地域力が生み出す保育政策「江戸川方式」の核心

2017年04月03日掲載

ゲスト:茅原 光政(江戸川区子ども家庭部保育課長)、浅見 英男(江戸川区子ども家庭部子育て支援課長)
聞き手:八田 達夫(経済同友会政策分析センター所長)

インタビュー実施日:2016年08月17日(水)

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ポイント

  • 江戸川区では、0歳児に関しては家庭で保育することが一番望ましいという考えの下、区立保育所での0歳児保育を行っていない。その代わりとして、0歳児保育のニーズに応えるために1969年から「保育ママ制度」を実施している。
  • 現在、保育ママの登録数は200人前後をキープしており、年間で約400人の子どもを預かっている。
  • 保育ママ制度の導入と同時に、家庭保育促進の観点から「乳児養育手当」を支給している。これは保育所など公的な資金が投入されている施設に子どもを預けるのではなく、家庭保育や保育ママを利用している0歳児の親を対象に、月額1万3,000円が支給される。
  • 保育ママの認定に際しては、江戸川区が実施する研修を受ける必要はあるが、保育士や幼稚園教諭などの資格は必ずしも必要ではない。
  • 保育ママは、4月入園という学齢による硬直性の調整弁としての機能も果たしている。
  • 保育所の保育料は国がモデルとなる価格を示しているが、各区で自由に決めることができる。しかし、自由に価格設定ができてしまうことで、区の間で保育料の値下げ競争が起きる可能性があり、所得に応じた保育料の設定がなされにくい。
  • 江戸川区では2007年から区立保育所の民営化を進めている。区内の私立幼稚園協会と私立保育園園長会が共同で立ち上げた「社会福祉法人えどがわ」が民営化された保育所の運営を一手に引き受けている。
  • 民営化する際は、1年以上前から引き継ぎの準備を行い、順次、区立保育所に社会福祉法人えどがわの職員が入り、ノウハウを吸収しつつ、少しずつ区の職員からおひさま保育園の職員にバトンタッチしていくことで、子どもにストレスがかからないようにしている。

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1.江戸川区の待機児童の現状

江戸川区では、「0歳児は家庭的な環境での保育が望ましい」という理念の下、「保育ママ」の導入や「乳児養育手当」の支給など、0歳児の保育行政に関して先進的な取り組みを行ってきた。今回は、江戸川区の保育行政の概要と特色を中心に、茅原光政氏(江戸川区子ども家庭部保育課長)、浅見英男氏(江戸川区子ども家庭部子育て支援課長)よりお話を伺った。

【八田】まずは江戸川区の待機児童の現状をお話しいただけませんか。

【浅見】2016年4月現在、江戸川区の待機児童数は397人です。23区の中で、世田谷区の1,198人に次いで2番目に多くなってしまいました。

【八田】江戸川区と世田谷区の人口は、それぞれどのくらいですか。

【浅見】江戸川区が69万人、世田谷区が89万人です。

【八田】そうですか。となると、人口1万人当たりの待機児童数では、江戸川区が約6人、世田谷区が約13人ですね。人口比で見ると、江戸川区は世田谷区に比べるとはるかに少ないのですね。江戸川区の待機児童数は増えているのですか。

【浅見】はい。2013年度までは減少していましたが、ここにきて毎年50人ペースで増えております。やはりどの自治体も同じですが、1歳児が一番多いです。

【八田】なるほど。

【浅見】また、昨年までは0~2歳だけだったのですけれども、2016年4月に初めて3歳児の待機児童が15名出ました。0~2歳の定員をこれまで増やしてきましたので、それが持ち上がり、学年進行で3歳児にも待機児童が出たと考えています。
待機児童の増加は、子育て世代の転入増と働く女性の増加が主な要因かと思います。出生数は大体毎年6,000人前後で増えていません。

【八田】普通でしたら、子育て世代の転入は大歓迎ですよね。江戸川区への転入が増加している要因は何が考えられますか?

【浅見】そうですね。江戸川区は東京の一番東側にありますが、住居費が安く、東西線や総武線などが通っていて中心区までアクセスがいい。これらが比較的若い世代が多く転入してくる要因かと思っています。

【八田】コストパフォーマンスが良いのですね。

【茅原】さらに、江戸川区は23区の中で公園面積がトップです。昔から「ゆたかな心 地にみどり」という標語とともに、緑を増やしてきました。日本で初めてとなる親水公園を整備してきたことも公園面積の拡大につながっています。

【浅見】通常、生活排水の用水路は埋め立てて道路にしてしまうことが多かったと思うのですが、子どもが遊べるように人工の川を通したのが親水公園です。

【八田】それはきれいな水を流しているのですか。

【茅原】そうですね。夏は河川水を浄化しているところもあります。全国に先駆けて親水公園を整備してきて、汚れた川が本当にきれいになり、今では区民の方がお散歩やジョギングなどにも利用されています。

【八田】いいですね。根津・谷中のあたりにも昔の川を埋め立ててつくった道があるのですが、もったいないですよね。水はできるだけ残すべきです。

江戸川区の親水公園風景

江戸川区の親水公園風景

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2.江戸川区における0歳児保育の特色

0歳児保育の歴史と保育ママ制度

【八田】江戸川区の0歳児保育行政は大変先進的ですが、その推移をお話しいただけませんか。

【茅原】本区の特色は、区立保育所では0歳児保育をやっていないということです。その代わりに1969年から始まった、江戸川区独自の「保育ママ制度」で0歳児保育を実施しています。

【八田】なぜ区立保育所で0歳児保育をやらないのでしょうか。

【茅原】もともと1960年代からの高度経済成長に伴って、0歳児保育を保育所で行う自治体が出てきました。

【八田】昔は0歳児保育がなかったのですか。

【茅原】そうです。昔は多くの方が家庭で0歳児を見ていたため、需要もそんなにありませんでした。もちろん、認可外の託児所のようなところはあったのかもしれませんが、公立保育所で0歳児保育をやるところはあまりなかったのです。

【八田】なるほど。では、看護師や先生などは、0歳児を認可外の託児所に預けていたわけですね。

【浅見】もしくは私立の認可保育所ですが、当時はほとんどなかったかもしれません。

【茅原】高度成長の時代に0歳児保育を行う保育所がいろいろな自治体で出てきた際、江戸川区としては、やはり乳児、特に0歳児に関しては、一番望ましいのは家庭で保育をしていただくことではないかと考えました。ただ、そうは言っても、仕事や病気など、どうしても子育てをできない事情がある保護者の方もいらっしゃいますので、できるだけ家庭的な環境で0歳児保育をやろうということで、保育ママ制度を始めたのです。

【八田】これは全国で初めてだったのですか。

【茅原】それまでにも東京都の家庭福祉員という制度があり、昔から保育ママと似たような制度がありました。家庭福祉員制度は、東京都の福祉事務所が1960年から始め、その後、1965年に福祉事務所が都から区に移管になったので、家庭福祉員制度もそのまま区に引き継がれたのです。この制度もやはり赤ちゃんを家庭で保育するのですが、これは保育士等の資格を持った方がご自分の自宅等で預かる制度です。

【八田】1960年には保育ママと似た制度があったのですね。この制度は保護者の家に来てくれるのではなくて、家庭福祉員さんの家で預かるのですか?

【茅原】そうです。その点は今の保育ママも同様です。ただ、家庭福祉員制度では、保育士や幼稚園教諭、看護師などの資格を持った方に限定していました。そのため、家庭福祉員になれる方も少なく、なかなか数も増えない中で、江戸川区では家庭的保育を重視する観点から保育ママ制度をつくることになりました。

【八田】最初から保育ママという言葉だったのですか。

【茅原】保育ママという言葉は、恐らく江戸川区が初めて使ったのではないかと思います。

【八田】素晴らしいですね。

【茅原】その一番の特徴は、子育ての経験がある方に江戸川区の実施する研修を大体1カ月受けていただくことによって、江戸川区の保育ママとして認定する点です。保育士などの資格が必要な家庭福祉員ではなくて、江戸川区の独自事業として保育ママを認定しています。1969年の制度開始当時から、資格がない方でも認定しているという自治体は他にはないです。

【八田】研修は大体1カ月、毎日やるのですか。

【茅原】そうですね。ほぼ毎日やります。保育所の実習なども含めて、概ね1カ月ぐらいやります。

【八田】実習に加えて、座学もやるのですか。

【茅原】研修は座学も結構あります。乳児のことですので、保育士が受けるような専門的な講義もありますし、実際の保育の状況ということで、保育所での実習なども行っています。

【八田】実習は重要ですよね。座学ではどんなことを学ぶのですか。

【茅原】衛生や保健など、そういったこともきちんとやります。他にも、6畳以上のスペースが確保されているか、保育室として使うお部屋は安全か、などのご家庭で預かる際の要件を満たしているかも確認した上で、研修を受けていただいています。

0歳児保育に対する江戸川区の姿勢

【茅原】ただ、私立保育所では0歳児保育を実施しているところもあります。

【八田】公立では0歳児保育をやらないけれども、私立でやる場合があるということですか。

【茅原】そういうことです。私立の場合、0歳児保育の実施は各園の判断になります。

【八田】補助金は出しているのですか。

【茅原】私立の認可保育所に対しては、運営費について国から補助金が出ていますし、区の独自の加算もあります。

【八田】0歳児はコストがかなりかかるでしょう。区でも多めの負担をしていらっしゃるのですか。

【浅見】はい、例えば看護師などの人件費加算があり、その他にも区独自の加算をしています。

【茅原】保育士の配置基準を例にとっても、3歳児は子ども20人に対して保育士1人ですが、0歳児は子ども3人に対して保育士1人が必要となるので、人件費が相当違います。

【八田】公立だと予算が相当にかかることになりますね。

【茅原】他の自治体では、公立保育所で0歳児をやっているところもありますが、今は大企業を中心に育児休業制度を活用される方がかなり多くなっています。
その一方で、0歳児から入所している子どもの持ち上がりで1歳児の枠がかなり限定されてしまい、1歳からでは保育所に入れないという現象が起きています。そのため、育休があるにもかかわらず取得をやめる、あるいは早く切り上げて保育所に預けるということが起こっています。こうした状況の中で、0歳児から入所可能な保育所を増やしてしまうと、かえってこのような現象を加速させてしまう恐れがあります。

【八田】問題ですね。

【茅原】ただし、ご病気の方や自営業の方などで育休の取得が難しい場合もありますので、福祉的な観点から0歳児保育もある程度支援していかなければいけません。その部分については、保育ママや一部の私立園がやっていただくというのが、本来はいいのではと思っています。
現在、保育ママの数は大体200人ぐらいおり、年間で400人ぐらいのお子さんをお預かりしています。そういった意味では、江戸川区の0歳児保育においては、保育ママがかなり浸透していると思います。

【八田】なるほど。0歳児は基本的に保育ママが担い、保育所に預けたいのであれば私立保育所が補完するということですね。低所得の方は別途、方策を考えるにしても、通常はこのようにしてもおかしくはないですね。

【浅見】そうですね。1964年から35年にわたり区長を務めた中里喜一 前区長は、やはり乳児は家庭で育てるのが基本だという方針でした。

【八田】中里 前区長は、保育分野には特に重点を置いておられたということでしょうか。

【茅原】そうです。子育てに関しては非常に重要視されていました。

家庭的保育の促進に向けたサポート―乳児養育手当

【茅原】保育ママ制度の導入と同時に、家庭の保育を重視する観点から始めたのが乳児養育手当です。これは家庭で0歳児を保育している親に補助金を支給するというものです。乳児養育手当は、0歳児に対して月額1万3,000円支給されます。これは保育ママを利用していても、家庭保育でも、支給されるのです。

【八田】素晴らしいですね。結局、乳児養育手当としてバウチャーに近いことをやっていらしたのですね。

【茅原】そうです。ただし、保育所などの公的なお金が投入されているところに預けているお子さんについては、乳児養育手当は支給されません。

【八田】保育所に補助が出ているのだから、当然でしょうね。乳児養育手当は、おばあちゃんなどの親戚に見てもらう場合も支給されるのですか。

【茅原】はい。家庭で保育していれば大丈夫です。

【浅見】これは家庭保育の推進という位置付けで支給しています。

【八田】なるほど。ところで、保育ママに預かってもらう時は、児童一人当たりいくらですか。

【浅見】1万4,000円です。したがって、乳児養育手当を差し引くと、1,000円が保護者負担です。

【八田】乳児養育手当は、保護者の所得水準は関係ないのですか。

【茅原】一応、所得制限はあります。

【浅見】ただし、4人世帯で年収960万円ぐらいですから非常に高い水準です。したがって、ほとんど9割近い方が支給対象です。

【八田】それにしても、0歳児に対する給付金は他の区では聞いたことがないです。

【浅見】これはないですよね。

【八田】素晴らしいです。1歳以上には、こういったバウチャーはないのですか。

【浅見】はい。ありません。

【八田】家庭保育を推進するという観点からは、家庭で1歳以上の子を見たい人にも、それなりに補助金を出しましょうという考えがあっても良かったのではありませんか。

【浅見】そうですね。区では乳児の家庭保育に特に重点を置いているため、1歳以降は特にないです。

【八田】これは、江戸川区の乳児養育手当の精神からは、一貫性を欠くような気がするのですけれどもね。もともとの精神では、望む人には家庭保育をさせてあげようというものだからです。しかもそうすれば、結果的にはいろいろな施設に対する区としての補助金の支払いが少なくなる可能性もあるでしょう。

茅原 光政 氏

茅原 光政 氏
江戸川区子ども家庭部保育課長

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3.保育ママ制度の概要ともう一つの役割

保育ママの収入

【八田】江戸川区がパイオニアとなって創設された保育ママ制度についてもっとお話を伺いたいと思います。子ども一人を預かってもらうと親は1万4,000円払うわけですね。例えば2人預かれば保育ママさんには、2万8,000円が入るわけですね。

【浅見】そうです。しかも、その他に区から保育ママに保育補助費として、お子さん1人につき7万円を支給しています。

【八田】それはすごい収入になりますね。

【茅原】それから、地域によっては預かる子どもを1人も紹介できない期間があるのですが、その場合でも環境整備費を支給しています。

【八田】固定費ですね。

【茅原】うです。制度上、3人まで預かることができますが、0~1人までは3万円、2人だと3万5千円、3人では4万円を支給しております。

保育ママの認定

【茅原】1969年から開始した保育ママ制度は、現在ではおよそ1万6,000人の卒室児を出しており、最初の子は45~47歳になっています。江戸川区は、現在のように待機児童が多くない時期からやっているので、ノウハウをどんどん蓄積していっています。ちゃんと研修を受けることで、保育士等の資格がなくとも適切な保育ができるという証左でもあります。

【八田】「無資格」という言葉がよくないですね。「認定者」ですよね。

【茅原】2010年に児童福祉法の改正があり、そこでようやく初めて、資格がない方でも一定の研修を受けることによって国の保育ママに認定されるようになりました。保育ママ事業もそこで初めて国が認めたのですけれども、国の場合は資格の種類によって研修の量を変えています。
保育士の資格を持っているとほとんど研修を受けなくても大丈夫ですが、子育て経験だけで資格のない方だと、保育士資格等のある方と同等の研修に加え、およそ20日間の保育実習等が必要になり、認定まで概ね2カ月はかかります。有資格者は数日から1カ月ぐらいで認定されるのに、資格を持っていらっしゃらない方は2カ月の研修を受けなければいけないなど、保育ママの認定に必要な期間は大きく異なります。ただ、資格のない方も認めたことで、他の自治体でもだいぶ増えてきております。

【八田】適切な研修を受ければ、保育士資格がなくとも十分活躍できるということですね。

学齢の硬直性に対する調整弁としての機能

【八田】ところで、例えば5月が誕生日の子は、1歳児から預かってくれる保育所に入るには、満1歳の誕生日の翌年の4月まで待たなければならない。しかし、1歳児だから保育ママにも預かってもらえない。これでは、困るのではありませんか。

【茅原】実は、保育ママは4月1日時点で0歳児であれば預かりますので、5月に誕生日が来ても来年の3月まで預けることができます。つまり、理論上は1歳11カ月まで預かることができる場合があります。
保育所の場合、大体4月1日で0歳も1歳も定員が埋まってしまいますが、保育ママは徐々に埋まっていきます。また、生後57日目から預かれるので、2月生まれぐらいの子なら4月から預けられます。

【八田】保育ママが4月入園の硬直性の調整弁になっているわけですね。

【茅原】そうですね。

【八田】なるほど。でも、本当ならば保育所もいつでも入園できて、卒園も入園した月にあわせてできるということがあってもいいのだけれども、小学校が4月1日に入学だから、保育所もそうなってしまうのですよね。

【浅見】ええ。いわゆる学齢で影響を受けているわけですね。

【八田】保育ママの調整弁としての機能は、今まで気が付きませんでしたが重要ですね。0歳児については、保育ママによる調整弁が不可欠だということが良くわかりました。よく他の区は保育ママなしにやってきましたね。この調整弁がなくては大変ですよね。

【茅原】ただ、地域によっては保育ママの需要が供給を上回るところもあります。例えば、新しくできた高層住宅ですと、子育て中の世帯をターゲットにしているため、なかなか保育ママになるような世帯が入ってこないことがあります。このような場合、小規模保育所などの保育施設が、保育ママを補完して、需給調整機能を果たしています。

【八田】小規模保育所は、もともと区でもやっていらしたのですか。

【浅見】やっていません。いわゆる公費が全く出ていないベビーホテルなど、認可外の小規模保育所はありましたが、区が関わるのは子ども子育て支援新制度が施行されてからです。小規模保育所の中には無認可や認証から移行してきたというのもあります。

【八田】保育ママが不足しているところに対しては、小規模保育所が大変有効に機能しているということですね。

【浅見】それはあると思います。

【茅原】ただし、やはり江戸川区は家庭での保育を一番大切に考えているので、0歳児保育の需要もあることは分かってはいますが、保育ママという区独自の事業をあまり拡大して、家庭の保育から離れすぎるのも本来の理念とは違ってきてしまいます。

【八田】なるほど。

保育ママを通じた需給調整は可能か?

【八田】新築の高層マンション等で保育ママが不足しているといったお話しがありましたが、保育ママの料金を通じた需給調整はできないのでしょうか。つまり、この地区の保育ママ料金は結構高いけど、もっと安い地区もありますというように、地区ごとに料金の相場が決まっていれば、預ける必要度の低い親は自宅で育てるか、安い場所に転居するので、ミスマッチ解消の一つの手段になると思います。一方、保育ママをやろうとする人も増えるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

【茅原】ただ、そのような地域では保育ママのなり手も含めた絶対数が少ないものですから、そういった形でメリットを与えたとしても難しいかもしれません。
保育ママはどういう人がなるかというと、もちろん保育士の資格を持っていらっしゃる方も中にはおられますけれども、やはりお子さんが非常に好きで、子育てが一応終わって、仕事も一段落ついたので、地域の奉仕活動をやりたい方がほとんどです。江戸川区では「地域力」と言っていますが、そういう気持ちでやられる方が多いのです。
例えば、自分の子どもが保育ママにとてもお世話になり、子どもたちも大きくなって経済的にも余裕ができたので、今度は私が保育ママになろうということで、研修を受ける方もいらっしゃいます。そういう方は、自分のおうちの中で家庭的な保育をしたいといったニーズがあります。一方、自ら引っ越したり、あるいは需要があるからそこに行くようなことは、ほとんどありません。

【八田】その気持ちが一番強いのは分かります。しかし、月の給料が20万円ではなくて、30万円や40万円になったら、移り住んで保育ママをやる人も出てくると思うのですが、制度的にできないわけですね。

【浅見】ある意味、先程申しました地域力、あるいは志や心意気でやっていただいている方が多いので、お金で誘導することは区としてはやっておりません。

【八田】なるほど。保育ママの足りない地域では、料金の上乗せを許した方がみんなWin-Winになるのではないかと思いますが、奉仕活動のような側面が強いのですね。

浅見 英男 氏

浅見 英男 氏
江戸川区子ども家庭部子育て支援課長

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4.保育所の運営主体による保育行政の違い

保育所に対する補助

【八田】私立保育所に対する補助に関して、何か特別な工夫はされていますか。

【浅見】国で定められた給付以外で区の独自の補助ということですね。

【八田】ええ。

【浅見】保育の質の向上のために、人件費を含めた保育士の処遇改善、施設整備の補助、運営費の補助などを出しています。

【八田】公立、あるいは同じ私立でも社会福祉法人立と株式会社立で差はありますか。

【浅見】まず国の補助は、最初に建物を建てるとき、いわゆる施設整備のときに差があります。自己所有物件の場合、社会福祉法人には国の補助がありますが、株式会社に対してはありません。ただし、賃貸物件に対しての補助はあります。ですから、株式会社が保育所を新設する場合は賃貸が多いですね。

【八田】そういうことになるのですね。では、賃貸物件に関してはもうほとんど同じですか。

【浅見】社会福祉法人も株式会社も同じです。
次に、区の補助については、運営費の補助など独自にやっていますが、運営主体の形態にかかわらず同じ金額です。

【八田】そうすると、施設整備のみ国の補助に差があるということですね。

【浅見】そうです。

所得に応じた保育料負担

【八田】ところで、江戸川区ではどれだけ所得の高い夫婦でも、利用者負担の最高上限は5万8,500円に設定されていますが、これは高所得者にとっては安いかもしれないですよね。この価格はコストには見合わないのではないでしょうか。

【茅原】そうですね。

【浅見】保育所の運営費のうち、保護者が負担している割合は全体のおよそ13%強になります。

【八田】保育料は所得に応じて上げているのですか。

【茅原】そうです。所得が高くなるほど保育料も上がります。

【八田】所得の低い方は別として、所得の高い方の保育料をより高くすることはお考えでしょうか。

【浅見】待機児童が多いことから、本当はもっと保育料を上げれば、安易に預けようという方は減るかもしれないですね。

【茅原】そういう考え方もありますね。

【八田】保育料金は区でかなり自由に決められるのですよね。

【茅原】できます。以前は東京23区で保育料を大体統一していたのですが、今はもう各区それぞれ設定しています。

【浅見】ただ、そんなに大きな差はなく、大幅には変えられないですね。

【茅原】はい。国の方でモデル的に示している価格がありますので。ただ、それはとても高い料金設定になっており、その通りの金額にしている区はありません。

【浅見】また、江戸川区は他の区と比べて所得水準が低くなっています。所得が上がると、江東区や中央区などの中心区に移ってしまう方が多いのが特徴です。

【八田】これは重要な論点ですね。高所得者の保育料は、各区共通に高くするという仕組みがないと、区の間で保育料の値下げ競争が起きてしまい、むしろ下がってしまいますね。

【浅見】はい。

【八田】アメリカでは州ごとに所得税が異なり、競争で金持ちを呼ぼうとして、安くなってしまうのですよ。国の所得税率は高くできるけれども、自治体に自由に決めさせると下がってしまいます。それと似ていますね。これは大変面白い論点です。

保育における混合診療方式導入の可能性

【八田】次に、通常の保育料に上乗せして読み書きや英語を教えるといったことは、現行制度では可能なのでしょうか。
医療の場合、健康保険の範囲内となる医療サービスは健康保険で賄い、範囲外の分を自己負担するという混合診療が議論されることがありますけれども、保育ではそのようなことはできるのでしょうか。

【茅原】今の認可保育所の制度では、保育所は児童福祉法に則った児童福祉施設で、生活保護の方もいるため、そういった料金を上乗せして特別な勉強などを教えるということは難しいと思います。なぜなら、保育所は保護者に代わってお子さんを保育することを基本的な目的とした施設だからです。
例えば私立の保育所などでは、特色として外国人の講師をお願いして、簡単な英語の挨拶などを勉強したりするところもありますが、基本的には保育の一環としてやっているということですね。
公立保育所や認可私立保育所は、保育所保育指針というのがあり、それに則って保育を行っています。ただ、現在、厚生労働省の下で保育所保育指針改定の作業に入っており、その中で3歳以上のお子さんについては就学前の接続期に当たるということで、保育所においても就学をきちんと意識して、学習的なことにも力を入れる方向だと伺っています。

【八田】現状では、英語などの特別な学習を受ける場合、その保育所に通う子ども全てが対象になるのでしょうか。親の選択で、追加料金を支払えば受けられるということではないのですね。

【茅原】そうですね。

【八田】先ほどお話しのあった私立認可保育所の場合にも、別途お金を支払って特別な教育を受けるわけではないのですか。

【浅見】いえ、追加料金は取っておらず、園の特色を出すために保育の一環として行っています。例えばサッカーなどで体を動かすことや外国人の講師を呼んで英語を学ぶこともそうですが、全て保育の一環です。

【八田】公立・私立にかかわらず、認可保育所は同じ保育料というわけですね。

【浅見】認可保育所では、保育料は全て同じです。

【八田】ただ、英語などオプションのような教育を提供する場合は追加で料金を取らないと採算が合わなくなりませんか。要するに、通常の保育サービス以上のものを提供するなら、なるべく自分で払えるようにした方が良いのではと思うのですが。

【茅原】認可保育所の保育料は住民税の所得割額で決まるため、生活保護を受給している、あるいは住民税が非課税の場合は、保育料がゼロなのです。児童福祉の観点から、保育料は親の負担能力に応じてお支払いいただいています。したがって、料金を上乗せして何かサービスを提供するとしてしまうと、支払い能力のある家庭とない家庭との差が出てしまうこともありますので、保育所としては難しいかなと。

公立認可保育所の民営化

【八田】横浜市などでは、公立認可保育所の民営化を積極的に進めていますが、江戸川区ではいかがでしょうか。

【浅見】はい。江戸川区も進めています。2007年から民営化を進めており、現時点で、16園の区立保育所を民営化して運営しています。
他の区だとおそらくプロポーザル方式などで事業者を決定することが多いのではないかと思います。江戸川区における民営化の特色ですが、「社会福祉法人えどがわ」という法人が民営化した保育所の運営を一手に担っています。この法人は、2002年に区内の私立幼稚園協会と私立保育園園長会が一緒に立ち上げた法人で、理事長を私立幼稚園協会の会長、副理事長に認可私立保育園園長会の会長に務めていただいています。国内を見ても、別々の幼稚園と保育所が一緒に地域の子育てのために法人をつくる例はありません。

【八田】幼稚園と保育所は、それぞれ文部科学省と厚生労働省で所管する官庁も違いますからね。

【浅見】そうです。民営化を始めた当初は保護者だけでなく職員も混乱していたようで「民営化ってどういうことだ」とか、「区立に入ったのに、どうして民営化するのか」といった声があったようです。
社会福祉法人えどがわが運営する保育所は、「葛西おひさま」など江戸川区の地名に「おひさま」の名前が付いていて、先程お話しした16園に新設した3園を加えて現在19園あります。法人の立ち上げから15年が経過して十分に実績もあり、非常に人気が高いです。さらに、おひさま保育園では、英語や和太鼓など、その園ごとに特色を出して運営しています。

【八田】民営化に当たって、私の関心があるのは、保育士さんの給料なのですよね。公立の場合には、事務職の給料と比べていかがでしょうか。

【浅見】公立の保育士の場合は短大卒となり、事務職よりちょっと低くなります。
民営化すると今度は、社会福祉法人えどがわの給与体系になりますが、初任給は公務員とほとんど変わらないですね。

【八田】その後の伸びが変わるのでしょうか。

【浅見】そうですね。ただ、今では保育士の処遇改善が進んでいます。社会福祉法人えどがわは非常勤も含めて600人近い職員がおり、給与体系も職層ごとに分かれています。公立まではいかないと思いますが、私立の中でもかなり公務員に近い形で整備されていると思います。

【八田】公立から私立にしたことによるメリットは何かありますか。

【浅見】保育所に限った話ではありませんが、民間の創意工夫や活力の導入が最大のメリットだと思います。
具体的には、例えば延長保育をやるようになる、あるいは先程お話しした英語や和太鼓など各保育所で独自の活動ができることだと思います。公立の保育所では、ある特定の園だけ特色を出すのはなかなか難しい。一つがやると「どうしてうちの園はやらないのか」ということになりかねません。

【八田】社会福祉法人えどがわの保育士は、各園で直接採用できるのですか。

【浅見】社会福祉法人えどがわの事務局が採用して、それぞれのおひさま保育園に配置します。当然、おひさま保育園内で異動もあります。

【八田】えどがわ以外の社会福祉法人も、保育所を経営しているのですか。その場合、他の社会福祉法人とは競争関係になるのでしょうか。

【浅見】そうですね。競争関係にあるのですけれども、社会福祉法人えどがわは私立保育園園長会と私立幼稚園協会が協力して立ち上げているので、おひさま保育園の運営には他の社会福祉法人の保育所も関わっているのです。ですから、自分の園を経営しながら社会福祉法人えどがわの経営にも関わっているということですね。ただ、もちろん保育士はそれぞれ違います。

【八田】なるほど。自分の経営する社会福祉法人は自分で採用するということですね。

【茅原】競争関係になるかというご質問ですが、もともとあった区立認可保育所の運営形態を変えただけなので、あまり地域の需給バランスに変化は起きません。したがって、民営化したから近隣の私立保育所に入る子が少なくなってしまうなどの影響もほとんどありません。

【八田】人事的には、区役所の職員の方がおひさま保育園に異動することもないのですか。

【浅見】ありません。民営化するときには1年半前に公表します。例えば、2018年4月の民営化園は2016年の10月に公表します。そこから少しずつ民営化予定の区立保育所におひさま保育園の職員が入って引き継ぎをして、ノウハウを吸収していきます。そして、民営化がスタートする4月には区の職員は全員異動や退職してゼロになります。そのため、ある一定の期間はおひさま保育園の保育士と区の保育士が同じ保育所にいて、保育士の数が2倍ぐらいになります。

【八田】なるほど。そうやってスムーズに民営化するわけですね。

【浅見】こうして子どもたちと関わりながら、子どもにストレスがないように少しずつ区の職員からおひさま保育園の職員にバトンタッチしていくのです。

【茅原】区立保育所は公平な保育を原則としていますが、特色が全くないわけではなくて、例えば地域の保護者の方と一緒に竹馬をやるところもあります。そういった特徴的な活動もちゃんと引き継いでいくということです。

東小松川おひさま保育園

親水公園に隣接する東小松川おひさま保育園

保育士の待遇格差

【八田】もう一つ伺いたいことは、公立認可保育所の正規保育士と非正規保育士の給料の違いです。具体的には、大阪市で問題に挙がったのですけれども、正規保育士の方が自分の子どもの子育てでなどで一度辞めて戻る際に、非正規になってしまい、ずっと正規で続けていた方との間に大きな給料の差が出てしまう問題です。大阪市は結局、正規保育士の年功で上がる賃金カーブの度合いを抑え、非正規で戻ってくる方の給料を引き上げたのです。全く等しくとは言わないまでも、昔のような格差はなくなったのですが、そのような工夫はやっていらっしゃいますか。

【茅原】区職員の給料は23区で構成する特別区人事委員会で定められています。このため、江戸川区独自の賃金体系にすることはできません。正規職員ですと、地域手当などありますが、初任給が月額19万1,880円です。他方、非常勤職員ですと、長時間の方でも週30時間勤務で、報酬月額で19万2,300円となっています。

【八田】初任給はだいたい同じなのですね。

【茅原】ただ、これにはボーナスが入っていません。非常勤はボーナスがないので、ボーナスを入れて月で割ると、正規職員は25万403円になります。初任給の比較では、単に月の給料だけで見た場合、非常勤の方が週30時間勤務すると正規職員より多くなります。

【八田】非常勤の方が労働時間は短いのですか。

【茅原】正規職員は37時間45分で、非常勤の場合は30時間です。

【浅見】ただ、非常勤はどんな年齢の方も同じ給料表ということですよね。

【茅原】そうです。

【八田】例えば、横浜市では民営化したメリットとして、年齢とともに給与体系の上がってくる正規保育士の賃金上昇カーブをゆるめることができたとおっしゃっていました。いずれにせよ、正規と非正規の賃金格差が縮小するのが望ましいですね。

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5.民間保育所における情報開示のあり方

【八田】最後に、民間保育所の情報開示に関して伺いたいと思います。まず、保育所が倒産することになった場合、どのような対策を採っていらっしゃいますか。

【浅見】閉園などの経営危機に陥ることがないよう、指導検査や日常的な運営指導などを通じた、日頃からのリスク管理が大事だと思っています。
江戸川区では、非常に各園の横のつながりが強くて、毎月、私立保育所の園長会を開催しています。こうした場で、例えば区の行政情報や各保育所からの情報などを互いにやり取りしていますので、保育現場の生の声も聞けます。そういった日頃の情報交換で運営状況を把握しています。

【八田】今のところ子どもが集まらなくなった保育所はないのでしょうか。

【浅見】ありません。

【八田】確かに、待機児童がいる現状では、あまり倒産の可能性は考えることがないかもしれません。では、各保育所の質に関して、それぞれの園の特色、あるいは保育士比率や保護者からの苦情などが外から分かるような情報公開の仕組みはあるのでしょうか。

【浅見】例えば、社会福祉法人おひさま保育園ですと、毎年、利用者アンケートなどを実施して、結果をホームページに載せています。あとは第三者機関の評価もやっていますので、ホームページから見られるようにしています。

【八田】それはいいですね。第三者機関というのはどのようなところに頼んでいらっしゃいますか。

【茅原】保育に限りませんが、東京都が認証した福祉サービスの第三者評価機関が民間で幾つかあります。区立保育所でも評価を受けており、入札で選定された機関にお願いしていますが、各私立園ではそれぞれが選んだ会社の中から契約しているのだと思います。その評価の結果は、全て東京都のホームページから見られるようになっています。

【八田】そうやって保育所の質に関する情報公開を行っているのですね。
本日は貴重なお時間をいただきまして、本当にありがとうございました。

【茅原・浅見】ありがとうございました。