摘の通りですね。逆に言うと、会社にいれば何もしていなくても仕事をしている気になっている。この漫然とした安心感が圧倒的に生産性を下げていたと思いました。そこでわが社はジョブ型の雇用へとシフトし始めました。 

成田 雇用形態自体を変化させたということですか。 

櫻田 はい。雇用契約を一人ひとりと結び直しました。もちろん強引にはできません。労働組合との合意があって、なおかつ本人たちに個別に話していくわけです。一方で、メンバーシップ型を選択する人たちも受け入れていくような設計にしました。 

成田 雇用や労働市場領域で、雇用形態以外にも考えるべき課題はありますか。 

櫻田 官民の枠をも超える人材の流動化です。日本の活力をもう一度高めたり、イノベーションをあちこちで起こしたりする最大の要素ではないかと思っています。 

成田 経営レベルの人の流動性を増やすということなのか、それとも中間管理職的な人たちなのかについてイメージはお持ちですか。 

櫻田 SOMPOホールディングスでは、保険以外の新規領域の立ち上げ時はキャリア採用を行いましたが、多くはシニアクラスでした。キャリア採用が増えるにつれて組織文化が変わってきたのは一つの発見でした。辞めた人がまた戻ってこられるというのも含めて、人材の流動化につながる施策をどんどん奨励しています。

成田 パランティア社と事業を始められた時はどうでしたか。組織設計のあり方も、人材の流動性のもう一つ重要な側面だと思うのですが。

櫻田 パランティア社とは5050という難しい形のジョイントベンチャーを組みました。両社トップのパーパスが一致し、何のためにやっているかという目的を共有しています。それが前提なので当社からも出向、転職、また戻ってくる、ということが起きてくると思います。

価値の定義づけが、経済や産業のルールを決める

成田 先ほど指摘された大学間の序列の問題に関しては何が必要だと思われますか。 

櫻田 それぞれのコアコンピタンスを磨くことだと思います。例えば日本の学術界で東京大学があらゆる分野で1位かというと、そうではありません。ノーベル賞受賞者の輩出数、特定分野の研究、それぞれの大学の強みをもっと前面に出していくこと、その価値を生活者も理解していくことが必要だと思っています。

成田 あえて反論すると、東京大学に集中している価値イメージが分散してしまうと、グローバルで目立つ日本の大学がなくなってしまわないでしょうか。恐らくこの構造は、東京一極集中の問題とも重なります。これだけ地震が起きる国ですので、首都機能の分散は大事な検討事項ですが、中途半端にやると、結局東京のブランド価値も低下し、競争力を失ってしまうかもしれません。 

櫻田 何を目指すか次第だと思っています。経済大国の地位を保ちたいならば現状維持からの発想でしょう。しかし、クオリティー国家としての日本を考えていくなら、GDP外のプラスアルファが大事です。そのために、安全や安心、健康などを全部含めた「ハピネス」を共通指標で測れるようにできないかと考えているところです。新しい指標で日本が世界1位になったとすれば、また別の競争力がつくかもしれません。これくらいの発想で、まったく違う次元で考えないとどうにもならないと思っています。 

成田 「生活者共創社会」では、価値のKPIをマトリクス化されています。経済成長の側面、イノベーションの側面、それに加えて持続可能性や安心・安全、社会福祉、格差などといった点から社会の価値が表現されていました。こうした広い領域にわたる指標を、もっと簡単な形で可視化できないのでしょうか。視覚的にぱっと目に入るもの、アプリやゲームのような形でみんなが使えるようなものにしたら面白いだろうと思いましたね。

櫻田 国のかたちや指標の可視化、まさにそうですね。一方で、私は岸田総理が提唱された「新しい資本主義実現会議」に参加していますが、具体像がまだ見えていない気がしてなりません。デジタルもグリーンもゲノムも大事だし、大学の10兆円ファンドもいいけれども、それら素晴らしい「部品」を集めてどんな日本をつくるのか。それが見えないと国民は何が新しいのか分からない。他国に追いつけ追い越せという議論をしているわけではないのに、そう見えてしまいかねないと思うこともあります。

成田 だからこそ価値とは何かを、ちゃんと真正面から考える必要があると思います。価値の定義づけ自体が、結局のところ経済や産業のルールを決めています。日本の自動車産業が海外のEVメーカーに押されがちなのも、価値の定義とゲームのルール作りに負けた側面が大きいわけです。価値の議論をただの空論に終わらせず、産業のベクトルづくり、戦略作り、ルール作りのような側面で捉えるべきでしょう。「分配か成長か」といった古典的に議論されてきた二項対立だけでは収まらなくなります。新しい価値観の設定が大事になってきますが、経済同友会ではどういう社会像が議論されているか、興味を持っていました。

櫻田 価値を一言で表すなら、やはり「ハピネス」だと思っています。それをいかにゲームのルールとして決めていくか。ただし問題となるのは、曖昧な社会的合意形成です。価値に関してしっかりとした社会的合意をつくっていくべきだと思っています。少し話は飛びますが、江戸時代というのは、成長ではなく安全・安心がつくられた時代だったと思っています。江戸時代がデジタル武装したらどうなるだろうかと考えてみることがあるのですよ。 

成田 現代のサスティナビリティやシェア経済の原型ができた時代でもありましたよね。提示された価値のマトリクスのバランスが取れている社会だったのではないでしょうか。その点で、江戸時代みたいな社会を一つのビジョンとして今世紀風に再興するのも、面白い方向性のように思います。