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21世紀に向けて日本農業が進むべき方向

−産業としてのコメ農業のあり方−

(1995年7月31日発表)






はじめに
T.日本農業の現状
U.政府の役割の見直し
V.21世紀に向けた日本のコメと農業
おわりに



はじめに

 これまで日本は、欧米先進諸国の経済水準を追い求め、それを超えゆく努力を積み重ねてきた。この間、日本農業は、伸びゆく産業を食糧と労働力の両面から支えてきた。戦後50年を経て、今、こうした構図に歪みが生じている。我々がなすべき課題は、将来の日本のために透明性の高い枠組みを形成する総合的構想を描き、それを実現するためのアクション・プログラムを策定し、実行していくことである。その基本的な考えは、第一に世界への参画、第二は市場の再設計である。これは21世紀を目前にした日本農業に与えられた課題であり、また使命でもある。

 日本農業が世界と共存していくための課題は、開かれた市場のなかで構造改革を断行することである。その第一は、主食であるコメの大規模経営による生産体制を確保して、国民の食生活の安定を図ることである。南北問題における食糧不足と飢餓の悲劇は、21世紀には更に世界的規模で拡大される危険性をはらんでいる。既に、94年における日本のコメ緊急輸入、95年の中国の食糧不足、北朝鮮、フィリピンのコメ輸入要請などがそれを予見している。経済の安定と豊かな国民生活を支える大きな柱の一つが、主要食糧の安定供給である。

 第二は、市場原理の導入を実施することである。95年1月、世界貿易機関(WTO)が設立されたことにより、多角的な貿易自由化の推進が世界の潮流となった。日本農業においても新しい流通システムの確立、国際市場への参入を世界が求めている。そのためには、国内諸規制の国際的ハーモナイゼーションを図るとともに、自己責任原則と市場原理に基づく新しいルール作りが不可欠である。コメ市場の再設計は、正に喫緊の課題となっている。

 政府はウルグアイ・ラウンド農業合意を受けて、新法を制定するとともに6兆円を超える農業対策予算を計上したが、現段階では、これらは何れも内容が不明確と言わざるを得ない。2001年の関税化実施に向けて、早急に具体策を講じていかなければならない。

T.日本農業の現状

 1918年のコメ騒動を契機に、政府は米価安定と食糧増産政策を実施した。そして、1921年に米穀法を制定して統制への道を歩み始め、1942年には食糧管理法が施行された。戦後、1946年に始まった農地改革により、194万ヘクタールの農地を小作人に開放した結果、1950年代後半には、農業生産力は大幅に向上した。

 1961年、農民の近代的自立と経済的安定を目標に農業基本法が制定され、日本農業はコメを中心に畜産・果樹・野菜・花卉などの生産へと多様化した。この間、毎年50万人近い農家出身者が他産業に流出するとともに、農業就業人口・農家戸数は大幅に減少、その結果、第二種兼業農家が著しく増大することになった。

 一方、コメ、麦など輸入制限品目以外の農産物の輸入が増えることにより、食糧自給率は大幅に低下していった。

U.政府の役割の見直し

1.食糧管理法の弊害

 食糧管理法は、戦時中、国民の食糧に対する安全保障を目的に制定された。戦中、戦後の食糧難の時代には、その使命は重要であった。

 しかし、農業の生産性が向上し、増産体制が確立された食糧余剰時代には、食糧管理法は米価支持政策の根拠となった。生産費及び所得補償方式による政治米価は、本来の農業生産構造と流通機構を歪めたが、これは「平成コメ騒動」によって立証された。さらに、農業基本法が目的とした農業所得の拡大、規模の拡大、自立経営の育成についても難しい状況となっている。

2.政府によるコメ管理の限界

 これまでコメは、食糧管理制度の下、政府の全量管理が建て前であった。しかし、現実には「平成コメ騒動」に見られるように、政府管理の形骸化は明白となった。食糧需要の多様化、他の農産物の輸入自由化などに伴い、コメを取り巻く環境は大きく変化しており、もはや政府によるコメ管理は限界にきている。

 95年11月から「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(以下、新食糧法)」が施行される。しかし、この新法においても、従前どおりコメの政府管理という基本姿勢に大きな変化は見られない。今後、コメ関税化に向かうなか、新食糧法が有効に機能していくことは、現状においては考えにくい。

3.ウルグアイ・ラウンド対策と関税化

(1)ウルグアイ・ラウンド対策の概要

 政府は、ウルグアイ・ラウンド農業合意を受けて、それが日本農業・農村へ与える影響を緩和するために、2000年度までの6年間で総額6兆 100億円に及ぶ対策予算を計上した。さらに、別途、地方財政による1兆 2,000億円の単独施策として、地域の自主的取り組みを支援する計画を打ち出している。

 その目的は、@農業を魅力ある産業として確立、A国内供給力の確保、B消費者に対する良質・安全・新鮮な食料の適正価格での安定供給、C活力に満ちた農村地域の建設、としている。また、対策の概要については、@農地流動化対策、A生産基盤整備、B農家負担の軽減などが挙げられている。

 日本農業は、規模拡大の遅れ、担い手不足と高齢化などにより耕作放棄地が拡大しており、それに伴って農村では急激な過疎化が進行している。ウルグアイ・ラウンド対策による新しい農業・農村像は、農業生産の大宗を担う個別経営体を中心とする農業構造への転換により、大規模水田農業、大規模畜産経営や複合経営による生産コストの低減、労働時間の削減及び合理化を予測している。しかし、これは単に数値的目標であり、対策を早急に実現するためには農協・生産者との協議による具体的な裏付けが必要である。

(2)2001年関税化への対応 

 日本は、ガットによる自由貿易の恩恵を最大限に受容することによって、奇跡的な戦後復興と高度成長を遂げることができた。今回、コメについて、ミニマムアクセス(最低輸入量確保)による市場の部分開放を受け入れたのは、当然の決着である。しかし、これはあくまで2000年までの期限付き暫定条件であり、いわば2001年の関税化を前提とした体質強化期間である。そのために、総額で7兆2千億円にも達する予算を確保したはずである。

 ところが、政府はもちろん全農も2001年の関税化実施を公認していない。関税化するのかミニマムアクセスを延長するのかは、2000年に改めて見直すという方針である。今後の国際情勢を勘案すれば、関税化となることは必定であり、生産者に対して一刻も早く具体的方向を明示し、関税化・市場開放に備えるべきである。

V.21世紀に向けた日本のコメと農業

1.内外価格差の是正と市場形成

(1)著しい内外価格差   日本のコメ価格は政治米価であり、コスト・消費者価格が高く内外価格差の象徴となっている。コメ1キログラムあたりの価格を国際比較すると、日本の米価はタイ米の7倍、カリフォルニア米の2.7倍であり、94年の輸入米との比較では、平均して1キログラム当たりおよそ200円高く、それが消費者の「隠されたコスト」になっている。 自主流通米制度ができた69年から94年までの25年間で、巨額の内外価格差が消費者負担により稲作農家の生産費及び所得補償の一部として支払われた。しかし、これがコメの生産・流通に有効利用されたかどうかは不透明なままである。本来、コメは消費者には適正価格で売却し、農業育成のための財源は、別途、政府が対処すべきものである。

(2)市場形成の必要性  90年には自主流通米価格形成機構が設立され入札制度が開始されたが、従来の政治米価同様に、正当な価格形成は不可能となっている。事実、94年の記録的な豊作にもかかわらず、95年の入札価格は依然として高値を維持している。一部関係者の需給操作による自主流通米相場の下支えは明白であり、消費者の権利は侵害されたままになっている。

 新食糧法の施行により、自主流通米は、政府関与の計画米と生産者が自由に売却できる計画外米とに区分されることになる。そうなれば、生産者が流通業者・消費者に直売できる計画外流通米が増大して流通市場の形成を進めることになり、コメ産地には自然発生的に現物市場が形成されていく状況が予想される。さらに、2001年の関税化・市場開放を目指して、コメ先物市場が形成されることになる。こうした趨勢を勘案すれば、政府主導の価格形成センターに代わるコメ市場形成の必要性は論を待たず、これらによりコメの内外価格差は確実に縮小していくであろう。 

2.競争力ある産業としての農業の育成     

(1)今後の食糧事情の見通し

 中国始め東南アジアなど農産物の主要輸出国は、人口急増や生活水準の向上によって、将来的には輸出量が減少するのは必至である。先に発表された「国連人口白書」によると、95年現在の世界人口は約58億人であるが、2025年頃には開発途上国を中心に83億人に膨れあがる。その一方、都市化の進展や農業人口の減少により農地は消失して、深刻な食糧不足が到来する懸念が高まりつつある。

 日本の食糧は輸入依存であり、食糧自給率は先進国中で最低水準にある。食糧自給率は国民が摂取する総カロリーに占める国内産食物の比率である。これをカロリーベースで国際比較すると、フランス143%、米国113%、旧西独94%、英国73%、スイス65%であり、日本は46%にすぎない。日本の食糧自給率は、その後92〜93年度にかけて、46%から37%へと更に低下している。

 日本の自給率が減少したのは、食事の洋風化・高級化にともない、輸入飼料、穀物、肉、酪農製品が増えたためである。そして、これらの輸入食糧を国内で生産するとした場合には、必要な農地は1,200万ヘクタールにも達することから、食糧の完全自給論は非現実的と考えざるを得ない。

 こうした状況に鑑みて、将来に向けて農産物の安定供給と輸入とを巧みにバランスさせた政策を取っていく必要があり、そのための施策に直ちに着手すべきである。将来の食糧不足を考えれば、「平成コメ騒動」に見られたように多くの日本人が要望している日本のコメは、市場がオープンになった後も、できる限り国内で賄うことができるようにすべきである。

  *日本の食糧自給率は91年度、その他の諸国は87〜88年の数字  
 *日本の主食用穀物自給率 46%、穀物(主食+飼料)自給率 29%

(2)大規模営農によるコストダウンで競争力強化

 2001年以降の関税化を前提として、コメ農業が国際競争力を有する産業として存続していくためには、コメ農業の効率化を図り内外価格差を是正していくことが必要である。そして、そのためには、大規模農業経営者を育成して、コストダウンを図ることが不可欠となる。

 現在、全国で水田は271万ヘクタール(94年)あるが、大規模農家による効率経営を行なえば、100万ヘクタールの水田で必要量のコメが生産可能となる。そして、大規模化のメリットにより、玄米60キログラムあたりの生産コストを大幅に減少することができる。コスト低減の具体策としては、@圃場の拡大、作業の共同化による生産性の向上、A土壌の改良、B機械、肥料、農薬のコスト削減、C借地料、金利の減少がある。

一方で、将来にわたり農業従事者を確保していくためには、農家の所得の向上が求められ、複合経営の拡大など生涯所得で2億4〜 5,000万円程度を実現するための施策が必要である。

*大規模経営のイメージ

■食生活の変化、高齢化の進展などを勘案して、1人当たり平均年間コメ消費量を 50キログラムと想定、人口約1.2億人とした場合に、年間約 600万dのコメを生産できる体制を整備。

【50s×1.2億人=600万d】

*600万dに加えて、別途、備蓄用50万d、外食産業及び加工用の輸入米等が100〜150万d。
 
■1ヘクタールから6d のコメが生産可能。1経営主体で20ヘクタールの水田を耕作すれば120dのコメを生産。

【1経営主体 20ha×6d=120d】

 
■年間消費量600万dを1経営主体の生産量120dで除すと、5万経営主体で必要量のコメ生産が可能。

【600万d÷120d= 5万経営主体】

 
■そのための必要水田は100万ヘクタール。

【20ha×5万経営主体 = 100万ha】

 
■備蓄用の50万dは中山間地の生活農家により生産。

(3) 大規模農家育成のために 

 大規模経営により農業の効率化を図るためには、20ヘクタールの水田を1つの圃場に纏めることが必要となる。こうした農地問題の円滑な解決に向けて、早急に制度改正を行なうべきであり、例えば大規模経営農家については、それを可能にするための手段を講じるべきである。圃場整備を進めていけば、余剰土地の流動化を促進して、土地の有効利用にもつながる。

 また、専業農家と兼業農家の分類について実態に即した見直しを行なうとともに、適正な政策運営に反映していくべきである。農業専業者を真の農家として規定し育成することにより、国の財政負担も大幅に減少する。

3.備蓄政策  

 新食糧法は年間150万トンのコメ備蓄を計画している。これだけの備蓄に必要な財政資金は、玄米1トン当たり30万円として、4,500億円に達する。備蓄米は一年毎に入れ替えを行なうので、古米になり価格が10%下落すれば、毎年450億円の損失が確実であり、ほかに金利・保管料として、約190億円の経費が発生することになる。

   *30万円(玄米1d) × 150万d = 4,500億円 

    4,500億円 × 10%(価格下落分) = 450億円

 150万トンの備蓄は、月間必要量約50万トンの3カ月分に相当するが、本来、備蓄の必要量は、2カ月分程度で十分と考えられる。コメの政府備蓄については、投機抑制に有効と思われるなどその必要性は否定できないが、危機管理の観点からも、個人備蓄の奨励に重点を移していくとともに、自治体による一定量の備蓄も考慮されるべきであろう。現に「平成コメ騒動」では、一般家庭で平均2カ月分のコメを備蓄した経験がある。

 例えばスイスでは、連邦内閣の要請で連邦法務警察省が危機管理マニュアル(民間防衛)を作成して全国民に支給し、食糧備蓄を奨励している。日本の場合、2カ月分のコメ備蓄を政府・自治体及び個人で1カ月分づつ分担すべきである。

  *スイス連邦内閣の危機管理マニュアル「民間防衛」より−要旨抜粋−

“我々の食料品の相当部分は外国から輸入されている。戦争が無くても我々は恐ろしい災害や重大な危険に脅かされる可能性がある。経済的な防衛では、食糧・原料・エネルギー源の供給を確保して、わが国が特定の外国や外国のグループに依存せざるを得ないような事態になることを防ぐ。ひとたび輸入が止まるような場合には、1〜2カ月間、重要な輸入食料品の販売を禁止する緊急措置をとる。我々は、家族1人当たり少なくとも次の物資を非常食糧として備蓄しておかねばならない。コメ2キログラム、砂糖2キログラム etc。”

おわりに

 コメの生産・流通を規制してきた「食糧管理法」が遂に廃止された。総合的な農業政策の観点から、コメを含む農業全体の見直しを行なうチャンスが到来している。日本の食糧供給は、国内生産、輸入及び備蓄を適切に組み合わせていくことが基本政策であるが、国内生産についてはその効率化を図るとともに、市場原理の導入により内外価格差の縮小に努め、国際競争力を高めることが不可欠である。コメ農業の活性化を図りながら複合的農業経営を促進し、真に産業として育成していくことが急務となっている。

 日本の国土は、総面積3,778万ヘクタールであるが、耕地及び樹園地は、その約12%にあたる455万ヘクタールにすぎない。しかも、農業従事者は毎年減少しており、高齢化の一途をたどっている。このような農業を産業として確立するためには、まず、農業従事者の認定とその育成、第二に農地の生産性の向上、第三にバイオ技術の開発が求められる。

 最近、米国で日本産のコシヒカリよりも食味が良く、多収穫の「種子」が開発・生産され、特許を取得したという情報がある。日本はその技術力を結集してコメ、野菜、花卉、畜産の各分野に「新しい種子」を生み出すなど研究・開発に努め、豊かでゆとりある国民生活の実現を目標に、食糧、農業、農村政策を展開していくべきである。そして、アジア諸国を中心にこうした農業技術を提供することによって、世界に貢献することができる。

以 上

 [本提言は「公的部門の構造改革を考える委員会」(委員長:轉法輪奏・大阪商船三井船舶取締役会長、コメ問題担当副委員長:山崎誠三・山種総合研究所取締役会長)が取りまとめた。]

※役職は提言発表時

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