子ども・子育て支援新制度における新しい保育の在り方

2015年03月30日掲載

ゲスト:駒崎 弘樹(認定NPO法人フローレンス 代表)
聞き手:八田 達夫(経済同友会政策分析センター 所長)

インタビュー実施日:2014年12月5日(金)

[PDF/0.99MB]

ポイント

  • 保護者が保育所を選ぶ判断材料として、会計情報や保育士の離職率といった「保育所の質」を示す情報の開示がされると、保育所間の質の競争が促される。その際、保育所に第三者評価を義務づけ、保育所が正確な情報を開示していることを担保することが競争促進をより確実にする。
  • 現在は認可保育所に保育士100%を義務づけているが、学校教育の側面も持つ3~5歳児の保育には、この規制を緩和し、幼稚園教諭や小学校教員免許有資格者、児童心理の専門家などでも一定割合まで保育士を代置できるようにしても保育の質は下がらないだろう。
  • 2015年度から導入される子ども・子育て支援新制度で「改正認可制」が設けられる。これにより、保育所の事業主ではなく、利用する保護者に給付が行われる「給付制」に移行し、実質的にバウチャー制度が導入されることになる。新制度の下では、自治体の予算制約により保育所の新設数が左右されるのではなく、需要が供給を上回っていれば、原則として保育所新設が認可される。
  • 同制度により、0~3歳未満児を対象とした、定員19人以下の小規模認可保育所が制度化されることになった。小規模認可保育所には100%の保育士比率を義務づけていないタイプもある。この制度化により、ベビーホテルなどの小規模保育所も給付の対象となる。
  • ただし新制度における給付制は、通年保育にしか適用されない。ショートステイ型保育施設や病児保育に対しても給付を広げていくことが、今後の課題だと考えられる。
  • 保育士資格筆記試験には、瑣末な知識を問う設問がある一方、保育所運営上重要と考えられるリスク・マネジメントなどの概念が問われていないという問題を抱えている。
  • 実務上の知識を一年程度徹底的に教育して養成する「一般保育士」と、経験を積んだ保育士を対象にマネジメントや労務管理等など保育所長などになるために必要な知識を教育して養成する「上級保育士」の二つの資格を設けると、現在のニーズにより的確に応えられる。一般保育士資格の創設は、現在の保育士不足による待機児童問題を解決する。一方で、上級保育士の資格の創設は、保育士にキャリアアップの道を提供する。

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1.保育所の質を測る

病児保育を事業化した先駆者として知られる駒崎弘樹氏(認定NPO法人フローレンス 代表)に、新しい保育の在り方と今後の課題、小規模認可保育の制度化について主にお話を伺った。その過程で、特に2015年度から実施される子ども・子育て支援新制度の意義と今後の課題などが明らかにされた。なお駒崎氏は、新制度における「小規模認可保育所」の制度設計に尽力した。

保育所の質は市場競争によって評価される

【八田】保育士不足が深刻だと各方面から指摘されています。保育士の供給量を増やす際にも、保育所のサービスの質は担保しなければなりません。保育所の質を客観的に判断する指標には、何が相応しいでしょうか。

【駒崎】現時点では、保育士不足は深刻な問題です。しかし、保育士の供給量が増えれば、四、五年以内には待機児童は解消しうるという状況にまできています。今後も都市部への保育所新設が進むと考えられますので、待機児童解消に十年はかからないと思います。
いったん待機児童問題が解消されると、質の低い保育所は競争によって淘汰されるようになるでしょう。これまでは保育所不足によって競争原理が働かなかったので、満足度などの仮の指標で保育所を評価することもあり得ましたが、競争市場ができると、質が低い保育所は定員割れにより閉所を余儀なくされます。

情報開示を義務づける

【八田】市場競争によって評価されるということですね。しかし、公に開示された現場の情報がなければ、保護者は子どもを預ける保育所を選択することができません。どのような情報が開示される必要があるとお考えでしょうか。

【駒崎】マネジメント指標とオペレーショナル指標の二つの側面から見ることが必要です。まず、マネジメント指標として、一つは財務諸表が挙げられるでしょう。以前、保育所を運営していたMKグループが経営破綻して、保育所を閉園した事例がありました。例えば、保育事業で得た収益を他の事業に投資することがあれば、資金繰りが回らなくなることもあります。このようなことを避けるためにも、財務諸表の開示を義務づけることなどにより保育所に一定の規律を持たせるべきだと思います。加えて、事業者が法令違反をしていた場合には、そのことを開示する義務を課すべきです。さらに、従業員数や沿革など、事業者の健全性を示す情報を開示したりすることも必要だと思います。

【八田】運営事業者の経営状態を開示するということですね。

駒崎 弘樹 氏
認定NPO法人フローレンス 代表

【駒崎】オペレーショナル指標としては、従業員の離職率が挙げられます。離職率が高い保育所は多いのですが、突出して離職率が高い保育所はその情報を出すことを嫌がるでしょう。しかし何らかの問題を抱えている可能性が高いので、離職率は保育の質を測る有効な指標だと思います。また、保育士の勤続年数やキャリアも重要な指標です。その際、ベンチャー企業では創業からの年数が短いために、必然的に平均勤続年数も短くなります。そこで、その保育所での勤続年数ではなく、保育士としてのキャリアが一年未満の保育士が何名いて、十年以上のキャリアを持った保育士が何名在籍しているかというような情報を開示すればどうかと思います。

【八田】これらの情報が開示されれば、保育所の状況が客観的にわかるので、新たに保育所を探している保護者が保育所を選ぶ基準にもなり、保育所間の競争はますます高まるでしょうね。

第三者評価を義務づける

【八田】もう一歩踏み込んで、保育所のサービスの質を評価する基準とは何でしょうか。

【駒崎】満足度だと思います。

【八田】例えば、マスコミやNPOなどの第三者が保育所の評価やランキングをしようとしたときに、満足度を測るための方法としては、何が相応しいでしょうか。

【駒崎】これまでも第三者評価を試みている自治体はあります。しかし、評価を行う第三者機関に保育所側が料金を支払う構図が問題です。評価機関側からすれば、顧客を評価するのですから評価は甘く、横並びになります。それでは第三者評価にはあまり意味がありません。しかも認可保育所は第三者評価を受ける義務がないので、シビアに評価されることを嫌う認可保育所は、調査を断ることもできます。

【八田】なるほど。自信のある保育所だけが第三者評価を受け入れている実態があるのですね。しかし第三者評価の最低限の機能は、保育所が開示している情報が正確であることを客観的に担保することでしょう。

【駒崎】その通りです。一律に第三者評価を義務づけ、適切に認定された第三者評価機関が厳密に調査するのであれば、第三者評価の仕組みも機能すると思います。

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2.適正な保育士比率とは

保育現場に新たな人材登用を促す

【八田】現行制度が認可保育所に課している規制、すなわち、保育に従事する者はすべて「保育士」である必要があるという保育士100%規制を続けるべきか否かについて伺います。規制を緩和すれば保育士不足は解消され、貴重な保育士を有効活用できることは明らかです。しかし、保育士を減らしても保育所のサービスの質は担保しなければなりません。そこで、保育士を減らした人員分で幼稚園教諭免許の有資格者や児童心理の専門家などを雇うことができれば、いまよりも多様性のある保育ができるのではないでしょうか。東京都独自の認証保育所制度のように、保育士比率が60%~70%でも十分だという意見もあります。適正な保育士比率について、どのようにお考えでしょうか。

八田 達夫
経済同友会政策分析センター 所長

【駒崎】認可保育所に保育士100%を義務づける現行制度は、合理性に欠けると思います。0~3歳未満児保育では、発達を促すためのプロフェッショナリティが必要ですが、3~5歳児の保育では、さまざまな教育プログラムを通して、その子の潜在能力を伸ばすためのプロフェッショナリティが必要です。この年齢の保育は、学校教育の一面もあるので、小学校教諭と同等のプロフェッショナリティが求められます。したがって、3~5歳児保育については、保育士に限らず、幼稚園教諭や小学校教員免許の有資格者も適していると言えるでしょう。
その一方で、無資格の人材を保育の現場に採用するのは、プロフェッショナリティを持ち合わせていないことから、現実的ではないと考えています。

【八田】例えば、心理学の修士号取得者や児童心理の専門家はいかがでしょうか。

【駒崎】児童心理の専門家はありだと思います。クラスを取り回すスキルが必要なので、児童心理司にも保育に関する研修を、何らかの形でした方がいいと思いますが、保育士の資格がないからというだけの理由で児童心理の専門家をを排除するのは違うと思います。小学校の教諭と幼稚園の先生あたりまではいいと思います。

保育士100%規制の是非

【八田】認証保育所では、40%は保育士資格を持たなくても良いことになっています。それは問題だとお考えでしょうか。

【駒崎】どこに価値を置くかだと思います。認証保育所と認可保育所で満足度調査をしたとして、認証保育所が劣位かと言えば、そんなことはないと思っています。認証保育所には長時間保育などのさまざまな付加価値があり、満足度調査では認可保育所と競い合うでしょう。しかし、利用者の満足度調査と言っても、料金を支払う人(保護者)と実際にサービスを受ける人(子ども)が違うので、子どもへの影響がよくわからないのは事実です。子どもにどんな影響を与えているのか、エビデンスがないので神学論争が続くのです。
もし、保育の質を測る指標を作るとすれば、実際に子どもを追跡調査して、子どもに与えた影響をエビデンスで示さなければなりません。ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン氏が行った「ペリー就学前計画実験」(注1)のように、長いスパンにわたってその子どもたちがどう遷移していったか、どんな変化があったのかを調査した研究は、わが国ではほとんどありません。乳幼児についても同様です。例えば、保育士比率の違いは子どもにある程度の影響を与えるけれど、何%以上であれば関係ないというような統計調査に基づく結果が示された上で、それであれば保育士100%規制は必要ないという客観的な説明がつけられるようにしていきたいです。

【八田】しかし、保育士100%規制が必要か否かを判断するためのエビデンスがなく、将来への影響がわからないのであれば、それを義務づける現行制度は矛盾しているのではないでしょうか。反対に、100%にすることこそが多様性を犠牲にしているかもしれません。

【駒崎】そうですね。しかし、子どものこととなると、「子どものために安全性を犠牲にしてもいいのか」というように、容易にイデオロギー論争に巻き込まれてしまうのです。

【八田】既得権を擁護するために、それを言い訳にしているところもあるのではないでしょうか。

【駒崎】あると思います。幼稚園も保育所も、子どもにとっての最善を模索していますが、その裏にビジネスがあるのは事実です。しかし、データとファクトに基づいた検証を一歩ずつ進めていかなければなりません。

【八田】データとファクトは提示されるべきだと思います。

【駒崎】二十年調査しなければ結果が出ないこともありますが、ランダム・サンプリングによって二年で結果がわかることもあるかもしれません。少しずつ、いわゆる神学論争に決着を付けなければなりません。

【八田】神学論争がある以上、駒崎さんが最初に仰ったように、保護者に選択肢を与えて、保育所間競争をさせるのが、合理的だと思います。そのためには、まずは保育所に現状に関する情報開示を義務づけ、それを判断基準に保護者が選べるようにし、それと並行して、いろいろな研究成果を積み重ねていくことが重要ですね。

注1 James J. Heckman and Dimitriy V. Masterov, “The Productivity Argument for Investing in Young Children”, (NBER Working Paper No. 13016, April 2007). 「ペリー就学前計画実験(High/Scope Perry School Study)」とは、経済的に恵まれない3歳から4歳のアフリカ系アメリカ人の子どもたちを対象に、就学前教育を受けた子どもたちと、就学前教育を受けなかった同じような経済的境遇にある子どもたちとの間で、その後の経済状況や生活の質にどのような違いが起きるのかについて、約40年間にわたって行われた追跡調査。

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3.子ども・子育て支援新制度による改革

措置制度からの脱皮

【八田】ところで、2015年春から「子ども・子育て支援新制度」が始まり、施設を利用する保護者に給付が行われる「給付制」に変わります。実質的な「バウチャー制度」が取り入れられるわけです。結果的に保護者が選択する施設に資金が配分されることになります。保護者が質が低いと判断する保育所は必然的に淘汰されるようになります。この新制度によって、多様な教育・保育施設・事業が生まれますね。これまでのように自治体の予算制約により保育所の新設数が左右されるのとは様変わりです。

【駒崎】その通りです。今回の新制度で素晴らしいのは、補助金が保護者に対する個人給付になっていることです。これまで保育所を新設するためには、自治体が5ヶ年計画を作り、公募で事業者を募り、審査という名の事前規制を行う、いわば「配給制」でした。自治体が保育所の設置を計画し、保護者に割り当てるわけで、社会主義的な仕組みです。計画から認可まで1年半ぐらい掛かるのです。そういう配給システムをやっている限り、いつまでたっても待機児童問題が解消しないということで、客観的基準を満たせば自由に参入できる制度になりました。すなわち、需要見込みが供給を上回り、申請者が適格性・認可基準を満たせば原則認可・認定されることになりました。この新制度を、「改正認可制」と呼んでいます。この改革は、待機児童解消にとって強力な後押しとなります。自治体のために参入が阻まれていたこれまでのボトルネックが解消するわけです。

【八田】具体的にはどのように変わるのでしょうか。

【駒崎】これまでは、ある区に認可保育所を新設したいと思っても、公募期間内に応募し、書類を作成・提出し、プレゼンして選ばれなければ、認可保育所も認証保育所も作ることはできませんでした。
これには二重の意味で問題があります。一つは、スピード感が失われること。二つ目は、事前規制にすぎないために、保育サービスの質を見る事後チェックがないがしろにされることです。結局、子どものためになっていないのです。認証保育所の新設も公募制なので、同じ壁に直面していました。
この配給制は、需要が少ない時代には機能したかもしれませんが、いまのように特別に困った人のみを対象とするのではなくなったときに有効性を失います。配給制は、保育は福祉であるという児童福祉法の名残ですが、介護と同様に給付制にしてバウチャー制に近づけるべきだという議論があり、ようやく改正認可制になりました。

【八田】これは、「保育に欠ける児童に対する措置」(注2)というかつての考え方からの完全な脱皮ですね。

【駒崎】その通りです。1995年から重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画として「エンゼルプラン」を打ち出し、5カ年計画を策定し、戦力の逐次投入をしてきましたが、ようやく2015年において本質的な部分を変革できたのです。

【八田】憲法89条では、「公の支配に属しない慈善、博愛の事業に対する公金の支出」を禁じています。従来はこの条項に反するとして、株式会社立の保育所に対する施設整備補助は行われてきませんでした。しかし給付は、事業に対してではなく個人に対する公金の支出ですから、給付制導入によって憲法問題を回避できるわけですね。

【駒崎】給付制であれば、保護者に対する個人給付が原則になるので、施設に対する補助なのか株式会社かどうかは関係ないという議論になりました。2012年に子ども・子育て関連3法が成立し、その後、ステークホルダーを交えた民主主義的方法で納得感を得ながら中身を詰めることとなり、三党合意を経て、子ども・子育て会議(注3)という会議体を持つことになりました。

【八田】旧認可制と改正認可制との本質的な違いは何でしょうか。

【駒崎】旧認可制は、配給制です。自治体が計画を立てて保育所を新設するので、増える保育所需要に追い付きません。これでは、自治体の公募期間を待ち、応募して、審査に通った事業者しか事業を行うことができません。改正認可制は指定制と同じなので、外形基準を満たせば自動的に申請が通ります。介護ヘルパー事業と同じようになります。ヘルパーは、申請を出せば、次の日からでも事業を行うことができます。もしヘルパーが認可制だった場合は、自治体が公募するまで待って、公募したら手を挙げて、書類を出して初めて認可されて、そこしかできませんとなるわけです。
今回の新認可制というのは、中身は指定制とほぼ一緒です。ほぼ一緒なのだけれど、名前が認可と言われるようになったのです。

注2 『待機児童問題の解決策:福祉と市場の役割分担』(公益社団法人経済同友会 政策分析センター 政策スポットライト第1弾)
従来は、子育ては家庭で行うものという前提のもとで、保育所の制度設計がされていた。すなわち保育所は、両親が共働きしているなどのためこの前提が成り立たない「保育に欠ける子」に対する福祉制度として位置づけられてきたため、保育所収容数は、自治体による計画で決められていた。しかし、新制度では、パートタイム、夜間、居宅内の労働など、基本的にすべての就労を含め、保育を受けることを希望する保護者の申請に基づき、給付する制度となった。

注3 有識者、地方公共団体、事業主代表・労働者代表、子育て当事者、子育て支援当事者等(子ども・子育て支援に関する事業に従事する者)が、子育て支援の政策プロセスなどに参画・関与することができる仕組みとして、子ども・子育て支援法に基づき、2013年4月に内閣府に設置された会議体。内閣総理大臣の諮問に応じ、子ども・子育て支援法の施行に関する重要事項を調査・審議する。

小規模認可保育所の制度化

【八田】子ども・子育て新支援制度により、いよいよ0~3歳未満児を対象とした、定員19人以下の小規模保育事業への給付が創設されますが、小規模認可保育所でも保育士100%規制があるのでしょうか。

【駒崎】小規模認可保育所には、保育士比率100%が要求されるA型、50%以上のB型、0%でもいいC型の三種類があります。A型は、保育所分園・ミニ保育所に近い類型で、C型は、家庭的保育に近い類型です。B型は、その中間型です。

【八田】保育士比率によって給付額が異なるのでしょうか。

【駒崎】その通りです。やはりC型では少なく、A型だと多くなります。

【八田】たとえ保育士比率0%のC型でも、一定の給付金が出るようになったのですね。

【駒崎】そうです。これまで一円も補助金を受け取れなかった認可外保育所も包摂され、保育の質が底上げされる制度となり、とても良かったと思っています。

【八田】これにより、外形基準を満たせば、小規模保育事業の該当施設としてベビーホテルも新設できるようになりますね。

【駒崎】その通りです。ベビーホテルは排除か包摂かという議論がありますが、私は包摂が有効だと思っています。ベビーホテルもC型で給付を受け取れるようにしなければなりません。なぜ時折ベビーホテルが事故を起こすのか、あるいは質が劣悪だと言われるのかというと、利用者負担のみで経営するために、人件費を削らざるを得ないという実態があるからなのです。しかし、給付金で手当することにより、必要な人材を揃えることができれば、ベビーホテルの質も自ずと上がります。
一方で、ベビーホテルはすべて排除すべきだという根強い主張があるのも事実です。しかし、排除しようとしてもアンダー・グラウンド化するだけなので、それであれば包摂して、適切に管理するべきです。

【八田】むしろ給付や補助金の代償として、情報開示を義務づける方がいいですね。

【駒崎】仰る通りです。このように、小規模認可保育所の法制化では、われわれ全国小規模保育協議会の意向を汲んで、すごくウイングが広い制度に今なろうとしているところです。

【八田】なるほど。ところで、例えば保育士要件50%のところでも、施設に対する償却費補助金は出るのですか。

【駒崎】公定価格に含まれますが、都市部では十分ではなく、自治体による加算が必要です。

【八田】小規模認可保育所の具体像は、これから政省令によって決まるのでしょうか。

【駒崎】子ども・子育て関連3法はもう公布されているので、あとは政省令で決まります。小規模保育所の実施は2012年に三党合意を経て、子ども・子育て会議の議論で中身を詰めている最中ですが、大筋の合意はできています。2015年3月までに最終報告をまとめ、各自治体から条例が制定されます。

ショートステイ保育施設への給付

【八田】杉並区は、前区長の山田宏さんの時代の2007年に「子育て応援券」の給付を始めました。これは杉並区自身もそう呼んでいるように一種のバウチャーです。杉並区のバウチャー制度は子ども・子育ての新制度に吸収されたと考えていいのですか。

【駒崎】いいえ、違うのです。杉並区の子育て応援券というのは、金券のような感じで、子育て支援に関してなら何にでも使えるのです。病児保育も一時保育も、あるいはベビーマッサージでもいいし、用途がすごく広いのです。したがって、通年保育以外の保育サービスに対しても使えます。
それに対して、国の新制度における給付制は、通年保育のみの仕組みです。保育所や認定こども園、小規模認可保育所には適用されますが、これらはすべて通年保育です。通年ということは、一年間ずっと通うということです。一方で、例えば病児保育、一時保育、ショートステイ、2泊3日で泊まりのためといった、通年以外の保育サービスがありますよね。こういうのは、これまでの配給制から変えないことになったのです。ですから各自治体で配給制で勝手にやってくださいとなったのです。
新制度は待機児童解消に重きを置いて大改革されましたが、通年以外のサービスに関しては、旧態依然としたままです。

【八田】次の課題ですね。

【駒崎】杉並区の子育て応援券は、私どもが運営しているような在宅の病児保育などにも使えるのですが、国の新制度にそれが入らなかったのは残念です。給付の適用範囲をを広げることが必要です。

【八田】杉並区は、区長が変わっても撤退しないのでしょうか。

【駒崎】続けていますが、大きな財源が必要になるので、おそらく少しスケールダウンしていると思います。

【八田】杉並区の事例に続く自治体は現れていないのでしょうか。

【駒崎】部分的に杉並区のまねをしている自治体はあります。ただ、杉並区のようにバウチャーを使える範囲を広くすると、かなり大きなお金になるので、各区はバウチャーを使える範囲を限定しています。たとえば、渋谷区では病児保育バウチャー(病児・病後児保育料金助成)を実施しています。病児保育のためにベビーシッターを1回1時間利用したら1,000円出すというものにして、範囲を限定して導入しているということなのです。国のメニューでは、病児保育は施設で行うことがメインで、ベビーシッターを活用しようとは一切考えられていないので、渋谷区の病児保育バウチャーは、重要な役割を果たしています。

【八田】それにしても自治体にとって保育バウチャーは財政に大きな負担をかけますね。

【駒崎】その通りです。このため杉並区では、子どもの年齢に応じて年間の交付額が決められ、渋谷区では助成範囲を限定しています。
厚労省の「地域子育て支援拠点事業」のメニューの中に、自治体による保育事業の委託ではなくて、自治体がバウチャーを出すという選択肢も入れておけば、渋谷区方式のようなものが広がるのではないかと思って、提案しています

【八田】駒崎さんのご提案のようになると、渋谷区も、国の財源でいまやっているバウチャーをまかなえるようになるということですね。

【駒崎】その通りです。いまは渋谷区は単費でやっているので、やはり常に議会では、どれぐらい効果があるのかみたいなことを、結構、言われてしまうのです。

7,000億円の子育て支援予算と公定価格

【駒崎】小規模認可保育所制度化までの道のりで、勝った点、負けた点があります。小規模保育の制度化が、最大の勝利です。一方で、大きく負けた点は、公定価格です。子どもの年齢、保育の必要量、地域区分などにより、保育に通常要する費用として算出される公定価格が、われわれの望む額に届きませんでした。特に大きく欠落したのは、賃借料分です。小規模保育所の多くは、マンションや一軒家を借りるための賃借料がかかります。都市部では、3LDKで20万円、商業物件であれば25~30万円が相場ですが、新制度では5万円ほどしか給付されません。その差額は、他から削って捻出しなければならないと厚生労働省に訴えましたが、聞き入れられませんでした。これは、民主党政権で1兆1,000億円用意すると言われた予算が、自民党への政権交代によって、7,000億円に削られたからです。また、8%から10%への消費税増税が延期になったことで、7,000億円のうち、さらに3,000億円の財源の見通しが立たなくなったのです。子育て支援を最優先とするならば、国債の発行で埋めることも考えられますが、まだどうなるかはわかりません(注4)。

【八田】子育て支援を強化する方針はあっても、1兆1,000億円の予算はつかないということですね。

【駒崎】7,000億円しかありません。厚生労働省は、東京の賃借料基準に全国を合わせることはできないし、東京にはお金があるのだから、東京の自治体に上乗せしてほしいと言っています。実際にいまの認可保育所でも自治体の上乗せ分が占める比率は大きく、それによって東京23区の認可保育所は、株式会社が参入できるほどの利益率の高い事業になっています。厚生労働省は、同様に小規模認可でも、自治体が上乗せすべきだと言っています。品川区や豊島区などの主だった自治体は上乗せするとしていますが、やはり自治体間格差があり、上乗せできないという自治体もあります。今回の新しい制度のもとでは、自治体間で待機児童解消のスピードに格差が生じ、これから壮大な社会実験が繰り広げられるだろうと思います。

注4 2014年12月5日インタビュー実施後、初年度はほぼ満額(7,000億円)が支給されることに決定した。

新制度が知られていない背景

【八田】「子ども子育て新制度」では、非常に大きな改革が行われようとしているわけですね。それにもかかわらず、一般に広く知られていません。国は新制度をあまり宣伝していないように思いますが、なぜでしょうか。

【駒崎】改革部分を大々的に宣伝してこなかった理由は、「改正認可制は、規制緩和だ」と言われると袋だたきに遭うからです。そうなると、実現が阻まれる可能性も考えられたからではないでしょうか。2014年度末までに子ども・子育て会議の最終報告をまとめ、それに基づいて政省令が出され、いよいよ2015年度から新制度が開始されます。完全にできるまでは、あまり改革部分を前面に押し出すのは得策ではない。実際に2014年の半ばまで、一部のメディアが批判していましたが、最近はもうしょうがないという感じになっています。ただし、制度周知は、国民向けに一生懸命やっています。

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4.保育士試験年二回実施の必要性

保育士試験合格者と保育士養成施設卒業者

【八田】保育士試験の年二回実施についてご意見をお聞かせください。保育士試験の合格者と保育士養成施設の卒業者では、採用の立場から見て違いはあるのでしょうか。

【駒崎】「保育士試験合格者は質がどうか疑問だ」と言う人がいます。しかし、保育士養成施設の卒業者が一律に保育士としての質が高いかと言えば、決してそうではありません。私も養成施設で講義することがありますが、読み書きが危ういレベルの学生もいます。試験合格者より、養成施設で学んだ卒業者の方が保育士として優れているという主張は、議論が浅いと言わざるを得ません。

【八田】実際に採用した感想はいかがでしょうか。

【駒崎】養成施設の卒業者であっても、入社試験で落とす人もいます。保育士の採用においては、その人のコミュニケーション能力や歩んできたキャリア、仕事の実力などで判断するので、養成施設卒業者なのか、社会人経験後に試験を受けた人かは、あまり関係ありません(注5)。

東京都にも保育士試験の年二回実施を

【八田】神奈川県で保育士試験を年二回実施することに決まったのは、大きな前進ですね。

【駒崎】そうですね。私は、東京都の子ども・子育て会議の委員でもあるので、東京都にも保育士試験の倍増を提案していますが、東京都は乗り気ではないようです。

【八田】なぜでしょうか。

【駒崎】以前から東京都は保育士試験複数回化を望んでいるのですが、自分で実施するのは嫌なのです。全国保育士養成協議会に実施してもらい、かつその費用も国に支出してほしいというのが本音のようです。

【八田】以前は、都道府県がそれぞれに専門家に問題を作成してもらっていましたよね。したがって、試験の段取りは試験運営業者に委託し、都道府県で試験問題を作成する大学教授などを呼ぶことも考えられるのではないでしょうか。

【駒崎】首都大学東京にタスクフォースを作ることも可能でしょうから、試験問題を作ること自体よりも、試験の取り回しが面倒だからではないでしょうか。

【八田】採点を委託できる会社はたくさんあるので、問題にはならないと思います。協議会の圧力があるからでしょうか。

【駒崎】それはわかりません。面倒だからというだけの話かもしれず、蓋を開けてみれば大したことはないかもしれません。

注5 インタビュー実施後、厚生労働省により「保育士確保プラン」が発表され、保育士試験を年2回実施する都道府県に対し、国として積極的に支援する方針を打ち出した。東京都も保育人材を確保するため、これまで年1回だった保育士試験を年2回実施することについて、前向きに検討していく考えを示した。

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5.保育士試験の在り方

筆記試験の適正な出題範囲

【八田】次に、保育士試験で問われる知識の範囲について、ご意見をお聞かせください。

【駒崎】私自身が保育士試験を受けた経験から言うと、試験には保育にとって大切なことが欠けている一方、保育の本質ではない問題が出題されている印象があります。例えば、保育所保育指針を丸暗記させたり、「◯◯ではこうです」という文章を「わが国」と「日本」の選択肢から選ばせたりといった瑣末な問題があるのです。一方で、子どもの命を預かる仕事にもかかわらず、リスク・マネジメントという概念については、一切問われないのはとても怖いことです。筆記試験8科目のうち、見直しが必要な分野は多いと思います。

【八田】リスク・マネジメントは新しく追加するべきですね。削れるものはありますか。

【駒崎】児童家庭福祉や社会福祉などの社会制度の分野は、削れる余地があると思います。一例としてですが、児童福祉法の各類型を覚えさせることが本当に保育を行うために必要なのか、疑問に思います。

保育士資格の種類を増やす

【八田】今仰ったことからすると、比較的簡易に資格取得ができる「一般保育士」という資格を作り、衛生やリスク・マネジメント、児童心理などを中心に学んで早く保育の現場に出られるようにすれば、質を落とさずに保育士の供給を増やせるように思えます。

【駒崎】保育士資格を二階建てにするのは、良い案だと思います。保育所の所長が知るべきことと、現場の保育士が知るべきことは違うのです。所長になるための要件としては、「上級保育士」という資格をつくり、マネジメントや労務管理などを出題範囲に含めればいいと思います。一般保育士には、保育所運営のリスク管理や子どもの発達支援、子どもの医療など、通常の実務に必要な知識を学べばいい。

【八田】看護師には特定看護師、美容師には管理美容師という上級資格がありますよね。

【駒崎】保育士は、一度資格を取得した後、その上の資格がないのも問題です。「一般保育士」と「上級保育士」の2種類の資格を作ることは、保育士のキャリアアップの道を作るという点でも意義があります。

【八田】「上級保育士」には、障がいのあるお子さんに対する保育など現代社会で必要とされているサービスに関する専門知識も学んで欲しいですね。通常の実務知識だけを学ぶ一般保育士の資格については、一年の養成施設通学で済むのではないでしょうか。

【駒崎】ある程度可能だと思います。保育業務を行うために本当に必要な科目に限定した資格にすることで、幼稚園教諭や小学校教諭もさほど負担なく保育士資格を取得し、スムーズに保育の現場に入る動きが出てくるかもしれません。保育士資格を実用的なものにすることは、待機児童問題を軽減するためにも役立つでしょう。
さらに実際に現場に入ってみると、自分が保育士を一生の仕事にするのに向いているかどうかわかります。出来るだけ早く現場に入れるチャンスを与えることは、そのためにも役立つと思います。

【八田】本日は、貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

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