保育士不足問題の解決策

ポイント

  • 保育に対するニーズが増加する一方、保育士が絶対的に不足しているため、保育所増設のみの対応では待機児童の解消は困難である。
  • 保育に従事する保育士比率を下げると保育の質が下がるとの主張もあるが、保育士比率の低い認証保育所の方が、保育時間に融通が利き、個別ケアなどの点でも評価されているため、保育士比率10割の認可保育所よりも利用者の満足度が高いとの調査結果もある。認可保育所の保育士要件比率を緩和すれば、保育の質も向上し、保育士不足問題の解消につながりうる。
  • 保育士資格を得るには、(1)保育士養成校卒業、(2)保育士試験合格、の2ルートが存在する。保育士試験合格者の多くは、仕事に対する責任感や保育に対するマインドが相対的に高く、保育の現場において貴重な戦力となっている。
  • 保育士試験合格者を増やすために、現行年1回実施の全国統一試験を2回化するなどの対応策が考えられる。また、保育士不足の都道府県においては、全国統一の試験とは別の試験を実施し、当該地域限定で保育士として勤務できる制度を導入するなどの対策が考えられる。
  • 全国保育士養成協議会は、保育士養成校を会員とすると同時に保育士試験の指定試験機関となっている。したがって、会員である養成校の生徒数確保のために、保育士試験合格率を低下させる誘因の存在が否定できない。また、保育士試験においては、保育現場に必要のない知識が多く問われているとの批判がある。
  • 保育士不足問題対応のために、試験科目を絞った「準保育士」の制度を導入するなどの方策が考えられる。また、実際に子育てを経験したことのある方を活用するなどの方策も考えられる。
  • 認証・認可に関わらず、補助金を定額で子育て世帯に支払うバウチャー制度を導入すれば、様々な価格・質で供給されるサービスを自由に選択できる制度になるとの意見がある。また、質の高い保育士に高い報酬を支払うことができるようになる可能性がある。
  • 公立保育園勤務の保育士は公務員として待遇されるために、民間保育士との処遇に大きな格差が存在することも、民間保育士不足の一因となっている可能性がある。
  • 株式会社立の保育園は、利益が出なければ撤退する可能性があるため、自由に参入させるべきではないという意見があるが、株式会社の参入を抑制するのではなく、設立主体に関係なく、撤退時のルール・対応を整備するべきである。

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1. 保育士不足の実態

安倍政権は5年で40万人分の保育の受け皿を確保する待機児童解消加速化プランを打ち出し、平成29年度末までに待機児童の解消を目指すとしている。しかしながら現状でも保育士不足が深刻化しつつあり、このボトルネックを解消しなければ待機児童の解消は困難である。そこで、保育所等を営む株式会社ポピンズの中村紀子CEOに、保育士不足の実態とその解消策などについてお話を伺った。

【八田】本日は保育士不足対策についてお話を伺いたいと思います。厚生労働省は、保育士はそもそも不足していないと言っていますが、実感はいかがでしょうか。

【中村】大変不足しています。私たちは、社会人として保育士試験に受かった人を年間100~150名中途採用しています。それから、新卒で毎年220~230名を採用しており、合計で350名ほどです。それでも需要に追い付かず、今日現在、ポピンズだけで100名以上が足りません。0・1・2歳の部屋には空きがあるのですが、保育士がいないので、お子さまを受け入れられないのです。

【八田】保育士が絶対的に不足しているわけですね。

【中村】しかもこの保育士不足は、保育士が病気になった場合などに特に大きな問題となります。ポピンズで運営する認可保育所1でもぎりぎりの保育士数で対応しているので、保育士が病気になったときに代わりを入れないとコンプライアンス違反になってしまいます。
その場合、ポピンズでは認証保育所2から保育士を回します。認可保育所は保育従事者の10割が保育士である必要がありますが、認証保育所は6割でいいので、残りの4割は我々が自由に人を選べます。そこで、認証保育所の保育士をやむなく認可保育所に回すのです。
その結果、認証保育所の保育士が足りなくなるため、施設としては保育士さえいれば待機児童150名強を追加で受け入れられるのに、受け入れられないということが現実に起こっています。

【八田】保育士不足の深刻さがよくわかりました。でも、ポピンズでは、保育所の数も増やしていると聞いています。

【中村】増やしています。各自治体から株式会社も対象にした認可保育所設置の募集が来るのです。そうすると、やはり我々も働く女性の応援をしなければということで、手を挙げて、そして認められます。大体4月の開設を求められるのですが、今年の4月にポピンズだけで全国に10カ所オープンしました。2014年度中だと20カ所になります。

【八田】ものすごい需要増ですね。これは、ポピンズのサービスの高さを示すとともに、全国的な保育サービスへの需要増も反映している、言い換えれば、その分、保育士不足が深刻化し続けているわけですね。

【中村】そうです。安倍総理は2017年までに40万人分の保育所を作るとおっしゃっていますが、そのためには保育士が7万4千人追加的に不足します。つまり、1年あたり約2万人の保育士が必要となるのに、新卒の保育士は毎年1万数千人程度しか出てきません。そうすると、社会人から採用しなくてはなりません。国はその対策が全くできておらず、掛け声ばかりです。

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2. 保育士比率要件

認可よりも認証が好まれている

【八田】保育士不足への対策としてまず考えられるのは、保育士比率10割が求められる認可保育所の代わりに、保育士比率が6割で済む認証保育所を増やすことですが、そうするとサービスは低下するでしょうか。

【中村】いいえ。むしろ向上するのです。東京福祉ナビゲーションの「福祉サービス第三者評価(H23年度)」を分析すると、「保育所に保育士以外の職員が配置されても利用者の満足度は下がらず、むしろ向上する」ということが言えます。認可保育所と認証保育所に対する評価を比較すると、評価15項目のうち、保育時間の融通や個別ケアなどの13項目について認証保育所の満足度が高いのです。つまり、保育士比率が低い方がむしろ、利用者満足度が高いということができます。

【八田】認可保育所を認証保育所に置き換えていくことによって、質がむしろ良くなる可能性があると同時に保育士への需要を減らせるので、保育士不足への有効な対策になりますね。

▼認可保育所および認証保育所の満足度調査比較

認可保育所および認証保育所の満足度調査比較

東京福祉ナビゲーション「福祉サービス第三者評価(H23年度)」の利用者調査結果の内容を株式会社ポピンズが分析したもの。利用者調査の項目は、(1)提供される食事は、子どもの状況に配慮されているか、(2)保育所の生活で身近な自然や社会と十分関わっているか、(3)保育時間の変更は、保護者の状況に柔軟に対応されているか、(4)子どもの体調変化への対応(処置・連絡)は、十分か、(5)安全対策が十分取られていると思うか、(6)行事日程の設定は、保護者の状況に対する配慮は十分か、(7)子どもの保育について家庭と保育所に信頼関係があるか、(8)保護者の考えを聞く姿勢があるか、(9)サービス提供にあたって、利用者のプライバシーは守られているか、(10)一人ひとりの子どもは大切にされていると思うか、(11)職員の対応は丁寧か、(12)要望や不満を事業所に言いやすいか、(13)利用者の要望や不満はきちんと対応されているか、(14)第三者委員など外部の苦情窓口にも相談できることを知っているか、(15)サービス内容や利用方法の説明はわかりやすかったか、の15項目で、各項目について「はい」または「いいえ」で回答する形式となっている。認可保育所、認証保育所それぞれ50か所を無作為抽出し、回答結果を集計比較した結果、項目(2)・(14)を除き、「はい」とした比率は認証保育所が上回っている。

保育士比率要件緩和の必要性

【八田】保育士不足を軽減するためには、認可保育所の保育士要件を10割から下げることも有効です。どこまで下げられるとお考えですか。

【中村】実際に認証保育所が保育士比率6割で運営しており、これで十分動いています。東京都は6割で認可保育所として認めるべきと主張し、それが国と一番戦っているポイントです。国側は認可保育所の質を担保するために、保育士比率10割が必要としていますが、東京都は、保育士以外の従業員である4割には、顧客のニーズに合った多様な人材、例えば英語や、音楽や、スポーツ等ができる人を入れられるので、こちらの方が望ましいと主張しています。
私たちは10割を主張する人たちに百歩譲って保育士が7割でいいのではないかと言っています。特に我々が主張しているのは、3歳児以上には保育士の資格は不要で、いわゆる幼稚園教諭の資格だけ、あるいは小学校の教諭の資格でよいのではないか、ということです。特に5歳児、6歳児という小学校に移行する年は、小学校の教諭の資格の方が望ましいと考えています。

中村 紀子氏 株式会社ポピンズ代表取締役CEO

【八田】教諭達は、保育士資格保有者以外の3割の方に入れるのですね。

【中村】そうです。厚生労働省は、保育士比率を7割や6割に下げると質が落ちると主張しています。しかし、落ちるどころか、さらに顧客の満足度が高くなるのは、さきほどデータでお示ししたとおりです。改革によって質が改善することをさらに確実にするために、その3割には、幼稚園の資格、幼児教育の専門家の配置を可能にしてほしいと私たちは言っています。幼児教育専門家とは、幼稚園教諭、あるいは看護師、体操、音楽、美術、英語、幼児教育、発達心理学、児童心理学などの大学院を卒業した人たちのことです。それから、グローバル化を見据えて、海外で幼児教育の資格を取得した日本人や外国人を入れることによって、もっと質が上がると思います。

【八田】3歳児以上だと、保育士以外の人が入った方が多様性が増して、かえって良くなりますね。

【中村】厚生労働省自体も幼保一体化とあれだけ言ってきたのだから、私は、3歳児以上であれば保育士100%規制を緩和してもいいのではないかという言い方をしています。

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3. 養成校卒業生vs試験合格者

試験合格者は養成校卒業者と比べて遜色ない

【八田】保育士になるには、(1)養成校で2年間勉強することによって自動的に保育士資格を得る方法と、(2)養成校に行かずに、1年に1回行われる国家試験に合格する方法とがあります。それぞれ増やすべきだと思うのですが、実際のご経験上、試験合格者は養成学校卒業者と比べてどうでしょうか。

【中村】社会人で試験に合格した人の良いポイントは、まず常識があり、ビジネス、仕事ということに対する責任感が一定程度あるところです。
社会人が仕事と両立しながら受験して保育士になるということは、子育て支援をしていこうというマインドが大変高いわけです。そういう意味で、こちらの教育研修あるいは指示に対してフレキシブルに動ける、即戦力になり得ることがメリットです。
それから適応能力が非常に高いということも特徴で、大変貴重な戦力になっています。

【八田】この人たちは、資格を取る前は何をしていたのですか。

【中村】普通の社会人です。

【八田】ポピンズで採用した保育士資格未取得者は、資格を得るまでどのように働いてもらうのですか。

【中村】認証保育所で働いてもらったり、本社の管理業務などに取り組んでもらいます。
実は、保育士を募集してもなかなか集まらないので、大学卒や社会人の無資格者の方でも、関心がある人をまず受け入れます。そして、土曜日に実施している無料の保育士試験合格講座を受講してもらい、8月の国家資格を受けてもらっています。毎年約30名が合格しています。自助努力もここまでやっているということです。

【八田】なるほど。土曜日は試験対策予備校をやるということですね。

【中村】eラーニング化もして、家でもそれが勉強できるようにしています。

【八田】それほど試験合格者は戦力になるのですね。

養成校出身者の問題

【八田】次に養成校出身者について伺いましょう。

【中村】おかしいと思うのは、2年間養成校で学べば、自動的に国家資格が取得できることです。試験を受けなくていいのです。

【八田】卒業さえすれば資格が取得できるのですか。

【中村】卒業の段階で、国家資格が自動的に付与されます。そして一番の問題は、全国の保育士養成校から年間3万6千人が輩出されるのですが、そのうちの半分しか現場に来ないことです。資格は一応取得した後、すぐに保育所へ就職せず、他の業種に就職したりしてしまうのです。

【八田】実際のご経験上、養成校出身者はいかがですか。

【中村】養成校の卒業生は、ポピンズの場合、以前は10人面接に来ると7人くらいまでが不合格で、3人ほどしか採用できませんでした。ポピンズの場合は質(クオリティ)を重視しますから、第一印象や言葉遣い、コミュニケーション能力などを見たときに少し難しいのではないのかという人は落としていたのですが、ここ数年はそれも全て受け入れないと足りない状態です。
そうすると、保育の質のレベルががくんと下がります。さらに採用費が掛かります。覚悟ができていない新人の保育士を入れても、ポピンズのように厳しい現場研修や教育をしていくと、リアリティショックが起きてくるのです。ただ子どもをかわいがっていればいい、遊んでいればいいのではなく、保護者とのコミュニケーション能力があるか、目標数値を達成するべくどういうコストをセーブするのか。そしてポピンズの場合は、ハーバードやスタンフォード大学と連携しながら高いレベルのエデュケア3を実施しているので、それにキャッチアップできないということも起きます。現実の姿にショックを受けて、早い人は1カ月で辞めてしまいますし、3カ月以内に新規採用した人のうちの数十人が辞めていきます。
そこをすぐに穴埋めしなければいけないので、採用費が倍かかってきます。今まで採用費は1人当たり10~15万円でよかったのですが、それが今は40万円かかります。非常に経営を圧迫しはじめてきていると言えます。

【八田】もともと10人のうち優秀な3人を採用すれば良いということで、採用費が削減されていたわけですね。そうではない方を採用することで非常にお金がかかるということですね。これは大学でもそうで、とにかく一番成績が悪い学生に、追試をしたり、相談したりして、時間がかかるのです。

【中村】同じですね。沖縄に行ったり北海道に行ったりして採用するのでお金がかかります。今年から社宅の手配をするなど、あれこれ手を尽くしてはいるのですが、おそらく一企業の努力の範疇を超えています。

【八田】試験合格者は質が高いから、こちらを戦力増強に使いたいということですね。

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4. 試験の合理化

試験の2回化

【中村】試験合格者数を増やすために、保育士不足の自治体では、試験を年2回にしてほしいと思います。受験生は1年に1回しかチャンスがないので、1回落ちれば1年間待たないといけないことになります。今は夏に試験をしているのですが、冬にも実施すれば受験生の負担が大幅に減ります。

【八田】なぜ年2回にできないのですか。

【中村】厚生労働省は、2回化するとコスト高になるため受験料が上がるというのです。

【八田】もし受験料が上がるとしても、試験回数が増えることは受験生に大きなメリットがあるので、受験する人は多いでしょう。

【中村】試験の2回化は、保育士を増やすのに最も有効な手段だと思います。

【八田】さらに、夏の試験は冬の試験と同じ主体が実施するのではなく、必要とする自治体が独自に実施したらいい。ところで、自治体が独自に年2回試験を実施するのに、国の法律は何も変えなくていいのですか。

【中村】そうなのです。5年以上前までは、全国で実施していました。試験の内容も地域ごとに違っていて、あっちに行った方が受かりやすいというのもありました。

【八田】今のように全国保育士養成協議会が全部一斉にやるようになる前は、試験の内容も県によって違ったということですよね。

【中村】そうです。それぞれの県で試験日も違っていたし、内容もおそらく統一していなかったと思います。

【八田】全国保育士養成協議会以外で試験問題を作ることができるのでしょうか。

【中村】できると思っています。

【八田】これは実際、法律的には自治体の権限でできるはずですよね。

【中村】できます。やっていけないとは書いていませんから。

【八田】現在全国統一の試験は夏に行われていますが、例えば東京では冬も試験を行い、夏とは別の主体が作成する。冬の試験に受かった人は東京だけで働けるとしてもいいですね。

【中村】都道府県内だけで使える保育士の制度をつくって、試験を自由にできる仕組みをつくってほしいと思います。
先ほども述べたとおり、待機児童解消のために保育所を増やすのであれば、伴って保育士の数も増やす必要があります。保育士試験の回数を増やし、保育士を増やすことは、社会から強く求められていると思います。

試験問題の適正化

【八田】次に、保育士試験で要求される知識の範囲は、本当に保育の現場に必要なのでしょうか。かなり削減できるように思います。

【中村】削減できます。試験では、必要のない知識が多く問われています。保育所には栄養士が配置されているのに、保育士試験で「この食料の中にカルシウムが何グラム含まれているか」と問う必要はあるのでしょうか。

【八田】社長ももう覚えていないでしょう。

【中村】本の名前と作家の組み合わせを問うような設問もありました。落とすための試験をしているのですかという感じです。

【八田】「こんな難しい試験を受けるよりは、養成校に来た方がいいよ」と言っているような試験ですね。

【中村】養成校には、養成校の卒業生がその試験を受験したら何名合格するのかと問いたいです。都道府県内ごとの保育士制度ができれば、試験問題自体が改善されることになるでしょう。

▼保育士試験問題の例

保育士試験問題の例

試験方法の改善

【中村】試験方法自体を改善して、試験実施のコストを大幅に引き下げられると思います。米国では公認会計士試験などは、プロメトリックセンターという民間の企業によって、コンピューターのテストができるようになっています。米国公認会計士試験も昔は年に2回、5月と11月にペーパーテストがあったのですが、現在では3カ月のうちに好きな日を試験センターで予約して、パソコンですべて受けられるのです。

【八田】そうですか。様変わりですね。

【中村】はい。とても受験しやすくなっています。保育士試験も同じですが、米国公認会計試験も科目合格があるので、やはりフレッシュなうちに次を受けたいではないですか。今までだったら半年待たなければいけませんでしたが、3カ月のうちに受けられるので、国公認会計士試験の合格者数はすごく増えています。もともとこういう試験は順番を付けるテストではなくて、例えば7割取れば合格できます。

【八田】運転免許と同じですよね。試験が受かったからといって、すぐそのまま最高の仕事ができるわけがないので、合格した後、トレーニングは必要なわけです。こうした試験は、合格者があとでトレーニングを受けることが前提ですよね。

【中村】そうです。このような工夫で試験コストを下げれば、回数を増やしてやることが可能になると思います。

全国保育士養成協議会

【八田】ところで全国統一の試験をつくる団体は保育士養成校を束ねている団体ですね。

【中村】全国保育士養成協議会です。そして、ここが全国の知事から委託・委嘱を受けて、国家資格を与えているわけです。この養成校の団体が、国家資格の試験も独占的に実施します。

【八田】保育士を養成している学校は試験から難しい問題を減らしたり、試験を2回実施したりすることにあまり賛成ではないと思うのです。これは完全に利益相反ですね。

【中村】そうですよ。

【八田】ですから、むしろ保育所を実際に経営しているようなところが実施する試験をつくる必要がありますね。

【中村】そうです。保育士を活用し育成している現場の声が、試験問題に反映されていません。

【八田】養成校のカリキュラムはどこが決めているのですか。

【中村】養成校のカリキュラム内容は、厚生労働省が決めています。

【八田】そのカリキュラムを決める審議会には、中村さんのような会社の方が入っていらっしゃるのですか。

【中村】ゼロです。

【八田】それではユーザーの声を集めることができませんね。試験内容や保育士資格登録を含めた運営の在り方について、改善の余地はありそうです。

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5. 多様なバックグラウンドの保育士の活用

保育士に各種の資格を

【八田】保育士不足のもう一つの解消策は、ニーズに応じて様々な資格をつくって、多様な人に働いてもらう道をつくることではないでしょうか。

【中村】そうですね。例えば、試験科目を少なくして、準保育士などの資格を与えることです。養成校ならば、まず1年でそのような新たな資格を与えることができます。子育て経験者だったら、数時間のレクチャーをすれば保育所に入れます。入っていながら、そこでの実習、実践、OJTにプラスして、通信教育でもいいですし、あるいは土日の予備校でもいいのでやって、国家資格を取っていく。

【八田】そうすれば、このタイプの国家資格者は急速に増えるでしょうね。

【中村】そのとおりです。その次は、園をマネジメントできる能力、保護者とのコミュニケーション能力、あるいはスペシャルニーズといって自閉症児や身障者のようなお子さまをお預かりするためのスキルも求められています。

【八田】その場合は、専門職ですね。修士が必要かもしれません。

【中村】そうです。大学や保育大学院などで高いレベルの教育ができるように、今、変えなければいけない状況です。

子育て経験者の活用

【中村】保育士不足対策として私が最も有効だと考えるのは、子育て経験者の活用です。子育て経験者の活用に関する私の考えは二つあります。一つ目は、女性の活躍推進と言っている中で、第1子を産んで仕事を辞めていく6割の女性たちが仕事を続けることです。二つ目は、いったん育児で辞めてしまった40代ぐらいの人が、もう1回何らかの形で復帰してくることです。
彼女たちには、言ってみればスーパーのレジなどしか仕事がないのが現状です。しかし、子育てをしたというのはものすごい経験で、保育士養成校を出るよりも何十倍の経験をしているのです。したがって、子育て経験を国がキャリアとして認めて、そしてそのキャリアを生かせる保育所に復帰させる、あるいはそこで活用する。そういう仕組みについて、国がメッセージを出してほしいと思います。

【八田】当然です。

【中村】今、国が動きはじめていますが、子育て経験者に一定の研修を課して、認可保育所は駄目だけれども、事業所内保育所や19人以下の小規模保育所では、子育て経験者で一定の研修を受けた者を採用してもいいということになりました。
ところが、15~25時間の研修を一体誰が用意し、いつ実施し、いつからそういう子育て経験者を入れられるのか、今のところ不明です。
また、事業所内保育所というのは、かなり国が運営を管理していて、保育士100%の施設を優遇しています。そうすると、その保育士100%に慣れている事業所内保育所が、そこから保育士を引き払い、子育て経験者を入れることに対して、事業所内保育所の管理責任者や自治体など今のルールで動いている人が、どういうふうに実際にそれを受け入れられるか、私は疑問なのです。なぜならば、規制緩和によって2000年の3月に株式会社も参入できると言ったにもかかわらず、今日現在まで、全国の自治体で実質的な株式会社排除がなされてきたではありませんか。ですから、これできちんと育っていくのかどうか不安があります。

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6. 料金設定の自由化

認可保育所の非効率性

【八田】現在では、認可保育所は国から補助金を受け取る代わりに、料金は規制されています。したがって、質の高い保育サービスを提供しても高い料金を取れない。このために、質の高い保育士さんに十分高い報酬を支払えないという問題があると思います。今、認可保育所の料金設定に関する規制はどういう形のものですか。

【中村】全く需要に基づかない、これでやりなさいという政策価格です。

【八田】しかし、料金体系は、自治体によって違いますよね。

【中村】それは補助金の加算をしているからです。例えば東京都の場合は人件費が高いので、加算で補助金を増やしています。

【八田】認可保育所は、駅前では高くするというようなことはできますか。

【中村】できません。例えば認可保育所の中で、もっとオプションサービスを提供して、それで受益者にご負担いただくということをしたいですが、できないのです。

【八田】でも、認証保育所は、補助金を得ている場合でも、やろうと思えば駅前は非常に高くしたりできるのですね。

八田 達夫 経済同友会政策分析センター所長

【中村】認証保育所ではできます。どんなことだって、やろうと思ったら、その経営者にそういうマインドがあればできるのです。ただし補助金は、認可保育所に比べて低いです。

【八田】認証・認可に関わらず補助金を一人当たり同じ定額で支払うバウチャーに変えて、その代わりに、料金の設定を自由にできるようにすればいいわけですね。

【中村】そのとおりです。そうすれば、子育て世帯が様々な価格・質で供給されるサービスを自由に選択できる制度になります。その場合、保育士の給与はマーケット水準で決定されることになり、結果として現在より改善できます。
また、保育士の能力に応じて給与水準の差が大きくなることが考えられ、保育所側の教育研修に加えて、保育士自身の自己啓発がより重要となります。自由競争の中で、保育所の保育サービス評価と保育士の人事評価が適正に行われれば、サービス水準の改善とモチベーションアップにつながります。
現在の保育サービスの対価は、需要に基づかない政策価格であることから、保育士の給与も、本来得られる水準より低く抑えられているのです。バウチャーが必要だという議論はもう何十年やっているのに、なぜ保育でできないのでしょうか。

公立保育所への過度の公費負担

【八田】ところで、公立の保育園は料金規制がされているのに、保育士に高い給料を払っていますね。

【中村】民間保育園の保育士処遇改善に向けた国の取り組みも一応は存在します。保育士の勤続年数に応じて保育所に補助金を交付し、保育士の処遇改善に充ててもらう仕組みですが、加算額は10年目に上限に達します。保育士が20歳で入って30歳までは補助金の額としては上がりますが、10年目からは一向に増えないのです。だから、40歳になっても50歳になっても、普通の民間企業では、他のコストを削減してこの人に支給しない限り、給与は増えません。
ところが公立保育園では、保育士は地方公務員ですから毎年給与が上がり、45~50歳の後、年間1,000万円になります。公務員の栄養士は800万円取ります。保育サービスの質や保育士個人の評価に関係なく、公立の保育士の給与は上がるのです。だから私は、公務員の保育士の年収を広く公表してくださいと言っています。

【八田】生涯給料で言えば、民間と公立の格差は大きいわけですね。

【中村】すごいですよ。是非調査してみてください。私は10年前に一度、ある自治体に、「公務員の給料を開示してください。それから、公立保育園で子どもを預かるときに、0歳児1人当たり1カ月いくらかかっているのか開示してください」と請求しました。そうしたら、ある区では出しました。そのときに0歳児1人当たり1カ月預かるのに55万円、年間600~700万円ということでした。こんなにお金を掛けているのです。
ポピンズの場合は、認証保育所で家賃を払い、敷金を払い、その他コストも払って1人15万円あれば十分にできます。
それで、今、0歳児は自治体から補助金が12~13万円入ります。それから、保護者から高ければ8万円いただきます。だから、そこで約5万円が浮きます。これが余剰金となって、施設整備や研修費にお金を使うとか、保育士の待遇改善に使うとか、そういうふうに民間では資金が回るわけです。だから、国民の皆さんに、0歳児一人当たり月額55万円の補助金が使われていることへの是非を問うべきだと思います。

【八田】保育士を大量使用する公立で公費が無駄に使われているわけです。その結果、保育士さんたちが不足していると言えますね。

【中村】保育士が株式会社に集まりにくい理由は、養成校の教授たちが、就職先は1に公立、2に社会福祉法人、それが落ちたときに株式会社に行けと言うからです。株式会社を最後に推薦するのです。むしろ推薦もしません。行くなと言うのです。ですから、公立が1番。非常に安泰ですし。

【八田】障がい児等を対象とする施設や僻地・離島などの保育所では、公立私立を問わず、特別の公費負担が行われるべきなのは当然です。しかし、バウチャーを基本とした公費負担にすることによって、補助に関しては、認可・認証・公立・社会福祉法人立・株式会社立をすべて公平に扱い、それぞれの特徴を競い合わせる仕組みになります。これによって、高い保育士比率の認可・公立・社福立の保育所が減り、認証や会社立が増えます。これは、認可・公立・社福立から保育士を解放しますから、保育士不足に大きく貢献するでしょう。
ただし、障がい児や低所得者には手厚いバウチャーを給付すべきなのは言うまでもありません。公立に使っている公費を、原則子ども1人当たり定額のバウチャー型補助金に変えていけば保育士は増やせるわけですね。

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7. 株式会社の参入促進によって保育所を増やせ

保育所撤退のプロセスの透明化

【八田】株式会社は利益が出ないと撤退するから、保育所に自由に参入させるべきではないという意見があります。

【中村】どんな事業でも常に諸刃の剣です。飛行機は1回落ちたら何百人も死ぬから飛ばすなと言う人もいますが、その必要性や乗客の利便性を踏まえれば、落ちないために整備を完璧にすることを考えるべきです。
保育所運営に株式会社が参入することに懸念があるのならば、懸念が現実化しないような手立てを考えるべきです。今のように頭からストップするのではなく、入り口は緩やかにして、その代わり、ルール違反をしたら社会福祉法人も株式会社も同じ条件で市場から撤退させる。こういう原則を徹底してくださいと言いたいのです。厚生労働省はこの原則を持っていないので、一度参入した社会福祉法人を撤退させられません。

【八田】経営主体が何であれ、ルール違反したら撤退させる仕組みをきちんとつくらないといけません。

【中村】絶対にこれは必要です。株式会社にも、本業が危なくなって保育所運営に参入しているところがありますが、危ないと思う企業がたくさんあります。他方で、やはり社会福祉法人だって悪いことをするところはあります。株式会社であれ社会福祉法人であれ、これに違反したら撤退というようなルールが必要です。

【八田】その場合、子どもはどういうふうに、どこに行かせますか。

【中村】そこです。周囲の保育所で連携をさせておいて、万が一の場合には別の保育所がいったん引き受ける仕組みを作るべきです。
以前、村木厚子厚生労働省事務次官は、株式会社の参入を無制限に認めると、すぐ倒産・撤退するということがあって、どうしても国民の賛同を得られないとおっしゃったのです。
しかし、例えばゴミの廃棄は業者に公共団体が委託しており、委託した補助金の一部を供託金としてプールし、もしこの委託業者が倒産したり、危なかったりしたら、その供託金でフォローするという仕組みがあります。そこで、民営保育所にそれほど信頼がないのであれば、株式会社に支給した補助金の中の一部を供託金として積み立て、どこかの会社が倒産・撤退したら、株式会社同士でそれをフォローするなり、その供託金を使って解決すればいいのではないかと、村木事務次官に提案しました。

【八田】それは当たり前ですよね。工事で請け負ったところの失敗に備えて、資金の供出をあらかじめ義務づけておくとか、いろいろな手が世の中にあります。

【中村】経営者の中には保育の理念もなく、ただ一つの事業部としてやっておけばいいという考えで参入してくるところもあって大変です。
しかし、我々は同じ株式会社という名前の下にくくられてしまうので、どこかで何かがあると、「ほら見たことか」となって、ポピンズのプレステージも落ちてしまいます。こうしたことを防ぐために、弊社が音頭をとって6月に保育業者で連絡会議をつくりました。学研ココファン・ナーサリー、コンビウィズ、小学館集英社プロダクション、ピジョンハーツ、ベネッセスタイルケアの各社社長に声を掛けて、しっかりとした保育システムを提言していこうということになりました。

【八田】なるほど。保育所を運営する株式会社が結束し、あるべき保育システムを提案していくのですね。是非、急いでやってほしいと思います。頑張ってください。

地方分権と既得権

【中村】国レベルで株式会社が保育所運営に参入することが認められても、自治体レベルで頓挫するケースが多くあります。保育や介護は地方自治体に権限が移管されており、地方自治体が裁量性を膨らませてしまっています。議会で保育所の予算は決まりますが、その議会に陣取っている人たちが社会福祉法人の出身であったり、社会福祉法人の団体から票を集めて入ってきた議員であったり、そういう人が多いために、なかなかその地域に株式会社立を参入させることに積極的ではありません。
株式会社を参入させると、そちらに子どもを持っていかれるという、ある種の怖さもあるようです。

【八田】それはそうでしょうね。そうすると、やはり地方分権はすべてうまくいくわけではなくて、この場合には、地方分権であるが故に、地方の既得権者がいろいろ決めているということなのでしょうか。むしろ国が介入した方がいいということでしょうか。

【中村】厚生労働省に対しても、実質的に規制緩和になっていないことを言い続けてきました。今回少し動いたと感じたのは、株式会社と社会福祉法人で差別してはいけない、その地方自治体に待機児童がいて、必要となる保育所数を自治体が決めたときに、そこに手を挙げた株式会社を何らかの理由なくして排除できないということを、局長通知で昨年の5月からルールとして入れました。
しかし、一応ルールとして入りましたが、依然として自治体がハードルになっているケースがたくさんあります。なぜ、局長通達の権限が自治体の中でこんなになくなってきたのでしょうか。特に保育における国の関与の力は低下してきています。

【八田】参入制限がないように、国が責任を持つ必要がありますね。規則の枠内で地方分権するにしても、やってはいけないことをきちんと決めて、それに関して国が監査する仕組みをつくれということですね。

【中村】そういうことです。

【八田】本日はありがとうございました。