待機児童解消に向けた杉並区の取り組み

2017年02月24日掲載

ゲスト:渡邊 秀則(杉並区保健福祉部保育課長)
聞き手:八田 達夫(経済同友会政策分析センター 所長)

インタビュー実施日:2016年06月16日(木)

[PDF/0.20MB]

ポイント

  • 杉並区では少子化が進むことを想定して、認証保育所と小規模保育施設の整備を進めてきたが、出生数の増加や認可保育所のニーズの高まりを受け、私立認可保育所を増やしていく方針に転換した。
  • 認可保育所の整備を進める一方、保育士比率や床面積などにおいて、国を上回る認可基準を設け、保育の質の維持向上も図っている。
  • 保育所の整備に加え、杉並区では2007年からベビーホテルなど様々な保育サービスに利用できる「子育て応援券」を発行しており、ニーズの高い保育サービスの使い勝手を良くしている。
  • 認可保育所が増えない理由の一つとして、民間事業者の土地建物確保の困難さがある。そこで、公園や放置自転車の集積場など、区が所有する土地を使って認可保育所を拡充する対策を行っている。
  • 大幅に認可保育所を増やすため、保育士の確保を事業者任せにせず、事業者を集め合同の就職相談・説明会を開催するなど後方支援を行っている。また、保育士の賃金引き上げや家賃補助などの経済的支援も実施している。
  • 0~2歳児の待機児童解消のために小規模保育を充実したとしても、現行制度上、小規模保育は原則2歳までしか預かれないため、3歳以降の受け入れ先の確保がネックとなる。

ページトップへ

1.杉並区の待機児童と保育行政の転換

杉並区は、バウチャー制度の導入や保育施設の充実など「地域の子育て力の向上」に力を入れてきた。こうした取り組みの結果、順調に待機児童を減らしてきたが、近年、出生数の増加に伴い待機児童が増え、さらなる保育施設の拡充が必要とされている。今回は、渡邊秀則氏(杉並区保健福祉部保育課長)より、杉並区の待機児童解消に向けた取り組みと課題についてお話を伺った。

【八田】今、杉並区の待機児童数は減っていますね。

【渡邊】2015年度は42名です。それ以前は、待機児童数は100~200人といった状態でしたが、主に認可保育所を中心に整備をしてきて、去年42名まで減りました。いよいよ今年はゼロを目指してやっていたのですが、4月1日時点では逆にリバウンドしてしまって。

▼杉並区の待機児童数

杉並区の待機児童数

(注)待機児童数は4月1日時点の数値
(出所:杉並区ホームページ)

【八田】転入してくるということですか。

【渡邊】いえ、子どもが生まれているという状況なのです。子どもを持つ年齢層の割合はどちらかというと横ばい、あるいは微減で動いているのですが、0歳児の人口が何百人単位で増えているので。その理由はなかなか追い切れないところではあるのですが、0~5歳のいわゆる未就学児童の人口については増え続けている状況なのです。

【八田】これは都内の各区で共通に見られる現象ですか。それとも杉並区特有でしょうか。

【渡邊】区によっては同じように増えているところもあれば、横ばいというところもあり、その差まではわれわれも分析していません。

【八田】もしかすると、杉並区では待機児童が減ったから産みやすくなったのかもしれませんね。

【渡邊】それを裏付けるデータはありませんが、例えば保育所を整備したからこれから子どもを産もうとする世帯が転入したのではないかということは考えられます。むしろ、子育て世代は1歳、2歳になるにつれて減っていっているのです。要は、1~2歳児を持つ世帯は多摩地区などの郊外に移住していますが、子どもを産もうとする世帯の転入により出生数が増えてきているといった感じです。

認可保育所増設への政策転換

【八田】先程、認可保育所を整備してきたとおっしゃいましたが、認証保育所から認可保育所への政策転換の背景をお話しいただけませんか。

【渡邊】10年以上前から待機児童はいましたが、前区長の時代では、いずれ少子化になる前提に立って、認可保育所は正直、コストが掛かる側面もあるため、認証保育所という手法を使っていく方針でした。また、杉並区でも独自に「杉並区保育室」という小規模保育施設を整備してきたのです。それで、いずれ少子化になったときには認可保育所をつくらずに対応できるという想定でした。
ところが、意に反してずっと待機児童は減らずに微増してきて、2013年に一気に増えたという現象が起きたのです。やはり保護者のニーズとしては認可保育所に入れたいという方がほとんどですので、田中 良 現区長に代わってからそのニーズにも応えるために認可を整備していく方針に切り替えました。逆に、区保育室などは目的が終われば閉じていく。そのような方向に行こうということで、2013年から急遽転じたという状況です。

【八田】これは区長が替わったことがきっかけで、認可保育所を核にして増強したということですね。

【渡邊】そういうことになると思います。

▼保育施設やサービスの種類

保育施設やサービスの種類

(経済同友会事務局作成)

【八田】認可保育所を増やしてこられましたが、これは公立、私立のどちらですか。公立認可保育所は、もともとそれほど多くなかったのでしょうか。

【渡邊】杉並区は公立ではなくて、私立認可保育所を増やしていく予定です。公立認可保育所は、現在43園あります。2005年に指定管理者制度(注1)が始まるのと同時に一部の公立保育所については、これからの保育サービスに対応するために行政改革の観点でも取り組むというところで、43園の中で11園については民営化していこうということでやっていました。それで順次、民営化していって、今6園まできました。計画上、将来的に公設民営の保育所は11園と、数としてはもう決まっています。

【八田】残りは公立保育所として残すということですか。

【渡邊】そうですね。ただし、現在いろいろ私立認可保育所をつくっている中で、今後も行革の観点から公立保育所について議論をしているところなので、今後その方向性についてはまた別途検討することになっています。

【八田】ところで、公立の認可保育所を民営化するにあたって、児童の親や保育士の方による反対運動はないのでしょうか。

【渡邊】正直に言うと、11年前に指定管理の手法を取り入れて民営化を進めたときは、やはり反対の声はかなり上がりました。保護者も少し民営に対するアレルギーがあり、公立だからこそ入れたのにと。

【八田】不安なのですよね。

【渡邊】民間になることで、何か全然違うことをやるのではないかという不安だったと思いますが、いろいろ保護者にも説明しつつ、事業者が決まって引き継ぎなどをする中で、われわれも今の公立保育所の保育目標や取り組み、行事などはなるべく継承してほしいとの要求があります。つまり、大変革をして民間になるのではなくて、運営主体が変わっただけで中身的には継承しますといったスタンスでやっているので、アレルギーの面ではだいぶ少なくなってきたと。われわれもそういう努力をこの10年間やってきました。

【八田】運営主体が民間に移る場合、公立保育所の園長や保育士は公務員ですから、他の公立保育所に移るのですか。

【渡邊】そうですね、そこは異動になります。ただし、例えばパートやアルバイトとして働いている方については、場合によっては残ってもらうことも可能となっています。

【八田】それは、保育所の伝統を継承していくために結構重要になるのですね。

【渡邊】もちろん、民営化の結果、パートやアルバイトの方で、実際に他の園に移っている方もいると聞いています。逆に、そういう知っている人が欲しいということも重々あるので、「残りますよ」と言ってくれる方がいれば残ることも可能です。

【八田】なるほど。そういうのは面白いですね。ところで、認可保育所の場合に保育士比率は100%にしなければいけませんが、認証保育所は保育従事者の6割以上が保育士資格を有していればよいとなっています。保育所の拡充に向けた保育士配置基準の緩和について、どのようにお考えですか。

【渡邊】今回、杉並区は「待機児童解消緊急対策」を策定し、2017年4月に待機児ゼロを実現する目標のもと、20以上の保育施設を増設するなどの取り組みを行う予定です。その対策の中のもう一つの柱に保育の質の維持・確保ということも掲げています。例えば、国の職員配置基準は、1歳児が6対1であるのを、杉並区は5対1というように変えています。また広さについても、国が0歳児は3.3平米の基準となっていますが、区としては5平米というように少しゆったりとしています。こういった保育所の設置基準を緩和しろというようなことも言われています。

【八田】緩和しろというのは誰から言われているのですか。

【渡邊】国からの通知です。設置基準を緩和すれば待機児童を受けられるでしょうと。3.3平米を5平米にしているから受けられないとか、6対1を5対1にしているから受けられない等です。保育士が足りない状況ではあるのですが、一応、区長はその辺は維持する、堅持することを明確に述べているので、われわれとしてはそれら国の基準より引き上げている部分も堅持するし、大本の保育士有資格100%の部分も堅持するというようには考えています。

渡邊 秀則 杉並区保健福祉部保育課長

渡邊 秀則 氏
杉並区保健福祉部保育課長

注1:2003年の地方自治法の一部改正により、これまで地方公共団体が担ってきた公共施設の管理・運営を民間(営利企業・NPO法人など)に代行させることが可能になった。

杉並区保育室の整備と課題

【八田】先程「杉並区保育室」を整備しているとのお話しがありましたが、小規模保育と似たようなものですか。

【渡邊】そうです。ただし、0~5歳まで入れる施設ですけれども、20人、30人くらいの、そういう本当に規模の小さな保育所です。例えば、元は地域の集会室や、区の出先の出張所があった施設を転換して使うなど、区の施設を活用したもので、あまり大きな施設ではありません。しかし、地域の何十人単位かのお子さんを預かるにはいいだろうということで、そういう整備をしてきました。

【八田】そうすると、国の小規模保育と同じような小さな保育所が、国に先んじて整備されてきたということですね。

【渡邊】そうですね。国の小規模保育の認可定員は6~19人で、今年の3月に厚生労働省が緊急対策として、22人まで受け入れていいと緩和しました。区保育室は15人ぐらいから、大きいところだと60人の施設もありますけれども、総じて15~30人くらいですね。

【八田】杉並区保育室に園庭や台所の設置要件はあったのですか。

【渡邊】園庭要件はありません。園庭があると土地を非常に多く取らなければいけないので。また、台所は小規模保育と同様に、必置にしています。

【八田】国の小規模保育を補う制度ができて、杉並区保育室は役割を終えた側面がありますか。

【渡邊】2015年4月から施行された子ども・子育て支援新制度では、小規模保育所および家庭的保育事業は2歳までの限定のため、3歳からの受け入れを確保しなければいけないという問題があります。

【八田】それが大きな問題なのですよね。

【渡邊】そうなのです。杉並区の場合もすでに4~5歳はある程度充足しているので、どうしても0歳、1歳、2歳の乳児を中心に待機児童が発生しています。まさしく、小規模保育所をつくれば一時的には解消するのですが、その後の受け入れをどうするのかという問題が発生します。一応、小規模保育所の認可にあたって3歳以降に子どもが通える連携園を確保することになっていますが、受け入れ先をマッチすることがなかなか難しく、公立を活用せざるを得ません。杉並区の場合、「ここの小規模の子は全員この保育所に入園」というわけにもいかないので、公立の連携園を中心に探しながら、私立も選択肢として考えています。

【八田】私は今たまたま国家戦略特区ワーキンググループの座長を務めていますが、厚労省の方に「小規模保育を5歳までできるようにしてはどうですか」と伺ったところ、厚生省は「今でも都道府県が認定すれば5歳まで預かることができる」と話していました。しかし、都道府県はなかなか認定してくれないのだから、最初から原則として5歳まで預かれるよう要望中です。3歳から5歳までのところを小規模保育にできない理由は不明で、そこのところを5歳までにすると随分大きな問題が解決しそうな感じですよね。

【渡邊】最初から0~5歳のフルスペックの保育所をつくっておけば、保護者が2度も保育所探しをしなくて済みます。そういう面では2歳までの小規模保育ばかりつくっていくのはいかがかなと思います。

ページトップへ

2.多様な保育サービスの供給促進に向けて

子育て応援券の活用

【八田】次に、杉並区のバウチャー制度の概要と、どういった経緯でできたかをご説明いただければと思います。

【渡邊】子育て応援券は2007年から開始しました。目的としては、親の子育ての力、いわゆる地域の子育て力と言いますけれど、子育て力を高めて、妊娠や出産、育児への親の不安などを解消し、経済的な負担感も薄めていただこうということで始まりました。家事援助や子育て相談など、いろいろな保育サービスに使える制度で、「預かり保育」のような一時的な保育の料金はこのバウチャー券で払うことができますが、通常の保育料には使えないようになっています。

▼子育て応援券のイメージ

子育て応援券のイメージ

(出所:杉並区ホームページ)

【八田】認可保育所のように一日中預かるものではなくてという意味ですね。

【渡邊】そうです。あくまで1時間や半日、あるいはベビーホテルなどの一時的な保育が対象になります。

【八田】一時保育には、具体的にはどういう種類があるのですか。

【渡邊】1時間単位や半日単位、緊急受け入れが可能、何日間と日にちを決めて受けるなど、いくつかの種類に分けてやっています。

【八田】一時保育は認可、認証のどちらでもないのですか。

【渡邊】認可外の施設です。

【八田】しかし、保育士さんを何名かは置いておかないといけない。

【渡邊】そうですね。例えば公立の保育所でも通常の保育に加え、一時保育を行っている施設もあるし、民間保育所で取り組んでいる施設もあります。もちろん、一時保育専用の施設もあります。

【八田】認可外で一時保育の場合には、例えば保育士の割合など、最低要件のような基準があるのですか。

【渡邊】認可外の一時保育に限らず、それぞれの実施要綱の中で、子ども一人当たりの床面積や保育士資格者の人数などの基準を設けています。

【八田】これは国の基準ではなく、区でつくっているのですか。

【渡邊】そうです。ただ、東京都は保育所に対する補助の要綱があるので、当然それに沿った形になりますが、最終的には区で要綱や基準を定めて運営しているということです。

【八田】なるほど。先ほど「子育て応援券は、通常の保育には使用できない」といったお話しがありましたが、通常の保育を利用していて、その上に重ねて応援券は使われているのですね。

【渡邊】そうですね。事業者が杉並区の子育て応援券サービス提供事業者として登録していれば、公立・民間を問わず、あるいは全く補助を受けていない民間のベビーシッターにも使用することができます。

【八田】なるほど。その登録要件はそんなに複雑なものではないということですか。

【渡邊】大まかには、まず事業者の方向けの説明会に参加し、事業者・サービス登録していただきます。その上で、申請書を提出していただき、提供するサービスが応援券の目的に沿った内容であるか審査を受けて登録承認となります。もちろん、ベビーシッターやベビーホテルも登録可能です。

【八田】つまり、今まで何も補助の仕組みがないけれども、利用者のニーズが高いサービスに子育て応援券を用意して、使い勝手を良くするということですね。

【渡邊】そういうことです。

八田 達夫 経済同友会政策分析センター 所長

八田 達夫
経済同友会政策分析センター 所長

保育施設の供給促進と課題

【八田】杉並区として、他に保育施設の供給促進策で力を入れていることはありますか。

【渡邊】今年、杉並区が策定した「杉並区待機児童解消緊急対策」の取り組みをお話しします。
最初に少しお話ししましたが、2016年4月当初の待機児童は136人で、去年よりも多くなりました。この背景には、杉並区における就学前児童が増えたこと、女性の社会進出が進んだことがあるだろうと思っています。さらに、2017年は就学前児童人口が伸び、保育所入所申し込みも増え、場合によっては500人を超える待機児童が出る可能性があるという見込みを出しています。
こうした現状に基づき、区長が「すぎなみ保育緊急事態宣言」を出しました。待機児童が500人を超えると見込んでいながらそのまま放っておけば、すぐ1,000人になってしまうと。現に、お隣の世田谷区の待機児童が1,000人を超え、いくら対策しても全然減らないという状況なので、そうなってはまずいという事情があるのです。
実は保育所がなかなか増えない理由の一つとして、民間事業者の土地建物の確保の困難さがあります。通常、園庭付きで100人規模の認可保育所をつくろうとすると、およそ1,000平米が必要となります。ところが、そのような広い土地が区内にはなかなか出てこない。また、事業者が良いと思っても、住民から迷惑施設みたいな言われ方をして反対されてしまうこともあります。去年も1,100人分ぐらいの施設整備を予定していたのですが、約700人分に留まりました。その結果、100人を超える待機児童が出てしまったのです。

【八田】確かに、土地の確保は困っておられますよね。

【渡邊】そういうことで、民間事業者がやろうと思っても、土地の所有者が「え?保育所ですか」となると、住民の反対があって困るということで頓挫するケースが多かったのです。
そこで杉並区では、区が持っている土地を活用して民間に保育所を建ててもらう方針で保育施設を増やしています。それならば、民間は施設を設計し、利用者を集めればオープンできますから、事業者の負担はだいぶ楽になります。
杉並区は最初にお話しした通り、あまり認可保育所をつくってきませんでした。少子化なのだから、認証保育所と区の保育室で対応すれば、それほど認可保育所は必要ではないと考えていたのです。実は認可保育所の整備率は23区中20番目と非常に低い順位でした。そのため、やはりニーズは認可だということで、その底上げをしていくと田中杉並区長が方針転換しました。
それで、2016年度に2,000人規模の認可保育所を中心とした保育施設の整備を行う緊急対策を策定しました。基本的には、例えば公園や放置自転車の集積場、学校近くの用地など、区の持っている土地を使って保育施設の拡充を図っています。

【八田】なるほど。民間事業者の土地確保がネックですね。

【渡邊】そうなのです。また、このように保育施設の拡充を急ピッチで進めるとともに、保育の質の維持もしていきます。杉並区の保育施設設置基準は国の定める基準を上回るけれども、これも堅持しながらやっていくというのが杉並区の取り組みなのです。

【八田】今までさまざまな方にインタビューをさせていただきましたが、どこでも最大の問題は土地を見付けられないことでした。

【渡邊】そうですね。

保育士確保と正規・非正規の待遇格差

【八田】保育士の方は集まるのでしょうか。

【渡邊】まさに、緊急対策ではその点も含めて考えています。この緊急対策を出したときに、当然マスコミや区民の方からも「こんなに保育施設をつくって大丈夫ですか」といった質問がありました。
今までは民間の事業者がオープンするときも、人材確保の計画をきちんと確認した上で許可を出しているので、保育士が集まらなくて断念したという例はありません。ただし、それは年に10カ所程度のレベルの話で、来年だと二十数カ所と倍増するので、事業者からもなかなか厳しいという話は伺っています。
したがって、保育士を直接雇うのは民間業者になりますが、杉並区としても後方・側方支援をしていこうと考えています。例えば、現状では各事業者がそれぞれ大学や専門学校へ行ったり、地方に行って人を集めて呼んできたりという手法を取っていますけれども、それを集団的に行うことを考えています。杉並区では、二十数カ所の事業者は別にライバルではなくて、みんなで一緒に区の保育施設をやって待機児童を解消するという同じ目的があるので、保育人材確保の合同就職相談・説明会などを区がしっかりサポートすることが重要だと考えています。
それ以外にも、保育士の賃金が低いという指摘もずっと言われていて、国としても賃金を引き上げる方向です。当然、杉並区でも保育士の賃金引き上げはやりますが、それに加えて、今までも家賃補助などの経済的支援を行っているので、これらの支援を引き続きやっていきます。

【八田】なるほど。保育士の確保は難関ですね。今までインタビューした中でも、大手の企業は東京の各区や周辺の市から、「とにかく場所だけではなくて施設まで用意する。だから保育所をやってくれないか」と言われるけれども、保育士が確保できないため、みんな断っているというお話しを随分聞きました。

【渡邊】そうですね。

【八田】正規と非正規の保育士の待遇に関する格差はどうなっていますか。大阪市の場合には、正規保育職員の給与上昇率を抑えて、その代わり非正規で採用される職員の給料を上げたのです。例えば、杉並区でも結婚・出産を機に正規の保育士を辞め、自分の子どもの子育てが終わって戻ってきたときには、非正規として働くケースが多いのでしょうか。

【渡邊】そうです。非正規として戻ることが多く、正規職員として働いていたときの給料の保障は一切していません。

【八田】正規として働いていたときの給料並みとは言わないまでも、ある程度、経験を加味した賃金というわけにはならないのでしょうか。

【渡邊】ならないですね。それはちょっと厳しいところです。

【八田】そうしたことができれば、保育士の確保に役立つ面はあるのかもしれませんね。ただし、既存の正規職員が嫌がります。

【渡邊】そうなのです。

【八田】それから、認可保育所において、民間と公立では賃金の差はかなりありますか。

【渡邊】保育所の収入は国で公定価格を決めているので、賃金はそれに基づくことになりますが、実際には各法人で給料は決めているので、比較をすればやはり公務員である公立の正規保育士との違いはあります。おそらく、勤続年数で差が付いているはずです。

【八田】若いときは同じだけれど、あとで差が出るわけですね。

【渡邊】そうなのです。公立で正規の方の場合には、育休・産休を取って継続することが非常に多いですが、民間の場合には辞めてしまうケースが多いのです。そこで結局、経験年数の差が出て、それがそのまま格差につながっていると思います。

ページトップへ

3.ミスマッチ解消に向けた行政の役割

保育料を通じた需給の調整

【八田】ところで、経済学者で保育の問題を分析している人のかなり多くが、保育所不足というのは、保育料金が安過ぎるために発生しているのではないかと指摘しています。低所得の人は別途考えるべきですが、それ以外の人に関しては、特に人気のある認可保育所の保育料を上げるべきではないかという議論が非常に多いです。これはどのようにお考えですか。

【渡邊】国が所得の階層ごとに8段階の保育料を定めており、最高でも約10万円となっています。この国が定めた上限を越えない範囲で、各自治体が保育料を設定できます。杉並区では、過去の経緯も踏まえ、保育料を二十数段階に細かく分けており、上限も6万円台と低めに設定しています。そういう意味では国よりも安く料金設定をしているので、安過ぎるのではという議論はあります。保育料については、やはり適正負担ということはありますから、われわれは常に検討はしていて、必要に応じて当然改定もあると思っています。
ただし、今なかなか待機児童が減らない中で保育料だけを上げるわけにもいかないので、同時進行的に待機児童の解消もきちんとやる。それと同時に、適正な保育料の負担についても検討しています。

【八田】適正な負担を検討しているというのは、多少上げることを意味しているのですね。

【渡邊】保育料の引き上げも最初から否定はしないというところです。

【八田】なるほど。経済学で言えば、ミスマッチがあるなら料金を上げればいいということですが、そんなに急速にできない。質の維持は大切だということですね。
では、ミスマッチ解消のためにどんなことをやっていらっしゃいますか。例えば、横浜市などはコンシェルジュが必要度の低い親に対して、保育所を利用しない、あるいは一時預かりを勧める、などのきめ細やかなアドバイスを地道に取り組んだようです。

【渡邊】今、保育の種類は国の基準に沿った「認可保育所」、東京都の独自基準である「認証保育所」、杉並区の独自の「保育室」があり、それ以外にも小規模保育や家庭的保育室、保育ママなど多種多様にある。それらを組み合わせて必要な方が適したサービスを受けられる状態が理想ですが、当然、認可保育所に入りたいという需要が一番多いのです。仕事がフルタイムの人も、パートの人も含めて、子どもを預けたいのは認可保育所という事情があるのです。
ただし、その需要になかなか追いつけないところがあるので、やはり両親ともにフルタイムで働いている場合に優先的に認可保育所に入る。それ以外の人が違う認可外のところに行く流れが自然的にできています。われわれはあえて誘導することはしませんが、親から相談を受けたときに「認可はフルタイムの人から順番に入っていきますよ」という説明はします。その中で、申し込んでも認可に入れない可能性があるので、あらかじめ認可以外の保育所にも申し込んでくださいという誘導はどんどんしています。その結果、フルタイムの人は認可に、そうでない人は認可以外にというように別れています。

【八田】そういった相談は特にコンシェルジュとかではなく、区役所に相談に来られたときに職員の方が対応するのですか。

【渡邊】そうです。われわれ相談担当の職員全てがコンシェルジュの位置づけで、どんな相談にも応じることにしています。

認可保育所の種別による補助の違い

【八田】認可保育所への補助について、これは公立と社会福祉法人立と株式会社立で差はあるのでしょうか。

【渡邊】子ども・子育て支援新制度では、社会福祉法人や株式会社などの私立保育所への補助は、国が2分の1、都道府県が4分の1、区が4分の1で負担するようになっています。ただし、公立保育所については国からの補助は全くないのです。

【八田】そうなのですか。公立保育所は国の補助の対象にはならないのですか。

【渡邊】そうなのです。多分、相当前はあったのでしょうけれども、地方交付金制度が変わって以来、公立分の運営費の部分は直接入ってこないのです。

【八田】それは小泉政権時代ですか。

【渡邊】いや、もっと前だと思います。もう20年ぐらい前ではないでしょうか。だいぶ前にそうなったと聞いています。

【八田】社会福祉法人と違って株式会社には、従来、建物部分に補助は出なかったのですが、新制度の下では、株式会社にも、建物の部分に償却費という形で補助を出すようになったと聞いています。

【渡邊】建設のときの補助などはかなり出ることになったので、事業者の負担はとても低くなりました。今は国庫補助が相当しっかりしていますから、民間で建てる場合の建設費の助成は非常に優遇されているそうです。ざっくり言うと、建設助成のときがそうです。16分の1が事業者負担です。それ以外だと区がまた16分の1、東京都が24分の5。多分、これは国庫の基金の方だと3分の2が国の方から来るということがあるので、民間が建てる分には国の補助金が相当出ますので、自己負担は少ない。

【八田】分かりました。それから、認可保育所の建設費以外の補助は、社会福祉法人立と株式会社立で違うものなのですか。

【渡邊】公定価格の部分は同じですが、加算部分がありますので、それについては差を設けています。

【八田】それは杉並区の補助のところですね。

【渡邊】そうです。当然、東京都の補助も含めて区で運営費の加算はいろいろやっているのですが、今までの経緯もあるので、社会福祉法人と株式会社では加算が違います。

【八田】例えばどんなものに対して加算の違いがあるのですか。

【渡邊】例えば、障害児加算なども基本的には同じですが、4人以上など複数受け入れたら加算を増やすといったことは社会福祉法人だけにしています。

【八田】では、障害児以外の子どもについては大体同じというわけですね。

【渡邊】そうですね。それ以外だと途中の入園、満員ではない場合の確保の経費の加算なども社会福祉法人にだけは渡しているだとか、朝夕パートなども、充実している部分の加算も社会福祉法人だけの分がありますよとかいうのはあります。そういう部分で、今は少しずつ差を設けさせていただいています。

【八田】しかし、昔に比べたらだんだん差がなくなっているわけですね。

【渡邊】そうですね。株式会社への補助も少しずつ増やしたりはしています。

インタビューの写真

都市部における小規模保育の可能性

【八田】今日お話を伺って、小規模保育の規制緩和が重要なことがわかりました。特に、3歳児から5歳児までが受け入れられないのがネックだと。もしこれが国の制度として解決していたら随分楽でしょうか。

【渡邊】正直、そういうところはありますね。やはりどうしても3歳の受け入れをセットで考えないといけない。

【八田】そうですよね。杉並区のような場所ですと、どうしても小規模保育の方が設置しやすいといったことはあると思います。

【渡邊】そうなのです。ただし、一クラスが10人以下の小規模となると、小学校に進学したときの集団生活に適応できるのかという問題もあります。

【八田】確かにそういった課題はありますが、何もしないわけにもいきませんよね。

【渡邊】そうなのです。小規模保育は、現行制度では原則2歳までということになっているので、3歳以上の受け入れを確保することが一つのネックで、われわれも大々的に小規模をつくっていくことにはなかなか踏み切れないのです。事業者の方が手を挙げていただければ当然やるけれども、卒園児の受け入れ先も同時に確保しなければいけない。

【八田】今の制度に問題がありますよね。集団生活についても、地方の過疎地などは一クラス2人とか3人でやっているわけですから。
本日は本当にお忙しいところをありがとうございました。本当に勉強になりました。実情がよく分かりました。